知的障害特別支援学校に在籍する肢体不自由児に対する

Akita University
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要 第37号 2015年
知的障害特別支援学校に在籍する肢体不自由児に対する
教育の現状と求められる方策†
神部 守* 秋田県立大曲養護学校 藤井 慶博**
秋田大学教育文化学部 本稿の目的は,知的障害児を教育する特別支援学校において,肢体不自由を併せ有する
児童生徒に対する教育の現状を整理し,課題を明らかにすることである.教員に対する意
識調査の結果,児童生徒の実態に応じて指導内容や方法を工夫している一方で,多くの教
員が肢体不自由児を教育する特別支援学校での指導経験がないことから,自身の指導に悩
み,不安を抱えていることが明らかになった.このことから,校内に高い専門性をもつ教
員を配置し,教育課程の編成から指導内容の選定,自立活動の指導に関わる校内研修の実
施など,幅広く助言を受けられる体制づくりが必要とされていた.また,学校での指導に
ついて,理学療法士や作業療法士等から評価や助言を得られるよう外部専門家との一層の
連携が求められていた.
キーワード:知的障害,肢体不自由児,特別支援学校
Ⅰ 目的
2007年,特殊教育から特別支援教育の体制に移行
してから,各学校・園における特別支援教育の体制
整備は進みつつある.しかし,2014年,「障害者の
権利に関する条約」に我が国が批准したことを受け,
共生社会の形成やインクルーシブ教育システムの構
築といった観点から,特別支援教育の更なる充実を
図る必要があり,そのためにはなお多くの課題もあ
る.これらの課題は,2010年 3 月にまとめられた「特
別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議」の
審議経過報告においても整理されている.特に特別
支援学校における現状及び課題として,「近年の在
籍者数の増加や重度・重複化に対応した,規模の適
2015年 1 月 8 日受理
†
The Current State and Policy Measures in Education
of Physically Handicapped Children Enrolled in Special
Needs Schools for Children with Intellectual Disabilities
*
Mamoru KANBE, Oomagari School for Children with
Special Needs, Akita
**
Y oshihiro F UJII , Faculty of Education and Human
Studies, Akita University
第37号 2015年
正化も含めた計画的な整備や複数障害への対応」や
「センター的機能の一層の充実」などが挙げられて
いる.このことにより特別支援学校には,その専門
性をさらに高めつつ,地域に居住する障害のある児
童生徒に対する教育を先導することが求められてお
り,特に複数の障害を併せ有する児童生徒への対応
は喫緊の課題であると考えられる.
現在,A 県には視覚障害特別支援学校,聴覚障害
特別支援学校を含む県立特別支援学校が13校設置さ
れている(分校を含む).このうち,肢体不自由児
を教育する特別支援学校(以下,肢体不自由特別支
援学校)は,B 市にある C 特別支援学校 1 校のみで
ある.この C 特別支援学校には,B 市近郊からの通
学生のほか,隣接する医療療育センターに入院して
治療を受けている児童生徒も在籍している.一方,
知的障害と肢体不自由を併せ有する児童生徒で,遠
距離のため C 特別支援学校に通学できない場合や,
医療療育センターにおける入院治療が必要のない場
合は,各地域にある知的障害児を教育する特別支援
学校(以下,知的障害特別支援学校)に在籍して学
201
Akita University
んでいる.このため,A 県内全ての知的障害特別支
援学校には,肢体不自由を併せ有する児童生徒のた
めの重複学級が設置されており,それぞれ児童生徒
の実態に応じた教育課程を編成し,指導支援を行っ
ている.A 県では2006年度以降,特別支援学校に理
学療法士(以下,PT)や作業療法士(以下,OT)
などの外部専門家を配置するなど,専門的な指導の
充実を推進してきている.しかし県内全ての特別支
援学校で実施されているとは限らず,その取組状況
は学校によって差が生じているのが現状である.文
部科学省の「特別支援教育資料」(2014)によると,
特別支援学校に設置されている重複障害学級のう
ち,知的障害と肢体不自由を併せ有する児童生徒の
在籍率が,小学部は43.1%,中学部は24.5%,高等部
は34.1% と高い割合を示しており,A 県のような状
況は全国的にもみられるものと推察される.
