保育相談支援の困難性に関する要因の検討 -保育所保育 士 の感じる保 護者との かか わりの 難しさ を手が かりに- 亀﨑 美沙子 1 目 次 はじめに Ⅰ.保護者のもつ特性による困難性 Ⅱ.子どものもつ特性による困難性 Ⅲ.保育士のもつ特性による困難性 Ⅳ.保育システムのもたらす困難性 Ⅴ.全体考察 1.保護者とのかかわりにおける困難性 2 .「 子 ど も の 利 益 」 を め ぐ る 保 育 相 談 支 援 の 困 難 性 おわりに 注 引用文献 付記 2 はじめに 乳 幼 児 期 の 教 育・保 育 は 変 革 期 を 迎 え 、幼 保 一 体 化 に 向 け た 制 度 改 革 が 進 め ら れ て い る 。 幼稚園においても保育所においても、子どもの最善の利益を支えるための保護者への支援 は、その重要性がますます高まっている。これまでの子どもを取り巻く環境の変化、特に 家 庭 の 養 育 機 能 の 変 化 を 踏 ま え れ ば 、 そ の 重 要 性 は 10 年 後 も 変 わ ら な い ば か り か 、 よ り 一層強く求められることが想定される。特に保育士には、児童福祉法において「保護者に 対 す る 保 育 に 関 す る 指 導( 以 下 、保 育 指 導 )」が そ の 業 務 と し て 規 定 さ れ 、保 育 と 保 育 指 導 は子どもの育ちを支える両輪となっている。 保 育 指 導 と は 、2008 年 の 保 育 所 保 育 指 針 解 説 書 に お い て「 子 ど も の 保 育 の 専 門 性 を 有 す ...................... る保育士が、保育に関する専門的知識・技術を背景としながら 、保護者が支援を求めてい る子育ての問題や課題に対して、保護者の気持ちを受け止めつつ、安定した親子関係や養 育力の向上をめざして行う子どもの養育(保育)に関する相談、助言、行動見本の提示そ の他の援助業務の総体(傍点筆者)」とされており 1)、 保 育 士 養 成 課 程 に お け る 「 保 育 相 談支援」の導入以降、保育相談支援と呼ばれることが多い。また、これらはほぼ同義と捉 え ら れ る こ と か ら( 柏 女 2011)2) 、本 稿 で は 保 育 相 談 支 援 と い う 用 語 を 用 い る こ と に す る 。 保育相談支援は子育て支援概念の登場以前より、日常保育の延長線上に展開されており ( 亀 﨑 2014) 3 ) 、 近 年 に な っ て 明 文 化 さ れ た も の で あ る 。 特 に 、 保 育 士 養 成 課 程 に お け る 「保育相談支援」の必修化によって、保育相談支援はカウンセリングやソーシャルワーク とは異なる保育士固有の保護者支援として、その独自性が明らかにされつつある(柏女 2011) 4) 。 こ れ ま で の 先 行 研 究 に お い て は 、 保 育 相 談 支 援 が 送 迎 時 を 中 心 に 子 ど も の 存 在 を前提として展開されることや、保育と同期した動作的援助が多用されること(柏女ら 2009 5 ) ; 2010 6 ) ; 2011 7 ) )、 保 育 相 談 支 援 の 展 開 過 程 の 段 階 に よ っ て 活 用 さ れ る 技 術 が 異 な る こ と ( 徳 永 2014) 8 ) 等 が 明 ら か に さ れ て い る 。 一 方 で 、 保 護 者 と の か か わ り は 感 情 労 働 ( 岩 崎 2006 9 );神 谷 2013 1 0 ) )や ス ト レ ス( 手 島 2010)11 ) 、バ ー ン ア ウ ト( 黒 川 ら 2014 1 2 ) ; 山 﨑 ら 2011 1 3 ) ) 等 の 側 面 か ら も 検 討 が な さ れ 、 様 々 な 困 難 が あ る こ と も 指 摘 さ れ て い る 。 保育相談支援は保育の専門性を活用した保護者支援である。しかし、保護者とのかかわ りそのものが困難であれば、専門性を十分に発揮した支援を展開することは難しい。それ では、なぜ保護者とのかかわりには、このような困難が生じるのであろうか。保護者との かかわりの難しさについては、とかく保護者の問題として議論される きらいがある。しか し、保育相談支援が「保育士-保護者-子ども」の三者関係において展開されることを踏 ま え る な ら ば( 柏 女 ら 2011)1 4 ) 、保 育 士 や 子 ど も 、さ ら に 三 者 の 関 係 に 影 響 を 及 ぼ す 保 育 システムまでを視野に入れた検討が必要である。 