PDF - 神戸に在る教会

新しい復興の必要#6神にしたがって牧養する(2)神と一になり、神で構成されて、 2015.12.20
神を生き、神を表現し、神を代行し、神を供給して、神にしたがって牧養する
Ⅰ. 主イエスは、神の群れ、すなわち、召会を牧養することにおいて、使徒の務めと彼の天の務
めを合併しました。
Ⅱ. 使徒ペテロは、Ⅰペテロ第5章2節において、神にしたがって牧養することについて語って
います。
Ⅲ. 私たちは神にしたがって牧養するために、神と一になり、神で構成されて、神を生き、神を
表現し、神を代行し、神を供給する必要があります。
627集会―キリストを中心とする
1 日々の生かつ,集かいも,主がちゅう心,またない容;
儀しき,教理,是非でなく,集かいはただ主のため。
2 主はひかり,みちゆえに,照らせや,われしたがう;
主は生けるみずとかて,飲しょくし,やしなわれる。
3 主はいのち,われながす,真理の主,われあかしす;
めぐみの主,われたたえ,かしらの主,たかく上げん。
4 主はかみにもひとにも,すべて,ひつ要,かいけつ;
召かいの実さい,ない容,いのち,ひと,増加される。
5 うたといのりをささげ,霊によりて主あらわす;
霊の奉仕とまじわりで,主をかつ用し,ひょう現す。
6 御名でつどい,霊で行動し,塗りあぶらもていのる;
儀しきや思考によらず,霊もちいて主あらわす。
7 ひたすらまえに向かい,主てき用し,えんじゅくす;
すべてを損しつとなし,とわに主をすべてとす。
1
627C 聚會-基督作中心
1 在日常生活或在聚會中,基督是中心,基督是內容;
並非為儀式,也非為道理,純是為基督,我們相聚集。
2 基督是道路,基督是亮光,憑祂而行動,由祂來照亮;
基督是活水,基督是靈糧,喝祂並喫祂,從祂得餧養。
3 基督是真理,我們所見證,基督是生命,我們所供應,
基督是恩主,我們所稱譽,基督是元首,我們所高舉。
4 對神或對人,基督是一切,神、人的需要 全由祂解決;
祂是召會的實際與內容,生命與人數都藉祂而增。
5 所獻上一切詩歌和禱告,都要叫基督藉靈得發表;
所有靈中的交通和事奉,都該是基督彰顯的運行。
6 奉祂名聚集,隨祂靈活動,藉著祂恩膏禱告並讚頌;
不是動頭腦,儀式得成全,乃是運用靈,使祂得彰顯。
7 一切全忘掉,只忠於基督,凡事應用祂,一直到成熟;
因祂將萬事都當作損失,讓祂作一切,一直到永世。
神戸に在る教会 今週の特別な予定
12/19(土)-20(主日) 学生ブレンディング合宿
12/19(土) 6:00PM堺の岡本家訪問
12/20 (主日) 広島訪問
863E
1. In daily walk and in our meetings too,
Christ is the center, Christ is everything;
'Tis not for form nor doctrine good and true,
But 'tis for Christ alone we're gathering.
2. Christ is the way and Christ the light of life,
In Him we walk and by Him we are led;
Christ is the living water and the food;
Of Him we drink and we with Him are fed.
3. Christ is the truth, 'tis Him we testify,
Christ is the life, 'tis Him we minister;
Christ is the Lord, 'tis Him we magnify,
Christ is the Head, and we exalt Him here.
4. Christ is All in all to God and man –
With Him both we and God are satisfied;
Christ, the reality within the Church –
By Him are life and numbers multiplied.
5. By all the hymns and prayers we offer here,
Christ the reality we would express;
All the activities in fellowship –
Christ thus in operation manifest.
6. ‘Tis in His Name we meet, in Spirit act,
With nothing in our mind to formalize;
'Tis by His pow'r we pray, in unction praise,
And with Himself in spirit exercise.
7. All things forgetting, cleaving unto Christ,
Applying Him until maturity;
Let us count everything but loss for Him,
For Him, our All in all, eternally.
