(論文)家庭科教育のための基礎的研究

家庭科教育のための基礎的研究
-被服製作指導への提案-
河柳萌
福島杏子
1.緒言
今日の家庭科教育において、被服製作の時間が縮小傾向にあり、教師は短時間で効率的に技術を生徒に習得
させる事が求められている。説明不足による理解度の差異やミスによるやり直しなど、生徒には精神的負担が
大きい。製作技術が生徒達に十分理解されない要因として、家庭科の教科書の記述が詳細でないために、経験
のない生徒にわかり難い事が指摘される。
そこで、本研究では教科書を調べて基礎技術の扱われ方を明らかにした。また、中・高家庭科の被服製作に
おいて、組み込まれている基礎技術である待ち針の打ち方に着眼し、待ち針を打つ間隔や布の厚さとすくい量
が縫いずれに及ぼす影響について、直線縫合と曲線縫合で検討し、基礎技術の理論的な根拠を見い出し、家庭
科の被服製作に寄与する提案をする事を目的とした。
3.学生の技術習得状況調査
中・高家庭科教科書における基礎技術の記載事項
や製作物について、学習課程に分けて検討した。基
礎技術は中学教科書の方が記載が多く、製作物は中
学校では基礎的なもの、高等学校では専門的なもの
が多い事が分かった。中・高共に旧課程では教科書
ごとに記載事項も製作物も様々であったが、新課程
に改定されてからは、図1、図2のようにある程度の
統一が図られていることが伺える。
いずれの教科書においても、本研究で取り上げる
待ち針については、打つ位置のみの記述にとどま
り、打つ間隔や布のすくい量などの詳しい説明は見
当たらなかった。
中・高等学校で家庭科教育を受けてきた大学生の基礎
技術習得度を明らかにする目的で観察調査行った。その
結果、学生の製作基礎技術の定着が不完全で、図2のよ
うに待ち針の打ち方を誤っている学生が多かった。教員
の説明があったにも関わらず、間違った手法が習慣化し
ている学生も見られ、基礎技術教育の徹底が必要である
事を痛感した。最も多かった待ち針の打ち方の誤りは、
布をすくう量が多い事であった(図3)。また、待ち針
の間隔も広い・狭いがあり、効果的な待ち針の打ち方を
示す必要性が示唆された。そこで、すくい量と待ち針間
隔をパラメータとした実験を実施した。
手縫い
100%
80%
60%
40%
20%
0%
ボタン
ミシン
図2 新課程中学校家庭科教科書における
基礎技術記載比率
すくい量…
K堂 T書籍 K図書
2013 2012 2012
出版社
横から
K堂
2012
空中
ボタン
順番間違い
手縫い
逆から
100%
80%
60%
40%
20%
0%
間隔
記載率(%)
図1 旧課程中学校家庭科教科書における
基礎技術記載比率
70
60
50
出
現 40
率 30
(
% 20
) 10
0
斜め
出版社
図2 学生の待ち針の打ち方一例
折れ針
記載率(%)
2.中学校・高等学校家庭科教科書の
現状調査
学生の待ち針の打ち方
図3 学生の待ち針の打ち方パターンと出現率
4.待ち針の間隔とすくい量が縫いずれに及ぼす影響の検討(直線)
方法
表1
(1)試料布
試料布は教科書の掲載から綿100%平織ブロードと綿100%
編みのローマ・リブニットを用いた(表1)。
(2)試料準備
120㎝×8㎝サイズで布目方向をたて、よこ2方向で裁断し、
図4-1の様に表面に100㎝の印をつけた。試料のすくい量は、
布の厚さ×布の重ね枚数として求め、3、5、10、15、20、
25、30、35倍の8段階とした。
ブロードの場合は、厚さ(0.27㎜)×2枚≒0.6㎜であり、
すくい量は 1.8、3、6、9、12、15、18、21㎜である。
ニット の場合は、厚さ(0.49㎜)×2枚≒1㎜であり、す
くい量は 3、5、10、15、20、25、30、35㎜である。
待ち針を打つ間隔は、5、10、15、20㎝とした。
(3)実験手順
手順1:試料の表に待ち針を打つ間隔とすくい量の印をつけ
て待ち針を打ち(図4-2)、裏には縫道線上の待ち針位置に
十字で印をつける(図4-3)。
手順2:試料を実験装置に設置したレーンにセットする。自
動的に布が進むように、100gの分胴を試料布の先につける。
手順3:ミシンのスタートボタンを押して、試料の表にある
印から縫い目がずれない様に、軽く手を添えて縫う。
(4)計測方法
横ずれは、試料を裏返し、ルーペ(1/100㎝)を使用して基
準の十字線からずれた量を計測する(図5)。
縦ずれは、試料をくけ台に固定し、計測する位置から5㎝離
れた所に30gの初荷重をかけ、ノギスを使用して表裏の待ち
針間の布の長さを計測する。
ずれ量…
布の重さ
糸密度
1㎝×1㎝
平均(㎜)
平均(g)
平均(本)
たて
46.3
よこ
21.3
試料種類
ブロード
0.27
0.29
ニット
0.49
0.54
120㎝
8
㎝
100㎝
図4-1
20㎝
印付け
1.5㎝
図4-2
図4-3
待ち針の打ち方
