日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 小学校高学年における教科担任制の導入の在り方:理科と算数を中心に How should be a specific teachingsystem in upper grades of elementary school : focused on science and math. 西 谷 泉 土 屋 NISHITANI, Izumi 群馬大学 Gunma University [要約] 修 TSUCHIYA,Osamu 太田市立中央小学校 Ota Chuo Elementary School 近年小学校高学年における教科担任制の導入が話題となり、取り入れ始めている学校が増え ている。教科担任制によって、発達段階に沿い、中学校との引き継ぎ等もなめらかになると考えられ るが、長い間、学級担任制が行われていた我が国の小学校において、何の準備もないまま取り入れる ことは危険である。そこで、教科担任制を取り入れるにあたり、1年目を準備期、2年目を充実期、 3年目を発展期として、計画的に枠組みを工夫し、それと並行して、系統性の強い理科や算数につい ては、専門の教員を充てるなど、小学校における望ましい教科担任制の導入を実証的に明らかにした。 [キーワード] 小学校 高学年 学級担任制 教科担任制 1.はじめに 導入するのにあたり、学級担任制からの移行を 近年俄に、現行の義務教育制度である6-3 なめらかに行うための方策を実践的に研究した 制が子ども達の心身の発達に適合していないの ものである。 ではないかという懸念がある。小学校4年生あ たりを区切りとして、義務教育については4- 2.研究の目的 5制が望ましい(中央教育審議会 2005)とい 教科担任制を導入するにあたり、教科担任制 う考えである。中学年と高学年の間には発達上 の効果が最大限に発揮されるように、その導入 の大きな段階が存在するのではないかという考 方法を実証的に明らかにする。 え方であり、教育方法の面において小学校高学 年における教科担任制について検討する必要が 3.研究の方法 ある(中央教育審議会 2006)と言われている。 学級担任がその学級の学習指導や生徒指導そ このような中、群馬県では「ぐんま少人数ク の他あらゆることに対して、そのほとんどを担 ラスプロジェクト」 注(1) と題して、発達段階に 当している学級担任制を、各教科ごとにその免 応じた学級編成、習熟の程度に応じた学習、教 許状を有した教員が授業を担当する教科担任制 員の専門性を生かした小学校高学年における教 に移行するにあたり、自校の教員から次のよう 科担任制の推進など、きめ細かな指導の方法や な期待の声が出た。 体制を工夫改善して学力の向上を図っている。 ○自分の専門の教科に特化して学習指導ができ 太田市立生品小学校では教科担任制を取り入れ るので、やりがいがある。 るあたり、群馬県教育委員会からこの「ぐんま ○教材研究をする教科が少ないので、より深く 少人数クラスプロジェクト」の充実として、平 教材研究ができる。 成25年から3年計画で理科専科教員を特配教 一方、次のような不安の声もあった。 員として配置していただいた。 ○クラスにいる時間が減って、自分が担任して 本研究は、この小学校高学年に教科担任制を いる子ども達から目が離れる時間が多くなる ― 83 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) ので、学級経営が心配である。 強く正しく生きる意志を育てたり、生命を尊重 ○学年の教科指導について一人だけで行うのは し、他人を思いやる心を育てたりするのに役立 心配である。相談する相手がいない。 つもの(文部科学省 2008)、すなわち道徳的な そこで、3年間の1年目を準備期、2年目を 意味合いがあることによる。よって、1年目は 充実期、3年目を発展期として、教員に抵抗な 国語を積極的に教科担任制とはしなかった。 く教科担任制を受け入れてもらえるべく計画を ②学年の壁を無理に取り外さない 立てた。子ども達に学ぶ楽しさと分かる喜びを 5年生には5年生の社会の教員、6年生には 感じてもらうという教科担任制の効果を最大限 6年生の社会の教員、体育も同様である。これ に発揮するためである。 は、学級単位で子どもも教員も活動している小 1)1年目の取組[準備期] 学校にとって、いきなりすべての枠組みを取り 1年目の準備期は、小学校の学級担任制の特 外すことに抵抗があるためである。