太陽電池と低炭素社会への展望

シリーズ GSC
低炭素・循環型社会を先導する GSC
太陽電池と低炭素社会への展望
KONDO Michio
近藤道雄
産業技術総合研究所 太陽光発電工学研究センター長
震災以降,太陽光発電が一層注目を浴びている。低炭素社会,安全安心な社会を実現するために太陽光発電に
期待されること,また課題について述べる。太陽光発電の中核を占める太陽電池に求められる技術課題を結晶シ
リコン型,,薄膜型,超高効率型,有機型に分けて個別に議論し,将来展望について併せて述べる。またシステ
ムの課題についても述べる。
ろん長期的にはほかに解がないわけであるから,自然エネ
1 は じ め に
ルギー,再生可能エネルギーを活用していくことは人類の
地球温暖化は気候変動による新たな天災をもたらし地球
至上命題であることは間違いない。問題は,それが想定し
規模で人命を脅かす問題としてとらえられてきた。地表温
ていた時期よりかなり前倒しで求められているというとこ
度の上昇が 2℃を超えないようにしないと地球全体で見た
ろにある。では何が問題で,どのような解決法があるだろ
時の損失が利得を上回るといわれている。そのためには二
うかという点について述べてみたい。
酸化炭素濃度を 450 ppm 程度に保ち,そのために二酸化
2 太陽電池の環境効果
炭素の排出量を 2050 年までに 50∼80% 削減する必要があ
ると見積もられている 1)。
良く,太陽電池の生涯発電量は製造エネルギーに満たな
日本のような先進国では技術によってより高い削減が求
いのではないかという質問を受ける。つまり製造エネル
GSC
められるので 70% 以上の削減が必要であろう。世界の二
ギーが膨大過ぎる割には発電量が少ないということであ
酸化炭素の排出源の中でおよそ 1/3 を占めるのが電力であ
る。たしかに,太陽光発電は発電しているときは二酸化炭
る。輸送もかなりの割合を占めるが,これは今後ハイブ
素を全く排出しないが,太陽電池やその周辺部材を製造,
リッド自動車や電気自動車によって大幅に減らせる可能性
設置する際にエネルギーを消費し,二酸化炭素を排出す
がある。むしろ電力使用は増える傾向にあることを考える
る。製造に使ったエネルギーを発電で回収するのに必要な
と,電力のグリーン化が最も必要とされている。
年 数 を エ ネ ル ギ ー ペ イ バ ッ ク タ イ ム(EPT) と い う。
最近の電力に占めるエネルギー源の世界での内訳をみる
1990 年ごろは太陽電池用のシリコンは半導体で使ったシ
と石炭が 79 EJ(エクサジュール エクサは 10 の 18 乗),
リコンの余りを再溶融して作っていたため,価格は安かっ
ガスが 37 EJ,石油が 12 EJ のエネルギーを消費(投入)
たがエネルギー効率という点では良くなかった。しかし,
しているがこれらの熱効率は 30% 程度であり,二酸化炭
それは 20 年も前の話であり,そのころ日本の住宅には一
素の総排出量は約 100 億トン(CO 2 換算)にも及んでい
軒も太陽電池が使われていなかった時代であり,今や半導
る。これは日本の二酸化炭素の年間総排出量の 10 倍の量
体で使われるシリコンより太陽電池用に生産されるシリコ
に相当する。
ンの方が多くなり,日本だけで住宅用にして 100 万軒相当
したがって,この電力起源の二酸化炭素排出を削減する
分の太陽電池が設置されている時代に昔のデータを持ち出
ことの重要性が理解される。しかし,その前に二酸化炭素
すのは適切でないであろう。
の総排出量を抑制するには徹底した省エネが必要である。
図 1 に示されるように現在では製造に必要なエネル
ある調査によれば,二酸化炭素排出を 70% 削減しようと
ギーは発電量に換算して多結晶シリコンで 2 年程度,薄膜
すると,まずエネルギー消費量の総量を 30% 以上削減す
太陽電池で 1 年程度と見積もられている。したがって太陽
る必要があると試算されている。その上で化石燃料に頼ら
電池の寿命を 20 年とするとその寿命の 5∼10% は製造エ
ない電力源への移行が求められる。もちろん原子力もその
