国土像の転換と地方都市の現実

国土像の転換と地方都市の現実
渥
1.国土利用計画の転換
集団的自衛権をめぐる論争やワールド
カップの喧騒に隠れて、世間ではあまり注
目されていないようだが、国土交通省は 7
月 4 日に『国土のグランドデザイン 2050』
を公表した。そこでは、2050 年には日本の
総人口は 9700 万人に減少、現在人間が
居住している地域の6割で人口が半数以
下になり、さらにその三分の一(全体の約
二割)では人が居住しなくなるという予測
を前提に、これまでの国土計画に見られ
なかった深刻な危機感が表明されている。
そして、従来の全国総合開発計画等にお
ける「国土の均衡ある発展」という目標は
放棄され、「コンパクト」+「ネットワーク」と
いう発想のもとに地域構造を機能的に再
編し、国全体の「生産性」を高めることが目
標とされている。
もう少し具体的に見ていくことにしよう。
過疎地の小規模集落は「国土の細胞」た
る「小さな拠点」に集約統合され、地方都
市は高速交通網によって連結された「高
次地方都市連合」(人口30万人以上、全
国60~70か所を想定)に再編される。他方、
三大都市圏はリニアモーターカーで連結
され、「圧倒的な競争力を有する世界最大
のスーパーメガリージョン」1)を形成し、「世
界から人・モノ・カネ・情報を引き付け、世
界を先導していく」2)そうである。はっきり言
って、「グランドデザイン」の政策理念は選
択と集中であり、「スーパーメガリージョン」
美
剛
と地方との格差拡大の容認である。
他にも触れるべき論点はあるが、本稿
では割愛させていただこう。注意すべき点
は、この『グランドデザイン』が、実際には
急激な政策転換を意味するような画期的
なものではないということである。個々の論
点は、そのほとんどが10年ほど前から議論
され政策化されてきた新味のないものであ
り、今回の政策文書はその集大成にすぎ
ないともいえるのである。
例えば、今回の文書で最も衝撃的な印
象をうける人口予測にしても、すでに2011
年2月に国交省による『国土の長期展望
中間とりまとめ』においてほとんど同様の
予測が公表されている。だが、ほぼ2週間
後に起きた東日本大震災により、その予
測の意味について十分議論されぬまま、
今日に至ったということである。
また、『グランドデザイン』のキーコンセ
プトの一つである「コンパクト」という発想も、
すでに国交省によって政策化されている。
谷口守氏らの論考によると、欧州では
1970年代初めから「コンパクト・シティ」とい
う用語が「空間の効率的有効利用」という
主旨で使用され、1980年代後半以降は都
市の低炭素化や持続可能性という観点か
ら政策化されるようになった。しかし、日本
で本格的に議論されるようになったのは、
21世紀に入ってからであるという3)。その
後谷口氏らによる欧米の動向の紹介と学
会での議論をうけ、諸省庁の関心も高まっ
産研通信 No.90(2014.7.31)
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ていった。
日本の都市政策への「コンパクト・シティ
論」の導入は、2006年の「改正まちづくり
三法」に始まるとする見解4)と、2007年に
当時の国交省都市・地域整備局が、『集
約型都市構造の実現に向けて』と題する
パンフレット5)を全国の自治体に配布した
時点を画期とする見解6)がある。いずれに
しろ2000年代後半から、コンパクト・シティ
は地方都市再生のキーワードとして、具体
的な都市政策に編入されたといえよう。
日本のコンパクト・シティ政策の特色とし
ては、欧米で第一に重視される環境政策
上の意味よりも、中心市街地の活性化と行
財政の効率化がより重視されていることを
指摘できる。すなわち、人口減少と業績不
振にあえぐ中心市街地に住民と商業施設
を呼び戻してその活性化を図るとともに、
都市機能の集約化による財政負担の軽減
が強調される。特に、郊外の除雪費用の
増大に悩む豪雪地を抱える東北、北陸で
は、自治体と国交省の地方整備局とが密
接に連携し政策が推進されてきた。特に
「中心市街地活性化基本計画」を策定し、
2007年に全国最初の総理大臣認定をうけ
た青森市と富山市は、「先進事例」として
各方面で頻繁に紹介されてきた。
そして2013年には国交省が「都市再生」
政策の中核的施策として「集約都市(コン
パクト・シティ)形成支援事業」を開始、先
日の『グランドデザイン』ではついに「コン
パクト」が地方圏の国土政策のキーコンセ
プトの一つとして明示されるに至ったので
ある。
2.青森での見聞
さて筆者は7月6日に、本学の保護者懇
談会出席のため青森市を訪れた。懇談会
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直前の一時間ほどしか時間をとれないの
は残念だったが、コンパクト・シティの先進
地を見ることができたのは幸運であった。
しかし、青森の現実は予想以上に厳し
いものであった。日曜の正午近くというの
に、駅前商店街の人通りは少なく、はっき
り言って閑散としている。青森市は、30万
弱の人口を擁する県庁所在地であること
