公ハ交通機関でのュニバーサルな音声放送の検討

公共交通機関でのユニバV・一一一・Lサルな音声放送の検討
OnAnnouncement in Public Transportation System from View
Point of Universa1 Design
高見 杏奈,永幡 幸司
Anna Takami, Koji Nagahata
福島大学
Fukushima University
内容梗概:公共交通機関での音声放送について,視覚障害者,音に対して過敏な人,他
の利用者の3つの視点からの評価を検討した.その結果,視覚障害者の評価のうち,視
覚障害者にとって必要な放送に対する評価と,音に対して過敏な人の評価は対極にあり,
視覚障害者にとって必要ではない放送に対する評価は,他の利用者のそれらの放送に対
する評価と一致すると整理された.また,一部の放送に対して,3つの視点からの評価
が共通する場合がみられた.そして,公共交通機関でユニバーサルな音声放送を実現す
るためには,視覚障害者にとって必要な放送が流されるべきであり,それ以外の放送は
流されるべきではないと論じた.
Keyword:公共交通機関,音声放送,ユニバーサル,文化騒音
1.はじめに
性もしくは価値判断によるもの」[4]であるため,例
「ユニバー・一・サルデザイン」の考え方からすると,
えば,『静かさとはなにか』[5】において中島らは,
駅や空港,公民館や図書館など,皆が利用する公共
アナウンスやBGMを騒音問題と捉えている.
施設は,だれにとっても利用しやすく安全でなくて
永幡は「音環境の問題を考える際に,特定の立場
はならない[1].公共施設を安全に安心して快適に利
にのみ呼応した検討をもって十分とするのは,片手
用できるようにするための一要因に,環境がある.
落ちの議論であると断じざるを得ない」[6】と述べて
そして,音は環境をつくりあげるひとつの重要な要
おり,音環境を考える際に,あらゆる立場から評価
素だ.それゆえ,音環境はユニバーサルな社会を考
することの必要性を説いている.ここで,視点が異
える上で重要な要因のひとつであると言える.
なれば評価もまた異なるものとなり得,ある視点そ
現状の公共交通機関における音環境の問題のひと
のものには,他の視点に対する優越性を示す根拠は
つに,拡声器を用いた放送が挙げられる.ここでは,
含まれない.そのため,その視点をもつ者が多いか
視覚障害者を主な対象とする音案内を設置すること
少ないかの多数決の問題ではなく,マイノリティの
が義務づけられている[2】[3].また宣伝や注意喚起,
評価はマジョリティの評価と同等に扱われなければ
勧告等の音声放送が,様々な場所で放送されている.
いけない[7].そして,異なる視点からの評価の差異
このような中,「ある音を騒音と見なすかどうかは専
による対立を解消していくには,個々の視点間の関
門家が決めることではなく,その場にいる人間の感
係性を整理するためのメタレベルの視点が必要とな
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
1
N−2015−19
る注意喚起放送等も検討対象としている.注意喚起
る[6].
大門ら[8】は,拡声器を用いた放送に対しては,放
放送とは,例えば,エスカレーター一一‘での設置が義務
送受容派と放送反対派という図式があり,放送受容
付けられている案内放送(行き先及び上下方向の放
派には音を積極的に肯定する人,音をなんとなく肯
送)の前後で流れる「手すりにおつかまりになり,
定する人(消極的肯定),音に気付いていない無評価
黄色い線の内側にお乗りください」といった類の放
の人が含まれると指摘している.本稿で検討の対象
送である.
とする,公共交通機関である駅構内や電車内におけ
なお,商業施設内外で流される宣伝放送は,首都
る放送に対してこの図式を当てはめると,受容派に
圏等の駅ではよく流されているが,本稿の検討対象
は,移動の際にそれを利用している視覚障害者が該
とした範囲を含む地方都市の駅構内では,そもそも
当する.反対派には,音(特に機械的な音)に対し
商業施設の数が少なく,放送されることが稀である.