ネルギー回収に必要だが残りは二酸化炭素を排出しないで
有力な候補であったが,大震災によって事情が一変したと
電力を得ることができる。言い換えると製造時の二酸化炭
いってよい。しかしながら,太陽光発電や風力がその代替
素排出は割合として十分小さい。
として今すぐに置き換われるかというと解決しなければな
カーボンフットプリントという概念をよく耳にするよう
らない問題もある。電力は安定供給が生命線であって,い
になったが,これは同じ製品でも誰が,何処で,どのよう
つ途切れるかわからない電力源は結局生き残れない。もち
に生産したかで製造に排出した二酸化炭素量が異なってい
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化学と教育 59 巻 12 号(2011 年)
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ることを意味しており,太陽電池でもどういう種類の太陽
に達した 2)。1 GW というとピーク出力で 100 万キロワッ
電池をどのようにして作ったかが今後問われることになる
ト の 発 電 所 と 同 等 で あ り,10 GW と い う と 100 万 キ ロ
であろう。また,将来に大量に発生するであろう廃棄物の
ワットの発電所の年間発電量に相当する量である。した
処理と,そこからの環境汚染のリスクは今の時点では定量
がって,今後今の太陽電池生産量が維持されれば毎年大型
的に評価することは難しいが,いずれ顕在化してくる問題
発電所一基分の発電所を太陽電池で置き換えていくことが
と考えられる。このような製造から廃棄までの生涯に発生
できる。
する二酸化炭素や環境汚染を調査することを LCA(Life
世界の市場の 80% 近くを占めているのは単結晶および
Cycle Assessment)と呼ぶ。
多 結 晶 シ リ コ ン で, 薄 膜 シ リ コ ン と CdTe や CuInSe 2
日本は製造エネルギーの節減という点でも優れた技術を
(CIS あるいは CIGS と呼ばれる)などの化合物薄膜が残
有しているが,残念ながらそれは製品で可視化されていな
りを占める。しかし,会社別にみれば CdTe 薄膜太陽電池
い。あとでも述べるが太陽電池の性能とは変換効率だけで
を製造する First Solar 社が 2009 年度は 1 GW の生産量を
ない。その性能をいかに可視化するか,それは国際標準化
超えて世界第 1 位,2010 年度も世界第 2 位であった(1 位
とも関連する今後の課題である。
は中国のサンテック・パワー)。また CIGS でも日本の
ソーラフロンティア社が 1 GW の生産を間もなく開始する
と発表している。結晶シリコンにおいては 2010 年度に 1 GW 前後の生産量に達する企業が複数現れた。これらのこ
とは,太陽電池の量産規模がもはや 1 GW を超えないと競
争できないようになったことを意味する。一般に工業製品
は習熟曲線にしたがってコストダウンするといわれてお
り,太陽電池も 20% 習熟曲線に従うとされている。これ
は言い換えると,生産量が 10 倍になるとコストが半分に
なるということであるから,スケールメリットが大きなコ
スト要因であることを意味している。100 MW と 1 GW で
はコストが倍違うから,これはもう勝負にならないのであ
る。
太陽光発電はコストが高いといわれるが,2010 年現在
では 20 年間の利用と 4% の金利を仮定して発電コストが
3 様々な太陽電池技術
48 円/kWh と見積もられている。これは家庭用電力料金
太陽電池には図 2 に示されるように,様々な材料が用
の 2 倍に相当する。しかし,金利や流通コストを除いて考
いられている。2009 年度の世界の太陽電池生産量は 10 えると太陽電池そのものの製造原価から期待できる発電コ
GW 程度であり,2010 年にはこれが 23 GW 程度にまで拡
ストは 15 円/kWh 程度と考えられ,今後技術開発や市場
大された。世界全体での累積導入量は 2009 年度で 20 GW
の拡大が進めば今の電力発電原価といわれている 7 円/
