発達障害の特徴を有する対人関係障害者へのリワーク支援の系統化

厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業[精神障害分野])
分担研究報告書
発達障害の特徴を有する対人関係障害者へのリワーク支援の系統化
分担研究者
秋山
剛
研究協力者
長島杏那
NTT 東日本関東病院精神神経科
部長
国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部
上智大学大学院総合人間科学研究科心理学専攻
横山正幹
医療法人社団 心劇会さっぽろ駅前クリニック
横山太範
医療法人社団 心劇会さっぽろ駅前クリニック
岡崎渉
NTT 東日本関東病院
堀井清香
NTT 東日本関東病院
齋藤絵美
晴和病院
田原智昭
公益財団法人横浜市総合保健医療財団横浜市総合保健医療センター
松原 孝恵
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター
高橋秀俊
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
菅原誠
都立中部総合精神保健福祉センター
吉田友子
ペック研究所
研究要旨
発達障害の診断基準を満たさないが、発達障害の特徴を有し、対人関係に障害がある者が、就
労後職場での適応や業務の遂行に困難を来たし、二次障害としてうつ状態を呈し、休職に至る事
例が存在する。本研究は、発達障害の特徴を有する対人関係障害者へのリワーク支援について、
既にこういった対象を受け入れ支援を行っているリワークプログラムのスタッフおよび発達障害
の専門家から情報収集を行うことを目的とした。リワークプログラムについては、
一般の患者と一緒のプログラムへの参加を原則とするが、対人関係における自己特性の理解やコミュ
ニケーションスキルへの支援、発達障害に関する心理教育を別個に実施することが望ましいと思
われる。また、WAIS・AQJ などの心理検査の実施、多岐にわたる配慮、職場との情報共有、相互交
流を進める、という方針が考えられる。発達障害の観点からは、連絡ノートによる書面での確認の
活用、言葉遣い・声の大きさなどの調整、トラブル時の具体的提案、職場における担当者の決
定、大まかな業務スケジュールの決定・伝達などの提案が得られた。今回の情報収集によって、
次年度に、「発達障害の傾向がある利用者への対応に関するガイド」といった資料を作成することが可
能になった。
研究目的
疾患患者雇用開発助成金、発達障害者の就労支援者
発達障害を有する人は、学業の成績が優秀でも就労
育成事業、発達障害のある人の雇用管理マニュアル
には困難があり、特別の支援を必要とすることが指
の 作 成 な ど の 事 業 を 行 っ て い る
摘されている(Lorenz ら 2014、Riedel ら 2015)。
( http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/b
厚生労働省は発達障害の診断を満たす人の就労
支援の必要性を認め、ハローワークにおける職業相
談・職業紹介、障害者トライアル雇用奨励金、若年
unya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06d.h
tml)。
一方、発達障害の診断基準を満たさないが、発達
コミュニケーション能力要支援者就職プログラム、
障害の特徴を有し、対人関係に障害がある者が、就
地域障害者職業センターにおける職業リハビリテ
労後職場での適応や業務の遂行に困難を来たし、二
ーション、職業能力開発関係、発達障害者・難治性
次障害としてうつ状態を呈し、休職に至る事例が存
在する。
ュアル作成技能トレーニング・運動・個別
これまでのところ、こういった発達障害の診断基
準を満たさない軽症例、サブクリニカル例への支援
相談」からなるプログラムを提供している。
一方、一般の参加者と同じプログラムに参加
については、系統的な情報収集が行われていない。
している施設では、発達障害の傾向がある患者
本研究の目的は、発達障害の特徴を有する対人関
だけが参加する付加プログラムとして、対人関
係障害者へのリワーク支援について、既にこういっ
係における自己特性の理解やコミュニケーショ
た対象を受け入れ支援を行っているリワークプロ
ンスキルへの支援をあげた施設が 2 ヶ所、発達
グラムのスタッフおよび発達障害の専門家に、どの
障害に関する心理教育をあげた施設が 2 ヶ所み
ような支援を行うことが望ましいかについての情
られた。
報収集を行うことである。
