太極拳の“太極”とはなにか? 2) 「太極拳経」から命名された 3)“太極”は

第 3 回地域交流会講話資料(2015.6.28)
講師; 茶木 登茂一
太極拳の“太極”とはなにか?
中国には古来たくさんの種類の「拳法」が存在します。たとえば、少林拳、蟷螂拳、白鶴
拳、梅花拳、八極拳、酔拳、形意拳、などなどいろいろあります。太極拳もそのうちの一つ | 1
ですが、格別な存在です。その理由は「太極拳」という名前にあって、その名前の背負って
いる奥深さ、広がり、複雑さ、にあります。そのあたりを整理してお話しいたします。
1)太極拳の系譜
名称
簡単に太極拳の系譜を復習しますと;
成立の時期
由来
楊名時健康太極拳
1960年
(昭和 35 年)
楊名時師家が簡化二十四式太極拳をもとに創設し、
1960 年から日本で広めたもの。
簡化二十四式太極拳
1956年
(昭和 31 年)
毛沢東主席の命により、長い戦乱で疲弊した中国人民
の体力向上、健康改善を目標として、周恩来首相の指
導により政府の国家体育委員会が、戦前あった楊式太
極拳をこの目的に沿って平易なものに編纂したもの。
共産党の力で中国全土に普及した。
楊式太極拳
1852 年
(嘉永5年)
楊露禅が行っていた綿(軟)拳を 1852 年に太極拳と命名
したもの。北京の紫禁城内で貴族などに教えた。彼の
(楊式伝統拳ともいう)
スポンサー(兼弟子)の武禹襄が発見したとされる『太
極拳経』に由来する名称。楊露禅は陳長興から学んだ
陳家の拳法の中の頭套十三勢から綿(軟)拳、そして太極
拳を編み出したとされている。清朝滅亡後、1920 年代
から孫の楊澄甫が北京などで広めた。
陳式太極拳
1920 年
太極拳と名乗ったのは 1920 年だが、明代末の武将陳王
(大正 9 年) 廷以降、河南省温県陳家溝の陳家に伝わる頭套十三勢
がすべての太極拳の源流であると主張している。
注;楊式太極拳から、武式、孫式、呉式の各派が、陳式太極拳からは趙堡拳が、派生した。
2) 「太極拳経」から命名された
上記のとおり「太極拳」という名前が世に出たのは「太極拳経」が“発見”された 1852 年
以降のことです。実際に普及し始めたのは辛亥革命(1911)後の中華民国時代です。
この太極拳経の冒頭の“太極は無極より生じ陰陽の母なり”という一文から「太極拳」と
命名されたとされていますが、この文章が『易経』からの引用であることは明らかで、あと
に続く部分も『易経』の哲学に添ったものなのです。ですから太極拳の理念や技法の根幹を
理解するには、どうしてもこの『易経』なるものを理解することが必要なわけです。少しや
やこしい話ですが以下説明いたします。
3)“太極”は『易経』の根幹
「太極」という言葉は非常に古く、
『易経』に“易有太極是生両儀 両儀生四象 四象生八
卦”とあります。
『易経』は周時代(紀元前 1050~722 ごろ)の初めに創られたため、
『周易』
とも呼ばれています。いわば宇宙の根源、萬物の起源・生成を解き明かす哲学書でもあり、
また易占の書でもあるものです。
『易経』の基本は「太極(1)⇒陰陽(両儀)(2)⇒四象(4)⇒八卦(8)」です。
陰陽(両儀)は 陽(―)と陰(--)の二種類の横棒「爻(こう)」で表します。
四象では二段に表示するので、次のようになります。
太陽・
少陰・
少陽・
八卦の場合は、もう一段重ねて三段に表示します。これを、
離(り)、
震(しん)、
|2
太陰
巽(そん)、
坎(かん)
、
乾(けん)、
兌(だ)、
艮(ごん)、
坤(こん)、
と呼びます。自然現象を表す言葉がそれぞれ付いていますが、方角を表す言葉でもあり、こ
れを八門とも呼びます。この八卦をさらにそれぞれ組み合わせると8×8=64通り(4頁の
表参照)となって、これにそれぞれの名称と
意味を持たせ、さらに独特の解釈が付けら
れています。これがいわゆる易占いの基本
となります。
またあらゆるものを陰と陽に分類しつく
すことも大きな特徴です。
この八卦(の思想)
を図形に表したも
のが、
「太極図」と呼ばれるものです。代表的なものを上に二つ掲げま
す。左は太極の基本概念である陰(黒)と陽(白)とその消長変化の
関係をシンプルに図にしたもので、太極拳のシンボルマークとしても
使われているものです。
右はその周囲に八卦の配置したもので、これが正式な太極図とも言
われているものです。中国ではこのマーク自身に霊力が宿っているも
のとされ、八角形に造形されていろいろなものに使われています。(建
造物、墳墓、彫刻、お札など。)
宋時代(960~1279)にいたるまでに、この易経の思想は、儒教や
道教、あるいは五行説などとも次第に習合してゆきます。太極図も変
化して五層太極図(左)となります。
と ん い
五層太極図は北宋の「周敦頤」が書いた『太極図説』に描かれてい
るものですが、上の二つの太極図とはかなり異なる太極図です。図は
五層から成り、第一層の赤い円が無極、第二層が陰陽です。陽動、陰
静と付記されています。第三層は陰陽の変化によって(五行説でいう)
五気(水火木金土)が生じるというものです。第四層は陰と陽から男と
女が生まれ、さらにはそれが第五層で萬物が化生していくことを表現
