個体乳 FPD に係る調査試験

個体乳 FPD に係る調査試験
1.目的
FPD(freezing point depression:氷点降下)は、生乳の加水の程度を判定するために用
いられる。生乳の FPD は水よりも僅かに低く、これは凝固点降下によるものである。すな
わち、生乳に溶解している水溶性の溶質である乳糖、塩素、リン酸塩などの影響によって、
FPD が低くなる。このうち乳糖は最も高い割合で存在し、他の主要乳成分と比較して変動
も小さく安定している。従って水溶性物質によって決まる FPD についても比較的安定して
いると考えられ、FPD は外的要因による加水の有無を鋭敏に感知する指標として用いるこ
とができる 1)。
現在、北海道における FPD の指標は、-0.529○H 以上の場合には加水が疑われるとして
いるが、指標を決めた際の基礎データは、北海道酪農検査所が 1976 年から 1977 年に実施
した個体乳の FPD 調査成績によるものである 2)。今回、同様の調査試験を行い現行の FPD
基準値の妥当性を検証したので報告する。
2.方法
(1) 個体乳 FPD のデータ分析
平成 26 年 4 月~10 月間の北海道内における乳検加入 28 牛群の個体乳 1,015 試料を用い
た。乳成分体細胞数測定機による牛群検定検査前に、クライオスコープ(Advanced
Instruments, inc. Model 4250 Single-Sample Cryoscope)で FPD を測定し、検定情報と
併せてデータ解析を行い、個体乳 FPD の分布、検定情報との関係、変動要因などについて
検討した。
(2) クライオスコープ法と光学式乳成分測定機(FT+)による個体乳 FPD 値の関係
個体乳 1,015 試料をクライオスコープ法と光学式乳成分測定機(FT+)で測定し、FT+
の測定精度について検討した。
3.結果
(1) FPD データの集計結果
調査対象とした 28 牛群 1,015 検体の FPD データは、平均値および中央値である-0.547
○
H を中心とする正規分布を示した。FPD の最大値は-0.584 ○H、最低値は-0.504 ○H で
あった。
表 1 に牛群別 FPD データの集計値を示した。平均値は-0.5468○H で、牛群の最低値は
-0.540○H、最大値は-0.556○H であった。-0.529○H 以上の個体が存在した牛群は、全
28 牛群中 12 牛群(43%)であり、牛群中の個体割合は 2.1~7.2%の範囲であった。
個体乳全試料における FPD の標準偏差は 0.0080 ○H、牛群平均値から片側 99.0%の下限
値は-0.5282○H であり、牛群最低値は-0.522○H、最大値は-0.543○H であった。標準正
規分布表から求めた-0.529○H 以上の個体の推定割合は 1.3%であり、牛群最低値は 0%、
最大値は 4.1%であった。
表1 牛群別のFPD、乳成分および体細胞数の集計
個体乳FPD
検定月 牛群No
頭数
頭
6
9
8
5
6
6
9
6
5
9
7
8
4
9
4
10
5
7
5
7
5
7
10
4
8
7
4
6
計
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
≧-0.529H
≧-0.529H
牛群平均 の個体頭数 の個体割合 標準偏差
H
頭
%
28
34
48
38
21
43
40
28
10
44
28
35
40
43
26
61
35
18
41
9
47
41
71
49
15
66
14
42
-0.540
-0.541
-0.542
-0.542
-0.542
-0.543
-0.544
-0.544
-0.544
-0.544
-0.545
-0.546
-0.546
-0.547
-0.547
-0.547
-0.547
-0.548
-0.548
-0.549
-0.549
-0.549
-0.550
-0.550
-0.551
-0.551
-0.553
-0.556
1
2
1
3.6
5.9
2.1
1
2
1
2.3
5.0
3.6
1
3
1
1
3
3.8
4.9
2.9
5.6
7.3
1
1015
-0.5468
18
○
乳成分
片側99.0%
下限値
H
正規分布
確率
脂肪率
蛋白質率
