医療保障の効率化

医療保障の効率化
- 囲 光 禰
(関西大学経済学部教授)
1 間麓の所在
(1)はじめに
医療保障という言葉はいろいろな意味に用いられており、その概念
は必ずしもはっきりしているわけではない。さしあたってここでは、
「国民が病気のために貧困に陥ることのないようにするための国の政
策体系」と定義しておこう。もっともこのような国の政策を実現する
方法は決して一様ではなく、大きく分けても保健サービス方式とよば
れるものと、社会保険方式とよばれるものがあることは周知のとおり
iSS9
保健サービス方式の場合には、公的機関が保健医療サービスそのも
のを直接供給することになり、その政策目標も、単に経済的な意味で
の貧困をなくすという点にとどまらず、より広く病気にまつわる問題
の解決をも包摂することになる。これに対し社会保険方式の場合には、
医療受診時の費用負担を軽減するために組織された社会保険が、医療
提供者側に必要な医療費を支払う形をとるのが一般的である。したが
って社会保険の持つ本来的な機能は市場(実際にはさまざまな供給規
制があったり公定料金が適用されるなど、純粋な市場とはいえない
が)で生起した医療費を補助し、そうすることで人々が病気のために
貧困にならないように防ぐことにあるといえる。そしてこれを補うた
めに公的扶助、公費負担医療などが用意される場合が多い。
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医療保障の効率化
日本の医療保障が社会保険方式をとっていることはあらためていう
までもない。すくなくとも日本の社会保険は医療保障の目的を達成す
る上で決定的な役割を果たしている。そしてこの社会保険が本来的に
医療保障を目的としていることも否定できない。しかし健康保険がご
く少数の労働者を対象に半世紀以上も前に実施された頃からすれば、
医療保険が広く全国民を対象にするようになったこと一つとりあげて
も、また高度に発達した医療技術とその費用の高額化を考えても、今
日の医療保険がかつてのそれのように、ただ市場で生起した医療費を
後追的に支払っていけばよいといったものでなくなっていることはい
うまでもないことであろう。その意味では、今日の日本の医療保障の
問題を考える場合においても、医療保険の在り方を主たる課題に据え
つつも、常にその背後にある医療供給の諸条件を考慮にいれておかな
ければならないことはいうまでもない。診療報酬の在り方や医療供給
の在り方も含めて医療保障の課題を検討しておきたい。
また現在の医療保障をめぐっては、解決すべきさまざまな問題があ
ることはいうまでもないが、だからといってこれまでの医療保障の発
展が国民の福祉向上に果たしてきた役割を看過するべきではない。そ
の意味では、医療保障の基本的な目的を害することなく直面する問題
に対する解決策を講じてゆくことが重要であろう。ここでの課題もそ
の表題が示すとおり、医療保障の目的がゆるす大枠の中でその効率化
を検討することにある。
(2)医療費の増加
今日の医寮保障の最大の問題は、増大する医療費のそれであろう。
医療保障の仕組の如何にかかわらずほとんどの国で、医療保障の費用
は国民所得の伸びを上回って上昇し続けているO次の表は主要先進諸
国について過去2 0年の医療費の推移を見たものである。
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医療保障の効率化
第1表 主要先進国の医療費対GDP比の推移(単位 %)
国 名
/
午
1960
19 6 5
19 70
1975
19 8 0
フ ラ ン ス
4 .3
5 .3
6 .1
7 .1
8 .1
西
ドイ ツ
4 .1
3 .?
5 .7
8 .4
8 .0
イ タ リ ア
3 .8
4 .5
3 .2
6 .7
6 .4
ス ウ ェ ー デ ン
4 .6
5 .7
6 .9
7 .6
9 .2
イ ギ リ ス
3 .5
3 .7
4 .0
5 .5
5 .7
ア メ リ カ
5 .3
6 .1
7 .6
8 .7
9 .6
4 .6
4 .5
5 .6
6 .1
4 .8
5 .5
7 .0
7 .2
日
O
本
E
C
D
平 均
4 .3
(資料) OECD, Trends in Public Expenditure on Health, 1982 ただし健保連Ji
集.発行rオ-ストリア・粥ドイノの昧轍保障制度の現状と動向、 OECDの
医療費への取組みの現状j. 1983年からの引用)
国によりまた時期によりその上昇に差があり、また場合によっては
対GDP比が下がっていることもあるが、なおかつこれまでの一般的
な増加傾向は否定できない0 5年ごとに対GDP比で1パーセントポ
イント近くも増やすこれまでの医療費増加の構造を将来にわたって維
持できないことは明らかであろう。
それでは、このような医療費増加の原因は何であろうか。エイベル・
スミス教授は「医療保険における患者負担」をテーマとする国際セミ
ナーの基調報告の中で、医療費の増加が医療保障制度の仕組いかんに
よらず、先進各国に共通して兄いだされる傾向であることを指摘した
後、その主な理由を次の諸点にまとめている日。
第-は医療保障の発展である。これには適用対象人口の拡大、給付
範縄の拡大、給付水準の改善が含まれるQ
第二は人口の増加、とりわけ老人人口の増加があげられる。
9」S
医療保障の効率化
第三は医療従事者の相対賃金の上昇である。とりわけ男女同一賃金
の推進などにより、看護婦の賃金等が改善されてきたことがあげられ
る。
第四は医療技術の発展である。他の産業分野とは異なり、医療の分
野では技術革新が必ずしも総費用の節約には導かない。
第五には不必要な医療の増加があげられている。新しい医療技術や
診断技術が、効果についての十分な検討を経ないで、多用される場合
が少なくない。
第六は人口にしめる医師割合の増加である。医師の増加は、その総
報酬額を増加させるだけでなく、検査、薬剤等の使用増加を招く傾向
がある。
第七は病院の建設や改築である。高度の設備を備えた近代的な病院
は、その運営にはるかに多くの人材を必要とする。病床数が過剰と
なっている場合も少なくない。
最近の医療費上昇の原因がおおむね以上のような諸要因によるもの
であることは異論がないであろう2)。しかしながら、どの要Eqに焦点
を合わせて医療費の増加を抑制すべきかとなると、その答は決して自
明ではない。不必要な医療は、当然排除されなければならないが、必
要な医療と不必要な医療とを見分けることは容易ではないし、医療本
来の在り方からすれば、その判断は医療内容の問題として医師自身に
ゆだねられるべきものであろう。不正な請求などあってはならないこ
とで、これには厳しい取り締りが望まれるが、その医療費抑制効果に
は自ずと限界があるであろう。
また人口の高齢化については、その傾向そのものを政策的に修正す
ることは、少なくとも短期的には不可能なことであって、この面では
高齢化社会に,ふさわしい費用効果の高い医療内容の追求が要請される
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医療保障の効率化
といってよい。さらに医療保障の改善や、医療供給水準の向上は、他
の事情と切り離してそれ自体に着目すれば望ましいことであって、だ
からこそ各国ともこれまでは、できるかぎり患者の医療費負担を軽減
し、医者を増やし、看護婦を増やし、病院の建設を促進するような政
策をとり続けてきたのである。その意味では、増加する医療費を国民
が負担できなくなりつつあるからといって、ただただ医療費を抑制し
さえすればよいというものではない。医療保障の充実や医療サービス
水準の向上といった、これまでの政策目標はできる限りこれを守りつ
つ、総体としての医療費を適正な規模に維持してゆかなければならな
いという、いわば全く相反するともとれる目標を調整する課題に直面
していると考えられる。
(3)医療保障の課題
高齢化社会の到来は医療ばかりでなく年金に対する必要性をも一層
撮め、これに社会福祉サービスの需要増も加わって、社会保障費は大
幅に増加する状況にある。こうした増加する社会保障の費用の問題に
着目すれば、年金も医療や社会福祉もともに同じ課題を抱えていると
いえるが、一歩たちいって費用増の性格を検討するならばそれぞれの
課題は決して一様ではない。医療は、現金給付である年金とは異なる
費用増加の要因を抱えている点を見落とすべきではない。
すなわち現金給付である年金制度は、基本的には現金という同質の
ものの他世代間再分配であって、老人の生活と他世代の生活とは具体
的に比較できる。したがってこの場合には世代間で負担と給付のバラ
ンスをとることはそれほど困難ではなく、再分配には自ずと限界があ
り勤労者の生活水準と比較して年金が極端に膨張することは考えられ
ない。また実際の西欧の年金制度がそういうバランスを保ってきてい
ることは、 1 9 7 0年代の後半の経験が示すとおりである。
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医療保障の効率化
これに対して医療の場合には保健医療ニードをみたすことは生活の
前提条件であって、一般の消費生活と医療あるいは健康とは異質のも
のといわなければならない。命はなにものにもかえられないといわれ
るとおりである。したがって医療の問題は、健康な人々と病気の人々
あるいは若い人々と老齢者との再分配の問題であると同時に、そのた
めに一般的な消費生活をどの程度犠牲にできるかという選択の問題で
もある。しかもその選択が、医療保障制度という社会的な仕組をとお
して、政策的な選択の問題として提起されている点が重要である。広
範な保健医療サービスを、その費用を保険をとおして保障するにせよ