2
Ⅰ.主イエスは、神の群れ、すなわち、召会を牧養することにおいて、使徒の務めと彼の天の務めを合併し
ました: ヨハネ21:16 イエスはまた二度目に彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたは私を愛する
か?」。ペテロは彼に言った、「はい、主よ.私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」。イエ
スは彼に言われた、「私の羊を牧養しなさい」。
Ⅰペテロ5:2 あなたがたの間の神の群れを牧養しなさい.強いられてではなく、自ら進んで、神にした
がって監督し、卑しい手段で利得を求めることによってではなく、熱心に監督しなさい.
A.主イエスは彼の天の務めにおいて、彼の地上の務めにおいて開始した牧養を継続しています。
B.牧養に関して、使徒の務めはキリストの天の務めと協力します。
Ⅱ.使徒ペテロは、Ⅰペテロ第5章2節において、神にしたがって牧養することについて語っています:
A.神にしたがって牧養することは、神の性質、願い、方法、栄光にしたがって牧養することであって、私
たちの好み、関心、目的、性情にしたがって牧養することではありません。
神にしたがって牧養することが意味するのは、神の性質、願い、方法、栄光にしたがって牧養する
ことであって、人の好み、関心、目的にしたがって牧養することではありません。長老は自分自身の
意見、観念、好き嫌いにしたがって群れを牧養すべきではありません。そうではなく、彼らは神の選
択、願い、意図、好みにしたがって、神の群れとしての聖徒たちを牧養すべきです。
B.神にしたがって牧養することは、神の属性が何であるかにしたがって牧養することです。
神にしたがって牧養するとは、神が何であるかにしたがって、彼の属性の中で牧養することです。
神は愛、光、聖、義です。「神にしたがって」とは、少なくとも神のこの四つの属性にしたがってです。
私たちは若い人、弱い人、後退している人を、この四つの属性にしたがって牧養しなければなりませ
ん。そうすれば、私たちは良い牧者となります。牧養することがないなら、私たちが命を他の人に供
給する道はありません。
Ⅲ.私たちは神にしたがって牧養するために、神と一になり、神で構成されて、神を生き、神を表現し、神を
代行し、神を供給する必要があります:
A.私たちが神にしたがって牧養しようとするなら、神と一になる必要があります:
1.聖書の基本的な原則は、神が彼のエコノミーにおいて、ご自身と人を一にし、人を彼と一にすると
いうことです。ヨハネ15:4 私の中に住んでいなさい.そうすれば、私もあなたがたの中に住む。枝
がぶどうの木の中に住んでいなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがた
も私の中に住んでいなければ、実を結ぶことはできない。
3
2.神は、神聖な命と人の命を共に結合して、一つの生活を持つ一つの命とならせることを願ってい
ます。ヨハネ6:57 生ける父が私を遣わされ、私が父のゆえに生きているように、私を食べる者も、
私のゆえに生きる。
3.私たちはⅠコリント第7章で、すべての環境、状況、状態において主と一になる原則を見ます。
B.神にしたがって牧養することは、私たちが神で構成されることを必要とします:
コロサイ3:10 新しい人を着たのです.その新しい人は、それを創造された方のかたちにしたがって
全き知識へと至るように、新しくされつつあるのです.11 その新しい人には、ギリシャ人とユダヤ人、
割礼と無割礼、未開人、スクテヤ人、奴隷、自由人はあり得ません.キリストがすべてであり、すべ
ての中におられるのです。
1.神はご自身を私たちの存在の中へと分与することを願っています。それは、私たちの存在が彼の
存在で構成されて、彼の存在と一つの構成となるためです。
2.神は神聖な存在として、彼の要素を私たちに注入して、私たちを神格においてではなく、命と性
質において彼と同じにならせます。
C.神を生きている人だけが、神にしたがって牧養することができます:
1.神のエコノミーは、ご自身を私たちの中へと造り込むことです。それは、私たちが彼を私たちの命、
