2014 年度後期早稲田大学雄弁会 「よく死ぬことはよく生きること」 人間科学部二年 驥本憲広 1 社会認識 2 理想社会像 問題意識 3 現状分析 4 原因分析 5 政策 1 社会認識 現代の日本は、医療が発達した社会である。1961 年に国民健康保険法が改正され、国民皆保険体制 が確立された。全ての国民が保険に加盟しており貧困であっても医療費が給付され、また疾病に際し て医療費だけでなく医療サービスの保証もなされている。先進国においての医療の程度を示す指標の 一つとしての乳児死亡率では、1955 年には 1000 人あたり 39.8 人であったものが、1990 年には 4.6 人、2013 年には 2.1 人と、以前では救えなかった患者を治療することができるようになっている。 平均寿命を見ても、1950 年には 50 歳前半であったが 2013 年に 80 歳を超えた。このように、現代社 会において疾病の治療という観点での医療は発達した。 しかしその反面、生命を脅かす疾病に直面する患者に対して、痛みやその他身体的、心理的、社会 的な問題などの問題がおざなりになっている。延命や疾病の治癒にばかり重きが置かれており、患者 の精神面などの QOL(生活の質)を下げてしまっている。その問題の早期の発見、的確な評価と処置を 行うことで、苦痛を予防したり和らげることにより、QOL を改善しなければならないという課題があ る。 そのために身体的または精神的な苦痛を和らげるための緩和医療というものもでてきた。現在緩和 医療に取り組む医療施設は徐々に増加してきてはいるものの、緩和医療についての十分な教育と研修 を受けた医療スタッフは未だ極めて少ない現状があり、病院において十分な緩和医療が行われ ているとは言い難い。緩和医療が追いついておらず尊厳死を望む患者の要求は十分に受け入れられて いない。また現在日本では安楽死は法律上認められていない。 2 理想社会像・問題意識 私の理想社会像は「人々が生きがいを感じられる社会」である。人々は個人の有する人格及びそこ から派生する価値観を不可侵のものとしこれを尊重されるべきである。価値観の尊重とは、人々が価 値観に基づいて行動できることである。ここにおける価値観に基づいた行動が可能な状況というの は、個人の行動が、社会や他者によって脅かされることなく実行できる環境ということである。その 中では、他者の生きがいを阻害してはならない。 このような社会において人々が価値観に基づいて行動するには、価値観及びそこから派生される行 動をとることが保障されている環境を必要とする。 以上の理想社会を追求するにあたって、社会認識を踏まえた上で現代社会において求める要件を以 下に記載する。この要件としては、医療と医療を受けることのできる環境である。 日本において尊厳死が認められていないことに対して問題意識を持つ。日本においては積極的安楽 死が法律で認められていない。また、最期のときを自宅で過ごしたいと思っていても自宅で過ごせな い。治療や看取りの方針を本人が決定できないなど、人々が尊厳ある死を迎えられていない。そのた めに、人々が価値観に基づいた行動である生死に関わる医療の選択をでき、生きがいを感じることが できない。以上より、尊厳死が認められていないことに対して問題意識を持つ。 3 現状分析 3−1 ADL から QOL へ ADL とは、食事・更衣など生活を営む上で不可欠な基本的行動のことである。 QOL とは、医療分野においては、精神面を含めた生活全体の豊かさと自己実現を含めた概念のことで ある。 ADL は 1945 年にアメリカで提唱されたものであるが、1970 年代後半よりリハビリテーション学にお いて ADL の着目から QOL への着目へと変化が起こったとされている。1980 年に開催された国際障害 者リハビリテーション協会の第 14 回世界会議では「生活の質」がメインテーマに掲げられた。 この背景としては、1970 年代のアメリカにおける障害者の自立生活運動があった。本人の自己決定権 が最大限に尊重されるべきであるという考えが広まった。こうした影響を受けて、日本に置いても 「ADL から QOL へ」といスローガンが掲げられるようになった。 QOL の評価には、客観的評価のみでは不十分であり必ず本人の主観的な価値評価を行う必要がある。 3−2 尊厳死、安楽死の定義 日本では、尊厳死は延命治療を施さず死を迎えることを指し、投薬などにより死を迎えるものを含ま ないのが一般的である。アメリカなどでは投薬などによるものも尊厳死として位置づけられている。 安楽死とは、例えば 2000 年出版の「臨床死生学辞典」によれば、「死期が迫っている末期患者の耐え 難い苦痛を緩和・除去して安らかな死を迎えさせる事」と定義されている。 尊厳死や安楽死に関して広く統一された定義が存在しないのが実情である。 本レジュメにおいては、患者に対して消極的な行為をとることにより迎えるものを尊厳死とし、積極 的な行為より死を迎えるものを安楽死とする。 日本尊厳死協会によると、尊厳死とは「不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、死期を 単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死のこと」である。