そこで本稿では,知的障害特別支援学校に在籍す
る肢体不自由を併せ有する児童生徒に対する教育の
現状と課題について,教員に対する意識調査を通し
て明らかにし,今後求められる方策について考察す
ることにした.
Ⅱ 対象と方法
知的障害特別支援学校である A 県立 D 特別支援
学校に勤務する教員のうち,肢体不自由を併せ有す
る児童生徒の担当教員と小学部・中学部・高等部の
各学部主事,合計37人を調査対象とした.
調査内容は,①職名(教諭,臨時講師),②特別
支援教育の経験年数および肢体不自由特別支援学校
の勤務年数(2014年度末まで),③肢体不自由を併
せ有する児童生徒に対する指導について日頃考えて
いること,の 3 点とした.③については,工夫して
いることや,それによる成果,疑問に思っているこ
とや悩んでいること,望ましい体制や支援の在り方
など,自由記述により回答を求めた.調査は,2014
年11月から12月にかけて実施した.
Ⅲ 結果
回答は,31人から得られ,回収率は83.8% であっ
た.自由記述によって得られた回答は,KJ 法に準
じてカテゴリー化し,検討した.
1 回答者の状況
回答が得られた31人の職名は,教諭23人,臨時講
202
表 1 職名(n=31)
教 諭
23人
臨時講師
8
表 2 特別支援教育の経験年数(n=31)
30年以上
2人
20年以上
13
10年以上
7
5年以上
6
5年未満
3
表 3 肢体不自由特別支援学校の経験(n=31)
10年以上
3人
5年以上
3
5年未満
なし
5
20
師 8 人であった(表 1).特別支援教育の経験年数
については,20年以上30年未満が13人と最も多く,
次いで10年以上 7 人,5 年以上 6 人,5 年未満 3 人
と続き,30年以上の経験を有する教員も 2 人含まれ
ていた(表 2).また,肢体不自由特別支援学校の
勤務年数については,「経験なし」が20人と最も多
く,全体の 2/3 を占めていた(表 3).
2 回答内容
回答内容を検討したところ,総ラベル数は142枚
であった.これらは,「指導上の工夫や配慮」,「悩
みや不安,課題」,「指導充実のために必要なこと,
提言」の 3 つの大カテゴリーに分類された.
各カテゴリーの内容について,以下に示した.
⑴ 指導上の工夫や配慮
「指導上の工夫や配慮」については,それによる
成果も含め,総ラベル数は54枚であった.これらは
「指導内容・方法」,「指導体制」,「安全確保」,「専
門家との連携」,「保護者との連携」,「教室環境・施
設設備」,「専門性・研修」,「教材・教具」の小カテ
ゴリーに分類された(表 4).
「指導内容・方法」において,最も多く挙げられ
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要
Akita University
表 4 指導上の工夫や配慮(n=54)
指導内容・方法
24
表 5 悩みや不安,課題(n=55)
指導内容・方法
19
指導体制
8
教材・教具
9
安全確保
7
専門性・研修
9
専門家との連携
4
教育課程
7
保護者との連携
3
教室環境・施設設備
5
教室環境・施設設備
3
指導体制
4
専門性・研修
3
専門家との連携
1
教材・教具
2
保護者との連携
1
ていたのが「自分から行動しようとする気持ちを育
てる」ことであった.次いで「様々な姿勢や動きを
経験できるようにする」こと,「本人の気持ちに寄
り添いながら言葉掛けを多くする」こと,「周囲の
児童生徒と関わる場面を多く設定してお互いに適切
な関わり方を学ぶ」ことなどが挙げられた.また,
「大
きな集団での活動を十分経験できることによる社会
性の育ち」や「教員や友人に対する支援要請の仕方
が身についてきた」などが成果として挙げられた.
「指導体制」では,「自立活動の指導の時間には,
担任以外の教員も指導に当たる」,「学部内の同じよ
うな実態の児童生徒が集まって学習する」などの工
夫が挙げられた.これにより「活動の幅が広がった」
ことや,「複数の教員の目で見ることで,より確か
な実態把握につながる」,「肢体不自由特別支援学校
経験者から助言を得ることができる」などの成果が
挙げられた.
「安全確保」では,「体力や体調に配慮した活動内
容や活動量の調整」の他,完全なバリアフリーでは
ない校舎において「段差のある場所の移動や,階段
昇降時の配慮」が挙げられた.
