論文要旨

学
位
論
文
要
旨
イ ヌ の 前 十 字 靭 帯 断 裂 に お け る Androgen の 関 与 に 関 す る 研 究
Studies on Effects of Androgen
in Rupture of Canine Anterior Cruciate Ligaments
大野
秀樹
Hideki OHNO
平 成 26 年 度
2014
近年、イヌ・ネコの高齢化に伴い関節疾患が急増しているが、
特 に 前 十 字 靭 帯 (ACL)断 裂 は 膝 関 節 疾 患 の 中 で も 発 生 が 多 い
( Va s e u r ら [ 2 0 0 2 ] 、 K o w a l e s k i ら [ 2 0 1 2 ] ) 。 A C L 断 裂 の 発 生 要 因 と
して遺伝学的要因、免疫学的要因、大腿骨顆間窩狭窄など形態学
的要因、運動力学的要因、内分泌因子や肥満などのリスクファク
ターの関連が考えられ、ヒトでは性ホルモンの関与が示唆されて
い る (Hamlet ら [1997]、 Sciore ら [1998]、 Lovering &
Romani[2005])。 イ ヌ に お い て も 性 や 年 齢 に よ っ て 発 生 頻 度 が 異
な る こ と が 疫 学 的 に 知 ら れ て い る が (Duval ら [1999]、 Boute ら
[ 2 0 0 9 ] ) 、未 だ 十 分 に 解 明 さ れ て い な い 。 そ こ で 、著 者 は イ ヌ A C L
断 裂 に お け る 性 ホ ル モ ン 、特 に A n d r o g e n の 関 与 に 着 目 し 、 本 研 究
を行った。
第 1 章 で は 基 礎 的 な 研 究 と し て 正 常 な イ ヌ の ACL に お け る
Androgen Receptor(AR)の 発 現 に つ い て 免 疫 組 織 学 的 な 観 察 を 行
い 、第 2 章 で は 5 α - d i h y d r o t e s t o s t e r o n e ( D H T ) が 培 養 イ ヌ A C L 線
維 芽 細 胞 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 、 第 3 章 で は 断 裂 し た イ ヌ ACL
に お け る AR お よ び procollagen I の 発 現 状 況 に つ い て 観 察 し た 。
第 1 章
正 常 な イ ヌ 前 十 字 靱 帯 の 組 織 構 造 と Androgen Receptor
の発現について
ACL が Androgen 応 答 組 織 で あ る か 否 か 、 雌 雄 間 並 び に 若 齢 ・
高 齢 間 に お け る A R の 発 現 程 度 に つ い て 、1 ~ 2 歳 の 若 齢 ビ ー グ ル
犬 2 1 匹 ( 雌 1 2 、 雄 9 匹 ) お よ び 7 ~ 11 歳 の 高 齢 雑 種 犬 5 匹 ( 雄 3 、
雌 2 匹 ) 、計 2 6 匹 か ら 得 ら れ た A C L 組 織 を 形 態 学 的 お よ び 免 疫 組
織 化 学 的 に 観 察 し 、ま た 、血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 の 測 定 を 行 っ
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た。
血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 は 雌 よ り も 雄 が 有 意 な 高 値 を 示 し
(p<0.01)、 高 齢 雄 よ り も 若 齢 雄 で 高 か っ た 。 ACL は 密 な 線 維 性 結
合組織であり、粗大な膠原線維の束から構成されていた。若齢雄
の A C L 組 織 内 に は 多 く の 血 管 が 分 布 し て い た が 、若 齢 雌 で は そ れ
は 少 な か っ た 。高 齢 個 体 で は 雌 雄 共 に A C L 内 の 血 管 分 布 は さ ら に
減 少 し て い た 。 全 て の ACL 組 織 に お い て 線 維 細 胞 、 線 維 芽 細 胞 、
滑 膜 細 胞 、 血 管 内 皮 細 胞 の そ れ ぞ れ の 核 が 抗 AR 抗 体 に 陽 性 を 示