また命の供給として受け入れて、彼を生きるためです。
神のエコノミーと天然の人の観念の間には、大きな違いがあります。私たちの観念は、私たち
は救われた後、自分の振る舞いを改善する決心をすべきであるというものです。おそらくすべて
の真のクリスチャンは、そのような決心をしてきたでしょう。私たちの観念によれば、私たちは自ら
を改善する必要があります。私たちは自分の弱さを認識していて、神に助けを請い求めます。し
かしながら、神はこのような祈りには答えられません。神が私たちを助けて改善させてくださるよ
うにと祈れば祈るほど、ますます神はそうされません。その反対に、私たちの振る舞いはさらに悪
くさえなるかもしれません。それは、神から助けを受けて振る舞いを改善しようとする観念が、神
のエコノミーに反しているからです。神のエコノミーは、ご自身を私たちの中へと分与し、ご自身を
私たちの中へと造り込んで、私たちが神を命また命の供給とし、神を生きることです。これは改善
された人の性格を持つことではなく、神を生きることです。
2.私たちは神聖な命と神聖な性質にあずかっています。それは、私たちが人性において神を生きる
ことができるためです。
4
3.私たちの日常生活は、実は神ご自身であるべきであり、こうして神を生きる生活であるべきです。
神にふさわしく歩くことは、私たちの日常生活において神を生きること、すなわち、神を表現する
ことです。Ⅰテサロニケ2:12 それはあなたがたが、ご自身の王国と栄光の中へと、あなたがたを
召しておられる神にふさわしく歩くためです。
D.神のエコノミーにおける彼の意図は、ご自身を私たちの命と性質として私たちの中へと分与して、私
たちを命と性質において彼と同じにし、私たちに彼を表現させることです:
1.神の永遠の定められた御旨は、ご自身を私たちの命として私たちの中へと造り込むことです。そ
れは、私たちが彼を表現するためです。
2.私たちが、神の属性を伴う神を食べ、消化し、吸収することを通して、私たちの中で生み出される
人性の美徳は、神の表現となります。
神は愛また光であり、聖また義です。私たちは神を食べ飲みするとき、彼を愛、光、聖、義とし
て生きます。これらの神聖な属性は、神の表現として私たちの美徳となります。私たちは、だれ
かが神を食べ消化してきたと、どのように告げることができるのでしょうか? 私たちは彼の内
側からの神の表現によって、これを告げることができます。この神の表現は神の語りかけです。
神聖な属性を伴う神を吸収することを通して生み出される人性の美徳は、神の表現となります。
3.神の願いは、私たちが神の団体の表現のために彼と一になって、彼を生きることです。
ピリピ1:21 なぜなら、私にとって生きることはキリストであり、死ぬことは益であるからです。
E.私たちは神にしたがって牧養する人たちとして、神を代行し、代理の神として機能する必要があります:
1.エホバはモーセを「パロに対して神」としました。モーセにおいて、神はご自身を代行し、彼のみこ
ころを行なう人を得ました。
出3:18 彼らはあなたの声に聞き従う.あなたはイスラエルの長老たちと共に、エジプトの王の所
に行って、彼に言いなさい、『エホバ、ヘブル人の神が、私たちに会われました.今私たちに荒野
へと三日の行程を行かせてください.そしてエホバ・私たちの神に犠牲をささげさせてください』。
2.サムエルは神を代行する者として、代理の神でした。
a.サムエルが代理の神となることができたのは、彼の存在と神の心が一であったからです。
b.サムエルの生活と働きは、神の心の中にあるものは何であれ完成するためにありました。
3.預言者エリシャは、神の人として、彼の務めにおいて、神の代理として、代理の神として振る舞い
ました。今日、私たちキリストにある信者たちは、同じであることができます。
5
4.パウロは、キリストの大使として、すなわち、神を代行した者として、代理の神でした。
最終的に、私たちはキリストの大使となって、彼の権益のためにこの地上で彼を代行しなけれ
ばなりません。私たちは、これは偉大すぎる、大きすぎると思うかもしれません。ある姉妹たちは、
自分は弱い器にすぎないと思うかもしれません。彼女たちは、どうして自分はキリストの大使と