「専門家との連携」では,児童生徒が定期的に利
用している PT や OT によるリハビリテーションの
参観の機会を,学校として設けていることを評価す
る意見が多かった.一方で,これらのリハビリテー
ションを直接参観する機会は年 1 回と限られている
ため,リハビリテーションに関する情報を保護者と
の連絡を密にすることで補っている様子が「保護者
との連携」からもうかがえた.
「教室環境・施設設備」では,「長い距離の歩行が
困難な生徒に対して,本人の体力に応じて車椅子を
使用できるように準備する」ことや,「車椅子の動
第37号 2015年
線を確保した教室環境づくり」,「本人が学習しやす
い姿勢を考慮した学習環境づくり」などが挙げられ
た.
「専門性・研修」では,「A 県教育委員会が実施す
る訪問教育担当者研修会で肢体不自由特別支援学校
の教員から専門的な助言を得ることができた」こと
の他,「校内の肢体不自由特別支援学校勤務経験者
に助言を求めている」こと,「介助方法を介護の分
野から学ぶようにしている」ことなど,自ら積極的
に研修しようとしている姿勢がうかがわれた.
「教材・教具」では,補助具の作成やプリント教
材の個別化が挙げられたが,そのラベル数は「指導
上の工夫や配慮」の中で最も少なかった.
「指導上の工夫や配慮」に分類された54枚のラベ
ルについて,特別支援教育経験年数と肢体不自由特
別支援学校の勤務経験年数によるクロス集計を試み
た.その結果,小カテゴリーにおける偏りは見られ
ず,経験年数による特徴を見出すことはできなかっ
た.
⑵ 悩みや不安,課題
「悩みや不安,課題」だと考えることに関する総
ラベル数は55枚であった.これらは,「指導内容・
方法」,
「教材・教具」,
「専門性・研修」,
「教育課程」,
「教室環境・施設設備」,「指導体制」,「専門家との
連携」,「保護者との連携」の小カテゴリーに分類さ
れた(表 5).「指導上の工夫や配慮」の大カテゴリー
と比較すると,「安全確保」に関するラベルがなく
なり,新たに「教育課程」に関するラベルが抽出さ
れるようになった.
「指導内容・方法」において,最も多く挙げられ
ていたのが「学習内容の選定や,目標設定と評価」
203
Akita University
表 6 「悩みや不安,課題」に関する比較
に関することであった.例えば「実態把握,目標の
設定,学習内容の選定が適切かどうか不安である」
1) 指導内容・方法(n=19)
ことや,「児童生徒の変容が読み取りづらく,年間
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
指導計画や個別の指導計画の中でスモールステップ
30年以上
0人
10年以上
0人
で目標を設定することが難しい」ことなどが挙げら
20年以上
5
5年以上
0
れていた.他には,「活動のペースが他の児童生徒
10年以上
7
5年未満
3
と違うため,集団学習への参加の機会が少ない」こ
5年以上
7
経験なし
16
とや,「できるだけ一人で取り組ませたいが,他の
5年未満
0
活動への影響が大きい」など,個別と集団の学習の
バランスに関することや,「自分で行うか,手伝っ
てもらうのかをどう判断するか」など,自己理解を
2) 教材・教具(n=9)
深める手立てに関することが挙げられた.
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
「教材・教具」では,「自立活動の指導で使用でき
30年以上
1人
10年以上
3人
る教材が少ない」,「座位保持のための椅子等がな
20年以上
6
5年以上
2
い」,「姿勢を整えるための補助具の必要性について
10年以上
2
5年未満
3
理解してもらうのが難しく見逃されがちである」な
5年以上
0
経験なし
1
ど,必要な教材・教具が不足していることが回答の
5年未満
0
大半を占めた.
「専門性・研修」では,「自立活動の指導内容が自
専門性・研修(n=9)
3)
己流になっていると思うが,これでいいのか確認す
る機会が少ない」,「生徒の実態に応じて自立活動の
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
学習内容を設定しているが,本当に生徒に合ってい
30年以上
1人
10年以上
0人
るのか不安である」などと並んで,「対象児が少な
20年以上
4
5年以上
0
く研修機会も少ないため,担任が試行錯誤しながら
10年以上
2
5年未満
3
指導を行っている」,「校内研修の機会が少ない」な
5年以上
2
経験なし
6
ど,研修の必要性が挙げられた.