サービスの提供そのものを公的に確保するにせよ、すべての国民に保
障しようとする枠組が医療保障制度なのである。つまり、個人的なレ
ベルで消費者として医療に対する厳しい選択ができる条件はほとんど
なくなり、国の医療支出の規模は国の政策レベルで調整されないかぎ
りチェックしにくい状況となっているのである3)0
このように医療費は国民所得のなかでより大きな部分を占める傾向
をもっている。この傾向に対してその費用増加を抑制するには、基本
的に二つのアプローチがあるように思われる。
その第-は医療保障制度を制限することである。換言すれば、どの
程度医療に支出すべきかの問題を消費者としての個人の選択にゆだね
る方法であるG いわばミクロレベルでの選択の問題として再構成する
方法である。この方法の問題は、医療保障の制限が十分その効果を発
揮するほどに厳しく呆施されると、病気による貧歯を追放するという
医療保障の目標をそこなうことになりかねない点である。
その第二は医療に配分すべき資源量を規制する方法である。あるい
は医療費の総枠を規制する方法である。第-の方法が個々の消費者の
需要抑制による適正供給量の決定を目指すのに対して、この方法は供
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医療保障の効率化
絵そのものの規制を目指すものでる。この場合適正供給量を民主的に
決定してゆくための仕組が必要となる。すでに存在する政治機構を利
用することも可能であるが、それが利用できるのは基本にかかわる決
定についてのみであろう。マクロ的な供給規制と、医療従事者をはじ
め患者や住民など関係者の要求をうまく結びつけるシステムを作り出
すことは必ずしも容易ではない。
以上のようにそれぞれのアプローチはそれぞれの問題があってどち
らかを極端に助長し他を否定するような選択は適切でない。現実には
両アプローチをそれぞれ部分的に取り入れこれを組み合わせて採用す
ることにならざるをえない.たとえば医療費増加の重要な原因となっ
ている病院医療費、高度な医療施設とその利用などについては厳しい
供給規制の方途を追求するとともに、軽微な医療についてはそれが低
所得者の受診抑制にならないよう配慮しつつ患者負担の方途でもって
対処してゆくことが考えられる。
以上の二つのアプローチとは別に、費用効果の高い方法が厳しく追
求されなければならない.これにはすでにある医療資源の範朗でその
効果を高める方法であって、病院医療からプライマリー・ケアへの転
換、医療から福祉サービスへの転換など優先順位決定が重要な課題と
なっている。また医療保険組織の在り方に関しても、予防活動に対す
るインセンティブが十分に働くような組織形態、負担と給付の在り方
が問題となるであろう。また不必要な医療や不正医療を排除してゆく
ことも、上に述べたアプローチとは別に追求されるべき当然の課題で
ある。
2 医療サービスの特徴
ここでは、医療サービスの特徴として一般に指摘されている、消費
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医療保障の効率化
者の無知、不確実性および外部性の諸点を再検討して、そこからどの
ような政策的な意味が導き出せるのかを考えておこう.)O
(1)消費者の無知
消費者の無知と呼ばれるものの中には、ニードそのものを知らない
という意味での無知と、ニードがわかった場合でもそれに対処すべき
方法あるいはそれに対する評価ができないという意味での無知がある
ように思われる。
1) ニードを知らない
医療ニードの中には自覚できないものも多いしまた自覚してからで
は遅い場合も多い。このような潜在的なニードを発振して早めに対処
し、病状の悪化を予防することが必要である。そのための手段として
は予防検診があるが、実際の予防検珍の利用状況を考えると特定の手
段だけに大きな効果を期待することは非現実的である。その意味では
一般に健康に不安を覚えた時に診察を受け易い条件を整えて(アクセ
シビリティを高めて) 、病気が発見しやすくしておくことが重要とな
る。
その反対に医療ニードに対する無知は不必要な受診を招く原因とも
なりうる。必要以上に心配して受珍することになり、ひいては医師の
時間の浪費、濫廉、資源の浪費を招くことがある。しかしながら、不
必要な受診を招くからといって受珍抑制策を強化すると必要なニード
の発見をさまたげることになりかねない。最も望ましいのは、患者に
は最大限のアクセシビリティが保障され、患者を教育指導することが
プライマリー・ケア医の重要な仕事として十分に報われ、その後の医
療提供は必要最低限にとどめられるようなシステムを確保することで
あろう。もちろんそのような理想的なシステムは現在しないが、その
ような方向を目指して現実的な対策を講じることは重要であろう。
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医療保障の効率化
2) ニードに対応すべき適正な医療内容を知らない
一般に患者は、自分が病気であるとわかっても、その病気を診断し
たり、それに適した治療方法あるいは予防方法を判別することができ
ない。したがって患者はこれらの点について専門家である医師の判断
と処置にゆだねる。その上に患者は.、下された診断や提供された医療
について、その内容を評価できない。その意味で患者は医師を信頼逓
ざるをえずまた医師はその信頼にこたえる診療をしなければならない0
また信頼関係が真に確立できるような条件を制度的に確保しておくこ
とが必要である。たとえば薬をたくさん出してくれる医師をよい医師
と思う誤った患者の理解に対し、医師は患者にその誤りを指摘して正
しい認識を得るように導き、そういう努力をとおして真の信頼関係を
そだてることが望ましいが、そのためには医師のそうした努力こそ報
われるようにするべきである。
以上がいわゆる消費者の無知と呼ばれている特性であるが、現在で
はむしろ無知ではすまなくなっている部分も少なくない。たとえば慢
性病の予防や治療には患者自身の日頃の生活態度が重要な要素となっ
ている。患者は単に医療の受け手であるだけでなく、より積極的に
日々の生活をとおして予防の効果を高めていかなければならず?医
療チームと患者との協力体制が不可欠となろうとしている。医師は患
者に積極的な役割を期待して十分な指導をしてゆくことが重要になっ
ている。
こうして消費者の教育がますます重要な課題となろうとしているが、
そのためには、学校の保健教育、保健所や保健センターをとおしての
保健教育、職場での保健教育などの充実とならんで、プライマリー・
ケアの担い手である開業医(それと同じような働きをしている勤務医
も当然含めて)等による保健教育や生活指導の強化が重要で、こうし
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医療保障の効率化
た開業医の仕事が十分報われるような支払方式が不可欠となる。また
そのためには、開業医等に対するアクセシビリティの確保は重要な課
題となる。昭和3 5、 3 6年ごろから村民をなんとか医療機関に来さ
せるために医療を無料化し、その結果老人医療費を軽減させることに
成功した沢内村の例は教訓的である6)0
(2)不確実性
われわれは何時、どんな病気になり、どれだけ医療費がかかり、ま
たその間どれだけ収入がとだえるのか予測できない。医療にはこうし
た不確実性がつきまとい、したがってこれを保険事故と捉えてこれに
備えるのが医療保険である。
しかしながら、不確実でない部分も増大している。たとえば、慢性
病、成人病、老人病などと呼ばれている病気では予想できる部分も少
なくない。日常必要な医療がわかっている部分も多いのである。ここ
ではこの点を医療の日常性と呼んでおこう。
かつては非日常的な医療が中心であった。これは、健康-不健康健康の回復、というような形ではっきりと区別できる事象が進行する
場合において、非日常的な不健康状態を扱うものであって、このよう
な急性医療の費用を保障するには、医療保険は合理的であった。しか
しながら今日では、日常的な医療が重要な地位をしめるようになった0
成人病など生活そのものの中で不健康な状態をコントロールしてゆか
なければならず、医療と日常生活とを区別することができなくなった0
非日常的な医療と日常的な医療とは相互に無関係ではなく、若い時
は主に前者が中心で回復すればまた元気に仕事につけるようになるが、
年齢とともに後者の必要が増し、それが新たな前者の必要を生み慢性
病を進行させるなど、両者が相互に関係し合いながら進行すると考え
られる。
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医療保障の効率化
このように長期にわたって病気の発生を予想すると、高齢になるほ
ど死ぬ確率が高くなるのと同じように、高齢になるほど病気になる確
率は高まる。その意味では、かなりの確かさで高齢期ほど医療費がか
かることになる。したがってライフサイクルの観点からは、医療費に
対する給付は年金と同じような長期給付と捉える方が実態にかなって
いるということになる。
こうした医療に関する確実性は、これまでの短期保険の考え方と明
らかに矛盾するものであって、こうした状況に対応できる医療保険の
在り方が追求されなければならない。そして保険の持つ合理性とその
利点をどのような形で生かし機能させてゆくことができるかが重要な
課題となる。
(3)些畢墜
「ある経済主体による一定の財・サービスの消費あるいは生産が、
市場を経由することなしに、他の経済主体に対して有利な効果を及ぼ
す」7)場合に、一般に外部経済効果があるというが、これは伝染病の予
防接種のような場合に最も良く当てはまる。さまざまな公衆衛生活動
が公共サービスとして提供されているのはこのためである.
