意見書(2)高解像度版(pdf 474 KB) - 河合研究室

2015 年 3 月 28 日
「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する意見書 (2)
京都大学工学研究科 教授 河合 潤
㊞
2.平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書が間違いであること(続き)
「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する 2015 年 2 月 28 日付の私(河合)の意
見書 (1)第 2.5 節の続きとして,中井意見書の誤り・事実に反する記述・虚偽・公判で
の偽証等を指摘する.
2.6.化学の常識からすると、濃度を定義するには、水溶液のような均一な物質でなければ
いけない。(中井意見書,p.2)
2.7.亜ヒ酸に加えられたセメントやメリケン粉が、均一にまざっていると考えることは、
常識的に困難である。(中井意見書,p.2)
2.8.プラスチック容器から私が針でとりだした(ここでは、顕微鏡で観察して亜ヒ酸のみ
をとろうとしているので意図的に混入物を排除している)極微量の不均一な資料の一部を
分析して、もとの資料における濃度を定義することは到底できない。(中井意見書,p.2)
2.9.無いことを証明するのは、不均一な資料では非常に難しい。(中井意見書,p.2)
2.10.元々、青色紙コップに付着していた亜ヒ酸残留物も少量で、しかも不均一であった
ことも考えると、ICP-AES の分析資料として採取したとき、たまたま純度の高いところを採
取した可能性も否定できない。(中井意見書,p.3,一部 2.4 と重複)
2.11.1(1)で述べたように均一に混ざっていると考えることはできない。(中井意見書,p.3)
2.12.しかしながら、これら軽元素は、亜ヒ酸の製造段階で混入されたものではなく、均
一に混ざっていると考えることはできない。(中井意見書,p.4)
2.13.そもそも Si,Ca は、亜ヒ酸にもともと含まれていたものではなく、セメントや土埃
由来のものである。したがって、均一に入っていることは考えられないので、異同識別に
適していないと言える。(中井意見書,p.4)
2.14.青色紙コップの亜ヒ酸は、文献(1) 写真 4b) に示すように、明瞭に異物が混入して
いることからも、As 以外の元素が検出されなかったのは、資料が不均一なためにたまたま
11
分析されなかったことが理由と考えられる。このように、後から不均一に混入された、セ
メントやデンプンの有無を(特に無を)実証することは困難で、このような物質をつかって
異同識別をすることは、不適切であることから、中井の鑑定では扱わなかった。(中井意見
書,p.4)
2.15.私の鑑定で着目したアンチモン(Sb) 、ビスマス(Bi) 、錫(Sn) は、原子レベルで亜
ヒ酸に製造時から含まれているので、蛍光 X 線スペクトルの Sb,Bi,Sn の示すパターンは、
試料の状態(たとえば試料量や不均質性)や測定条件(たとえば測定日)に左右されない。(中
井意見書,p.7)
2.16.その目的のためには、河合氏の主張する、カルシウム、ケイ素、デンプンなどの定
量分析も役にたつこともあるが、高エネルギー放射光蛍光 X 線分析では、分析できない、
そもそも不均一な資料であるので、その価値もない。(中井意見書,p.8)
2.6~2.16 で繰り返される中井鑑定人の意見は,異同識別のための指標元素は「アンチモ
ン(Sb) 、ビスマス(Bi) 、錫(Sn) 」のように「原子レベルで」「水溶液のような均一な物
質」でなければならず,
「Si,Ca は、亜ヒ酸にもともと含まれていたものではなく、セメン
トや土埃由来」のために「均一に入っていることは考えられないので、異同識別に適して
いない」という意見である.
この中井鑑定人の意見に対して本意見書(2)では,➊~➍の順に論ずる.
➊「原子レベルで均一」の統計的意味.
➋「原子レベルで均一」という指標元素選択基準は中井鑑定人が 2013 年に言いだしたこと.
➌ 和歌山地裁が平成 26 年に「原子レベルで均一」の妥当性を検討した事実とその理由.
➍「粒子レベルで均一」であれば十分であること.
➊「原子レベルで均一」の統計的意味.
分析化学を専門としない者にも理解しやすい和歌山市の人口統計を例として,中井鑑定
人の主張する「原子レベルで均一」という概念がいかにあいまいなものであるかを説明す
る.大学教養課程レベルの統計学(例えば私が東大教養学生時代に熟読した林周二「統計学
講義」第 2 版,丸善,これは文系向けの教科書である)を履修した大学生には常識である.