一部の教科 色を残した教科担任制とした。導入1年目(表 を交換する交換授業の延長として、学年内で教 1)には3つの特色がある。 科担任制を行えば、教科担任制への抵抗を軽減 ①国語は学級担任が受け持つ することができると考え、無理に学年の枠を外 小学校には以前から交換授業なるものがあ すことはしなかった。 る。これは2人の教員(場合によって3人以上) ③理科と算数は専門の教員が受け持つ が、自分の得意分野を生かして、お互いの受け 発達や学年の段階に応じて教育課程を編成す 持つ授業を交換するものである。しかし、いろ る際、中学年から高学年にかけて以降は、体験 いろな教科の交換が存在する中で、国語につい と理論の往復による概念や方法の獲得や討論・ ては、国語の免許を有している如何にかかわら 実験・観察による思考や理解を重視するといっ ず、自分の学級の国語は、自分が教えたいとい た指導上の工夫が必要である(中央教育審議会 う気持ちが多くの教員の中にある。実際、教科 2006)といわれている。したがって、このよう 担任制を取り入れている学校においても、国語 な系統性の強い教科、特に理科や算数において だけは教科担任制をはずし、担任が教えている は、専門の教員(S・V・Z)が受け持つことに 学校は少なくない。これは、小学校の国語が授 よって、中学校の学習内容とのつながりが図ら 業時数が多いことやすべての学習の基礎である れることとなる。教員 Z は、3月まで近隣の こと、そして、国語教材が、生活を明るくし、 中学校において理科を専門に教えていた。 (表1)平成25年度 № 1 学級 1組 担任 A 2 3 1年 2組 3組 B C 4 5 4組 1組 D E 授業時間割 6 7 2年 2組 3組 F G 8 9 10 特支 1組 2組 11 3年 3組 H I J K 12 L 免許 国語 英語 数学 英語 社会 家庭 国語 音楽 体育 体育 英語 音楽 国語 9 9 9 9 9 9 9 書写 社会 算数 4 4 4 4 5 5 5 13 14 担外 市費 1組 M 小 N 3 3 3 3 3 3 3 音楽 2 2 2 2 2 2 2 図工 2 2 2 2 2 2 2 体育 3 3 3 3 3 道徳 1 1 1 1 1 P 18 1組 Q R 1 1 X 6.1 6.1 4.1 0.9 0.9 0.9 L(0.9×3) 2 2 2 2.6 2.6 2.6 T(2.9×3) X(3×3) 5 5 5 5 5 5 S(5×3) V(5×3) 2.6 U(5×2) Q(3×3) 2.6 3 3 3 L(1.7×3) X(0.9×3) Y(5×3) Z(3×3) Z(3×3) 3 3 3 3 3 L(1.4×3) L(1.4×3) R(1.4×3) R(1.4×3) 1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 3 3 3 3 3 3 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 1 1 1 Y(1.7×3) Y(1.6×3) T(2.6×3) W(2.6×3) 1 Z 4.1 W(4.1×2) U(5×3) 3 Y 数学 国語 社会 家庭 理科 6.1 R(4.1) 26 1 1 1 3 1 特活 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 クラブ 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 合計 25.7 25.7 25.7 25.7 26 26 26 22 17.5 25.3 25.2 25.7 24.7 24.7 24.5 25.6 21.7 23 1 W 25 担外 担外 委員会 26 1 V U 小 0.9 外国語 総合 24 6年 3組 6.1 M5 4.1 23 2組 0.9 L(1.7×3) 1 T 22 1組 6.1 M(5×3) V1 S 21 担外 0.9 家庭 3 19 20 5年 2組 3組 6.1 2.6 生活 O 17 担外 家庭 国語 国語 数学 美術 数学 社会 Q(2.6×3) 理科 15 16 4年 2組 3組 26 20 26.3 ― 84 ― 26.3 26.3 27.4 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 2)2年目の取組[充実期] を専門としている教員が教えることとした。体 1年間の準備期を経て、2年目を充実期とし 育も同様である。