現代会計における対応概念の意義

現代会計における対応概念の意義
羽根佳祐
1.はじめに
費用収益の対応概念は、発生主義会計を支える基礎概念のひとつである。1900 年代初頭
に利益計算が会計の中心的課題となるにつれて、企業努力を示す費用とその成果を示す収
益とを有機的に関連づける対応プロセスが台頭した。それ以降、対応概念は期間利益計算
を決定する中核的な基礎概念として「会計理論の中核」として位置づけられてきた
(Littleton 1953, 30)
。しかし、その一方で対応概念に対して様々な問題が指摘されてきた
のも事実である。
たとえば、
「対応」が何を意味するかについて論者によって見解が異なることが問題とし
てよく挙げられる。AICPA(1970)によれば、対応という用語は利益計算のプロセス全体
を指す場合もあれば、より限定的に費用認識プロセスを指す場合もあるという。また、収
益費用アプローチと資産負債アプローチとでは対応観が異なると指摘されている。伝統的
な収益および費用の対応プロセスのもとでは適正な期間利益を算定することが至上命題と
されるため、資産および負債は将来の経済的資源の有無という観点から定義されず、収益
および費用を適切に対応させていく過程で当期収益との対応関係から外れた「未決状態の
対収益賦課分」として捉えられる。
利益を「資産・負債の増減額にもとづいて定義する」資産負債アプローチの支持者から
してみれば、計算擬制項目の計上は、損益のボラティリティを均させるための口実でしか
ない。計算擬制項目の出現はフローを重視しストックを副次的情報と捉えたことの当然の
帰結ではあるが、資産負債アプローチの台頭とともに対応概念が批判されることがある。
しかし、FASB や IASB の基準書では、明示的かは別として、対応の思考が依然として息
づいている。すべての資産および負債が現在価値測定させることになれば対応プロセスが
不必要となると指摘されているが、現実には金融商品会計でさえも全面公正価値会計には
至っていない。また、FASB/IASB の収益認識プロジェクトでは当初、新しい収益認識基準
に公正価値モデルの適用を提案していたが、多くの利害関係者からの反対にあい、結局の
ところ従来の会計モデルと親和性のある収益認識モデルで基準化された。かつて AAA
(1977)が指摘したように、既存の対応概念に満足できなくなった研究者が多数現れなが
らも、彼らの提唱した代替的手法から対応概念に置き換わるような会計理論の「後継者」
は現れなかったといえよう。このことは、これまでに数々の問題が指摘されながらも、対
応に対して一定の意義が認められてきた証である。対応が多義的に解釈されてきたのも、
対応計算の有用性が認めた上で、時代によって求められる会計情報を提供できるように改
良が施されてきたからに他ならない。
1
しかしながら、全面公正価値会計には至っていないものの公正価値測定の適用範囲は着
実に拡大している。収益費用アプローチから資産負債アプローチへと会計観が移行するに
伴い、対応のあり方が変容してきたのも事実であろう。また、金融商品会計、および保険
契約会計基準における最近の提案では、公正価値会計のもとでの対応プロセスのあり方が
如実に表れている。
本稿では、対応について論じた先行研究および会計基準を概観することで、収益費用ア
プローチにおける費用収益の対応の意義を振り返るとともに、資産負債アプローチにおけ
る対応手続の変容について明らかにすることを目的としている。また、資産負債アプロー
チに移行することで、収益費用アプローチにおける対応手続に寄せられた批判を克服する
ことができるのか検討を加える。結論から言えば、伝統的な対応概念がそうであったよう
に、資産負債アプローチの対応手続にもいくつかのバリエーションがあり、従前と似たよ
うな問題を抱えているといえる。
2.対応に関する先行研究
2.1 Paton and Littleton(1940)の対応観
この Paton and Littleton(1940)をして「対応概念の成熟」と言われる(Beams 1968, 22)
。
したがって、Paton and Littleton(1940)は、損益計算における会計上の対応概念を体系
的に記述した著作として意義づけられる。Paton and Littleton(1940)は受託責任評価の
観点から期間損益計算を重視する立場をとり、取得原価主義を採用している。
Paton and Littleton(1940, 123)は、
「会計の主たる目的は、費用および収益を対応さ
せる組織的なプロセスをつうじて、期間利益を測定することである」
(Paton and Littleton
1940, 123)と述べるように、対応概念の意義は期間損益計算の必要性に換言される。彼ら
の対応プロセスでは、まず、取引の完了とそれに伴う対価の受取を要件とする実現主義に
もとづき、成果たる収益が認識される。一方、費用の会計は、(1)原価の発生に応じ、正
当な配分にもとづいて確かめ記録する段階、(2)原価を営業活動によって跡づけ再分類す
る段階、
(3)原価を収益に配分する段階の 3 段階からなる。第 3 ステップにおいて「実現」
収益と対応づけられるように費消原価(費用)は配分されていくことになる。
Paton and Littleton(1940)における利益計算は投下資本回収計算であり、利益数値を
「経営効率性」の尺度として重視していた。企業努力(費用)と成果(収益)の差額は経
営能率を反映しており、この情報は、出資者が経営者を評価するために重要なものである。
Paton and Littleton(1940)は、株主の行う受託責任評価を念頭に、利益数値を経営能
率の評価指標として重視していた。Paton and Littleton(1940)では前述のように取得原
価主義が採られているが、その主な論拠として、取得原価が「検証力のある客観的な証拠」
であることを挙げている。すなわち、取得原価は交換の対価として買手と売手とが互いに
同意した評価額を表わすものであり、したがって、客観的に決定された現金収支に基づく
金額である。彼らが検証力のある情報(取得原価)に重きを置いたのは、会計情報が株主
2
への説明責任(受託責任)を果たす際に用いられるという事実を反映したためである。
取得原価主義のもとでの対応概念は、評価益が排除されるため、収益認識基準としての
実現主義と密接に結びつく。AIA(1952, 28)は、費用収益の対応原則がもたらした最も重
要な長所として、利益数値を客観的かつ検証可能なものとしたことにあると述べる。この
対応原則の長所は「実現」の長所と軌を一にしている。実現主義を採用することによって
