メモリーCD8T 細胞維持における mTOR 及びオートファジーの役割 近畿大学医学部免疫学教室 高村 史記 【研究目的】 メモリーCD8T 細胞は主にリンパ組織に存在するセントラルメ モリー(TCM)、粘膜等の感染局所に定住している組織滞在型メモリー(TRM) 及び両組織間を循環するエフェクターメモリー(TEM)に分類される。TCM や TEM の維持には恒常性サイトカイン IL-7 や IL-15 が重要だが、これらのサイト カインレセプター発現を欠く TRM の維持機構は未だ不明である。一方、TRM が 存在する上皮や肺気道は無血管組織であるため、低栄養環境であることが予測 される。このことより、飢餓刺激に対応し老化した細胞内小器官を分解・再利 用することで新陳代謝を高め細胞の恒常性を保つオートファジーが TRM の維持 に重要であると予測し、本研究にてこの仮説を検証した。 【研究成果】 全身性のオートファジー不全は致死 であるため、T 細胞でのみオートファジー不全とな る Atg5-f/f-Lck-Cre マウスを用いて、定常状態にて 野生型との比較を行ったところ、既知の報告と同様 に末梢(脾臓)にてナイーブ T 細胞(CD44loCD62Lhi) 割合の減少及び相対的なメモリーT 細胞(CD44hi) 割合の増加が確認された(図 1)。しかしながら、こ の結果がメモリーT 細胞の維持にオートファジーが 必要でないことを示すのか、もしくはナイーブ T 細 胞がアポトーシスの過程で一時的にメモリーフェノタイプを擁することがメモ リーT 細胞割合増加の原因であるかは未だ不明であり、現在、養子移入の系を 用いて両者の可能性を検討中である。 暫定的だが、ナイーブ T 細胞とは異なりメモリーT 細胞の維持は比較的オー トファジー非依存的である可能性が示されたため、次に、インフルエンザウイ ルス感染後に分化する抗原特異的メモリーCD8T 細胞各サブクラス (TCM、TEM、 TRM)の維持におけるオートファジーの役割を検討した。オートファジーの一過 性発現は抗原刺激後のメモリーCD8T 細胞分化に必須であるため、タモキシフ ェン投与によりメモリー分化後にオートファジー不全を誘導することが可能な Atg5-f/f-ERT2-Cre マウスを作製し、この骨髄を野生型マウスに移植した骨髄キ メラマウスを用いて感染実験を行った。メモリー分化後にオートファジーを遮 断し 6 週後の解析ではメモリーの量・質共に何も変化が見られなかったことよ り、先の Atg5-f/f-Lck-Cre マウスの結果同様、メモリーCD8T 細胞維持にオー トファジーは積極的に関わっていないことが示唆された。この状態に軽度且つ 断続的な飢餓刺激を与え続けると、オートファジー不全 CD8 TCM 割合が減少し たことより、オートファジーは低栄養状態でのみメモリーCD8T 細胞の維持に 関わることが解った(図 2、脾臓、リンパ節等)。しかしながら、驚くべきこと にこのような飢餓刺激下においても粘膜に定着しているオートファジー不全 CD8 TRM の割合は全く変化しなかった(図 2、肺実質、肺気道)。タモキシフェ ンによる遺伝子欠損誘導は粘膜においても有効であることが確認されたため、 粘膜 TRM は飢餓時においてもオートファジーを必要としない、即ち粘膜組織は 低栄養の影響を受けにくい環境であること が示唆された。これは、粘膜の TRM の維持に はオートファジーが重要だという我々の仮 説とは正反対の結果である。 元々グルコース濃度が低い粘膜組織(肺気 道は血液の 1/10 以下)ではグルコース非依 存的なエネルギー供給が行われている可能 性が示唆されたために、インフルエンザウイ ルス感染後に分化する抗原特異的メモリー CD8T 細胞各サブクラスにおいて、主なエネ ルギー源となるグルコースもしくは脂肪酸 の取り込み能を評価したところ、ナイーブ CD8T 細胞はグルコース偏重型であるのに対し、一旦メモリーCD8T 細胞に分 化するとグルコース取り込み能が激減し、代わりに脂肪酸取り込み能が増加す ることが明らかとなり、この傾向が肺気道で特に顕著となることが解った(図 3)。 更に、肺気道 TRM は他のメモリー集団と比較し脂肪酸分解を担う Cpta1 を高発 現していることも確認された。これら TRM を含む全てのメモリーCD8T 細胞集 団にて中性脂肪の蓄積がほとんど見られなかったこと、肺胞の表面張力を低下 させることで虚脱を防いでいる肺サーファクタントの約 80%がリン脂質で構成 されていること等も考慮すると、将来的に末梢組織に分布する可能性があるメ モリーCD8T 細胞は分化の 課程にて組織中の脂肪酸を 取り込むことで低グルコー ス環境に適応する性質を獲 得しており、これが粘膜に おける飢餓刺激環境下での オートファジー非依存的維 持につながっているのでは ないかということが示唆さ れた。 この成果は、途上国への 普及を目的としたニードル フリーの粘膜投与型ワクチ ン開発の重要性を再認識さ せるものであり、現在、飢 餓刺激及びオートファジー 遮断による各メモリー CD8T 細胞サブクラスの機 能もしくは T 細胞老化への 影響等を検討している。
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