5年未満
0
「教育課程」では,自立活動の指導時間の確保に
関する記述が多かった.例えば「国語や数学の時間
を使って個別に指導しているが,時間を確保するの
表 7 指導充実のために必要なこと,提言
が難しい」ことや「本人の実態に合わせた課題を行
(n=33)
うことができているものの,時間数が足りない」こ
専門家との連携
10
となどが指摘された.
指導体制
7
「教室環境・施設設備」では,「歩行の練習ができ
専門性・研修
5
る場所がない」,「床面で活動できるカーペット敷き
指導内容・方法
4
の教室が限られている」などの設備の不足に関する
教材・教具
3
回答が大半を占めた.
教室環境・施設設備
3
「指導体制」では,「指導に関する情報交換ができ
教育課程
1
ない」,「実態把握や指導内容について教員間の情報
共有が難しい」ことなどが挙げられた.
「専門家との連携」では,「専門機関でアドバイス
特別支援学校の勤務年数によるクロス集計を行った
された事項を正しく実践できているか,専門家に細 (表 6).その結果,特別支援教育の経験はあるもの
かく見てほしい」といった回答だった.
の,肢体不自由特別支援学校の勤務経験がない教員
小カテゴリーのうち数が多かった 3 つのカテゴ
は,指導内容や方法に悩みや不安を抱えており,研
リーについて,特別支援教育経験年数と肢体不自由
修を求めていることが確認された.
204
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要
Akita University
⑶ 指導充実のために必要なこと,提言
指導を充実させるため,必要だと考えていること
や提言に関する総ラベル数は33枚であった.これら
は,「専門家との連携」,「指導体制」,「専門性・研
修」,
「指導内容・方法」,
「教材・教具」,
「教室環境・
施設設備」,「教育課程」の小カテゴリーに分類され
た(表 7).前述した 2 つの大カテゴリーと比較す
ると,「専門家との連携」に関するラベル数が増加
していた.また,総ラベル数が他と比較して最少と
なっているにも関わらず,小カテゴリー数に変化が
ないことから,教員の考えが多岐にわたっているこ
とがうかがえた.
最もラベル数が多かった「専門家との連携」の内
容は,全て PT や OT との連携に関するものであっ
た.例えば,
「年 1 回の参観の機会が増えるとよい」,
「研修会を行ってほしい」などの他,
「年に 1 回程度,
学校の指導に対するアドバイスをもらえると参考に
なる」,「巡回指導があるとよい」,「PT の助言を指
導に生かしているが,実際に学校での指導場面を見
てもらったことがないので評価やアドバイスがほし
い」など,学校の指導に PT や OT の専門的な助言
が必要であるといった意見が多かった.
「指導体制」では,担当教員だけに指導が任され
るのではなく,学校全体で共通理解を図りながら指
導できる体制づくりが必要だとする意見が多かっ
た.具体的には「担当教員の悩みを校内で共有し解
決できる体制が必要である」ことや,「自立活動の
指導について,経験豊富な教員からのアドバイスが
ほしい(校内にそのような人を配置してほしい)」,
「体の動き等,専門性をもつ教員がいて,いつでも
相談して助言を得られるとよい」ことなどであった.
「専門性・研修」では,
「指導体制」とも関連して,
児童生徒の適切な実態把握と目標設定ができるよう
に研修を行って専門性を高めていくことを求める声
が多かった.そのために「担当教員間で教材研究し
たり,支援方法を学び合ったりできるとよい」,「日
常的に専門的な知識をもつ教員から助言をもらえる
環境が必要である」などの意見が挙げられた.