5・6年生全学級の体育を、 た。充実期である導入2年目(表2)には、1 5年3組の体育を専門としている教員が教える 年目で考慮されていたことを取り払った。 ことにした。 ①国語も教科担任制とした 1年目の経験を踏まえて、より中学校の教科 国語も系統性がある。その教科の系統性を重 担任制に近づけた。 視し、かつ特性を良く知っている国語の専門の ③理科と算数は専門の教員が受け持つ 教員が授業を担当した。 理科と算数は1年目同様、系統性が強いため ②学年の壁を取り外した 専門の教員が受け持った。5・6年生ともに3 5年生には5年生の社会の教員、6年生には 学級であるため、標準時数から理科は一人の教 6年生の社会の教員が教えていたものを、5・ 員(X)で賄えるが、算数は各学年に数学を専 6年生全学級の社会の授業を、6年3組の社会 門としている教員(D・R)を配置した。 (表2)平成26年度 № 1 2 3 道徳 1 1 1 4 授業時間割 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 1年 2年 3年 4年 5年 6年 学級 1組 2組 3組 担外 1組 2組 3組 4組 1組 2組 3組 特支 市費 1組 2組 3組 担外 1組 2組 3組 担外 担外 1組 2組 3組 担外 担任 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z 免許 数学 数学 国語 数学 社会 数学 美術 社会 体育 理科 理科 音楽 小 国語 家庭 国語 数学 数学 国語 体育 小 音楽 美術 理科 社会 家庭 W(4.1×2) S(4.1) S(4.1×3) 国語 9 9 9 9 9 9 9 6.1 6.1 6.1 6.1 6.1 6.1 S(0.9×3) V(0.9×3) 書写 0.9 0.9 0.9 0.9 0.9 0.9 Y(3×3) X(2.9×3) 社会 2 2 2 2.6 2.6 2.6 R(5×3) Z(5×3) 4 4 4 5 5 5 5 5 5 算数 5 5 5 5 D(5×3) M(5×3) U(5×3) D(4×3) M5 U(5×2) Q(2.6×3) Q(3×3) X(3×3) X(3×3) 理科 2.6 2.6 2.6 3 3 3 3 3 3 3 3 生活 3 3 3 3 3 3 3 V(1.7×3) V(1.7×3) V(1.4×3) V(1.4×3) 音楽 2 2 2 2 Z(2) 2 2 W(1.4×3) W(1.4×3) 図工 2 2 2 2 2 2 2 1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 Z(1.6×3) Z(1.7×3) 家庭 T(2.6×3) T(2.6×3) 体育 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 T(2) 3 3 3 1 1 1 1 1 0.3 1 0.3 1 0.3 1 0.3 1 1 1 2 1 0.3 0.4 26 2 1 0.3 0.4 26 2 1 0.3 0.4 26 1 外国語 総合 特活 1 1 1 委員会 0.3 0.3 0.3 クラブ 0.4 0.4 0.4 合計 25.7 25.7 25.7 27 26.3 24.3 26.3 26.3 0.3 0.4 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 2 2 2 1 1 1 1 1 1 0.3 0.3 0.3 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 0.4 20.4 26.7 26.7 26.7 17.2 23.7 26.3 27.1 25.7 0.3 0.4 22 1 1 1 1 2 2 1 1 0.3 0.3 0.4 0.4 25.3 26.4 1 1 2 1 23 26.9 るよりも、全員で全員を観る方が、望ましい結 4.結果と考察 果が導き出される。教科担任制は、そのことを 1)1年目の取組[準備期] 可能にするが、長く学級担任制で子ども達を指 ①国語は学級担任が受け持つ 導してきた小学校の教員にとって、個人からい 小学校の教員は自分の学級について強い責任 きなり学校全体に広げるには抵抗があった。学 感を持っている。それは学級経営の充実につな 年という集団をスモールステップとしたことで がっている。子ども達に教科の指導を行いなが 抵抗感は減り教科担任制へ導くことができた。 