適切な処遇バランスの考慮が重要に

連 載
「多様な働き方」時代の 賃金設計
<3>雇用区分構成のための考え方
適切な処遇バランスの考慮が重要に
正社員、嘱託社員、パートタイム社員、契約社員、派遣社員、勤務地限定社員…。
近年、雇用形態の細分化が進み、さまざまな働き方の「社員」が増えてきた。そのよ
うな働き方の異なる社員の賃金はどのように決めればよいのか?「多様な働き方」時
代の賃金設計の考え方・ノウハウについて、株式会社プライムコンサルタントの田中
博志氏に解説いただく。第3回目は「雇用区分構成のための考え方」です。
株式会社プライムコンサルタント 田中博志
第 2 回までは多様な働き方の現状と今後
の見通しを確認しました。
勤務)」「職種や住まいを変える負担がない
(職種・勤務地限定)」など、正社員よりも
第 3 回からは、具体的な処遇の組み立て
労働条件の範囲を限定してバランスをとり
方を考えていきたいと思います。今回は、自
ます。したがって、時給の低いパート社員
社の雇用区分を構成するうえでの基礎とな
に高賃金の正社員並みの働きを要求すると
る考え方を解説します。
説明がつかなくなるので注意が必要です。
正社員、契約社員、パート社員というよ
1.雇用区分を多様化する目的
うに、複数の雇用区分を組み合わせること
を「雇用ポートフォリオ」と言います。雇
多様な働き方のニーズに応える面も
用ポートフォリオは図表 1 のようなイメ
ージで設定します。
はじめに雇用区分を多様化する目的を整
ある事業を運営するために、175 人のフ
理しておきます。
ルタイム社員(年間所定労働時間 1920 時
⑴会社の人件費コントロール
間)が必要だとします。この 175 人を全て
目的の一つは「会社の人件費コントロー
正社員(年間賃金平均 450 万円)でまか
ル」です。
なうと、年間賃金総額は 7 億 8750 万円にな
正社員の賃金は高くなりやすいので、正
ります(450 万円× 175 人。図表 1- ①)。
社員でなくてもできる仕事を安価な労働力
ところで、仕事の中には定型的な作業も
に任せようという考えです。ただし、働く
多く、これらは職種や勤務地の変更が可能
側からすると賃金が低い理由が明確でない
な正社員でなくてもできそうだ、というこ
と納得できません。そこで、
「仕事の範囲を
とで別の労働力に置き換えるのです。
限定する」
「拘束時間を短くする(短時間
正社員のような無限定な働き方を望まな
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先見労務管理 2015.9.25
い人たちを採用することによって、人件費
人件費コントロールのための雇用の多様
を抑えるという考え方です。このような検
化は、1990 年代後半から長く続いたデフ
討の結果、図表 1- ②のような雇用ポートフ
レ経済の中で大きく広がりました。「非正
ォリオができあがります。
規社員が 4 割目前」という状況は、事実上、
175 人分の仕事のうち、10 人分を契約社
人件費抑制のために生まれたのです。ただ、
員(年間賃金平均 250 万円)、25 人分をパ
その過程で、単に「非正規社員だから」と
ート社員(同 100 万円)
、10 人分を嘱託社
いう、よくわからない理由で極端に賃金を
員(同 300 万円)に任せます。それぞれの
抑制されたケースも少なくなく、処遇格差
年間賃金は正社員より低くてすむので、年
と労働条件に関する明確な説明が求められ
間賃金総額は 6 億 6500 万円に抑えられ、差
ています。
し引き 1 億 2250 万円の節約となります。実
⑵社員の多様な働き方のニーズに応える
際には社会保険料等の福利費も減りますの
これまでは、主に人件費コントロールの
で、会社のコスト競争力は飛躍的に高まり
目的で雇用の多様化が進んできましたが、
ます。
近年では、
「社員の多様な働き方のニーズに
図表1:雇用ポートフォリオの設定例
①全ての仕事を正社員に任せた場合
雇用区分
正社員
担当業務
労働条件
年間賃金
(1人平均)
人数
年間賃金総額
450 万円
175 人
7億 8750 万円
・無期契約
・年間 1920 時間勤務
定型(育成段階)
(フルタイム)
〜基幹業務