和歌山市の人口は 2005 年の住民基本台帳によれば 386,986 人で,世帯数は 159,023 世帯
である.M 緑色ドラム缶には科警研の分析によると 27ppm(=百万分の 27)の重量濃度のア
ンチモン(Sb)が入っていた.原子数濃度に換算すれば 22ppm である*1.すなわち亜ヒ酸
(As2O3)中の As(ヒ素)原子 1,000,000 個のうち 22 個がアンチモン原子に置き換わっている.
*1 As(ヒ素),Sb(アンチモン),O(酸素)の原子量をそれぞれ 75,122,16 とすると, As2O3 = (75×2+16
×3)=99 なので,原子数濃度を x ppm とすれば,方程式
しこの方程式は近似式である.
12
=27 ppm を解いて,x =22 ppm となる.ただ
和歌山市の総人口 386,986 人の内 22ppm(100 万分の 22)が A 国出身外国人であったとす
る.和歌山市内の A 国人は 9 名で,A 国人が最低 1 名いるような世帯は最大でも 9 世帯で
ある.したがって,全 159,023 世帯の中で 159,014 世帯には A 国人は住んでいない.一方,
和歌山市の男女の比率は約 1:1=50%(=500,000ppm)なので,市民 2 名当たり女性 1 名を発
見できるので,100 世帯を標本調査すれば,男女の人口比率(50%)を精度よく定量できる.
22ppm のように希薄な場合には,うかつに「原子レベルで均一」と言うことはできない.
人口密度 22ppm の A 国人が和歌山市で人間レベルで均一に混ざっている,とはこういう
事態である.このように希薄な場合,市全体で 9 人しかいない稀少意見を世論調査する場
合の難しさとして良く知られた事実である.これが中井鑑定人の言う「原子レベルで均一」
ということの実際である.
原子数濃度 22ppm のアンチモン(Sb)が「原子レベルで均一」に混ざっているとき,仮に
原子 1 個が検出できる高感度分析法を用いて分析したとしても,おおざっぱな濃度値を得
るためだけでも,少なくとも 106 個の原子を無作為標本抽出する必要がある.高精度分析値
が必要なら 109 個以上の原子をランダム・サンプリングして分析する必要があることは,統
計学の素養があれば簡単に計算できる.
中井鑑定人が SPring-8 で分析したように,0.1 ミリグラムの亜ヒ酸粒子 1 粒(100 マイク
ロメートル径)を分析すれば,アンチモン 27ppm は理論的には正しく定量できるはずである.
なぜなら,0.1 ミリグラムの亜ヒ酸一粒子には 1017 個以上のヒ素やアンチモンなどの重元素
が含有されているからである(これ以外に 倍個の酸素原子が含まれている).理論的には,
セメント粒子 1 個を分析したならアンチモン濃度は 0ppm となり,亜ヒ酸粒子 1 個を分析
したらアンチモン濃度は 27ppm となる.
ところが,中井鑑定人が,林台所「プラスチック容器から私が針*2 でとりだした(ここで
は、顕微鏡で観察して亜ヒ酸のみをとろうとしているので意図的に混入物を排除している)
極微量の不均一な資料の一部を分析」(中井意見書,p.2)したところ,
「意図的に混入物を
排除」した一粒の亜ヒ酸粒子からは,ヒ素も,アンチモンも,また混合されたセメント由
来と思われるバリウム(本意見書(1)Fig.4 の上側のスペクトルの横軸 32keV にあるピー
ク)も検出された.
谷口・早川鑑定では林台所プラスチック容器付着粒子 2 個を分析し,ヒ素のみならず,
24ppm と 36ppm のバリウムも検出された(弁 32 表 1).すなわち,林真須美台所プラスチ
ック容器付着亜ヒ酸は,粒子レベルよりも亜ヒ酸とセメントの混合が進んでいた.付着粒
子は,亜ヒ酸やセメントやデンプンそれぞれの単分散粒子ではなく,凝集粒子であった.
科警研鈴木真一が台所プラスチック容器から採取した一粒の粒子を走査型電子顕微鏡で観
察した結果を Fig.5 に示す(甲 23).見かけは一粒でも,電子顕微鏡レベルでは,多数の粒子
から構成された凝集粒子であったことは明白である.
*2 平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書では「私が針でとりだした」と言うが,公判の中井証言では「そ
のガラスの板ですくうように取っていった」(34 回,p.20),
「ガラスのへら」(同 p.21)と証言している.
「針」
とガラスのヘラとは明らかに別物である.いずれにしても採取したのは 1 粒である.
