紀伊半島の自然災害と防災教育を考える プログラム

 公開シンポジウム 紀伊半島の自然災害と防災教育を考える プログラム・講演要旨集 2011 年に深層崩壊した奥吉野実習林(引用 http://www.pasco.co.jp/disaster_info/140812/) 日 時:平成27年12月12日(土) 14:00〜17:00 場 所:奈良教育大学(事務棟2階 大会議室) 主催:奈良教育大学自然環境教育センター,理数教育研究センター,保健センター 後援:国土交通省近畿地方整備局,五條市,奈良県教育委員会,環境省近畿地方環境事務所, 大台ヶ原・大峯山ユネスコエコパーク保全活用推進協議会 ご挨拶 2011年の東日本大震災以降,防災教育の重要性はあらためて認識され,取組の一層の促進が求めら
れています.2012年7月の有識者会議のとりまとめでは,具体的な方策として指導時間の確保,指導内
容の整理,教育現場に分かりやすく示す取組の推進の必要性を述べています.本学の所在する近畿地
方においては,南海トラフにおける巨大地震は何時起きてもおかしくないといわれて久しく,地震が
発生した場合には紀伊半島沿岸や大阪湾岸へと津波が到来します.奈良県には多くの活断層が存在し,
本学を含め県下の高等学校は全て活断層上またはその付近に建っています.近年では,県の南部地域
を中心に台風に伴う大雨により土砂災害は頻発しており,深層崩壊現場の多さは全国有数であります. 地域の学校現場からは,こうした災害に対する知識や対応策,防災・減災に関する情報の提供に関
する要請が増えています.地域を支える大学は,これに対応すべきであり,ましてや地域の教育を支
える教育大学にこそ,こうした要請に答える体制を整える必要があります.将来を担う子どもたちが
災害時に正しく対応できる力,「生きぬく力」の形成は,教育現場が責任をもって取り組むべき重点
課題のひとつであり,教員養成においては,こうした各種災害に科学的に対応するための総合的な防
災力,さらにはより広範なリスク・マネージメント力を身につけることができる教育プログラムの開
発が急務であります. この度企画した公開シンポジウムは,近畿地方における様々な災害事例の紹介,専門的な見地から
内陸災害発生機構の解説,大学教育における防災教育の実践に関して,お招きしたシンポジストにご
講演いただき,地域ならびに本学の防災意識と知識の向上につなげる勉強会になれればと考えていま
す. 1 シンポジウムのご案内 ●開催日時ならびに会場 1. シンポジウム責任者:石田正樹(奈良教育大学 自然環境教育センター) 2. 開催日時:平成27年12月12日(土)14:00〜17:00 3. 会 場:奈良教育大学 事務棟(奈良市高畑町) 【受付】事務棟2階 階段上 ホール 【シンポジウム会場】事務棟2階 大会議室 【講師控室】事務棟2階 第一会議室 高畑バス停からの順路 事務棟1階入り口付近の模式図 事務棟2階の案内図 2 ● 参加費 無料 ● 定員 150 名 ● 主催・後援 主 催:奈良教育大学自然環境教育センター,理数教育研究センター,保健センター 後 援:国土交通省近畿地方整備局,五條市,奈良県教育委員会,環境省近畿地方環境事務所, 大台ヶ原・大峯山ユネスコエコパーク保全活用推進協議会 ● 荷物・貴重品の管理 シンポジウム中,クロークはご用意いたしません.大きなお荷物等は,第一会議室後ろにスペース
を設けますので,そちらに置いてください.貴重品等を含め,荷物は各自で管理をお願いします. ● お問い合わせ 〒630-8528 奈良市高畑町 奈良教育大学自然環境教育センター 石田 正樹 TEL: 0742-27-9198 (直通) E-mail: [email protected] ● シンポジウム URL: http://mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Entry10.html 3 プログラム 14:00 開会挨拶 加藤 久雄(奈良教育大学学長) 14:05 趣旨説明 石田正樹(奈良教育大学自然環境教育センター) シンポジウム司会 辻野 亮 (奈良教育大学自然環境教育センター) 14:10 講演1) 紀伊半島大水害における土砂災害とその対応 今森 直紀 (国土交通省近畿地方整備局大規模土砂災害対策技術センター) (講演 40分 + 質疑応答 10 分) 休憩 15:10 講演2) 紀伊半島における斜面崩壊の地質・地形・水文的な発生要因とその減災方策 松四 雄騎 (京都大学 防災研究所) (講演 40分 + 質疑応答 10 分) 休憩 16:10 講演3) ヒマラヤ山麓の小学校における防災教育実践 -斜面・土石流災害を対象として- 八木 浩司1・村山良之2 (1山形大学 地域教育文化学部,2山形大学大学院実践教育研究科) (講演 40分 + 質疑応答 10 分) 17:00 閉会 4 【講演1講演要旨】 公開シンポジウム 「紀伊半島の自然災害と防災教育を考える」 紀伊半島大水害における土砂災害とその対応
