Voice/Vocal大研究2015

音のゼミナール 2015 新春スペシャル
Voice/Vocal 大研究
2015 年 1 月 23 日(金)国立能楽堂大講義室において、音響家にとって基本中の基本となる「声」
「音声の伝達と表現」をテーマとして、録音、拡声の在り方について学ぶシンポジウム、
「Voice/Vocal 大研究」が開催されました。幅位広い立場の音響家、さらには、声楽家、アナ
ウンサー出身のテレビプロデューサー、映画監督を講師・パネリストとして招聘し、専門分野
ごとの「声」に対する技術的なアプローチ、考え方等を披露していただきました。
進行は2部構成で、第1部では各講師が声楽(クラシック)、テレビ番組のナレーション、日
本の伝統芸能の音声、映画(演出)の台詞・モノローグ、映画(録音)の台詞、ボーカル録音、
スピーチの PA について発表、第2部では八板賢二郎会長を座長としディスカッションを展開い
たしました。
なお、このセミナーの開催にあたっては、協同組合日本映画・テレビ録音協会様、国立音楽
大学様、エルシー電機株式会社様のご協力をいただきました。【実行委員:糸日谷智孝】
第1部
様々な立場の「声」のプロフェッショナルが伝達と表現の世界を披露
1.小川
哲生
声楽家が語る「声」
30 年以上国立音楽大学で、声楽の指導を続けてまいりました。声楽家を志す勉強は変声期を
すぎて、身体的にもある程度「楽器」として使えるようになってから始めるものですから、ど
うしてもそんなに早くから声を出す勉強はいたしません。
有名なテノール歌手のペーター・シュライアーのように少年合唱団出身の歌い手もおります
が、少年少女合唱団で歌っていた人は、やはり変声期を迎えると急に声が変わってしまって、
コントロールが効かないことが多いです。
声がいいだろうということで音楽大学に進むということがよくあり、即席で受験曲のみ勉強
するという学生もおります。You Tube は大変貴重な資料などもあり、解かった上で使う分には
有用ですが、安易に真似をする使い方はよした方がいいです。私は生徒にあった指導方法をと
っているつもりですが、特に「高い声を意識しすぎる」とあまり声が出ないという状況が多々
起こります。過剰な意識で喉が締まってしまうので、高さを忘れれば多分高い声は出ます。
ここで陸上競技での一つの例ですが、「走り高跳び」では「高いという意識」を持つともうその
時点で跳べなくなりますから、ベッドに競技のバーをおいて、寝ている自分よりほとんど変わ
らない高さにバーがあることを意識するそうです。つまり楽にクリアできるということを自分
に言い聞かせて挑むのです。こんなイメージトレーニングも大切だということです。
「歌の勉強の一番難しいこと」は、「内耳」から聞こえる自分の声と、「外耳」から聞こえる声
の違いを理解することです。
誰もが録音した自分の声を「こんな変な声じゃない!」と思うのですけれど、外耳で聞こえ
てくる声というのがこんなにも違うということが理解できて、そのギャップを埋めていけば歌
はそんないコワイものでは無くなっていきます。
自分の出している声が嫌だなと思ってしまうと中々克服するのが難しいのですけれど、
(私は
学生にレッスンで録音するのを認めていますが)録音の手を借り、ギャップを埋めていくこと
が進歩につながるからです。
私の考えですが多分、声については親の影響も相当受けていると思います。成長していくま
でに親の声しか聞いていませんし、その状況では、声帯が反応して無意識のうちに親のように
出しているのではないかと思います。生徒の家に電話をした際も本人と間違えてしまうことも
よくあります。皆様もそういう経験があると思います。
「声」というのは声帯が同じように共鳴するというか反応するものですから、「体の録音装置」
として、そこに残って行くような気がします。
「倍音」つまり自分の実際に出している音以外に、共鳴するいくつかの音があるのですが、
イタリアに留学した私の生徒が、教会でクラスメートが歌っているのを聞き、その豊かな「倍
音」に驚いたそうです。日本では日常教会で歌うことがないので、響きの積み重ね(=倍音)
を体験として感じることが少ないかも知れません。
発声を教えるときには、非常に抽象的な言葉でしか言えないものです。例えば「頭の上に箱
をイメージしてください」とか、「ピアノの共鳴板があると思ってそこに声を当てなさい」とい
うように。あまり注文が多く指摘されてしまうと萎縮がおこりますから、むしろ他の作業など
しながら歌うと、非常にリラックスしていい声が出ることがあるのです。
2ヶ月前、ベトナムに出張で現地の学生に歌唱指導をしてきたのですけれど、
「いい声」 「高
い声」が出てはいるけれど、リラックスした声はでない。声はとてもデリケートですね。出来
るだけ緊張させない状況をつくりましたら、楽に声が出るようになりました。
確かに声楽の原点は「正しい発声」によって歌うことです。けれども一番大切なことは、歌
詞の内容やその背景が解ったうえで、作曲家の伝えたかったことを、声楽家の喉が言葉という
声で参加すること。
まず何を表現するか、どんな声のカードを選ぶか、数ある引き出しを練習の段階から試してみ
る。=そこで表現が決まってくると思います。
2.宮本
聖二
テレビ番組におけるナレーション、語り
アナウンサーとし NHK に入局しましたが、その後番組を作りたくて制作に職を変え、報道局
でニュース番組「おはよう日本」「ニュース7」のディレクター、プロデューサーをしてまいり
ました。NHK では比較的制作ジャンルの幅が広く、地方局では「のど自慢」、地方発「ドラマ」、
東京では報道番組「クローズアップ現代」、さらに「戦争証言プロジェクト」「東日本大震災証
言プロジェクト」に携わり、現在は放送研修センターで人材育成にあたっています。今日は、
「ア
ナウンサー」「語り」にテーマをおきお話をしたいと思います。
1、アナウンサーの仕事
アナウンサーは声を使ってのテレビ・ラジオにおける情報の「伝え手」ですが、その仕事は
大きく2つに分けて「話し言葉」と「語り言葉」の使い手と分けられると思います。
「話」というのはスタジオで人に話を聞く、あるいはニュースで画面に顔を出して伝えるとい
うのもどちらかというと「話」に近い部分ではあります。
今日は、その中の「ナレーション」、これは主に焦点を VTR 構成番組の「語り手」ということ
にさせていただきます。VTR 構成番組は何かと申しますと、代表的なものは報道、紀行とか「ド
キュメンタリー」の番組です。
そもそも「テレビ」と何かを確認してみますと、テレビは、映像と音声の組み合わせによる、
情報を伝える、表現するメディアです。映像(絵)はまさに映像と、ときには CG、アニメと字
幕、音声は、例えばドキュメンタリー等の現場で録った自然音(雑踏も)、後からつける効果音・
音楽、インタビュー、そしてナレーションということになります。
《NHK 戦争証言アーカイブス「沖縄戦」「絵のみ」の VTR と「ナレーション入」VTR を再生》
Ⅰ、「絵のみ」の VTR・・・沖縄の「美しい景色と観光客」
Ⅱ、ナレーションが入った VTR
「琉球王国として独自の歴史と文化をはぐくんだ沖縄。いま年間500 万人の観光客が訪れて
います。」「この美しい島で、アメリカ軍と日本軍が住民を巻き込んで激しい戦いを行ったので
す。」
テレビ番組の特性でいうと映像があり、図や字幕があって情報を伝える、全く無音の「南の
島の景色」にナレーションをつけることによってかなりの情報が伝わると思います。
2、ナレーションとは何か
ナレーションとは何かということを考えたときに、ドキュメンタリーにおいては、物語を前
へ進める「エンジン」というか「モーター」の役割だと思います。
良いナレーションとは、1:情報を正確に伝えている、2:全体の構成を把握している、
3:映像に合っている(合わせている)、4:音楽と連携ができている、5:テーマに相応しい
「口調」「語り口」、と言えますが、今回、改めて考えてみると、というか意識をしていなかっ
たのですが、テレビの「ナレーション」は何となく不自然な存在だなと気付きました。
「映像の背後で話している、
人
この人
はいったい誰?」「いったい、どういう立場で
この
は語ってるの?」ナレーターが喋っていますけれども「こいつって一体誰なのだ」、ニュー
スであればキャスターが顔出しをしている訳ですけれど、ドキュメンタリー番組のナレーター
は一切顔が出てこないのです。極めて不自然で、「一体誰のか」というということを考えてみる
と、この人は「番組」という非常に抽象的な「番組そのもの」であろうかと思います。
だからこそ、ナレーションというのはかつて NHK の中で、ナレーションは聞いている人に何