また一般に感染性の病気に対する治療も外部経済効果があるといえ
る。たとえば外国から伝染病が侵入するような場合について考えると、
人々が容易に医療を受療できる一般的な条件が整っていないと、一度
侵入した病気が潜在化するおそれがある。その意味ではコレラ事件の
例のように社会防衛上もアクセシビリティの保障が大切となる。
さらに外部性の議論は、広義の予防活動についても適用できる。喫
煙は本人だけでなくまわりの人々にも悪い影響を与える。節塩なども
自分が気をつけるだけでは十分な効果をあげにくい。外食にまでその
効果があらわれるには広く人々の関心を高めてゆくことが必要となる0
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医療保障の効率化
直接の医療政策ではないが、こうした広い意味での予防活動は医療費
節約の上でますます重要になるに違いない。たとえばスウェーデンで
は今世紀中にタバコを追放する運動を政府が進めているが、こうした
予防対策によってより大きな医療費節減劾栗をあげてゆくことが期待
される。
3 医療ディマンドと医療ニード
前節では医療サービスの基本的な特性を検討したのであるが、次に
問題になるのは、実際に医療サービスが提供されたり受療されたりす
る際の条件である。本節では患者ないし受療者側の条件をまず取り上
げておこう。
(1)ディマンド
すでに述べた医療サービスの特性から、消費者は自分の買おうとし
ているサービスについて、どの程度の量と質のサービスをどの程度の
費用で買うのかわからないまま、ただ医療サービスを受けるかどうか
の判断をするのであるから、 expressed demandという概念はあては
まっても、自分の限りある支払能力との関係で受けるであろう便益を
厳しく選択するようなeffective demandという概念は、一般にあて
はまらないであろう。
ここでのディマンドの内容は受診するかどうかだけであるから、具
体的な医療内容(薬の投与や検査の実施、あるいは入院など医療内容
のほとんど)や再診の要不要(自分で再度訪問する場合は別である
が)等については、供給側によって決定されることが多い。この点に
ついて需要側の問題は、診療所や病院あるいは診療科を患者が選ぶ場
合に、まったく誤った判断に基づいて医療が開始されるおそれがある
こと、また「はしご」が可能なこと等であろう。
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医療保障の効率化
患者に医療サービスが提供されるまでの経過をたどってみると、
(1)本人の不健康の自覚から始まって、 (2)しばらく様子を見る
時間を経て、 (3)より積極的に通常の活動を停止して療養に努めた
り、 (4)薬局にいって薬を買うなどのセルフ・メデイケイションを
行なったり、 (5)ついには受診に踏切るといった行動が続く。そし
てそれ以降はどのような検査をし、処置を施し、あるいは入院の要不
要を決定し、そうすることで使用する医療資源の量を決定するのは医
療提供者の方であるBと
したがって患者側が医療供給量に影響を及ぼしうる範臥ま非常に限
定されており、上の例ではたかだか(5)を思いとどまるところまで
であろう。患者負担を決定する場合にはこの点に留意し、それ以上の
責任をディマンド・サイドに求めないようにすることが大切である。
たとえば風邪薬や胃腸薬を薬局で買うかそれとも医者にかかろうかと
いった選択は患者が行ない、極端な場合には医師が患者の要求に屈し
て薬を与える場合もある9)。誤った患者の要求を正して患者を教育す
るのが医師の本来の務めであろうが、現実には医師にそうするインセ
ンティブが乏しい。現状では、限られた医療資源の有効利用という観
点から、患者の合理的な判断が導き出せるような一部負担を定めるこ
とも必要である。
2割ないし3割といった定率の患者負担は、高頼療養費制度のよう
な上限がない場合には、上に述べた点から必ずしも合理的ではない。
それが医療費を現に抑制している理由は( 1 )医療費に対する漠然と
した不安から一般的に受診を思いとどまらせる効果を持つから、さら
には(2 )医師に患者の懐具合を心配させて供給を控えさせる効果が
あるからであろう。このうち(1)の効果は医療保障の観点からは望
ましいとはいえず、また(2)の効果については、本来供給サイドそ
-89-
医療保障の効率化
のものに合理的に作用する誘引を設けることが望ましい10)。
ところで、患者の医療を受けたいという気特をウォント want]
と呼ぶとすると、ウォントがディマンド(demand)にと結びつくの
を抑制しているのは、けっして患者負担ばかりではない。患者負担も
含めておおよそ次のような理由が考えられるであろう。
1 )医療費がどれだけかかるかわからず(定率負担や保険外負担
がある場合)不安であるから。
2 )患者負担はわかっていても(定額負担や上限つき定率の場合)、
より低費用で簡便な別の方法(たとえば自分で風邪薬や胃腸薬
を買うなど)を選択するから。
3)患者負担はなくても、仕事や家事を休みにくかったり、通院
に交通費がかかったりするから。
4)適当な医療機関が近くにないため。
5 )病気の発見がこわいとか特定の医者や病院の世話になりたく
ないなどのため。
以上のような要因についてそれぞれ対策を検討し、患者の適切な判
断が導かれるようにすることが肝要である。以下の議論で示すとおり
アクセシビリティを確保しておくことは重要であるので、受診時の経
済的な負担によってディマンドに影響を及ぼそうとする政策を採用す
る場合には、その他の要因がディマンドの不必要な抑制に導くことの
ないよう、十分な注意が必要であろう。とりわけ医寮機関の適正配備
であるとか、保険外負担に対する不安の排除は重要な課題であって、
そうした条件整備は適正な患者負担導入のためにも不可欠な前提であ
るといえる。また一部負担の効果を検討するに際しては、受診の抑制
一般を目的とするのではなく、それによって医療資源の有効利用がど
う達成できるのかを考慮することが大切であろう。
-90-
医療保障の効率化
(2)三二旦
医師の仕事は患者の医療ニード need)を見つけ出してこれに対
処することであって、医療目的からすればディマンドもニード発見の
ための一手段・一過程にすぎないであろう。貴腐のわけへだてなく患
者の病気を癒すことにのみ専念しなければならないと教える医の倫理
は、医療におけるニード概念の重要性を示しているO通常はディマン
ドの中からニードが発見されるわけであるが、医療が対象とするのは
ニードの方であることを見落すべきではない。
医療も個人を対象とするパーソナルなサービスであり、その意味で
サービスの帰属、それによる便益の帰属は比較的はっきりしているo
Lかしそのサービスがその個人に与える効果は、その人の要求に応じ
て量が変わるというような性格のものではなく、その人について欠け
ている部分を補うような性格のものである。しかも患者の求めに応じ
て、提供するサービスを多くしたり少なくしたりできるものでもないO
そこで提供できる医療サービスの量は、その時代の技術水準によりお
おむね決まっているといえる。時代とともに医学のなしうることは常
に変化しているのであるが、そうした時代的、社会的制約の下で、そ
の社会の医療ニードも決定されていると考えられる。
このように医療サービスの対処すべきものが社会的な医療ニードで
あるとすると、ディマンドをとおして出現したニードに対処するだけ
でなく、ディマンドとなって出現していない潜在的な医療ニードを見
つけ出すことも同様に重要な課題となる。とりわけこの点はディマン
ドとして出現する部分が全体としてのニードの「氷山の一角」にすぎ
ないような場合に重要となる1日。またこの点は、潜在的なニードを梶
り起こして早期に対処しておくことが結局医療費の節約になるような
場合に重要となる。
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医療保障の効率化
ところで医療ニードは固定的でなく変化しうるばかりでなく、治療
ニードとして捉えるのか予防的なニードとして捉えた方がよいのかな
ど、必ずしも一義的にその性格を規定できない面がある。それにより
費用効果が大きく違ってくることがある。わが国の医療保険は明らか
に治療に要した費用を保障しようとする制度であるが、対処すべき
ニードの概念をもっと広く捉えて、医療保障政策に幅をもたせること
が必要で、今後は費用効果を高める上でも予防的な対策を重視してゆ
くべきであると考えられる。
4 医療供給
本節では医療サービスが提供される具体的な諸条件のうち供給側の
それを検討する。すでに述べたところからも明らかなように、実際の
医療供給により大きな影響を与えるのは供給サイドであると考えられ
る。
(1)購買代理人としての医師
医師に出会った後の患者は、医療の受療者、消費者ではあっても、
自らの判断で欲するサービスを要求する需要者ではないO これ以降は、
すべて医師が患者にかわってどのようなサービスが必要か定め、自ら
そのサービスを提供するかあるいはその提供を他者にもとめることに
なる。その意味で医者は患者の代理者、代理人、購買代理人なのであ
る。エイペルースミスはこのような患者の代弁者、代理者としての機
能をdoctor as purchasing agentと呼んで、その重要性を強調して
いるり2)0
ここで購買代理人としての医師の機能を拾いあげると、おおよそ次
のようになるであろう。総医療費のうち、はっきりと医師の技術科と
して支払われている部分はそれほどないであろうが、医療費のはとん
-92-
医療保障の効率化
どは医師の以下のような機能をとおして支出されていると考えられる
13)
0
1)直接自分の労力を提供する。これに対する対価は、その医師の
能力(教育、訓練、経験等に依存する)と費やした時間や仕事の強度
に対応する。