乳糖率
体細胞数
%
%
%
%
%
千/ml
2.4
0.0055
0.0061
0.0066
0.0048
0.0051
0.0062
0.0063
0.0081
0.0026
0.0064
0.0054
0.0036
0.0067
0.0051
0.0075
0.0067
0.0077
0.0098
0.0112
0.0042
0.0055
0.0039
0.0111
0.0061
0.0067
0.0072
0.0041
0.0092
-0.527
-0.527
-0.527
-0.531
-0.530
-0.529
-0.529
-0.525
-0.538
-0.529
-0.532
-0.537
-0.530
-0.535
-0.529
-0.532
-0.530
-0.525
-0.522
-0.539
-0.536
-0.540
-0.524
-0.536
-0.535
-0.534
-0.543
-0.535
2.04
2.02
1.98
2.73
2.62
2.29
2.30
1.81
5.61
2.36
2.97
4.56
2.52
3.46
2.36
2.73
2.40
1.92
1.74
4.61
3.59
5.16
1.86
3.51
3.26
3.08
5.72
2.98
2.1
2.2
2.4
0.3
0.4
1.1
1.1
3.5
0.0
0.9
0.2
0.0
0.6
0.0
0.9
0.3
0.8
2.7
4.1
0.0
0.0
0.0
3.1
0.0
0.1
0.1
0.0
0.1
47.93
47.83
47.61
49.68
49.56
48.90
48.93
46.49
50.00
49.09
49.85
50.00
49.41
49.97
49.09
49.68
49.18
47.26
45.91
50.00
49.98
50.00
46.86
49.98
49.94
49.90
50.00
49.86
3.60
3.52
4.09
4.94
3.60
3.89
3.42
4.39
3.99
3.72
4.38
4.11
3.82
4.34
4.19
3.93
3.91
4.43
3.35
3.63
4.14
3.94
3.71
4.24
3.87
3.58
4.03
3.80
3.19
3.22
3.28
3.32
3.29
3.54
3.50
3.33
3.35
3.43
3.49
3.20
3.40
3.36
3.37
3.66
3.61
3.39
3.22
3.33
3.59
3.50
3.42
3.55
3.57
3.25
3.39
3.38
4.38
4.49
4.40
4.41
4.47
4.48
4.42
4.40
4.35
4.47
4.47
4.43
4.51
4.49
4.57
4.48
4.49
4.51
4.51
4.52
4.47
4.56
4.51
4.55
4.37
4.47
4.48
4.56
239
153
135
120
498
142
230
114
47
242
261
297
116
93
159
419
215
114
149
130
255
233
187
202
324
238
362
375
1.8
0.0080
-0.5282
2.23
1.3
48.71
3.93
3.41
4.48
219
○
H
-0.529H
のZ値
≧-0.529H
の個体推定
割合
○
(2) FPD の変動要因
1) 主要な乳成分濃度の影響
溶液の凝固点降下に影響を与えるのは、溶媒中の溶質であることから、乳の主要な乳成
分である脂肪率、蛋白質率、乳糖率の各要因が FPD に及ぼす影響について、分散分析によ
る要因の効果と寄与率を求め検討を行った。
各要因の区分と、分散分析によって求めた平均 FPD を表 2 に、各要因の効果と寄与率を
表 3 に示した。蛋白質率、脂肪率、および乳糖率の寄与率(分散成分割合)は、いずれも
10%以下であったが、FPD の変動に対して有意(P<0.01)な影響を与えており、3 要因の
中では、乳糖率の寄与率が 3.9%と最も高かった。FPD の上昇は、蛋白質率≦3.00%および
3.01-3.30%の区分、脂肪率は≦3.00%の区分、乳糖率については≦4.30%の区分において影
響が大きかった(P<0.01)。
交互作用を含めると、3 要因全ての交互作用の寄与率が 6%と最も高く、危険率 5%にお