そこで本研究では、保育所保育士に焦点化し、保護者とのかかわりの難しさに関する議 論 を 手 が か り に 、保 育 相 談 支 援 の 困 難 性 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と す る 。10 年 後 の 保 育 相談支援のあり方を考えるにあたり、困難性の要因を明らかにすることがその解決の手が かりとなると考えるからである。そのために、保育相談支援の三者関係ならびにこれらを 規定するシステムとして、①保護者、②子ども、③保育士、④保育システムの 4 点から検 討 を 行 っ て い く 。な お 、本 稿 で は 保 育 士 な ら び に 幼 稚 園 教 諭 の 両 方 を 示 す 場 合 に「 保 育 者 」 3 という用語を用いることとする。 Ⅰ.保護者のもつ特性による困難性 近年、 「 困 っ た 保 護 者 」や「 ク レ ー マ ー 」等 と 評 さ れ る 保 護 者 の 問 題 が 顕 著 化 し つ つ あ り 、 保 育 現 場 が そ の 対 応 に 苦 慮 し て い る ( 楠 2008 1 5) ; 青 木 2012 16)) 。保育現場の実態調査に よれば、保育者が「困る保護者」とは、自己中心的、我が子中心、モラルの欠如、子ども へ の 無 関 心 や ネ グ レ ク ト 、過 保 護 等 の 特 徴 を 有 す る 保 護 者 で あ る こ と が 報 告 さ れ て い る( 星 野 2001 1 7 ) ; 久 保 山 ら 2009 1 8 ) ; 大 野 2010 1 9 ) )。 こ う し た 問 題 は 、 面 談 、 連 絡 帳 、 手 紙 等 に よ り 保 育 者 が 働 き か け て も 、改 善 に は 至 り に く い 様 子 が う か が え る( 徳 田 2000)2 0 ) 。ま た 、 「気になる」保護者に関する調査においても同様の指摘がなされており、このような特徴 を も つ 保 護 者 は 、子 ど も の 年 齢 と と も に 増 加 す る 傾 向 が 見 ら れ る( 藤 後 ら 2010)2 1 ) 。こ れ らに加えて、同調査では心身の状態や夫婦関係、家族関係に問題が見られる場合にも、保 育者は「気になる」保護者と捉えていることが示唆されている。 このような保護者の姿は、保育者のストレスやバーンアウトにもつながっている 。保育 者のストレスに関する研究では、保護者の高圧的態度やクレーム、子育て・保育に対する 無 理 解 ・ 無 関 心 が 保 育 者 の ス ト レ ス 要 因 と な っ て い る こ と が 指 摘 さ れ て い る ( 手 島 2010) 22)。 さ ら に 、 こ う し た 保 護 者 の 支 配 的 態 度 や 子 ど も へ の 不 適 切 な か か わ り は 、 保 育 士 の バ ー ン ア ウ ト に も つ な が っ て お り ( 黒 川 ら 2014) 2 3 ) 、 問 題 の 深 刻 さ が う か が え る 。 以上のように、保育士は①保護者の自己中心性の高さやモラルの欠如、②養育態度の問 題、③家族関係や保護者の心身の状態等の問題に対して、保護者とのかかわりの難しさを 感じていることがわかる。①からは保育士と保護者との関係上の難しさが、また②ならび に③からは、親子関係や養育上の問題が見て取れる。しかし、①もまた、我が子中心、自 己 中 心 的 な 姿 が 、子 ど も と の 同 一 視 か ら 生 じ て い る 場 合 に は 、対 保 育 士 関 係 に と ど ま ら ず 、 親 子 関 係 上 の 課 題 を は ら む も の と し て 捉 え ら れ る 。 大 野( 2010) 2 4 ) は 、保 護 者 が 子 ど も と 一 体 化 し「 親 - 子 」の 二 者 関 係 が 未 成 立 の 場 合 に は 、 「 保 育 士 - 保 護 者 - 子 ど も 」と い う 三 者関係が成立せず、こうした状態では保育士と保護者が「ともに育てる関係」を構築する ことは困難であることを指摘している。 このように、保護者の特性によるかかわりの困難性とは、保護者との対人コミュニケー ションそのものに関する問題と、子どもの養育をめぐるかかわりの難しさの問題が存在す ることが明らかとなった。 Ⅱ.子どものもつ特性による困難性 保育士と保護者との関係には、その前提に常に「子ども」の存在がある。そのために、 保育士と保護者それぞれの子どもの状態像の理解や、子育てに対する価値観の相違は、両 者の関係に大きな影響を与えるものとなる。こうした問題が表面化しやすいのは、子ども に何らかの育てにくさが見られる場合であり、近年では特に「気になる子ども」の保護者 とのかかわりの難しさが指摘されている。 