ずれ量計測の為の裏面の印付け
図5 横ずれ計測
ブロード
ずれ量…
0.14
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
ブロード
1 2測定点
3 4 5
1 2 測定点
3横ずれ4 5 6
縦ずれ
図6 縫い始めからの距離と横ずれ量の関係(待ち針20㎝間隔)
ブ…
ブ…
0.20
0.18
0.16
0.14
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
ずれ量…
ずれ量…
(1)縫い始めからの距離がずれ量に及ぼす影響
<横ずれ>
待ち針5~15㎝間隔はブロード・ニット布ともに
待ち針間隔の影響はないが、20㎝間隔になるとブ
ロード布は距離が長くなる程ずれが増大し、ニット
布は測定点3(40㎝)までずれ量が減少し、それ以
上の距離になるとずれ量が大きくなる(図6-左)。
<縦ずれ>
ブロード・ニット布いずれも5~15㎝の待ち針間 0.8
0.7
隔では、縫い始めからの距離はずれ量に影響しな
0.6
0.5
いが、20㎝間隔になると、縫い始めからの距離が
0.4
長くなるに従ってずれ量が大きくなる(図6-右)。 0.3
0.2
0.1
(2)すくい量がずれ量に及ぼす影響
0.0
<横ずれ>
ブロード布はすくい量の影響が小さいが、ニット
布は5~20㎝のいずれにおいてもすくい量が多くな
るとずれ量が多くなる傾向が認められる(図7-左)。
0.7
<縦ずれ>
0.6
ニット布においてはすくい量が少ない程ずれ量が 0.5
0.4
多くなる逆相関の関係が認められた(図7-右)。 0.3
0.2
(3)待ち針間隔がずれ量に及ぼす影響
0.1
ブロードは縦ずれ、横ずれも小さい。ニット布は 0.0
待ち針10㎝間隔で横ずれが小さくなるが、縦ずれで
は間隔が広くなるとずれ量が大きくなる傾向が認め
られる(図8)。
布の厚さ
1.8
6 横ずれ12 18
すくい量(㎜)
1.8
6 縦ずれ12 18
すくい量(㎜)
図7 すくい量とずれ量の関係(待ち針20㎝間隔)
ブロード 0.15
0.1
0.05
0
5 10横ずれ15 20
待ち針間隔(㎝)
ずれ量…
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
ずれ量…
結果
試料明細
ブロード
5 10縦ずれ15 20
待ち針間隔(cm)
図8 待ち針間隔とずれ量の関係
5.待ち針の間隔とすくい量が縫いずれに及ぼす影響の検討(曲線)
方法
(1)試料布
実験に使用する試料布は実験Ⅰで用いた試料布と同様の
ブロードとニットを使用する。
(2)試料準備
被服製作実習を想定し、曲線は袖とアームホールと仮定
し、必要試料長は40㎝に設定した。試料のすくい量につ
いては、ブロードの場合は、1.8、 6、9、15㎜とした。
ニットの場合は、3、5、10、15㎜とした。待ち針間隔は
2.5㎝と5㎝の2種とした。
(3)実験手順
手順1:凸曲線の試料は半径16㎝の半円に2㎝の縫い代を
つけて全体で直径36㎝の半円にする(図9)。
手順2:凹曲線の試料は長方形の布を半径32㎝の半円を
書き、その2㎝内側に線を引いて裁断する。
手順3:試料をミシンにセットし、スタートボタンを押
して印からずれないようにする為に手を添えながら縫う。
(4)計測方法
試料を裏返してルーペ(1/100㎝)を使用して基準の線か
らずれた量を計測した。曲線の試料は縫い合わせる資料
の形が違うため、待ち針と待ち針の中間位も計測点とし
た。
2㎝
16㎝
14㎝
36㎝
32㎝
凸
凹
図9 曲線縫合試料
待ち針を打った試料
図11
ずれ量(㎜)
実験風景
ブロード
ニット
ずれ量(㎜)
図10
2.2 ブロード ニット
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
1 5 測定点
9 13 17
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
1 11 21 31
測定点
2.5cm間隔の場合
5cm間隔の場合
図12 縫い始めからの距離とずれ量の関係(待ち針の位置)
ブロード
ニット
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
2 6 10 14
測定点
ずれ量(㎜)
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
ブロード
ニット
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
2 10 18 26
測定点
2.5cm間隔の場合
5cm間隔の場合
図13 縫い始めからの距離とずれ量の関係(待ち針の中間位)
2.5㎝
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