「指導内容・方法」では,「指導法や教材の工夫が
必要である」とする意見や「同じような実態の児童
生徒が一緒に学習する機会が必要である」ことの他,
進路学習の在り方を含めて「本人にとって必要な力
は何かを考えて学習内容を検討する必要がある」,
「現在行っている指導や支援が将来のどのような姿
第37号 2015年
表 8 「充実,提言」に関する比較
1) 専門家との連携(n=10)
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
30年以上
1人
20年以上
5
10年以上
5年以上
0
2人
10年以上
2
5年未満
2
5年以上
2
経験なし
6
5年未満
0
2) 指導体制(n=7)
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
30年以上
3人
10年以上
2人
20年以上
2
5年以上
3
10年以上
2
5年未満
0
5年以上
0
経験なし
2
5年未満
0
3) 専門性・研修(n=5)
特別支援教育経験
肢体不自由特別支援学校勤務
30年以上
1人
10年以上
0人
20年以上
3
5年以上
1
10年以上
1
5年未満
1
5年以上
0
経験なし
3
5年未満
0
に結び付くのか常に心掛けたい」などの意見が挙げ
られた.
「教材・教具」と「教室環境・施設設備」では,
必要な物品や設備の充実を望む意見の他,「教材研
究でスイッチ教材の作り方など肢体不自由特別支援
学校との連携が必要である」ことや,「教具を学校
間で共有し,貸し出しや情報交換できるシステムが
あるとよい」ことなど,肢体不自由特別支援学校と
の連携を望む意見もあった.
「教育課程」に関しては,対象児童生徒の実態を
考慮し「日常生活動作の速度に合わせた教育課程の
編成を検討する必要がある」という意見が挙げられ
た.
ラベル数が多かった 3 つの小カテゴリーについ
て,特別支援教育経験年数と肢体不自由特別支援
学校の勤務年数によるクロス集計を行った(表 8).
205
Akita University
その結果,「専門家との連携」では,特別支援教育
経験年数や肢体不自由特別支援学校勤務年数に関わ
らず必要性を感じていることが確認された.また,
「指導体制」に関しては特別支援教育経験年数が多
いほど意見が多く,「専門性・研修」に関しては特
別支援教育経験年数は多いが肢体不自由特別支援学
校の勤務年数の少ない教員が,改善を求めているこ
とがうかがえた.
ることが難しい」等の指摘もあり,指導の積み重ね
という視点からは課題が残っていた.
一方,知的障害特別支援学校で学ぶことのメリッ
トとして,児童生徒と担当教員の 1 対 1 の活動だけ
でなく,大きな集団での活動を経験できることが挙
げられる.このことにより,友達に注目したり,一
緒に活動したりするなど社会性の育ちが期待でき
る.今後は,集団の活動と個別の学習のバランスに
配慮した教育課程の検討が求められる.
Ⅳ 考察
⑶ 外部専門家との連携
1 現状と課題
A 県 で は2006年 度 以 降, 特 別 支 援 学 校 に PT や
⑴ 教員の専門性
OT などの非常勤の外部専門家を配置し,専門的な
調査の対象となった教員のうち,2/3 近くが肢体
指導の充実を推進してきている.外部専門家が配置
不自由特別支援学校の勤務経験がまったくなかっ
された学校では,校内分掌として「自立活動部」や
た.この要因として,今回調査を実施した D 特別支 「自立活動推進委員会」が設置されたり,「自立活動
援学校が立地する地区には肢体不自由特別支援学校
コーディネーター」に指名された教員が外部専門家
がないため,人事異動による教員の交流が少ないこ
との連絡調整を行ったりしている.
と,また学級担任を決める際に,肢体不自由教育の
しかし,調査を行った D 特別支援学校では,現
経験を勘案することが難しい状況にあることなどが
在 PT や OT などの外部専門家が配置されておらず,
挙げられよう.
担当する校内組織も設置されてない.外部専門家と
調査結果から,担当教員は経験が乏しいながらも, の連携の取組としては,児童生徒が定期的に通院す
児童生徒の実態把握に努め,指導内容や方法を工夫
る際に担当教員が同行して,リハビリテーションの
していることがうかがえた.また,「複数の教員で
様子を参観する機会を設けている.この取組は,指
指導に当たる」など指導体制を工夫することで,実
導計画の作成,特に指導内容や方法の選定の際に有
態把握とそれに基づく指導目標の設定や内容の選定
効であるとする意見が多かった.一方で,年 1 回と
を,より適切なものにしようと努力していることが
いう回数の制限を不十分と感じている教員もおり,
うかがわれた.
指導の成果を評価する際に外部専門家の助言を得た
一方で,担当教員が最も悩んだり不安に感じてい
り,学校での指導の様子を直接見てもらい助言を得
る事項も指導内容や方法に関することだった.特に
たりするなど,定期的な連携を望む意見が多かった.