「 気 に な る 子 ど も 」と は 、発 達 障 害 と の 関 連 を 示 唆して用いられることが多いが、そのニュアンスは多様であり、子ども自身の発達上の課 4 題に限らず、 「 保 護 者 の 特 徴 や 家 庭 環 境 を 含 め た 養 育 の 課 題 」も 含 む 表 現 で あ る( 守 ら 2013) 25)。 し た が っ て 、 先 に 述 べ た 「 保 護 者 の も つ 特 性 」 と も 関 連 す る 可 能 性 が 考 え ら れ る が 、 ここでは子どもの「気になる」状態に焦点化し、そこから生じる保護者とのかかりの困難 性について検討してみたい。 保育現場における「気になる子ども」の保護者に関する先行研究からは、そのかかわり の困難性として、①「気になる」姿に対する無理解、②養育姿勢、家庭環境の改善がなさ れないこと、③専門機関にかかる意思がないこと、④保護者自身に見られる「気になる子 ど も 」 と 似 た 行 動 特 性 、 ⑤ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が と れ な い こ と 、 ⑥ 就 学 を 控 え た 5~ 6 歳 児 に か か わ り の 難 し さ が 顕 著 化 す る こ と 等 が 指 摘 さ れ て い る ( 別 府 ら 2011 2 6 ) ; 平 野 ら 2012 2 7 ) ; 斎 藤 ら 2008 2 8 ) )。 さ ら に 、保 育 士 が 「 気 に な る 」 子 ど も の 姿 を 保 護 者 に 伝 え る こ と に も 困 難 が あ り 、保 育 士 が 伝 え ら れ ず に い る 実 態 も 報 告 さ れ て い る( 木 曽 2014)2 9 ) 。こ こには、子どものために保護者と協同することの難しさと、保護者とのコミュニケーショ ン そ の も の の 難 し さ が 見 ら れ る 。 前 者 に つ い て 、 保 育 士 の 困 り 感 を 分 析 し た 木 曽 ( 2011) 30)は 、 保 育 士 の 「 子 ど も の た め 」 と い う 思 い が 保 護 者 と の 関 係 悪 化 の 要 因 と な る こ と や 、 「 子 ど も の た め 」「 保 護 者 の た め 」 と い う 相 反 す る 2 つ の 思 い に 葛 藤 を 抱 え る こ と 等 を 明 ら か に し て い る 。ま た 、後 者 の 問 題 と し て 、守 ら( 2013)3 1 ) は 保 育 所 な ら び に 幼 稚 園 の「 気 になる子ども」のうち、約半数が保護者にも同様の「気になる」行動特性が見られること を指摘している。 保育士は子どものより良い育ちを願いながら保育にあたり、そのために保護者に必要な 働きかけを行う。しかし、子どもに対する共通理解がなされないとき、保育士が考える子 どもの利益が保障されず、困難を感じていることがわかる。保護者の視点に立って支援を 行 お う と す る 場 合 に お い て も 、保 育 士 が 子 ど も の 利 益 と 保 護 者 の 思 い の 間 で 板 挟 み に な り 、 葛藤を抱えることも明らかにされていた。さらに、保護者自身が「気になる」行動特性を 有する傾向も指摘されており、 「 気 に な る 子 ど も 」の 保 護 者 と の か か わ り に は 、こ う し た 葛 藤 に 加 え て 、コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン そ の も の に よ り 一 層 困 難 が 生 じ や す い こ と が 示 唆 さ れ た 。 Ⅲ.保育士のもつ特性による困難性 保 育 所 の 保 護 者 支 援 の 歴 史 は 浅 く 、2008 年 の 保 育 所 保 育 指 針 に 初 め て そ の 原 則 が 示 さ れ たものの、いまだ十分な理論化がなされていない。こうした背景から、保育士の保護者に 対する構えや支援スタイルそのものが、保護者対応の難しさにつながっている可能性が考 えられる。 これまでの検討結果からは、子どもに対する理解や育て方に対する考え方の相違が、保 護者とのかかわりの難しさの要因となっていた。この問題について、保護者の養育態度そ の も の だ け で な く 、子 育 て に 対 す る 保 育 士 の 認 識 の 問 題 が か か わ っ て い る と の 指 摘 が あ る 。 神 谷( 2012) 3 2 ) は「 対 応 が 難 し い 親 」と は「 家 庭 保 育 を 厳 し く 見 が ち な 保 育 者 の 認 知 傾 向 に よ っ て 産 み 出 さ れ 」、「 社 会 的 現 実 」 と し て 構 成 さ れ て い る 可 能 性 を 指 摘 し て い る 。 