kWh 程度までコストを低減することは十分可能である。
今の時点では発電原価を家庭用電力料金並みにするにはモ
ジュールコストで 100 円/W が必要といわれている。最近
価格下落が激しいが,結晶シリコンモジュールで 150 円/
W,薄膜では一部メーカーで 100 円/W を下回っていると
いわれている。したがって,技術的にはあと一歩のところ
まで来ているといえるだろう。
3.1 結晶シリコン太陽電池
現在の太陽電池の主流はウエーハベースの結晶シリコン
太陽電池であり,さらにその中は単結晶型と多結晶型に分
けることができる。単結晶型においては実用サイズでの変
換効率の最高値は 23%,実験室レベルでも過去最高の効
率は 25% である。多結晶型では最高効率は 20% 程度であ
図 2 さまざまな太陽電池材料。カッコ内は実験室レベルでの
最高効率を示す。
る 3)。これからの課題は効率を維持したままいかにコスト
削減を図るかということであろう。
化学と教育 59 巻 12 号(2011 年)
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図 1 各種太陽電池における製造時の投入エネルギー(棒グラ
フ,左軸)とエネルギー回収年数(EPT)および二酸化炭素
回収年数(CO 2PT,いずれも右軸)。
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効率はシステム全体のワットあたりのコストに影響する
値がつき,逆に効率が低いとより安価であることが求めら
ので,絶対値で 1% でも向上することは非常に大きなコス
れる。メーカーの First Solar 社によるとすでに製造コス
トメリットを生む。量産品レベルではまだ 2∼3% の効率
トは 1 ドル/W を下回るとされている。Cd 問題がよく取
向上の余地が残されている。つまり効率向上だけで 2 割程
り上げられるが,筆者はきちんとしたリサイクルの仕組み
度のコスト削減が可能だということである。コスト削減に
が確立されれば大きな問題はないと考える。ただし,リサ
おいてはモジュールコストの半分がウエーハのコストであ
イクルのコストについては別途考える必要がある。実際,
り,そのうち 1/3 がシリコン原料なのでシリコンの使用量
見えないところで Cd は家電製品にも NiCd 電池という形
を下げることが重要課題である。数年前ではウエーハの厚
で用いられているが,太陽電池はそれらの製品よりはるか
さは 300 ミクロン程度あったが,現在では 160 ミクロン程
に寿命が長く,かつ使用量が少ない。むしろ問題は Te で
度まで薄くなってきている。今後は 100 ミクロンに向けた
あり,現在の Te の生産量から考えると数ギガワットの生
4)
技術開発が主流になっていくであろう 。また,ウエーハ
産量しか賄えないという試算がある。もう一方の CIS あ
作製過程では半分程度のシリコンを切り代として捨ててい
るいは CIGS 太陽電池であるが,薄膜の多結晶で小面積セ
るので,それを減らすことと,切りくずを再利用すること
ル効率で 20%,製品レベルでも 12% を達成し,CdTe と
がコスト削減の方策として考えられる。そのためには従来
高効率化で差別化されている 5)。図 4 に CIGS 太陽電池の
の SiC 遊離砥粒を用いたスライス方法からダイアモンド固
断面構造が示されている。
定砥粒を用いたスライス方法への転換も有力な方策となる
だろう。
3.2
薄膜太陽電池
薄膜系に目を転じると,薄膜系はシリコン系と非シリコ
ン系に分けることができる。非シリコン系の一つは CdTe
であり,もう一つは CuInSe 2(CIS)あるいは In の一部を
Ga に置換した CuInGaSe 2(CIGS)である。前者は II─VI
族系であり,後者は I─III─VI 系である。CdTe 太陽電池
は図 3 に示されるようにガラス基板の上に透明導電膜,
図 4 CIGS 太陽電池の断面構造。
GSC
CdS からなる n 型層,数ミクロンの厚さからなる CdTe