を考慮すると、郊外の大型店への買い物
客の流出は、極めて深刻であると思われ
た。
懇談会場のホテルの真向かいには、い
ささか場違いな、派手な外観の複合施設
アウガがある。これはB1Fから4階までが商
業施設、5~8Fは行政施設(6~8Fは市
立中央図書館)であり、青森市の中心市
街地活性化策のシンボル的な存在として
よく紹介されていた施設である。しかし入
ってみるとやはり客が少ない。日曜の昼で
この状況では採算が取れない店舗が多い
のではないか。また店舗の構成をみると、
意外に若者向けの店が多い。町田や橋本
の駅ビルと大差ないといえるが、逆に言え
ば観光客の興味を引く要素はなく、高齢
化した周辺住民のニーズにも合わない。
100円ショップもあるがやはり閑散としてい
る。地下の鮮魚市場も閑散としていたが、
これは午前中にほとんどの店が商品を売
り切ったせいであろう。しかし地下のかなり
広いレストランは、日曜の正午を過ぎでも
かなりの空席があった。
図書館についても疑問を感ずる点があ
ったが、本稿では割愛する。アウガの裏側
はやはり古い商店街であったが、いわゆる
「シャッター通り」の様相を見せていた。ほ
んの小一時間ほどの見聞ではあるが、コ
ンパクト・シティの先進地とされる青森市で
中心市街地活性化が難航していることは
産研通信 No.90(2014.7.31)
明白であった。無論、短時間の印象のみ
でこうした問題を議論することはできない。
次に統計や事業報告をもとにその現状を
確認しておこう。
の負債を抱え、ついに破綻寸前の状況に
陥ったのである9)。
今年6月24日、市議会は議論の末、アウ
ガを運営する第3セクター「青森駅前再開
発ビル」の要請を受け入れ、今年度市に
3.先進地の現実
返済予定の借入金約2億7千万円の、5年
青森市では「第1期青森市中心市街地
間返済猶予等を了承した10)。自民党市議
活性化基本計画」(平成19年度~23年度) 団からは市長の責任を追及する声も上が
の最終フォローアップ作業を行い、結果を
っているという。かつてコンパクト・シティの
7)
公表している。 青森市では5つの項目
象徴として全国に紹介された施設が、今
について、平成17年の数値を基準値とし、 や市財政のお荷物と化している実態は、
平成23年の目標値を定め、その達成度を
まさに皮肉としか言い様がない。
評価している。紙数制限のため詳細は市
筆者は、コンパクト・シティの理念そのも
のHPで確認していただきたいが、目標値
のを否定するものではない。むしろ基本的
に達しなかったものの数値の改善が見ら
には望ましい方向だと考えている。しかし、
れたのは、年間観光施設入込客数と中心
青森の現実は、「駅前に再開発ビルを建
市街地夜間人口の2項目にとどまっている。 てれば中心市街地活性化の起爆剤にな
歩行者通行量、空き地・空き店舗率、小売
る」といった安易な考えが、今や通用しな
業年間販売額の3項目については、平成
いことを示している。いささか酷な表現に
17年度より現状は悪化している。特に空
なるが、先進事例としてではなく、「他山の
き地・空き家率が10.7%から15.7%に上昇
石」として青森市の経験に学ぶ必要がある
していることは、現状の厳しさを示すものと
のではないだろうか。
いえよう。
要するに数値目標はすべて達成されず、 1)国土交通省『国土のグランドデザイン 2050』32
頁。
商業関係についてはかえって悪化してい
2)同上、21 頁。
るのだが、市ではいくつかのイベントの活
3)谷口守・肥後洋平「コンパクト・シティを再考す
る―最近の動向を踏まえて」(『土地総合研究』2013
況や古川市場周辺の賑わいを根拠に「一
年春号、1-2 頁)
。
定の成果」があったと強調している。しかし、 4)柳井久俊「『コンパクト・シティ』と都市再生のパ
前述したアウガの経営状況を検討すると、
ラダイムシフト」(『日経研月報』2014.3、日本経済
研究所、49 頁)
青森市の活性化政策はやはり失敗と言わ
5)現在もウェッブ上で閲覧可能である。
ざるを得ない。アウガは2001年の開業以
http://www.mlit.go.jp/common/000128510.pdf
来赤字が続き、2008年には経営危機が表
6)前掲谷口・肥後論文、2 頁。
7)青森市ホームページ
面化した。市の支援もあり、2012年度には
https://www.city.aomori.aomori.jp/view.rbz?cd=187
933万円の黒字を計上したが、2013年度
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8)朝日新聞デジタル、2014 年 5 月 20 日
決算は店舗の撤退に伴うテナント料の減
9)朝日新聞 青森全県版、2014 年 6 月 4 日朝刊
少に加え、店頭売上も前年比訳13%減と
10)朝日新聞 青森全県版、2014 年 6 月 25 日朝刊
なり、3,470万円の赤字に転落8)、今や借
入金残高は約32億円、自己資本の約9倍
産研通信 No.90(2014.7.31)
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