もたらされた期間損益計算の適正性および確実性は、利益数値に処分可能利益としての性
質を付与することに貢献する。FASB(1976)が、実現は対応に包摂されると述べたように、
利益計算上、実現と対応は不可分な関係と捉える見解が主流となる。
2.2 Edwards and Bell(1961)の対応観
一般物価および個別価格水準の変動が著しい環境下において、従来の取得原価主義にも
とづく損益計算機構の妥当性がしだいに失われはじめる。そこで、Paton and Littleton
(1940)に代表されるような取得原価主義の枠組みの中で論じられていた投下資本回収計
算に、時価会計を取り込む議論が活発におこなわれるようになる。価格変動期における費
用収益の対応計算の精緻化を意図した試みとして、Edwards and Bell(1961)が挙げられ
る。すなわち、Edwards and Bell(1961)は、投下資本回収計算という伝統的な利益計算
の枠組みを維持しつつも、費用計算に時価会計を導入した。
Edwards and Bell(1961, 3)は、会計目的として過去の経営意思決定を評価することに
重きを置いた。主たる会計情報利用者として経営者が想定されており、過去の経営意思決
定を評価することによって、将来の意思決定の改善に役立てることが期待される。意思決
定は、企業が実際に行った当期の活動についての客観的な情報に基づく必要があるが、そ
のような情報は、企業資産の市場価値と、その変動である。
また、価格変動期において適切な経営意思決定をおこなうために、企業の生産活動(生
産要素を使用することによって利益獲得を目指す活動)と保有活動(生産要素あるいは生
産物を保有することによって利益を生む活動)を分離し、それぞれの活動に関連する利益
を明確に区別する必要がある(Edwards and Bell 1961, 36)
。
生産活動からの利益である営業利益は、ある期に、アウトプットのカレント売価(販売
される財貨ないし用役の対価として、当期中に実現された価値)が、それに関連するイン
プットのカレント原価(資産を現在の形にまで生産するのに使用したインプットを、現在
取得するための原価)を超過した分である。一方、保有活動に関する利益(保有利得)は、
企業が、その会計期に資産を保有している間に、その資産のカレント原価が増した分であ
り、実現可能原価節約と呼ばれる。営業利益と実現可能原価節約を足したものが経営利益
である。実現主義にもとづけば、実現時まで保有利得が計上されず、また実現時に営業利
益と区分されず一括して計上されることになる。一方、経営利益は営業利益と保有利得を
明確に区分するとともに、保有利得についてもタイムリーな報告が可能となる。
ただし、Edwards and Bell(1961)は、経営利益があらゆる会計目的に役立つとは限ら
3
ないことを留意している。たとえば、換金可能性の低い保有利得を含む経営利益そのもの
を課税の基礎を見なすことには問題がある。彼らは、課税の基礎として相応しいのは実現
利益であることを認め、課税所得計算の目的のためには、実現利益と未実現利益を区分す
るように修正を加えることを提唱している。
Edwards and Bell(1961)が時価会計を提唱した意図は、価格変動を考慮に入れた正確
な利益計算を達成することである。経営利益の計算にあたり、営業活動においてはカレン
ト売価(収益)とカレント原価(費用)とが対応されることで当期営業利益が算定される。
保有活動については当期と前期のカレント原価が対比されることで実現可能原価節約が算
定される。なお、カレント売価は、販売(実現)収益に他ならない。Edwards and Bell(1961)
の費用収益の対応では、費用および収益が因果関連性を有することが要請されるだけでな
く、同一価格水準での対応が要請されている。
Edwards and Bell(1961)の提案に基づけば、製品原材料が毎期カレント原価で再評価
されることになるため、貸借対照表で時価情報が提供されることになるが、そのことは彼
らにとってあくまでも副次的な利点であったことは付記しておこう。
2.3 AAA(1965)の対応観
営業利益と保有利得を区分するという Edwards and Bell(1961)の提案は、AAA(1965)
に受け継がれた。AAA(1965, 368)は、会計の役割を企業の諸活動の理解に不可欠な情報
の収集ならびに伝達することとしたうえで、伝達される情報は、経営者、所有者および他
の利害関係者が、企業の業績に関する判断をなす際に用いられると述べる。AAA(1965,
370-371)では、収益を生み出すための努力は①生産物ないしはサービスの完遂を効率的に
行ったことの努力と、②市場において有利なポジションを占有したことの努力という少な
くとも 2 つの経営上の努力からなり、原初支出項目を再調達価額で再測定することによっ
て購買努力に関する有効性を識別することができるとされている。
さらに AAA(1965)が特質すべきは、計算擬制項目の計上可否を判断すべく、これまで
因果律の中で捉えられていた費用収益の対応について新たな「関連づけの基礎」を提唱し
たことである。AAA(1965)のいう正の相関関係にもとづけば、支出額に将来収益の創出
能力があるか否かによってそれを繰り延べるべきかが判断される。AAA(1965, 369)は、
理想的には因果関係が実現収益に費用を対応させることの基礎として用いられるべきとし
つつも、間接費などの特定項目については明確な因果律を特定することが困難であること
を受けて、ある意味「次善の策」としてこのような提案を行った。たとえば、間接費はそ
の支出から将来収益の創出能力が明確に認められる場合に正の相関関係を有することとな
り、当該支出額が繰り延べられ、次期以降の収益に対応させることとなる(AAA 1965, 70)。
正の相関を援用することは、資産性を有さない計算擬制項目の排除に役立つとしても、
将来収益との相関が確認できない支出は当期に費用処理されることになり、当期に配分さ
れる間接費が当期収益にどれだけ貢献するかは二の次であると思われる。すなわち、AAA
4
(1965)では、一部の費用に関しては支出額の繰延可否の判断が先行し、それに追随して
損益計算が行われることになる1。
2.4 Bedford(1965)の対応観
Bedford(1965)は、企業がおこなう諸活動それぞれの効率性を測ることに重きを置き、
Edwards and Bell(1961)の生産・保有活動の二区分をさらに細分化して、それぞれの諸
活動について対応計算を展開させた。Bedford(1965, 17)は、企業利益を「経営管理のプ