て過敏な人が該当する.そしてこれらの中間領域に,
また,バス等一部の公共交通機関で流れる宣伝放送
公共交通機関の利用者のうち最も多いと思われる,
も,本稿の検討対象とした路線では放送されていな
他の利用者(視覚障害者と音に対して過敏な人以外
い.そこで,これらの宣伝放送は検討対象から除外
の人)が位置するであろう.本稿では,これら3つ
した.
の視点から音声放送を評価し,ユニバーサルな音声
3.視覚障害者の視点からの検討
放送について検討した.
公共交通機関での設置が義務付けられている音案
2.公共交通機関での放送について
内が視覚障害者を主な対象としている[2】 [3]ことが
公共交通機関での放送には,案内をすることを目
端的に示すように,公共交通機関で音声放送を最も
的とした音案内や,注意喚起や宣伝等をすることを
よく利用しているのは視覚障害者であると考えられ
目的としたものがある.
る.そこで前述の図式において放送受容派に該当す
このうち,音案内は音声案内と音響(非音声音)
る,視覚障害者に対してインタビュー調査を行い,
案内に分けられる.国土交通省が定めている『バリ
彼らの視点からの音声放送の検討を行った.
アフリー整備ガイドライン』[2】の旅客施設編では,
駅などの旅客施設内では車両等の発車番線,発車時
3.1インタビュー調査の概要
刻,行先,経由,到着,通過等のアナウンスを,聞
インタビューは2014年11月26日に行った.対
き取りやすい音量,音質,速さで繰り返す等して放
象は福島県在住の全盲の男性1名,弱視の女性1名
送することが義務付けられている.エスカレーター
である.インタビューでは,表1に示す放送につい
には,エスカレーターの行き先及び上下方向を知ら
ての意見を伺った.また,インタビューの最後に,
せる音声案内装置の設置が義務付けられている.
視覚障害者にとって必要な放送はなにか,という質
また,同ガイドラインの車両等編[3】では,電車な
問をした.
どの車両内では次に停車する鉄道駅の駅名,次停車
駅での乗換案内,次停車駅で開くドアの方向等の運
3.2結果
行に関する情報を聞き取りやすい音量,音質,速さ,
視覚障害者にとって必要な放送はなにか,という
回数等で放送することが義務付けられている.なお,
質問の回答から,福島県内の一部の公共交通機関で
これらの案内は,前停車駅発車直後及び次停車駅到
流れる放送は,視覚障害者にとって必要な放送と,
着直前に行うこととされている.
必要ではない放送の2種に分類された.
本稿では,主として音案内のうち音声案内に注目
視覚障害者にとって必要な放送は,電車到着・通
しているが,上述の案内放送の他にも,共に流され
過,次に停まる駅名,到着ホーム番号,出口の方向,
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2
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命にかかわる危険を避ける行動をとることと,位置
表1駅構内や電車内での放送
を確認し次の行動につなげることを目的としたもの
脇
場所
ホーム
電車到着・通過
電庫内
次に停まる駅名
であった.それに対し,彼らにとって必要ではない
放送は,安全や自身の移動に直接かかわらない放送
であったが,他者の利用のことも考え,放送を無く
携帯利用の注意
して欲しいとまで言い切ることはなかった.
英語での案内
感謝の言葉
4.音に対して過敏な人の視点からの検討
到着ホーム番号
次に,前述の図式において放送反対派に該当する
出口の方向
音に対して過敏な人の視点から,音声放送の検討を
乗換案内
行った.彼らの評価は,『うるさい日本の私,それか
ドアの開閉方法
ら』團,『静かさとはなにか』[5],『「うるさい日本」
忘れ物の注意喚起
エスカレーター
を哲学する』[10]等の文献より抽出した.
方向案内
また,音に対して過敏な人の中には,聴覚過敏の
注意喚起
改札付近
症状を持つ人が含まれると考えられる.聴覚過敏と
新幹線案内
は,広汎性発達障害をもっ人のうち聴覚が過度に敏
その他
感な人を指し,単に聴覚が過度に敏感な人とは区別
乗換案内,エスカレーターの方向である.これらの
して聴覚過敏と呼ばれている.この視点からの放送
放送は,視覚障害者の移動を補助する,という共通
に対する評価は,聴覚過敏の人,あるいは彼らの家
点をもつ.特に駅のホv・一・iムは命の危険にかかわる場
族や身の回りの人,専門家の評価は,聴覚過敏につ
所であり,ホV−・一・・ムでの無駄な動きをなくしたい,と
いて記された73冊の文献をレビューした押切[11]
いう考えから,電車到着・通過,到着ホーム番号,
による論文から抽出した.