の p 型発電層,裏面金属電極層で構成されている。
まず Mo の金属電極から出発して,次に p 型 CIGS 発電
層,バッファ層(図 4 では CdS)
,n 型 ZnO 層が形成され
る。CIGS 層の形成には大きく分けて二つの方法があり,
一つはセレン化法であり,もう一つは同時蒸着法である。
前者は量産プロセスとして最も広く使われている方法であ
るが,Cu─In─Ga などの金属層を最初に製膜しておき,最
後に Se を含む蒸気中で加熱処理されて CIGS 層が形成さ
れる。Se を最後に製膜してから固相で加熱処理される場
図 3 CdTe 太陽電池の断面図。
合もある。ソーラフロンティア社やホンダソルテック社が
採用しているのはこの方法である。後者は高効率が得られ
酸化スズ付きガラス基板はいわゆる低放射ガラスとして
ることが利点だが量産性に課題があった。今では一部の
建築用に用いられており,安価に入手可能である。CdTe
メーカーで量産に採用されている。図 5 にこの方法が量
層は近接昇華法によって形成されるが,安価な部材を使っ
て簡便に高速にデバイスを形成することが可能なので製造
コストが安い。性能的には実験室レベルで 17% 程度,製
品レベルで 10% 程度である。効率は決して高くないが,
“そこそこ”であり,値段が安いという普及品に必要な要
件を備えているといえる。この理由としては CdTe のバン
ドギャップが 1.5 eV 程度と太陽光に対して理論効率が最
も高い材料となっていることがあげられる。
市場では,CdTe 太陽電池はある意味,価格の“標準”
となっており,これより効率の高い太陽電池には高付加価
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図 5 インライン同時蒸着法による CIGS 太陽電池量産プロセ
スの例(産業技術総合研究所提供)。
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産プロセスに適用された例が示されている。高効率化では
7% 程度,多接合型で 10% という効率は CdTe に対して差
図のように 3 つの段階にプロセスを分けて最適化すること
別化が難しく,製造コストも大型真空装置や半導体ガスの
が主流となっている。
処理装置を必要とするなどの要因で低減が難しいので,今
CIGS 太陽電池では高効率が優位点だが,もう一つ将来
後は,高効率化の技術開発が本質的となってくるであろ
的には In─Ga の混合比や Se を S に置換することでバンド
う。
ギャップを CuInSe 2 の 1 eV から CuGaS 2 の 2.4 eV まで調
3.3 有機太陽電池
整可能であるので,多接合型デバイスをこの材料系だけで
有機系太陽電池は色素増感型と有機薄膜型に分類され
実現することが原理的に可能である。しかし,現実にはバ
る。色素増感型は 1991 年,スイスの Graetzel らが発明し
ンドギャップが大きくなって Ga 組成が増えると膜質が劣
た太陽電池で 7),色素という単分子の吸光度は高いが積層
化するために効率を理屈通りに維持することが困難にな
できないという欠点を補うために,図 7 に示されるよう
る。今後の技術開発の課題である。
に TIO 2 からなるナノポーラスな表面積の大きな電極上に
CIGS 系太陽電池でよく議論されることは In 資源の問題
色素を単分子で吸着させるという方法を見出して,高効率
である。In の一次原料の世界の生産量は年間 600 トン程
の太陽電池を実現した。現在までに 11∼12% 程度の効率
度でありこれをすべて太陽電池に消費すると仮定すると生
が報告されている。製造方法は薄膜シリコンや CdTe と同
産可能量は 40 GW 程度となる。ここで二次原料となるリ
様な透明導電膜付きガラス基板上にチタニア(TiO 2)の
サイクルされている分は考えない。なぜなら太陽電池の寿
微粒子をバインダーと共にペースト状にしたものをスク
命はリサイクルされている製品に比べて桁違いに長いから
リーン印刷し,加熱焼成することでチタニア同士を結合さ