ロセス評価するための手段」と捉えている。
Bedford(1965)の対応プロセスと切り離して論ずることはできないのが彼独特の利益概
念である。Bedford(1965)は、ブリッジマン(Bridgman, Percy Williams)の提唱する
操作主義 に依拠して、操作的利益概念を提唱した。Bedford(1965)に従えば、操作的利
益は利益を測定するために行われる特定の「操作」によって定義される。そこで彼は「操
作」の候補として、
(a)企業の活動と(b)会計利益を測定する会計担当者による遂行を挙
げる。Bedford(1965, 73)は「活動」によって利益を定義することを選択するが、そのこ
とは会計担当者がおこなう対応プロセスにも整合するとしている。
Bedford(1965)は、経営活動を (a) 投資家、債権者からの資金調達活動、(b) 従業員や
原材料などの経営資源2の取得活動、(c) 経営資源の保有活動、(d) 生産活動、(e) 販売活動、
(f)利害関係者への利益分配活動に細分化する。上記の経営活動のうち活動の効率性を評価
すべき利益創出活動は(b)~(e)である。
Bedford(1965)は、それぞれの利益創出活動の能率を評価できるように対応プロセスを
修正する。Bedford(1965)は Edwards and Bell(1961)と同様、保有利得・損失の計上
を積極的に推奨している。彼は実現主義を批判し、収益は経営(利益創出)活動の全工程
で生じており、価値が付加されるごとに認識すべきと考えられている。
彼の損益計算プロセスによれば、
「ある一つの活動の成果は、その次の活動に支払われた
努力」として引き継がれることになる(Bedford1965, 177)
。取得活動では、努力指標とし
ての実際の取得原価と、成果指標としての他の諸企業によって支払われるような平均的価
格(客観的取得原価)が対比され、差分として取得活動利益が算定される。続く保有活動
では、客観的取得原価がその努力指標(インプット)として引き継がれ、成果指標(アウ
トプット)たるカレント原価と対比される。生産活動では、カレント原価がその努力指標
として引き継がれて、成果指標たる正味実現可能価額と対比される。販売活動では、正味
実現可能価額がその努力指標として引き継がれて、成果指標たる販売時の実際の販売価格
と対比されることになる。
以上のように、Bedford(1965)の対応プロセスでは、各利益創出活動のインプットとア
プトプットの価値の差額として、それぞれの活動からの利益が算出される。取得・利用活
1
2
同様の見解は Sorter and Horngren(1962)でもみられる。
Bedford(1965)は、これらの資源をサービス資源と称している。
5
動からの利益(保有利得)は Edwards and Bell(1961)における「原価節約」に該当する。
一方、再結合活動からの利益は保有利得であっても「未実現売却損益」である。
2.5 Storey(1978)の対応観3
Storey(1978)は、貸借対照表への計算擬制項目の計上問題を解消すべく、出口時価会
計における対応プロセスを検討している。Storey(1978, 7)は、費用収益の不十分な対応
が、現代会計における不十分な利益計算にきわめて責任があると述べ、従来の対応プロセ
スを批判する。加えて、実現などの周辺概念の抱える「限界」についても指摘する。Storey
(1978, 9-10)は、伝統的な対応プロセスのもとでは (a) 過去志向的(backward-looking)
な情報が提供されることになり、未来志向の意思決定を形成するために役立てることがで
きず、(b) 実現主義にもとでは、収益の認識時点をどの単一時点とするかは任意のものであ
るにもかかわらず、その選択が利益決定を大きく左右し、(c) 貸借対照表では資産価値が報
告されないことを批判する。
また、費用計算においても恣意性が介在すると批判する。実現収益に費用を適切に対応
させるためには、
(1)原価を製造原価と期間原価に分けるステップと、(2)製造原価を現
在の収益に関連するグループと将来の収益に関連するグループに分けるステップが必要だ
が、それらの分割は非常に恣意的であると批判する(Storey 1978, 74)
。
そこで Storey(1978)は、これらの恣意性を排除し、かつ貸借対照表において資産価値
を適切に報告するために、正味実現可能価額の評価替による収益認識を提案する。Storey
(1978, 107)によれば、棚卸資産を正味実現可能価額で毎期評価替することで、収益は製
造プロセスが進行し、棚卸資産の価値が増加するにつれて認識されることになる。一方、
費用は、収益への配分を考慮することなく、まず期間に対して配分される(Storey 1978,
106)
。
ここで、Storey(1978)における費用収益の対応プロセスでは、収益は、当該期間に発
生した費用によって生み出されたものとみなされるため、結果として費用に対して収益を
対応することになる。なお、すべての費用は期間費用とみなされるため、上述の製造原価
と期間原価の区分問題は解消される。
以上のように、Storey(1978)は、伝統的な対応、実現、配分手続を批判し、収益認識
と費用認識を別個の基準にもとづき行うことを提案している。Storey(1978)の対応概念
によれば、それぞれ別々の基準で認識された収益と費用は、会計期間を媒介として同一期
間に生じたという相関関係を基礎として対応させることになる。
3.公正価値会計における対応観
前述のように、対応概念は計算擬制項目の計上を許容するなどの批判をうけながらも、
Storey(1978)は、ストーリー(Storey, Reed Karl)の 1958 年の学位論文をもとにして
いる。
3
6
会計理論の中核であり続けている。また、Storey(1978)が提唱するような時価主義会計
のもとでの対応プロセスが基準化されることはこれまでほとんどなかった。しかし近年、
旧経済の製造業から金融資本産業が中心になるにつれて、取得原価主義の限界が指摘され
るようになり、時価会計の領域が拡大傾向にある。また、時価会計の拡大は、受託責任評
価から投資者の意思決定評価へと会計目的観が重点移行したことも無視できない。しかし、
時価会計のもとでも対応プロセスの意義は認められている。
3.1 対応プロセスの利益平準化機能
投資家によるバリュエーション目的が強調されるに伴い、対応プロセスの利益平準化機
能が再度注目されるようになった。利益平準化機能とは「経常的業績の測定に適合しない
事象の財務的影響を排除し、企業業績に対して長期的にのみ作用する事象の財務的影響を