13
Fig.5.林台所プラスチック容器付着の 1 粒子(凝集粒子)の電子顕微鏡写真(甲 23).この写
真全体が 1 粒の付着粒子であるが,拡大すると 10 マイクロメートルかそれ以下の微細粒子
の凝集したものであることがわかる.同じ容器から採取した別の粒子 2 個には 24ppm と
36ppm のバリウムが検出された.
Fig.6.中井・寺田著,現代化学,2013 年 8 月号,pp.25-31 からの抜粋.
14
➋「原子レベルで均一」という指標元素選択基準は中井鑑定人が 2013 年に言いだしたこと.
私(河合)は,現代化学誌 2013 年 6 月号の「和歌山毒物カレー事件の鑑定の信頼性は十分
であったか」と題する論文(pp.42-46)において,中井鑑定の間違いを指摘した.この論文に
対して,中井鑑定人は 2013 年 8 月号の同誌の論文において,指標元素は「原子レベルで均
一」でなければならないと言い訳を始めた(中井泉,寺田靖子:放射光 X 線分析による和歌
山毒カレー事件の鑑定-鑑定の信頼性に対する疑問に答える-,現代化学,2013 年 8 月号,
pp.25-31).この中井・寺田論文の抜粋を Fig.6 に示す.
「原子レベルで均一」という文言は,第 43 回公判(平成 12 年 10 月)中井証言にも出てく
るが,指標元素として重要だという証言ではない.そのため,「原子レベルで均一」という
指標元素の条件は確定審判決(平成 14 年 12 月)には記載されていない.確定審判決において
指標元素の選定基準は次のとおり述べられている.
「中井教授は,異同織別とは物質の起源を明らかにすることであり,特定の原料鉱石から
一定の方法により特定の工場で製造されるという亜砒酸の製造工程を考えると,もともと
の製造段階における物質の特徴を明らかにする必要があると考えた。そのため,中井教授
は,亜砒酸に本質的に入りやすい元素に着目し,その観点から上記元素に検討を加え,①
アンチモンとビスマスは,鉱石中に含まれる元素で砒素と同族で化学的性質が似ており,
自然界で砒素と一緒に動きやすい元素であること,②スズとモリブデンは亜砒酸を製造す
る際の鉱石中に含まれやすい元素であること,③この 4 元素は,自然界又は生活環境の中
に,鑑定結果に影響を与えるほどの量では存在しない元素であり,環境由来の汚染を考え
にくい元素であること,④この 4 元素はスペクトル上はっきりと表れていたことから,ス
ズ,アンチモン,ビスマス,モリブデンを異同識別の指標元素とした(以下,
「指標 4 元素」
という。)。」
(地裁判決 pp.126-127)
なお確定審判決 pp.126-127 の根拠となった中井証言は,以下のとおりである.
「異同織別というのは,その物質の起源を明らかにするということが,本質的に重要です。
起源というのは何かと言いますと,その亜砒酸がどこでいつごろ造られたものかと言うこ
とですね。工業製品ですから,ある鉱山から,その鉱石を持ってきて,ある方法によって,
その工場で造られるわけですね。その起源が同じかどうかということが,異同識別に当た
ると考えます。そうしますと,そのもともとの製造段階における物質の特徴を明らかにす
る必要があるわけですけれども..
.
」(第 34 回公判中井証言 pp.67-68)
和歌山地方検察庁検察官 大谷晃大検事の中井鑑定人に対する鑑定嘱託書(甲 1169)の「鑑
定事項」には「各粉末ないし各付着物(亜ヒ酸)の異同識別」とある.すなわち,中井鑑定人
がすべき鑑定は,「起源を明らかにすること」を含んでも良いが,それだけではなく,それ
ぞれの「各粉末ないし各付着物」すなわちセメントやデンプンも含めた総体として,どれ
とどれが同一で,どれが異なるかを,異同識別することであった.
15
上述の第 34 回公判中井証言にアンダーラインで示したように,中井鑑定は,亜ヒ酸の起
源が,「ある鉱山から,その鉱石を持ってきて,ある方法によって,その工場で造られるわ
けですね。その起源が同じかどうかということ」を示したに過ぎない.起源解析は異同識
別の一部であって異同識別と等価ではない.起源が同一なのは犯人特定の必要条件であっ
て十分条件ではない.セメントやデンプンの存在や亜ヒ酸純度の大小関係をみると,亜ヒ
酸証拠 6 点のすべてにおいて紙コップとの同一性という十分条件を満たしていないことを
私(河合)は証明した(意見書(1)表 1 の弁 29,32,32 付録,33).
