チクングニア熱(Chikungunya)

チクングニア熱(Chikungunya)
鹿児島大学名誉教授
岡本嘉六
日本に常在しないが海外から侵入するリス
クが高く、重篤な感染症を「検疫感染症」に指
定して警戒しているが、チクングニア熱は 2011
年に 4 類感染症および検疫感染症に指定された。
日本への輸入症例は 2006 年末から確認されて
いるが、死亡例や国内発生はない。これだけか
ら判断すると、大した感染症ではないと思い、
指定された理由も判らない。
これまでなかった感染症が輸入されること
は、日本人が渡航する地域で発生が広がったた
めであり、検疫感染症に指定されたことはその
広がり方が尋常ではないことを意味する。
日本の輸入症例数
年
輸入例数
2006
2
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
0
3
10
3
10
10
14
16
2015 年におけるチクグンニア熱のリスクがある国と領域
ECDC: Countries or areas at risk of chikungunya in 2015
チクングニア熱は 1952 年にタンザニアでデング熱様疾患として初めて確認
されたが、アフリカにおける散発的発生に留まっていた。しかし、2005 年にウ
イルスが変異し、フランス領にレユニオン島、マヨット島、モーリシャス、セ
イシェルを含むインド洋のマダガスカル島周辺地域に広がった。2006 年にかけ
て、レユニオン島では全人口の 1/3 にあたる約 27 万人が感染し、250 人以上が
死亡し(死亡率 0.1%)、モーリシャスでは 743 人の死亡(死亡率 4.4%)が確認
された。それまで死亡しない感染症と考えられていたことから大きな問題とな
った。チクングニア熱を媒介する蚊はそれまでネッタイシマカ(Aedes aegypti)
とされていたが、レユニオン島で分離されたウイルスはヒトスジシマカ(Aedes
albopictus)でも増殖することが確認された。
2007 年には、インドを初めとする南アジアと東南アジアへ広がり、イタリ
アでインドからの輸入症例が確認された。その後イタリア北部およびフランス
南東部および中国南部おいて国内流行が確認されヒトスジシマカが媒介したこ
とが明らかにされている。
さらに 2013 年末にはカリブ海の島嶼国で流行が発生し、米国、メキシコ、
ブラジルを含むアメリカ大陸に拡大し、太平洋島嶼国でも流行が確認されてい
る。
ヒトスジシマカは日本にも分布しており、日本に侵入した場合、上述の国々
と同様に激しい流行に見舞われる可能性がある。このことが、チクングニア熱
を検疫感染症に指定した理由である。
イギリス連邦
人口は日本の半分だが、大英帝国の名残を残して世界各地に海外領土やイギ
リス連邦を持つ英国は、チクングニア熱発生地域を含めて国際交流が盛んであ
る。英国保健省のチクングニア熱特集ページから、その影響を拾い集めてみた。
輸入症例の旅行先別症例数が 2009 年から集計されており、インドを中心とする
南アジアから 23 例、マレーシアなどの東南アジアから 22 例、ナイジェリアな
どのアフリカから 7 例となっている。カリブ海諸国で流行が始まり、2014 年に
は一挙に 227 例が輸入されたが、ジャマイカ 88 例、バルバドス 39 例、グレナ
ダ 24 例など、イギリス連邦構成国がほとんどである(Chikungunya in England,
Wales and Northern Ireland: 2014)。
英国における検査で確認された旅行先別のチクグンニア熱症例数
2009
2010
2011
2012
2013
2014
カリブ海諸国
-
-
-
-
-
227
南アジア
23
43
12
5
10
13
南アメリカ
-
-
-
-
-
12
東南アジア
21
10
1
8
13
10
サハラ以南・南アフリカ
7
9
2
2
2
6
その他
1
1
-
-
1
2
不明
11
16
-
1
2
30
出典:Laboratory-confirmed cases of chikungunya by region of travel,
England, Wales and Northern Ireland: 2009 to 2014
カリブ海諸国での流行は、2013 年末にフランス領サンマルタン島で最初の
島内発生のチクグンニア熱症例が報告された。ネッタイシマカとヒトスジシマ
カが分布しているこの地域の島嶼に次々と感染が広がり、2015 年 3 月までにカ
リブ海諸国、南アメリカ、中央アメリカから国内発生が報告され、183 名の死亡
を含む検査で確認された 25,400 症例および 125 万の疑い症例が報告されるに至
った。
アメリカにおけるチクグンニア熱症例数
2013-2014
地域
北アメリカ小計
2015(7 August 2015)
確認症例
輸入症例
死亡
確認症例
輸入症例
死亡
166
2,812
0
3,306
592
0
バミューダ
10
3
カナダ
8
312
メキシコ
155
13
米国
11
2,781
中央アメリカ地峡
2,320
117
ベリーズ
3
コスタリカ
12
エルサルバドル
157
13
グアテマラ
198
522
40
3,306
12
265
0
2,932
15
1
142
1
ホンジュラス
9
5
5
ニカラグア
1,918
40
2,235
パナマ
22
32
15
15
ラテン・カリブ
12,463
51
183
8,425
1,861
19
6
63
1,756
2
105
14
20
キューバ
ドミニカ共和国
84
仏領ギアナ
5,020
グアドループ
430
ハイチ
14
仏領マルティニーク島
1,515
プエルトリコ
4,465
仏領セントバーツ島
142
仏領サンマルタン島
793
アンデス地域
3,082
6,380
31
67
150
83
320
24
595
317
99
3
600
6
5,526
119
916
1
4
ボリビア
コロンビア
577
26
エクアドル
19
8
3,373
88
11
31
30
ペルー
3
3
910
ベネズエラ
2,486
50
3
296
コーノ・スール
2,197
163
0
959
41
アルゼンチン
ブラジル
2,196
93
119
44
0
7
6
1
7
ラテン・カリブ以外
4,454
82
アングィラ島
52
2
3
アンチグアバーブーダ
18
アルバ
66
12
686
バハマ
92
5
10
英領バルバドス島
114
8
15
英領ケイマン諸島
43
3
1
オランダ領クラサオ島
835
7
ドミニカ国
173
グラナダ
26
ガイアナ
76
パラグアイ
37
31
22
チリ
39
840
ウルグアイ
3
931
29
1
2
1
2
ジャマイカ
89
英領モントセラト島
14
セントクリストファー・ネイ
28
2
2
ビス
セントルシア
283
セントビンセント・グレナデ
173
ィーン諸島
シントマールテン島
スリナム
トリニダード・トバゴ
タークス・カイコス諸島
英領バージン諸島
米領バージン諸島
計
470
1,210
14
291
3
19
7
1
83
47
380
19
2
102
24,682
3,324
192
15,515
771
61
PAHO, Chikungunya: Statistic Data
太平洋地域では 2011 年にニューカレドニアで初めて報告され、2014 年にお
いては、フランス領ポリネシア、クック諸島、サモア、パプアニューギニアな
ど多数の島から報告されている。こうした海洋に浮かぶ島嶼は、陸続きの地域
と比べて感染症の侵入頻度が低いとされてきたが、現在の人的往来と物流はそ
うした常識を超えた感染の広がりを見せている。したがって、既にデング熱が
国内侵入したように、チクグンニア熱の日本侵入は遠いことではないだろう。
ネッタイシマカとヒトスジシマカの生態と防除法が「チクングニヤ熱媒介蚊
対策に関するガイドライン」に詳述されているので参照してください。
リンク
厚労省:蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針
厚労省:デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き
厚労省:感染症法に基づく医師及び獣医師の届出
感染症研究所:チクングニア熱の海外流行状況
厚労省検疫所:チクングニア熱