なって、この地上で最高の権威を代行することができるのかと思うでしょう。兄弟であっても姉妹で
あっても、私たちはみなキリストのからだの肢体です。最高の権威はかしらとしてのキリストであり、
私たちはからだの肢体として、かしらの代理でなければなりません。かしらの代理として、私たち
は大使です。 Ⅱコリント11:2 私は神のねたみをもって、あなたがたをねたんでいます.なぜなら、
あなたがたを清純な処女としてキリストにささげるために、一人の夫に婚約させたからです。
F.神にしたがって牧養することは、神を人に供給することです:
1.今日、主の回復における私たちの働きは、手順を経た神を人々に供給することです。
Ⅱコリント13:14 主イエス・キリストの恵みと、神の愛と、聖霊の交わりとが、あなたがた一同と共にあ
りますように。
2.三一の神は、キリストの中に具体化され、究極的に完成された霊として実際化されています。これ
が、私たちが礼拝し、告げ知らせ、人に供給する神です。
3.言葉を供給する人たちは、単なる教理ではなく、神と実際を聖徒たちに供給すべきです。
言葉の務めは、聖徒たちに命の霊としての神を供給することです。語られる言葉は、霊また命で
なければなりません。これは聖徒たちを神と接触させます。これは今日、召会における緊急の必要
です。
4.私たちがどれほど人に神を供給することができるかは、私たちが命の流れ出のために神によって
砕かれていることにかかっています。
私たちは、外なる人が言葉の務めに対する最大の妨げとなっていることを、覚えておかなけれ
ばなりません。人がどれほど賢くても、外なる人は内なる人に置き換わることは決してできません。
外なる人が砕かれ粉砕されてはじめて、内なる人は正しい思想と適切な言葉を思いつき、流し出
すことができます。外側の殻は、神によって砕かれなければなりません。この殻が砕かれれば砕
かれるほど、霊の中の命はますます解放されます。
5.もし私たちが互いに神を供給したいなら、恵み、真理、霊、命の言葉を語り、私たちの存在の中へ
と造り込まれた手順を経た神を供給する必要があります。ヨハネ6:63 命を与えるのはその霊である.
肉は何の役にも立たない.私があなたがたに語った言葉は霊であり、命である。
6.私たちは神をもって聖徒たちを養う必要があります。それは、彼らが完全な享受と満足を伴う命の
供給を受けて、キリストのからだを建造するためです。
6
経験(学生編):
① 神のエコノミーに沿った人生設計:神は生きたお方であり、彼には一つの計画があります。この計画はあな
たの人生と極めて大きな関係があります。この計画を聖書では神のエコノミーと言っています。神のエコノ
ミーとは、神ご自身をあなたの中へと造り込むことです。それは、あなたが命、また命の供給として神を受け
入れて、神を生きるためです。あなたは若い学生の時から、自分の人生設計、将来のプランを立てる必要
があります。あなたがプランを立てる時、最も重要なことは神のエコノミーに沿ったプランを立てることです。
② 進学先を選ぶ時に考えるべきこと:あなたが大学または大学院への進学について考える時、あなたは
自分の適性だけでなく、あなたにとって実際的に神のエコノミーである召会生活について考慮する必
要があります。召会生活を実行するために、次のような仕事に就くための観点から進学先を選んでくだ
さい。a)罪に直接かかわらない仕事、b)時間において忙しすぎない仕事(主日集会、祈りの集会、家
庭集会などに参加できる)、c)この2点を満たした上で収入ができるだけ多い仕事。これは経済的に家
庭を支え、召会を支えるためです。
③ 召会生活を勝ち取る:召会生活を実行できなければ、最終的にはあなたはサタンの奴隷になってしま
い、神の祝福から落ちてしまいます。試験前で集会に出る時間が制限されるとしても、主日集会と毎朝
の復興の時間は勝ち取り、主に祝福された学生生活を送りましょう。マタイ6:33 むしろ、まず父の王国
と父の義を求めなさい.そうすれば、これらの物はすべて、あなたがたに加えられる。
④ Win-win strategy:クリスチャンの学生であるあなたには、一見、次の4つのパターンがあるように見えます。
学生生活
クリスチャン学生の
しかし、召会生活だけ一生懸命やって勉強を放棄する生活、あ