か押し付けるものではなくて、極めてニュートラルな存在で、冷静に読まないといけないので
はないかという議論が行われた時代がありました。
その後、20 年くらい前でしょうか。反対に単にニュートラルに全部同じトーンで読んでいけ
ばそれは誰の心も掴まないのではという議論があり、現在では「やはりそうではない、番組や
個々のセンテンスの持つ意味に合わせて口調を変えていかない限り、伝わらないのではないか」
という考えになりました。
不自然であるからこそ、「語り手」は、独自の口調を持ち、強調し、ささやき、シーンに(相
応しい)空気を作る、放送の送る側(作り手)と受ける側(視聴者)を結ぶ、結べなければ何
も伝わらないし、言葉は虚空に飲み込まれていってしまいます。
映像や構成にマッチしていなくければならないし、全体の内容、メッセージを把握し、受け
手に届けなければなりません。ちまり、作り手の一人でありつつ、受け手側に立つ、作り手と
受け手(試聴者)をつなぐ役を担っているのです。
今はきちっと読み手が、それは番組に寄り添った形ではありますが、独自の口調を持つ、
実は今アナウンサーが読まない、俳優さんが読むというケースが増えています。
「伝え手」が「受け手」に対して、演技に近い形で伝える、そういう時代になっているのか
なと思っています。
3、「伝える」ということ
ナレーターは中々難しい位置付けで、実は今再生した「沖縄戦」の VTR は私が自分で読んで
います。編集も自分でして、テキストも全部自分で書いて自分で読んで、収録をしているので
すけれども、いくつかそういうことをしてみて、「危うい」と感じたことがあり「実は番組は良
くならないな」ということが最近つくづく分かりました。
それはどういうことかというと、実はナレーターというのは、「作り手」のひとりではない方
が良いのかな、ということを最近感じています
やはりあくまで「語り手」になって、番組を創る側と視聴者の間に立って、番組を解釈して
伝えるという意識を持たないとどうも伝わらないのではないかという気がしています。
《「NHK スペシャル
日本人の戦争
第2回」冒頭を再生》
「太平洋戦争の開戦から、今年で70年。あの戦争を体験した人が
誰もいなくなってしまうときが、近づこうとしています。
激戦の地・ニューギニアから生還した
岡今朝象(けさぞう)さん。」
このナレーションは長谷川勝彦さんですが、お聞きいただいて分かると思いますが、独特の
癖がありますけれども凄くこころを掴むナレーションなのですね。
最初にご覧頂いた私のナレーションなどと全然趣が違って、しかも長谷川さんが入ることに
よって情報量は、実はゆっくり話しておりますので減っています。
自分でやれば、とにかく伝えたいことがあるのでやたら情報量が多くなります。しかも番組
の責任者なのでついついそのままやってしまう。
そういう意味でいうとやはりテレビ番組に、この後映像に関しては、高木さんのお話もある
のですが、テレビの特に情報を伝える番組というのは、「情報量をどこまで落として、それでい
てきちんと伝えるようにするのか」、ということが非常に重要なポイントかなと思います。
3.八板賢二郎
日本の伝統芸能と音声
1、日本人の脳と音
日本の伝統芸能を鑑賞していると眠くなることが多いのですが、海外で上演すると観客は
目を輝かせて鑑賞しています。珍しいということもあるのでしょうが、そればかりではなさ
そうです。
音はどこで聞くのかというと、それは脳です。耳から入ってきた音波を脳で分析し、それ
に反応して、心地よくなったり、嬉しくなったり、恐くなったり、感動したりするのです。
人間の脳は右と左に分かれていて、それぞれ反応が異なります。左脳は主として言葉を処理
するので言語脳、右脳は音楽などを処理するので音楽脳と言います。
日本人は、他国の人たちと比べると、音に対する反応が異なっています。西欧人は子音を言語
脳で聞き、母音は音楽脳で聞くが、日本人は子音も母音も言語脳で聞いています。日本語は、母
音が聞き取れないと正確に伝わらなかったりします。
日本の伝統楽器のほとんどは、中国や朝鮮半島から伝わってきたものですが、自分たちのため
に改良しています。それを分析してみると母音成分が強調されています。
小鳥の囀りや虫の声などは母音成分が含まれているので、これらの音を日本人に限って言語脳
で聞いるといわれています。昔、日本を訪れたウィーン国立歌劇場の音響技術者一向は、ホテル
の庭で啼く虫の声をスピーカノイズかと思った、と言っていました。
母音で歌うハミングも、西欧人は音楽脳で反応するのに、日本人は言語脳です。日本の伝統音
楽にハモっている曲がなくユニゾンばかりというのは、言語脳で作った音楽だからではないでし
ょうか。また、義太夫節(ぎだゆうぶし)・浪曲(ろうきょく=浪花節)・演歌(えんか)のよう
に、母音を伸ばして抑揚を付けて歌う(語る)のも母音重視国の特徴ではないでしょか。
このように、日本の三大演劇である能楽・文楽・歌舞伎を始めとして、母音が主役の国で生ま
れ育った特異の演劇なのです。
2、能楽
演劇のルーツは物語を語ることです。
能は太鼓・大鼓・小鼓・笛(四拍子=囃子)の器楽演奏と、8人のコーラス隊(地謡=じうた
い)の伴奏で、シテと呼ぶ主役の演技に注目させる演劇です。
この時代には、まだ三味線はないのです。
能の言葉を詞章(ししょう)と呼びますが、母音を伸ばして抑揚を付ける声明(しょうみょう)
のようです。国語辞典によると『声明とは、仏教の経文を朗唱する声楽の総称で、インドに起こ
り、中国を経て日本に伝来した。法要儀式に応じて種々の別を生じ、また宗派によってその歌唱
法が相違するが、天台声明と真言声明とがその母体となっている。声明の曲節は平曲•謡曲•浄瑠
璃•浪花節(なにわぶし)•民謡などに大きな影響を与えた。』とあります。
詞章は五七調または七五調になっています。これは日本人にとって語りやすく、聞いて心地よ
く、覚えやすいのでしょう。例えば有名な「高砂」という曲では『高砂や、この浦船に帆をあげ
て、この浦船に帆をあげて、月もろともに出汐(いでしお)の』となっています。
能は、元々、屋外でやられていたので残響はなく、そこで生で響くように発声しています。だ
から、大きいというより強さがあります。
3、浄瑠璃(じょうるり)
能楽が成立した頃、琵琶を弾きながら平家物語を語る「平曲(へいきょく)」が流行しました。
牛若丸と浄瑠璃姫(じょうるりひめ)の恋を題材にした曲が評判となり、それ以来、平曲を「浄
瑠璃」と呼ぶようになったのです。
その後、琉球(沖縄)から三線(サンシン)が大阪に伝わり、それを琵琶のバチで弾いて、弦
の1本を棹に触れるようにして倍音を増やして、余韻を長くしました。これを「サワリ」と呼び
ますが、このサワリが三味線の特徴なのです。そして、三味線によって日本の芸能は大きく変わ
ったのです。
4、文楽(ぶんらく)
人形浄瑠璃と呼ばれて、三人で一つの人形を操る人形劇「文楽」の伴奏は、「義太夫節」にな
ります。義太夫節は竹本義太夫が創ったもので、近松門左衛門が書いた脚本を義太夫節に仕上げ
て人形劇を上演し評判となりました。
義太夫節は、ナレーターの役でもありますが、登場する人形の台詞を一人で担当します。老若
男女の声を一人で演じます。三味線は「合の手(あいのて)」のように、語り言葉の合間に演奏
します。
語りをする太夫は、腹式呼吸の息を整えるために腹帯を下腹部に巻きつけます。また、小石や
砂を詰めたオトシと呼ばれる砂袋を下腹に入れて、図太い声で独特の語りをします。能や平曲と
同じように母音を伸ばして語り、抑揚を付ける部分が多いです。
5、歌舞伎
歌舞伎が成長したのは、文楽によります。
文楽で評判になった作品は即、江戸の歌舞伎劇場で上演されました。義太夫節の台詞部分は俳
優がしゃべるようにして、情景や登場人物の心境はそのまま義太夫が語るようにして上演したの
です。
人形劇は、人形が小さいので小さい劇場向きですが、歌舞伎は大袈裟な演技をして大きな劇場
でも演じられるように創られています。
歌舞伎も、名場面になると台詞は七五調になっています。これも歌舞伎の特徴です。こういう
台詞は庶民も覚えてしまい、酒席などで余興としてやっていたのでしょう。
例えば、『知らざあ言って
聞かせやしょう。浜の真砂と
五右衛門が、歌に残せし
盗人の、
種は尽きねえ七里ヶ浜・・・』です。(青砥稿花紅彩画=弁天小僧)
舞踊劇の伴奏は三味線音楽で、義太夫節の他に、語り物の常磐津節(ときわづぶし)・清元節
(きよもとぶし)、そして歌の要素を持った長唄(ながうた)などを用います。いずれも、合唱
部分はユニゾンです。
6、演芸
劇場の芸能として寄席芸があります。
