1 後天性骨髄不全症の概念 骨髄不全(bone marrow failure: BMF)の範疇には,骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes: MDS),再生不良性貧血(aplastic anemia: AA) ,大顆粒 リンパ球増多症(large granular lymphocytosis: LGL) ,赤芽球癆(pure red cell aplasia: PRCA),発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria: PNH),骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms: MPNs)などの 後天性骨髄不全に,先天性骨髄不全症候群(inherited bone marrow failure syndromes: IBMFS)が含まれる.これらにはオーバーラップがあり,その境界を明確 1 後天性骨髄不全症の概念 骨髄不全症に含まれる疾患 に区別できないことも多い.図 11)に BMF とそのオーバーラップを示すが,この図も BMF の複雑さを十分に表現できているとは言いがたい. AA は何らかの原因で造血幹細胞が持続的に減少した結果,血球減少を生じた状態 であり,骨髄は低形成である.先天性と後天性があり,後天性には特発性と二次性が ある.特発性再生不良性貧血において造血幹細胞が減少する機序には,①造血幹細胞 自身の異常,②免疫学的機序による造血幹細胞の傷害,③骨髄微小環境の異常が考え られているが,②の T 細胞を介した免疫学的機序による造血幹細胞の傷害が,主な病 態であろうと推測されている.免疫抑制療法(immunosuppressive therapy: IST) の効果も高率である.AA の診断後,経過中に MDS や急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia: AML)へ移行する例がある. MDS は造血幹細胞における遺伝子変異の蓄積により発症するクローン性造血器腫 瘍である.MDS は,原発性と放射線照射や抗腫瘍薬投与を契機に発症するもの(治 療関連)に大別される.典型例では骨髄は正~過形成で,造血細胞に異形成を認める. 臨床像の特徴は,血球減少と AML への進展リスクである.次世代シークエンサーの 導入により MDS におけるゲノム解析が急速に進んでいる.MDS の一部の症例では AA と同様に免疫病態が血球減少に関与している.そのような MDS 例に対しては IST の効果が期待され,実際に IST で造血が回復する症例が存在する. PNH は,phosphatidylinositol glycan—class A(PIG—A)遺伝子に後天的体細胞 498—12594 15 IBMFS MPNs MDS PNH hMDS 1 後天性骨髄不全症の概念 LGL AA PRCA 図 1 骨髄不全(BFS)とそのオーバーラップ MDS: myelodysplastic syndromes(骨髄異形成症候群) , hMDS: hypoplastic MDS(低形成 MDS) , AA: aplastic anemia(再生不良性貧血) , LGL: large granular lymphocytosis(大顆粒性リンパ球増多症) , PRCA: pure red cell aplasia(赤 芽球癆) , PNH: paroxysmal nocturnal hemoglobinuria(発作性夜間ヘモグロビン 尿症) , MPNs: myeloproliferative neoplasms(骨髄増殖性腫瘍) , IBMFS: inherited bone marrow failure syndromes(先天性骨髄不全症候群) (DeZern AE, et al. Oncologist. 2014; 19: 735 45 より)1) 突然変異が造血幹細胞レベルで生じ,その造血幹細胞がクローン性に拡大する.その 結果,血球の glycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカー蛋白が欠損し,補体に よる血管内溶血が起きる.PNH でも,AA や MDS への移行や合併があり,稀に AML へ移行する症例もある. PRCA は網赤血球の著減および骨髄赤芽球の著減を特徴とする疾患である.原則と して赤血球系造血のみが減少する.PRCA は先天性と後天性に区分され,後天性には 特発性と,基礎疾患に伴う続発性がある.また,臨床経過から急性と慢性に分類され る.急性 PRCA の多くは薬剤性あるいはウイルス感染症に伴うものである.後天性慢 性 PRCA の病因として頻度が高いのは,特発性,胸腺腫関連 PRCA,大顆粒リンパ 球性白血病関連 PRCA である.これらに対しては IST が有効である. 原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis: PMF)は MPNs に属する.広範な骨 髄の線維化,髄外造血,末梢血の白赤芽球症などを特徴とする.PMF は,造血幹細胞 レ ベ ル に 遺 伝 子 変 異 が 生 じ た こ と に よ る 腫 瘍 性 ク ロ ー ン 増 殖 性 疾 患 で あ る. JAK2V617F,MPL の変異を伴わない症例の多くの症例において,CALR 変異が検出 されることが明らかになった.JAK2 または MPL の変異のない PMF 患者の 88%で CALR 変異が検出された2).JAK 阻害剤であるルキソリチニブが PMF の治療薬とし 16 498—12594 て登場した. 