シロアリ駆除剤として使われた和歌山の関係者宅で発見された証拠亜ヒ酸には,セメン
トやデンプンが大量に混入したものが 4 点,購入したまま混ぜ物がない亜ヒ酸が 2 点あっ
た.体積割合で 5 割近いデンプンやセメントが混合された低濃度亜ヒ酸を紙コップに汲み
とったことにより亜ヒ酸 98.8%まで高純度化することはあり得ない.
「亜ヒ酸に製造時から
含まれている」元素だけで「同一物」と断定した中井鑑定書甲 1170 の記述の言い訳のため
に,「原子レベルで均一」であることを指標元素の選定基準として格上げしたのが,現代化
学誌 2013 年 8 月号中井・寺田論文である.苦しい言い訳である.
セメントやデンプンにも着目すると,もし判決が正しければ,紙コップで汲むだけで亜
ヒ酸の高純度化,セメントやデンプンの消失などが生じなければならないことを私(河合)
は指摘した.この矛盾は判決の致命的な誤りである.この矛盾は裁判では誰一人として気
づかなかった矛盾点であって,これこそ新事実の発見である.判決の言う通りには事件が
経過しなかったこと,因果関係が逆転していることを私(河合)は発見し証明した.
➌ 和歌山地裁が平成 26 年に「原子レベルで均一」の妥当性を検討した事実とその理由.
和歌山地方検察庁検察官 上坂和央検事は,平成 25 年 11 月 19 日付の「意見書」を,現
代化学誌中井・寺田論文(2013 年 8 月号 pp.25-31)と私(河合)の同誌論文(2013 年 6 月号 pp.
42-46)と共に和歌山地裁へ提出した.和歌山地裁浅見健次郎裁判長裁判官,溝田泰之裁判官,
森優介裁判官はこの中井・寺田論文を基に作成した平成 26 年 6 月 30 日付「鑑定及び証拠
開示命令の申出について」と題する文書において,「なお,弁護人は,京都大学大学院工学
研究科教授河合潤作成の文献(河合:文献の詳細は省略)を前提に,異同識別において指
標元素をアンチモン,スズ,ビスマス,モリブデンに限定することは妥当ではなく,軽元
素に着目した再鑑定が必要である旨主張しているので,この点について検討を加えておく」
として,中井鑑定人の証人尋問調書から原子レベルで均一という供述を探し,「そして,中
井は,上記指標元素以外の元素については,バリウムについては,製造後に混入されたセ
メントに由来するものであり原子レベルで亜砒酸と均一に混ざり合うものではないので,X
線を当てた場所によって検出される場合とされない場合があるため異同識別の指標となら
ないし,亜鉛は,砒素に本質的に含まれているものではないので,比較する意味があると
は思わない旨供述し,確定審判決も,中井供述を容れて,異同識別の指標として,上記 4
元素を選定している」,
「以上のような点に加えて,確定審の関係各証拠によれば,バリウ
ムは原料鉱石中に含まれているとは考えにくいこと,現に同一資料間でも検出にばらつき
があることが認められるところ,これらの点に照らすと,亜砒酸製造後に混入された鉄や
16
亜鉛,バリウムが,亜砒酸と原子レベルで混ざり合うことがないために蛍光X線分析の指
標として適さないという点は十分に首肯できるところであり,中井亜砒酸鑑定が専門的知
見に基づく合理的なものであるという点はいささかも揺らぐものではないのであって,そ
の信用性は十分に肯定できる」と結論した.
それにしても,大量のデンプンやセメントに対する私の指摘はいつの間にか ppm の鉄や
亜鉛やバリウムだけの議論にすり替えられている.もしも判決が正しければ体積の半分も
混入した大量のセメントやデンプンが紙コップから消失しなければならないことになる.
確定審判決の破たんは誰の目にも明らかであり,浅見健次郎裁判長裁判官らはセメントや
デンプンにあえて言及することを避けているとしか思えない.
再審が開始されていないにもかかわらず,浅見健次郎裁判長裁判官らが「この点につい
て検討を加えておく」とわざわざ検討を加えた理由は,中井鑑定人が主張し始めた「原子
レベルで均一」という指標元素選定理由が,確定審判決に記載されていない新しい基準だ
からである.
ところで,➋の引用部分に下線で示したように「中井教授は,異同織別とは物質の起源
を明らかにすることであり」
(地裁判決 pp.126-127)とある.ここで「起源」とは何年前ま
でさかのぼる起源を確定審では意味したのであろうか?
①
中国でヒ素鉱床が形成された数億年,数十億年前にさかのぼる起源.
②
中国の亜ヒ酸工場で亜ヒ酸を製造した同一ロットまでさかのぼる起源.この起源は M
所有の緑色ドラム缶までさかのぼる起源と同じ意味である.