3 5ニット10 15
1.8 ブロード
6 9 15
すくい量(㎜)
すくい量(㎜)
図14 すくい量とずれ量の関係
2.5㎝
ずれ量(㎜)
ずれ量(㎜)
(1)縫い始めからの距離がずれ量に及ぼす影響
いずれの試料も、縫い始め計測点のずれ量が大
きいが、それ以降は縫い始めからの距離の影響は
認められない。待ち針上の計測点と待ち針の中間
計測点を比較すると、ブロード布において縫い始
めからの距離が長くなると待ち針中間点の方が、
ずれ量が増大することが明らかになった(図12・
図13)。
(2)すくい量がずれ量に及ぼす影響
ブロード布は、ずれ量にすくい量の影響は認め
られない。ニット布は、待ち針5㎝間隔では、わ
ずかであるがすくい量が大きくなるとずれ量も増
加する傾向が認められた(図14)。すくい量が少
ないほどずれ量が少ないことから、曲線の縫合で
は直線よりもすくい量を小さくして待ち針を打つ
ことが適切であると言える。
(3)待ち針の間隔とずれ量の関係
ブロード布ではむしろ、すくい量が少ない程ず
れが大きくなる傾向があるが、ニット布では待ち
針2.5㎝間隔と5㎝間隔を比較すると、間隔が広が
るほどずれ量が大きくなることが認められた。待
ち針を打つ間隔が広くなるとずれ量が倍増するこ
とから、凹と凸曲線を縫合する場合には2.5㎝間
隔以下で打つことが適切であると考える。
ずれ量(㎜)
結果
2㎝
考察
直線縫合において、ブロード布は、縫いずれが生じにくい生地であることがわかった。ニット布は、ブ
ロード布に比べてずれ量が大きく、すくい量、縫い始めからの距離、待ち針間隔に大きく影響され、縫い
ずれの生じやすい生地である事が明らかになった。計測結果が安定せず、差が大きいのはこのためである。計
測布のすくい量はブロード布で5㎜、ニット布で1㎜が適切であり、待ち針を打つ間隔は10㎝以内とする事で縫
いずれが少なくすることに効果的であると言える。
曲線縫合において、ブロード布、ニット布共に待ち針間隔が広くなるほどずれ量が増加する傾向がみられ、
待ち針を打つ間隔がずれ量に大きく影響することが分かった。また、ニット布は縫い始めからの距離
が長くなるほどずれ量が増加する傾向もあり、直線縫いで長い距離を縫合する場合、縫い始めから40㎝以
降特に注意が必要である。待ち針は2.5㎝間隔を限度とし、すくい量もより小さい方が縫いずれ防止に効果的
であることがわかった。これは、布の伸縮性・柔軟性・厚さが縫いずれ量に影響を及ぼすことを示した
ものと考えられる。
提案
本実験で得られた所見を図15に示し、家庭科の被服製作授業における待ち針の打ち方指導に役立てるこ
とを提案する。
◆布をすくう量
◆まち針の打ち方
ブロード等の薄い布は5㎜、
ニット等の厚い布は1㎜。
また、曲線はすくい量を半分にする。
縫い線からまち針を打ち、
垂直に布をすくう。
◆まち針を打つ間隔
直線は10㎝、曲線は2.5㎝と
縫う形に合わせて変化させる。
図15
待ち針の打ち方提案
6. 結言
本研究によって、家庭科の教科書の被服製作に関する掲載調査と本学学生の実習授業の現状調査から指導は詳
細にする必要があり、基礎技術の中でも最も初歩的な待ち針の打ち方が縫製時の布のずれ量に及ぼす影響につい
て、ブロード・ニット布を用いて検討した。その結果を要約すると以下のようになる。
(1)直線縫いの縫いずれについて、横ずれと縦ずれに分けて検討した結果、ブロード布は縫いずれが生
じにくい。ニット布は、横ずれ縦ずれいずれも縫い始めからの距離が長くなるとずれ易くなる傾向が認
められる。
(2)直線縫いの縦ずれについては、ニット布の場合、待ち針の間隔を小さくすることでずれ防止ができる。
(3)ずれが生じる要因の一つとして、布地の特性(厚さ、伸縮性、柔軟性)が考えられる。
(4)凹と凸曲線の縫合においては、ブロード布、ニット布、いずれもすくい量が小さい方がずれにくい。
(5)凹と凸曲線の縫合の場合、待ち針を打つ間隔を小さくした方がずれが小さい。
引用・参考文献
1)ⅰ)高部啓子・布施谷節子・新留理恵子・高部和子:家政系女子大生の被服製作に対する意識と基礎知識(第1報)―製作体験と意識との関連―,日本家庭科教育学会誌,
37(3),39-46(1994.12)
ⅱ)布施谷節子・高部啓子・新留理恵子・高部和子:家政系女子大生の被服製作に対する意識と基礎知識(第2報)―製作に対する意識と基礎知識の定着との関連―,
日本家庭科教育学会誌,37(3),47-53(1994.12)
2)布施谷節子・高部啓子:家政系女子短大生における手縫いの技能の実態:被服製作の知識と過去の経験との関連性,日本家庭科教育学会誌,43(4),237-278(2001.1)
3)日景弥生・鳴海多恵子:被服製作用語に関する知識の実態―弘前市内の小学生と大学生を対象として―,日本家庭科教育学会誌,39(1),47-53 (1994)