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視 座
子どもの権利と家族∼家庭的養護の時代
宮城県医師会理事
高 田 修
いきなりの私ごとで恐縮ですが,昨年6月に NPO「子どもの村東北」の理事に就任いたしました。ご
存じの方も多いと思いますが,「子どもの村東北」は 2014 年 12 月 19 日,仙台市太白区茂庭台に開村しま
した。約 1,800 坪の敷地内には「家族の家」と呼ばれる一軒家が3棟と「センターハウス」があります。
それぞれの家族の家には「育親」と呼ばれる女性が(うち1組はご夫婦で)住んでおり,5人の子ども
を養育しています。この子たちは,親を亡くしたり,実親が育てることの適わない「社会的養護」を必
要とする子たちです。実親に育てられるという,いわばあたりまえの環境を奪われた子どもです。手厚
い心理的サポートが必要です。 育親さんたちは,専門的なトレーニングを受けた方々です。しかしながら,本当に自分の対応はこれ
でいいの?と悩む場面も多々あります。スーパーバイズ,そしてねぎらいの言葉も必要です。また,心
を休め自分と向き合い振り返り切り替えるレスパイトの時間も必要です。そのため「子どもの村東北」
では保育士,心理士,ソーシャルワーカー,小児科医などが,随時サポートをしています。また精神科
医やカウンセラーがチームとなり村全体を支えています。
子どもの村東北は,地域に開かれたコミュニティでもあります。開村してから見学や視察に訪れた
人々は,今年1月で 2,000 名を超えました。
「センターハウス」には村長である今野和則さんが住み込み,
茂庭台の住民となっています。2人のアシスタントも常駐しています。センターハウスの多目的ホール
やカウンセリング棟では,震災孤児を育てる親族里親,地域の里子,そして一般家庭への子育て支援も
行っています。宮城県や仙台市の里親会と協力して研修会を開催するなど,里親普及や里親充実事業も
行っています。
「すべての子どもに愛ある家庭を」
「子どもの村」(SOS-Kinderdorf:SOS=Save Our Souls)とは,1949 年にオーストラリアの医学生ヘルマ
ン・グマイナーがチロル州のイムストという小さな町で設立した民間の児童支援組織です。第二次世界
大戦で親を失った子どものため「すべての子どもに愛ある家庭を」という理念で出発しました。その素
晴らしさが理解され,多くの人々から支援を受けて国際 NGO となり,ドイツ,フランス,アジア,アフ
リカに活動が広がりました。今では世界 130 か国以上の国や地域に 540 か所以上の子どもの村がありま
す。日本では,2010 年4月 24 日に「子どもの村福岡」が開村しています。
子どもの村における子ども支援の特徴は,専門的なトレーニングを受けた「育親」と呼ばれる「里親」
による養育です。親代わりの職員が生活を共にする「家族の家」という新たな絆の中で,子どもたちは,
愛情,基本的信頼感,自尊心,忍耐などの人間性の基本を育みます。子どもが一人の大人になり自立し
宮医報 842,2016 Mar.
ていくためには「愛着」が形成できる,安定した信頼関係が築ける
環境が必要です。SOS 子どもの村は「家族の絆」をとても大切なも
のとして扱います。その視点に基づき,実親や実家族への支援にも
取り組んでいます。里子と実親や実家族との交流を支援し,実家族
との絆を育むことにも積極的に取り組んでいます。また 20 歳以上に
成長し青年になった後も,自立できるよう支援する「ユース機能」
を持っています。そのようなきめ細かい取組みで,虐待や貧困の世
代間連鎖を断ち切ろうとしているのです。
日本の社会的養護
2011 年3月 11 日,東日本大震災が起こり 1,700 名を超える子ども
たちが親を失いました。また,親の病気や死亡,育児放棄や虐待な
ど様々な理由で家族と暮らせない子どもたちは全国で4万 6,000 人を
超えています。現在,その8割強が乳児院や児童福祉施設などの大規模施設に収容されています。
日本の社会的養護は,第二次世界大戦後 1947(昭和 22)年に制定された「児童福祉法」によっていま
す。そこでは「児童はひとしくその生活を保障され,愛護され」なければならないとうたわれています。
しかしながら戦後の荒廃した社会の下では,児童の健全な成長を害する事件が絶えませんでした。その
ため 1951(昭和 26)年5月5日に「児童憲章」が制定されます。その第2項には「すべての児童は,家
庭で,正しい愛情と知識と技術をもって育てられ,家庭に恵まれない児童には,これにかわる環境が与
えられる。」と定めてあります。「これにかわる環境」すなわち「社会的養護」として,日本では大規模
施設に収容し心身の健康を管理する「集団主義養護論」が主流を占めてきました。
「子どもの代替養育に関するガイドライン」
しかしながら大規模施設での養護では,成長・発達に欠かせない「愛着形成」が得にくく,ホスピタ
リズムなど心身の問題が噴出しやすいことが古くから指摘されています。そのため欧米では,第二次世
界大戦以前より里親制度の充実が図られていました。2009 年 11 月 20 日,子どもの権利条約 20 周年記念
に際し,国連総会は「子どもの代替養育に関するガイドライン」を採択しました。大規模災害や感染症
の蔓延,飢餓や戦争などあらゆる天災や人災により,実親と暮らす権利を奪われ,大きな苦しみを与え
られた子どもに,家族と家庭環境を保障することが求められています。
このガイドラインに基づき,日本国は,国連子どもの権利委員会から再三の勧告を受けます。「家族
を基盤とした代替的養護に関する政策」や「里親制度など家庭的養育に関する政策」が存在しないと指
摘された厚生労働省は,2011 年7月に「社会的養護の課題と将来像」を発出しました。そこでは,今後
10 数年をかけ,家庭的養護(里親及びファミリーホーム),グループホーム,本体施設(児童養護施設
など)の割合を概ね3分の1ずつとするとしています。
宮城県における取り組み
宮城県における「里親及びファミリーホーム」「グループホーム」「児童養護施設」のそれぞれへ委託
または入所している児童の割合は,2015 年4月1日現在で 25.4 %,3.1 %,71.5 %です。宮城県は都道
府県推進計画の中で,それらを 2029 年度末までに,53.2 %,13.8 %,33.0 %とするとしました。
子どもの村東北では,昨年 11 月7日に「第1回東北フォーラム:これからの社会的養護− SOS 子ども
の村オーストリアの里親支援に学ぶ−」を開催しました。SOS 子どもの村ムースブルグで里子として育
ったマルティン・ツェルニッグ氏や,SOS 子どもの村インターナショナルのクリスチャン・ボッシュ博
士などを迎え,オーストリアでの先進的な里親養育を学びました。
日本での新しい家庭的養護のありかたを牽引する存在となるよう体制を整えているところです。今後
の活動に注目し見守っていただければ幸いです。