CEO の後継者育成計画 - ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ・ジャパン

「CEO の後継者育成計画は、取締役会の最大の任務である」
-アンドリュー・マッケナ(マクドナルド会長)
ラッセル・レイノルズの CEO/ボード・サービス部門では、CEO の後継者育成計画のサポートを専門的に行っています。
CEO や取締役会と共に、世界中のあらゆる地域や産業において、また上場企業から同族会社まで、様々な形態の後継者
育成計画に関する調査やトレンド分析、およびコンサルティングを行っています。
今回の「In Touch with the Board」では、CEO 後継者育成計画の成功のための欧米のベストプラクティスをご紹介します。
日本のコーポレートガバナンスは形態が異なりますが、御社の後継者育成計画の在り方を検証するにあたり、ご参考とな
れば幸いです。
ここ数年のいくつかの教訓
注 1:2012 年にスリーエムのバックリーCEO の後任選考が、一時社内で紛糾したことについて、
担当アナリストも懸念を表明した。
この 4 年間に、コーポレートガバナンス
に関していくつかの教訓が明らかにな
っています。最も重要なのは、CEO 後
継者育成計画の必要性です。CEO の
想定外の退任によって、図らずして後
継者育成計画が大変な注目を浴びた
企業は、AIG、ゼネラルモーターズ、シ
アーズ、Yahoo!を始め、枚挙にいとま
がありません。後継者育成計画に時間
がかかり、不透明さを増すと、投資家
の信頼をも揺るがすことになります。そ
の一例として、2012 年にスリーエムで
起きた、「予定通りであったはずの」
CEO 退任と後継者指名を巡る、役員
間の対立への投資家の反応が挙げら
れます(注 1)。個々の事例で事情は異
なりますが、いずれの場合においても、
最終的に取締役会は、後継者育成計
画の拙劣さに対する責任を問われる結
果となりました。
注 1:2012 年にスリーエムのバックリーCEO の後任選考が、一時社内で紛糾したことについて、
担当アナリストも懸念を表明した。
残念ながら、このような注目を集める
危機感の醸成
事例が特殊なわけではなく、後継者育
チェース、マクドナルド、マイクロソフト、
P&G、ユナイテッド・テクノロジーズとい
成計画が正しく遂行されていないこと
監督機関と株主による監視の強化と要
った企業はそれぞれ、後継者育成計
は珍しくありません。全米取締役協会
求事項の増大に伴い、取締役会が現
画を円滑、かつ成功裏に行い、投資家
(NACD)が実施した上場企業役員へ
在の CEO 後継者育成計画を慎重に精
をはじめとする関係者の安心感を勝ち
のアンケートによると、回答企業の
査し、適切に整備することが求められ
得ました。
44%が正式な後継者育成計画を持っ
ています。しかし、後継者育成計画は
ておらず、後継者育成計画において取
予想以上に困難です。最大の阻害要
締役として貢献したと答える役員はわ
因は、危機感の欠如です。CEO の退
ずかに 17%でした。グローバルでみた
任は、はるか先の現実性のない事柄と
場合にも、大企業の 43%が CEO の後
して捉えられることが多く、他の緊急性
継者育成計画を持っていないと一般的
の高い取締役の決議事項が優先され
この安心感は、後継者育成計画そのも
にいわれていることを考えると、多くの
るためです。また、後継者育成計画
のの成果であると共に、後継者育成計
取締役会は後継者育成計画において
は、当然ながら現在の CEO の退任を
画がコーポレートガバナンス全体の象
大きなリスクを抱えていると言えます。
前題に立てられるため、積極的に進め
徴として広く認知されているという、事
ることは、感情面で抵抗がある場合が
実による成果でもあります。後継者育
「後継者育成計画を
おざなりにする代償は
高い」
あります。後継者育成計画はこのよう
成計画を滞りなく実行する企業は、コ
な扱いにくい課題ではありますが、取
ーポレートガバナンスが強固であると
締役会はこれらの課題を乗り越えて取
みなされるのです。
CEO 交代期は、投資家による株の売
ば、チャド・ホリデーがデュポンの CEO
却確率が購入の 2 倍になるとも言わ
に任命されたのは、わずか 49 歳の時
れ、企業価値が最も不安定な時期で
(注 3)でした。それから 3、4 年で、同
優れた後継者育成計画は、単独では
す。このため、企業収益の観点からも、 社は取締役会の要求に応じて、ホリデ
成立しません。特定の必要条件が伴
取締役会には、可能な限り円滑な
ーの在任中に育成すべき 15~20 人の
わなければ、後継者育成計画を構築
