岐阜大学産官学連携推進本部 知的財産部門主催 知的財産セミナー 事例に学ぶ知的財産 幼児用イスのデザインが 著作権法上の保護を受けられる著作物に 該当するかどうかが争われた知財高裁判決 日時 平成27年7月10日(金) 16:00~17:00 場所 岐阜大学 研究推進・社会連携機構 1階ミーティングルーム 講師 岐阜大学客員教授 平成25年度日本弁理士会著作権法委員会 委員 特許業務法人 広江アソシエイツ特許事務所 会長 弁理士 廣江武典 HIROE AND ASSOCIATES 特許業務法人 広江アソシエイツ特許事務所 岐阜市宇佐3丁目4-3 〒500-8368 Tel 058-276-2122 Fax 058-276-7011 E-Mail [email protected] Website http://www.hiroe.co.jp/ 知的財産高等裁判所 平成26年(ネ)第10063号 著作権侵害行為差止等請求控訴事件 平成27年4月14日判決言渡 控訴人(原告) オプスヴィック社 (ノルウェー法人) ストッケ社 (ノルウェー法人) オプスヴィック社代表者は、現在のノルウェーを代表する椅子のデザイナーとして著名であ り、昭和47年頃、控訴人製品をデザインして控訴人ストッケ社から発表した。その後、 製品は、日本国内においては、昭和49年から、輸入、販売されるように なり、現在に至っている。 被控訴人(被告) (株)カトージ 日本法人であり、各種育児用品、家具の販売等を目的とする株式会社である。 事案の概要 原告らが、被告に対し、被告の製造・販売する被告製品の形態が「TRIP TRAPP」(トリップ・トラ ップ)という製品名の原告らの製造等に係る椅子の形態に酷似しており、被告の行為が、原告製 品のデザインに係る原告オプスヴィック社の著作権(複製権若しくは翻案権)及び原告ストッケ社 の著作権の独占的利用権を侵害するとともに、原告らの周知又は著名な商品等表示と類似する 商品等表示を使用した商品の販売等をする不正競争行為に当たると主張して、①著作権法、不 正競争防止法に基づいて被告製品の製造・販売等の差止め及び破棄、②オプスヴィック社に対 して 1592 万円、ストッケ社に対して 1 億 1945 万円の損害賠償の支払い、③謝罪広告の掲載を 求めた事案である。 1 第1審 東京地裁判決 平成25年(ワ)第8040号 平成26年4月17日判決言渡 原審は ① 控訴人製品のデザインは、著作権法の保護を受ける著作物に当たらないと解されることか ら、控訴人らの著作権又はその独占的利用権の侵害に基づく請求は、理由がない ② 控訴人製品は、従来の椅子には見られない顕著な形態的特徴を有しているから、控訴人 製品の形態が需要者の間に広く認識されているものであれば、その形態は、不競法2条1 項1号にいう周知性のある商品等表示に当たり、同号所定の不正競争行為の成立を認め る余地があるものの、被控訴人製品の形態が控訴人製品の商品等表示と類似のものに当 たるということはできず、よって、控訴人らの不競法2条1項1号に基づく請求は、理由がな い ③ 本件の各関係証拠上、控訴人製品の形態が控訴人らの著名な商品等表示になっていたと 認めることはできず、また、上記のとおり、被控訴人製品の形態が控訴人製品の商品等表 示と類似のものに当たるとはいえないことから、控訴人らの同項2号に基づく請求は、理由 がない ④ 被控訴人製品の形態が控訴人製品の形態に類似するとはいえず、また、取引者又は需要 者において、両製品の出所に混同を来していると認めるにも足りないから、被控訴人製品 の製造・販売によって控訴人らの信用等が侵害されたとは認められず、したがって、上記 製造・販売が一般不法行為上違法であるということはできない 旨判示し、控訴人らの請求をいずれも棄却した。 又、原審は著作権又はその独占的利用権の侵害の有無について 「原告製品は工業的に大量に生産され、幼児用の椅子として実用に供されるものであるから(弁 論の全趣旨)、そのデザインはいわゆる応用美術の範囲に属するものである。そうすると、原告 製品のデザインが思想又は感情を創作的に表現した著作物(著作権法2条1項1号)に当たると いえるためには、著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から、実用 的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えてい ることを要すると解するのが相当である。 本件についてこれをみると、原告製品は、美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備え ているとは認め難い。したがって、そのデザインは著作権法の保護を受ける著作物に当たらない と解される。