2)他人の力をかり、看護婦、薬剤師、他の専門科の医師、事務職
貝などの援助を求める。同一経営主体の中での協力か、外部からの協
力かで医師のインセンティブは違ってくる。
3)財(薬など)の購入の形で資源を消費する。この場合も、同一
経営内で薬を提供できるのか、医薬分業の下で他の薬局をとおして購
入することを命ずるのかで事情は違ってくる。
4)機械や設備(検査や入院など)の利用を命ずる。そうした設備
を自前で提供できるか、あるいはその提供を他者にゆだねなければな
らないかで事情は違ってくる。
5 )福祉サービスの利用をうながす。積極的に地域の福祉施設を紹
介するような場合よりも、病弱な患者を退院させることで、結果的に
その利用をうながすことの方が多いのかもしれない。ただしその場合
の費用は医療費として計上されないであろう。
以上のような医師の重大な機能に着目して、合理的な判断が導き出
せるように支払方式や供給システムを検討することが大切である。た
とえば現行の単純な出来高払い方式のように、財の供給や設備利用の
増加に高いインセンティブを与える支払い方式は問題であるし、在宅
医療や福祉施設との連携が図れるような組織形態がより望ましいとい
うことになる。
(2)診療上の自由と医の倫理
購買代理人としての医師の機能と関連して、医療供給を決定する上
-93-
医療保障の効率化
で見のがせないのは医師に課せられている特別な責任と大きな権限で
'蝣Km
1) 診療上の自由
購買代理人としての医師の仕事は、事前においてはもとより事後的
にすら、客観的に評価することが困難である。なぜなら医療はすべて
について個別性、多様性を持っており、本来標準化、規格化すること
が困難だからである。したがって、医師にとっても患者にとっても、
診療上の自由が保障されることが重要になる。
このような医療の特性は、保険の合理性と矛盾する点でもある。な
ぜならこのうような条件の下では、その給付に関して契約の内容を明
記出来ないからである。保険者は被保険者に対して、医療内容に関し
てはほとんど無条件で費用請求者の求めどおりに支払う約束をせざる
をえないのである14)。このような契約内容の無規定性を多少なりとも
補うためには請求金額に比例するようなある程度高率の患者負担の方
法が望ましいということになる。この方法は、危険をプールする保険
の有効性をそこなうことなく、ある程度その費用を抑制できる簡便な
方法であるといえる。しかしながら、この方法はすでに述べたように
医療保障の目的を害するおそれを持つし、患者負担に上限を付すなど
で修正するとその効果が弱められることになる。
2) 医の倫理
ヒポクリトスの誓も教えているように、医師は患者のためを思って
最善の手だてをつくす義務を負っている。その上にアメリカなどでは
訴訟に対する防衛上の意味も加わり、最先端の診断技術が導入されれ
ばその利用は一挙に加速される傾向を持ち、それだけ医療費は増加す
る。
医療保険の契約によって患者負担が軽減され、医師は診療の自由に
-94-
医療保障の効率化
よって診療内容の詮索から保護されている。その上に現代の医療は急
激な技術進歩の過程にある。そのような条件の下で、技術的に最善の
手だてが常時追求されるとどのようになるのか、結果は一目瞭然であ
ろう。これはあたかも、患者が診療のたびごとにその財布を医師にあ
ずけ、できるだけのことがなされるよう期待し、医師もまたそれを使
命として任じているような状況にたとえることができる。さらに、こ
のような条件の下で、この医師・患者関係を核として、そのまわりに
これに関連する産業が集中し、常により多くの資源を投入しようとし
ている点が問題であろう。
とりわけ今日のように技術進歩が激しくて、医師が大学時代に習っ
た薬や技術がまたたく間に姿を変えてしまうような状況の下では、医
師の自信がゆらいで技術過信やメーカー追随を招きやすい.その意味
では、医師が常に新しい技術や医学について正しい知識が得られるよ
う、卒後教育のシステムを確立したり相互に勉強しあえる条件を整え
てゆくことが重要である。また高度の医療設備等については、地域医
療計画のようなシステムをとおして投資の重複をさけ適正な利用を図
ることが重要であって、たとえば報酬単価の一律抑制によって供給量
を調整するような方法は、必要な量の確保をさまたげたり設備投資後
の過剰利用を招く点で問題であろう。ミクロのレベルで費用をコント
ロールできる条件がとりはらわれている事情の下では、全体として利
用できる資源の総量をマクロのレベルで規制してゆく方法を考えざる
をえないのである。
( 3 )医療供給組織の形態
以上のように医療供給者たる医師には特別な性質があるのであるが、
そうした医師が具体的に機能する場にはさまざまな形態があり、それ
により購買代理人としての医師の仕事の内容にも違いが出てくる。こ
-95-
医療保障の効率化
こでは保健サービス方式をとるイギリスと保険方式をとる日本につい
て簡単に例示しておこう。
まずイギリスのように予算である程度供給量が規制されている場合、
そうした枠組の中で医療従事者が既存資源の利用の途を考えることに
なる。このような方式の下では、とりたてて細部にわたって供給の規
制をしなくても15)、総予算の規制をとおして費用抑制の効果をあげる
ことができる。ただしイギリスで国民保健サービス予算が国民の需要
を下回っているのではないかという議論があるように、人々の要求を
うまく予算に反映するシステムが必要となる。イギリスの国民保健
サービス事業の計画化はそれに対する一つの答であるが、まだまだう
まく機能しているとはいえない16)。
このようなシステムの下では、購買代理人の機能は、与えられた供
総量の範Bfl内での患者のニードの優先順位づけに向けられる。クー
パーはこの点を的確に捉え、 「国民保健サービスが行おうとしている
ことは、患者の相対的なニードを医師が専門的に査定することによっ
て、 r表明された要求」 (需要)を利用可能な資源の規模に合うよう縮
小させることである」と説明している17)。
これに対して日本のように報酬が出来高払いでしかも細かい行為ご
とに単価が決められている場合、患者負担の軽減は供給側によるサー
ビス量の増大を導きやすい。日本の場合にはpurchasing agentとい
うより、 shop ownerが客の財布をあずかって必要なものを自ら買
い与えているような状況にたとえることができる。すでに述べた医師
の特性に加え、供給が需要を創り出す経済的誘引が強く働いていると
いわなければならない。このような制度がこれまで破綻もせずによく
維持されてきたのは、これまでは社会の医療資源におのずと制約が
あったからにはかならない。今日のように医療が量質ともに充実する
-96-
医療保障の効率化
ようになった時代には、改めてこれを規制する方途を開発し、ミクロ
レベルで発揮される医師の良心が、マクロレベルでの適正資源利用と
合致できるような制度的枠組を設けることが必要といえよう。
供給側が医療需要を創出して医療資源の適正配分を挽乱する具体例
としては、医療資源の地域格差、医療費の受給者間格差、医療行為の
特定部門へのかたより、さらには医療サービスと他のサービス部門と
のアンバランスなどが考えられる。これらを是正して医療資源の適正
利用を達成するためには、供給サイドに対する何らかの規制が不可欠
なのである18)。
5 医療保険の間麗とその対策
(1)医療保険の問題
すでにある程度医療保険の間題にもふれてきたのであるが、ここで
あらためてその要点を整理しておこうoまず短期保険の合理性が発揮
できるのは次のような条件下であった。
1)健康と病気がはっきり別の事象として区別できること。通常
は元気に働いて拠出をし給付を受けるのは病気になった時だけで、そ
の時期が終るとまた拠出が開始する。病気になることが事故として、
非日常的なこととして、成立すること。
2)病気が不確実でいつ誰に起るかわからないこと。そして誰も
病気になることを望まないこと。
3 )病気になった場合にもその事象を脱出したいと誰でも努力す
ること。病気に保険給付がともなったとしても、受給がともなうよう
な状態を早く終えたいという気特が働くこと0
4)給付の面についても病気がある程度客観的に把握でき、それ
が誰にでも明らかな事故として認められること。
-97-
医療保障の効率化
ところが以上のような条件をあやうくする事情が起ってきている。
その変化はそれぞれおよそ次のように整理できるであろう。
1 )医療の日常化現象が起っている。拠出をしながら給付を受け
続け、後者の額が前者の額を上回ることも多くなっている。日常的な
病気と非日常的な病気とを分けることができれば、後者のみを短期保
険の対象とすることもできるが、実際にはそれは困難であろう。
2 )日常的な医療の場合、患者はその病気から完全に解放される
ことはない。むしろそのような日常的な医療のニードは年齢とともに
確実に増大するであろう。そういう意味で今日の多くの医療には確か
な面が多い。これらの点から、今日の医療保険は短期保険としてより
も長期保険として理解した方が都合がよい19)。
3)日常的な医療では、患者の側にも医師の側にも、受給事象が
日常生活から区別された特別の事象であるとの認識がないO受給事象
を早期に脱出してそれとは別の日常生活(拠出事象)に復帰すべきだ
という気持が働かない.医療を受けるような健康状態そのものが常態
化するのである。
患者にその気持をもたせる方法として、給付に一定の制限を設け
(患者負担を設け) 、患者にその負担を回避しようとするインセン
ティブを与えることが考えられるが、これはそもそも必要な医療を受
けさせなくすることになるのであるから、医療保障の目的に反するこ
とになる。他方医師の側でも、日常的な医療の場合には、患者の病状
を継続して観察しその健康状態を管理してゆかなければならず、給付
を終えるインセンティブはない。このような状況の下では、患者によ