本人 意思は健全な判断のもとでなされることが大切で、尊厳死は自殺ではなく自然な死であると考えられ ている。 ここにおける不治とは「回復を目的とした治療に効果が全く期待できなくなり、かつ死への進行が止 められなくなった状態」と考えられている。末期とは「そうした不治の状態になった時から臨死期を 含み、死までの時」と考えられている。 安楽死は「不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、堪え難い苦痛から逃れるために死期 を早めることにより迎える死のこと」と定義する。 末期の期間とは病態によって長短がある。癌などは末期の期間が長いとされ、急性の心不全、脳出血、 事故による外傷などのほとんど数日間の臨死期状態しかない場合もある。 3ー3 終末期における患者本人の意思とそれに対する現状 2010 年 10 月の朝日新聞の郵送による死生観に関するアンケートでは、 (質問1)「重い病気で治る見込みのない場合の延命治療を希望するか?」という質問に対しては、 希望しない 人が 81%、希望する人が 12%、どちらでもないという人が 7%であった。 (質問2)「投薬などで安楽死が選べるとしたら安楽死を選びたいと思うか?」という質問では 74% の人が賛成、18%の人が反対、8%が無回答であった。 (質問3)「自分が治る見込みのない病気で余命が限られていることがわかった場合、余命を知らせ て欲しいと思いますか?」という質問では、知らせて欲しいという人が 76%、知らせて欲しくないと いう人が 20%、無回答が 4%であった。 このように、日本人の多くの人が尊厳死や安楽死を望んでいるということが分かる。また、余命告知 を希望しているということも分かる。 (質問1) (質問2) (質問3) しかし、終末期における患者本人への病名告知の達成率は、病院間でかなりの幅があり、平均 45.9%であった。同時に、本人への治療方針確認は 47.2%であり、本人への延命処置の希望確認 や余命告知となると 15.2%、26.6%と低い値であった。一方、患者の家族に対しては、病名告知率 は 95.8%、余命告知率は 90.8%で、治療方針の確認や延命処置の希望確認の割合も、平均で 8 割を超えていた。 3−2 終末期における尊厳死や安楽死に関する法設備や医療ガイドライン 現在、尊厳死に関する法律は存在しない。日本では、実際には尊厳死が認められていない現状があり、 安楽死に関しては法的に認められていない。病名告知に関しても認められているとは言いがたい状況 である。 言い換えると、本人の意思に基づいて医療が施されていない状況であると言える。 日本においても医療ガイドラインが策定されており、ガイドラインとは医療の指針を定めたものであ る。これにより、日本全国において同一の状況に際して画一的な判断ができるという効果がある。ま た、最新の基準であったり知見を現場に行き渡らせるという側面や、診療プロセスの可視化、医療従 事者以外への理解を進めるという側面もある。最新のガイドラインとしては、2007 年に厚生労働省が、 国として初めての「終末期医療の決定プロセスに関する指針」を作成した。しかし、具体的な基準な どがないために現場ではあまり役立っていないとされているなど日本においての終末期における整備 は不十分であると言える。 以下はその抜粋である。 (2)患者の意思の確認ができない場合 患者の意思確認ができない場合には、次のような手順に より、医療・ケア チームの中で慎重な判断を行う必要がある。 1 家族が患者の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、患者 にとっての最善の治療 方針をとることを基本とする。 2 家族が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族 と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針をとることを基本とする。 3 家族がいない場合及び家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者にとっての最 善の治療方針をとることを基本とする。 4 原因分析 4−1 終末期における尊厳死や安楽死に関する判例 しかし、尊厳死を認める幾つかの司法判断がでており、終末期での延命措置中止を選択する自己決定 権は、憲法が保障する基本的人権の一つである幸福追求権(第 13 条)に含まれるとの考えることができ る。 1995 年 3 月 28 日の安楽死をめぐる東海大付属病院事件の横浜地方裁判所判決が、「治療の中止」は 「無駄な延命治療を打ち切って自然な死を望む尊厳死の問題である」と言った判例がある。そのうえ で「現在の医学の知識と技術をもってしても、治癒不可能な病気に患者が罹り、回復の見込みがなく 死を避けられない状態に至ってはじめて、治療行為の中止が許されると考えられる」と見解を示した。 2005 年 3 月 25 日の川崎協同病院事件の横浜地裁判決でも、患者の終末期における自己決定尊重と、 医学的判断に基づく治療義務の限界を根拠として「治療中止は認められる」との見解が出ている。 