出口の方向,乗換案内の放送が必要とされた.
また,次に停まる駅名は,現在の位置を確認し,
4.1音に対して過敏な人の評価
目的駅で降車するための非常に大切な放送である.
音に対して過敏な人は,公共空間において,スピ
エスカレーターの方向の放送は,単にエスカレータ
ー カー等の拡声器によって挨拶,注意,禁止,依頼,
ー の行き先を知るだけでなく,駅構内でのランドマ
推奨,懇願等が放送されることが不快である.彼ら
ー クとして利用されている.
が考える公共空間とは,その人の日常生活において,
以上のインタビュー結果から得られた視覚障害者
それを欠かすことができずほかの選択の余地がほと
にとって必要な放送は,ガイドラインで駅や電車内
んどない空間とのことである團.このような公共空
で設置が義務付けられている放送と一致している.
間の捉え方は一般的なものではなく,個々人の日常
視覚障害者が必要ではない放送は,携帯利用の注
生活に依存したものであろう.
意,英語での案内,感謝の言葉,忘れ物の注意喚起,
このように拡声器からの機械的な音に苦しむ人々
エスカレーター利用の注意,改札付近での新幹線案
にとって問題となるのは,音量や音質に加えて,日
内,またその他として挙がった禁煙の注意である.
本の文化的特徴もある.中島ら[5]は,公共交通機関
これらの放送に対しては,視覚障害者以外のことを
における過剰な放送,商業施設における店舗外に向
考慮し,要らないとは言い切らずに慎重に意見して
けた宣伝放送,防災無線を使用した行政放送等は,
いた.
日本の文化的特徴と深いかかわりをもっていると考
このように,視覚障害者にとって必要な放送は,
え,文化騒音と名付けている.文化騒音は,拡声器
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
3
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を用いた騒音問題のうち,極端に大音量ではない放
特定の音のうち,取り分け音響機器の音を嫌う人が
送による騒音であり[12】,「歴史的・社会的・文化的
いる.そのような人は,「ラジオなどの機械音におび
文脈の中に位置づけられることによってはじめて解
え耳をふさいだ.」,「音(スピーカーの音)に恐怖を
明されるもの」[4]と考えられている.
持ったり,拒否的になる.」【11]というように,拡声
本稿で取り上げる類の音声放送を,文献を基に検
器からの機械的な音に対して恐れを感じている.
討すると,人の生の音声とテープ音とを比べると,
このような,機械から聞こえてくる音声を嫌う聴
テープ音の方がより我慢が利かないようである.ま
覚過敏の人向けの対処法として,できるだけ苦手な
た,同じ内容が過剰に(エンドレスに)繰り返され
音(機械から聞こえてくる音声を指す)が聞こえな
る事に耐えられない.放送内容に関しては,コウセ
い環境をi整える,というものがある.環境を整える
ヨ,コウスルナと指図する内容のもの(お節介放送
ための具体例として書籍で紹介されているものは,
と呼んでいる)に対して特に嫌悪を示していること
耳栓などで本人が調節する,慣れるよう訓練する,
がわかる.っまり,拡声器を用いた放送の全てを苦
本人が大声を出してほかの音をマスキングする等で
痛と感じているが,特に許容できないものを挙げる
ある.これらはどれも聴覚過敏を持つ人が行動する
と,テープ音,過剰な(エンドレスな)放送,お節
ものであり,周りの環境を調整するといった対処法
介放送である.
はみられない[11].
文化騒音を問題としている人は,この騒音を容認
聴覚過敏の人の音声放送への評価は,機械的な音
している大多数の人々が重視していることは,「『理
に否定的である点と,音環境が調整されないと考え
屈』や『実効性』ではなく,『善意』であり階』で
られる点において,聴覚が過度に過敏な人の評価と
あり『和』である」[10]と考えている.さらに福田
一
致する.