③
林台所プラスチック容器等にさかのぼる起源.
中井鑑定書甲 1170 において,メキシコ産などの亜ヒ酸と,事件に関連した亜ヒ酸のアン
チモン,スズ,ビスマスなどの不純物ピーク強度比が異なることを中井鑑定人は示した.
これは①を示したことにあたる.中国産の M 緑色ドラム缶の鉱床とメキシコの鉱床とでは,
当然その含む不純物元素の異なることが甲 1170 で証明されている.
中井鑑定書甲 1300 において住友金属鉱山株式会社製の亜ヒ酸のアンチモンピークがロッ
トごとに変化することが証明されたことになっている.本意見書(1)の Fig.2,Fig.3 お
よび弁 33,弁 34 で証明した通り,甲 1300 では X 線検出器が飽和し,鑑定書の X 線強度
比測定の信頼性が低いうえに,その際の公判における中井証言は偽証であることを証明し
た.従って,ロットが違えば成分比は多少は変化するはずであるが,それがどの程度であ
るのか,すなわちロットの同一性②は未だ証明されていない.
紙コップ亜ヒ酸は,③林台所プラスチック容器等にさかのぼるものであるのか?しかし,
弁 32 で証明した通り,また本意見書(1)2.3 節で述べたとおり,林台所プラスチック付
着亜ヒ酸のバリウム濃度は 24~36ppm であり,これは関連証拠亜ヒ酸中で最高濃度であっ
たことから,林台所プラスチック容器付着ヒ素濃度は,中井 X 線測定値に基づけば紙コッ
プ付着ヒ素濃度の 1/7~1/3 でしかない(弁 32).バリウムは,たとえ「X 線を当てた場所に
よって検出される場合とされない場合」があっても林台所プラスチック容器亜ヒ酸には 24
17
~36ppm という関連証拠亜ヒ酸中で最高濃度のバリウムが検出されたのでセメントが大量
に混入していたと判定できる.従って,林台所プラスチック容器の亜ヒ酸を紙コップに汲
んだことは積極的に否定できる.紙コップの亜ヒ酸の起源は,林台所プラスチック容器で
はありえない.
「M 白色缶(重)」,
「M 茶色プラスチック」,
「T ミルク缶」という低濃度亜ヒ酸が紙コップ
内で高純度化することはない.したがってその起源たりえない.紙コップ亜ヒ酸は「M 緑
色ドラム缶」や「M ミルク缶」よりもやや低濃度であるが,バリウムの有無という相違点
があるため,
「M 緑色ドラム缶」や「M ミルク缶」の亜ヒ酸を直接紙コップに入れて持って
きたものではない.
「M 緑色ドラム缶」と「M ミルク缶」は紙コップの直近の起源ではありえないが,もと
もと中国から輸入された「M 緑色ドラム缶」に入っていた亜ヒ酸が,
「M ミルク缶」を経る・
経ないにかかわらず何らかの経路を経てその結果として,バリウムを 400ppm 含む*3 セメ
ントか砂かが 1.2%混入し,最終的に紙コップに付着した可能性を指摘できるが,実はこの
経路は以下のように科警研丸茂鑑定甲 1168 のデータを精査すると否定できる.
「原子レベルで均一」に混ざっているセレン(Se),スズ(Sn),アンチモン(Sb),鉛(Pb),
ビスマス(Bi),ヒ素(As)の分析値は,丸茂鑑定書甲 1168 表 3 に掲載されており,本意見書
(2)の Table 2 として再録した.
「M 緑色ドラム缶」が関係証拠亜ヒ酸のルーツであると
考えられているので,
「M 緑色ドラム缶」と「紙コップ」(Table3-1),
「M ミルク缶」(Table3-2),
「M 白色缶(重)」(Table3-3),
「M 茶色プラスチック」(Table3-4),
「T ミルク缶」(Table3-5)
とを個別に比較したのが Table 3 の 5 つの表である.