る受診件数の抑制とか受療機会の制限を目的とする対策をとるのでは
なく、継続的な病状の管理をいかに効果的に経済的になしうるかに焦
点をあてた対策をとるべきである。その意味では、あらゆる医療機関
OR
医療保障の効率化
共通の単純な出来高払いの診療報酬体系(もっともこの点については
老人医療に関して病院の種類別に報酬に差をつける方法が採用される
ようになっている)は問題で、社会福祉サービスをも含めた多様な
サービスが連携できるような組織と報酬体系が望まれる。
4 )健康保険法が生れた当時から比べれば、今日の医療の内容の
多様化は改めて境調するまでもないO またすでに述べたように受給事
象そのものも昔ほどはっきり区別できなくなっている。
(2)その対策
1) 保険組織上の対策
医療保険が、保険としてはむしろ長期保険に近い性格を備えるよう
になっている点からすれば、現在の日本の医療保険組織は、制度ごと
の年齢構成が不均等であって、各制度の財政力に不合理な格差を生じ
させている点が問題である。もちろん武見前医師会長が提唱したよう
な、高齢期の医療費に備える積立方式の財政運営に転換すればこの間
題を克服できなくはないが、年金制度の経験からしてこの提案は非現
実的である。
この点に関する根本的な解決策は、これまでにもしばしば主張され
てきた諸制度の統合である。しかし医療保険の全国的な統合は、たし
かに中高年の医療費を公平に負担する上では合理的な解決策であるが、
できるだけ保険運営を身近なものとして被保険者の参加意識を高め、
保険の経営効果を高めてゆく上では、保険組織として決して望ましい
在り方ではないO その意味では、医療保険が年金保険と類似の性格を
持つようになったとはいえ、医療保険の場合には被保険者本人や保険
者がリスク発生の予防に努める余地があるという点で、年金保険と根
本的に違っている。予防医療が重要となればなるほど、長期にわたっ
て健康を維持してゆこうとする個々人の意欲を貴大限に生かすことが
-99-
医療保障の効率化
必要となり、それに適した保険組織の追求がますます重要な課題とな
るであろう。
したがって現実には、財政調整的な措置によって、健保組合などの
小規模保険組織が果たしてきた効率的な運営と、中高年齢層の医療費
を若い世代が全体で負担してゆくという財源措置とを組合わせてゆく
ことになるであろう。すでに1983年より老人保健法がまた198
4年からは退職者医療制度が施行され、年金受給年齢以上老人の医療
費については各制度間で財政上の調整措置が導入されるようになった
ことは周知のとおりである。
2) 保険給付に対する対策
保険給付に対する対策としてはおよそ次のようなものが考えられる
が、一つの対策の効果も、それが他の政策と組合わされて用いられる
場合には、十分に発揮できないことが多い。たとえば給食費相当分の
患者負担導入の正当性も、それとは別に付添看護や室料差薪などの
(半強制的な)保険外負担がある場合にはその論拠を失うことになる。
したがって患者負担を適正化してその意図した効果を発揮させるため
には、保険外負担や付加給付(予防的な付加給付は別であるが)など
の関連する事項についても十分に考慮しておくことが必要であろう。
またここでは保険給付となんらかの形で関係のある患者負担の在り
方についてのみ検討しており、病気とはみなされていない整形手術で
あるとか正常分娩の費用など、その総費用が保険の対象から外されて
いるものは含めていない。しかし現在保険の対象から除外されている
ものの中でも、正常分娩の費用や予防的な検診など、改めてこれを保
険にとりいれるかどうか検討を要するのも少なくないであろう。
[給付範囲の限定:制限診療、規格診療]
これは、特定の医療部分について保険の適用から除外する措置であ
100-
医療保障の効率化
る。したがって医療ニードにあまり関係のないものに限って用いられ
るべきである。また事務的に新たな負担とならないように注意が必要
であって、過度に用いると必要な医療を制限するおそれもある。
たとえば、ビタミン剤、風邪薬、健胃薬など、それが用いられる病
状そのものが一般に軽くまたその薬が誰にでも利用しやすいものは、
完全に保険外としたりそのまま一部負担とする方法が考えられる。
しかしながらたとえばビタミン剤にしても、医療上それが偽薬とし
て用いられる場合には、その薬の素材以上の意味を持つわけであって、
実際上このような割切りには無理がある。また患者からすれば全体と
しての患者負担が問題であって、それが風邪薬にかかろうが後に述べ
る足切り型であろうが全く変りはないはずである。また、安価な薬を
除外することが、より高価な薬の投与を導くおそれも多分にある。大
きな比重をしめる薬剤費を抑制する方法としてであれば、薬価基準を
適正化したり薬代込みで診療報酬を定めるなど投薬に対するインセン
ティブを抑制することの方が、より優先度の高い政策であるといえる0
そのはか運用が難しいであろうが、患者によるあまりにも安易な受
診を患者負担にする方法が考えられる。たとえば同一病名で同じ期間
に2つ以上の医療機関にかかるいわゆる「はしご」が認められる場合、
皐初の医療費以外を保険から外すなどがその例にあげられよう。
【給付範囲の制限:差額徴収]
必要な医療の一部ではあるが、それ自体は医療ニードに直接かかわ
らず、患者が自由に選べてその評価も可能なものについては、差額徴
収を適用することができる。具体的には歯科における金の使用である
とか入院時の室料差額などがある。こうした医療は、必要最低限の医
痩(あるいは標準的な医療)ではなく、それを満たした上で患者の好
みで提供される医療部分で、 「患者による選択的医療」とでも呼びう
-101-
医療保障の効率化
るものであるo このようなサービスを患者が欲するのはごく自然なこ
とであり、医学上問題がなければこれを規制する理由はない。
ただこの点に関して問題なのは、標準的な医療と選択的な医療との
限界が決して自明ではないために、標準的な医療が貧しい人々に対す
る貧しい医療にと劣悪化するおそれがある点である。また標準的な医
療でよいと思っている人に選択的な医療を実際上強要するような形で、
医療保障の効果がそこなわれることである。したがって差額徴収の拡
大にあたっては、このような問題が起らないように十分配慮すること
が重要であろう。
[患者負担:一部負担、初診料定額、足切りタイプ]
患者負担のうちでも、患者の行動に直接影響を与えることをねらい
とするもので、とくに初診の抑制をねらいとしている。医者にゆくか
どうかを考える場合、それにかわりうる方法を選択するように導くた
めの手段であるといえる。薬局で風邪薬を買うよりも医者にかかる方
が安いために、風邪薬を求めて医者を訪れた被保険者も少なくなかっ
た。あまりにも安易に医者にかかるのを防ぐためには、供給側に不必
要な医療を厳しく制限するインセンティブが備わっていない以上、完
全な1 0割給付は好ましくない。
その他、休日受診、夜間受診、あるいは「はしご受診」を抑制する
などのためにこのタイプの一部負担を用いることも可能である。
[患者負担:一部負担、定額×回数タイフl
このタイプの一部負担はむしろ医師の行動に影響を与えようとする
もので、医師に費用意識を呼び覚そうとするものである。なぜなら第
2回目以後の医療サービスの供給は、患者側の要求によるというより
も医師の判断で追加されてゆくのが一般的だからである。具体的には
一回ごと、 -月ごと、入院-日ごと等と一部負担を定めておくことが
-102-
医療保障の効率化
できる。
このタイプの一部負担の問題は、一部負担の額にもよるが、老人な
どのように収入が少なくかつ病気が長期化しやすい人々に加重な負担
を強いることになる点である。
また入院時の食事代やホテ)i,代を、医療ニードから区別する考え方
から(上述の選択的医療と同様の考えから) 、あるいは医療ニードで
はあっても自宅ででも支出したであろう費用が節約(home saving)
できたという考え方から、その分を患者に負担させる方法がある。こ
れもそれ自体としては合理性を持つが、そのような方法が他の負担と
併用される場合には全体としての合理性が保てるように配慮しなけれ
ばならない。
また継続的な医療の場合、最初の部分で課すか、後の部分で課すか
一律に課すのか、あるいは逓増させたり逓減させたりするのがよいか、
選択の余地があるであろう。
またこうした一部負担を採用する場合には、事務上の問題をも配慮
しつつ、資源の適正配分を図るように活用することも重要で、たとえ
ば、供給量が不足しているようなサービスがゆがんだアクセシビリ
ティ(時間的に余裕のある人、医療機関の近くに住む人)だけで配分
されるのを防いだり、病院よりも福祉施設の利用を導くために採用し
たり、薬や検査の多用を規制する手段とするなどが検討されてよいで
'JESS*
[患者負担:自己負担、定率タイプ]
このタイプの患者負担もやはり医師の行動に影響を与えることに
よって費用効果を高めようとする手段である。医療費の高さに応じて
患者の負担も増すわけであるから、特に出来高払いの支払方式を前提
とした場合には、高い診療行為ほどその額に応じて医師は慎重になら
-103-
医療保障の効率化
ざるをえず、定額×回数タイプよりも効果はずっと広範囲に及ぶ。し
かしこのタイプの負担は、見当もつかない費用負担に対する不安から
患者の必要な受診が抑制されるおそれを持っており、医療保障の目的
をそこないかねない。またこのタイプの患者負担には患者に総費用が
わかるというメリットがあるが、費用を知らせる方法ははかにあるの
であるから、そのメリットのためにのみ定率の負担を課すのは不合理
であろう。
今日のように医療費が高額化している状況の下では、単純な定率負
担は不可能であり、これを採用する場合にも何らかの上限を付すこと
は不可決となっている。わが国の高額療養費制度がその例であるが、
その場合の負担上限は一般に定額負担よりも高くなるので、 1 )負担