落語・漫才・講談・浪曲などを、演芸場で演じます。浪曲は浪花節というのですから大阪発祥
です。
PA装置のない時代ですから、能・文楽・歌舞伎と同様に肉声で演じるのが決まりです。
それでも、浪曲などは大きな会場で演じることもあったのでしょう、そのために声を潰して胴
声(どうごえ=だみ声)にして、図太い声にして演じます。歪ませた音声は倍音が多く含まれて
いて、遠くに伝達するための工夫でもあります。上野のアメ横などに行くと、だみ声で客引きを
やっている店もあります。また、大阪の落語家や漫才師にも、だみ声の人が多いです。
7、座敷芸
以上は劇場で演じられる芸能ですが、この他に座敷芸というのがあります。酒席などで演じら
れる舞や踊りであって、その伴奏の多くは三味線音楽です。多くは京阪の芸能で上方舞、京舞な
どと呼びます。
踊り手を「立ち方(たちかた)」と呼び、演奏者を地方(じかた)と呼びますが、上方歌、地
歌などとも呼びます。
歳を召した方が多く、劇場で演じるときはSRが必要になります。そのときは、座敷の雰囲気
を重んじて、マイクは目立たないように、声に潤いを付けて若返らせる程度にし、音像が大きく
ならないように、こぢんまりとした音にします。
8、伝統芸能と音響
伝統芸能の音響デザイナーは、伝統を破壊しないように監視する役です。そして、できるだけ
生で、SRをしても「生らしく」するのが基本です。ただ、外国語に比べて母音が重要な役割を
果たしている日本語をSRして「生らしく」聞かせるのは難しいです。
このような音声のSRは、観客席で聞いてみて、不足している周波数成分だけをプラスすれば
良いのです。イコライザを調整しているようなものです。低音過多は音像をバカでかくしてしま
い、高音は音像方向をスピーカ方向にしてしまいます。
生に聞かせるステルスSRは、音量・音質・時差(ハース効果)を考慮してデザインします。
国立劇場の歌舞伎は、部分的にSRしていますが、フットライトに仕込んだマイクで収音して、
プロセニアムスピーカにそれぞれ時差を付けています。ステルスSRは、ポップノイズやハンド
リングノイズなどがあったら観客にバレてしまいますので、ワイヤレスマイクは使用しないです。
屋外でやる薪能は PCC-160 等によるSRが主で、ワイヤレスマイクは補助的に使用するようにし
ています。
4.高木
聡
映画における台詞&モノローグ
私は、「映画は自由である」と考えています。そして、自由というのはどういう意味かとか、
決まっていない形をどうやって形づくるのかと考えていくプロセスこそが大事だと思っていま
す。
今回のセミナーは「声」がテーマですが、私は、映画における「台詞」と「モノローグ」に
ついていつも考えています。
「台詞」というのは役者どうしが「会話」をすることで「物語」を理解させたり、あるいは、
感情を言葉にしてぶつかり合うことで、物語の中に見ている人を引きずり込んでいくものです。
「台詞」にはリアリティが必要だと思っています。声だけではなく、間(ま)や、空気感、
その場というのをどれだけリアルに作れるかがすごく大事なのです。あるシーンに対して、そ
こで起きていることをありのままに「記録する」のが「映画」であるとも思っているので、リ
アルであることは、とても大事なのです。
1、映画「ハジマリノオワリ
おわりのはじまり」のあるシーン
①モノローグから台詞
「物語の中で、台詞とモノローグを混在させる」映画を作りたいと言う構想から、この映画
は生まれました。「台詞」については、「同時録音」でリアリティを出したい。一方、「モノロー
グ」は心象風景です。先ほどの宮本先生の話にありましたとおり、ナレーションは単なる説明
ではなく「語り手」ということになりますが、「モノローグ」というのは心の声、あるいは、心
の「ある階層」に存在する声なのではないか、と考えます。あるいは言葉になる前の言葉のか
けら、断片のようなものかも知れません。リアルな言葉と心象風景が混在する世界を表現した
かったのです。
②(同シーンで)複数のモノローグが混在するシーン
複数の演者のモノローグが混在することで、同じ時間にこの物語が存在することを表現しま
した。また、何か一つの方向に物語が向かっていくことを表現したいとも考えていました。映
画の中で、同時に「モノローグ」があるとどういう感じになるのか、mix されるとどうなるのか、
それをコントロールすることで、観客の心に生まれていく感情を創り出したい。芝居(セリフ)
から声だけ(モノローグ)になった瞬間にうまれるもの、場所の概念を超えていくもので物語
を紡いでみたい。そのように考えました。
撮影時のエピソード。実際にある駅で撮影しましたが、完全な屋外ロケなので何が起こるか
本当にわからない状況でした。その場で本当に起きている事柄を画に残し、音を録る。
ここでも「同時録音」にこだわったのですが、いつしか役者は周りの音に反応しながら芝居を
するようになりました。これも一つの「リアル」だと考えます。この撮影は、予算がなくワイ
ヤレスマイクロホンを使える環境になかったので、ピンマイクをハンディレコーダにさして、
役者が自分で REC ボタンを押す、という少々荒っぽい方法で録音しました。役者には、自分の
音声レベルを知るとか、マイクロホンの扱いなど録音に対して出来るだけ知り、慣れて欲しい
と考え、その分リハーサルは繰り返し行い、役者が「自分の録音レベルは自分で決める」とい
うレベルまで
演技指導
しました。そうした中で生まれたリアルだったのだと思います。
2、あるミュージックビデオの制作から
「台詞」と「モノローグ」と言うことを考えるようになった過程を言いますと、私は、20
年ほど前からミュージックビデオの制作をしていますが、その中で制作した、とあるアーティ
ストの作品がヒントとなっています。これは、役者であり、唄い手でもあるアーティストが「歌
詞であり台詞である」という感じを出せないだろうかと思ってつくったものですが、このとき
も「同時録音」と「モノローグ」を混在させました。ミュージックビデオもまた、自由である
べきだと考えています。
3、想像力
一番重要なことは何かというと、例えば台詞だけで音楽を感じさせたり、映像だけで音楽を
感じさせたり、想像する余地を与え、想像力を喚起して、観ている人から何を引き出せるかだ
ということだと思います。
映画は見ている人の中で、その物語が完結します。観客一人ひとりのこころ、気持ちの中で、
それぞれのスキマを埋めるような何かが拡がっていくような映画を創っていきたいと常に考え
ています。
5.高橋
義照
映画の録音における「台詞」「声」
1、映画における、「同時録音(シンクロ)」と「アフレコ」について
①同時録音(シンクロ撮影)
「マイクロホンを通して音声を収録すること以外に同時録音に必要な条件としてシンクロ、即
ち映像との確実な同期を得ることが最重要ポイントであり、このこと無しに同時録音を行うこ
との意味はあり得ない。」
同時録音(シンクロ撮影)とは映画のみならず映像を撮影する現場で音声を同時に収録する
ことを言い、主として Dialogue(台詞)の録音を目的とします。
同時録音は俳優の所作やその場の雰囲気までも取り込み、映像に対して臨場感に溢れた台詞
の収録を行うことができます。収録に用いられるマイクロホンは映像の画面の外からの収録に
なるため、アップサイズでは台詞に近い位置から、またロングサイズでは台詞に遠い位置から
の収録となり、それは画面のサイズにフィットしたリアルな聴感を得ることができます
同時録音では明確で良質な音色の台詞を得ることが目的ですが、画面内の雰囲気に適さない
物音や、雑音をできる限り排除するように注意することも心掛けなければいけません。
映画の同時録音では録音技師(ミキサー)とチーフ助手、マイクマン(ブームオペレータ)
の人員配置で構成され、マイクマンはその作品の規模によって二人であったり三人であったり
する場合もあります。
使用されるマイクロホンは一般的にガンマイクと呼ばれている超指向性マイクロホンが多用
されます。マイクを向けた方向の音声を際立たせる効果があり、台詞の収録には欠かせないマ
イクロホンです。定番はSENNHEISER(ドイツ)のMKH−416,MKH-816 が有名で、特に日本の映画
や TV 放送では好んで使用されています。
「撮影に使用されるマイクロホンの内、現在では欠かせないものにワイヤレスマイクロホンが
ある」
これは送信機に極小のマイクロホンを繋ぎ、ミキサー側の受信機で受ける方法であり、小さ
な送信機は俳優のポケットやシャツの中などに隠し、マイクロホンは衣服の下や、ネクタイに
埋め込みます。また、女性の下着に固定し、ガーターベルトをしてもらい、それに括り付けて