平均化すること」を指す。日本などのアジア諸国では、利益の平準化は安定配当や税務対
策の観点から重視されてきた4。
「損益計算の歪みを回避するための適切な対応」
(Storey and
Storey 1998, 51)と評されるように5、対応計算によりキャッシュフローの再配分を行うこ
とで、利益に長期的な業績指標としての意義が期待できることになる。
図表 1 近年の実証研究
Su(2005)
適切な対応が利益の平準化効果をもたらすことを報告
Dichev and Tang(2008)
アメリカ企業では過去 40 年にわたり、費用収益の対応度が低下し
ていることを報告
Donelson et al.(2011)
費用収益の対応度が低下した要因として、M&A やリストラクチ
ャリングの増加により特別損益項目が増加したことを指摘
Srivastava(2011)
費用収益の対応度が低下した要因として、社会経済が情報サービ
ス業へシフトしたことに伴い、直接費の支出が減少して個別的対
応が低減したことを指摘
Srivastava(2014)
費用収益の対応度が近年低下した要因として、投資成果が不確実
であるインタンジブルズの増加を指摘
Kagaya(2014)
英語圏諸国では対応度が統計的に有意に低下している一方、西欧、
日本を含む極東・アジア諸国では低下幅が小さいことを報告
ただし、対応概念の発芽期には、対応概念の利益平準化機能がそこまで重視されていた
わけではない。Paton and Littleton(1940, 77)は、人為的な平準化をはかる試みと、合理
的な対応/配分プロセスを明確に区別していた。利益の平準化は、発生主義会計のもとで適
切な対応計算が行われる結果としての付随的な効果であり、平準化それ自体が目的されて
きたわけではない。
Kagaya(2014)は、英語圏と極東地域において対応の特性が異なる理由として、極東地
域では安定的な配当や税収を選好していることを挙げる。
5 なお、Storey and Storey(1998)は好意的な意味でこのフレーズを用いていない。
4
7
しかし近年、意思決定有用性の観点から、対応プロセスの利益平準化機能が改めて脚光
を浴びることになる。平準化された利益が、企業価値を評価するために必要な恒久利益の
予測に資することが指摘されている。多くの実証研究では、費用収益のミスマッチが増加
したことにより利益の持続性が低下したことが報告されている(図表 1)
。
Wagenhofer
(2014)
が指摘するように費用収益の不完全な対応をもたらした要因6の特定には未だ至っていない
にしても、近年の実証研究の成果より費用収益の対応が利益を平準化に役立つことが改め
て再確認されることになった。
3.2 公正価値会計における対応プロセス
Dichev and Tang(2008)では、近年の利益の持続性が低下した一因として公正価値会
計の拡大が示唆されている。しかし、公正価値会計のもとでも利益の平準化手段として対
応プロセスが議論されており、ミスマッチを避ける試みがなされている。近年 IASB などで
は、公正価値会計における対応プロセスとして「会計上のミスマッチ」と「経済的ミスマ
ッチ」が議論されている。これらは、一定の状況化で生じる資産と負債ないし収益と費用
のミスマッチを解消または報告することを意図したものである。
3.2.1 会計上のミスマッチの解消
IASB は、おそらく金融サービス業を念頭に置き、公正価値会計における対応プロセスと
して「会計上のミスマッチ」を強調する。IFRS 9「金融商品」
(IASB 2014)では、会計上
のミスマッチが「資産または負債の測定またはそれらに係る利得および損失の認識を異な
る基礎で行うことから生じるであろう測定または認識の不整合」と定義されており(para.
4.1.5)
、金融資産・負債への公正価値オプションの論拠として用いられている。
会計上のミスマッチは、これまでに金融商品、退職給付、保険契約に関する IASB の基準
(案)の論拠として用いられてきた。会計上のミスマッチが特に資産負債の測定に焦点を
当てるのも、上記のトピックスでは ALM が行われているためであろう。例えば、ALM 戦
略において同一のポートフォリオで管理されている資産・負債(群)があるとする。資産
が時価評価されている一方で、負債が原価評価されている場合、資産の帳簿価額が変動す
る一方で負債の帳簿価額は変動しないため、資産側の評価差額を純利益に認識すれば貸借
対照表と損益計算書上で会計上のミスマッチ(ボラティリティ)が生じる。このようなミ
スマッチを解消するために、①資産負債の測定方法、ないしは②評価損益の認識時点をマ
ッチ(統一)させることが提唱されている。
3.2.2 会計上のミスマッチに関する議論の変遷
前述のように、伝統的な対応概念に対して指摘されていた問題の一つは、論者によって
6
なお、近年の実証研究において指摘される費消収益の不対応を引き起こす要因は、かつて
Blocker(1949)で指摘されていた項目とほぼ一致している。
8
多義的な解釈が可能であることであった。会計上のミスマッチについても、何を指してミ
スマッチとみなすのか一義的な見解が定まっていないような節がある。
IFRS 9 における会計上のミスマッチは前述のとおり、測定属性間のミスマッチに加えて、
損益の認識時点のミスマッチ(すなわち純利益をマッチさせるための評価差額の OCI 計上)
についても言及されている。したがって、IFRS 9 では、資産と負債で異なる測定属性が用
いられることが許容される。IFRS 9 では、資産と負債とで異なる測定属性が用いられてい
る場合、再評価されている一方の項目の評価差額を OCI へ計上することで損益の認識時点
を調整することにより、純利益のボラティリティを解消することができる。
その一方で、IASB は、保険契約会計基準に関する公開草案(IASB 2010)においては会
計上のミスマッチを、異なる測定属性を適用しているため、それらの資産および負債の帳
簿価額が経済状況の変化に等しく反応しない場合に発生する不整合と定義しており(IASB
2010, para. BC172[b])
、そこでは測定属性のマッチングのみが言及されている。
保険公開草案と IFRS 9 とで会計上のミスマッチに関する定義に差異が生じたのは、保険
公開草案では、保険負債の評価差額をすべて純利益に計上することこそが財務情報の明瞭
性、透明性や理解可能性を向上させると考えられていたことに起因しよう7。公開草案にお
いても IFRS9 に定義される「会計上のミスマッチ」を採用すれば、保険負債の構成要素の