し て い た 。 若 齢 雄 の AR 発 現 が 最 も 強 く 、 高 齢 雄 で は そ の 発 現 は
減弱していた。いっぽう、雌では年齢による発現の程度差は認め
られなかった。
以 上 の 結 果 よ り 、イ ヌ A C L は A n d r o g e n の 標 的 組 織 で あ る と 解
さ れ 、 ま た 、 AR 発 現 と 血 管 分 布 が ACL 断 裂 の 疫 学 的 背 景 (頻 度 、
性 差 ) に 相 関 し て い る こ と か ら 、A n d r o g e n が A C L 組 織 内 の 血 流 量
の調整や靱帯の強度に影響を及ぼしている可能性が示唆された
(Ohno et al., Okajimas Folia Anat. Jpn. 90:31-39. [2013])。
第 2 章
イ ヌ 前 十 字 靭 帯 培 養 線 維 芽 細 胞 に お け る Androgen の 影
響について
イ ヌ ACL に お け る Androgen の 関 与 が 明 ら か に さ れ た こ と か ら 、
さ ら に 5α-dihydrotestosterone(DHT)が ACL 線 維 芽 細 胞 に 及 ぼ す
影 響 に つ い て 検 討 し た 。 2 匹 の 正 常 ビ ー グ ル 犬 (雄 、 5 ヶ 月 齢 )の
ACL か ら 得 ら れ た 線 維 芽 細 胞 を 1~ 10-3μM 各 濃 度 の DHT を 添 加
し た 基 礎 培 地 な い し 非 添 加 の 基 礎 培 地 で 培 養 し 、 AR 発 現 、 細 胞
増殖活性およびコラーゲン合成について比較観察した。
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DHT 添 加 群 で は 添 加 48 時 間 で 大 き く 明 瞭 な 核 小 体 を 形 成 し 、
核 は 大 型 化 し て い た 。A R 抗 体 陽 性 細 胞 の 数 は D H T 添 加 群 で い ず
れ の 培 養 時 点 で も 対 照 群 よ り も 多 か っ た 。増 殖 細 胞 核 抗 原 ( P C N A )
の 陽 性 率 は 、 24 時 間 後 の DHT 添 加 群 全 て が 対 照 群 よ り も 優 位 に
高 値 を 示 し (p<0.05)、 48、 96 時 間 後 で も 高 い 傾 向 を 示 し て い た 。
抗 procollagen type I 陽 性 細 胞 の 数 は 、 24 時 間 後 の DHT lμM 添
加 群 に お い て 対 照 群 よ り も 発 現 の 程 度 が 強 く 、 添 加 後 48 時 間 で
は 用 量 依 存 的 に そ の 程 度 を 増 し て い た 。さ ら に 細 胞 増 殖 測 定 ( M T S
法 )か ら 、 全 て の 時 点 に お い て DHT 添 加 群 は 対 照 群 よ り も 高 い 増
殖 能 を 示 す 傾 向 に あ り ( p < 0 . 0 5 ) 、特 に 4 8 時 間 で は 添 加 用 量 依 存 的
に反応が増大する傾向を示していた。
以 上 、 DHT が ACL 線 維 芽 細 胞 に 作 用 し て AR 発 現 と 細 胞 増 殖
活性を亢進することでコラーゲン合成に関与していることが明
ら か に さ れ 、性 ホ ル モ ン が イ ヌ 生 体 A C L の 強 度 保 持 に 関 与 し A C L
断裂発生頻度の性差に影響を及ぼしていることが示唆された
( O h n o e t a l . O k a j i m a s F o l i a A n a t . J p n . 8 9 : 3 5 - 3 8 [ 2 0 1 2 ] ) 。ま た 、
DHT 添 加 に よ る ACL 線 維 芽 細 胞 の DNA 合 成 と 細 胞 分 裂 は DHT
添 加 後 24 時 間 か ら 48 時 間 の 間 に 行 わ れ る こ と が 明 ら か に さ れ た 。
第 3 章
断 裂 し た イ ヌ の 前 十 字 靭 帯 に お け る Androgen Receptor
の発現について
第 1 章 お よ び 2 章 で 、イ ヌ A C L が A n d r o g e n 依 存 性 組 織 で あ り 、
Androgen の 動 態 が ACL 断 裂 に 深 く 関 与 す る こ と が 示 唆 さ れ た こ