は「公共体への責任転嫁は,その必然的帰結として
公共体の責任回避行動をも生み,それが同時に『文
5.他の利用者の視点からの検討
化騒音』を増幅させてゆく」[4】,というように,社
次に,前述の図式において中間領域に位置する他
会的背景の圧力についても指摘している.つまり,
の利用者の視点から音声放送の検討を行った.この
音に対して過敏な人は,そうでない人々について,
視点からの検討は,ワークショップを実施し,そこ
放送の効果の有無よりも,放送の裏にある善意や社
での質問票やミーティングを基に行った。
会的背景を重視していると考えている.それゆえに,
文化騒音は聞き流されていると考えているのだ.
5.1ワー一一一クショップの概要
このように,音に対して過敏な人からみると,彼
普段聞き流されがちな音声放送を,実際に聞いて
らが不快に感じる機械的な音(特にテープ音)によ
評価した記録から,他の利用者の評価を検討するこ
る,過剰な放送やお節介放送などの拡声器放送は,
とを目的としたワークショップを実施した.また同
善意や社会的背景を重視する人々に聞き流される傾
時に,参加者が音声放送を実際に聞いて考えること
向がある.そのためこれらの拡声器放送は,音量や
で,文化騒音に関心や問題意識をもってもらうこと
音質が問題となる騒音とはまた別の,日本の文化的
も,もう一つの目的とした.
特徴に深いかかわりがある文化騒音と位置づけられ,
ワークショップの実施場所は,JR東日本,東北
音に対して過敏な人に嫌悪されているのだ.
本線の金谷川駅から福島駅であり,東北本線下り電
車内を含む.金谷川駅は福島大学最寄りの,島式ホ
4.2 聴覚過敏の人の評価
ー ムが1つの駅である.福島駅は終着駅となること
次に,聴覚過敏の人の評価を検討する.聴覚過敏
がしばしばあり,またJRの在来線1本と新幹線2
の人の中には,特定の音を嫌がる人がいる.さらに,
本,福島交通の在来線2本の乗り換えがある駅でも
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
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にくい)の3項目を,5段階の評定尺度で回答する.
表2 ワークショップ実施場所での放送
なお,表2の放送名は著者が名付けたものであり,
脳
場所
放送の順番や,全てが流れるかどうかは車掌によっ
電車到着・通過
金谷川駅ホーム
て異なる.ミーティングでは,各放送について,評
(その他)
価した理由を含め話し合う.参加者だけでは活発な
次に停まる駅名
電車内:・
携帯利用の注意
金谷川∼南福島
英語での案内
話し合いが行われていないときには,参加者全員が
その放送について一度は発言できるように,筆頭著
者が司会役を務めた.
(その他)
次に停まる駅名
5.2質問票の結果
英語での案内
質問票の必要度とお節介度の評定尺度(5段階)に
感謝の言葉
ついて,必要である側から5,4,…1点,お節介で
新幹線乗換案内
電車内:
在来線乗換案内
南福島∼福島
到着ホーム番号
はない側から5,4,…1点を与えた.聞き取りやす
さの評定尺度(5段階)について,聞き取りやすい
側の5,4には1点を与え,聞き取りにくい側の1,
出口の方向
2には・1点を与え,どちらでもない3には点数を与
ドアの開閉方法
えず,合計点数がプラスの場合聞き取りやすい,0
忘れ物の注意喚起
の場合どちらでもない,マイナスの場合聞き取りに
(その他)
福島駅ホーム
くいと評価した.表3に質問票の集計結果を示す.
エスカレーターの方向
表3の結果より,ワー・一‘クショップ実施場所で流れ
エスカレーター利用の注意
る音声放送のうち,「ドアの開閉方法」と「エスカレ
(その他)
ー ターの方向」の放送を除き,必要度は3点(どち
新幹線案内
らでもない)以上となった.お節介度はワークショ
(その他)
ップ実施場所で流れる音声放送の全てで3点(どち
福島駅改札付近
らでもない)以上となった.っまり,ワv・・一・・クショッ
あるため,到着直前はあらゆる車内放送が流れる.
