経済学特殊講義 (中級ミクロ経済学)(2015 年度) 教授 清水大昌 第 2 回 2015 年 09 月 28 日 [email protected] http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/int-micro2015.html 初回は選好から消費者理論を見ていきます。 学問で使用する「文」について • 最初に議論の一番大きいところから始めよう。様々な学問において議論をしていく際、様々 な「文」が出現する。これらがどのような位置づけであるかについて紹介しよう。 • 公理、公準、定理、補題、命題、系など。 公理 • 様々な学問分野において、もっとも基本的な仮定・大前提を公理と呼ぶ。非常に基本的で、 自明だと思われるため、これらをベースに議論しても大丈夫だと考えられる。 • 分野によっては、最重要なものを公理、それらにつぐものを公準と区別する。 • 例を挙げよう。 – ペアノ (Peano) の公理。以下の 5 つを満たす集合 N を自然数と呼ぶ。これらを満た す集合 N は存在し、唯一である。 ∗ 1∈N ∗ 任意の自然数 a ∈ N にはその「次」suc(a) が存在する。 (suc(a) は a + 1 という ”意味”)。 ∗ 1 はいかなる自然数の「次」でもない(1 より前の自然数は存在しない)。 ∗ 異なる自然数は異なる「次」を持つ:a ≠ b のとき suc(a) ≠ suc(b) となる。 ∗ 1 がある性質を満たし、a がある性質を満たせばその後者 suc(a) もその性質を 満たすとき、すべての自然数はその性質を満たす。(数学的帰納法) – ユークリッド幾何学では先に 5 つの公準があり、そのあとに 9 つの公理がある。公準 を示すと ∗ 任意の一点から他の一点に対して直線を引ける。 ∗ 有限の直線は連続的にまっすぐ延長できる。 ∗ 任意の中心と半径で円が描ける。 ∗ すべての直角は互いに等しい。 ∗ 直線が 2 直線と交わるとき、同じ側の内角の和が 2 直角より小さい場合、その 2 直線が限りなく延長されたとき、内角の和が 2 直角より小さい側で交わる。 1 – 第 5 公準 (平行線公準) は長ったらしいし、「公理・公準」と言えるほど自明かどうか は微妙。実際、この公準が満たされない「非ユークリッド幾何学」というものが 19 世紀に作られた。(ユークリッド幾何学は紀元前 3 世紀あたり。) 定理・補題・命題・系 • 公理・公準から論理的に導かれるものを命題と呼ぶ。そのうち、定理は真であることが証 明されたもの。補題は定理を導く途中で得られた補助の真の命題。×× の定理や ×× の補 題というものは、歴史的につけられたものも多く、補題の方が定理より重要なこともある。 • 命題自体論理的に導かれているはずなので、実際には定理(補題)とあまり差はないとも いえる。 • 系は命題から簡単に証明が得られるもので、同じく命題となる。 • ユークリッドの公準から簡単に得られる定理 – 三角形の外角は隣り合わない内角より大きい。 – 三角形の二辺の和は残りの一辺より長い。 – 三角形の内角の和は 180 度を超えない。 経済学における公理について • 期待効用理論:社会科学における公理的アプローチの先駆け • ナッシュ交渉解 • アローの不可能性定理 • ベンサムの最大多数の最大幸福(厚生経済学) • 顕示選好の弱公理、強公理 • (限界効用逓減の法則…、限界代替率逓減の法則…、リスク回避度と所得の関係…) 2 選好について • 以下は David Kreps “Notes on the Theory of Choice”の内容を少し修正しながら紹介して います。 • ミクロ経済学の消費者理論の一番基本的なものは選好である。 • 選好は二項関係 ≻ で表される。つまり、対象となるものの集合 X から要素 x と y を取り 出すと、x の方が y よりも良い(好きだ、好ましい)ということを x ≻ y と表記する。 • ≻ が満たすかもしれない性質を挙げてみると – 非対称性 (asymmetry): x ≻ y なら y ≻ x ではない。 – 推移性 (transitivity): x ≻ y かつ y ≻ z なら x ≻ z 。 – 非反射性 (irreflexivity): x ≻ x ではない。 – 否定推移性 (negative transitivity): x ≻ y ではなく、y ≻ z ではないのなら、 x ≻ z ではない。 – 非循環性 (acyclicality): x1 ≻ x2 かつ x2 ≻ x3 · · · と続いて xn−1 ≻ xn なら、x1 ̸= xn である。 • これらはもっともらしい?推移性は?否定推移性は? • 補題 1: 二項関係 ≻ が否定推移性を持つことと以下は同値。 x ≻ z なら、どのような y ∈ X を採ってきても x ≻ y または y ≻ z が成り立つ。 • 証明。補題の後半の対偶を取ると、「ある y ∈ x を採ってきたら、x ≻ y も y ≻ z も成り 立っていない」ならば「x ≻ z ではない」。これは否定推移性そのもの。 • x ≻ z とははっきりわかっても、y が x ≻ y と y ≻ z のどちらになるかわからない、と言 い張るかもしれない。 • 定義 1: 二項関係 ≻ が非対称性と否定推移性を満たすとき、これが選好関係であると呼ぶ。 • 命題 1: もし ≻ が選好関係であれば、≻ は非対称性、推移性、非循環性を満たす。 • 証明:(1) 非対称性において y に x を代入すれば直に非反射性を示唆する。 (2) x ≻ y と y ≻ z が成り立っているとする。補題 1 より、否定推移性が成り立っていれ ば、x ≻ y ならば x ≻ z または z ≻ y となる。しかし前提より y ≻ z なので、非対称性 より z ≻ y ではない。よって x ≻ z となる。これは推移性である。 (3) x1 ≻ x2 かつ x2 ≻ x3 · · · と続いて xn−1 ≻ xn なら、推移性より x1 ≻ xn となる。よっ て非反射性より x1 ̸= xn となる。 • つまり、以下では定義 1 のみを公理とし、それにより命題 1 が定理となり、以下の議論に 進んでいくわけである。 3 弱選好について • ここまでの選考は、いわゆる強選好。無差別は含まれてない。 • 二項関係 ⪰ と ∼ を使って弱選好、つまり無差別を含む選好を表現できる。 • 定義 2: x ⪰ y は y ≻ x でないときに成り立つ。 x ∼ y は x ≻ y でも y ≻ x でもないときに成り立つ。 • これらを使って、選好関係をより分かりやすく扱えるようになる。 • 命題 2: (a) 全ての x, y ∈ X について、次のうちただ一つが成り立つ: x ≻ y, y ≻ x, x ∼ y。 (b) ⪰ は完備性 (completeness) と推移性を満たす。 (c) ∼ は反射性 (reflexitivity)、対称性 (symmetry) と推移性を満たす。 (d) w ≻ x, x ∼ y, y ≻ z は w ≻ y と x ≻ z を示唆する。 (e) x ⪰ y と [x ≻ y または x ∼ y] は同値。 (f) x ⪰ y かつ y ⪰ x なら x ∼ y (反対称性: antisymmetric)。 • 完備性: x ⪰ y か y ⪰ x のどちらか少なくとも一方は成立する。 • 反射性: x ⪰ x • 対称性: x ∼ y なら y ∼ x。 • 命題 2 の証明: (a) ∼ の定義と ≻ の非対称性より。 (b) 完備性は ⪰ の定義と ≻ の非対称性より。推移性は ≻ の否定推移性より。 (c) 反射性は ≻ の非反射性より。対称性は ∼ の定義より。推移性のためには、まず x ∼ y ∼ z を仮定しよう。すると定義より x ≻ y ≻ z でもなく z ≻ y ≻ x でもない。否定推移性より x ≻ z でもなく z ≻ x でもない。よって定義より x ∼ z となる。 (d) 宿題にしましょう。 (e) x ⪰ y は定義により y ≻ x ではないとき。(a) より残ったのは x ≻ y と x ∼ y となる。 (f) ⪰ と ∼ の定義より自明。 次回の予定 次回は顕示選好の弱公理についてご紹介していきます。 4
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