今森 直紀
(国土交通省近畿地方整備局大規模土砂災害対策技術センター)
紀伊半島では,平成 23 年台風第 12 号がもたらした豪雨で洪水や土砂災害が多数発生し,甚大な被害が
生じた.特に,土砂災害では,和歌山県那智勝浦町で土石流被害による多数の人的被害が発生したほか,
奈良県十津川村を中心に,深層崩壊と呼ばれる,深層の地盤までもが崩壊土塊となるような,比較的規模
の大きな崩壊現象が発生し,多くの被害をもたらし,また,河道閉塞(いわゆる天然ダム,以下河道閉塞
とよぶ)が発生した.紀伊半島に位置する奈良,三重,和歌山の 3 県においては,100 件を超える土石流や
がけ崩れ,地すべりが発生しており,国土交通省の調査結果では,斜面崩壊は深層崩壊も含めて,約 3,100
箇所で発生し,崩壊土砂量は約 1 億 m3 にも及んだことが判明している. 国土交通省では,災害発生直後から災害発生状況の把握に努め,全国から応援で集結した災害対策用ヘ
リコプターや人工衛星による観測技術を活用することで,河道閉塞の発生状況を速やかに調査し,箇所を
特定した.この調査結果を基に,土砂災害防止法に基づいた緊急的な調査(以下,緊急調査とよぶ)を実
施し,市町村が適切に住民の避難指示の判断等を行えるよう,河道閉塞の決壊時に被害の想定される区域・
時期の情報を提供した. さらに,緊急調査の実施と並行して,河道閉塞が発生した箇所では,発災後概ね 1 ヵ月以内に緊急工事
に着手し,翌年の出水期までに,河道閉塞の急激な浸食を防ぐための応急的な施設の整備等を完了した.
現在は河道閉塞の決壊防止対策のため,砂防堰堤等の施設整備を推進している. また,深層崩壊を含む大規模な斜面崩壊が発生した各箇所や土石流が集中的に発生した那智勝浦町にお
いても,再度災害を防止するための緊急的な工事に着手し,二次災害の防止ならびに地域の安全確保のた
め,対策工事を推進している. これら緊急調査や対策工事に加え,住民の避難の判断や工事の安全に資する情報として,雨量計や監視
カメラ等の監視・観測機器を設置し,河道閉塞発生箇所の雨量や河道閉塞により発生した湛水池の水位情
報,河道閉塞等の監視映像を,ホームページを通じて市町村や一般住民へ提供している他,工事の中止判
断に活用している.また,豪雨時には観測情報から湛水池の水位上昇を計算・予測し,関係市村へ情報提
供を行う事で,避難指示の判断等を支援している. 本講演は,これら災害の発生状況および国土交通省のこれまでの対応状況について報告を行うものであ
る. 5 【講演2講演要旨】 公開シンポジウム 「紀伊半島の自然災害と防災教育を考える」 紀伊半島における斜面崩壊の地質・地形・水文的な発生要因とその減災方策 松四 雄騎 ( 京 都 大 学 防 災 研 究 所 ) 豪雨によって発生する斜面崩壊に対する減災を実現するためには,崩壊の場所・時刻・規模の三要素を
満たすような予測システムを実用化し,ソフト対策を高度化する必要がある.現在,気象庁が発信してい
る土砂災害警戒情報は,土壌雨量指数と短時間雨量の実況値および予測に基づき,斜面に存在する水分量
を相対的に指標化して,地域ごとに経験的に定められた基準値の超過判定を行うものである.こうした方
法は,斜面災害予測において有効であるものの,実際に斜面で生起している水文プロセスは地質の影響を
受けて多様であり,それをブラックボックス化してしまうアプローチでの予測は,その精度・確度の向上
に限界がある.斜面崩壊の場所・時刻・規模の三要素を満たすような予測システムの構築には,地形・地
質的な素因によって規定される場の条件と,そこで生起する誘因としての斜面水文プロセスを理解したう
え,斜面安定性の経時変化を定量的に評価できるプロセスベースドなモデリングが必要である.本講演で
は,自然斜面の崩壊を,斜面を覆う土層やテフラがせん断破壊して発生する表層崩壊と,風化した岩盤が
崩落する深層崩壊の 2 つに分類する.そして近年発生した災害事例の調査に基づき,斜面崩壊のタイプご
とに,現在までにわかってきた水文地形学的な知見を紹介し,今後どのようなデータ取得や警戒システム
の構築が必要であるのかについて解説する. 表層崩壊は,急傾斜斜面の浅層(1-2 m 深)に,せん断強度もしくは透水性の不連続面が存在する場の
条件において群発的に生じる.花崗岩類や割れ目の少ない堆積岩類,成層構造をなす降下性火山噴出物(テ
フラ)などからなる地盤でこうした条件は整いやすい.紀伊半島では 2011 年豪雨の際,南部に位置する熊
野酸性岩類(花崗斑岩)からなる斜面で多くの表層崩壊がみられた.表層崩壊した土塊は土石流化して渓