プ実施場所で現在流されている音声放送は,放送の
ワークショップには,この区間をよく利用し,慣
存在が否定されておらず,肯定的に捉えられている
れていると考えられる福島大学の学生20人(男子学生
放送が多いと考えられる.
9人,女子学生11人)が参加した.学生の年齢は19
また,お節介度が小さい放送ほど,必要度が小さ
∼ 22歳で,大学での専攻は様々である.1回の参加
い傾向がみられる.つまり,お節介である側に評価
者は2∼3名とした.これに著者を加えた3∼4名で
される放送ほど,不必要側に評価される傾向がある
実施場所を移動した.
と考えられる.
ワークショップは,現地作業とミ・・一・・ティングの2
表3の聞き取りやすさの結果から,福島駅ホーム
部構成となっている.全体で約2時間要する.
の「エスカレータs−一・‘の方向」,「エスカレーター利用
現地作業では,実施場所を利用しながら流れてい
の注意」の2項目が聞き取りにくいと評価された.
る音声放送を評価し,質問票に記入する.質問票で
その理由として,終着駅に到着したため電車内から
は,表2に示す放送にっいて,それぞれ必要度(必
一 度に大勢の人がホームへ出て,ホームが混雑して
いたことが考えられる.
要一不必要),お節介度(お節介ではない一お節介で
ある),聞き取りやすさ(聞き取りやすい一聞き取り
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
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表3質問票の集計結果
必要度
脳
電車到着・通過
表4ミーティング内容の分析結果
お節介度
善意
標準
平均
標準
りやす
儲
さ
雌
5
0.78
4.81
0.39
4.85
0.36
4.75
0.54
15
4.60
1.07
4.60
0.92
16
携帯利用の注意
3.00
1.12
3.40
1.36
12
英語での案内
ノ
(南福島行)
4.25
0.90
4.44
0.79
8
4.00
1.21
4.25
1.23
7
感謝の言葉
3.63
0.97
3.95
1.05
新幹線乗換案内
4.30
1.14
4.50
1.03
1
在来線乗換案内
4.30
1.10
4.55
1.02
4
到着ホーム番号
4.10
1.34
4.35
1.06
5
出口の方向
4.06
1.03
3.94
1.27
6
2.75
1.56
3.63
1.11
3
忘れ物の注意喚起
3.28
1.48
3.39
1.50
5
エスカレーターの
方向
2.75
1.35
3.93
1.18
3.53
1.26
4.43
0.73
8
4.00
1.16
4.33
0.79
4
(南福島行)
次に停まる駅名
(福島行)
英語での案内
(福島行)
ドアの開閉方法
エスカレーター利
用の注意
改札付近の
新幹線案内
効果なし
脇
平均
4.63
次に停まる駅名
社会的
聞き取
背景
電車到着・通過
2
次に停まる駅名
9
携帯利用の注意
1
1
英語での案内
9
1
感謝の言葉
10
獄
過半数
4
6
7
2
1
5
乗換案内
7
1
6
到着ホーム番号
1
2
4
出口の方向
3
忘れ物の注意喚起
3
エスカレーターの方向
2
エスカレーター利用の
臆
改札付近の
新幹線案内
5
2
1
4
7
2
7
1
3
2
4
1
2
ここで得られた結果から,その放送を何人の参加
者が善意,社会的背景,効果なしと評価したと考え
12
られるのかがわかる.表4にミーティング内容の分
析結果を示す.それぞれの要素と評価した人が多い
放送ほど,善意,社会的背景,効果なしと評価され
る傾向が強いといえよう.
5.3 ミーティング内容の分析
ミーティングの内容を,著者を含む5名で分析し
5.4検討
た.なお,現地作業時に放送回数が極端に少なかっ
表4より,放送が効果なしと考えられるものは「携
た「ドアの開閉方法」は評価理由が殆ど述べられな
帯利用の注意」である.また「感謝の言葉」「乗換案
かったため,分析から省いている.