質問 2 ではコミュニケーション能力への支援
が望まれており、質問 3 では WAIS、AQJ が施行
研究方法
①リワークプログラムスタッフからの情報収集
されている例が多かった。質問 4 のスタッフの
重視項目はかなり多岐にわたっており、質問 5
発達障害の特徴を有する対人関係障害者を受け
では、休職に至った発達障害特性への配慮、業
入れてリワーク支援を行っているリワークプログ
務適性や職場の対処への助言を伝達している例
ラムのスタッフに、資料 1 の質問紙を用いて情報を
が多かった。質問 6 では、フォローアップ、合
収集した。
同面談、コンサルテーション、ジョブコーチへ
②発達障害の専門家からの情報収集
の支援、職場における当事者の観察、プログラ
発達障害の専門家から、資料 2 の質問紙を用いて
情報を収集した。
(倫理面への配慮)
本研究では回答の集計・発表について、参加者全
員から書面による同意を得ている。
ム見学の要請など、相互交流に関する項目がほ
とんどをしめた。
②発達障害の専門家からの情報
発達障害の専門家 4 名に問い合わせを行い、その
うちの 2 名から回答が得られた。
資料 4 に回答のまとめをあげる。質問 1 の参加が
研究結果
①リワークプログラムスタッフからの情報
望ましいプログラムについては、発達障害の傾向が
ある患者だけが参加するプログラムについては、個
発達障害の特徴を有する対人関係障害者を受
別面談だけがあげられている。質問 2 の特有の心理
け入れてリワーク支援を行っていることが知ら
検査は特にあげられていなかった。質問 3 のスタッ
れていたリワークプログラム 8 施設に問い合わ
フが重視するべき点については、リワークプログラ
せ、そのうち 6 施設から回答が得られた。
ムスタッフがあげていなかったものとして、連絡ノ
資料 3 に回答のまとめをあげる。質問 1 の《発
ートによる書面での確認の活用、言葉遣い・声の
達障害の傾向がある患者だけが参加するプログ
大きさなどの調整(基本的コミュニケーション)
、
ラム》について、1 施設は「復職時の就労継続の
トラブル時の具体的提案の3点があげられてい
ための対処やビジネスマナー・集団認知行動療
た。質問 4 の職場に伝えた方がよい情報・助言と
法・職場で起きがちな問題の理解と対処・ライ
して、担当者の決定、大まかな業務スケジュールの
フスキル・運動療法」で構成されるプログラム
決定・伝達、雑音の管理、チックや場にそぐわない
を提供している。また別な施設では発達障害の
不適切な表情等に関する情報があげられている。
傾向がある患者が、一般の患者が参加するプロ
グラムに参加する場合と、独自の構成からなる
プログラムに参加する場合があり、後者の場合
考察
①リワークプログラムスタッフからの情報
は「個別作業・集団作業・職場場面を想定した
発達障害の傾向がある患者を一般の患者と一緒
ロールプレイ・ストレス対処や怒りのコント
のプログラムに参加させることを重視している一
ロール・キャリア再構築支援・問題解決技能
方、対人関係における自己特性の理解やコミュニケ
トレーニング・職場対人技能トレーニング・
ーションスキルへの支援、発達障害に関する心理教
リラクゼーション技能トレーニング・マニ
育を重視している状況がうかがわれた。心理検査で
は、標準的知能検査である WAIS、発達障害の傾向
を評価するための AQJ が重視されている。スタッフ
は、発達障害の傾向がある利用者との関わりについ
が勧められる。
次年度には、
「発達障害の傾向がある利用者への
対応に関するガイド」を作成する。
ては、かなり多岐にわたる配慮を行っており、職場
との協力についても、情報共有に留まらず、相互交
*健康危険情報
流を望む声が強かった。
なし
②発達障害の専門家からの情報
回答数が少なく、また全体的に各質問に対する回
参考文献
答がリワークプログラムスタッフより少なかった。
Lorenz T, Heinitz K: Aspergers--different, not
これは、専門家がリワークプログラムに関わってい
less: occupational strengths and job interests
ないために、具体的な意見が浮かびにくかったから
かもしれない。心理検査で標準的な知能検査があげ
られていることはリワークプログラムの実践に合
致している。一方、スタッフが重視するべき点とし
of individuals with Asperger's Syndrome. PLoS
One. 2014 Jun 20;9(6):e100358. doi:
10.1371/journal.pone.0100358.