「M 緑色ドラム缶」に含まれるセレン,
スズ,アンチモン,鉛,ビスマス,ヒ素が,
「紙コップ」,
「M ミルク缶」,
「M 白色缶(重)」,
「M 茶色プラスチック」
,「T ミルク缶」に移ったことによって,各元素ごとにどれだけ減
少したかを,
「M 緑色ドラム缶」の含有量を基準として計算した結果を,Table 3 の各表の
右端の列に示した.この値の標準偏差(バラツキ)も誤差の伝播式により計算可能であるが,
丸茂鑑定書甲 1168 表 3 にはいくつかミスプリがあるようなので,Table 3 には記載しなか
った.右端の列値がセレン,スズ,アンチモン,鉛,ビスマス,ヒ素の 6 元素で一致すれ
ば,
「M 緑色ドラム缶」の亜ヒ酸にルーツがあることが結論できる.これらの元素は「原子
レベルで均一」に混ざっているので,デンプンやセメントが原子レベルで不均一に混ざっ
ていても,ルーツが同一ならば一致する.Table 3 の各表の脚注に述べた通り,「M 緑色ド
ラム缶」,「M ミルク缶」
,「M 茶色プラスチック」
,「T ミルク缶」の 4 点の亜ヒ酸は同一の
ルーツと考えてよいことがわかる.一方,「紙コップ」と「M 白色缶(重)」は上記 4 点とは
異なる傾向を示す.さらに「紙コップ」と「M 白色缶(重)」とでも,Table 3 と同じ解析を
行ったところ,互いに異なる傾向を示したので,ルーツは異なる.
*3
弁 32 表 1 にまとめたように,谷口・早川鑑定では紙コップ付着亜ヒ酸の 5ppm がバリウムであると定
量した.科警研丸茂鑑定(甲 1168)によると亜ヒ酸は 98.8%なので,残り 1.2%は砂かセメントと考えられ,
砂かセメント中のバリウム濃度は 420ppm(=5÷0.012)と計算できる.砂岩や頁岩には通常 300~700ppm
のバリウムが含有される.
18
Table 2.丸茂鑑定甲 1168 の表 3.
註:各鑑定資料番号の意味「紙コップ」等は私(河合)が説明を追加した.
Table 3-1.紙コップ(1)の起源が M 緑色ドラム缶(2)である可能性の検討.
元素
紙コップ a
M 緑色ドラム缶 b
Se
1.11
0.99±0.19
+0.12
Sn
0.25
0.23±0.03
+0.09
Sb
0.23
0.27±0.01
-0.15
Pb
1.80
1.98±0.04
-0.09
Bi
0.55
0.57±0.06
-0.04
As
7478
7695±337
-0.03
濃度は Table 2 と同じ単位.濃度の単位は Tables 2,3-1~3-5 で共通.
Tables 3-2,3-4,3-5 の右端列のバラツキに比べて,Table 3-1 右端列の数値のバラツキは
大きい.すなわち,Table 3-1 は+0.12 から-0.15 まで大きくばらつくので,紙コップ付着亜
ヒ酸のルーツは,M 緑色ドラム缶ではありえない.
Table 3-2.M ミルク缶(3)の起源が M 緑色ドラム缶である可能性の検討.
元素
M ミルク缶 c
M 緑色ドラム缶 b
Se
0.96±0.24
0.99±0.19
-0.03
Sn
0.23±0.02
0.23±0.03
0.00
Sb
0.27±0.01
0.27±0.01
0.00
Pb
1.95±0.03
1.98±0.04
-0.02
Bi
0.55±3.2#
0.57±0.06
-0.04
As
7757±403
7695±337
+0.01
#ミスプリと思われる.
6 元素の平均(標準偏差の大きさに応じて,本来は加重平均を取るべきであるが,単純平均
とした.他も同様)は-0.01 でバラツキも小さいので,両者は濃度も含めて同一物であるとし
て矛盾はない.
19
Table 3-3.M 白色缶(重)(4)の起源が M 緑色ドラム缶である可能性の検討.
元素
M 白色缶(重)d
M 緑色ドラム缶 b
Se
1.04±0.13
0.99±0.19
+0.05
Sn
0.24±0.06
0.23±0.03
+0.04
Sb
0.28±0.07
0.27±0.01
+0.04
Pb
1.75±0.08
1.98±0.04
-0.12
Bi
0.62±0.2#
0.57±0.06
+0.09
As
6860±220
7695±337
-0.11
#ミスプリと思われる.
+0.09(Bi)から-0.12(Pb)までバラツキが大きく,M 緑色ドラム缶とはルーツが異なると結論
すべきである.再鑑定が必要である.
Table 3-4.M 茶色プラスチック(5)の起源が M 緑色ドラム缶である可能性の検討.
元素
M 茶色プラスチック e
M 緑色ドラム缶 b
Se
0.96±0.02
0.99±0.19
-0.03
Sn
0.20±0.02
0.23±0.03
-0.13
Sb
0.23±0.02
0.27±0.01
-0.15
Pb
1.66±0.03
1.98±0.04
-0.16
Bi
0.49±0.01
0.57±0.06
-0.14
As
6565±162
7695±337
-0.15
Se を除く 5 元素の平均が-0.15 でバラツキも小さいので,M 緑色ドラム缶からヒ素濃度が
15%減少するように混ぜ物をしたとして矛盾はない.ただし Se は,分析ミスまたは記載ミ
スと思われる.