率や上限額の具体的な在り方、 2)世帯単位で上限をどのように集計
するか、 3)継続する負担の上限をどうするか、 4)世帯の支払能力を
考慮して上限に差を設けるか、また5)別途最低負担額を設けるかな
ど、こまかな配慮が必要となる。そもそも定率負担は、患者というよ
りも直接的には医師のコスト意識を呼びおこすことにねらいがあるの
であって、その効果がおよぷ範囲をどのように定め、それを患者の支
払能力とどう調整するかが課題であろう。
6 供給側に対する対策
日本の医療保障の問題は、医療需要サイドの保障措置が完備する反
面、供給サイドの整備が立ち遅れている点である。そもそも総医療費
のこれほども大きな部分を、医療保険制度をとおしての支払によって
まかなうことが適当かどうか疑問である。今後、病院の建設や高度医
療施設の設置など資本設備については医療保険とは別の支払方法を検
討し、西ドイツのように医療保険の支払はフローの面に限定するなど、
-104-
医療保障の効率化
国民医療費にしめる医療保険の役割について再検討することが必要で
あろう20}。ここでは診療報酬に対する対策と医療供給システムそのも
のに対する対策の二点について検討しておこう。
(1 )診療報酬に対する対策
医師の診療報酬については、おおよそ1)医師自身の技術料、 2)
薬などの物財の費用、 3)病院等の施設利用の費用、および4)他の
マンパワーや施設の利用料、の4種類に分けることができるであろう0
[医師の技術料]
自分の知識と経験を生かし時間と労力をさいて、患者の健康状態に
対する適切な診断を下し、必要な処置を施したり生活指導をする医師
の仕事には十分な報酬が支払われるべきである。この点では診察料で
あるとか医学管理料とか生活指導料とかの報酬を、薬剤提供や検査の
実施から明確に区別して、技術料として十分評価して支払うべきであ
るO その上でこれをベースとして、ある程度決まりきった薬等の供与
や検査機器等の利用については「まるめ」方式を活用すべきであろう0
医療保障制度がある程度完備している社会では、購買代理人として
の医師の重要な役割は、その社会の医療ニードをみたすように医療資
源の利用を個々のケースごとに決定してゆく仕事であるOその意味で、
医師には最も費用効果の高い資源利用方法の追求が要求される。報酬
支払方式もこれを確保するものでなければならず、ある程度与えられ
た医療資源の総枠の中で医療ニードを選別するような報酬支払方式が
不可欠であろう。これには、大枠として報酬総額を保険医協会にゆだ
ねて診療を請負わせる西ドイツの方式、あるいは一人一人の医師に一
定の報酬の下で受持患者の医療を請負わせるイギリスの家庭医の診療
報酬支払方式などさまざまな仕組が考えられる。また最近では、病院
に対して入院日数におうじた報酬が健康保険から支払われているベル
-105-
医療保障の効率化
ギ-、フランス、オランダなどで、公私を問わず病院の総報酬に上限
が付されるようになっており(すなわち出来高払いを踏襲しつつも、
病院の総費用に枠が定められるようになった) 、またオランダでは、
開業している専門医達(一般医は人頭報酬であるが、専門医は出来高
払いである)にも全体として保険が支払うべき報酬総額に上限が付さ
れるようになっている。これらは予算方式と出来高払い方式とを結び
つけたものとして注目される21)。
ヒポクリトスの誓に忠実な医師は、購買代理人としての機能を発揮
する際に、費用についての配慮なしに可能な限り最先端の技術を駆使
しようと考えても不思議ではない。そうした医師の要求(需要)が医
療技術の進歩を促す重要な要因ではあるが、それは他方で医療費の際
限のない増加をもたらしかねない。したがって、医師の新しい医療技
術に対する需要が医学の発展に寄与できるよう確保すると同時に、他
方では費用意識も働くような報酬支払方式が要請されていることにな
る。
この点では少なくとも、医師の報酬の中に購買代理人に対する最終
供給者からのリベートのようなものは含まれるべきではない。実際に
は医師はしばしば病院や診療所の所有者でありいわば経営者であり、
また医師自ら検査機器を備えて検査をし、自ら薬剤を提供しているの
で、いわゆる技術料とその他の薬剤費や施設利用料等とを明確に区別
することはできないであろう。しかし薬剤や検査等についてそれが必
要以上に多用される本うなことのないようマージンをおさえておくこ
とは重要である。
[薬剤(物財)費]
薬価が実勢価格よりもかなり高いために利ぎゃを求めて薬剤の利用
が増えるようなことは避けなければならない。医薬分業が名ばかりの
-106-
医療保障の効率化
日本では特に薬価の適正化が重要な課題である。適正化さえ実施され
れば、医薬分業そのものは必ずしも医療費抑制にとっての絶対条件と
いうわけではなかろう。また薬剤だけを保険の対象から外すといった
措置もできるだけ避けるべきである。風邪薬や胃腸薬やビタミン剤な
ど家庭用薬として一般化しているものを保険外とする案もあるが一部
負担との重複を避ける意味から、むしろそうした薬を用いるような一
般的な病気については、標準的な医療のモデルを設け、それに応じて
あらかじめ定められた報酬の中に投薬に対する報酬も含めておく方が
よいのかもしれない22)。
【施設利用料]
検査も含めて施設設備利用料については、多額の設備投資費を早期
に回収するために利用が促進されないよう注意が必要である。その意
味では、高度かつ高額の医療施設については、通常の報酬体系とは別
の仕組でその経費を維持するようにするのが望ましい。西ドイツの例
のように、施設設備に関する費用を資本費用と経常費用とにわけ、後
者についてのみ社会保険診療報酬の対象とし、前者については公的資
金の補助によって必要に応じて供給するよう、財源調達の機能を分化
することができる(もっともより具体的には施設に対する補助率を幾
段階にもわける方法もありうるであろう) 。こうした公的資金の利用
方法の方が、すべてを医療保険に対する国庫負担という形で支出する
よりも、合理的な資源配分を達成する上で有効であろう。
アメリカで実施されているような、個々の施設の非常に細部にわた
る利用状況の審査とそれにもとずく供給規制の方法もあるが、細かい
規制を際限なく増やすよりも、全体としての供給の枠組を定めるよう
にし、その範囲で利用を促進する方が規制の方法としてはるかに簡明
であろう 23)。なおこの枠組は常に見直して、定められた財源の範図
-107-
医療保障の効率化
内で医師をはじめ関係者の希望が十分にかなえられるようにしてゆく
ことが大切である。その意味で、後に述べる医療圏ならびに医療計画
の概念は重要で、その具体化が強く望まれる。
[他のマンパワーや施設の利用料]
看護婦等の人件費は、現行の診療報酬体系(特に外来の場合)では
必ずしもはっきりと区別されているわけではない。この点をもう少し
明確化する方法があれば検討課鹿であるといえよう。しかしここで問
題としたい点は、医師が直接属している医療機関とは別の社会資源の
利用にかかわることである。
専門医と開業医とがうまく連携し、開業医の医療と保健事業がうま
く調整され、また医療機関と社会福祉施設がうまく連携し、患者に対
する継続的な医療・福祉がさまざまな専門の従事者の連携によって提
供されるようなシステムをつくることが重要である。また検査の重複
を避けるためその結果を連絡しあったり、必要におうじて別の医療機
関や福祉施設へ患者を紹介するといったことが十分に報われるよう、
診療報酬体系を改め(場合によっては補助金制度の活用も)なければ
ならない。すでに在宅看護料や医療機関の間での紹介料が認められる
ようになったが、今後このような報酬を一層充実してゆく必要がある
であろう。
(2)供給側に対する規制
これまでのところでも供給サイドに対する規制の重要性は明らかで
あろう。医師の過剰問題や保健婦、看護婦の不足問題などが示すよう
に、適正な各種マンパワーの確保は国レベルで計画的に達成すべき重
要な政策課題である。しかしここでは特に地域の医療圏の考え方に立
脚した医療計画の重要性について考察するにとどめたい。
[医療淵概念]
-108-
医療保障の効率化
急速な医学技術の発達は、医療保障制度が完備した状況の下では、
社会の支払能力を越える医療供給をひきおこしがちである。これにあ
る程度の歯止をかけ、しかもなお適正な医療水準を確保する枠組を用
意するためには、地域的な一定の範域を持つ医療圏を設定することが
大切である。このような枠組を設けることによって、医療施設などの
適正配備を達成することができるし、高度施設の共同利用の遠もひら
かれ、計画的な補助金の支給も可能となるであろう。またこの医療圏
は、どのような医療資源の利用を問題にしているかで、複層の構造を
持つものであることはいうまでもない24)。
[地域医療計画]
医療圏の設定が定まると、主要な医療施設等に関して、そのニード
を査定し計画的に導入したり不必要であれば廃止したりすることが可
能となる。医療圏が医療施設計画を推進するための枠組で、いわば
ハードウエアであるとすれば、地域医療計画の方は、関係者の要求を
取り入れながら、医療資源の有効利用を達成してゆくためのソフトウ
エアということになる。
当面は特定の高度医療施設についての施設整備計画ないしはその利
用計画が中心となるであろうが、将来は地域医療協議会のような組織
を活用して、施設の配置等に関する問題だけでなく、保健教育やボラ
ンティア活動の育成などにも活用することができる。その意味で地域
医療計画や保健計画は、専門を異にする人々が相互に協力してゆくた
めのシステムであり、住民参加やボランティア活動育成の手段ともな
りうるものである25)。
- 109-
医療保障の効率化
[注]
1 ) A.Brandt, B.Horisberger and W.P.von Wartburg (ed. ), C唾
in Health Care, Springer-Verlag, 1980, pp. 6-8.