よって、原告らの著作権又はその独占的利用権の侵害に基づく請求は理由がな い。」 と判断した。 控訴人らは、原判決を不服として、控訴を提起した。 争点 (1) 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無 (2) 不競法2条1項1号の不正競争行為該当性の有無 (3) 不競法2条1項2号の不正競争行為該当性の有無 (4) 一般不法行為の成否 (5) 謝罪広告掲載請求の当否 2 著作権法第2条1項1号 この法律において著作物とは思想又は感情を創作的に表現したもの であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 被控訴人製品 3 控訴人製品 4 控訴審における著作権侵害に関する控訴人の主張 ・ 応用美術について、著作物性が認められるためには通常よりも高度の創作性を要すると考える ことは相当ではなく、それ以外の美術の著作物と同程度の創作性、すなわち、表現者の個性が 何らかの形で表れていることが認められれば著作物性が肯定されるものと解すべきである。 控訴人製品については、応用美術以外の美術の著作物と同程度の創作性があること、すなわ ち、表現者の個性が何らかの形で表れていることが明らかといえるから、著作物性が肯定される べきである。 ・ 著作権法上、応用美術につき、著作物として保護されるためには「美的鑑賞の対象となり得るよ うな美的創作性」を要する旨定めた規定は、存在しない。 ・ ある客体が、著作権法及び意匠法の保護要件を満たす場合は、これらのいずれの法律の趣旨に も適合しているといえるから、両法による重複的保護が与えられるべきであり、各法は制度趣旨 を異にするものであることを考慮すれば、重複的保護を与えることにつき、何ら問題はない。 著作権法第2条1項1号 この法律において著作物とは思想又は感情を創作的に表現したもの であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 控訴審における著作権侵害に関する被控訴人の主張 ・ 応用美術の著作物性が肯定されるためには、著作権法による保護と意匠法による保護との適 切な調和を図る見地から、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得 るような美的創作性を備えていることを要する。 ・ 純粋美術が、何らの制約を受けることなく美を表現するために創作されるのに対して、応用美術 は、実用目的又は産業上の利用目的という制約の下で創作されることから、その制作、流通の実 情を考慮して意匠法的に保護するというのが、創作法の基本的な考え方といえる。 すなわち、①著作権は、創作のみによって発生し、公示制度は存在しないこと、②著作権には、 長期の保護期間が認められていること、③著作者人格権等の支分権が存在することなどから、 応用美術に著作権法上の保護を付与すれば、当該応用美術の利用、流通が妨げられる。この点 に鑑みると、応用美術については、そのような利用、流通に係る支障を甘受してもなお、著作権 法を適用する必要性が高いものに限り、著作物性を認めるべきである。 ・ 控訴人製品は、量産を前提とした実用品であり、そのデザインも、人間工学又は機能性に基づ 5 く形態を有しており、実用面及び機能面を離れて、それ自体、完結した美術品として、専ら美的鑑 賞の対象とされるものではない。 以上によれば、控訴人製品の著作物性は、認められない。 ・ 被控訴人製品は、いずれも安定感、安心感を与えるデザインを備えており、控訴人製品に見ら れるような不安定感はない。また、被控訴人製品は、①その多くの部材が丸みを帯びた作りであ ること、②安全性、安定性及び機能性を最優先した結果、部材の数が多いことから、控訴人製品 の有する、直線的でシンプルかつスタイリッシュなデザインを覚知できず、控訴人製品の主要な 形態的特徴は、認められない。 以上によれば、仮に、控訴人製品の著作物性が肯定されても、被控訴人製品の製造等は、控 訴人製品に係る著作権を侵害せず、したがって、その独占的利用権も侵害しない。 控訴審における著作権侵害に関する裁判所の判断 ・ いわゆる応用美術と呼ばれる、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物(以 下、この表現物を「応用美術」という。)が、「美術の著作物」に該当し得るかが問題となるところ、 応用美術については、著作権法上、明文の規定が存在しない。 表現物につき、実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって、直ちに著作物 性を一律に否定することは、相当ではない。 ・ 著作権法と意匠法とは、趣旨、目的を異にするものであり(著作権法1条、意匠法1条)、いずれ か一方のみが排他的又は優先的に適用され、他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は、 明文上認められず、そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。 ・ 応用美術につき、意匠法によって保護され得ることを根拠として、著作物としての認定を格別厳 格にすべき合理的理由は、見出し難いというべきである。 ・ 「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても、同条1項1号所定の著作物性の要件を充た すものについては、「美術の著作物」として、同法上保護されるものと解すべきである。したがって、 控訴人製品は、上記著作物性の要件を充たせば、「美術の著作物」として同法上の保護を受ける ものといえる。 ・ 応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相 当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。 ・ 控訴人製品の形態的特徴は、「左右一対の部材A」の2本脚である点において、特徴的なものと いえる。この点において、作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており、 「創作的」な表現というべきである。 したがって、控訴人製品は、前記の点において著作物性が認められ、「美術の著作物」に該当 する。 ・ 被控訴人製品は、控訴人製品の著作物性が認められる部分と類似しているとはいえない。被 控訴人による被控訴人製品の製造、販売は、控訴人オプスヴィック社の著作権及び控訴人ストッ ケ社の独占的利用権のいずれも、侵害するものとはいえない。 6 応用美術とは何か 第一審における原告の主張 「原告製品のデザインは、我が国の著作権法上、応用美術として保護されるべきである。」 第一審判決 「原告製品は工業的に大量に生産され、幼児用の椅子として実用に供されるものであるから、そ のデザインはいわゆる応用美術の範囲に属するものである。」 知財高裁判決の定義 「実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物」 美術工芸品とは何か 知財高裁判決 「美術工芸品は主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解される。」「控訴人製品は、幼児 用椅子であるから、第一義的には、実用に供されることを目的とするものであり、美術工芸品に 該当しないことは明らかと言える。」 著作権法第2条2号 この法律にいう美術の著作物には美術工芸品を含むものとする。 私のコメント 知財高裁判決は応用美術を「実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物」と定 義しているが、これでは全ての工業製品は応用美術ということになる。つまり全ての工業製品は 美術品だと言っているようなもので常識的に受け入れ難い。 実用品のデザインは本来著作権法上の思想又は感情の表現に該当しないと考えるべきであ る。 監視カメラの影像が美しくても思想又は感情の表現に該当しないのと同様である。 本判決は創作性の有無についての検討は行っているが、幼児用椅子のデザインが「思想又は 感情の表現」に該当するか否かの検討はしていない。 7 著作権法第2条2号は「この法律にいう美術の著作物には美術工芸品を含むものとする。」と規 定しているが、応用美術について規定していないのは、これは美術の著作物には含まれないと いう趣旨だと解するべき。判決は、これは例示規定だとしているが、例示規定なら応用美術を例 示しないのは不自然である。 本来著作権法は応用美術を著作物の対象として受け入れていないと考えるべきであり、応用美 術を著作物として保護するためには純粋美術や美術工芸品と同視し得るようななにかが必要で あると思う。 そのなにかとは①純粋美術や美術工芸品と同視し得るような思想又は感情の表現となってい るかどうか。その応用美術から思想又は感情を体得できるかどうか。②純粋美術や工芸品と同 視し得るような創作性があるか否か。 最高裁に上告されたとすれば、最高裁は幼児用椅子のデザインが思想又は感情の表現に該当 するかについて審理を尽くせるために本判決を破棄して知財高裁に差し戻すべきと考える。 以上 8
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