第35回 英米における年金改革の論点(5) (PDF / 11.4 KB)

欧米の年金・会計最新事情
第35回:英米における年金改革の論点(5)
中立系年金コンサルティングファーム IICパートナーズ
執筆:内田 一郎
監修:中村 義正
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過去低下してきた英国中高年層の就業率
前回は,英国における年金改革の組み合わせオプションを提示しました。この中で,最初
に出てくるのが,給付開始年齢の引き上げです。これは,高齢化社会が進んでいる中で,
自然なオプションですが,必ずしも,公的年金受給開始年齢(SPA,ステートペンションエ
イジ)の引き上げということだけではありません。SPA 以前の就業率のアップ,そして SPA
以降の就業機会のアップが,平均退職年齢の引き上げにつながります。
こういった中で,過去 40 年,20 年を振り返ると,英国においては,平均退職年齢がむし
ろ低下してきました。英国男性平均で,1950 年に 67.2 歳だった平均退職年齢が 95 年には
63.1 歳まで低下しました(現在は 63.8 歳)。50 歳から 64 歳のプレ退職男性中高年層の就
業率は,1978 年には 87%ほどだったのですが,95 年には 63%にまで低下しました。1980
―90 年代における中高年層の就業率の低下トレンドの背景は何だったのでしょうか?
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80―90 年代はリストラ進行で就業率低下
1950 年代,60 年代における男性平均退職年齢低下の主因は,65―69 歳のリタイア世代と
もいうべき高齢層の就業率の低下でした。この層の就業率は,1952 年の 48%から,71 年
には 30%にまで低下しました。65 歳を過ぎてもかつては二人に一人が働いていたのが,10
人中3人に減ったということです。経済発展につれて,そんなにいつまでも働かなくてす
むようになったという意味では,この高齢層の就業率の低下は経済成長の果実といえまし
ょう。
1970 年代半ばから 90 年代半ばまでの平均退職年齢の低下は,こんどは 50―64 歳のプレ
退職年齢層の就業率が,88%(73 年)から 63%(95 年)へ,大きく低下したためにもた
らされました。2つの時期がありました。最初は,80 年代初めの製造業労働者のリストラ
期です。2番目は,90 年代初めに起こった,早期退職奨励制度などを活用した主にホワイ
トカラー層の縮小です。
こうした最近の 20 年間における SPA 以前のリタイア組の増加は,企業の資本の論理か
ら出たものですが,マクロ経済的に見れば,大きな労働力の損失です。本来なら 10 人のう
ち9人近く働いていた中高年層が,70 年代央から 90 年代央にかけての 20 年間で,10 人の
うち6人ちょっとしか働かなくなった,3人に一人強は働かなくなったのですから・・・
(も
っとも 50 歳と 64 歳ではだいぶ違いますが)。
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最近 10 年では中高年層の就業率はアップ
95 年からすでに 10 年になります。直近 10 年の就業状況はどう変わってきたでしょうか?
直近 10 年間では英国男性の平均退職年齢は,95 年の底 63.1%から現在(2004 年)では
63.8%と,80 年代の水準まで,わずかながら向上してきています。中高年層(50 歳から 64
歳)の就業率が底をうち,また 25 歳から 49 歳の若壮年層の就業率もここ 10 年で改善して
きています(84%→89%)。リストラが終わって,順調な経済の拡大の下,雇用も進んでき
たことが伺われます。SPA を過ぎた 60 歳代後半のリタイア層の就業率も,この 10 年間,
15%から 18%ほどにアップしてきています。
この中で,SPA 以前の英国中高年男性(50 歳―64 歳)の就業率は,90 年代半ばに底を
つけたあとは,徐々に上昇してきています。95 年に 63%にまで低下した後,現在(2004
年)は,72%ほど(かつての 80 年代前半の水準です)にまで回復してきています。経済の
順調な拡大や雇用条件の改善,さらには政府の政策が,徐々に SPA 前の中高年層の就業率
をアップさせてきていますが,もうひとつの要因として取り上げられているのが,年金制
度の役割です。企業年金の近年の積立率の悪化により,企業は割の良い早期退職制度を提
供するのがやりにくくなりました。
面白いのはもう一点,DB プラン(確定給付年金)から DC プラン(確定拠出年金)への
移行が,中高年層の退職先延ばしの要因になっているということです。これはどういうこ
とかと言いますと,DC プランの場合,株式市場のパフォーマンスにより年金給付額が変わ
ってくるからです。2000 年以降株式のリターンが悪化した結果,退職を先延ばしし,パフ
ォーマンスの改善を待ってからリタイアしようと考える勤労者が増えたということです。
DC プランですと,概して勤労者はリターンのさらなる向上を期待して,退職時期を先送
りする傾向が出ているようです。英国で 2002 年に行なわれたある調査によりますと,60
―64 歳層での就業率は,DB プランの下では 44%しかありませんが,DC プランの下です
と 59%にのぼっているとのことです。
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今後 30 年,中高年層の就業率,平均退職年齢アップのシナリオ
総体的に見まして,英国男性の就業率は,60 年代以降 90 年代半ばまで低下の一途をたどり
ましたが,ここ 10 年は,リストラ一巡および経済の順調な拡大により,回復トレンドにあ
ると見てよいでしょう。こういった傾向が一層推し進められ,平均退職年齢のさらなる上
昇が見られれば,就労者による退職者の年金負担の負荷が改善されることになります。
それでは,今後の平均就業率や平均退職年齢の行方を,この年金レポートはどのように
見ているのでしょう?
SPA 以前の就業率は,過去 10 年の動きを引き継いで,
なお上昇していこうと見ています。
経済政策が拡大的なこと,DB プランから DC プランへの移行の増加,障害・失業給付の見
直し,高年齢層に対する就職市場の活性化,および男女退職年齢同時化の導入などが,そ
の背景とされています。
そして,当レポートでは「高参加シナリオ」をフィージブルなシナリオとして提示して
います。SPA 以前の中高年層である男性 50―64 歳層の就業率は,現在の 72%から 2050
年には 79.3%(80 年代初頭の水準と同じ)
へ上昇しようとみています
(女性は,
同じく 54.8%
から 71.6%へ)。そして,平均退職年齢は,現在の男性 63.8 歳が 64.2 歳(これも 80 年代
前半のレベルと同じ)にアップしようとみています(女性は,61.6 歳が 62.7 歳へ)
。
(第 35 回おわり)