内」「忘れ物の注意喚起」も効果なしとした人が一
分析方法は,放送ごとに特徴があると考えられる
定数いた.これらの効果なしと考えられる放送のう
善意または社会的背景,効果なしという要素にあて
ノ
はまると考えられる意見を選択した.この作業は5
ち,「感謝の言葉」と「乗換案内」,「忘れ物の注意喚
起」の放送は同時に放送を肯定させる要素である善
人独立に行った.ここで,善意とは「○○の為にこ
意または社会的背景と評価される傾向があり,効果
の放送はあるのだと思う」と言うように,自分以外
がないと思われながらもそれらの傾向により放送
の他者の目線で放送を評価し,肯定しているものを
が肯定されていると推測できる.つまり「感謝の言
指す.社会的背景とは社会や世間の影響を受けて放
葉」,「忘れ物の注意喚起」は効果がないとされなが
送を肯定しているものを指す.効果なしとは放送内
らも社会的背景に支持され,放送が肯定される.「乗
容(案内や注意)が実際に利用,留意されていない
換案内」は効果がないとされながらも,誰かの為に
状況を指す.
放送しているという善意に支持され,放送が肯定さ
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
6
N− 2015 一 19
れる.
らないよりは分かっていた方がいい.」という,自分
効果なしに該当する「携帯利用の注意」について
が放送を利用していることを表現している意見がみ
は,表3より必要度,お節介度ともに小さい.っま
られた.よって,「到着ホーム番号」や「出口の方向」
り,効果がない上に放送を肯定させる要素をもつと
は自分自身が利用している放送と考えられなくもな
評価される傾向があまりないため,必要性を最も感
い.また,表3において,「到着ホーム番号」と「出
じ難い放送であると考えられる.
口の方向」の放送の必要度やお節介度は全体の中間
また表3と表4より,放送を肯定させる要素の善
程である.これは,ミーティングで「到着番線も出
意と社会的背景を比較すると,善意と評価される傾
口の方向も,方向が分かるという点で同じこと言っ
向をもつ放送の方が,社会的背景と評価される傾向
ているが,これはあれば嬉しい情報」という意見が
をもつ放送よりも必要度が高く,お節介ではないと
みられたように,自分にとってあれば便利という程.
思われていることがわかる.表4より善意と評価さ
度のものだからであろう.
れる傾向のみある「次に停まる駅名」「英語での案内」
「乗換案内」と,社会的背景と評価される傾向のみ
6.考察
ある「感謝の言葉」「忘れ物の注意喚起」を,表3
6.1異なる視点からの評価の関係性
で比較すると,善意と評価される傾向が強い3つの
これまで視覚障害者,音に対して過敏な人,視覚
放送は,社会的背景と評価される傾向がある2つの
障害者と音に対して過敏な人以外の人(他の利用者)
放送よりも必要度,お節介度ともに大きい.つまり,
の3つの視点から音声放送を評価してきた.ここで,
放送が必要であり,そのことはお節介ではないと考
その関係性を整哩し,図1に示す.視覚障害者の評
えられているため,善意という要素の方が社会的背
価のうち,視覚障害者にとって必要な放送に対する
景という要素より強く放送の存在を肯定しているの
評価は,音に対して過敏な人の評価と対極にある.
だろう.
視覚障害者にとって必要ではない放送に対する評価
このように,他の利用者にとって,効果なしと評
は,他の利用者のそれらの放送に対する評価と同様
価される傾向がある放送,効果なし並びに社会的背
である.
景と評価される傾向がある放送,効果なし並びに善
音に対して過敏な人が,そうでない人々は,効果
意と評価される傾向がある放送,善意と評価される
の有無よりも善意や社会的背景を重視していると
傾向がある放送の順に,必要ではないと考えられる.
