2015 第5号 序 文 『南北市糴』のリニューアルにあたって 発掘調査トピックス 「黒曜石を分析して分かること」 イベント情報 東アジア国際シンポジウム オープン収蔵展示 精密分析機器で調べてみよう! 長崎県埋蔵文化財センター 序文 ∼ 『南北市糴』のリニューアルにあたって ∼ 長崎県埋蔵文化財センター情報誌『南北市糴』については、平成23 年2月の創刊以来、本センターの調査研究の成果や取組みを広く親しん でいただくことを目的に発行してきたところです。 今般、「もっとわかりやすく」、「もっと身近に感じていただく」こ とを念頭に、内容の刷新とともに、これまでの年1回の発行から年間を 通して適宜発行するスタイルに改めることとしました。 ついては、原の 遺跡をはじめとする県内遺跡の発掘調査のほか、東 アジア考古学研究や先進的機器による精密分析の成果などを、テーマご とに読み物として連載をしていきたいと考えています。 これまでにはない新たな切り口で筆を進めていきますので、どうぞご 期待ください。 所長 山本 忠敬 発掘調査トピックス ⿊曜⽯を分析してわかること ⻑崎県埋蔵⽂化財センター調査課⻑ 川道 寛 ⻑崎県埋蔵⽂化財センターでは、毎 年原の辻遺跡の発掘調査を実施してい ます。平成 26 年度の調査は、原の辻 丘陵の南側に当たる原ノ久保地区で⾏ いました。調査した地点は、壱岐で最 後まで残った饅頭畑のあったところ で、調査するまでは発掘のメスが⼊っ ていないと考えていました。 本来の調査⽬的は、弥⽣時代の墓域 の確認にありましたが残念ながら弥⽣ 時代の遺構は検出されませんでした。 表⼟(畑の耕作⼟)の下にはほぼ全⾯ に旧⽯器時代の包含層が広がってお り、20 m× 25 mの範囲から、分布に 濃淡はあるものの多くの旧⽯器時代の ⽯器が出⼟しました。旧⽯器時代の発 掘調査では、遺物が原位置(本来の場 所)から出⼟するかどうかが重視され ます。原位置を遊離した遺物は、それ が⽴派な製品であったとしてもその価 値は原位置の剝⽚には及びません。 今回の発掘調査では、総計 179 点の遺物が出 第1図 原ノ久保地区ドットマップ ⼟しました。そのすべてが⽯器です。⽯材で分け こうしたことから発掘当時は全体をひとつのま ると⿊曜⽯が 169 点と⼤半を占め、次いで安⼭ 岩9点、⽞武岩1点となります。旧⽯器時代の遺 物分布は、径3〜4mの円形の範囲(ブロックと いいます)に集中するのが⼀般的ですが、右の分 布図からはそうしたブロックが認められません。 その理由のひとつとして考えられることは、ここ が饅頭畑であったことがあげられます。畑の周囲 の⼟を中央に盛り上げて饅頭の形にするため包含 とまりの⽯器群と考えていました。 ところで⽇本の旧⽯器時代遺跡では酸性の⼟壌 が災いして有機物が残ることはまずありません。 そのため遺跡からは⽯で作られた道具(⽯器)だ けが出⼟するのが⼀般的です。「岩宿の発⾒」以 来⽇本の旧⽯器研究は、⽯器の研究に終始してき たといっても過⾔ではありません。最近の旧⽯器 層が掘削されたと思われます。これに平成 15 年 に⾏われた重機による削平作業が追い討ちをかけ ます。40 〜 50 センチの削平によって包含層の 上半部がなくなってしまった可能性が⾼いとみら れます。 写真 1 調査地点の旧形(饅頭畑) 1 研究では⽯器⽯材なかでも⿊曜⽯の 原産地研究がトレンドになっていま す。