保 育 士が専門職の視点から家庭養育を捉えるとき、家庭養育に求める要求水準は 高くなりがち である。また、保護者とのコミュニケーションそのものの難しさを経験した場合には、保 護者に対するバイアスが生じやすく、多様な問題を「保護者の問題」として捉えやすい側 5 面があると考えられる。 一 方 、保 護 者 へ の 支 援 ス タ イ ル の 問 題 と し て 、山 﨑 ら( 2011) 3 3) は 保 育 士 の 3 つ の 援 助 志 向 性 注 1 ) を 見 出 し て い る 。そ れ ら は 、①「 自 分 を 相 手 に 深 く 投 げ 入 れ 、保 護 者 と 同 じ よ うに痛みを感じる」 「 心 理 的 投 影 」、② 相 手 を 尊 重 し よ う と す る「 他 者 尊 重 的 態 度 」、③「 そ の 場 限 り や 言 葉 と し て 受 け 取 れ る こ と 以 上 に 相 手 の 様 子 に 関 心・注 意 を 向 け る 」 「持続的関 心」であり、対応困難なケースにおいてバーンアウトにつながることを示唆している。岩 崎 ( 2006) 3 4 ) も ま た 、 感 情 労 働 の 視 点 か ら 同 様 の 指 摘 を 行 っ て お り 、「 自 分 自 身 の 心 か ら の感情として体験する」職務への「同一化」は、熱意ある保育士ほどバーンアウトに陥り やすいことを指摘している。 以上の結果からは、保育士の特性による困難性には、①保育士の家庭養育に対する認識 の問題、②保育士の援助志向性の問題がかかわっていることが示唆される 。保育専門職と し て の 意 識 の 高 さ ゆ え に 、保 育 士 が 家 庭 養 育 を 厳 し く 見 が ち で あ る 一 方 で 、保 育 士 に は「 他 者 尊 重 的 態 度 」 や 「 心 理 的 投 影 」、「 持 続 的 関 心 」 等 の 援 助 志 向 性 が あ る こ と が 明 ら か と な った。保育所保育指針においては、保護者支援の基本原則が示されたものの、現状におい て は 支 援 の 対 象 理 解 や 方 法 等 、保 育 士 の 行 う 保 護 者 支 援 は 十 分 な 体 系 化 が な さ れ て い な い 。 保育士が子どもの視点から保護者を厳しく評価することや、同一化により過剰な負担を抱 えることは、こうした背景とも無関係ではないだろう。 Ⅳ.保育システムのもたらす困難性 業務としての保護者とのかかわりは、これまで見てきた保護者、子ども、保育士それぞ れ の も つ 特 性 だ け で な く 、そ れ を 取 り 巻 く 保 育 シ ス テ ム に よ っ て 規 定 さ れ る 側 面 も 大 き い 。 保 育 所 と 保 護 者 の 関 係 を 規 定 す る 保 育 所 利 用 の 仕 組 み に お い て は 、保 育 所 と 保 護 者 は「 サ ー ビ ス 提 供 者 - サ ー ビ ス 利 用 者 」 と い う 関 係 に あ る 。 吉 田 ( 2010) 3 5 ) は 、「 契 約 」 に よ る 保育所利用によって、これまで「水面下にあったクレーム」が利用者の「権利」と化して 表面化しており、子育てを支える身近な相談相手が不在であるために、様々な悩み事がク レームとして保育所や自治体に持ち込まれやすいことを指摘している。こうした傾向は、 苦情解決制度の導入によっても強められている。苦情解決制度は本来、利用者の権利を保 障するためのものであり、それにより保育の質の向上が期待されている。しかしながら、 近年ではこの制度によって保育所が過剰なサービスを求められている実態も報告されてい る ( 吉 田 2010) 3 6 ) 。 保育システムのもう一つの問題として、保育士の就労環境の変化が保護者とのかかわり の難しさにつながっていることが考えらえる。保育所機能の拡大、保育時間の延長、雇用 形 態 の 多 様 化 等 に 伴 い 、保 育 士 の 業 務 は 増 大 の 一 途 を た ど っ て い る( 全 国 保 育 協 議 会 2012) 37)。 特 に 、 保 育 の 長 時 間 化 に よ っ て 保 育 士 の 雇 用 形 態 や 勤 務 時 間 は 多 様 化 し 、 時 差 出 勤 に よる複雑な勤務形態となっている。こうした中では、勤務時間の異なる保育士同士が情報 を共有し、一人ひとりの保護者に細やかに対応することは難しく、時間帯によって担当者 が次々と交代する状況の中で、保護者一人ひとりに丁寧にかかわることは容易ではない。 