生活のパターン
Win
Lose
るいは、召会生活を放棄して勉強やクラブ活動に専念する生活
Win Win-win Win-lose
召会生活
Lose Lose-win Lose-lose
は、早晩「Lose-lose」に陥るので、 実は「Win-lose」 「Lose-win」
の選択肢はないのです。さらに「Win-win」と「Lose-lose」から選ぶのですから、あなたには学生生活で
もクリスチャン生活でも勝利する「Win-win strategy」をとる以外に他の選択はありません。「Win-win
strategy」を持って、「毎朝復興・日々勝利」の生活を確立してください。
⑤ 英語と中国語を学ぶ:英語ができることは、将来仕事に就くことで有利であり、また召会生活においても有
用です。あなたは学生のうちに英語を一生懸命、勉強してください。グローバル社会において、英語ができ
なければ制限された仕事にしか就けません。世界で一つのキリストのからだを証しする主の回復において、
あなたが英語ができれば交わりの機会が大きく拡大します。さらに、中国語を学ぶことができれば、会社
においても、召会においてももっと有用になります。中国語も学んで、中国語の聖徒たちと交わりましょう‼ 7
経験(ビジネス・パースン編):
① 外なる人は砕かれなければならない:あなたは外なる人が砕かれなければ、召会の中で言葉の務め
を行ったり、会社の中でキリストを豊かに経験し、キリストを大きく表現したりすることはできないことを
理解してください。外なる人とは、器官としての体と、命またパースンとしての魂からなっています。内
なる人は、命またパースンとしての再生された霊と、器官としての魂からなっています。
Ⅱコリント4:16 こういうわけで、私たちは落胆しません.それどころか、私たちの外なる人が朽ちていっ
ても、私たちの内なる人は、日ごとに新しくされていきます。
② ハイ・パフォーマーになるために魂の命を否む:魂の命は否まれなければなりませんが、魂の機能、す
なわち思い、意思、感情は、征服されることによって新しくされ引き上げられなければなりません。その
結果、魂の各機能は、内なる人のパースンである霊によって用いられることができます。あなたの魂の
命が否まれなければ、あなたの魂は正常に機能することができません。言い換えると、感情において
憎むべきものを愛したり、愛すべきものを憎んだり、思いにおいて理解力が暗くなり、物事の本質を見
失ったり、意志において頑固になり、変化に柔軟に対応できなくなったりしてしまいます。このような人
は会社の中でハイ・パフォーマーになることはできません。
さらに具体的に言うと、あなたは自分を助けてくれる人を敵とみなしたり、自分を妨げている人を味方と
みなしたりするようなことが、会社の中では実際に多々あります。また別の場合、最重要点、重要点、そ
の他の事柄の区別がつかないので、正しく優先順位をつけることができません。なぜこのようなことが起
こるのかというと、外なる人が砕かれておらず、魂の機能が不正常で、引き上げられていないからです。
③ 内なる人が増強される:あなたは魂の機能が正常化することと、あなたがあなたの会社でハイ・パ
フォーマーになることとは密接に関係していることを理解してください。そして、魂が正常化するために
は、あなたの内なる人、再生された霊が増強され、あなたの霊があなたの魂を指示し、方向づける必
要があります。また、霊の中の神の命が魂の各部分に浸透していく必要があります。
エペソ3:16 どうか御父が、彼の栄光の豊富にしたがい、力をもって、彼の霊を通して、あなたがたを内
なる人の中へと増強してくださいますように.17 またキリストが、信仰を通してあなたがたの心の中に、
ご自身のホームを造ることができますように.
④ 具体的な道:再生された霊を増強するために、あなたはキリストと召会に来る必要があります。キリス
トに来るとは具体的には、a)神の言葉に来て祈り読みすること、b)自分の霊に戻り、霊の中で霊なる
主と交わること、c)主に向かって詩歌を歌い賛美することです。召会に来るとは、a)召会の集会に来
ること、b)主と兄弟姉妹に開いて交わりをすること、c)兄弟姉妹と共に勤勉に奉仕をすることです。 8