2) さまざまな要因は相互に影響しあっていると考えられるので、どの
要因がどの程度決定的に医療費の増加に寄与しているのかは簡単には確定で
きないが、医療保障の発展、人口の高齢化、不断の医療内容の発展がその主
なものであると考えられる。
たとえば人口高齢化の影響について、おおざっぱな推計を試みてみよう。
昭和5 7年度の年齢階級別医療費を昭和4 5年の人口に当てはめてみると、
5 7年の実際の一般診療費が12兆1,056億円であったのに対し、 9兆3,901億
円となった(厚生省統計情報部が発表する年齢4階級別1人当り一般診療費
の推計を用いている)。つまりこの間の人口の変化が医療費を2 9パーセン
トも引き上げる要素となっていたことになる。この間人口は1 4パーセント
増加したから、残る1 3パーセント弱が人口構成の高齢化に起因することに
なる。
わが国の場合、医療保障発展の影響は昭和5 0年頃までに強くあらわれ、
最近は医療内容の変化が医療費を引き上げる最大の要因になっている。拙稿
「医療保険と医療費」 (佐口 卓編 r社会保険の構造と課題」社会保険福祉
協会、 1984年12月)をも参照いただきたい。
3) 1 9 8 1年における年金給付費が、今仮に6 5歳以上人口に平等に
分配されたとし、また彼等はその他の所得がないものとし、それ以外の人口
層がその年のあらゆる税、、保険料、貯蓄を賄うとする。こうした仮定で計算
すると現在でも老人1人当りの年金水準は他の国民の1人当り可処分所得を
上回っていたことになる。換言すれば年金の受給年齢を6 5歳程度まで引き
上げれば、十分な年金が支給できることになる 1 98 1年の実績をもとに
簡単な社会保障再分配モデルを作成しこれを異なる人口構成に当てはめてみ
-110-
医療保障の効率化
よう。将来推計については、 1人当りの年金水準と他の国民の1人当り可処
分所得とが等しくなるようにしている。また若い世代の1人当り医療・福祉
費は可処分所得の十分の-とし、 6 5歳以上の老人の1人当り医療・福祉費
は若い人々のそれの4倍としている。これらの点は1 9 8 1年の実績をほぼ
引き継いでいる。社会保障以外の政府活動の費用は1 9 8 1年(約1 8%:よ
り高めにして国民所得の20パーセントとし、貯蓄率は1981年(約2
0%)より低めの17パーセントとしている。
以上のような仮定では、年金費用の対国民所得比は1 9 8 1年の5. 8
から、 2000年の9.5 、 2020年の13.2 にと推移する。医療・
福祉費の対国民所得比はそれぞれ7.7 、 8.9%、 10.0%と推移する。
その結果国民所得にしめる税・保険料負担の割合は1 981年33.7 、
2000年38.3%、 2020年43.1%となる。厳しい高齢化社会の下
でこの程度の負担なら問題とならないであろう。
しかし問題は、一般的な消費水準に比べて医療・福祉費がこの程度の比率
ですむかどうかという点である。年金問題とは性質の異なる医療あるいは福
祉の支出の構造的な問題がこの点にあると考えられる。たとえば若い世代の
一般的な消費生活水準に比してその医療・福祉費がこれまでの1 0 %ではな
く20%になり、老人にはその4倍が支出されるとしよう。そうした条件の
下では、税・保険料の対国民所得比は3 3. 7%の水準から2 000年の4
1.6 、 2020年の49.4 にと増加する。所得再分配のバランスが得
やすい年金とは違い医療に対する要求をどうバランスよく調整するかが問題
である。
4) 医療サービスの経済的性格については、たとえば地主重美「医療
サービスの性格と医療資源の配分」 F健康保険』 、第28巻2号1 974
/2)を参照いただきたい。
5) ここでいう「予防」が単に発病の予防だけでなく、より広く病状の
-Ill-
医療保障の効率化
悪化を防ぐことまで含んでいることはいうまでもない。
6) 前田信雄 r岩手県沢内村の医療」日本評論社、 1 983年、特に5
5-83頁を参照。
7) 藤田 晴F福祉政策と財政j 日本経済新聞社、 1984年、 p52
8) たとえばイギリスの国民保健サービスの下において、どのくらいの
人がどのような経路を経て家庭医の診療にたどりつき、またその後どのよう
にしてどの程度の人がより高次の医療に到達しているかについては、拙著
rイギリス社会保障論j (光生館、 1982年4月、 pp. 30-34.を参照いただ
きたい。
9) 隠岐の知夫里島に理想的な医療を実現しようと移住した医師が、
「薬をくれない医師は医師じゃない」との住民の反発にあって、やむなく島
を去るようになった話しはまだ記憶に新しい( 「薬くれぬ医者かえて」 F朝
日新聞」 1984年12月22日朝刊) 0
10) 医療給付受給者状況調査報告J (5 9年4月診療分)により、年
齢階級別、本人家族別、政菅健保1人当り医療費を調べると、明らかに給付
率によると思われる格差が認められる。次の表は本人の1人当り医療費を1
0 0とした場合の家族の医療費を年齢ごとに示したものである。
年 齢
総 医 療 費
入 院
入 院 外
15 - 19
69.1
77.9
69.9
2 0 ー2 4
9 1 .0
1 30 . 1
96.8
73.5
2 5 -2 9
9 7.1
1 68 . 8
72.0
107.9
3 0 ー3 4
8 5.7
12 1 . 3
71.2
95.3
3 5 -3 9
7 4 .5
99.1
60.2
83.9
4 0 -4 4
7 8 .3
93 . 6
69.9
85.3
4 5 -4 9
8 2 .0
8 7 .4
78.9
87.1
50-54
8 4 .7
10 2 .5
80 . 6
85.7
55-59
8 3 .1
8 0 .2
8 4 .8
90 . 9
60-64
7 6 .4
9 8 .5
6 7 .2
8 3 .0
65-69
51.4
5 8 .4
4 6 .6
59 . 6
(平 均
77.2
8 9 .4
7 1. 8
86 .1
-112-
受 診 率
8 6 .6
医療保障の効率化
ここで平均とは、医療費の性による差が大きいと考えられる 20-34、 50
-54の年齢階級ならびに就業そのものが健康状態を意味する 65歳以上喜
除いた平均である。非常に大雑把ないいかたをすれば、 1 0割給付よりも7
割給付(入院8割給付)の方が医療費は2 3%ぐらい低く、そのうち受診率
により説明できる部分が1 4%程度、残りの1 0%程度が供給者側の手加減
ということになる。
ただしこの受診率の差をすべて患者側の選択によりもたらされたものと考
えるのは正しくないであろう。医療の日常性とも関係するが、中高年齢層の
医療は長期に継続して提供されることの方が多く、たとえば次の表のように
国民健康保険の7 5-7 9歳の年齢階級をとると、 5 6年5月外来診療総日
数(9824)のうち、第一回目のそれは4.3 件数をさす)にすぎず、逆
に6カ月以上にわたって継続しているものが66.3 にものぼっていた。
こうした医療では、医療を受けるかどうかの決定に患者の判断が入り込む余
地はほとんどないといってよかろう(厚生省保険局F国民健康保険医療給付
実態調査報告(昭和56年度)J ) c
診療開始月別受療日数分布 % (国保75-79歳 入院外 56年5月診療分)
開 始 月
(前 )
当 月
1
総 日 数
14.1
逆 累 積 分 布
00.0
2
3 l
6 -l l
7.1
3.
8.
85.9
79.
75.1
60以 上
1 2 -2
24 -3
3 6 -4
4 8 -5
ll .
14 .
8 .
5.
5.
2 0 .3
66.
54.
40.
3 1.
26.
20 .3
ll) イギリスではこの間題をiceberg of illnessと呼んで重視している。
糖尿病、リューマチ、てんかんについては家庭医が治療にあたっているのと
同じ程度の数の潜在的なニードが発見されないまま存在するといわれ、精神
病、気管支炎、高血圧症、線内症、腎炎については未発見のものの方が発見
されたものの5倍程度に達し、貧血症の場合は8倍以上であるという調査報
告がある(前掲rイギリス社会保障論』 、 p.38)
-113-
医療保障の効率化
12) B. Abel-Smith, Value for Mone
in Health Services, Heine-
mann,1976, pp. 5ト55.