ら生活の指導も行っている。低学年になればな ③理科と算数は専門の教員が受け持つ るほど顕著である。教科担任制導入の1年目に、 1年目の5・6年生の理科は中学校から異動 そのような体制を残したことは教員の安心感に してきた教員を充てた。小学校の理科が中学校 つながった。 でどのように発展していくのかを知っている教 ②学年の壁を無理に取り外さない 員が5・6年生の理科を受け持つことで学習に 自分の学級の子どもは自分が責任を持って指 減り張りができた。6年生の算数も中学で数学 導する。非常に重要なことであるが、現代の価 を教えた経験のある教員を充てたことで、6年 値観の多様化等を鑑みた場合、一人で一人を観 生の授業が中学校を見据えたものとなった。 ― 85 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 2)2年目の取組[充実期] 4)教員の感想 ①国語も教科担任制とした ○段階的に教科担任制を取り入れたので、子ど 教科担任制であっても、1年目は担任が国語 もも教員も無理なく移行できた。 を受け持ったことは、教員に安心感を与えたと ○教える教科に特化して教材研究ができるの ともに、他の教科の教科担任制を経験したこと で、より深い教材研究ができ、そのことによっ で、国語にも教科担任制を広げる勇気となった。 て授業が充実した。 特に、国語を専門としている教員から、国語を ○最初は自分の学級の子ども達と離れてしまう 教科担任制で専門的に教えたいという強い要望 ので学級経営上心配だったが、教材研究に充て までも生まれた。教員の意欲につながった。 る時間が減った分、子ども達と長く接すること ②学年の壁を取り外した ができて、学級経営は逆に充実した。 低学年部会、中学年部会、高学年部会が充実 した。特に教科担任制をしている高学年部会は、 5.おわりに 高学年の5・6年の教員が一つの学年集団のよ 1年目の準備期は「小学校でも取り入れられ うにまとまった。そのことで、学習面ばかりで る方法」という消極的な教科担任制、その経験 なく、生徒指導面においても児童の情報交換が を生かして、2年目の充実期は「中学校で取り 活発となり積極的な生徒指導に役立たせること 入れている方法」というように段階を踏んだ。 ができた。 いよいよ今年4月からは3年目の発展期であ ③理科と算数は専門の教員が受け持つ る。発展期である今年は、5・6年生の教科担 1年目と同様、理科と算数は中学校での指導 任制で培った指導法を、1~4年生に生かして 経験がある教員を充てたことで、教科指導がよ いく方法を探りたいと考えている。まさに、小 り充実した。小学校の理科や算数が中学校でど 学校で生かされる教科担任制の誕生である。各 のような広がりを持つのかを知っている(教え 都道府県とも「○○方式」や「□□型」などと たことがある)教員が、5・6年生を指導する 名付けて、様々な工夫を凝らしている。「子ど ことは、学習の見通しを立てたり、広がりを持 もを育てるなら群馬県」というキャッチフレー たせたりする点で非常に有意義であった。 ズのもと、ぐんま方式である「ぐんま少人数ク ラスプロジェクト」を生かして、子ども達の学 3)児童の感想 ぶ意欲、分かる喜びにつなげていきたい。 ○先生方が担当の教科で教えてくれるので、と てもわかりやすいし、中学に行って、楽にでき 引用及び参考文献 るように教えてくれるから、ありがたいです。 注(1)小学1・2年生の30人以下学級、小学 ○たくさんの先生と接することができて、あい 3・4年生の35人以下学級、小学5・6 さつを進んでやるようになり、話しかけやすく 年生の学力向上のための特配教員、中学1 なりました。自分が得意な教科を教えて下さる 年生の35人以下学級、中学2・3年生の ので、とてもわかりやすいです。先生一人一人 学力向上のための特配教員(2003 より) が持っている豆知識も教えて下さるのでとても 中央教育審議会:初等中等教育分科会の審議の ためになります。 まとめ ○教科ごとに詳しい先生方が教えて下さり、ま 度の在り方について 2005.1 た、教科書にのっていないことも教えてくれる 義務教育に係る諸制 中央教育審議会:初等中等教育分科会教育課程 ので、とてもわかりやすいです。6年生になっ 部会審議経過報告 小学校学習指導要領:p.29 2008.3 て5年のときよりも成績が上がりました。 ― 86 ― 2006.2
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