スカート内部に隠すなどの方法、時代劇の場合などにはカツラや兜の廂に映像に写らないよう
に取り付けられる場合もあります。
このマイクロホンの場合は、口に近い位置にあるので、音声的に近接した条件で収録出来ま
すが、衣擦れや台詞の息の吹き(ポップノイズ) 等に注意をする必要があります。
アクションで振り返りや首を動かすなどの場合には、マイクロホンの指向特性範囲を越えて音
声がぼける場合もあり、その取り付けには神経を使うことになります。
この機種に限り電波法による出力の制限や使用周波数などの影響で外国製品の数は限られて
おり、一般的には比較的国産のものが使用され、映画的にはラムサが使用されることが多いで
す。マイクロホンは無指向性のマイクロホンが使用されます。
②アフレコ・ ADR(After Recording or ADR )
同時録音を行う際にはいろいろな障害がつきものであり、例えば外での撮影(オープンロケ)
では思いがけず現場近くで工事をしていたり、照明用のジェネレータからの騒音が大きすぎた
り、強風等によりマイクが吹かれ、ノイズが乗ってしまうなどの条件で同時録音が使えない場
合、また製作的諸条件からキャメラと俳優以外はその場所に行けないなど、いろいろなケース
があり、その場合はスタジオでのアフレコ処理ということになります。
また、同時録音はうまく処理できていたのだが、演出的に一部セリフを変更したいとか、編
集上カットとカットのセリフのつながりが悪く、またがるセリフを正常な状態にしたいなどの
理由からこれらをアフレコで直そうという場合もあります。
基本的にアフレコは映画の場合はフィルムを映写して、ビデオの場合は当然ビデオをかけな
がら行ないますが、最近の映画ではフィルムからビデオにトランスファーして行う場合が多く
なっています。
(フィルムからビデオにする作業はテレシネとか F-V といった表現が使われる)
この場合にはビデオを使ってアフレコしても最終的にフィルムに合う為の処理が必要となり、
これには同期の問題が大きく影響することになります。
以前はアフレコしたい部分のフィルムをループにし、映写機を廻しっぱなしにして行ったり
していましたが、現在ではフィルムを使うことが少なくなり、ほとんどの場合、QuickTimeムビ
ーなど、コンピューターベースでの作業が多くなっています。
「日本では以上の方法でアフレコをするのだが、ハリウッドなどではアフレコの設備が充実
しており、殆どの映画は全てアフレコで行われる場合が多い。」
これは日本とハリウッドの根本的映画録音のプロセスの違いからくるもので、日本では同時
録音が基本であり、ハリウッドではセリフは「アフレコが基本」といっても良いくらいです。
ハリウッドの映画は世界中に販売することを目的に創られており、台詞の差し替えは必須の作
業なのです。
ハリウッドでは After Recording と呼ばず、ADR(Automated Dialogue Replacement )
と呼んでいます。
2、ダイアローグ(台詞)
映画の音の中でセリフが特に重要であることは言うまでも有りません。セリフはコミュニケー
ションツールとしての言語そのものであり、ドラマであれドキュメンタリーであれ、作品のメッ
セージをもっとも正確に観客に伝える役割を担っています。したがって「整音」にあたっては、
そのメッセージが観客に確実に伝わることを第一の目的としなければなりません。
①イコライジングの重要性
同時にEQを用いた音質補正も行います。映画のサウンドがモノラルであった時代では、セリ
フのイコライジングは特殊技術として経験による技術が必要な作業でした。映画のサウンドは画
像の横に付随するわずか 1.6mm のサウンドトラックに焼き付けられています。
ダビングスタジオは映画館のシミュレーション、すなわち映画館でどのように聞こえるか検
討する場でもありますが、かつては、映画館、試写室、ダビングスタジオそれぞれの再生環境、
再生音量が異なり、大きな違いがありました。
当時の光学録音は周波数特性が、例え良くても 65Hz
8KHz 、ダイナミックレンジも極端に狭
く、現場で収録した音がいくら素晴しくても、光学録音後には明瞭度の低い音質で再生されが
ちでありました。そのため、フィルムに焼き付けられたときの音を見越し(所謂フィルムロス
を見込む)、セリフの低域をカットしたり中高域をブーストしたりする必要もあり、それをどの
程度の範囲で行うかは、ダビングスタジオや映画館の音響特性と光学録音機の持てる特性を熟
知した経験豊富な録音技師だけが行える作業であったのです。
今なお、映画録音にとってダイアローグのイコライジングは重要な項目です。
②映画館におけるダイアローグ
ドルビー研究所の光学録音に対する貢献無しに現在を語ることはできませんが、映画館は大
きな空間であり、吸音処理がされているとはいえ反響は大なり小なり存在します。スクリーン
からの距離が数 10m も離れる後部座席あたりでは高域特性も落ちます。映画の音場再生環境は、
テレビなど画面から至近距離で鑑賞される場合とは大きく異なる、つまりテレビでちょうど良
く再生される音がそのまま映画館で通用するわけではなく、ダイアローグの明瞭度を維持する
ためには適度な音質補正を行うことが望まれます。
人間の声は概ね中心は250
高域は7kHz
4000Hzの範囲であり、セリフを中心としたイコライジングの場合、
10kHz位の帯域までが必要帯域と考えて良いでしょう。
低い周波数帯域については風によるマイクの吹かれや、ブームマイクのアレンジによる低域
ノイズ、また現場録音につきもののあらゆる低域ノイズを削減するためにハイパスフィルター
(HPF)を用い、ダイアローグの音質変化に影響しない80∼90Hz 辺でのカットオフは有効です。
映画館という劇場、最終的にお客様が鑑賞する空間においては、
「セリフの距離感」
「サウンド
のつながりとアンビエンス」と多くのキーポイントがあります。「ダイアローグの定位」につい
て言うと、トーキーの出現以来、映画のダイアローグはスクリーンの中央から出力されるのが原
則です。このセンタースピーカの存在こそが映画音響とホームオーディオの大きな違いなのです。
映画館ではスクリーンバックにLch、Cch、Rchと3基のスピーカが配置されています。
映画の音響システムにはセンタースピーカが設置され、画面の中央から明確に聞かせたい音
はこのセンターから再生される仕組みになっています。スピーカの指向性範囲を考えることは
最重要ですが、ダイアローグはこのセンターから出力されるのが基本です。
各映画館のサラウンド再生音質や音量の違いも多いことから、ダイアローグを完全に後ろには
持って行かずフロントにも残しつつ方向性を構築するとか、セリフのパンニングは慎重な利用
を考えるべきです。サラウンドとは、身を包むとか囲むという意味においても音楽や環境音な
どのワイド感を補足する意味で使用するのが本来の姿であると考えます。
6.昆布
佳久
放送におけるボーカルの録音
「音声」の中でも「ボーカル」についてお話しをしてまいります。「ボーカル」と言っても先ほ
どのモノローグやナレーションとの共通点も多く、「特別」ということではありません。本人の
自然な声の質を捕らえる、ある意味「基本中の基本」です。
1、ボーカルの特徴、放送の特徴
ボーカルは何が違うのかということになりますが、最大の特徴は「伴奏と一緒にミクシングさ
れる」ということです。
また、ニュース等の「情報としての声」と違って声自体が「芸術作品」「商品として」の価値を
有していることです。もう一つ、ナレーション等と違い、大抵の場合リバーブをつけるという
ことも挙げられます。
さて、ダイナミックレンジの観点で他のメディアと比較した場合、生演奏や PA が持っている
ダイナミックレンジは広いです。それと比べて収録や伝送のダイナミックレンジは何 dB ですよ
というのはありますが、例えば、実際これが AM ラジオの野球中継をタクシーのお客さんが聞
いている状況を想定してみますと、ちょうど良いレベルから6dB 大きくなるともう結構大きく
なってしまいますし、逆に6dB 下がると、タクシーの走行音などで聞こえないよ、という世界
になってしまいます。放送における、そういう状況でのダイナミックレンジというのは、10dB
くらいかなと思っています。それだけ圧縮しなくてはいけない。ダイナミックレンジだけをみ
ても放送は、生演奏、PA と比べれば「箱庭」みたいなところがありますし、聞かれる音量も小
さいわけでライブのときに聞くことができた弱音が、放送だと聞こえないということも有りま
す。そういった細かな波形が「色彩感」をつくっているところがあるのですが、そういうとこ