うち一部の変動差額を OCI 計上するような提案も認められうるため、公開草案ではあえて
「損益の認識時点のミスマッチ」について言及しなかったのかもしれない。
図表 2 会計上のミスマッチの変遷
IFRS9
保険契約公開草案
保険契約再公開草案
ミスマッ
資産と負債とで①測定属
資産と負債とで異なる測
資産と負債とで帳簿価
チの原因
性が異なる、または②損益
定属性を用いるため
額の調整方法が異なる
の認識時点が異なるため
ミスマッ
チの解消
方法
① 同一の測定属性を用
ため
同一の測定属性を用いる
①
いる
同一の測定属性を
用いる
② 評価差額の認識時点
②
を調整する
評価差額の認識時
点を調整する
保険公開草案に対して寄せられたコメントレターの多くが、保険負債の再評価額を純利
益に認識することに対して拒否反応を示したため、2013 年に公開された保険再公開草案
(IASB 2013a)では、保険負債の評価差額のうち金利変動の影響による部分のみ OCI 計上
することが提案されるに至った。それにともない、会計上のミスマッチの定義も、資産お
7
会計上のミスマッチを解消する手段として、OCI を通じて公正価値で測定される持分金
融商品によって担保される保険負債についてはその変動を OCI 計上することも考えられる
が、保険公開草案では、そのような処理を採用すれば保険負債の帳簿価額の変動の一部を
OCI に、一部を純利益に報告することになり、その結果生じる複雑性が財務情報の明瞭性
や透明性を毀損することになると批判されていた(IASB 2010, para. BC180)
。
9
よび負債の帳簿価額および表示が、異なる測定または表示の方法が適用されていることに
より、経済的変化を同等に反映しない場合に生じるミスマッチへと変更せざるをえなくな
った。このため、保険再公開草案における会計上のミスマッチは測定属性のミスマッチに
限定されないものとなり、実質的に IFRS9 の内容と同義と思われる(図表 2 参照)。
会計上のミスマッチの本来あるべき姿(定義)が IFRS9 に示されるものであるとすれば、
IASB 保険契約プロジェクトにおける会計上のミスマッチの変遷はその定義の収斂過程と
捉えることができる。保険公開草案のように測定属性のミスマッチと捉えた場合、解消さ
せる属性は時価か原価かいずれかに統一しなければならない。いずれに合わせるかは何ら
かの「価値判断」が必要になろう。
3.2.3 経済的ミスマッチの報告
上述の「価値判断」の一つの指標となり得るのが「経済的ミスマッチの報告」要請であ
る。経済的ミスマッチとは資産および負債の価値または資産および負債から生じるキャッ
シュフローが、経済状況の変化に対して異なる反応をするときに発生する不整合である。
現在のところ保険契約会計の文脈のみにおいて当該ミスマッチを報告することの意義が述
べられている。
保険会社は ALM を通じて運用資産と負債のリスクを測定し、それを管理することに努め
ている。そこで保険会社は、資産と負債のデュレーション・ギャップやマチュリティー・
ギャップを埋めるために類似した金利感応度や償還期間の資産負債をマッチングさせるこ
とを試みている。しかし、資産と負債の金利感応度や償還期間を完全に一致させることは
至難の業である。経済的ミスマッチを報告するということは、ALM では完全に相殺しきれ
なかった価値ないしキャッシュフローのボラティリティの報告が要請されることになる。
経済的ミスマッチを報告する要請は、IASB が保険契約会計基準において長らく公正価値
会計を推進してきたことを反映していよう。保険契約会計における公正価値モデルの適用
は多くの利害関係者からの理解が得られずに失敗したが、保険負債の現在価値測定が依然
として提案され続けている。経済的ミスマッチを報告することのみを重視すれば、全面公
正価値会計が採用されることになり兼ねない。
ただし、保険契約プロジェクトに寄せられたコメントレターの多くがいかなる局面でも
経済的ミスマッチを報告することが有用な情報を提供することにならないと指摘した。保
険再公開草案では、有配当保険などについては経済的ミスマッチが起こりえない状況8があ
るとして、その場合には、対応する資産の帳簿価格を参照して負債の帳簿価格を決定する
ことが認められている。
8
経済的ミスマッチが起こりえない状況とは、(a) 保険負債の担保資産の保有する義務がき
ぎょうにあり、かつ (b) 担保資産のリターンと保険契約者への保険給付金との間に連動が
ある場合を指す(IASB 2013a, para. 33)
。
10
3.2.4 小括
資産および負債を原価評価または公正価値評価を適用した場合に起こりうる、ミスマッ
チの状況を示したものが図表 3 である9。損益または純資産において会計上のミスマッチが
生ずるのは、(ii)(iii)(iv)(vi)(vii)(viii)である。例えば、(ii)(iv)で示されるように、一方の項目
が純利益を通じて公正価値評価される一方で、他方が原価評価される場合、会計上のミス
マッチが損益と純資産において生じることとなる。このミスマッチを解消させるためにと
られる手段が「公正価値オプション」といえる。
図表 3 資産・負債のミスマッチの解消・報告の状況
資産
負債
HC (AC)
FV-NI
FV-OCI
HC (AC)
(i)
(ii)
(iii)
FV-NI
(iv)
(v)
(vi)
FV-OCI
(vii)
(viii)
(ix)
HC (AC):原価(償却原価)評価
FV-NI:公正価値評価・評価差額は純利益計上
FV-OCI:公正価値評価・評価差額は OCI 計上
会計上のミスマッ
会計上のミスマッ
経済的ミスマッチ
チの解消(損益)
チの解消(純資産)
の報告
(i)
○
○
×
(ii)(iv)
×
×
×
(iii)(vii)
○
×
×
(v)
○
○
○
(vi)(viii)
×
○
○※
(ix)
○
○
○
○:ミスマッチ解消(報告) ※損益のミスマッチは適切に報告されない
×:ミスマッチ解消(報告)せず
なお、現行の IFRS9 では、公正価値測定区分に分類された金融資産に対して、評価差額
を純利益に計上するのではなく OCI 計上を認める
「OCI オプション」
が設けられているが、
会計上のミスマッチを解消することは意図されていないようである10。ただし、OCI オプシ
9
なお、公正価値のヒエラルキー間におけるミスマッチはさしあたり考慮外としている。
OCI オプションが設定された背景として「資本性金融商品を主として投資の価値の増加
のためではなく契約に基づかない便益のために保有している場合には、公正価値による評
価差額は企業の業績を示さない可能性があるとの主張に留意した」とされている(IASB