再生不良性貧血と遺伝子変異,加齢と遺伝子変異 上述したように,MDS は遺伝子変異の蓄積により発症する.一方,AA は非腫瘍性 疾患とされる.しかし,AA の診断後,経過中に MDS や AML へ移行する例がある. この事実からは,MDS/AML に移行する AA 症例では,診断時にすでに体細胞突然 討では,AA の約 20%に変異が認められ,変異を有する集団は変異のない集団と比較 して,有意に MDS/AML に移行する確率が高か った.そ して変 異は ASXL1, DNMT3A,BCOR に集中していた3).2015 年には,さらに多数例(AA 患者 439 例からの 668 検体,82 例では継時的検体)での検討が報告された.骨髄系腫瘍の候 補遺伝子の体細胞変異が約 1/3 の患者で認められ,変異は特定の遺伝子群に生じてい た.クローン性造血は 47%の患者に検出され,変異の保有率は年齢とともに上昇し た.DNMT3A と ASXL1 の変異クローンのサイズは経時的に増大した.遺伝子変異 は予後にもインパクトを与えた.DNMT3A,ASXL1,TP53,RUNX1,CSMD1 の 1 後天性骨髄不全症の概念 変異が生じているという仮説も立てられ,AA 患者 150 例で検討が行われた.その検 遺伝子変異を有する群の臨床転帰は不良であった.一方,PIGA,BCOR,BCORL1 の遺伝子変異を有する群は,予後良好であった4). 健常人でも,体細胞突然変異が生じているという仮説も立てられる.全エクソン シークエンスが大規模な集団(1 万人を超える血液学的な健康人)で行われた 2 つの 研究がある.その研究は同時期に公表された.その結果はほぼ同様で,遺伝子変異を 有するクローン性造血は加齢とともに増加を示した.高齢者の異常クローンの保有率 は約 10%と高頻度であった.MDS で検出される変異である DNMT3A,ASXL1, TET2 の変異が高頻度であった.また,クローン性変異を有する集団は,その後の MDS/AML への移行リスクが高率であった5,6). 新たな理解 健康人や AA 患者においても遺伝子変異を有するクローン性造血が存在することが 明らかになった.分子病態の観点からは,一部の AA 患者は前 MDS 状態にあると理 解することもできる.AA 患者の体細胞突然変異を検索することにより,MDS への進 展を予測できる可能性が高い.若年の重症型 AA 例に IST を選択すべきか,造血幹細 胞移植(hematopoietic stem cell transplantation: HSCT)を選択すべきかの決断 に,体細胞突然変異の有無と種類が判断材料になる可能性もある.分子病態が明らか 498—12594 17 になることにより,さらに AA と MDS の概念,BMF の概念は変貌していくであろ う.治療法の選択にも直結する進歩を期待する. 文献 1)DeZern AE, Sekeres MA. The challenging world of cytopenias: distinguishing myelodysplastic syndromes from other disorders of marrow failure. Oncologist. 2014; 19: 735 45. 1 後天性骨髄不全症の概念 2)Klampfl T, Gisslinger H, Harutyunyan AS, et al. Somatic mutations of calreticulin in myeloproliferative neoplasms. N Engl J Med. 2013; 369: 2379 90. 3)Kulasekararaj AG, Jiang J, Smith AE, et al. Somatic mutations identify a subgroup of aplastic anemia patients who progress to myelodysplastic syndrome. Blood. 2014; 124: 2698 704. 4)Yoshizato T, Dumitriu B, Hosokawa K, et al. Somatic mutations and clonal hematopoiesis in aplastic anemia. N Engl J Med. 2015; 373: 35 47. 5)Jaiswal S, Fontanillas P, Flannick J, et al. Age related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes. N Engl J Med. 2014; 371: 2488 98. 6)Genovese G, Kähler AK, Handsaker RE, et al. Clonal hematopoiesis and blood cancer risk inferred from blood DNA sequence. N Engl J Med. 2014; 371: 2477 87. (松田 晃) 18 498—12594
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