と か ら 、断 裂 し た イ ヌ A C L に お け る A R の 発 現 状 況 に つ い て 非 断
裂 例 と 比 較 観 察 し た 。 ACL 断 裂 16 例 (雄 6、 雌 10 匹 )と 健 康 な ビ
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ー グ ル 犬 9 例 ( 雄 5 ・ 雌 4 匹 ) に つ い て 血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 を
測 定 し 、 採 取 し た ACL 組 織 に つ い て 病 理 組 織 学 的 観 察 と AR、
P r o c o l l a g e n I の 分 布 状 況 、P C N A を 用 い た 細 胞 増 殖 活 性 を 観 察 し
た。
雌 の 血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 は 正 常 例 、断 裂 例 と も に 雄 よ り も
低く、測定可能下限値を下回る低値を示していた。雄断裂例の血
清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 は 正 常 例 雄 に 比 べ て 低 い 傾 向 を 示 し て い
た。
断 裂 例 の A C L に は 増 殖 初 期 、増 殖 期 お よ び 再 生 期 へ と 推 移 す る
各ステージの組織変化が観察された。
AR の 発 現 は Collagen 線 維 束 や 間 質 の 結 合 組 織 に 存 在 す る 線 維
芽 細 胞 、 滑 膜 細 胞 や 間 質 の 血 管 内 皮 細 胞 の 核 に 認 め ら れ た 。 AR
の 発 現 程 度 は 血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 と 正 の 相 関 を 示 し 、正 常 例 、
断 裂 例 と も に 雄 よ り も 雌 で 発 現 が 弱 か っ た 。ま た 、断 裂 例 で は A R
発現はさらに弱く、特に去勢雄・避妊雌の断裂例では著しく弱い
傾 向 に あ っ た 。Procollagen I の 発 現 も 同 様 で 、正 常 例 、断 裂 例 と
もに雄よりも雌で発現が弱く、正常例と比較すると断裂例でより
弱 い 傾 向 が 認 め ら れ た 。 PCNA 陽 性 細 胞 も 、 正 常 例 、 断 裂 例 と も
に雄より雌で少なく、正常例よりも断裂例で少ない傾向を示して
いた。
こ れ ら 結 果 か ら 、 血 清 総 Te s t o s t e r o n e 濃 度 が 低 く 、 か つ 靱 帯
に お い て AR 発 現 の 低 い 個 体 は ACL 線 維 芽 細 胞 の 増 殖 活 性 が 低 く
Procollagen 合 成 が 低 下 し て い る こ と が 示 さ れ 、 疫 学 的 に み た
A C L 断 裂 の 年 齢 差 、雌 雄 差 と の 関 連 性 が 明 ら か に さ れ た ( O h n o e t
a l . , P h i l i p p . J . Ve t . M e d . 5 1 : 1 3 1 - 1 3 6 [ 2 0 1 4 ] ) 。
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以 上 、イ ヌ の 正 常 お よ び 断 裂 A C L に お け る A R の 発 現 に 関 す る
一 連 の 観 察 よ り 、 ACL は Androgen 標 的 組 織 で あ り 、 Androgen
が ACL 構 成 細 胞 に 作 用 し て 細 胞 増 殖 を 活 性 化 し コ ラ ー ゲ ン 産 生
を 促 進 さ せ る こ と で ACL の 構 造 的 な 強 度 保 持 に 関 与 し て い る こ
と 、 AR の 発 現 強 度 は 雄 よ り も 雌 で 弱 く 、 年 齢 的 に は 雌 雄 共 に 高
齢 で 低 下 し て お り 、こ れ ら が A C L 断 裂 の 有 病 率 に 大 き く 影 響 を 及
ぼしていることが裏付けられた。
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