2014, para. BC5.22)
。
10
11
ョンを活用することによって、(ii)(iv)(vi)(viii)における損益のミスマッチを解消することが
できよう。なお、(iii)(vii)の純資産のミスマッチを解消させる手段は現時点では提案されて
いない11。
前述のように、会計上のミスマッチを測定属性のミスマッチと捉えた場合、属性を原価
または時価のいずれに統一するかは何らかの「価値判断」にもとづくことになるが、
「経済
的ミスマッチを明らかにすること」がその「価値判断」となりうる。たとえば、(i)と(v)で
はともに会計上のミスマッチは生じていないが、経済的ミスマッチを適時に報告しえるの
は全面公正価値の(v)である。
今のところ、経済的ミスマッチを報告する意義は保険契約会計の文脈でしか語られてお
らず、また、いかなる場合でも経済的ミスマッチを報告することが有用な情報を提供する
とは思われていないようである。このような状況下で「会計上のミスマッチを解消させる」
・
・
という理念のみから言えることは、ミスマッチを解消できるように様々な会計トピックス
において会計処理のオプション化を認めるべきであるということである。たとえば、現行
の IAS40 号「投資不動産」では、投資不動産に対して原価モデルと公正価値モデルの任意
選択が認められており、公正価値モデルの評価差額は純損益へ計上されることになるが、
負債とマッチングさせるためには評価差額を OCI 計上する選択肢を設けることが望ましい
かもしれない12。
4.先行研究の比較・考察
前節までに取り上げてきた先行研究を取りまとめたものが図表 4 である。図表 4 に示さ
れる「対応計算の目的」欄には、対応計算により算出された利益数値に何を求めているか、
加えて、各先行研究が主に念頭に置いている会計目的を掲載した。「対応関係にある項目」
欄には、時価評価される項目があればそのことを付記している。
「関連づけの基準」欄では、
因果または相関のいずれが想定されているか示した。さいごに、
「対応の媒介基礎」欄では、
費用および収益(ないしは資産および負債)の対応ベースを示した。
11
このことは利益の平準化がより重視されていることを示しているのかもしれない。また
多くの利害関係者が,純資産の平準化よりも利益の平準化のほうをより重視していること
は注目に値する(IASB 2012, para. 25[c])
。
12 IASB(2013a)では、保険負債の割引率の影響による変動について OCI 計上することが
提案されている。この場合、投資不動産に公正価値モデルが適用されていればミスマッチ
が生じる。なお、IASB(2013a)に寄せられたコメントレターの多くが、会計上のミスマ
ッチの観点から保険負債の変動額について OCI オプションを認めるべきだとしている。
ただし、IASB 概念フレームワーク改訂プロジェクトの一環として、2013 年 7 月に公表
された討議資料(IASB 2013b)では、OCI の計上・リサイクリングに関する包括的な規定
を策定すべく議論が進められているが、そこでは、そもそも保険負債の割引率の変動を OCI
とすることは資産負債とのミスマッチの解消を図ったものとは捉えられていない。
12
図表 4 対応概念に関する先行研究
対応計算の目的
対応関係にある
関連づけの
対応の媒介
(会計の主たる目的)
項目
基準
基礎
Paton=Littl
経営効率性の評価
収益(実現)
eton (1940)
(受託責任評価)
費用(原価)
Edwards=B
経営効率性の評価
収益(実現)
ell (1961)
(経営意思決定評価)
費用(時価)
AAA
経営効率性の評価
収益(実現)
因果(直接費)
製品(活動)
(1965)
(投資・経営意思決定評価)
費用(時価)
相関(間接費)
期間
Bedford
経営効率性の評価
アウトプット価値
相関
活動
(1965)
(経営意思決定評価)
インプット価値
Storey
将来予測資料の提供
資産評価損益
相関
期間
(1978)
(投資意思決定評価)
費用(発生)
Nissim=Pen
ボラティリティの平準化
資産(時価)→損益
相関
ポートフォ
man (2008)
(投資意思決定評価)
負債(時価)→損益
因果
製品(活動)
期間
因果
製品(活動)
期間
リオ
4.1 各先行研究における対応観の異同
Paton and Littleton(1940)は受託責任評価の観点から収益と費用の対応(利益計算)
を要しており、かつ取得原価主義を採用していたことは前述のとおりである。彼らの対応
プロセスに基づけば実現収益に対応づけられるように費用は配分されることになる。Paton
and Littleton(1940)では、収益獲得が利益創出活動の終点として位置付けられおり、そ
こで収益と費用の因果が確定することになる。伝統的に収益および費用の対応といった場
合、収益および費用の関係を因果律で捉えることが試みられてきたのである。費用は企業
努力をあらわし、収益はその努力に対する成果とみなされ、これらを対比することで経営
目標の達成度合を把握することになる。また、対応概念が実現収益との対応計算を要請す
る限りにおいて、利益数値の客観性、確実性が付与され、利益数値に処分可能性が付与さ
れることとなる。
Edwards and Bell(1961)は、Paton and Littleton(1940)の損益計算の基本的な枠組
みを引き継ぎながらも、経営意思決定の評価に重点をおいた。適切な意思決定を行うため
には、生産活動へ投入されるインプット項目の価格変動を考慮する必要がある。そこで
Edwards and Bell(1961)は費用会計へ時価評価を導入した。Edwards and Bell(1961)
では、費用性資産を時価評価するとはいっても、カレント原価(費用)をカレント売価(実
現収益)へ対応させる因果追求の計算構造が維持されている。
AAA(1965)は、Edwards and Bell(1961)の損益計算機構を引き継ぎながらも、新た
な「関連づけの基準」を提案した。AAA(1965)では、直接費は因果律を基礎として実現
収益と対応づけられる一方、間接費にはその支出額の繰延可否を判断するために将来収益
との相関関係が確かめられることになる。そして、将来収益に貢献しない(相関のない)
間接費は、当期の収益へ対応(配分)されることになる。
13
Edwards and Bell(1961)が生産活動と保有活動を区分したのは、どちらかと言えば前
者の能率を知るためという意味合いが強かった。一方、Bedford(1961)は企業の経営活動
