三角格子反強磁性金属 PdCrO2 の異常ホール効果 首都大学東京 理工学研究科 物理学専攻 高津 浩 ([email protected]) 結晶の幾何学的要因で単純な磁気秩序が起こらないフラストレートした磁性体では様々な特 異な性質が現れる。特に、近年の研究から内部のスピン構造に由来する新しいタイプの強誘電 性[1]や異常ホール効果[2]の発現が明らかになり、世界的な注目を集めている。そこでは従来の 秩序変数である磁化に代わり「カイラリティ」と呼ばれる多体のスピン自由度が重要な役割を 担っている。 我々は、この研究の流れの中で、これまで基本的ながらも十分に研究されてこなかった“金 属性”のフラストレート格子磁性体に注目し、中でも最も基本的な「二次元三角格子」を成す PdCrO2 という物質に着目して研究を進めている[3, 4]。 PdCrO2 は、磁性を担う Cr3+ (S = 3/2)の三角 格子と導電性を担う Pd1+の三角格子が交互 に積層した結晶構造を持ち(図 1) 、TN ~ 38 K で 120 度構造の反強磁性秩序を起こす連続 スピンの系である[3]。我々は、PdCrO2 単結 晶の育成に成功し、ホール抵抗や磁化の測定 から、三角格子上の局在スピンと伝導電子の 相関について研究してきた。その結果、興味 深いことに、TN よりも低温の T * = 20 K 近傍 から磁場や磁化の一次関数だけでは表せな い「非従来型の異常ホール効果」を示すこと 図 1: PdCrO2 の結晶構造。 が分かってきた[4]。 図 2 に、PdCrO2 のホール抵抗ρ Hall と磁化 M の磁場依存性の測定結果を示す。通常、磁性体の ホール抵抗は、ローレンツ力に起因した磁場に比例する正常ホール項と、スピン-軌道相互作用 に起因した磁化に比例する従来型の異常ホール項の和として、 ρ Hall(H,T) = R0(T)B + 4πRs(T) M(H,T) … (1) と書ける。図 2(a), (b)の挿入図に示す TN 以上の PdCrO2 のホール抵抗と磁化の磁場依存性は、そ れぞれ磁場に線形に変化しており、ホール抵抗は経験式(1)を満たしていることが分かる。この 経験式は TN 直下から 30 K までのホール抵抗でも成り立つ。しかし、さらに温度を低下させる と、T*以下でホール抵抗は磁場に対して非線形な依存性を示し始め、10 K 以下ではµ0H = 1-3 T 図 2: (a)PdCrO2 のホール抵抗と(b) 磁化の磁場依存性。(c) 非磁性で同構造の PdCoO2 のホー ル抵抗の磁場依存性。 でρ Hall > 0 となり、ホール係数の符号反転を意味する特異な振る舞いが現れる。一方、このホ ール抵抗の非線形が現れる温度範囲でも磁化は磁場に対して線形に変化している(図 2(b)) 。つ まり、T*以下では PdCrO2 のホール効果には経験式(1)だけでは説明できない寄与が出現するこ とが分かる。特に、同構造で同価数・非磁性の PdCoO2(Co3+, S = 0)のホール効果には 40 K 以下 の低温で非線形な振る舞いが現れないことや(図 2(c)) 、PdCrO2 の磁化率や比熱の磁気成分に も T*で異常が現れること等から、T*以下で観測した非従来型の異常ホール効果の起源には、磁 気秩序相内におけるスピン配置の変化が密接に関係している可能性が示唆される。 本講演では、三角格子磁性体における異常ホール効果をテーマに、金属性の PdCrO2 を取り上 げ、そこで実現する不思議なホール効果について紹介していきたい。また、時間が有れば、磁 化率や磁気抵抗の測定結果や、最近の中性子散乱実験結果も織り交ぜながら、議論を進めてい きたい。 本研究は、米澤進吾(京大院理) 、前野悦輝(京大院理) 、吉沢英樹(東大物性研)、門脇広明 (首都大)各氏との共同研究である。 [1]Y. Tokura, Science 312, 1481 (2006). [2]Y. Taguchi, et al., Science 291, 2573 (2001). [3] H. Takatsu et al., Phys. Rev. B 79, 104424 (2009). [4] H. Takatsu et al., Phys. Rev. Lett. , 105, 137201 (2010).
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