考えている点について,他の利用者や視覚障害者は
ここで,ホームでの「電車到着・通過」のお知ら
確かに一部の放送に対して,効果がないと評価する
せの放送に関して,表3より,必要度,お節介度と
と同時に,善意または社会的背景と評価し,放送が
もに大きいが,表4より善意または社会的背景と評
肯定されていた.しかし,善意と社会的背景は並列
価される傾向をもたない.っまり,この放送は自分
なものではなく,善意と評価される放送の方が,よ
自身が利用している放送であると考える.ミーティ
り強く肯定される傾向がみられた.また,他の利用
ングでも「電車が急に来ると驚くし,危ないから鳴
者自身が放送を利用しているため,放送が肯定され
った方がいい.」「遅延のとき必要.」といった,自分
ていると考えられるものも存在していた.他の利用
が放送を利用していることを表現している意見がみ
者自身が利用している放送は,視覚障害者にとって
られた.
必要な放送に含まれていた.
また,「到着ホーム番号」と「出口の方向」も表4
次に,音に対して過敏な人が特に許容できないも
において善意または社会的背景と評価される傾向
のとして挙げられた,テープ音,過剰な(エンドレ
がみられなかった.これらに関しても,ミーティン
スな)放送,お節介放送について検討する.
グで「出口と違う方に行くと恥ずかしいから,分か
テープ音と人の音声による違いに関しては,感謝
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7
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視覚障害者
音に対して
(必要な放送)
過敏な人
受容される
反対される
放送
放送
他の利用者
視覚障害者
(必要ではない放送)
効果なし,
善意と評価される
傾向がある放送
自分自身が
利用している放送
社会的背景と
効果なし,善意と
評価される 効果なしと
評価される
傾向がある放送 評価される
傾向がある放送
傾向がある放送
図13つの視点からの評価の関係
の言葉について,他の利用者の中でも「感情がこも
い」や「内容が入ってこない」という意見があった.
っていないから,テープ音だったら要らない」とい
乗換案内の放送が効果なしと評価される傾向があ
う意見があった.これは,音に対して過敏な人と同
るのは,情報が詳細すぎるからではないだろうか.
意見である.このように,放送をテープ音で流すこ
このように,放送の回数や情報量について,音に対
とについては,音に対して過敏な人と他の利用者で
して過敏な人と視覚障害者,他の利用者が許容でき
意見が一致する場合がある.
る範囲が存在する可能性がある.
過剰な(エンドレスな)放送に関しては,ワーク
お節介放送に関しては,そもそも他の利用者はワ
ショップ中にも実際に次に停まる駅名が5回放送さ
ー クショップ実施場所で流れる音声放送に対しては,
れたことがあった.しかし,次停まる駅名の放送を
絶対的にお節介であるとは評価していない.しかし,
必要としている視覚障害者からは,「次に停まる駅名
相対的にお節介であると評価される放送ほど,必要
は同一区間で2回でよい」という意見があった.ま
度が低く評価される傾向がみられる.視覚障害者は,
た,永幡[13]によると,情報が詳細すぎる案内も,
一 部の注意喚起放送に対して「(注意している内容は)
視覚障害者にとってあまり役に立たない.ワークシ
皆がすでに承知していることであり,常識であるか
ョップ実施場所において,福島駅到着前の乗換案内
ら,放送は不要である」と意見していた.このよう
は,例えば新幹線であれば「東北本線下り,やまび
に,放送内容に関して,一部の放送に対しては,音
こ○号,仙台行きは,新幹線ホーム○番線から,○
に対して過敏な人と視覚障害者,他の利用者から共
時○分」と放送される.このような新幹線乗換の放
通の意見がみられた.
送が3種類流れる.地方都市で,乗換案内を放送す
べき駅が少ないためか,各駅区間が長く詳細な内容
6.2ユニバーサルな音声放送の検討
を放送する時間があるためか,主要都市に比べて放
最後に,公共交通機関でのユニバーサルな音声放
送内容が詳細である.そのため,視覚障害者のイン
送についての検討を行う.