をより細分化し、それぞれの効率性をはかることに重きを置き、その手段として対応手続
を拡張させた。Bedford(1965)の対応手続の拡張は実現主義からの解放があってこそ可能
であり、各活動へ投入されるインプットと産出されるアウトプットの価値評価手続が不可
欠である。この点、Edwards and Bell(1961)は実現と未実現の区分が強調されており、
投下資本回収計算や分配可能利益の算定に意義が見いだされている。
「関連づけの基準」として「因果」が想定される場合、収益と費用それぞれの認識基準
が有機的に結合していることが求められる。すなわち、Paton and Littleton(1940)によ
れば、収益に対しては実現基準が採用され、発生費用は実現収益に対応させるように配分
されていくが、これこそが「努力」と「成果」を因果律で捉える計算構造といえる。Bedford
(1965)の対応観は、Paton and Littleton(1940)のように努力と成果が 1 つの計算構造
の中で有機的に結び付けられるというよりも、インプットとアウトプットの価値を別々の
評価基準ではかり、活動を媒介として対比させるものである。彼の対応手続は区分表示に
力点が置かれているように思われる。
Storey(1978)でも、収益および費用はそれぞれ別の基準で認識され、期間帰属が決定
される。彼の対応観は、実現収益をアンカーに費用を配分するこれまでの対応観とは異な
り、発生費用へ見込収益を取り込む計算構造となっている。そもそも Storey(1978)は収
益・費用を因果律で把握することを意図しておらず、彼の関心は、現行の曖昧な実務(収
益認識のタイミングの特定や計算擬制項目の計上)を排除することに寄せられていた。彼
は利益情報の有用性を認めつつも、曖昧な実務からは曖昧な利益数値が算出されることを
危惧する。
Bedford(1965)と Storey(1978)はともに実現主義を批判し、収益会計は資産評価に
とって代わられる。彼らの問題意識は、FASB/IASB 収益認識プロジェクトにも受け継がれ
ることになるのだが、基準化には至らなかったのは周知のとおりである。しかし、金融商
品や保険契約会計において日の目を見ることになる。
IASB(2014)の会計上のミスマッチの議論では、対応関係にある項目は資産と負債(の
変動額)となっている。資産および負債は共通のポートフォリオで管理されていることを
前提に会計処理方法(認識および測定基準)がマッチさせられることになる。両者をマッ
チさせることの目的は、損益や純資産のボラティリティを平準化させるためである。なお
Paton and Littleton(1940)では、利益の平準化は発生主義会計のもと適切な費用収益の
対応が図られた結果として付随的に起こるもので、利益の平準化それ自体は対応計算の目
的とみなされていない。適切な対応計算のもと算定された利益が平準化されていたとすれ
ば順調に投下資本回収が行われていることを示すのであって、平準化を意図して人為的な
修正を加えるような試みを明確に退けていた。
Scott(2014, 255)によれば、公正価値会計論者の一般的見解として、公正価値評価によ
14
るボラティリティは企業環境のボラティリティを反映するものであり、それを人為的に平
準化させるべきでないとするものがある。資産と負債とをマッチさせる必然性が必ずしも
明らかでない現状においては、資産と負債とを整合的に扱うことが経済状況を明らかにす
るためなのか、それとも単に利益や純資産のボラティリティを低減させようとする「人為
的な試み」なのか峻別することができるのか疑わしい。
4.2 資産負債アプローチにおける対応観
各先行研究の対応観を概観してきたが、資産負債アプローチを支持することが「利益は
従属変数」
(FASB 1976, par. 37)とは必ずしもならないことが確認できよう。それは資産
負債アプローチをいかに解するかによる。辻山(2007)によれば、資産負債アプローチの
捉え方として、収益費用アプローチと相互補完的な機能および相互排他的な機能があると
されている。2 つの会計観を相互補完的に捉えた場合、収益費用アプローチに依拠した利益
計算(実現や配分)を維持しつつも、資産および負債の定義を満たさない項目の無制限の
見越し繰り延べに歯止めをかける機能が資産負債アプローチに期待される(辻山 2007,
34-35)
。一方、相互排他的に捉える場合、資産と負債の測定値は収支の額とは切り放して、
基本的に定義そのものから導かれることになり、測定可能である限りはいきおい全面公正
価値測定に結びつく(辻山 2007, 35)
。
2 つの会計観が相互補完的であれば、収益と費用とを結びつける有機的な計算構造が維持
される。Edwards and Bell(1961)では、彼らの提案にもとづけば貸借対照表上で時価情
報が提供されることにもなるが、このことは彼らにとってあくまでも副次的な効用であっ
た。彼らの主眼は、保有資産および負債の現在価値を知ることに向けられているのではな
く、経営能率を評価するために価格変動を考慮に入れた正確な利益計算を達成することに
向けられていた。営業利益の算定において実現収益との対応計算が維持されており、
Edwards and Bell(1961)は 2 つの会計観をある意味、相互補完的に捉えていたといえよ
う。
AAA(1965)は、間接費の繰延(資産計上)可否において、将来の収益性の観点から判
断することを提案していた。そこでは資産評価が先行し、将来の収益性が確認できないも
のは当期に費用化されることになる。当期に配分された費用が、当期の実現収益にどれだ
け貢献するかは明らかではない。AAA(1965)は、2 つの会計観を相互補完的に捉えた 1
つのあり方を示すものであるが、この場合、利益数値が「従属変数」となりかねない。
一方、Bedford(1965)や Storey(1978)の対応観は、相互排他的な会計観であると認
識できよう。Storey(1978)の議論は企業の製造部門に限定されていたが、Storey(1978)
の対応観を拡張すれば、資産負債アプローチにおける収益・費用の対応は資産・負債の評
価プロセスとなる。これが正に当てはまるのが IASB(2014)で示される対応観である。す
なわち、資産・負債の評価差額として算定される収益・費用(利得・損失)には、そもそ
も努力・成果の因果関係はない。企業努力はアセット・アロケーションやポートフォリオ
15
管理に注力され、資源配分やリスク管理がうまくいったかは価値最大化(あるいは安定化)
として現れる。評価差額としての収益・費用を対応させた利益数値は、価値最大(安定)
化のいま一つの表現に過ぎない。
5.