CEO 交代を目指すことが期待されま
社内後継者候補者を選定していました。 し、運用することも難しくなります。取締
す。また、格付機関は、後継者育成計
2008 年の取締役会では、ホリデーの
役会は以下の要件を検討し、後継者
画を考慮した格付けを行うようになって
後継者として、当時エグゼクティブ・バ
育成計画を公正な評価フレームワーク
います。さらに、米国証券取引委員会
イス・プレジデントだったエレン・クルマ
によって評価しなくてはなりません。
(SEC)は、上場企業が、後継者育成
ンをプレジデントに任命し、ホリデーの
計画に関する株主提案を「通常の業務
後継準備に取り組みました。
「優れた後継者育成計
画は、単独では
成立しない」
り組み続ける必要があります。例え
執行」ルール(注 2)により、排除するこ
必要条件の見直し
第一に、取締役会と CEO との間に信
頼関係が強く構築されている必要があ
とを認めなくなりました。後継者育成計
監督機関の監視が強化されることは、
ります。取締役会は、CEO と十分討議
画はむしろ、「コーポレートガバナンス
後継者育成計画の推進につながり、後
を行い、後継者育成計画に積極的に
に関する重大な方針項目」であり、株
継者育成計画の成功事例が出れば、
取り組むことが CEO の立場を危うくす
主が議論するのに相応しいものと考え
取締役会のさらに積極的な取り組みに
るものではないことを理解してもらう必
られています。
つながります。アップル、ディズニー、
要があります。取締役会議長、および
ゼネラル・エレクトリック、JP モルガン・
社外取締役のリーダー格が後継者育
注 2:会社が、株主総会の議決権行使を求める書類に株主提案を記載し、総会の議題とすることの要否に関するルールで、取締役会の通常業務に含まれれば排除
可能、そうではなく重要な方針決定に関するものは、株主提案を認めるとするもの。
注 3:1998-2009 まで CEO、うち 1999-2009 は Chairman&CEO
成計画の牽引役となります。同時に、
る必要があります。今後 3~5 年間の
必要なコンピテンシーを最も重要な要
CEO と取締役会全体との信頼と意思
中期経営計画が反映されているだけで
素として掲げる必要があります。
の疎通を可能な限り高めなければいけ
なく、長期計画に沿ったものであること
ません。ただし、信頼と意思の疎通は
が重要です。また、中長期の企業戦略
2) 現在の社内候補者のアセスメントと
大切ですが、CEO と取締役会の間の
に沿って、次の CEO に求める資質を
能力育成計画:
権限に関して明確な線引きが必要です。 明確にすることが重要です。
現在の社内候補者に対して、コンピテ
CEO が後継者育成計画に対して意見
ンシーに基づいた面接、および 360 度
を述べる一方で、プロセスの主導権を
最後に、人事部が後継者育成計画に
フィードバックや心理測定テストからの
握るのは取締役会であるべきです。
おいて完璧なパートナーとして機能す
所見を含めた、客観的なアセスメントを
るか否かを取締役会が判断する必要
行います。例えば、マクドナルドでは、
第二に、取締役会は、後継者育成計
があります。社内候補者リストを継続
現在の社内 CEO 候補者だけでなく、
画を年 1 回確認する議案としてではな
的に作成し、戦略的に運用することは、 若手で頭角を現し始めたリーダーに関
く、継続的なプロセスとして取り組む必
後継者育成計画の成功に不可欠です。 する詳細な調査も行い、中堅社員も含
要があります。特に、企業文化、戦略
人事部門は、これらの主要タスクに対
めた幹部候補の中から検討します。こ
策定、リーダーシップの育成といった、
し、さらに客観的でプロセス主体型の
れらの幹部社員の多くは、最終的に
ビジネスにおける複数の重要な要素と
視点を取り入れることによって、後継者
CEO 任命につながる可能性のあるキ
密接な関係を持つため、後継者育成
育成計画の効果的な運用に貢献する
ャリアパスに配置されることになりま
計画は常に継続的に検討する必要が
必要があります。
す。こういった取り組みを通じ、マクドナ
ルドは、社内 CEO 候補者となっている
あります。
後継者育成計画の
「取締役会そのものの、
策定と運用
後継者計画はあるの
か?」
幹部層だけでなく、経営幹部陣より下
位の複数階層に至る、優秀な将来のリ
ーダーを継続的に発掘をしています。
取締役会は、必要条件が確立された
時点で、実際の後継者育成計画を策
3) 社外候補者の調査:
第三に、取締役会自体の後継者育成
定に取りかかり、取締役会全体で後継
外部の専門家を活用し、外部候補者