ろを持ち上げる作業が必要になります。音が大きすぎる所が有れば、夜ですと音量を下げなけ
ればということになりかねない。だから音量の大きな所も適当に抑えなければなりません。そ
ういうところが、ある意味「盆栽」のような感じです。ただ小ぢんまりとするでは無くぎゅっ
と縮めた良さと言うのでしょか。
先ほど「ダビングステージは映画館を再現している」という話がありましたが、これが放送
ですと、残念ながらそれはありません。スタジオでいくら「良い音」で鳴っていたとしても家
庭ではどんなシステムで聞かれるかわからない。でもどんなシステムで聴いても「それなりの
音で鳴る」という音をつくって行かなければなりません。放送やパッケージメディア独自かも
しれません。
2、魅力あるボーカル
「魅力ある声に聴かせるには、どうしたらいいのか」、これからのお話は、ご参加の皆さんご
存知の話だと思いますので、やっぱりそうだよねと納得いただければと思います。
①リバーブ
声の持つ豊かさ、音楽の豊かさ、艶っぽさ。「天使の声みたいに綺麗」とか、そういう美しさ
の表現、あるいは「距離感」の調整に使用します。
もちろんマイクロホンを適切に立てて収音するというのが大前提ですが、イコライジングが重
要です。リバーブを使うと音は幾分ぼやけてしまいますので、ボケることを前提に音をつくっ
ておく必要が有ります。「すっぴんで丁度良い音」を作ると、往々にしてリバーブを足すと、演
奏に負けてしまうのです。だからリバーブをつけても演奏に負けないようにナレーションより
は少しくっきりを強調します。リバーブに送り込むことでボンヤリしてしまう低音は、ある程
度整理しておきます。HPF で「魅力的な声」の対象外の低音をカットしてしまいます。初期設
定としては卓にもよりますが、大体 80Hz とか 160Hz で切り、そこから周波数を調整します。女
性の場合は、たいていは男声の倍くらいの周波数になることが多いです。
コンプレッサーの誤動作を防ぐ意味でも、フィルターで要らない帯域を切ってしまうのは有
効だと思います。分かり易い例だと、コンプレッサーを掛ける際にマイクが吹かれていると、
声ではない成分に反応して声にコンプが掛かってしまう。また吹かれないまでも、妙にモッコ
リした低音があれば、それでコンプレッサーがはたらいてしまいます。このように大きな声で
はないにも関わらずコンプレッサーが掛かってしまうときは、何らかの不要な音で誤動作して
いると思って良いです。
②マイクロホン
スタジオでボーカル録りするときは、大体 Neumann U87Ai です。N スペの MA なども大体 U87Ai
を使っています。このマイクは少し高域にキャラクターがあるので、声が前に出てくるように
思います。放送センターに在籍していたときは、各スタジオにこのマイクがあるので特に疑問
を持たずに使っていました。
スタジオでも Shure SM58 を使うことがあります。例えば、ライブで収録したがボーカルを差
し替えしたい、というようなときはライブで 58 を使っているのなら、そのまま 58 を使ったほ
うが良い結果が得られますし、そういうことを抜きにしてナレーションであっても、58 の方が
相性が良いと判断したときはそうします。つまりスタジオでもダイナミックマイクを使うこと
はあります。
③イコライジング
イコライザにはピーキング型とシェルビング型とありますが、僕の場合は「癖に関係してた
らピーキング」、「癖と無関係ならシェルビング」です。音源に含まれる癖を取り除いてしまい
たいとか、面白みがない音に癖を足しなどはピーキングです。
逆に「特に癖はないけど、何となく甘い、何となくブーミー」だとかそういうときはシェルビ
ングでハイを上げたり、ローを下げたりという調整をします。
極端な例ですが、ある局で録音した素材ですが、マイクの持ち方にも原因が有ったのかもし
れませんが、ヴォーカリストの中域にピーキーな癖がありました。音色も悪いし、それでコン
プレッサーが誤動作していそうです。そこでその帯域を切るというただそれだけで、声の音色
が良くなるとともに、コンプレッサーの効きがすごく素直になり音量感がドーンと上がって、
みんなビックリしたことがありました。
このようにイコライザは音色調整だけではなくて、リバーブをつけるとか、コンプレッサーを
かけるというときに相乗効果として非常に大きな効果を発揮します。
僕は、ライブの録音も多かったのですが、低音の 100 から 150Hz くらいのところはホールの
状態もあるのかも知れませんが、ちょっと「モアーン」と溜まってくるところがあります。オ
ーディエンス・アンビエンスマイクはその帯域は適当に削ります。ただこの辺りの低音は歌手
との距離感に影響します。ローが膨らんだ声は近くに感じますが、痩せた声というのは少し遠
くに感じてしまいますのでイコライジングは慎重に行います。不用意にカットしてしまうと明
瞭度だけ、情報としての声になってしまうのです。
④倍音
先ほどの小川先生、八板先生のお話にも出ましたが「倍音」は明瞭度に関係があり遠くに音
声を伝えるという意味では非常に重要で、義太夫の太夫さんの声は、もの凄く倍音が豊富なの
で、声の音程は充分に低いけれども、力強く明瞭で魅力的です。倍音は言葉を明瞭に魅力的に
聴かせる重要な部分なので、マイキングやイコライジングの重要なポイントです。
「倍音」をどれだけ綺麗に聴かせるか、綺麗な倍音を含んだ声にどれだけ上手にリバーブを
つけることができるか、ボーカル録音の中の重要なテクニックかなと思います。
良い思い出としては僕が若いときに、もう故人となりましたが竹本相生大夫の義太夫を旧 NHK
大阪 R-1 スタジオという充分なサイズのスタジオで録音する機会がありました。このときはス
プリングエコーBX-20 とアンビエンスマイクを使って、以前、道頓堀に在った文楽小屋「朝日座」
をイメージした響きを付けるようにしました。プレイバックで相生大夫さんにお褒めの言葉を
いただけた思い出があります。
「声」は面白い。いろいろやることがあります。これで終わりと思えばそこで終わってしま
いますが、やることをみつければいくらでもやることがあります。そして、褒められると嬉し
くなって、また頑張ってみようと思います。
7.増
旭
「声」「スピーチ」のPA
私は、いわゆる SR の世界に従事いたしてまいりました。そんな中で講演会やコンファレンス
での PA 及びスピーカシステムのデザイン、チューニングを行っております。
本日は「スピーチ PA」に関してお話いたします。
「音声、スピーチの PA にとって重要なことは、 伝わる
すなわち
明瞭度
ということ。
をもって均一に受聴者全体に均等に届けることが大切である。」
スピーチの PA に於ける明瞭度の確保は、最も重要かつ基本的なアイテムです。
大事なことは、音場に設置されたスピーカシステムとマイクロホンのアコースティックゲイン
と音質の向上を図ることであり、さらにその出力された音声を、受聴者にできる限り均等に届
け、そして客席における直接音の比率を高く保つことであります。
1、音の
質的
性質
音とは音波によって引き起こされる聴覚的現象であり、その性質は主に3要素として知られ
る「音の大きさ」、「音の高さ」、「音の質」に分類されます。
音の「大きさ」は「音量」
「音圧」、
「音の高さ」は「音程」
「ピッチ」 、
「音の質」は「音色」
にそれぞれ対応します。
①音の大きさ(音量、音圧、)は dBSPL として測定
声、スピーチの受聴音量は、60dBspL∼85dBspL が適音とされています。
大きすぎず小さすぎず最適音量で受聴することで理解度が向上するといわれています。ちなみ
に人の可聴可能な最大音量は、120dBspL(20 パスカル)とのことです。
②音の高さ(音程、ピッチ)は周波数 Hz として測定
声のトーンで相手に与える印象も変わります。日本語は高いトーンより低いトーンの方が説得
力があるとのことです。
一般的な人の声の周波数は 100Hz∼4,000Hz くらいと言われていますが、英語の強く発音する短
い子音の音は、2,000Hz∼16,000Hz、迄及ぶそうです。
ちなみに男性の声の基音は、160Hz∼550Hz、女性の声は 200Hz∼800Hz。
100Hz∼16,000Hz が人の声の音域ということになるようです。
③音の質は「音色」
音域(周波数特性)の拡大によって聴こえてくる音の質感は大きく変わります。
また、大きさや高さが同じであったとしても、我々はいろいろな楽器の音や人の声を聞き分け
ることができます。
これは音色の違いによるもので、音色の違いは波形の違いに関係しているだろうということが
わかります。
固有の特性はあっても固有の音質は無い!
