悪心や嘔吐,食欲不振はがん化学療法においてしばしばみられる副作用

序
悪心や嘔吐,食欲不振はがん化学療法においてしばしばみられる副作用です。これらの副作
用が発現すれば,食事量の低下によって体力が低下し,治療に対して消極的になり,場合によっ
ては治療の回避にも繋がり,がん治療に悪影響を及ぼすことになります。悪心や嘔吐は,以前
はがん治療において患者が最も辛いと訴える副作用でしたが,その後,5-HT3 受容体拮抗薬や
NK1 受容体拮抗薬といった有効性の高い制吐薬が開発されるとともに,国内外において制吐対
策ガイドラインが策定され,最近では悪心や嘔吐はある程度までコントロールできるようにな
りました。抗がん剤による悪心や嘔吐は発現してから制吐薬を投与してもコントロールするこ
とがきわめて困難であるため,発現しないように予防対策することが重要であるとガイドライ
ンに示されています。しかしながら,制吐対策ガイドラインで推奨された制吐対策が医療現場
でどの程度実施されているのかについては,疑問が残るところです。がん化学療法施行時にお
ける制吐対策ガイドライン遵守率について調べた報告が 2010 年前後に数多く出されており,
それによると遵守率は施設間で差があったものの,全体として見ると決して高いとは言えない
状況です。せっかく有効な制吐薬が開発されても,それを適正に使用しなければ患者の恩恵に
繋がりません。
本書では,国内外の制吐対策ガイドラインについて解説し,各ガイドライン間での制吐薬の
選択や用法・用量,等の違いについて明らかにしました。また,ガイドラインに準拠しても十
分な制吐コントロールを得るのが困難な例を示し,より有効な対策について考察しました。さ
らに,ガイドラインには示されていない制吐薬や最近開発中の制吐薬も取り上げ,その作用機
序や有効性について解説しました。一方,悪心や嘔吐の発現は患者側の要因によっても大きく
影響されるため,悪心や嘔吐の発現に影響を及ぼす患者要因について解説しました。
ところで,近年,医療財政がますます悪化する中で高額な医薬品が次々と開発されており,
最近開発された制吐薬も決して安価であるとは言えません。厚生労働省は医薬品費の高騰によ
る医療財政の圧迫を軽減するために,平成 28 年度報酬改定では費用対効果を試験的導入する
ことを検討しています。本書においては,制吐療法における費用対効果についても触れました。
最後に,岐阜大学医学部附属病院にて作成し活用している制吐対策のためのワークシートを
紹介しました。このワークシートは Microsoft Excel を用いて作成したものであり,化学療法
レジメンに含まれる抗がん剤を選択すると,レジメンの催吐性リスクと制吐処方が自動的に表
示される「制吐処方ワークシート」と,日々の悪心ならびに嘔吐について数値を入力するだけ
で,制吐の指標である complete response,complete control,悪心完全抑制率,嘔吐完全抑制
率が自動的に計算され,それらをグラフ表示する「制吐評価ワークシート」から構成されていま
す。
これらのワークシートを利用すれば,どの医療施設でも制吐対策ガイドラインに準拠した制
吐対策を推進することが可能となります。さらに,患者が有する悪心・嘔吐のリスク要因を考
慮した制吐対策も必要となります。本書を活用することによって多くの施設がより確実な制吐
対策に取り組まれ,がん化学療法施行時の制吐コントロール率が大幅に向上することを期待し
ます。
2015 年9月
岐阜大学医学部附属病院薬剤部長 伊藤 善規