また、こうした中で保護者との行き違いが重なれば、後に大きなトラブルへと発展する可 能性も考えらえる。 6 このように、保育士の職務の複雑化・多忙化による時間的・心理的なゆとりのなさや利 用者の権利の明確化が、保護者とのかかわりの難しさの要因となっている ことがうかがえ る。 Ⅴ.全体考察 1.保護者とのかかわりにおける困難性 こ れ ま で 、① 保 護 者 、② 子 ど も 、 ③ 保 育 士 、④ 保 育 シ ス テ ム の 4 点 から、保護者とのかかわりの困難 性について検討してきた。その結 果を、図1.に示す。 まず、保護者のもつ特性による 困難性として、自己中心的な態度 や モ ラ ル の 欠 如 、権 利 意 識 の 高 さ 、 「気になる」子どもと似た行動特 性があり、対人コミュニケーショ ン上の困難性があることが明らか となった。特に、クレーム等に見 られる支配的態度や、子どもへの 不適切なかかわりは、保育士のバ 図1.保護者とのかかわりの困難性の構造 ーンアウトとも関連していることが示唆された。さらに、保護者が養育態度 や健康状態、 家族関係等の問題を有する場合にも、保育士はかかわりに難しさを感じていた。 こ の よ う な 保 護 者 の 姿 を「 難 し い 親 」 「 気 に な る 親 」と 捉 え る 保 育 士 に も ま た 、保 護 者 と のかかわりの困難性を生じさせる特性があることがわかった。保育士は「子どもの利益」 を追求する専門職であるがゆえに、その意識の高さから保護者や家庭を厳しく評価する傾 向 が あ り 、こ の よ う な 保 育 士 の 認 識 が 、 「 気 に な る 親 」や「 困 っ た 親 」を 作 り 上 げ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ て い た 。さ ら に 、保 育 士 の 支 援 ス タ イ ル の 特 徴 と し て 、 「 心 理 的 投 影 」や「 持 続 的 関 心 」、職 務 へ の「 同 一 化 」が あ り 、こ れ ら は 対 応 困 難 ケ ー ス に お い て バ ー ン ア ウ ト に つながる可能性が指摘されていた。こうした問題は、保護者支援に関する理論の不在によ るものであることも示唆された。 「 気 に な る 子 ど も 」の 保 護 者 と の か か わ り か ら は 、 「 子 ど も 」と い う 存 在 を 中 心 に 据 え た 「保育士-保護者」関係の難しさが明らかとなった。保育士と保護者 の関係の前提には、 子どもの存在がある。保育士にとっての保護者は、支援対象である以前に「子どもの養育 責 任 者 」で あ る 。そ の た め 、 「 保 育 士 - 保 護 者 」関 係 は「 子 ど も - 保 護 者 」関 係 に よ っ て 大 きく影響され、子どもに対する考え方に齟齬が生じたとき、この関係性に揺らぎが生じる ことがうかがえた。このような三者関係の構造はまた、保育士に子どもと保護者の板挟み による葛藤をもたらしていた。 これらの困難性には、契約による保育所利用制度や保育士の業務の複雑化・多忙化とい う背景要因があることも明らかとなった。サービスの「利用者-提供者」という契約関係 7 や苦情解決制度は、保護者の権利意識を高め、保護者対保育士という対立関係につながり やすく、こうした構造と保育士の業務の複雑化・多忙化が、相乗的に保護者とのかかわり の困難性を高めている状況がうかがえた。 以上のように、保護者とのかかわりの困難性は、保育制度、保護者の対人コミュニケー ションや養育機能の問題、保育士の家庭養育へのまなざしや支援スタイル、子どもを前提 と し た「 保 育 士 - 保 護 者 」関 係 等 、複 合 的 要 因 に よ っ て 生 じ て い る こ と が 明 ら か と な っ た 。 2 .「 子 ど も の 利 益 」 を め ぐ る 保 育 相 談 支 援 の 困 難 性 これまでの保護者とのかかわりの難しさに関する検討結果 からは、 「子どもの最善の利益」 という価値をめぐる「保育士-保護者」関係の難しさが見出された。これは、保育士特有 の問題として捉えることができる。保育士は「子どもの最善の利益」を追求する専門職で あり、日々子どもの視点に立って保育にあたっている。この視点は、保育所保育指針第 6 章に示されるように、保護者支援においても同様である。しかし、子どもの視点から保護 者や家庭を捉えるとき、それが必ずしも子どもの利益と一致するとは限らない。 保育相談 支援は保育の専門性に基づくものであり、その価値は「子どもの最善の利益」に置かれて いる。