・職 種及び勤務地の変
更あり
②正社員以外の雇用区分を活用した場合
雇用区分
担当業務
労働条件
年間賃金
人数
年間賃金総額
(1人平均)[フルタイム換算]
・無期契約
・年間 1920 時間勤務
定型(育成段階)
正社員
(フルタイム)
〜基幹業務
・職 種及び勤務地の変
更あり
・3年契約
・年間 1920 時間勤務
契約社員 専門業務
(フルタイム)
・職種及び勤務地限定
・1年契約
パート社員 定型業務
・年間 960 時間勤務
・職種及び勤務地限定
・1年契約
専門〜定型業務 ・年間 1920 時間勤務
嘱託社員
(定年再雇用) (フルタイム)
・職種及び勤務地限定
450 万円
130 人
5億 8500 万円
250 万円
10 人
2500 万円
100 万円
50 人
[25 人(※)]
2500 万円
300 万円
10 人
3000 万円
合計
200 人
6億 6500 万円
[175 人(※)]
※正社員の年間所定労働時間(1920 時間)に対し、パート社員は年間 960 時間勤務なのでフル
タイムに換算すると 0.5 人に相当する。
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応える」という別の目的もクローズアップ
の整理が必要です。このとき、正社員の特
されています。
徴に着目すると考えやすくなります。
理由の一つは、これまで無限定な働き手
一般的な正社員の就業規則を見ると、
「雇
だった正社員が、
育児や介護などの「制約」
用期間」の定めがなく、代わりに定年 60
を持つようになったことです。もう一つは
歳などの規定があります。そのほかに「労
足元で起きている人手不足です。デフレ時
働時間」は 1 日 8 時間、「職種の変更」「勤
代に「過剰」だった雇用が、景気回復とと
務地の変更」があるなどと書かれています。
もに一気に「不足」に転じ、労働力が成長
図表 2 のように、主な就業条件を「雇用期
の制約になりました。そこで、これまで敬
間」
「労働時間」
「職種の変更」
「勤務地の変
遠することが多かった「制約」を抱える労
更」の 4 つとすると整理の糸口が見えてき
働力をうまく活用することが、各社の課題
ます(※)。
になってきたのです。
※:このほかに「時間外勤務、休日勤務」や
多様な働き方のニーズに応えるうえでも
「出向」などの有無もありますが、説明
処遇の適切なバランスが必要です。制約社
を簡潔にするためにここでは省略しま
員が少ない間は、
「○○さんはご両親の介護
した。
があるから今後は転勤を免除しよう。これ
図表 2 は典型的な正社員とパートタイマ
まで貢献してくれたから、処遇はこれまで
ーの就業条件を比較した例です。①には各
通りでいいだろう」という寛容な対応も可
条件に対する正社員の内容を、②にはパー
能でした。しかし、数が増えるとそうはい
トタイマーの内容を書きました。これらの
きません。制約のない、無限定に会社の要
就業条件を組み合わせると、いろいろな就
請に応える正社員から不満が出るばかりで
業形態ができあがります。
なく、制約社員も周りに気を遣って、限定
では、就業形態にはいくつのパターンが
的な働き方を希望しにくくなるでしょう。
考えられるでしょうか。図表 2 の 4 つの条
このように雇用区分の多様化は、人件費
件にそれぞれ 2 種類の内容があるとすると、
コントロールという「会社側の目的」に、制
2 × 2 × 2 × 2=16 の組み合わせができま
約を抱えながら働きたいという「社員側の
す。ただし、
「パートタイム」で「職種の変
目的」が加わって新たな段階を迎えていま
更あり」や「勤務地の変更あり」という組
す。いずれの目的においても、成功のカギ
み合わせなどはあまり現実味がありません。
は、労働条件の違いと処遇の違いをバラン
そのようなものを除くと、一般的には、図
スさせることであり、雇用区分の整理はそ
表 3 の 10 パターンにおさまるでしょう。
の出発点となります。
3.自社の就業形態を構成する
2.就業形態のパターン
法律の要請も考慮することが重要
職種や勤務地の変更の有無など
では、自社の就業形態はどのように考え
雇用区分を構成するには、まず、社員に