音色は聴く人の脳内のイメージで決まり、人によって違うし、同じ人でもそのときの気分や
聴く場所によっても異なるものです。
人が聞き取れる周波数はおよそ 20Hz∼20,000Hz と言われておりますが、非常に高い音や逆に
低い音は、鼓膜でなく皮膚や毛髪などで感じ聴いており、いわゆる倍音を感じ、これが音の色
艶(音色)を型造るとも言われています。
このように、音質には、周波数特性、倍音成分が影響することが知られており、可能な限り
高い周波数まで再生したほうがよさそうだといえます。
2、PA システムの要件
従って、音声の拡声には、これらを包括した PA システムが必要ということにもなります。
音声の再生周波数特性を 100Hz∼4,000Hz、基音周波数を 160Hz∼800Hz とした場合、基音周波数
の OCT(オクターヴ)下(80Hz) ∼再生周波数の OCT 上の(8kHz)、倍音を考慮すると(12k
∼16kHz)位まで再生可能なシステムが要求されます。
また、重低域(30Hz∼100Hz)を加えさらに再生能力を拡大した広帯域フルシステムの構成な
ども考えられます。
◎音声を PA する代表的なマイク SM-58 の特性を使って検証
あらゆる現場で使用されているマイクロホンの定番、Shure SM 58 の仕様書によるとその機能
は、
・際立つ中音域、低音域のロールオフにより、ボーカル用に最適に調整された周波数特性。
・均一なカーディオイド・ピックアップ・パターンが主音源を分離し、周囲の雑音を最小限に
カット。
・高性能な、内蔵の球形ウィンド/ポップ・フィルタを搭載し、吹かれなどのノイズをカット。
・カーディオイド、ダイナミック型モデルで、周波数特性:50Hz∼15kHz。
・中高音域 3∼5kHz 及び 9kHz に+5dB のピークが特徴的音質を作成。
とあります。
◎スピーチ再生システム周波数応答特性
このマイクのピックアップ音を前述のスピーカシステムで再生した場合、中高域のピークは
おさえられ、中低域が加算合成されてバランスの取れた音質となることが予想されます。
マイク特性である、低音域のロールオフは周囲の雑音をカットし、ポップノイズや、ハウリ
ングの軽減に効果があり、逆に中高音域は際立たせメリハリの効いた音作り効果が想像できま
す。
さらにカーディオイド・マイクは、オフマイク状態では、位相差の小さい低域が減衰し、位
相差が最大になる 3∼6kHz に ピークが生じることを示しています。
近接効果を効果的に利用することにより、中低域のエネルギーを補強し声に力強さや安定度を
与えることができます。
3、「言語のパスバンド」
言葉の違い=音の違い
音声医学専門の、ある耳鼻咽喉科の医師※によりますと、様々な民族が話す言葉には、「言語
のパスバンド」とよばれる、言語として優先的に使われる周波数帯が有るそうです。
そして人は、その「パスバンド」の音しか言語として理解せず、同時に「パスバンド」の音
しか話せない。ところが、各言語によって優先的に使われる周波数帯には大きな違いがあると
のことです。
母音で言葉を形成する日本語は、基音が 125Hz∼とも言われており、また 1,500Hz 以下の周
波数に言葉としての意味合いがあるといわれております。そして母音を構成する中低域の響き
が理解度を決定するとのことです。
一方、子音言語である英語の音域は 750∼5,000Hz で、更にブリティッシュ English は 2,000Hz
以上の音声に言葉としての意味合いを持つとのことです。
また、日本人は母音を言語脳で処理するのに対して、西洋人は音楽脳で処理するそうです。
一般的に、英語は、母音の役割はあまり重要でなく、子音だけでも意味が理解できるとも言わ
れています。
※フランスの耳鼻咽喉科医師で音声医学を専門とするアルフレッド・トマティス氏
聴覚、心理音声学
国際協会会長
4、SR空間
SR空間では、話者と受聴者, マイクとスピーカシステムが、同一空間にあることがほとん
どです。このため、しばしばハウリング現象に悩まされる。特に波長が長くなり、指向性制御
がルーズになる低音域にかけて発生し始める。この対策として、ハウリング周波数、中低域お
よび低音域のエネルギーを削減することが行われますが、これが過度に行われた場合、声の基
音となる帯域の不足を招き、明瞭度を低下させ聴こえにくくすることになります。(特に SP チ
ューニングに於ける SM58 での 160Hz の削減は注意が必要である)
対策として音量を大きくすると、その工程にて、またハウリングを引き起こし、さらに低音
域を削るという悪循環に陥ることになります。
この回避には、音量を下げて、声の基音である中低音域を復活させるということが大ことに
なります。ハウリングが停止するまで音量を下げ、逆に声の基音帯域である 160Hz∼200Hz を持
ち上げて音域を確保するとよい結果が得られます。
特に日本語の場合、このことが重要になります。(母音が中心の言葉であるので中低域の充実
が重要)
5、音の
空間的
性質
方向感,距離感,広がり感など
聴覚は左右の耳に入力される音の時間差と位相差で音源の方向を判定し、直接音と残響音の
比率で音源までの距離を想定するといわれます。
①方向感、定位
球面波として広がる音波は、両耳に達する時間差(Time
Difference)が位相差として検知
され、また頭部によって遮蔽(しゃへい)されることにより音量差(Intensity
Difference)
も検知されます。(もちろん距離の差によっても音量差は生じる)。
このとき、波長が両耳間の長さに近い中音域(500Hz∼3,000Hz)の左右検知は位相差が、より
波長の短い高音域の検知は音量差が関係するらしい。そのため、音源の方向を正確に知るには
できるだけ多くの周波数成分を含んでいる必要があります。
両耳間に時間差と音量差のないときは、正中に定位する。さらにこの音像は、音が早く到達
する耳側、または音が強い耳側に偏移する。
これが方向感知メカニズムです。そして話者の方向に音像を知覚することで受聴者に、集中
度と内容の理解力が増すことが知られています。
逆に話者は、注目されることで、トークに熱が入るということも承知の通りです。これらは、
アリーナなど大会場ほど顕著に表れますが、「話者に音像が定位するセッティング」、すなわち、
「スピーカのセッティング」と「マイクロホンの選択」、「適切なモニター環境」が3つの柱と
いえます。
②距離感
スピーカから放射される信号は、直接音と、反射音の合成音として伝播されます。直接音が
音源からの距離に反比例して減衰するのに対して,残響はほぼ一定です。当然、距離が遠くな
ると反射音の割合が増えてくる。反射音は時間遅れがあり、また高音域の減衰も著しい。
よってこの直接音の比率を高めることで、音源からの距離を小さく近く感じさせ、親密感及
び明瞭度を上げることに繋がると考えられます。
③広がり感
音の「基本周波数」「干渉周期」「減衰時間」及び左右の耳に届く音の「相似、相関性」が空
間的な広がり感を説明するとされ、左右の耳に届く音の相似、相関性〔コヒーレントファクタ
ー〕が減少する程、広がり感が大きくなると言われています。
このことから、直接音比率を高くすることで音像、アパレントソースワイド(ASW) といわれ
る〔見かけの音源幅〕を小さく保ち、ビッグマウス現象を回避することで、声の輪郭を引き締
め、明瞭度を上げることに繋がると考えられます。
以上が私のスピーチ PA に関する解釈です。
第2部
座談会
座長:八板賢二郎
パネリスト:小川哲生、宮本聖二、高木 聡、高橋義照、昆布佳久、増 旭
(八板)「声」「音声」というのは、音響家にとって「基本」ではないかと思いますが、
いろいろな話が出ました。これを「一つにまとめる」ことなどはできないので、受講者の
皆様は各自でアプローチを研究いただければと思います。
「音声」をきちんと「録音」できて、「PA」できて、そこが始まりではないでしょうか。
まず宮本先生、ナレーションをテーマに「語り」と「台詞」の違いをお話しいただきまし
たが、最近ではタレントの方がナレーションを行うことが多いように思います。ナレーシ
ョンは、難しいですね。
(宮本)NHK では、アナウンサーが 500 人くらい、放送局は 50 くらいあります。先ほど
ご覧いただいた NHK スペシャルというのは、元 NHK のアナウンサーだった方(60 代半
ば)、阪神淡路大震災の特集でもナレーターは OB の濱中博久氏でした。プロデューサーの
目線ですと、ちょっと残念なのですけれど、若い方には、是非この人に読んでもらいたい、
という人が少ない。
(八板)私もテレビを見ると、ナレーターを観察しています。テレビ東京の「ガイアの夜
明け」は蟹江敬三さんがナレーターでしたが、亡くなって次の俳優さんに引き継ぎました
が、ナレーターを誰にするかは本当に難しいね。
(宮本)難しいですね。何か「マニュアル」があって、それを読んで訓練すればできるか
というと、どうもそうではない気がします。
(八板)感情を入れてはいけない、というけれども、観ている人に語りかける、そういう
気持ちがないと、伝わってこない。
(宮本)ナレーションというのは、「ニュートラル」という時代もありました。今の放送で
は、ある議論やある問題について語るとき、それぞれの論点から描くのだということを、
ある面突きつけられているところがあります。
ドキュメンタリーはメッセージが強いわけで、
「戦争の番組」というのは「戦争が絶対に
起きない」というメッセージがはっきりしていて、大きくはメッセージがあって、番組の
テーマに沿って訴える。感情、ある意味演技です。