いて有意な影響を与えていた。
表2 解析に使用した要因と要因区分およびFPD平均値
要因
A 蛋白質率(%)
区分
平均FPD
1
≦3.00
-0.544
2
3.01-3.30
-0.544
3
3.31-3.60
-0.546
4
3.61≦
-0.547
B 脂肪率(%)
区分
平均FPD
≦3.00
-0.542
3.01-3.50
-0.546
3.51-4.00
-0.546
4.01≦
-0.547
C 乳糖率(%)
区分
平均FPD
≦4.30
-0.542
4.31-4.40
-0.543
4.41-4.50
-0.545
4.51-4.60
-0.546
5
6
4.61-4.70
-0.547
4.71≦
-0.549
表3 各要因の効果と寄与率
要因
A 蛋白質率
B 脂肪率
C 乳糖率
A×B
A×C
B×C
A×B×C
誤差
平方和
0.00094
0.00140
0.00230
0.00116
0.00079
0.00096
0.00359
0.04849
自由度
3
3
5
9
15
15
45
923
F値
5.985
8.856
8.756
2.462
1.008
1.224
1.519
効果(P) 寄与率(%)
0.0005
1.6
0.0000
2.3
0.0000
3.9
0.0090
2.0
0.4441
1.3
0.2465
1.6
0.0166
6.0
81.3
2) FPD 区分別の乳成分および検定情報
個体乳を FPD で区分し、その乳成分、体細胞数、産次、搾乳日数、および日乳量の平均
値を表 4 に示した。FPD -0.539○H 以上の個体は、他の区分と比較し脂肪率、蛋白質率、
および乳糖率が低かった。
表4 FPD区分別の乳成分および検定情報の平均値
FPD区分
頭数
割合
頭
%
%
%
%
千/ml
産
日
kg
≧-0.529
-0.530~-0.534
-0.535~-0.539
-0.540~-0.544
-0.545~-0.549
-0.550~-0.554
-0.555~-0.559
-0.560~-0.564
≦0.565
全体
18
26
98
219
300
224
80
33
17
1015
1.8
2.6
9.7
21.6
29.6
22.1
7.9
3.3
1.7
100.0
3.54
3.88
3.71
3.84
3.95
4.03
4.12
3.97
4.25
3.93
3.27
3.17
3.08
3.27
3.43
3.55
3.60
3.68
3.70
3.41
4.27
4.36
4.44
4.45
4.48
4.52
4.54
4.52
4.49
4.48
227
114
177
219
169
317
235
197
162
219
3.2
3.2
2.8
2.7
2.8
2.7
2.5
3.2
2.7
2.8
237
166
137
171
211
250
252
267
253
209
30.2
29.1
33.6
30.9
28.8
27.2
28.0
23.4
26.7
29.1
脂肪率
蛋白質率
乳糖率
体細胞数
産次
搾乳日数
日乳量
(3) クライオスコープ法と FT+による個体乳 FPD の関係
個体乳 1,015 試料におけるクライオスコープ法と FT+による FPD 測定値の関係は、図 1
に示すとおりである。両法の平均値は、クライオスコープ法の-0.5468○H、FT+が-0.5462
○
H と近似値を示し、決定係数は 0.667 と強い相関性が認められた。標準誤差は、0.0046○
H と FT+の公称精度である<0.004○H を僅かに逸脱する程度であった。
28 牛群におけるクライオスコープ法と FT+による牛群平均 FPD の関係を図 2 に示した。
両法の平均値は、クライオスコープ法が-0.5466○H、FT+は-0.5457○H と近似値を示し、
決定係数 0.806 と強い相関性が認められた。標準誤差は 0.0017○H と僅かであり、高精度で
牛群 FPD の推定が可能であった。
4.考察
(1) FPD の指標
今回の調査試験では、約 2%の割合で加水が疑われる指標である FPD -0.529○H 以上の
個体牛が存在した。北海道酪農検査所が 1976~1977 年に行った試験成績では、個体牛 1,280