13) たとえば5 7年度の国民医療費のうち一般診療分は1 2兆1 0 5 6
億円であり、医療施設の従事者である医師は1 6万3 7 9人であった。ここ
から一人の医師が年間に支配している資源の額を計算すると、およそ7 5 0
0万円であったことになる。
14) ハウザ-は、医療費増加の基本的な要因をこのような医療保険の持
つ契約内容の特殊性に求め、第三者払い一般が原因だとするこれまでの議論
を一歩前進させている。ここから、むしろこれまで医療費がそれほど伸びな
かったことの方こそ驚くべきことだったとし、その理由として、これまでは
利用できる医療資源に制約があった点をあげている。彼は必ずしも具体的な
解決策を明示してはいないが、保険者と医療供給側とを同一組織に統合する
など、医療供給者が保険者の代理人として機能できるような条件を作る方法、
あるいは利用できる資源の量を制約してその下で医療を提供する方法などを
検討している(H. Hauzer, 'Health Care Cost Control--A Conceptual
Framework', Cost-Sharin
in Health Care, o
. Clt.
15) 医療制度としては最大限の自由を保障しているかのように考えられ
るアメリカにおいて、非常に細部にわたる厳しい供給規制のシステムが導入
されている点はいかにも逆説的である(健康保険組合連合会Fアメリカ医療
保障制度の現状と課題・カナダ医療保障制度の現状と課題j 、 1 9 8 1年1
2月を参照)。
16) 詳しくは拙稿「イギリス国民保健サービスの計画システム」 『社会
保険旬報J No.1375 (1981/ll/1)、 pp.8-13、を参照いただきたい。
17) M. H. Cooper, Rationin
Health Care, Groom Helm,1975,
p.51.またその具体的な状況説明については、前掲 rイギリス社会保障論』
、 pp. 29-35、を参照.
-114-
医療保障の効率化
18) たとえば県ごとに見た1人当り医療費には2倍以上の差があり、概
して人口当り医師数や病床数の多いところはど医療費は高くなっている。次
の表も含めて、野々村勝行「グラフで見る都道府県別医療費」 『総合社会保
障j 、 21巻3号(1983/3) 、 pp. 58-72、を参照いただきたい.
[国民健康保険の1人当り診療費および聞耳指標の都道府県別席位( 5 6年度) ]
都道 府県
人 口 1 0 万対 比
1 人 当 り診 療 費
医節 数
病床 数
1 1 9 4 .1
2 )1 9 1 .8
2 18 04 . 8
4 )19 6 8 .3
ll )12 6 ,3 4 6
石川
鳥取
3 )1 8 8 .3
2 2 1 2 8 2. 4
2 2 )11 1 ,4 7 0
京都
4 1 8 5 .4
2 0 1 2 94 . 0
9 )1 2 8 ,7 3 1
東京
5 1 8 4 .9
3 0 1 0 90 . 4
3 4 )1 0 0 ,0 4 7
福井
4 3 10 7 .9
2 4 1 2 8 1. 4
1 9 )1 1 6 ,5 3 2
茨城
44
94 . 6
3 3 1 0 54 . 0
4 3 ) 88 ,0 94
千葉
45
92 . 9
46
7 57 . 7
4 6 ) 7 9, 88 5
?* ォ
46
8 9. 6
40
94 6 . 5
4 7 ) 60 ,3 1 6
埼玉
47
8 1. 8
47
70 0 .2
4 5 ) 84 , 46 2
徳島
円/ 年
12 )12 6 ,1 2 5
<ただし 数字) は噸位を示している>
[一般病院利用の国際比較]
国
午
入 院 患 者 率㈹
利 用 率 H )X(P )
カナ ダ
1973
16 .7
ドイ ツ
1 9 74
1 2 .5
1 7 .1
214
ス ウ ェー デ ン
1 97 3
15 .8
1 3 .0
205
イギ リス
1 9 74
9 .0
1 2 .6
113
ア メ リカ
19 7 4
1 6 .4
8 .3
1 36
日
19 7 5
5 .8
34 .7
20 1
19 8 2
6 .1
3 9 .6
240
本
%
平 均 在 院 日 数 (U )
10 .0
日
(史料) OECD, Public Expenditure on Health, July 1977 たf=LH本については
r病院報判(僻和50叶版、 57年版)より算 した。
-115-
167
医療保障の効率化
また日本では入院の利用状況が、外国と比べて少数の人に集中しているよ
うに思われる。これも供給が需要を創り出して医療資源の利用にかたよりが
生じているあらわれであろう。
入院の利用率は諸外国と肩をならべているが、日本の場合には外国と比べ
ておよそ3分の1程度の人に集中してより長期の入院医療が施されているこ
とになる。
また外来受診件数の国別比較は次のとおりである。平均すると高齢化がま
だそれほど進んでいない日本の受診件数がかなり高くなっている。この場合
も入院の場合同様、外国に比べ受診が特定の人に多くかたよる傾向があるか
もしれない。日本の受診件数の計算は、受診率× 1件当り日数×12カ月、で
算出している。
[外来受診件数の国際比較]
国
1 人年間件数
ドイ ツ
l l .5 ( 19 7 5 )
フ ラ ンス
5 .2
イ タ リア
12 .3
ア メ リカ
4 .7
イギ リス
5 .4 (1 9 8 0 )
日本
19 7 7 )
政管 本 人
17 .3 (1 9 8 2 )
政管 家族
14 .3
1982)
(鞭料 B Abel-Smith, Cost Containment in Health Care, Bed ford Square
Press, 1984, p 12
19) 政菅健保の1 9 8 4年4月の年齢階級別の1人当り医療費を本人と
家族あわせて平均し、 0歳から80歳まで加えるとおよそ1185万円で
あった。そのうち0-19歳の20年間は52万円、20-39歳が134万
円、 40-59歳分は276万円、 60-79歳分が723万円となった0
-116-
医療保障の効率化
いまかりに平均的な被用者は20歳から5 9歳まで働くとし、その閏月24
万8000円の標準報酬をかせぎ;.4 の保険料を本人と雇主で折半する
としよう。この間の本人のボーナスを除いた総報酬は1億1 900万円、保
険料総坊は5 0 0万円であったことになるO すべての被用者が8 0歳まで生
きるわけではないが、そうだとすれば5 00万円の保険料で1 1 8 5円の医
療を受療したことになる。雇主の負担を加味してもなお受給額が上回わって
いる。
本人の保険料額は、生れてから退職するまでの医療費総額4 6 2万円を若
干上回る程度である。もっともこれには雇主負担を加えるべきだとの反論が
でるかもしれないが、被用者一人で夫婦二人が維持されていると考えれば、
やはり一人分は不足することになるO ましてや退職するまでの6 0年間をは
るかに上回る7 2 3万円の退職後の医療費を捻出する余地はまった、くないこ
とになる。老人人口比がまだそれほど高くないこともこうした保険料率をゆ
るすーっの理由であるが、こうした財源の不足を補い制度間財政調整の機能
を果たしてきたのが国庫負担である。
20) 西ドイツ「病院財政安定法」については、健康保険組合連合会 F西
ドイツ・フランス医療保障制度の現状と課題」 、 1978年7月、 pp. 53-63
を参照いただきたい。
21) エイベスースミス(拙訳) 「先進主要国の医療保障制度と年金制度の
動向と展望」 (健保連編 r社会保障年鑑J 1985年版、東洋経済新報社、 1985
年5月、所収 p.6
22) ヨ-ロツパでも診療報酬体系の中でいわゆる技術料の比重を高め薬
や検査に対する評価を抑える傾向がみられるo またアメリカでは最近、ケー
ス(診断分類)ごとの請負方式ともいえる診療報酬支払方式が採用されるよ
うになっている。その内容を詳しく検討しその効果を十分に調査する必要が
あるであろう。この点については、今宮哲郎「医療標準を考える」 、 『健康
-117-
医療保障の効率化
保険J37巻11号(1983/ll)を参照いただきたい。
23) この尉こついては、前掲rアメリカ医療保障制度の現状と課題・カ
ナダ医療保障制度の現状と課題」のはか、石本忠義r世界の医療保障制度1 、
勤草書房、 1982年10月、 pp. 3-91をも参照いただきたい。
24) 橋本正己教授は、地域保健計画における「地域」について、次のよ
うに説明している(橋本正己 r地域保健活動の動向と課題j 医学書院、 1980
年1月、 pp.83-4) 「地域は、単一なものではなく、機能的にいえば各種
の保健ニーズを充足するさまざまのコミュニティを包括し、かつ地方の今日
的な実態に即して、日常的なすべての保健サービスのニーズを自己完結的に
そのなかでむりなく充足しうるような「地域」であり、したがって特殊也高
度の専門家や設備を必要とするサービスについては、さらに広域的な取り組
みを必要とするものである。すなわち、これを地方自治的な観点をふまえて
実際問題として考えると、市町村を基本的な単位とし、前述のような機能的
観点から複数の市町村を含む日常生活圏的な地域の設定が必要となるのであ
るが、これをさらに補完するためには府県ないしは複数の府県を包含する圏
域の設定が必要となるのである。
・ - 今日とくに必要とされる「地
域」は、一般的には府県と市町村との中間に位する今日的なヘルスユニット
としての諸条件を備えたものが重視されるべきものであるといえる。 」
25) イギリスの保健計画については、前掲「イギリス国民保健サービス
の計画システム」 r社会保険旬報」 No.1375(1981/ll/1)を参照いただき
たい。
(本稿は5 9年度厚生科学研究(成熟期段階の社会保障に関する研究)の成
果の一部を基に、その後若干これに加筆したものであるo)
-118-