そのために、子どもの視点を保持したまま、保護者の視点に立って支援を行う こと は保育士に葛藤をもたらし、保育を担う保育士の保護者支援を困難なものとしていると言 える。 保育相談支援における保育士と保護者の関係性は「他の対人援助職と対象者の関係より も 近 接 で あ る 」こ と が 指 摘 さ れ て お り( 柏 女 ら 2011)3 8) 、保 護 者 と の 心 理 的 距 離 の 近 さ が うかがえる。つまり、子どもの視点に立って職務にあたる保育士は、子どもにも、保護者 に も 近 接 し た 関 係 性 の 中 で 、保 育 相 談 支 援 を 行 っ て い る と 考 え ら れ る 。こ の よ う な 特 徴 は 、 保 育 相 談 支 援 の 独 自 性 で も あ る 一 方 で 、山 﨑 ら( 2011) 3 9) の 指 摘 す る バ ー ン ア ウ ト の リ ス クともなり得るものである。 以上のように、 「 子 ど も の 利 益 」を め ぐ る 保 育 相 談 支 援 の 困 難 性 は 、保 育 士 が 子 ど も の 保 育と保護者支援という二重の役割を担う状況において生じていると考えられる。さらに、 「保育士-保護者」 「 保 育 士 - 子 ど も 」関 係 は い ず れ も 近 接 し た 関 係 に あ り 、保 育 士 の 支 援 スタイルを踏まえたとき、こうした特徴がバーンアウトにつながる可能性が示唆された。 「子どもの最善の利益」という価値に基づく保育相談支援は、他の 専門領域とは異なる保 育士独自の保護者支援である。子どもの視点に立つ保育士が、 保育の専門性を発揮して保 育相談支援を展開するためには、このような対子ども、対保護者という二重の関係性を踏 まえた保育相談支援の検討が必要である。 おわりに 本研究では、保護者とのかかわりの困難性を手がかりに、保育相談支援の困難性の要因 について検討を行った。その結果、かかわりの困難性は保育所利用における契約関係、保 護者の対人コミュニケーションや養育機能の問題、保育士の保護者に対する認識や支援ス タイル等が複合して生じていることが明らかとなった。また 、保育相談支援の困難性は、 「子どもの最善の利益」をめぐって生じており、保育士が対子ども、対保護者という二重 の近接した関係性の中で保護者を支援することによって葛藤が生じていた。 8 保育の専門性を基盤とする保育相談支援は、 「 子 ど も の 最 善 の 利 益 」と い う 保 育 の 価 値 に 基づいて展開されるものと考えられる。しかし、保育相談支援の先行研究においては、保 育相談支援の技術や展開過程に関する研究は見られるものの、援助関係を検討したものは 見 当 た ら な い( 亀 﨑 2015) 4 0) 。そ こ で 、今 後 の 課 題 と し て 、二 重 の 関 係 性 に お け る「 子 ど もの利益」をめぐる葛藤を踏まえた援助関係の検討が必要である。 注 1) こ の 研 究 で は 、 援 助 志 向 性 を 「 保 護 者 に 対 し 援 助 的 で あ ろ う と す る 態 度 」 と 規 定 し て いる。 引用文献 1) 厚 生 労 働 省 ( 2008)『 保 育 所 保 育 指 針 解 説 書 』 フ レ ー ベ ル 館 , p.179. 2)柏 女 霊 峰( 2011)「 第 1 章 保 育 相 談 支 援 の 意 義 と 基 本 的 視 点 」柏 女 霊 峰 ・ 橋 本 真 紀 編 著 『 保 育 相 談 支 援 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 , pp.4-5. 3)亀 﨑 美 沙 子( 2014) 「保護者支援の歴史的展開-保育所保育指針の分析を手がかりに-」 『 保 育 士 養 成 研 究 』 31, pp.11-20. 4) 前 掲 2), p.2. 5)柏 女 霊 峰 ・ 有 村 大 士 ほ か( 2009) 「子ども家庭福祉分野におけるソーシャルワークとケ ア ワ ー ク の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 1) 児 童 福 祉 施 設 に お け る 保 育 士 の 保 育 相 談 支 援 ( 保 育 指 導 ) 技 術 の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 1) 保 育 所 保 育 士 の 技 術 の 把 握 と 施 設 保 育 士 の 保 護 者 支 援 」『 日 本 子 ど も 家 庭 総 合 研 究 所 紀 要 』 46, pp.31-84. 