頭中 1 頭が最高氷点-0.522○H であり、大部分が-0.530○H 以上であったという報告 3)と
比較すると高割合であった。しかし、牛群中に FPD -0.529○H 以上の個体が存在した 12
牛群における個体割合は最大でも 7%程度であり、牛群平均 FPD についても最低値が-
0.540○H と異常値は示さなかった。
調査対象 1,015 頭の FPD 分布は正規分布を示し、統計上、個体の影響によって牛群全体
の FPD が-0.529○H 以上になるケースは、牛群の半数近くの個体牛が-0.529○H 以上にな
らないと起こり得ないと考えられた。また、個体牛 1,015 頭における FPD の片側 99.0%上
限値は-0.5282○H であり、現在、加水の疑いの有無を判定するために用いられている指標
値-0.529○H と近似値を示し、統計的にも現行の指標は妥当であると考えられた。
(2) 乳成分測定機における個体乳 FPD の測定精度
加水以外の要因として、個体の影響によってバルク乳 FPD が-0.529○H 以上になる可能
性も完全には否定できないため、その原因が加水あるいは個体の影響によるものかを簡易
的に判定する手段として、FT+による個体乳 FPD 測定の可能性について検討した。
公定法であるクライオスコープ法とスクリーニング法である FT+による個体乳 FPD 測定
値の関係は、標準誤差がメーカー公称精度から僅かに逸脱するものの、相関性も強く、平
均値も近似値を示し、スクリーニング目的の検査としては十分な精度を有していた。
(3) FPD の変動要因
主要な乳成分が FPD に及ぼす影響について分散分析を行って検討した結果、脂肪、蛋白
質、および乳糖は、いずれも FPD の変動に有意(P<0.01)な影響を与えており、成分濃度
の低下に伴い FPD は上昇する傾向が認められた。FPD 変動への寄与率は乳糖が 3.9%と他
成分と比較すると大きかったが、これは乳糖が水溶性物質の中で最も濃度が高いことによ
るものと考えられた。一方、脂肪および蛋白質の約 8 割を構成するカゼインは、乳中にコ
ロイド状に分散して存在する非水溶性物質であるが FPD 変動に関与していた。しかし、い
ずれの要因についても FPD の変動に対する寄与率は 10%以下であり、主要乳成分全体では
交互作用を含めても FPD の変動を 20%程度しか説明することができなかった。
乳糖による凝固点降下度を下記に示す公式に当てはめ試算したところ、
凝固点降下度⊿t(℃) = 18.5 × G/M
G = 100g の水に溶解した物質の重量、M = 溶解した物質の分子量
乳糖の分子量:342.2
乳糖率:4.50%、FPD:-0.545○H として
乳糖の凝固点降下は-0.250○H、一方、乳糖以外の水溶性物質による凝固点降下は-0.295
○
H となり、乳糖の影響度は計算上 46%であった。乳糖率が 4.50%から 4.00%に変動した場
合、乳糖率の変動のみを考慮した理論上の凝固点降下は、-0.028○H 上昇し-0.517○H と
なるが、今回の調査において乳糖率 4.00%以下の平均 FPD は-0.542○H であり理論値とは
大きな開きがあった。この乳糖率区分における平均体細胞数は約 100 万/ml と乳房炎感染が
疑われる個体が多数含まれていた。乳房炎感染では乳糖率が減少する一方、ナトリウム、
塩素濃度が上昇することから、溶質の相殺作用によって FPD がさほど変動しなかったもの
と考えられた。生乳の凝固点降下度の半分程度に影響を与えている水溶性微量成分の動態
は解明されていない部分が多く、乳房炎をはじめとする疾病や飼養環境など広範囲に及ぶ
要因が複雑に関与している。そのため、加水以外に考えられる FPD 上昇の要因を特定する
ことは困難であった。
5.参考文献
1) 生乳取扱技術必携, 第Ⅴ章 異常乳, 2.規格上の異常乳, (5)異物混入乳, ウ.加水乳, 北海
道酪農検定検査協会編集, 平成 24 年 10 月
2) 生乳取扱技術必携, 第Ⅵ章 生乳の検査, 第 12 節 加水検査(氷点測定), 北海道酪農検
定検査協会編集, 平成 24 年 10 月
3) 笹野貢、岡田迪徳、長南隆夫, 原料乳格付検査法の改善に関する研究, 日本畜産学会北海
道支部会報第 26 巻第 1 号, 1983
(小板英次郎、中川聡子)