⻑崎県埋蔵⽂化財センターでも 設置されている蛍光X線分析装置を 活⽤して⿊曜⽯原産地の分析を積極 的に進めています。今回、原の辻遺 跡から出⼟した⿊曜⽯製⽯器全 169 点を分析した結果興味深いことがわ かったので報告します。 1.⻄北九州の⿊曜⽯ ⿊曜⽯(⿊耀⽯ともいう)は、ガ ラス質⽕⼭岩で、溶岩が急冷してで きるといわれています。流紋岩や⽕ 砕流堆積物の中にみられるのが⼀般 的です。その割れ⼝(断⼝⾯)の⾊ 調は、⿊⾊を呈するものがほとんどですが、溶岩 第2図 西北九州の黒曜石産地(海岸線は約2万年前) に含まれる元素によって、乳⽩⾊、⻘灰⾊、⾚⾊ 腰岳および松浦市牟⽥の「腰岳・牟⽥系」と佐世 と多様に変化します。加⼯しやすく鋭い刃部が得 保市針尾島の⽜の岳を中⼼とする「淀姫系」の⿊ られることから⽯器の素材として最適で、旧⽯器 曜⽯は、この地域を代表する2⼤ブランドで、北 時代から弥⽣時代まで剝⽚⽯器の素材として盛ん 部九州の旧⽯器時代の遺跡は両者にその⽯材の多 に使⽤されました。⽕⼭列島である⽇本は、多く くを依存したことが知られています。腰岳の標⾼ の⿊曜⽯原産地があることで世界的にも知られて は 488 mで、富⼠⼭に似たその姿から、「松浦富 いますが、それらは満遍なくあるものではなく地 ⼠」とも「伊万⾥富⼠」とも呼ばれています。⼭ 域的に偏在しています。中でも有名な産地として 頂に 60 mほどの溶岩ドームがあり、その下層に は北海道⽩滝、⻑野県和⽥峠、島根県隠岐などが 厚さ約 20 mに及ぶ⿊曜⽯混じりの⽕砕流堆積物 あります。これらと並んで⻑崎県を含む⻄北九州 と⿊曜⽯溶岩帯が形成されており、九州地域では 地域は、⽇本有数の⿊曜⽯原産地の密集地帯に 最⼤規模を誇ります。標⾼ 300 mより下には⼭ なっています。 頂近くの⿊曜⽯が節理によって破砕されて崩落し ⻄北九州には第2図のように多くの⿊曜⽯原産 たものが無尽蔵に包含されており、⼭麓斜⾯⼀帯 地が知られています。なかでも佐賀県伊万⾥市の に濃密に分布しています。さながら⼭麓斜⾯のい 写真2 腰岳遠景 写真3 腰岳産黒曜石 2 たるところが⿊曜⽯の原産地の様相を呈している といっても過⾔ではありません。伊万⾥地⽅では ⿊曜⽯のことを「カラスの枕」というそうです。 ⿊曜⽯の⾊調からカラスが眠るときに使う枕にた とえたものでしょうが、地名としても残っていま す。 松浦市牟⽥では、断⼝⾯が⿊⾊の良質な⿊曜⽯ が採集できます。ここでは腰岳とは異なり丘陵の 更新世⼟層中に円礫として存在しています。付近 に流紋岩帯がみられないことや形状が⻑距離の運 搬によって円礫になったと思われることからその 写真4 牛の岳遠景 起源がどこなのかが問題でした。これについては 蛍光X線分析によって解答がでました。微量元素 による判別図では両者が同じところにプロットさ れたのです。それは顕微鏡観察でも追認されまし た。そのため研究者の多くはそれらを総称して「腰 岳・牟⽥系⿊曜⽯」あるいは「腰岳系⿊曜⽯」と 扱うようになりました。 蛍光X線分析では判別できない腰岳・牟⽥系⿊ 曜⽯も礫⾯(⾃然⾯)をみると容易に区別できま す。腰岳産⿊曜⽯は⾓礫状を呈しており平らな礫 ⾯になります。⼀⽅の牟⽥産⿊曜⽯は、礫⾯の凹 凸は少なく⽖形のついた海綿状のやや扁平な円礫 となります。