床物質を巻き込みながら長距離を高速で流動する場合が多く,斜面直下や流域出口付近が要警戒区域とな
る.表層崩壊の予測のためには,1)斜面勾配と崩壊物質の厚みを航空レーザー測量による細密地形データ
に基づいて把握する,2)不撹乱土を供試体とする一面せん断試験により自然状態の土の飽和せん断強度定
数を決定する,さらに,3)すべり面近傍での間隙水圧の変動特性を,テンシオメータによる観測に基づき
モデルする,といったデータの取得と解析が必要である.これらが揃えば,降雨イベントの進行に伴う崩
壊発生確率の経時変化を評価することができるようになる可能性がある. 一方,斜面に供給された雨水が,浅部を速やかに透過し,相対的に強度の大きい基盤岩内に大量に貯留
されうる条件では,表層崩壊は生じにくくなる.紀伊半島中部の四万十帯(付加体堆積岩類)では,その
ような抑制要因が整っており,表層崩壊による発災例は少ない.しかし,総雨量が数千ミリメートルに達
するような状況では,深層崩壊が引き起こされる.深層崩壊については,岩盤内の地下水の存在形態や降
雨応答特性に不明な点が多く,崩壊の発生場および発生時の予測のための水文プロセスのモデリングに多
くの課題が残っている.層理・節理・断層などの不連続的地質構造を多くもつ付加体堆積岩類では,これ
らの不連続面による流れ盤の斜面で,大規模な深層崩壊が多発することが経験的に知られているが,すべ
り面がどのようなせん断強度をもち,そこにどのように間隙水圧が作用しているのかは明らかでない.近
6 年の観測により,亀裂の多い付加体堆積岩からなる斜面の地下数十メートル程度の深度では,少なくとも
部分的に自由地下水面が存在し,一定量以上の降雨浸透に対してすばやい応答を示すことがわかってきた.
これは,たとえ硬岩であっても多くの亀裂の存在により,マクロには均一性の高い多孔質媒体とみなすこ
とができ,ある空間的拡がりの範囲内では,水理的な連続性が高いことを示唆している.より大きな空間
スケールでは,断層破砕帯を構成している不透水性のガウジが遮水構造を形成し,岩盤地下水を貯留する
役割を果たしていることも明らかになってきた.また,発災事例に対する斜面安定解析により,すべり面
のせん断強度定数として,硬質岩盤で通常想定されるものよりも,著しく小さい値が逆解析されている.
航空レーザー測量によって,サブメートルスケールの微地形が判読できるようになって以降,深層崩壊の
前兆現象として種々の斜面変状が認知されるようになっているが,これは河川の下刻による斜面の下部切
断に伴い,小さなせん断強度をもつ不連続面に沿って,岩盤クリープが進行した結果であると考えられる.
よって深層崩壊の発生場については,斜面形状の解析や細密地形データの判読による絞り込みが可能であ
ると考えられる.今後は,そのような潜在深層崩壊危険斜面において,岩盤内の地質的不連続面の位置を
把握し,それが斜面の安定に及ぼす水理学的・力学的効果を,岩盤地下水観測に基づいて評価することが
中心的課題となるであろう. 7 【講演3講演要旨】 公開シンポジウム 「紀伊半島の自然災害と防災教育を考える」 ヒマラヤ山麓の小学校における防災教育実践 -斜面・土石流災害を対象として-* 八木浩司 1 ・ 村山良之
2 ( 1 山 形 大 学 地 域 教 育 文 化 学 部 , 2 山 形 大 学 大 学 院 実 践 教 育 研 究 科 ) 1. 2012 年セティ川土石流災害と本実践の目的 ネパールは,国土の大半が丘陵ないし山地であって土砂災害リスクが高く,しばしば被害を経験してき
た.これに対し,構造物建設によるハードな防災に加えて,防災教育を含むソフトな防災の必要性も広く
認められ,様々な試みが行われている.演者の八木は,約 30 年にわたってネパールの変動地形,地すべり
等の土砂災害および防災に関わる調査,研究を行ってきた.日本国内で防災教育に関わってきた村山は,
2011 年から科研費を得て防災教育の手法の検討と普及に努めており,その一環として本実践を行った. 2012 年 5 月 5 日,ヒマラヤ山脈アンナプルナ連峰で突如大規模な崩壊が発生した.崩落した岩盤は氷河
を砕き,土石流となって谷を下り,セティ川沿いの家屋を破壊し,72 名の死者・行方不明者の人的被害を
もたらした.当日は快晴であり,河床で採石・採砂中の作業者,家畜を水浴させていた農民,谷間の温泉
客等が土石流の犠牲になった.演者の調査によれば,土石流が来る 30 分程前すなわち大崩壊発生直後から
振動や爆音,煙状の雲,冷たい風に気づいた人は多かったが,それが何を意味するのか,土石流を目の当
たりにするまで理解できなかったという.また,土石流目撃者から携帯電話で下流側に住む友人への通報
もなされたが,受け手が事態を理解できず河床にいる人々に避難を呼びかけなかった事例も認められた.