て連絡ノートによる書面での確認の活用、言葉遣
い・声の大きさなどの調整(基本的コミュニケー
Riedel A, Schröck C, Ebert D, Fangmeier T, Bubl
ション)
、トラブル時の具体的提案があげられ、
E, Tebartz van Elst L: Well Educated Unemployed
職場への助言として、担当者の決定、大まかな業
- On Education, Employment and Comorbidities in
務スケジュールの決定・伝達、雑音の管理などが勧
Adults with High-Functioning Autism Spectrum
められている。
Disorders in Germany.
Psychiatr Prax. 2015 Apr 17. [Epub ahead of
今回、リワークプログラムで行われている工夫に
ついては、かなりの情報が収集されたと考えられる。
print] PMID: 25891885
これに、発達障害の専門家から得られた情報を加え、
次年度には、
「発達障害の傾向がある利用者への対
研究発表
応に関するガイド」といった資料を作成することが
論文発表
可能になった。
なし
結論
リワークプログラムについては、
学会発表
Tsuyoshi Akiyama: Re-work program:
・発達障害の傾向がある患者を一般の患者と一緒の
Forgotten support for normal recovery to
プログラムに参加させることを原則とする
workplace.
・対人関係における自己特性の理解やコミュニケー
World Psychiatric Association.
ションスキルへの支援、発達障害に関する心理教育
Madrid, Spain, 9.14-18, 2014.
を別個に実施する。
・WAIS、AQJ などの心理検査を実施する。
Tsuyoshi Akiyama:Re-work program:
・発達障害の傾向がある利用者との関わりについて
Recovery facilitation and relapse prevention
は、多岐にわたる配慮を要する
for workplace. WPA regional congress.
・職場との情報共有、相互交流を進める。
Hong Kong, China, 12.12-14, 2014.
という方針が考えられる。
発達障害の観点からは
Tsuyoshi Akiyama: Holistic recovery of
・連絡ノートによる書面での確認の活用
workforce patients: Re-work. 5 t h W o r l d
・言葉遣い・声の大きさなどの調整
Congress of Asian Psychiatry.
・トラブル時の具体的提案
Fukuoka, Japan, 3.3-6, 2015.
・職場における担当者の決定
・大まかな業務スケジュールの決定・伝達
知的財産権の出願・登録状況
なし
資料1
発達障害の特徴を有する対人関係障害者を受け入れてリワーク支援を行ってい
るリワークプログラムのスタッフへの質問
1.
貴施設で発達障害の傾向がある患者さんが参加しているプログラムついて、一般の
患者さんも参加しているプログラム、発達障害の傾向がある患者さんだけが参加す
るプログラムに分けて、プログラム名、内容、時間、頻度を記述してください。
《一般の患者さんも参加しているプログラム》
《発達障害の傾向がある患者さんだけが参加するプログラム》
2.
上記の既に施行されているプログラム以外で、施行することが望ましいと思われる
プログラムがありますか?あれば、その内容を記述してください。
あり
なし
《あればその内容》
3.
発達障害の傾向がある患者さんに対して施行している心理検査はありますか?あれ
ば、その名称、施行の時期、施行の目的を記述してください。
あり
なし
《あればその名称、施行の時期、施行の目的》
4.
発達障害の傾向がある患者さんへの支援として、貴施設のスタッフが重視している
ことを箇条書きで記述してください。
5.
発達障害の傾向がある患者さんが復職する場合、職場での処遇に関する助言として、
情報を職場に伝達していますか?伝達していれば、主な内容を記述してください。
あり
なし
《あればその内容》
6.
上記の情報伝達以外で、発達障害の傾向がある患者さんの復職について、職場と協
働ができれば望ましいと考えていることはありますか?あれば、その内容を記述し
てください。
あり
なし
《あればその内容》
資料 2 発達障害の専門家への質問
1.
発達障害の傾向がある患者さんが、一般の患者さんと一緒に参加することが望まし
いと思われるプログラム、発達障害の傾向がある患者さんだけで参加することが望
ましいと思われるプログラムはありますか?あれば、プログラムの目的、内容と、
一緒の参加・発達障害の傾向がある患者さんだけの参加が望ましい理由を簡単に記
述してください。
《一般の患者さんも参加するプログラム》
あり
なし
《あればその目的、内容、理由》
《発達障害の傾向がある患者さんだけが参加するプログラム》
あり
なし
《あればその目的、内容、理由》
2.