4−2 尊厳死法案における問題点 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者らでつくる「日本 ALS 協会」は「法案は死ぬ権利を認めるもの。医 療提供を受けなければ生きられない社会的弱者に、死の自己決定を迫る可能性がある」と述べている。 (2012/10/24 北海道新聞) 「尊厳死の法制化を認めない市民の会」は、「個人の死の問題に法律で枠をはめることに、ものすご く違和感がある。死はとても個人的な問題であり、個々の死はすべて違う。死のあり方は法律ではな く、個別に決めるのが大原則であるべきだ」と述べている。(2014/3/17 産経新聞) 安楽死・尊厳死法制化を阻止する会は、「尊厳ある生が保障されていないのに、死ぬときにだけ法に よって尊厳ある死をさせようとしている」「私たちは命ある限り精一杯生きぬくことが人間の本質で あるという立場から安楽死・尊厳死法制化を阻止する」と述べている。(2015/1/10 付け、同団体 HP) このような反対派の意見をまとめると、家族に意思により本人の意思が尊重されない恐れがある。法 律を定めることによりかえって本人の選択に制限がかかる恐れがある。といった個人の選択を尊重す るための法律によってかえって個人の選択を阻害してしまうのではないかという意見と、そもそも死 を選択するという尊厳死に反対しているという意見がある。 4−3 なぜ患者の意思が尊重されないのか 「終末期医療全国調査」によると、患者が意思決定できると思われる場合に置いても家族の意向を重 視する理由は、「患者の意思決定だけで判断すると、家族から不満を言われる可能性がある」が 70.6%と最も高く、続いて「家族に『本人に話さないでください』と言われたらそうせざるを得な い」が 64.7%、「患者に告知しないケースでは、家族の意向を聞かざるを得ない」が 59.8%、「家族 とのトラブルを避けるため」が 54.1%であった。 4−4 終末期における医療福祉制度の充実 患者が、経済的負担や家族の介護の負担に配慮するためではなく、自己の人生観などに従って自由意 志に基づいて決定できるためには、終末期における医療・介護・福祉体制が十分に整備されているこ とが必要である。しかしながら、このような患者の意思決定をサポートする体制は不十分である。 4−5 リビングウィル リビングウィルとは、書面において延命治療を拒否するという意思を生前に表明しておくこと、また その書類のことである。内容としては、不治の病で死期が迫っているときは延命治療を拒否する、 数ヶ月にわたり植物状態になったときは人口治療呼吸器を取り外すなどである。 日本尊厳死協会が毎年行っている調査によると、リビングウィルを書いた人の 90%以上はその意思 が尊重されているという調査があるが、法律で尊厳死について規定されていないために全ての人がそ の意思を尊重されているというわけではない。 その効果としては、遺族が「リビングウィルを尊重してもらった」と回答してもらっている医師の約 半数は「リビングウィルを見た」と答え、残りの半数は「見せられたという意識がない」と回答して いる。さらに、リビングウィルを見たと答えた医師のうち約 35%は「治療行為に影響を受けた」とし、 残り約 65%は影響を受けなかったと答えている。 同時に、7割が患者家族とコミュニケーションを取れたと答えている。 このことから患者側はリビングウィルを見せるだけである程度の満足してしまってるが、その効力に ついては十分に発揮されているとは言いがたいとも言える。 現行のリビングウィルは民間によってのみ制作されており、国が統一した書式を定めていないなど の課題もある。 近年リビングウィルの知名度も高くなってきており、自らの望む治療を書面化したいと答えている人 の割合が高いにも関わらず、実際に書面化している、つまりリビングウィルを作成した人は3%とい う調査もある。 5 政策 5−1 リビングウィルの法制化 全国の 15 歳以上のすべての国民に対して、国が公式に作成したリビングウィルを配布する。配布方法 としては郵送によるものとする。また、全国の中学校において、卒業までにリビングウィルについて の説明会を開くものとする。 これらにより、自らの意思を明確にし意思が尊重されることを担保する ことができる。もちろん、宣言書が意に沿わなくなった場合、いつでも取り下げたり、変更すること が可能である。 15 歳という年齢は、遺言の効力が発揮されるようになる年齢であり、遺言やリビングウィルといった 書類の持つ意味であったり効力が理解できるようになるのが義務教育を終了する 15 歳という年齢であ るとされているためである。 5−2 看取り付き添いボランティア 看取り付き添いボランティアとは、死期が近づき助けを必要としている人に対し、一定時間一緒に寄 り添ってあげるというものである。末期の病気に罹った際の身体的精神的不安について相談に乗るな どのコミュニケーションを図ることで、精神的なサポートをしたり患者の意思を把握することができ る。医師がこの看取り付き添いボランティアを派遣することで、患者の意思を尊重できるようにする。
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