しています。
『太極図説』はいわば儒教の立場から陰陽五行説を解釈して、人間
社会の秩序の大切さを説いているものですが、のちに南宋の朱熹(朱
子)(1130~1200) がこれを高く評価し、いわゆる朱子学として確立し、
後世に、また周辺国、特に李朝朝鮮、日本(とくに江戸幕府)、ベトナ
ム王朝などに大きな影響を与えたとされています。
『太極図説』の日本語訳は以下のとおりです。
『無極にして太極(混沌たる根元)
。太極が動いて陽(分化発動する働き)を生ず。動が極まって
静なり。静にして陰(統一含蓄する働き)を生ず。静が極まってまた動。一動一静、互いに其の
根と為って、分かれて陰、分かれて陽、両儀立つ。陽が変じて陰が合して、水火木金土を生ず。
|3
五気(水火木金土)が順に動いて四時(四季)が行われる。これを五行と言うけれども、要する
に一陰陽である。陰陽は一太極であり、太極はもと無極である。五行が生まれるというけれど、
各々其の性質は常に必ず一になる。これが無極というものの本質(真)。二気(陰陽)五行(水
火木金土)の精(エネルギー)が微妙に配合して形を作る(凝)。乾道、男を成し、坤道、女を
成し、この二気が交わり感じて万物化生していく。その万物は生々して変化窮まり無し。ただ、
あらゆる生物が色々変化してきたが、人間というものだけが其の中の一番秀れたものを得て、非
常に霊妙である。其の秀麗な形を生んで形の中に神(精神の深奥)が知を発する。五性(水火木
金土)が感動して(感に動いて)、ここに善悪というものが分かれ、あらゆる人間活動(万事)
が出てくる。そうして最も秀麗にして神知を発した優れた聖人がこの万物生成化育の道を観察・
開拓して、中正仁義というものを立てた。人間としていかに生くべきか(人極)は静(含蓄・潜
在)を主とする。故に聖人と天地と其の徳を合し、日月其の明を合し、四時(四季=自然の道)
は其の秩序に合致する。鬼(創造の破壊作用)神(生命の進化助長作用)と其の吉凶を合致する。
君子これを修めて吉、小人これに悖*(モト)りて凶。故に、天の道を立てて陰陽と言い、地の道
を立てて柔と剛と言い、人の道を立てて仁義と言う。又、始めをたずねて終わりに返ることによ
って死生を知ると言う。大いなるかな易は。ここに其れ至れり。』
*悖る;そむく。
4)太極拳の深遠さと複雑さ
「易経」とくに「宋易」の思想は、朱子による朱子学によりさらに進化してというか、い
わば儒教や道教をも習合して、中国人の思想、文化、宗教の根底に広がる、あるいは共有す
るいわば普遍的なものになっているわけです。
太極拳という名前は、その意味ですごく奥深いものなのです。要するに宇宙の法則、陰陽
の法則に合致した完璧な拳法であるということを、
「太極拳経」は「柔をもって剛に克つ」
「己
を捨てて人に従う」などと玄妙に表現しているわけです。
健康法として考えるときにも、陰陽五行説や経絡理論にもとづく理論的裏付けに沿ったも
のであることはご承知のとおりです。
ただし、「太極拳経」がすべての太極拳流派に共有されている聖典とは言えないところに、
と ん い
問題の複雑さがあります。たとえば、陳式太極拳では、上に述べた周敦頤の「太極図説」を
基本経典として、楊式太極拳に対抗するかたちで、いわば、あえて「太極拳経」は無視して、
というかそれを超える理論、技法を構築して、自派の太極拳を説明しています。
(このあたり
は、太極拳の本家争いという微妙な問題なので、これ以上の説明はここではいたしません。)
また、中国拳法全般という観点から見ても、たとえば、少林拳や長拳に代表される、あく
まで速く強く戦う流派には、それぞれの原理、技法、があり、
「太極拳経」の示す理論とは当
然異なることも事実です。
ということで、本日は、太極拳の深淵さと、複雑さの一端をお話しさせていただきました。
六十四卦構成表
坤(地)
艮(山)
坎(水)
巽(風)
震(雷)
離(火)
兌(沢)
乾(天)
←上
卦
↓下 | 4
卦
坤
2.坤為地 23.山地剥 8.水地比 20.風地観 16.雷地豫 35.火地晋 45.沢地萃 12.天地否 (地)
艮
62.雷山小
15.地山謙 52.艮為山 39.水山蹇 53.風山漸
56.火山旅 31.沢山咸 33.天山遯 (山)
過
7.地水師
64.火水未
4.山水蒙 29.坎為水 59.風水渙 40.雷水解
47.沢水困 6.天水訟
済
坎
(水)
巽
28.沢風大
46.地風升 18.山風蠱 48.水風井 57.巽為風 32.雷風恒 50.火風鼎
44.天風姤 (風)
過
震
21.火雷噬
25.天雷无
24.地雷復 27.山雷頤 3.水雷屯 42.風雷益 51.震為雷
17.沢雷随
(雷)
嗑
妄
離
36.地火明
63.水火既 37.風火家
13.天火同
22.山火賁
55.雷火豊 30.離為火 49.沢火革
(火)
夷
済
人
人
兌
61.風沢中 54.雷沢帰
19.地沢臨 41.山沢損 60.水沢節
38.火沢睽 58.兌為沢 10.天沢履 (沢)
孚
妹
11.地天泰
26.山天大
5.水天需
畜
9.風天小 34.雷天大 14.火天大
乾(天
43.沢天夬 1.乾為天
畜
壮
有