発達障害の傾向がある患者さんへの復職支援を円滑に行うために、施行することが
望ましいと思われる心理検査はありますか?あれば、その名称、施行の時期、施行
の目的を記述してください。
あり
なし
《あればその内容》
3.
発達障害の傾向がある患者さんへの支援として、リワークプログラムのスタッフが
重視した方がよいと思われることを箇条書きで記述してください。
4.
発達障害の傾向がある患者さんが復職する場合、職場での処遇に関する助言として、
リワークプログラムから職場に伝達することが望ましいと思われる情報はあります
か?あれば、情報の内容を記述してください。
あり
なし
《あればその内容》
5.
情報伝達以外で、発達障害の傾向がある患者さんの復職について、職場と協働する
ことが望ましいと思われることはありますか?あれば、内容を記述してください。
あり
なし
《あればその内容》
1/1
資料 3 リワークプログラムスタッフからの情報
1.
参加プログラム
《一般の患者も参加するプログラム》
あり
5
なし
1
《発達障害の傾向がある患者だけが参加するプログラム》
あり
5
なし
1
2.
まだ施行していないが、施行することが望ましいと思われるプログラムがあるか?
あり
なし
5
1
施行が望ましとされたプログラムは以下の通りである。
・コミュニケーション能力
3
・復職後のフォローアップ
1
・あいまいで複雑な作業のマニュアルの
作成
3.
1
・性別、年齢、疾患別プログラム
1
・発達障害者のパートナーのグループ
1
特有の心理検査
あり
なし
4
2
≪施行されている心理検査≫
WAIS
4
AQ-J
3
PARS
2
ASRS
2
KISS
1
QOL
1
4.
スタッフが重視している点
・視覚優位性を踏まえた情報伝達
・職場についての情報収集・環境調整
・発達障害の特性についての心理教育・疾病特性の理解
・自己特性の分析と職場に関する現実検討への支援
・デイケア利用目的の明確化
・雑音が入らない環境の確保
・相談への促し
・ディスカッションへのサポート
・グループの凝集性の改善
・教育的関わり
・不適応行動の評価
・段階的な他者交流の設定
・職務上の課題・補完手段の明確化
・復職後のコンサルテーション
5.
職場への情報伝達
あり
なし
5
1
・休職に至った発達障害特性への配慮
・業務適性への助言・職場の対処
・指示だし・業務の与え方
・開示情報の吟味
6.
2
2
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
3
3
1
1
望ましい職場との協働
あり
なし
6
0
望ましいとされた職場との協働例は以下の通りである。
・継続的な関わり・職場定着への支援・フォローアップ
・本人、主治医、上長、人事担当者、産業保健スタッフ等との合同面談
・発達障害の特性についてのコンサルテーション
2
1
1
・適性に応じた職務再設計
・ジョブコーチ支援
・職場での当事者の観察・対処法の助言
・プログラムの見学
1
1
1
1
資料 4 発達障害の専門家からの情報
1.
参加が望ましいプログラム
《一般の患者さんも参加するプログラム》
あり
2
なし
0
・社会生活での問題解決技法を含むコミュニケーション能力の向上
・就労技術・技能の向上
《発達障害の傾向がある患者さんだけが参加するプログラム》
あり
1
なし
1
・高頻度の個別面談
2.
特有の心理検査
あり
なし
0
2
・全参加者に対する標準化された知能検査
3.
スタッフが重視するべき点
・視覚を利用した情報の提供
・個別面談や連絡ノートによる書面での確認の活用
・言葉遣い・声の大きさなどの調整(基本的コミュニケーション)
・雑音が大きくない環境の確保
・発達の偏りついての知識(利用者に与える情報の調整)
・トラブルへの対処(注意・叱責ではなく、具体的提案を行う)
・利用者の特性に関する職場との情報共有
・職場への助言(強み・弱点と工夫、問題が生じないための工夫、復職後の
キー パーソンなど)
4.
職場への情報伝達
あり
なし
2
0
・担当者の決定:一人でなく、曜日や仕事内容ごとの担当者でもよい
・大まかな業務スケジュールの決定・伝達
・雑音の管理
・チックや場にそぐわない不適切な表情等に関する情報
5.
望ましい職場との協働
あり
2
なし
0
※内容は項目 3、4 に準ずる