ラン科植物の菌根菌について

北方山草(32):101-102. March 2015
ラン科植物の菌根菌について
つくば市 谷 亀 高 広
はじめに
多く、アツモリソウ、ハクサンチドリなど
世界中に 25000 ∼ 30000 種ほどが自生す
の草原性の種もそれにあたる。さらに、フ
るラン科植物は、どの種も種子は微細であ
ガクスズムシ、ヒナチドリなど、樹上のコ
る。発芽に必要な養分を蓄積している内胚
ケの中などに生育する種も同様の共生系を
乳を欠くため、菌根菌とよばれる菌類から
有していると考えられる。このリゾクトニ
の養分供給がなければ、どのラン科植物も
アと総称される菌と菌根共生するランは多
発芽・生育できない。ランは菌根菌から一
く、緑色葉を有する種のほとんどがその性
方的に養分を収奪して生育することが知ら
質を有している。
れており、その共生系は 19 世紀後半に既
に知られていた。しかし、どのような生態
林床性種
的特性を有する菌がランに養分を供給して
林床には多種多様な菌類が生育してお
いるかについては近年になるまで明らかに
り、その共生系もより多様になる。サイハ
されてこなかった。本稿では、特に北海道
イランは緑色の大きな葉を持つ種だが、こ
に生育するラン科植物を中心に、明らかに
のランはナヨタケ科の菌種と共生すること
されている菌根共生系を紹介したい。
が知られている。ナヨタケ科の菌種と菌根
共生するラン科植物には関東・関西地方の
草地性、着生種
社叢林に生育するタシロランが知られてい
北海道には多くの湿原が存在し、様々な
る。タシロランとサイハイランそれぞれの
ラン科植物が生育している。先行研究にお
菌根菌は近縁で、同一の菌種をこれら 2 種
いて、トキソウ、ホソバノキソチドリなど
のランがシェアできる可能性もある。タシ
の湿地に生育する野生ランの菌根菌が同定
ロランは葉を全く持たず、生育に必要な養
さ れ て お り、 そ れ ら は Ceratobasidiaceae、
分を、生活史を通じて菌から得て生育する
Tulasnellaceae といった科の菌が菌根菌と
植物である。サイハイランは薄暗い林に適
して検出されている。これらの菌はかつて
応する中で、無葉緑植物の生育を支え得る
「リゾクトニア (Rhizoctonoia)」という総称
能力を持つような、養分供給効率のよい菌
で呼ばれ、落ち葉や枯れ枝などの植物遺体
種と共生する能力を獲得したのかも知れな
を分解し生育する菌である。つまり、トキ
い。同属のモイワランや近縁種のコケイラ
ソウ、ホソバノキソチドリなどのランは湿
ンなども、似たような共生系を有している
地に積もった腐植質を分解する菌から養分
可能性があり、今後調査する必要があるだ
を得て生育していることになる。こういっ
ろう。有名な話ではあるが、オニノヤガラ
た生態を有する菌と共生するランは種数が
やツチアケビはキシメジ科の木材腐朽菌で
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北方山草 32. 2015
あるナラタケの仲間と菌根共生する。一方
分供給能力があると考えられる。ランの菌
近年、ツチアケビは発芽直後、タマチョレ
根菌となることで知られている外生菌根菌
イタケ目トンビマイタケ科の菌種と菌根共
は、イボタケやベニタケの仲間が知られて
生することが明らかにされ、幼植物から親
いる。これらの菌はラン科以外のイチヤク
植物に生育する過程で共生菌の遷移が起こ
ソウ科やツツジ科シャクジョウソウ亜科の
ることが明らかにされている。また、オニ
植物も菌根共生することが知られており、
ノヤガラも種子発芽の際はクヌギタケ科の
それぞれの植物種の生育を支えるのに十分
菌と共生することが知られている。幼植物
な養分供給効率を有しているのではないか
と開花株とで菌根菌が異なることで、植物
と考えられる。
にどのようなメリットがあるかは充分に調
べられておらず、今後明らかにすべき重要
終わりに
な問題となるだろう。
林床性の種でもミヤマウズラやアケボノ
林床には樹木に外生菌根(がいせいきん
シュスランなどは、上記のリゾクトニア類
こん)と呼ばれる構造を作り共生して生育
と共生するランとして知られているものも
する菌種が数多く知られている。いわゆ
いる。生育立地がそれぞれのランの菌根菌
る「マツタケ」や「ハナイグチ」などはこ
との関係に影響を及ぼす場合もあるが、や
ういった生活をしている。樹木は外生菌根
はりそれぞれの植物種の生存戦略に関係す
を形成する菌(外生菌根菌)に光合成産物
るところが大きいともいえる。近年、ラン
を与え、一方で菌類からは窒素やリンなど
科植物は様々な人間活動により絶滅の危機
の供給を受け、相利共生している。実はこ
に瀕している種が少なくない。そういった
の樹木と菌の関係に入り込み、樹木から菌
植物種をどのように保全・増殖してゆくか
に供給される光合成産物を横取りして生育
を考える上で、ラン科植物と菌類の共生系
しているランも存在する。サカネランやエ
の関係性を知ることには大きな意義がある
ゾスズラン、ギンランなどがそういった性
と思われる。以上の菌根菌の同定に関する
質を有している。近年、樹木・菌根菌・ラ
論文を小生らがまとめた総説「ラン科植物
ンを 3 者共生させ、その共生系を数年間に
の菌類の共生 日本菌学会会報 50 : 21-42.
わたって維持した研究もなされている。外
2009」が出版されているので、ご興味をお
生菌根菌と菌根共生するランの中には、緑
持ちの方がおられましたら、進呈いたしま
色葉を持たない種も多くあり、外生菌根菌
す。 (国立科学博物館筑波実験植物園)
がそういったランの生育を支えるだけの養
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