である。したがって,今後,世界の市場が 100 GW 規模に
せると同時にバインダーを飛ばしてナノポーラスな電極を
なればこの In の資源問題が顕在化してくると思われる。
形成し,そののちに色素を含んだ液体に含浸させて色素を
In に代わる材料として In という III 族元素を Zn─Sn の
吸着させる。白金や炭素で構成された対抗電極を電解液を
II─IV 族の組み合わせに置き換えた Cu─Zn─Sn─Se 系太陽
介して配置させて太陽電池ができる。したがってすべて大
電池が注目されている。効率も 10% 近い効率が報告され
気中で製造が可能なので製造コストが安くなるというメ
リットがある。欠点は,モジュール化におけるセルの直列
薄膜系で最も歴史の古いのは薄膜シリコンである。1976
接続構造が薄膜太陽電池ほど簡単ではないことと,電解液
年ごろに初めて報告されて以来,1980 年代には電卓など
を長期間屋外の過酷な環境下で封止することがコスト的に
の民生用としてすでに実用化され,2000 年ごろから電力
も技術的にも容易ではないことである。また効率的にもモ
用として本格的な生産が始まっている。薄膜シリコンの生
ジュールで CdTe を上回らなければ少ない生産量で対抗す
産能力は世界では 2009 年度で 600 MW 程度と見積もられ
ることはかなり厳しいと思われる。今後は高効率化と,高
ている。薄膜シリコンはさらに図 6 に示されるようにア
耐久化を低コストで実現できるかどうかが鍵であろう。
モルファスシリコン単接合とアモルファスシリコン/微結
晶シリコン(アモルファスシリコンゲルマニウム)多接合
型に分けられる。アモルファスシリコンは結晶シリコンに
比して,バンドギャップが 1.7 eV 程度と大きく,光吸収
係数が一桁大きいという利点がある 6)。前者は短波長感度
がよく,したがって蛍光灯などの室内用途にも向いてい
る。また,高温に強いので低緯度地域の設置に適してい
る。後者は薄膜化が可能であるという優位性につながる。
薄膜シリコンは環境的にも負荷が少なく資源も豊富なの
で,太陽電池としては理想的材料と言えるのだが,効率が
問題である。アモルファスシリコンの市販モジュールで
図 7 色素増感型太陽電池の構造を表す模式図。
図 6 アモルファスシリコン太陽電池と多接合型薄膜シリコン太陽電池の断面構造図。
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ている。
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もう一つの有機薄膜型は有機半導体とよばれる固体薄膜
シャル成長させて形成されるため,基板と同じ格子定数を
を積層させて作製される。図 8 にその構造の一例が示さ
有していることが必要である。同時に,入射した光を吸収
れている。透明導電膜付きガラスの上にバッファ層を介し
したときに発生する光電流の大きさが一致するように材料
て p,i,n の各層を積層する点ではアモルファスシリコンと
のバンドギャップの組み合わせを選ばねばならない。これ
ほとんど同じである。製膜方法は蒸着法と溶液塗布法があ
は多接合型では各層が直列接続されているからである。
るが,いずれも低コスト化が期待できる方法である。大き
また,このような形態の太陽電池は太陽電池材料がきわ
く異なる点は膜厚が全部で数十ナノメートルと無機の薄膜
めて高価であるのでシリコンのように平板型を並べて用い
太陽電池のミクロンオーダーと比べると非常に薄い点で,
られることはなく,数ミリ角に切り出されたものに,レン
これは光で生成された電子,正孔が再結合で消滅すること
ズで数百倍に集光されて照射される。そうすると太陽電池
なく拡散移動できる距離が無機半導体と比べると非常に短
そのもののコストはむしろシリコンよりずっと安くなる。
いことが理由となっている。したがって,有機系半導体で
替わって,集光する光学系や,集光による熱を放熱する冷
は極薄の吸収層を積層するなどの工夫が必要であると考え
却系,太陽を追尾するための機械系などがむしろコストを