先ほどの最初の映像でも、映像だけ見ると島があって、雑踏があって、ビーチがあって
その次に「艦砲射撃」の映像に変わる。こんな平和な美しい、ふつうの島が戦争になった
とモンタージュで伝えています。その落差を伝えることがナレーション原稿、読み手はそ
の落差をみせるのです。
(八板)それは、情報を伝えるのではなくメッセージを伝えることであり、それは「言葉
数」が多ければ良いというのものではないですね。
(宮本)例えば、先ほどの最初の番組ではプロデューサーの私がナレーションを読みまし
たが、
「言いたいこと」が多く情報量が多い。ナレーターともう一回原稿を見直してかなり
「削いで」、柱だけにしてみました。ところが柱だけにしてもナレーターの技量で伝わる。
2番目の映像では、単に「畑」だけが映っている。そこにカメラがドリーインしているだ
けですが、そこに「あの戦争がどういうものだったか」コメントが載ると全然伝わるもの
が違う。長谷川勝彦さんの、あの技量だからこそ伝わります。
作業としては、ドキュメンタリーですと映像の撮影、編集、静音、音楽効果音を付けて、
ナレーションが最後で、あと作業では1割くらいかなという考えもありますが、制作サイ
ドからするとここまで半分ですね。ナレーションが入って、一気に番組が完成へとなる。
(八板)ナレーションによって本当に変わってしまいますよね。
(宮本)本当のところ NHK スペシャルのような大型番組も、若い方にチャレンジしてもら
いたのですが、作り手からすると、自分の大事な番組なのでどうしても「完成されたレベ
ルのナレーター」を起用してしまいます。作り手の「責任」でチャンスを与えていないの
かもしれませんが。
(八板)ニュース番組もただ読んでいるだけでなく、中身をよく理解して読んでいますよ
ね。
(宮本)我々の世代より、今の方が緊急災害も増えているし緊急報道も増えています。技
量的には、特にニュース面では、昔の同じ年齢として比較すれば「スキル」は上がってい
ると思います。レベルは高いと思います。ただ、いかんせん、大型番組、ドキュメンタリ
ーでお願いしたい方は限られているように思います。
(八板)同じように「伝える」には気持ちが入っていないとダメですね。例えば著名な歌
舞伎役者の息子が初めて芝居をやる際、良く聞こえる様にワイヤレスマイクをつけて欲し
いという要望があった。歌舞伎にはワイヤレスマイクはつけません。誰にもわからないよ
うに、フットライトに仕込んだマイクで足らない分を足して、バレない「ステルス音響」
を行います。結局、着けないよう説得しましたが、初日開いて二日目くらいには自然と聞
こえるようになりました。台詞は脚本家が作った言葉ですが、それを自分の言葉にしたと
き観客に伝わるのですね。
※埼玉アーツシアター通信
no55 平幹二郎の言葉
浅利慶太は常々「発生は発想だ」と語っていたという。「脚本をきちんと読んで台詞の意図
を正しく発想すればふさわしい発生になる、と。正しいメソッドだと思います。一方、蜷
川幸雄さんが求めた激しさ、真実の声を実現するためにも、ちゃんとした発生が必要です。
ただ怒鳴るだけでは内容が伝わらない。浅利さんと組んでいた時の技術を使って蜷川さん
が欲する激しさや醜さに応えていたから、いいコンビが十数年続いたんでしょうね。」
(八板)小川先生、歌舞伎とオペラは同じ時代に生まれたのですが、「口の開け方」が違う
のかなと思っています。歌舞伎は「横に口を開ける」、オペラは大きく口を開けていると思
いますが、どうなのでしょう?
(小川)西洋音楽の場合ですと、縦の方向に言葉が響いている。日本語の場合はどちらか
というと横の響きが多いのでしょうか。日本語に限らず、中国、アジア圏は横開きが多い
ように私は感じます。
(八板)昔、洋楽の歌手がカラオケにいっても演歌にならなかったが、割り箸を口にくわ
えて歌うと「演歌」になると著名な演歌の作曲家が言っていました。歌舞伎の劇場は平土
間で横長、オペラ劇場は縦長というのも何か関係があるのでしょうか。
(小川)横にすると平べったい声になるかというと、必ずしもそうではなく、やはり「意
識」の問題で、横にして縦に響かせることもできます。
例えば、ドイツ人の一番好きな母音は「イ」なのですね。綺麗に響く。例えば liebe(愛)
という言葉は、彼らにとって一番感じる言葉ですね。
(八板)西洋音楽では声は綺麗に、胴声ではないですよね。また、オペラのキャスティン
グは容姿でなく「声」で、と書いてある書物もありますが、どうなのでしょうか。
(小川)そういうこともありますけど。キャスティングについては、大きい方が低くて、
小さい方が高い、が一般的ですが実はいろいろあります。
(八板)やはり、オペラは原語でしょうか?
また、発声は楽器に、例えばサックスに聞
こえてくることもあります。
(小川)私たちが勉強したころは、結構翻訳、日本語でやりましたね。良い訳、言葉にノ
ルか、意味が伝わるかが大切だと思います。むしろサックスが歌に似たのかも知れません
ね。ところで、字幕を見ながらオペラを観るのは大変。あらすじを前もって調べてから観
るのがベストですね。
(八板)高木先生、高橋先生、映画の字幕、特に歌の日本語訳は難しいですね。
(高橋)メロディーにうまくハマるかでしょうか。字幕は意味だけつかんでパッと見て分
かるのが大事でしょう。画面を見たいのに、字幕に追われてしまいますので、吹き替えか
原語のままが良いのか、作り手側にとっても「字幕」が良いのか今でも疑問です。
(八板)昆布先生、録音する場合は、ノイズは絶対にダメですよね。
(昆布)そうですね、基本は。お客さんが聞いていて気が散るのはダメですね。ライブで
はアリです。
矢沢永吉さんの武道館のライブを担当したとき、ご存知のとおり矢沢さんは、マイクス
タンドとマイクをビニールテープで巻いています。要所要所でマイクスタンドを引きずっ
て、バンと叩いたり、廻してドンと置くこともありますので、切らない限りノイズは入り
ます。仮にヴォーカルマイクを抑えたとしても、オーディエンスマイクをゼロにするわけ
ではないので、ノイズは拾います。矢沢さんの場合、アクションが大事なのであえてノイ
ズを入れます。そうしないとあたかも「音の無いタップダンス」のように見えてしまいま
す。ノイズが勢いにつながり、聴衆を煽ることにもなります、そこは収録の美味しいとこ
ろととらえます。
(八板)必要なノイズということですね。私の場合、海外での公演に行くとき、本番中に
生の音を録って持って行くことがあります。また、劇中で使用する台詞を録音でやるとき、
スタジオでなく舞台上で録ると、役者のノリや空気感がうまく収録でき生の音らしくなり
ます。
歌のときはポップノイズが入ることが少ないけれども、MC になると途端にポップノイズ
多くなる気がしますが、やはり空気が抜けてくるのでしょうか。
(増)ポップノイズは、歌い方、声にする前に先に空気をポッと出す方は必ず吹きます。
第一声がすぐ声になる方は、ポップノイズを出すことはありません。
感度が良く、低音が豊かで、きちんと集音すると大変素晴らしいが、吹かれると音になら
ない AKG451 を使用したとき、まったく吹かない歌手、どうしても吹いてしまう歌手がい
らして苦労したことがあります。
(八板)マイクの使い方は歌手やアナウンサーへの指導が必要でしょう。
(昆布)北島三郎さんのケースですが、マイクを離されてしまいました。PA がつらい。
リハーサルを一旦とめて確認してみると、その原因は、モニタースピーカから出てくる音
が「もやっとする」、これが歌いにくいとのこと。300Hz から下を大胆に切ってみたら OK
でした。モニターの音をすごく良く聞いていらっしゃいます。
実は、もやっとしたのが好きな人も多いのですが、それは「程度」の問題で、スッキリ
しすぎてもハートのある歌にならなかったりします。
(増)私は長いこと北島さんのツアーを担当しておりまして、モニターとメインは分けな
い方です。空間でどう聞こえるか一番大事で、直接音がパンっと聞こえてもダメ、今のお
話の「もやっと」ではないですが、空間で、きちんと捉えてなおかつ音像がビシッと前に
あると全て OK です。自分の声を聞きながら歌う方ですね。
(八板)演歌歌手の特に男性は、マイクと口の距離を変えながら歌っている方が多いので
すが。
(昆布)あまり有難くないですね。一定の距離にしていただいた方が音色に変化が少ない
ので。あまりに離れてしまうと、声を張っているときでも上げなければいけないのはつら
いところがありますね。
フェーダーもほったらかしでもいいくらい、コンプレッサーもいらないくらい絶妙なマ
イクの扱いをするジャズの方もいらっしゃいます。
(増)演歌の方、歌い込む方はコンプをかけると歌えなくなってしまいます。張っている
のに出ない、余計張った声をだして・・・。2、3曲で苦しくなってしまいます。
空間から心地よくでている音を聴いていれば、いくらでも歌えます。
(八板)映画監督の高木さん、録音で苦労されたということですが、俳優に自分でバランス
をとるよう指示を出されていましたが、とても良いことだと思いました。
(高木)わからないまでも。意識してもらうとういのが大事な気がします。「自分の声を知
る」のはとても大切であると思っています。
(八板)高橋先生、あんなにたくさんマイクを仕込んでいるとは思いもよりませんでした
が、あのマイクは定番ですか。
(高橋)レコーダやモニターの変遷に伴い、ゼンハイザー416 は中高域が張り上がっている
ので他の機種を選択される方もいます。もっとフラットな特性を好む方も。ノイマンのハ
イパーカーディオイドは素直な音です。ミクサーは使い分けますね。
(八板)スタジオでアフレコはよく行われると思いますが、外国の映画はアフレコが多い
のは何故でしょうか?