おわりに
Beams(1968, 89)によれば、論者によって対応概念が取得原価主義の論拠として用い
られることもあれば、時価主義の論拠として用いられることがあると指摘されている。し
かし、対応概念を損益計算の基本的な機構を示すものと解せば、対応プロセス自体が収益
および費用の測定基準を規定するものではないため、実際は対応自体が原価または時価主
義の論拠として用いられることはなかったといえよう。いかなる計算構造で収益・費用を
算定し、結合すべきかは会計目的観に依存するものである。しかし、IASB(2014)で示さ
れる会計上のミスマッチを解消させる手段として、測定属性間のマッチングを強調した場
合、ミスマッチを解消させるということが公正価値会計を拡大させる論拠にもなりうる。
また、経済的ミスマッチを明らかにすること自体が会計目的となりうる。
Bedford(1965)では、資金調達活動は利益創出活動とはみなされていなかった。しかし
近年、資金調達・投資活動の重要性が指摘されるところである。現行では、会計上のミス
マッチの解消を根拠として公正価値オプションが適用される範囲は金融資産・負債に留ま
っているが、Bedford(1965)の対応観のように、経営諸活動間の対応関係から経営能率を
はかろうとする試みが広がれば、資金調達・投資活動から生産活動への資金供給関係を捉
えて、そこでのミスマッチを解消またミスマッチを明らかにさせることを目的として公正
価値評価の適用範囲が拡大されることにもなりかねない。ALM や保険会社のソルベンシー
評価において、貸借対照表全体を経済価値評価する議論がなされている昨今、会計がいか
なる情報を伝達すべきかが今一度問われている。
参考文献
American Accounting Association (AAA). 1965. 1964 Concepts and Standards Research
Study Committee - The matching concept. The Accounting Review 40 (2): 368-372.
. 1977. Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance. Evanston, Ill.:
AAA.
American Institute of Accountants (AIA). 1952. Changing Concepts of Business Income
(Report of Study Group on Business Income). New York, NY: AIA.
American Institute of Certified Public Accountants (AICPA). 1970. Basic Concepts and
Accounting Principles Underlying Financial Statements of Business Enterprises .
Statement of the Accounting Principles Board No.4. New York, NY: AICPA.
Beams, F. A. 1968. A Critical Examination of the Matching Concept in Accountancy.
Urbana, IL: University of Illinois.
16
Bedford, N. M. 1965. Income Determination Theory: An Accounting Framework. Boston,
MA: Addison-Wesley.
Blocker, J. G. 1949. Mismatching of costs and revenues. The Accounting Review 24 (1):
33-43.
Dichev, I. D., and V. W. Tang. 2008. Matching and the changing properties of accounting
earnings over the last 40 years. The Accounting Review 83 (6): 1425-1460.
Donelson, D. C., R. Jennings and J. McInnis. 2011. Changes over time in the
revenue-expense relation: accounting or economics? The Accounting Review 86 (3):
945-974.
Edwards, E. O., and P. W. Bell. 1961. The Theory and Measurement of Business Income.
Berkeley: University of California Press.
Financial Accounting Standards Board (FASB). 1976. An Analysis of Issues Related to
Conceptual Framework for Financial Accounting and Reporting: Elements of
Financial Statements and Their Measurement. Discussion Memorandum. Stamford,
CT: FASB.
International Accounting Standards Board (IASB). 2010. Insurance Contracts.
Exposure Draft. London, U.K.: IFRS Foundation.
. 2012. The use of other comprehensive income (OCI) for presenting the effect
on the insurance contract liability arising from changes in specified assumptions.
IASB Agenda Paper 2I (May 2012). London, U.K.: IFRS Foundation.
. 2013a. Insurance Contracts. Revised Exposure Draft. London, U.K.: IFRS
Foundation.
. 2013b. A Review of the Conceptual Framework for Financial Reporting.
Discussion Paper. London, U.K.: IFRS Foundation.
. 2014. Financial Instruments. International Financial Reporting Standard 9.
London, U.K.: IFRS Foundation.
Kagaya, T. 2014. Matching expenses with revenues around the world. In: K, Ito and M,
Nakano (eds) International Perspectives on Accounting and Corporate Behavior,
81-106. Tokyo: Springer Japan.
Paton, W. A., and A. C. Littleton. 1940. An Introduction to Corporate Accounting
Standards. American Accounting Association Monograph No. 3. Urbana, IL: AAA.
Scott, W. R. 2014. Financial Accounting Theory, 7th ed. Toronto, Canada: Pearson
Canada, Inc.
Sorter, G. H., and C. T. Horngren. 1962. Asset recognition and economic attributes - The
relevant costing approach. The Accounting Review 36 (3): 391-399.
Sprouse, R.T. 1966. Accounting for What-You-May-Call-Its. The Journal of Accountancy
17
122 (4): 45-53.
Srivastava, A. 2011. Why Has Matching Declined? SSRN working paper. Available at:
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1932272.
. 2014. Why have measures of earnings quality changed over time? Journal of
Accounting and Economics 57: 196-217.
Storey, R. K. 1978. Matching Revenues with Costs. New York, NY: Arno Press.
., and S. Storey. 1998. The Framework of Financial Accounting Concepts and
Standards. Special Report. Norwalk, CT: FASB.
Su, S. Y. S. 2005. To match or not to match? The British Accounting Review 37 (1): 1-21.
Tsujiyama, E. 2007. Two concepts of comprehensive income. Accounting and Audit
Journal (JICPA) 19 (11): 30-39.
Wagenhofer, A. 2014. The role of revenue recognition in performance reporting.
Accounting and Business Research 44 (4): 349-379.
18