6)柏 女 霊 峰 ・ 有 村 大 士 ほ か( 2010) 「子ども家庭福祉分野におけるソーシャルワークとケ ア ワ ー ク の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 2) 児 童 福 祉 施 設 に お け る 保 育 士 の 保 育 相 談 支 援 技 術 の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 2) 保 育 所 保 育 士 と 施 設 保 育 士 の 保 育 相 談 支 援 技 術 の 抽 出 と 類 型 化 を 中 心 に 」『 日 本 子 ど も 家 庭 総 合 研 究 所 紀 要 』 47, pp.63-85. 7)柏 女 霊 峰 ・ 有 村 大 士 ほ か( 2011)「 児 童 福 祉 施 設 に お け る 保 育 士 の 保 育 相 談 支 援 技 術 の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 3) 児 童 福 祉 施 設 に お け る 保 育 士 の 保 育 相 談 支 援 技 術 の 体 系 化 に 関 す る 研 究 ( 3) 子 ど も 家 庭 福 祉 分 野 の 援 助 技 術 に お け る 保 育 相 談 支 援 の 位 置 づ け と 体 系 化 を め ざ し て 」『 日 本 子 ど も 家 庭 総 合 研 究 所 紀 要 』 48, pp.1-37. 8)徳 永 聖 子( 2014) 「新人保育士の送迎時における保育相談支援の実態- 保育士養成課程 『 保 育 相 談 支 援 』 の 教 授 内 容 の 検 討 - 」『 淑 徳 社 会 福 祉 研 究 』 21, pp.83-104. 9)岩 崎 美 智 子( 2006) 「他者を支援するということ-感情労働者としての保育者の困難と 危 機 - 」『 乳 幼 児 教 育 学 会 第 16 回 大 会 研 究 発 表 論 文 集 』( 大 阪 総 合 保 育 大 学 ) pp.76-77. 10) 神 谷 哲 司 ( 2013)「 保 護 者 と の か か わ り に 関 す る 認 識 と 保 育 者 の 感 情 労 働 - 雇 用 形 態 に よ る 多 母 集 団 同 時 分 析 か ら - 」『 保 育 学 研 究 』 51( 1), pp.83-93. 11)手 島 幸 子( 2010)「 保 育 者 に お け る 保 護 者 か ら の ス ト レ ス と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト 」『 心 理 相 談 セ ン タ ー 年 報 』 6, pp.33-41. 12) 黒 川 祐 貴 子 ・ 青 木 紀 久 代 ほ か ( 2014)「 関 わ り の 難 し い 保 護 者 像 と 保 育 者 の バ ー ン ア 9 ウ ト の 実 態 - 保 育 者 へ の サ ポ ー ト 要 因 を 探 る - 」『 小 児 保 健 研 究 』73( 4),pp.539-546. 13) 山 﨑 玲 奈 ・ 青 木 紀 久 代 ほ か ( 2011)「 困 難 な 保 護 者 対 応 と 保 育 者 の 援 助 志 向 性 - バ ー ン ア ウ ト 予 防 の 可 能 性 を 探 る - 」『 お 茶 の 水 女 子 大 学 心 理 臨 床 相 談 セ ン タ ー 紀 要 』 13, pp.11-18. 14) 前 掲 , 7) 15) 楠 凡 之 ( 2008)『「 気 に な る 保 護 者 」 と つ な が る 援 助 - 「 対 立 」 か ら 「 共 同 」 へ - 』 か もがわ出版. 16) 青 木 紀 久 代 監 修 ( 2012)『 保 育 園 に お け る 苦 情 対 応 - 対 応 困 難 事 例 と ワ ー ク - 』 東 京 都社会福祉協議会. 17) 星 野 ハ ナ ・ 横 山 範 子 ほ か ( 2001)「『 困 る 保 護 者 』 と そ の 対 応 に 関 す る 幼 保 比 較 」『 日 本 保 育 学 会 大 会 研 究 論 文 集 』 54, pp.834-835. 18) 久 保 山 茂 樹 ・ 齊 藤 由 美 子 ほ か ( 2009)「『 気 に な る 子 ど も 』『 気 に な る 保 護 者 』 に つ い て の 保 育 者 の 意 識 と 対 応 に 関 す る 調 査 - 幼 稚 園・保 育 所 へ の 機 関 支 援 で 踏 ま え る べ き 視 点 の 提 言 - 」『 国 立 特 別 支 援 教 育 総 合 研 究 所 研 究 紀 要 』 36, pp.55-76. 19)大 野 雄 子( 2010)「 幼 稚 園 ・ 保 育 園 に お け る『 困 っ た 保 護 者 』 の 現 状 と 対 応 」『 千 葉 敬 愛 短 期 大 学 紀 要 』 32, pp.71-83. 