られる。効率はここ数年で大幅に上昇し,非公式では
決める要因となる。数百倍の集光倍率になると角度にして
10% 程度の効率も報告されていることから,今後の発展
1 度程度の精度で太陽を追尾する必要がある。また,当
が期待できる。色素増感と比べると液体を用いていないと
然,曇った日は発電量がほぼゼロになるので年間発電量を
いう利点があるので封止やモジュール化のところで,無機
考えると設置場所を選ぶ必要がある。このように多少制約
系で開発された技術が転用できる。
はあるものの,晴天下では 30% を超えるモジュール効率
今後の課題は有機半導体が湿度や酸素などの大気に対し
が実現できるため,用途や気象条件によっては平板型太陽
て影響を受けやすいことで,封止が今後の技術開発のポイ
電池より有利になると期待される。
ントであろう。もちろん,大気の影響を受けない材料が開
材料に話を戻すと,一般に化合物半導体の場合,バンド
発されるに越したことはない。また,有機半導体は色素と
ギャップと格子定数は相関関係があるので格子定数とバン
比べて紫外線に対する耐性が高い,高温での電解液漏れの
ドギャップの両方の要請を満足する組み合わせは限定的
心配がないという利点があるので屋外用途にはむしろこち
で,多くの場合,どちらかの要請を多少満たさない状態で
らの方が向いているかもしれない。
用いられる。格子定数に注目すると,Ge(0.66 eV)─GaAs
GSC
(1.4 eV)─InGaP
(1.86 eV)の組み合わせが最も理想に近い。
ただし厳密には Ge と GaAs にはわずかな格子不整合があ
り,それを保証するために GaAs にわずか 1% 程度の In
が添加されている,このように,わずかな格子不整合は結
晶成長中に欠陥を生成し効率を低下させる要因となる。た
だしこの場合,電流のバランスが若干悪く,Ge で生成さ
れる電流が余り気味となる 8)。
図 8 有機薄膜太陽電池の断面構造。
一方,電流整合に着目すると,たとえば Ge を基板に用
い,InGaAs(1.2 eV)─InGaP
(1.75 eV)を 組 み 合 わ せ る 場
3.4
超高効率太陽電池
合,電流のバランスはよいが 1.2% と決して大きくはない
これまで述べてきた太陽電池は効率としては 20% が限
が格子不整合があり,それによる欠陥生成という問題を克
度であった。効率は必要な土地の広さを決めるので,設置
服しなければならない。最近,ようやく新しい緩衝層の技
の制約になったり設置工事によるコスト低減の阻害要因に
術によってこの問題が改善され,41.1% という高い変換効
なったりする。先進国では新興国と対抗するために性能で
率を達成した。しかし,これらの二つの手法は今のところ
差別化することも必要となってくる。
優劣つけがたく,200∼300 倍の集光倍率で変換効率 41∼
これから注目されるものに 30% を超える超高効率太陽
42% の水準で競われている。
電池がある。これは設置面積に制約がある,民生用や自動
今後,変換効率としては 45% から 50% の領域が目標と
車用途などにとっても重要である。原理的に高効率化する
なるであろう。その時には量子ドットや 4 接合以上の多接
ためには広い波長範囲を持つ太陽光スペクトルを余すこと
合,メカニカルスタックなどの全く新しい概念が必要とな
なく利用することであり,異なるバンドギャップを持った
るだろう 9)。
3 種類から 4 種類の単結晶層から構成される多接合構造が
3.5 システムとしての完成度
用いられる。各層は Ge などの基板材料から出発してその
ここまで,太陽電池について材料,デバイスといった観
上に GaAs などの薄膜層が単結晶を維持したままエピタキ
点から基礎から最近の動向を述べてきたが,今後,太陽光
624
化学と教育 59 巻 12 号(2011 年)
―持続可能な社会を目指す化学技術の過去・現在・未来―
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発電がエネルギー源として独り立ちしていくにはシステム
れている。地球を巨大な人工衛星として考えてみれば,太
