10月号 000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 知っておきたいニュースの深層 第6回 新国立競技場騒動で注目された撤退戦略の是非 2015年7月21日、日本政府は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立 競技場の建設計画を白紙にし、再検討する関係閣僚会議を発足させ、 新計画を9月に公表する見通しを発 表しました。 これまで、 日本の公共事業や企業の事業は、 このような事業撤退をする戦略をもっていなかったという 批判を国内外から受けてきました。今回の政府の決断は、 そのような空気を一掃する契機となる可能性を 秘めています。 適切なタイミングで致命傷にならないうちに撤退する 内閣官房地域活性化伝道師 地方再生人、木下 斉 (きのした ひとし) 氏が、 東洋経済オンラインでのコラ ム「なぜ地方は撤退戦略を持たず事業をするのか」 の中で、 地方活性化事業の基本計画には、 失敗した時の 撤退戦略について書かれているものは皆無といわれています。 木下氏はこのコラムの中で、地域活性化事業を経営の視点でみたとき、 「いかに成功するか」という前 に、 「失敗した時には『適切なタイミングで致命傷にならないうちに撤退する』 ことをあらかじめ決めてお く」ことの大切さを説いています。 なぜなら、撤退戦略がない場合、状況が悪化しても撤退の決断ができないばかりか、責任回避のために ズルズルと発生するマイナス部分を、別の予算で埋め合わせる危険性があります。 また最初から成功する ことしか眼中にないと、冷静に状況を議論・判断することができなくなり、 現状と向き合い、 当初の計画を 柔軟に変更して、 成功に必要な作業を導き出せなくなってしまうためです。 さらに木下氏は、撤退の意思決定をせず、惰性で事業を継続した場合、 「ある一定の段階」 を超えたら、 過 去の投資については「サンクコスト(回収不能費用)である」と、諦める必要があることにも言及していま す。※1 「ルーツ」 「桃の天然水」 をやめるJTの決断 2015年2月4日、日本たばこ産業株式会社(JT)は、飲料製品の製造販売事業についての決断を公表 しました。JTは1988年に飲料事業へ参入し、 「ルーツ」や「桃の天然水」に代表される商品を投入してき ました。しかし、飲料市場全体の成熟や商品のライフサイクル短期化に伴って、事業規模が優劣を決する ※2 競争環境になってきたことを受け、2015年9月末をもって撤退する決断をしたのです。 当初、JTの小泉光臣社長は、2014年12月時点では、飲料事業を存続させる意向を示していました。そ こから一転して、撤退する決断をしたのは、将来のJTグループの成長戦略において再考を重ねた結果、 飲料製品の製造販売事業の発展が困難であるという判断をしたからです。 これは、惰性で事業を継続させるのではなく、 JTグループの将来と市場状況を見据えた勇気のある撤 退ということがいえるのではないでしょうか。 海外事業でも再編や撤退に対する戦略をもつべき 勇気ある撤退戦略が求められるのは、JTのような大企業の国内事業に限った話ではありません。グ ローバル展開が中小企業にも求められるようになるにつれ、 日本と海外の法制度や商習慣の違いから、 ト ラブルに発展することや海外進出後の事業がうまく立ち行かないことも多くなってきました。そこで、 2015年6月、中小企業庁は 「中小企業の海外事業再編事例集」※3を公表しました。海外事業では、現地の 法制度、 商慣習に従うことが必要ですが、さらに大きな問題となるのは、 現地従業員の処遇です。 海外事業 の再編に伴って労働条件が変更になる場合、 個々の従業員との話し合いが必要なケースも出てきます。 そ の解決のためには、専門的な知識と情報、また多くの労力を必要とします。 また、 撤退時には、商標権やブランド、知的財産について、 海外進出した際に設立した現地の合弁会社に 対してライセンス提供をすることや商標権の登録抹消などの対処を探ることを提言しています。 特に中国では企業が進出するにあたって、 日本企業単独ではなく、 現地企業との合弁会社を設立するこ とが多く、これまでは事業運営ノウハウや商標、 ブランドは、 日本企業が拠出し、 合弁会社が名義を保有す るケースが大半を占めていました。しかし、商標権などの知的財産を合弁会社が所有すると、一度業績不 振などの理由で合弁会社の出資持分をほかの出資者に譲渡して撤退した場合、再び新たな形で進出しよ うとする際に商標権を使用することができなくなってしまう可能性も出てきます。そのようなことがな いように、ライセンス契約での提供や商標権の登録抹消などを、 事前に契約として明確に締結しておく必 要性があります。 このような撤退する場合のリスクを最小限にすることも重要な経営戦略です。 JTの飲料事業のように、参入した時と市場状況が大きく変化する時代においては、 事業を惰性で進め ていくような経営は企業自体の存続を脅かす可能性があります。市場からの撤退を視野に入れた撤退戦 略を、参入時はもちろん、現在運営している事業においても、計画しておくことが大切です。その中には、 過去の投資の中で回収することができない、 サンクコストも視野を入れておく必要があります。 それを恐 れると、勇気ある撤退戦略を遂行することはできないことを、JTの飲料事業や「中小企業の海外事業再 編事例集」は示しています。 【出典】 ※1 東洋経済ONLINE なぜ地方は撤退戦略を持たず事業をするのか http://toyokeizai.net/articles/-/74305 ※2 日本たばこ産業株式会社 JT飲料製品の製造販売事業のからの撤退について http://www.jti.co.jp/investors/press_releases/2015/pdf/20150204_J01.pdf ※3 中小企業庁 「海外事業再編事例集」 http://www.meti.go.jp/press/2015/06/20150616001/20150616001c.pdf (PLAN G 大坪 和博)
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