「学習内容の選定や,目標設定と評価」に関して悩
んでいる教員が多く,年間指導計画や個別の指導計
2 求められる方策
画を作成する際に,肢体不自由教育の経験があり高
近年,特別支援学校に在籍する児童生徒の重度・
い専門性を有する教員から助言を得ることができる
重複化,多様化が進み,これまで以上に一人一人の
体制づくりが求められていた.同時に,研修機会の
教育的ニーズに即した指導や支援が求められてい
不足を指摘する意見も多く,専門性を高めるための
る.特別支援学校学習指導要領解説(2009)には,
研修の充実を求めている教員が多いこともうかがえ
重複障害者に対する指導計画の作成等に当たっての
た.
配慮事項として,①専門的な知識や技能を有する教
⑵ 教育課程
師間の協力,②学校医等関係する職員との連携,③
知的障害特別支援学校の教育課程の中で,肢体不
外部専門家との連携が新たに示された.これらにつ
自由を併せ有する児童生徒を指導するに当たって
いては,重複障害のある児童生徒に対する指導を充
は,児童生徒の実態に配慮しながら,国語・算数(数
実させるため徐々に進められてきているものの,学
学)や作業学習の一部を自立活動の時間の指導に位
校による格差が指摘されるなど課題は多い.今回の
置付け,個別指導の時間に充てるなどの工夫がみら
調査から,今後求められる方策には以下の点が挙げ
れた.しかし,「行事等との関連から時間を確保す
られる.
206
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要
Akita University
⑴ 高い専門性を有する教員の配置
松原ら(2006)は,知的障害特別支援学校に肢体
不自由教育の専門性を提供し,担当教員へのアン
ケートにより支援の評価を行った.その結果,「有
効だった」,または「継続を希望したい」支援とし
て,「自立活動の指導方法」,「肢体不自由教育に関
する教材・教具や福祉機器に関する情報提供」が挙
げられたことを報告している.
本研究で得られた結果は,この報告と合致するも
のであるといえよう.これらの教育支援を学校単位
で受けるためには,肢体不自由特別支援学校のセン
ター的機能が必要である.しかしながら,距離的な
問題も含め,「日常的に相談に応じてもらったり,
助言を得たりしたい」といった要望や「担当教員の
悩みを校内で共有して解決できる体制が必要」と
いった提案全てに応えることは困難であろう.
そのため,校内に,肢体不自由を併せ有する児童
生徒の教育に関して指導的立場にある教員を配置す
ることが必要であろう.実際,自立活動教諭などの
名称ですでに取り組んでいる自治体もある.配置に
当たっては,肢体不自由特別支援学校への勤務経験
と,高い専門性を有することが必須となる.これは,
すでに A 県内で実施されている「自立活動コーディ
ネーター」や「自立活動推進委員会」が,外部専門
家との連絡調整を主たる役割としているのに対し,
校内に対する指導と助言を主たる役割とするもので
ある.今野(2014)は,このような立場の教員につ
いて,「児童生徒や教職員と密接な関係を構築した
上で指導に関われることから,外部専門家に対し『内
部専門家』と言われることもある」として「恒常的
に学級担任と連携し,継続的な取組が可能」と期待
している.担当教員が,このような指導的な教員か
ら適切な支援を得て,教育活動に対する計画・実施・
評価を行ったり,研修を受けたりするなど,校内体
制を整備することが,専門性の向上に大きく寄与す
ると考えられる.
⑵ 外部専門家との一層の連携
児童生徒の障害の重度化・重複化・多様化が進む
中,今野(2014)は「教師個人の力だけでは対応に
限界が見えてきた」として「学校組織全体としての
専門性の向上」が求められていることを指摘してい
る.これは肢体不自由特別支援学校について述べら
れたものであるが,知的障害特別支援学校において
も同様のことがいえよう.また,飯野(2005)は教
第37号 2015年
師の専門性について「教育,医療,福祉の連携が課
題となっている今,求められているのは,役割分担
や機能分化を徹底化し,組織的に協働することに
よって,その得意分野である専門性をより多く生か
せる教師像である」と,外部専門家と協働したチー
ムによる指導体制の必要性を述べている.特別支援
学校における外部専門家との連携については,前述
したとおり,すでに多くの学校で PT や OT などを
非常勤職員として配置してきており,自立活動の指
導の充実が図られるなどの効果も報告されている.