ればよいのでしょうか。これには、
「今後の
どのように働いてもらうかという就業形態
戦略」、「現実との整合」の 2 つの観点があ
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ります。
ルタイム。情報システム等の専任。
「今後の戦略」は、どんな労働力を活用
異動・転勤なし
して、人件費をどのような構成にするかを
(ウ)パート社員:1 年間の有期契約。
検討することです。図表 1 のように、任せ
パートタイム。生産職や事務職等
る仕事にふさわしい労働条件を組み合わせ、
の専任。異動・転勤なし
全体コストを考えながら設計していきます。
(エ) 嘱託社員:定年再雇用社員。1
ゼロベースで構成できるなら「今後の戦
年間の有期契約(65 歳まで雇用保
略」だけで構いませんが、すでに正社員以
障)。原則として異動・転勤なし
外の働き方がある会社では現状を無視でき
ません。また、法律の定めもあります。現
⑴法律の要請を考える
状と法律を踏まえることが後者の「現実と
最初に法律の要件を確認します。高年
の整合」という観点です。
齢者雇用安定法の 65 歳までの雇用義務は
(エ)の嘱託社員で満たしていますので問
ここからは、イメージしやすいように前
題ありません。労働契約法に基づく通算 5
回登場した P 社の例を使って考えていくこ
年を超える有期契約の無期転換については、
とにします。
(イ)と(ウ)が関係します。法の要請は
P 社には、現在、次の 4 つの雇用区分が
「期間の定めをなくす」ことですので、少な
ありました。
くとも次の就業形態が新たに必要になりま
す。
(ア)正社員:無期契約。異動・転勤
<法の要請による新形態>
・
「無期契約、フルタイム、異動・転勤なし」
あり
(イ)契約社員:3 年間の有期契約。フ
・
「無期契約、パートタイム、異動・転勤なし」
図表2:主な就業条件(一般例)
就業条件
①正社員の内容 ②パートタイマーの内容
雇用期間
無期(定めなし)
有期(定めあり)
労働時間
フルタイム
パートタイム
職種の変更
あり
なし
勤務地の変更
あり
なし
(注)
これら以外に「時間外・休日労働」や「出向」もあるがここでは省略した。
また、上記は一般例をあげたものであり、会社によって異なる場合がある。
図表3:就業形態のパターン例
就業条件
雇用期間
労働時間
職種の変更
勤務地の変更
2015.9.25 先見労務管理
1
○
○
2
3
4
無期
フルタイム
○
×
×
×
○
×
就業形態のパターン
5
6
7
パートタイム
×
×
○
○
8
9
有期
フルタイム
○
×
×
×
○
×
10
パートタイム
×
×
47
⑵働き手の要請を考える
形態の変更もイメージできます。
次に、社内の状況を確認します。働き方
・正社員→(B)の勤務地限定
について現場から次の声が出ていました。
(例えば、家族介護などのために転勤がで
・正社員の中にも残業や転勤ができない人
きなくなった場合)
が増えている
・パート社員→(E)の時間・職種・勤務
地限定
この声から、
正社員にも転勤(居住地の変
更)や勤務時間に制約があることがわかり
(有期契約が通算 5 年超となり、無期契
ます。もともとの正社員の条件である「無
約に転換を希望した場合)
期契約、フルタイム、異動・転勤あり」に
ここまでが「現実との整合」を踏まえた
これらをあてはめると、次のようになりま
就業形態の検討です。
す。
⑶「今後の戦略」を考える
・
「無期契約、フルタイム、異動あり、転勤
任せる仕事と労働条件の組み合わせの視
なし」←転勤に配慮
点ですが、P 社にとっては、図表 4 の 7 種
・
「無期契約、パートタイム、異動・転勤あ
り」←勤務時間に配慮
類で十分なので特に追加はありません。
ところで、今後の検討課題としてよく話
機械的にはこうですが、下線部の「パー
題にのぼるのが、前述した労働契約法に基
トタイム、転勤あり」というのは非現実的
づく無期転換への対応方法です。P 社では、
ですね。次の組み合わせが自然でしょう。
いったん、パート社員や契約社員の無期転
<働き手の要請による新形態>
換を前提にしましたが、実は、無期転換を
・
「無期契約、フルタイム、異動あり、転勤