計画も遂行されているか、検証する必
者育成計画に取り組む必要があります。 の可能性も常に調査することが必要で
要があります。「取締役会そのものの
計画自体を管理する役目は、指名委
後継者育成計画も行われているか」、
員会や特別委員会(CEO が取締役会
「取締役会のメンバーが長期間に渡り
議長でもある企業では、上席社外取締
4) 後継者育成計画の時間軸:
固定されてしまっていないか?」、「前
役が率いる場合が多い)が担当するこ
現職の CEO と討議し、後継者育成計
回の CEO 後継者育成計画は円滑だっ
とになります。この後継者育成計画は
画の最終候補者の絞り込み、CEO 選
たか?」など、取締役会そのものの行
一連の書面として残され、次の 5 つの
定、実際の就任時期に関する具体的
動規範が、後継者育成計画のプロセス
要素を含む必要があります。
なスケジュールを決定します。後継者
を成功に導くものになっているかという
点も常に検討することが必要です。
す。
育成計画に 3~5 年間の時間をかける
1) 中長期の全社戦略に基づいた、次
ことにより、最終候補者の選考を十分
の CEO に求める経験とコンピテンシ
に行い、後任者が選出されてから十分
第四に、現在の企業戦略計画が、後
ー:
な交代期間を作ることが理想です。
継者育成計画の中核に据えられてい
中でも、変化に迅速に対応するために
5) エマージェンシープラン:
なら、引き抜きを試みる競合他社、報
ます。外部候補者の情報やアセスメン
予想外の事態が発生した場合に、取
酬パッケージ案の一環として、候補者
ト結果も、取締役会による最終決定プ
締役会が迅速に後任者を決定するか、 に上乗せの報酬を用意するからです。
ロセスに提出される必要があります。
または明確な選択肢がない場合には、
取締役会が社内候補者で合意に達す
現経営幹部陣から暫定 CEO を指名す
後継者育成計画のもう一つの効果とし
ることができない場合、社外でのエグ
るプロセスです。このプランには、社内
て、社内候補者に育成の機会を提供
ゼクティブサーチを実行する必要が生
外、および監督機関に対するコミュニ
することにより、社内候補者自身が取
じてきます。
ケーション計画を含める必要がありま
締役会に認知され、それにより本人達
す。さらに、緊急時における任務の実
が前向きになることも挙げられます。慎
社内・外を問わず、取締役会が最終候
行方法や監督権限範囲などが含まれ
重に検討された後継者育成計画の一
補者を絞った時点で、残りの社内候補
ます。プロセスや権限があいまいにな
環として後継候補になったことを候補
者に及ぼす影響を慎重に対処する必
らないようにするため、付属定款の関
者が自覚すると、会社へのロイヤリティ
要があります。後継者育成計画により
連条項を記載する必要があります。
が高まり、離職を防ぐこともできます。
選抜されなかった社内候補者のリテン
ションは、新 CEO の就任後も継続的に
取締役会は、後継者育成計画を策定
した後に、その運用を行う責任があり
ます。社内外候補者の評価の現状評
価、社内候補者の育成計画が後継者
「後継者育成計画は、
少なくとも半年に1回、
全面的に見直すべき」
行う必要があります。取締役会が心す
べき点として、CEO にならなかった候
補者の多くが他の会社からアプローチ
され、転職する可能性がある、というこ
育成計画に合ったものになっているか、
とが挙げられます。新 CEO の就任後、
少なくとも半年に 1 回、全面的に計画
経営幹部に予想外の空席が発生し、
を見直す必要があります。また、取締
後継者育成計画の実行
ばなりません。
役会が現在の CEO と共に、または単
独で、社内候補者を公式・非公式に見
極める機会を持つことが必要です。
優れた後継者 CEO 交代時期の 1 年前
に、取締役会全員による、実際の後継
者育成計画実行のための協議が行わ
社内候補者には、育成と同時にリテン
ションの必要が生じます。企業が常に
意識すべきことは、CEO 候補と見なさ
れる幹部社員は、他の会社からも同様
の評価を受けるということです。従っ
て、取締役会や CEO や人事責任者は、
とりわけ新 CEO が任命された直後の 5
年間は、CEO に選ばれなかった社内
候補者のリテンションのために、さらに
努力する必要があります。リテンション
れます。CEO の必要条件を最終検証
し、必要に応じて修正します。続いて取
締役会は、最終候補者選抜のための
資料を最終的に吟味します。この評価
資料には、候補者の CEO の任務に必
要なスキルやコンピテンシーを基にし
た慎重な面談結果、上司・業界・同僚・
部下からの 360 度評価、その個人の