(高橋)特にハリウッドでは、世界中に売っていく、つまり英語だけでなく他の原語にも
していかなければならないということです。
アクションノイズやアンビエンスも一緒に収録する同時録音だけでは必ずしも成立しない。
アフレコと割り切って、台詞、SE、フォーリーをトラック別にすれば、作り直せて世界中
に発信できます。
(八板)高木先生、先ほどの映像、カバンの中身がこぼれるのは普通の状態からすると不
自然ですね。
昔のゴジラの映画で、逃げ惑う大群衆のシーンでポップコーンを踏むとそれが大きく聞
かせて強調するシーンがありました。おそらく直前に群衆ノイズを下げているのでしょう
けれど。
(高木)おっしゃるとおりです。大事なところにフォーカスするという意図はありました。
(高橋)どなたにお聞きすればよいでしょう。矢沢さんのドキュメンタリーに携わったの
ですが、武道館の音、東京ドームの音がすごく良かったのですが機材の進歩ですか?
(増)そうですね、現在では武道館は会場としては小さく、東京ドームクラスが基準にな
っております。昔は残響だらけでしたが、今は直接音が完全にとれるようになりました。
システムも良くなっていますし、技術の賜物と言えます。
(高橋)ステージのモニターが小さくなったというか、イヤホンをしていますね。これで、
ハウリングマージンが随分とれるようになったのかとも思います。
(増)確かにそうです。極端なことをいうとステージモニターから出さない方もいます。
ライブでは、少しだけ出したほうがやりやすい場合があります。
イヤーモニターのない時代は、それこそハウリングとの戦いでした。現在は、かなり緩
和されています。ただイヤーモニターには功罪あって、アーティスト自身には良く聞こえ
てしまうので、かえって本人が声を抑えてしまうことがあります。
(昆布)小川先生、録音していて歌手の方から、喉が痛いということがあるのですが、録
音家から助言できることはどのようなことがありますか?
(小川)昨日も、私の生徒がドイツの大学に留学するということで、大学のスタジオで DVD
の作成をしておりました。最終的にかなり慣れてきたみたいですが、スタジオはかなりデ
ッドで、本人はかなり喉に負担がかかっているようでした。
やはり「返り」がよく聞こえないと過剰に声を出してしまいます。きちんと自分の声が
確認できること、返しが聞こえることが歌い手にとっては非常に重要なのです。
(八板)実はジャズでも、モニターではなく、返って来る音が欲しいという方は多いです。
また、文楽の義太夫は客席の中でやっていますから、ステージに上がって演奏する場合、
音が跳ね返ってこない。この場合モニターを出すのではなく、屏風をセットすると満足し
てくれます。
(小川)新しいホールができて行ってみると、客席で聴く分にはよく響いていましたが、
自分が舞台に立つと返りが全然ない、歌いづらいというケースがあります。
では、こういったケースに歌い手はどうすれば良いのか。不思議なことですがトーンを
下げた方が自分の音がよく聞こえます。合唱もそうです。自分の声を下げてみると聞こえ
ます。自分の声が確認できないとペースがつかめない、これが一番演奏しづらいです。
(八板)最近でも、ステージで台詞が聞こえ難いという劇場もあります。まず、建築音響
から良くして欲しいものですね。
話はつきないまま残念ながら終了時刻となってしまいました。このイベントは昨年実施
.............
した「音響効果サミット」と同様「あらゆる分野の音響家が交流し、音響に関する諸問題
を協議、研究する」という意図のもと、さらに実演家や映画、テレビのプロデューサー、
ディレクターも加わることで、ジャンルを超えた交流や連携を目指しています。
「声」という壮大なテーマに一つの回答など出せるべくもありませんが、創造活動、ク
リエーションの一助となれば幸いです。
ご出演の皆様におかれましては、本当にご多忙にもかかわらず、お引き受け受けいただ
き深く感謝いたします。まさに、The Magnificent Seven(偉大なる 7 人)「声」について語
る、でした。【文責:糸日谷智孝】
今回、SRに用いたスピーカはエルシー電機株式会社の製品で、学校や幼稚園などで、生
らしい音として好評の機種を使用しました。
主催:一般社団法人日本音響家協会
協力:協同組合日本映画・テレビ録音協会、国立音楽大学、エルシー電機株式会社
講師
パネリスト
略歴
50 音順敬称略
小 川 哲 生 [声楽家]
国立音楽大学教授。和歌山県出身。国立音楽大学大学院修了、文化庁オペラ研修所修了。
日伊コンコルソ入選。エリック・ウェルバ、クラウス・オッカーの各氏に師事。バリトン
歌手として数多くのオペラ公演を経験。最近はドイツリートを中心にリサイタルやコンサ
ートで古典から近現代の歌曲まで幅広く演奏活動を行っている。二期会会員。
昆布
佳 久 [録音エンジニア]
1977 年に NHK 大阪放送局に入局。東京・制作技術局、同・報道技術局、名古屋局などで勤
務した後に退職。(株)綜合舞台を経て現在は有限会社オアシス在籍。スポーツ中継、N スペ
等のドキュメンタリー、国内外の野外フェスティバル、コンサートでは矢沢永吉、サンタ
ナ、デビット・ボウイ、ボブ・ディランなどの録音や生放送を、綜合舞台では国内外のモ
ーターショーの PA などを担当。
高木
聡 [映像作家]
1971 年生まれ。大分県出身。学習院大学卒業後、竹内芸能企画に参加。1997 年からミュー
ジックビデオ・CM・ショートフィルムなどのディレクションを開始。 桑田佳祐、B
z、ス
キマスイッチ、斉藤和義、クラムボン等数々のアーティストの MV を手がける。2008 年から
これまでに『ハジマリノオワリ おわりのはじまり』2013.7.20 公開(オーディトリウム渋
谷)など三本の映画を上映している。
高橋
義 照 [映画録音技師]
協同組合 日本映画・テレビ録音協会会員、城西国際大学講師。芝浦工業大学卒業。「瀬戸
内少年野球団」「首都消失」「利休」等に録音助手として参加。
2009 年ドキュメンタリー「E.YAZAWA ROCK」、2013 年「ラララ・ランドリー」をはじめ 1990
年から録音技師として映画、テレビ、ドキュメンタリーなど、多くの作品に携わる。2001
年「Hush!」で、日本映画テレビ技術協会 映像技術奨励賞を受賞。
増
旭 [サウンドシステムチューナー]
サウンドクラフト(SC アライアンス)
・アルテ、ATL を経て、現在オタリテック(株)に在
籍。国内におけるスピーカチューニングの第一人者。SIM システムによるチューニングイン
ストラクター。松任谷由美アリーナーツアーや DREAMS COME TRUE(Million Kisses )ツア
ー、ミュージカル「レ・ミゼラブル」や「エリザベート」などサウンドデザイン、チュー
ニングで携わったイベントは多数。
宮本
聖 二 [元アナウンサー/テレビプロデューサー]
NHK 放送研修センターエクゼクティブ・プロデューサー。 1981 年、アナウンサーとして NHK
入局。鹿児島、鳥取放送局を経て沖縄放送局でディレクターに。沖縄戦、米軍基地問題関
連や近現代史、アジアをテーマにした番組制作にあたる。 2008 年から戦争証言プロジェク
ト
チーフ・プロデューサーを務める。そのほか「ネクスト
世界のテレビ番組
」(2006
2008)など。「NHK 東日本大震災証言プロジェクト」で第 39 回放送文化基金賞受賞。
八 板 賢 二 郎 [劇場音響技術者]
1966 年から国立劇場の音響部門に従事。以来、雅楽・能楽・歌舞伎・文楽・日本舞踊・演
芸・琉球芸能・民俗芸能等の上演にたずさわり、ステルス SR を確立。現在、地域住民のた
めの劇場運営シンクタンク「ザ・ゴールドエンジン」を主宰。著書に「音で観る歌舞伎」
(新
評論)、「劇場音響技術者教書」(兼六館出版)など。