しないようにするという選択肢もあります。
なし」
法律の主旨は安定雇用の促進ですが、理
・
「無期契約、パートタイム、異動あり、転
勤なし」
屈の上では、有期契約が通算 5 年超となる
前に雇い止めをすれば無期転換を避けるこ
以上をまとめると、図表 4 のように、元
とはできます。もし、「無期転換の回避」
の 4 パターンに新しい 3 パターンを加えた
を一律の方針にすれば、図表 4 の就業形態
(A)から(G)の 7 パターンに整理されま
(C)と(E)は不要となりますので、この
す。
点について再度検討します。
図表 4 を見ると、例えば次のような就業
ただし、雇い止めをするには、それまでの
図表4:P 社の就業形態
就業条件
雇用期間
勤務時間
職種の変更
勤務地の変更
(転居を伴う転勤)
雇用区分との
対応例
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(A)
(B)
○
フルタイム
○
○
×
(C)
無期
×
×
就業形態のパターン
(D)
(E)
パートタイム
○
×
×
×
(F)
(G)
×
×
有期
フルタイム パートタイム
×
×
◆正社員 ◆勤務地 ◆契約社 ◆勤務地 ◆パート ◆契約社員
限定社員 員の無期 ・時間限 社員の無 ◆嘱託社員
転換後
定社員
期転換後
◆パート社員
◆嘱託社員
先見労務管理 2015.9.25
更新が自動更新ではなく、きちんとした手
逆に、いずれ無期転換になるなら初めか
続きでなされていなければなりません。P
ら無期契約で採用する考え方もあります。
社では、更新手続きの不備はなく、雇い止
そうすれば、就業形態はさらに減ってすっ
めは問題なくできそうです。そこで、無期
きりします。ただ、これは少しリスクが大
転換を回避することのメリット・デメリッ
きいと思います。経営状況が変化して、雇
トを考えてみます。
用を絞らねばならない局面や、社員の働き
メリットは、言うまでもなく、雇用負担
が期待外れのときは辞めてもらいたいケー
の増加を防ぐことですね。人件費を適度な
スもあり得ます。やはり、有期契約という
水準にコントロールする上で、雇用の固定
選択肢は捨てきれません。
「永く働いてもら
化を避けたいことは経営者にとって自然な
うことが基本だが、状況によっては更新し
ニーズでしょう。
ないこともある」というのが現実的でしょ
一方、デメリットとしては、主に働く側
う。
への悪影響が懸念されます。
「5 年に達す
P 社は無期転換の問題についてこのよう
る前に必ず雇い止めをする」となった場合、
に考え、
「法定通りの対応をする」ことを再
「5 年以内に辞めるから深入りしない」「い
確認し、就業形態を図表 4 のとおりとしま
つでも転職できる準備をしておこう」と言
した。貴社も同じようにして整理してみて
う風に、社員のモチベーションや帰属意識
はいかがでしょうか。
に微妙な影響を与えます。また、人手不足
で就職の機会が増える中、
「5 年以上は働け
こうして整理された就業形態が多様な働
ない会社」だということがわかれば、働き
き方の受け皿となります。次回は、雇用区
手の応募意欲も下がるかもしれません。
分を構成するうえで重要な、社員に期待す
実際、一般財団法人労務行政研究所の調
る仕事のとらえ方へと進んでいきます。
べによると、有期契約の無期転換への対応
について、
46%が「法定通りの対応をする」
と答え、
「通算 5 年を超えないように運用す
る」
(37%)を上回っています(「有期契約
労働者の雇用と改正法対応に関するアンケ
ート」2014 年 6 〜 7 月)。
1966 年生まれ。広島大学理学部卒業後、東ソー㈱にて研究開発、技術
営業に従事。英語教育業を経て 2006 年、㈱プライムコンサルタントに
入社。幅広い業種で会社と社員の良い絆づくりを目指したコンサルティン
グを展開する。中小企業診断士。日本人材マネジメント協会会員。ゴール
ドラット・スクール認定トレーナー(TOC Management Tools Basic)。
たなか・ひろし
2015.9.25 先見労務管理
TOC-ICO 認定 Jonah。
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