20)徳 田 克 己( 2000) 「 保 育 者 の 感 じ る『 対 応 に 困 る 』保 護 者 」 『 実 践 人 間 学 』4,pp.33-38. 21) 藤 後 悦 子 ・ 坪 井 寿 子 ほ か ( 2010)「 保 育 園 に お け る 『 気 に な る 保 護 者 』 の 現 状 と 支 援 の 課 題 - 足 立 区 内 の 保 育 園 を 対 象 と し て - 」『 東 京 未 来 大 学 研 究 紀 要 』 3, pp.85-95. 22) 前 掲 , 11) 23) 前 掲 , 12) 24) 前 掲 , 19) 25) 守 巧 ・ 松 井 剛 太 ( 2013)「 保 育 現 場 に お け る 気 に な る 子 ど も の 保 護 者 支 援 - 気 に な る 子どもと似た特性のある保護者の実態把握-」 『 香 川 大 学 教 育 実 践 総 合 研 究 』27,pp.36. 26) 別 府 悦 子 ・ 西 垣 吉 之 ほ か ( 2011)「 幼 稚 園 ・ 保 育 所 ( 園 ) に お け る 『 気 に な る 』 子 ど も ・ 保 護 者 へ の 対 応 の 実 態 と 保 育 者 養 成 - 園 長 ・ 主 任 調 査 を も と に -( 第 1 報 )」『 中 部 学 院 大 学 ・ 中 部 学 院 短 期 大 学 部 研 究 紀 要 』 12, pp.119-128. 27) 平 野 華 織 ・ 水 野 友 有 ほ か ( 2012)「 幼 稚 園 ・ 保 育 所 に お け る 『 気 に な る 』 子 ど も と そ の 保 護 者 へ の 対 応 の 実 態 - ク ラ ス 担 任 を 対 象 と し た 調 査 を も と に -( 第 2 報 )」 『中部学 院 大 学 ・ 中 部 学 院 短 期 大 学 部 研 究 紀 要 』 13, pp.145-153. 28) 齋 藤 愛 子 ・ 中 津 郁 子 ほ か ( 2008)「 保 育 所 に お け る 『 気 に な る 』 子 ど も の 保 護 者 支 援 - 保 育 者 へ の 質 問 紙 調 査 よ り - 」『 小 児 保 健 研 究 』 67( 6), pp.861-866. 29) 木 曽 陽 子 ( 2014)「 保 育 に お け る 発 達 障 害 の 傾 向 が あ る 子 ど も と そ の 保 護 者 へ の 支 援 の 実 態 」『 社 会 問 題 研 究 』 63, pp.69-82. 30)木 曽 陽 子( 2011)「『 気 に な る 子 ど も 』の 保 護 者 と の 関 係 に お け る 保 育 士 の 困 り 感 の 変 容 プ ロ セ ス - 保 育 士 の 語 り の 質 的 分 析 よ り - 」『 保 育 学 研 究 』 49( 2), pp.84-95. 31) 前 掲 , 25) 32) 神 谷 哲 司 ( 2012)「 保 育 現 場 に お け る 『 対 応 の 難 し い 親 』 は な ぜ 産 み 出 さ れ た の か ? - 家 庭 支 援 、 保 護 者 対 応 に 関 す る 研 究 動 向 か ら の 一 考 察 - 」『 Asian Journal of Human Services』 3, p.11. 10 33) 前 掲 , 13) 34) 前 掲 , 9) 35)吉 田 恵 子( 2010) 「保育園における保護者からのクレームとその対応」 『高崎健康福祉 大 学 紀 要 』 9, pp.115-133. 36) 同 上 37) 全 国 保 育 協 議 会 ( 2012)「 全 国 の 保 育 所 実 態 調 査 報 告 書 2011」 全 国 社 会 福 祉 協 議 会 . 38) 前 掲 , 7), p.19. 39) 前 掲 , 13) 40) 亀 﨑 美 沙 子 ( 2015)「 保 育 相 談 支 援 に 関 す る 先 行 研 究 の 検 討 - 保 育 所 に お け る 家 庭 支 援 の 先 行 研 究 を 手 が か り に - 」『 保 育 士 養 成 研 究 』 32, pp.31-40. 付記 本 研 究 は 、全 国 保 育 士 養 成 協 議 会 ブ ロ ッ ク 研 究 助 成 金 を 受 け て 行 っ た も の で あ る 。ま た 、 そ の 一 部 を 「 日 本 保 育 学 会 第 68 回 大 会 」( 於 : 椙 山 女 学 園 大 学 ) に お い て 発 表 し て い る 。 11
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