タビューで「ホーム番線を言われても場所がわから
第一に,音環境は人々の安全を保証し,そして健
ない」や「時間は前もって必ず調べているから言わ
康を害してはならないものである[7】.また,立場が
なくてもいい」という意見があり,また他の利用者
異なる者の意見がぶつかったときには,「どちらが危
のワークショップでも「次々言われても覚えられな
険か」を判断基準にし,危険を回避できる方法を優
日本音響学会 騒音・振動研究会 資料
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N−2015−19
先するべきである田.よって,音声放送の有無が命
また,ご議論いただいた福島大学永幡研究室のメ
にかかわってくる視覚障害者の意見を優先し,公共
ンバーに謝意を表す.本研究の一部は科学研究費補
交通機関で流すべき音声放送は,視覚障害者にとっ
助金基盤研究C(26350002)のネ甫助を受けた.
て必要な音声放送と一致させるべきであろう.ここ
で,視覚障害者にとって必要な音声放送はガイドラ
インで放送が義務付けられているものと一致してお
参考文献
り,さらに,視覚障害者にとって必要な放送には,
田松森果林,音のない世界と音のある世界をつな
他の利用者自身が利用している放送も含まれていた.
ぐ,(岩波新書,東京,2014).
次に,公共交通機関で流されるべきではない放送
[2]国土交通省総合政策局安心生活政策課,公共
は,視覚障害者にとって必要な放送以外の放送であ
交通機関の旅客施設に関する移動等円滑化整備
ろう.考え方として,命にかかわる問題ではない音
ガイドライン,(国土交通省,東京,2013).
である場合は,聞くことを望む者よりも,聞くこと
[3]国土交通省総合政策局安心生活政策課,公共
を望まない者の要求を優先するべきである[7】ため,
交通機関の車両等に関する移動円滑化整備ガイ
視覚障害者にとって必要な放送以外の放送は流され
ドライン,(国土交通省,東京,2013).
るべきではない.ここで,聞くことを望まない者と
[4]福田喜一郎,“文化騒音と権利放棄問題”,中島
は,音に対して過敏な人を指す.
義道,福田喜一郎,加賀野井秀一編,静かさと
また,視覚障害者にとって好ましい音は,他の音
はなにか,(第三書館,東京,1996),pp.7・30.
によってマスキングされてはならないと考えられる
[5]中島義道,福田喜一郎,加賀野井秀一編,静か
[7]ため,駅や電車内では,視覚障害者にとって必要
さとはなにか,(第三書館,東京,1996).
な放送以外は流されるべきではない.例えばエスカ
[6]永幡幸司,“音環境の政治的正しさをめぐって”,
レV−一・・ター一一・の注意放送が,視覚障害者が必要としてい
音響学会騒音・振動研究会,N・2008・50,(2008).
るエスカレーターの方向の放送を邪魔してはいけな
[7]Koji Nagahata,“SOUNDSCAPICAL
CORRE CTNESS REEXAM[NED”, Proc.
いのである.
さらに,公共交通機関で流されるべきではない放
inter“noise 2010, (2010).
送にっいて,少なくとも本稿でのワークショップの
[8】大門信也,永幡幸司,“街路に流されるBGMに
実施場所であるJR東日本,東北本線の金谷川駅か
対する人々の意識一福島市内におけるケースス
ら福島駅においては,最も必要のない順から,効果
タディー”,サウンドスケープ,5,35・44,(2003).
なしと評価される傾向がある放送,効果なし並びに
[9】中島義道,うるさい日本の私,それから,(洋泉
社会的背景と評価される傾向がある放送,効果なし
社,東京,1998).
並びに善意と評価される傾向がある放送,善意と評
[10]中島義道,加賀野井秀一,「うるさい日本」を哲
価される傾向がある放送と位置付けられた,
学する,(講談社,東京,2007).
文化騒音は日本の文化に根付いた頑固な問題であ
[11]押切みちる,聴覚過敏についての捉え方とその
るが,段階的に解決していくことで,ユニバーサル
対応,(福島大学卒業論文,福島,2014).
な音声放送を目指す必要があろう.
[12]“文化騒音”,音の百科事典,(丸善,東京,2006),
pp.806・808.
謝辞
[13]永幡幸司,“視覚障害者には役立たない視覚障害
インタビューにご協力いただいた視覚障害者の
者のための音によるバリアフリーデザインの事
方々,ワークショップ参加者の皆様に感謝致します.
例について”,騒音制御,29(5),390・3g6,(2005).
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