Table 3-5.T ミルク缶(6)の起源が M 緑色ドラム缶である可能性の検討.
元素
T ミルク缶 f
M 緑色ドラム缶 b
Se
0.62#±0.07
0.99±0.19
-0.37
Sn
0.14±0.02
0.23±0.03
-0.39
Sb
0.16±0.02
0.27±0.01
-0.41
Pb
1.24±0.05
1.98±0.04
-0.37
Bi
0.35±0.02
0.57±0.06
-0.39
As
4873±82
7695±337
-0.37
#Table
2 の「0.62.0」はミスプリ.6 元素の平均は-0.38 でバラツキも小さいので,M 緑色
ドラム缶からヒ素濃度が 38%減少するように混ぜ物をしたとして矛盾はない.
20
すなわち,科警研の丸茂鑑定結果(甲 1168)を整理し直すと,①「紙コップ」の 1 点,②
「M 緑色ドラム缶」,
「M ミルク缶」
,
「M 茶色プラスチック」
,
「T ミルク缶」の 4 点,③「M
白色缶(重)」の 1 点,という似た亜ヒ酸であっても,3 つルーツがあったと結論せざるを得
ない.
確定審判決で,6 つの亜ヒ酸のいずれかが紙コップを経由してカレーに投入されたと認定
したのは,当然ながら,セメントやデンプンの存在が重要だと私が指摘する以前であり,
誰もその矛盾点に気づかなかったからである.いったん私(河合)がこの矛盾に気づき,指摘
を始めると,聞いた瞬間に誰もが確定審判決の誤りに気づくこととなった.事実,2015 年
3 月 1 日龍谷大学で開催の公開シンポジウム「科学鑑定と裁判―あるべき科学鑑定を求めて
―」(文科省科研費新学術領域「犯罪者・非行少年処遇における人間科学的知見の活用に関
する総合的研究」)では,丸茂義輝 元科学警察研究所副所長は「T ミルク缶」などを除外し
た上で,カレーに混入された亜ヒ酸の起源が「M 緑色ドラム缶」と「M ミルク缶」の 2 つ
のみであることを前提に講演した.丸茂鑑定甲 1168 では,本意見書(2)の Table 3 で行
った起源解析はされていない.Table 3 の解析は,従来にない新しい証拠である.脚注*3 に
述べたように 420ppm ものバリウムを含む砂かセメントがどういう経路で混入したかは未
解明のままである.さらに Table 3-1 に示したように「原子レベルで均一」に混ざっている
セレン,スズ,アンチモン,鉛,ビスマス,ヒ素の比率が,「紙コップ」とそれ以外の証拠
亜ヒ酸とでは有意に異なるので,科警研の丸茂鑑定書甲 1168 の分析値が正しいなら,紙コ
ップのルーツは M 緑色ドラム缶ではありえない.
確定審判決は,M 緑色ドラム缶,M ミルク缶,M 白色缶(重),M 茶色プラスチック,T
ミルク缶,林台所プラスチック容器の「いずれかの亜砒酸を,本件青色紙コップに入れて
ガレージに持ち込んだ上,東カレー鍋に混入したという事実が,合理的な疑いを入れる余
地がないほど高度の蓋然性を持って認められるのである」と自信を持って結論した.
確定審では,紙コップ亜ヒ酸の最上流のルーツが M 緑色ドラム缶であることが確実と思
われていたので,「M 緑色亜ヒ酸を,本件青色紙コップに入れて..
.」と言えば充分であっ
たはずであるにもかかわらず,わざわざ 6 点の「いずれかの亜ヒ酸を,本件青色紙コップ
に入れて..
.
」と判決に記載したのは,これら 6 点が並立するものではなく,「T ミルク缶」
と「林台所プラスチック容器」が特に重要だと認識していたからであろう.しかし 6 点中
これら 4 点もの重要な亜ヒ酸が,濃度だけでも見当はずれであったことが明白となった.
残る 2 点「M 緑色ドラム缶」と「M ミルク缶」が紙コップのルーツであることも,甲 1300
の虚偽が明らかになり,Table 3 の解析の通り「原子レベルで均一」な元素の濃度比率が有
意に異なる点も明らかになった現在,残る 2 点「M 緑色ドラム缶」と「M ミルク缶」が紙
コップのルーツたることも否定される.ヒ素濃度の高純度化や 6 元素(セレン,スズ,アン
チモン,鉛,ビスマス,ヒ素)の希釈比率という簡単な事実の見直しだけで,判決の根拠が
次々に崩れている.