としての開発が必要不可欠である。なぜなら,太陽光は間
陽電池を動力源とすることは極めて自然な発想であるとい
欠的であり,変動するエネルギー源だからである。効率の
える。太陽光発電は日照が時間,季節によって変動し,予
問題は,敷地さえあれば解決する問題であるし,地球上す
測が困難であること,蓄電するにはコストがかかるという
べてのエネルギーをまかなうに必要なエネルギーは高々砂
本質的な問題点を抱えている。しかし,今後どのような道
漠一個分程度である。本質的な問題はむしろ,エネルギー
を歩んでいくかを決めるのは一人一人の意思である。いく
としての非定常性である。
つかの技術的に可能なシナリオがある。完璧なものはな
最も直接的な方法は蓄電池と組み合わせることである。
い。太陽光を利用して暮らしていくと決めたなら,その欠
晴れや曇り,季節変動まで含めた変動幅を吸収しうる量の
点を受け入れ,それを克服する努力をしなければ,その良
蓄電池と組み合わせればよい。しかし,問題はコストであ
さもまた享受できないだろう。
る。蓄電池は決して安くない。コスト的に考えるとその使
筆者の私見ではあるが,太陽光は冗長なエネルギー源と
用を最小限にする必要がある。そのためには太陽光発電自
して現行の主要エネルギーを補完しながら,長期的にはそ
身あるいは再生可能エネルギー同士でその変動を低減する
の欠点を克服して,真にエネルギーの主役になれる日が来
ことが望ましく,さらには少ない蓄電容量を有効に活用す
るものと信じている。
るための制御が必要となる。また,調整能力のある火力発
参考文献
電や揚水発電などの既存電力との連携,協調も必要であ
1) IPCC SRREN 再生可能エネルギー特別報告書.
2) Solar Generation V ─2008, EPIA 発表,http://www.epia.org.
る。その中で重要な役割を占めるのが発電量予測である。
天気予報,日射予想といってもよいが,1 時間以下の短時
3) J. Zhao, A. Wang, M. A. Green,
1999, ,
471.
4) R. Swanson, PVSEC─19(2009)CSI─PL1, p. 3.
5) I. Repins et al.
2008,
間の日射予測があればそれに合わせて蓄電量や火力による
発電量を調整することができ,必要以上の蓄電池を導入し
たり,無用な待機燃料を使わずに済むことになる。
6) B. Rech and H. Wagner,
7) Brian O Regan, Michael Grätzel,
4 終 わ り に
8) M. Yamaguchi et al,
9) A. Luque and A. Marti,
1999,
1991,
2008,
, 235.
, 155.
, 737.
, 173.
る。温暖化の問題,原子力の問題,化石燃料枯渇の問題,
これらすべてを同時に解決する方法として再生可能エネル
[連絡先]305─8568 つくば市梅園 1─1(勤務先)。
ギーを主要なエネルギー源として利用することが有望視さ
本部事務局・化学情報センター休業のお知らせ
事務局長
年末・年始は,例年通り 12 月 29 日(木)から 1 月 4 日(水)まで休業させていただきます。また,1 月 19 日(木)は,
本会創立記念日のため休業させていただきます。
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◆ 新しく教育会員になられたかたがた ◆
二宮 純子 九州国際大学付属高等学校
尾 巧 新潟県立長岡高等学校
平岡 史歩 光塩女子学院
▷現在会員数 (2011 年 11 月)
正会員
23,100
学生会員
3,661
教育会員
1,818
名誉会員
83
法人会員
473
公共会員
481
化学と教育 59 巻 12 号(2011 年)
賛助会員
0
合計
29,616
625
GSC
1997, , 5014.
ⅰ) その他,トコトンやさしい太陽電池,日刊工業新聞社;図解 最新太陽
光発電のすべて,オーム社;薄膜太陽電池の基礎と応用,培風館 .
いま世界のエネルギー政策は大きく変わろうとしてい