このように研究者たちは⾁眼観察に よって、これは腰岳、これは牟⽥というふうにあ る程度の産地同定を⾏ってきました。 写真5 淀姫系黒曜石 佐世保湾に突き出た岬の先端にある淀姫神社周 重して「淀姫系⿊曜⽯」と呼ぶことにします。 辺からは⼀⾵変わった⿊曜⽯が採集されます。こ 針尾島は島全体が⿊曜⽯の原産地といえるほど の⿊曜⽯は、⾵化すると表⾯が⻘灰⾊になり、他 で、⽜の岳以外にも重要⽂化財になった針尾無線 の産地のものとの区別は容易です。割れ⼝も腰岳・ 塔付近、中世の⼭城である針尾城跡(⼩鯛城跡) 無⽥産と⽐較してガラス的質感に乏しいため当初 や古⾥海岸など、⿊曜⽯が⾒つかる場所は枚挙に はなかなか⿊曜⽯とは認められずハリ質安⼭岩と 暇がありません。針尾島の周辺では川棚町クジャ された時期がありました。淀姫神社の周辺には流 ク園のある⼤崎半島や⻄彼杵半島⻄海市⻲岳や上 紋岩帯が存在しないため、運搬作⽤によって堆積 ⼟井⾏などもよく知られた原産地です。 した⼆次的な原産地と理解されています。では本 壱岐にも流紋岩帯がいたるところに存在してお 来的な意味での原産地はどこかというと針尾島の り、⿊曜⽯も複数の地点で確認されています。原 ⽜の岳に求められることが明らかになりました。 の辻遺跡からも島内産の⿊曜⽯原⽯が出⼟するこ この⽕⼭の中腹には⿊曜⽯の岩脈が⾒られそこか とがあります。しかし壱岐産の⿊曜⽯を使った⽯ ら転⽯となって周囲に広く拡散している状況が認 器は出⼟していません。その理由としては原⽯を められます。⽜の岳のそばに⼟器⽥池という⼈⼯ 割ったときに節理によって折れてしまうことから の溜池があり、そこからも原⽯が採集されること ⽯器製作には適していなかったためと思われま から⼟器⽥産ともいわれます。ここでは学史を尊 す。 (つづく) 3 イベント情報 平成27年度 東アジア国際シンポジウム 『ロード・オブ・ザ・コイン ー弥生時代中国貨幣からみる交流−』 開催日:平成 27 年 10 月 12 日(月・祝) 、11 月 14 日(土) 会 場:長崎歴史文化博物館 及び 壱岐市立一支国博物館 動画配信 前回のシンポジウムがホームページにてご覧になれます! 平成26年度 東アジア国際シンポジウム 『支石墓の 墓地に見る日韓交流』(約 180 分) 平成27年度 オープン収蔵展示 第1回 『長崎と世界の貿易品展』 平成 27 年 6 月 2 日(火)∼ 10 月 4 日(日) 第2回 『酒の器展』 平成 27 年 10 月 6 日(火)∼平成 28 年 1 月 31 日(日) 第3回 『保存処理成果展』 平成 28 年 2 月 2 日(火)∼ 6 月 5 日(日) 精密分析機器で調べてみよう! 長崎県埋蔵文化財センターに設置してある精密機器を使って、身近なものを調べてみよう! (全10回) 今後の開催日:12 月 25 日 ( 金 )、12 月 26 日 ( 土 ) バックヤードツアー 今後の開催日:毎月第3土曜日(年 12 回) ⻑崎県埋蔵⽂化財センター 〒 811-5322 ⻑崎県壱岐市芦辺町深江鶴⻲触 515 番地 1 TEL:0920-45-4080 FAX:0920-45-4082 HP://www.nagasaki-maibun.jp/ facebook: 「⻑崎県埋蔵⽂化財センター」で検索!
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