しかし,特別支援学校に PT や OT などの外部専門
家を配置することは,予算や人材確保といった点か
ら限界もある.それを補完するための方策として D
特別支援学校のように,児童生徒のリハビリテー
ションに担当教員が同行して参観する方法も考えら
れる.この方法は,参観した内容を学校の指導に生
かすことができるという利点がある一方で,学校で
指導している内容について外部専門家から評価を得
ることができにくいという課題もある.また,参観
の回数に制約があることが多いため,児童生徒の変
容に応じた最新の情報を得にくいといった課題もあ
る.
今後は,保護者との連携をより一層密にしながら,
リハビリテーションの様子を動画撮影して情報提供
してもらったり,学校での指導の様子を動画で見て
もらいながら評価や助言を得たりするといった取組
が求められる.また,このようなやりとりは,参観
の機会が制限されている中であっても,直接連絡を
とって情報交換する際の重要なツールになるであろ
う.
清水・香野(2010)は,外部専門家活用の留意点
として,受け入れる側である学校組織をいかに整え
ておくかという課題を挙げている.また「外部専門
家から教えてもらうことばかりに傾倒し,教員が『教
えられる側』の役割に偏りすぎるきらいがあるよう
に思われる.相互が専門家として尊重し合い,対等
な関係であってこそ,この専門家活用事業の成果が
大きくなる」ことを指摘している.このことからも,
今野(2014)が提唱する「内部専門家」としての教
員の役割は大きいといえよう.外部の専門家から学
ぼうとするだけではなく,校内においても専門性を
高めるための取組を可能とする体制づくりが求めら
れている.
207
Akita University
謝 辞
本研究に当たり,協力いただいた D 特別支援学校
の皆様に感謝申し上げます.
文 献
飯野順子(2005).今,求められている専門性とは
-専門性にマネジメントの発想を-.肢体不自由
児教育.172.2-31.
今野邦彦(2014).肢体不自由児教育における自立
活動指導者の専門性の変遷.北海道大学大学院教
育学研究紀要.120.159-177.
松原 豊・中村 晋・淺川達之・安達敬子・竹村洋
子・安部博志・北村博幸・安川直史(2006).知
的障害養護学校に在籍する運動障害を有する児童
への支援-知的障害養護学校と肢体不自由養護学
校の連携-.筑波大学特別支援研究.1.10-17.
文部科学省(2009).特別支援学校小学部・中学部
学習指導要領.
文部科学省(2009).特別支援学校学習指導要領解
説総則等編(幼稚部・小学部・中学部).
文部科学省(2010).特別支援教育の推進に関する
調査研究協力者会議審議経過報告.
文部科学省初等中等教育局特別支援教育課(2014).
特別支援教育資料(平成25年度)
齊藤由美子・横尾 俊・熊田華恵・大崎博史・松村
勘由・笹本 健(2013).重複障害教育に携わる
教員の専門性のあり方とその形成過程に関する一
考察-複数の異なる障害種別学校を経験した教員
へのインタビューを通して-.国立特別支援教育
総合研究所研究紀要.40.67-79.
清水笛子・香野 毅(2010).特別支援学校の自立
208
活動における外部専門家の活用について.静岡大
学教育学部附属教育実践総合センター紀要.18.
83-91.
Summary
The objective of the paper was to identify the
current state and issues in education of children
enrolled in special needs schools for children with
intellectual disabilities, who also have physical
disabilities. The research showed that schoolteachers
devised methods and educational content adapted to
the actual conditions of the schoolchildren. However,
many of the schoolteachers had little experience in
the education of children with physical handicaps
and were troubled with anxiety and problems in
their own teaching methods. For this reason, it
is necessary ⑴ to assign educators with expert
knowledge in such schools; ⑵ to improve the school
curriculum; and ⑶ to organize training programs
related to independent activities. Additionally,
greater communication with outside experts is
necessary to gain counseling and assessment from
occupational therapists and physical therapists.
Key Words :Intellectual Disabilities, Physically
Handicapped Children, Special-Needs School
(Received January 8, 2015)
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要