資質を示す心理測定テスト結果が含ま
れます。
際には効果はあまりないでしょう。なぜ
新 CEO が決定した時点で、選抜され
なかった社内候補者には、社外発表の
前に直接伝える必要があります。現段
階で CEO にならなくても、将来の可能
性を残していることに満足する幹部も
います。しかしその一方で、それだけで
は魅力的ではない、と考える幹部もい
ます。このような幹部にとっては、CEO
職ではないにしても、現在の会社にお
いて、自身のやりがいをさらに感じるチ
ャンスが依然として大いにあることを伝
える必要があります。新 CEO が彼らに
対して、副会長職や重要なポジション
のための方策として、長期に渡る報酬
システムに頼る企業が多いですが、実
経営基盤が弱くなることは避けなけれ
続いて社内候補者は、業界他社の同
レベルの幹部と比較して評価判定され
を用意する場合もあります。
後継者育成計画の
最終段階
取締役会が社内候補者を選定した場
合には、新 CEO に確固たる基盤を提
供すると共に、退任する CEO の任期
に終止符を打つために後継者育成計
画の最終段階に入ります。最重要項目
は、取締役会メンバー、その他の経営
陣、投資家、アナリスト、および従業員
への対外発表を含むコミュニケーショ
ンです。これらの主要関係者の声を聞
くための機会を設けることによって、新
CEO は、経営基盤を構築し、取り組む
べき課題を理解しやすくなります。ま
た、正式に主導権を握る前から、自己
のビジョンの強化を開始することもでき
ます。このようなコミュニケーションのプ
ロセスは、新旧 CEO が一緒に行う場
合もあれば、新 CEO だけで行う場合も
あり、形式はグループや一対一で行い
ます。
旧 CEO がメンターとして会長に就任す
を軽減するだけでなく、次の CEO 交代
る場合は、新しい会長の職務の責任と
の時期まで企業を適切に統治し、管理
制約を取締役会が書面で明確にする
するためのプロセスの一翼を担うと言
ことによって、誤解を回避し、新 CEO
えます。
の権限を妨げることがないようにする
必要があります。
後継者育成計画の実行には、1 年間を
作者: クラーク・マーフィー
見ておくのが理想です。ただし、社外候
ラッセル・レイノルズ社の CEO
補者を選択した企業は、時間をかけら
であり、CEO 就任前はグローバ
れないことが普通です。その場合でも、
ルの CEO/Board サービスプラ
取締役会に求められるのは、後継者
クティスリーダーを 5 年間務め
育成計画を遂行しないことではなく、時
ました。グローバル企業の CEO
間的制約の中で凝縮したプロセスを確
および上級経営幹部のリクルー
実にこなすということです。
ティングに 20 年以上に渡り携
わっています。
退任する CEO の功績を十分に認める
ことは重要な要素です。旧 CEO の業
績に対して正当な評価を示さなけれ
ラッセル・レイノルズ・
アソシエイツ・ジャパン・インク
東京オフィス
ば、CEO の退任に続いて他の経営幹
部が離脱するリスクが増加します。
〒106-6014
東京都港区六本木 1-6-1
泉ガーデンタワー14 階
「後継者育成計画の成 取締役会の最終責任
功によって、企業の安定 後継者育成計画の全体のプロセス管
感がもたらされる」
理には、取締役会が最終的な責任を
言うまでもありませんが、最も重要なコ
ミュニケーションは、新旧の CEO 間で
行われるものです。後継者育成期間は、
まさに、新旧 CEO 間の大切な棚卸作
業の時であり、取締役会のメンバー、
経営幹部、その他のステークホルダー
のビジネススタイル、これまでの経緯、
今後の可能性を旧 CEO が新 CEO に
説明していきます。これを受けて新
CEO は、着任直後の体制を準備する
ことができます。
Tel: 03-5114-3700
http://www.russellreynolds.co.jp
持ちます。このプロセスをおざなりにす
ると代償は高く付きますが、時間をか
け、必要な労力を注げば、それに見合
った正しい結果がもたらされます。つま
り、一人のリーダーから次のリーダー
へ会社が移行する時点でも、経営の持
続性が維持されることになります。さら
に、継続的な後継者育成計画によっ
て、取締役会は経営幹部の能力育成
計画を共有し、会社の戦略とのすり合
わせもできます。CEO 後継者育成計
画は、コーポレートガバナンスのリスク
原文(英語)は下記の弊社のグローバルサ
イトよりご覧下さい。
http://www.russellreynolds.com/content/
ceo-succession-planning-framework-boa
rds