一方,崩壊から約 1 時間後に土石流が到達したポカラ市内では,観光遊覧飛行パイロットから空港管制官
への通報をもとに地元 FM ラジオ局が避難勧告を出して避難が間に合って助かった人も多くいた. 大雨や地震時だけでなくこのような静穏時における土砂災害においても,適切な避難行動によって被害
は大きく軽減できる.とくに山麓部では時間的余裕がないため,住民自ら異変に気づいて避難すること,
そのための基礎的知識の普及,つまり防災教育がこのような災害から命を守るために必要である. そこで,演者らは,土石流が流下したセティ川およびその西のモディ川近くの 2 つの学校において,土
砂災害から身を守るための防災教育を,小学校低学年相当の児童を対象に実施した.子どもを対象とする
のは,その命を守るためだけでなく,低頻度で大規模な災害について次世代への継承のためである. 本実践の目的を,以下の 3 点について子どもたちが理解し適切に行動できることとした.①地すべり,
崖崩れ,土石流などの地盤災害,土砂災害を引き起こす誘因として,集中豪雨,地震があること.②常に
身の回りの危険な場を認識するとともに,普段よりも強い降水時や地震の際には,急な崖や川筋から離れ
ること.③山岳域で発生した地変が土石流として流れくることを理解し,それに伴う振動,音,風などの
様々な異常現象を察知してすみやかに高台などに回避すること. このような内容の紙芝居を作成し,ネパール人学生による,低学年にもわかりやすい授業にすることを
目指した.災害のリスクと対処について伝えることが主眼ではあるが,子どもたちにとって自分が住む地
域が危険に満ちた空間であるという否定的な認識に陥らないよう,導入部において,村の名前や村のすば *Disaster education practice at primary schools in Nepal by Hiroshi Yagi
8 らしいところ等を尋ねてこれを子どもと確認した上で,上記の内容を示すこととした.紙芝居のタイトル
を A Beautiful Village in Nepal としたのも同じ理由からである.また,紙芝居の作画を依頼する際には,
頂部が白い急峻な山,麓の家とバナナを描き,また紙芝居に出てくる子どもの服装も当地の小学校の制服
を模したものとして,子どもたちにとって身近な話題と感じてもらうよう工夫した. 2. 実践の概要 2013 年 10 月 21 日セティ川そばのカロパニ(ポカラから北北西方に車で 1 時間強)にある Shree Annapurna Lower Secondary School,10 月 22 日モディ川そばのセラベシ(ポカラから西に車で約 1 時間,ナヤプール
の対岸)にある Shree Navajyoti Tham Secondary School において,ともに 1・2 年生と 3・4 年生に対し
て,紙芝居による授業を行い,前者については授業のキーワードの書き取り,後者については絵を描くこ
とで授業のまとめとふりかえりとした. 紙芝居 山形大漫画研究会作画 3. 成果と課題 両校の両クラスとも,子どもたちは授業に集中できたことは,授業時の態度や表情から明らかで,感想
の絵にも授業内容がよく表現されている.授業を担当したネパール人女子学生がやさしい言葉で問いかけ
る方法で授業を進めたことも寄与したと考えられる.両校の校長先生からは,土石流からの回避について
教えることの必要性を感じていながらどのようにするか困難を感じていたが,参考になった,との感想を
得られた.単発的イベントではなく継続すること,他校に展開すること等の課題も明らかである. なお,本活動は NPO ネパール砂防技術交流会と共同で開催した.関係各位に感謝申しあげる. 9 公開シンポジウム「紀伊半島の自然災害と防災教育を考える」 平成27年12月12日発行 発行:奈良教育大学自然環境教育センター・理数教育研究センター・保健センター 事務局:〒630-8528 奈良市高畑町 奈良教育大学自然環境教育センター 石田 正樹 TEL: 0742-27-9198 (直通) E-mail: [email protected] URL: http://mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Entry10.html 10