当時の報道によれば林真須美が最も疑わしい人物であった.しかし科学鑑定の結果は,
林真須美の無実を冷徹に示している.見かけでは極めて怪しい林真須美であるが,紙コッ
21
プのルーツとなる亜ヒ酸は,M 家,T 家,林家のどこにも所持されていなかったことを科
学鑑定は示している.
もし中井鑑定人が「似てはいるが同一物ではない」,「自分の鑑定では同一物とは断定で
きない」などと正しく鑑定書に記載していたなら,1998 年当時和歌山県警は,紙コップ付
着亜ヒ酸の組成に一致する亜ヒ酸とその所有者を探したはずである.中井鑑定によって捜
査方針をかく乱され,十分な証拠もないまま逮捕に踏み切った和歌山県警迷走の原因は,
中井鑑定人による鑑定不正にある.
➍「粒子レベルで均一」であれば十分であること.
亜ヒ酸粒子とセメント粒子(またはデンプン粒子)とを,体積比で 1:1 に混合すれば,
「粒子レベルで均一」に混ざった紛体混合物となる.証拠亜ヒ酸紛体中のセメント粒子を
人口に例えれば,38 万人中の 9 人の A 国人というような稀少量ではなく,和歌山市総人口
38 万人(亜ヒ酸粉末と混ぜ物の総体)の中に 19 万人の男性(亜ヒ酸)と 19 万人の女性(デンプ
ン+セメント粒子)が居住しているのと同様である.粒子数濃度 50%の混合物の紛体は,100
個の粒子を無作為抽出して蛍光 X 線分析すれば,たとえ「原子レベルで均一」に混ざって
いなくても,また単分散粒子であるかないかにかかわらず,亜ヒ酸の濃度が正しく定量で
きる.粒子数濃度 1%なら 1000 個の粒子を蛍光 X 線分析すれば十分な精度で定量可能であ
る.
①絶対量(0.1mg か 250mg か),②不純物濃度(27ppm か 64%か),③異同識別に必要な分
析精度(何%の精度か),④用いる分析法の感度(ppm かどうか),
⑤粒子の分散状態(単分散か),
等に応じて,必要なサンプリング粒子数は変化する.「原子レベルで均一」でなければ指標
元素にできないと平成 26 年 12 月 18 日付意見書で言う中井鑑定人は,分析化学の基本常識
さえ持たないか,あるいは知りながら虚偽の意見書を提出したかのいずれかである.
中井鑑定人が SPring-8 シンクロトロン放射光で分析した亜ヒ酸は 2.4 節で述べたように
0.1 ミリグラム(すなわち一粒)であった.したがって中井鑑定は「原子レベルで均一」な元
素を指標とするしかなかった.一方で科警研が分析した亜ヒ酸は 21.9mg~250mg であった
(甲 1168).科警研が分析した紙コップ付着亜ヒ酸には,約 1%のセメントか砂かが混入して
いた.本意見書(1)2.4 節 Fig.1 の写真を拡大すれば明白なように,紙コップ亜ヒ酸は,
概略 100 マイクロメートル径の粒子からなり,
最低でも 300 個以上を数えることができる.
Fig.1 は約 5mg であって,科警研が分析のために消費したのは 21.9mg であるから,優に
1000 個を超える.したがって,科警研が 21.9mg から求めた亜ヒ酸濃度 98.8%は,統計学
的に信頼できる数値である.「M 白色缶(重)」,「M 茶色プラスチック」,
「T ミルク缶」には
64~91 重量%の亜ヒ酸と 36~9%のセメント・砂・デンプン等が混ざっていたので,たと
え「原子レベルで均一」でなくても十分な精度で異同識別が可能であった.
「原子レベルで均一」という指標元素選択の基準は,中井鑑定人が 0.1 ミリグラム 1 粒の
粒子しか分析しなかったことの言い訳であり,2013 年になってにわかに重視し始めたごま
かしの理由に過ぎない.中井鑑定人が分析した 0.1 ミリグラム 1 粒の粒子(林台所プラスチ
ック付着)は,単分散粒子ではなく凝集粒子であって,1 粒子内部で亜ヒ酸とセメントの混
22
合は進んでいた.したがって 1 粒を分析しても,紙コップと比較して,林台所プラスチッ
ク容器付着粒子は,主成分(ヒ素)が少なく,第 2 成分(バリウムを含むセメントか砂)が多い
という事実は結論できる.
本当の起源解析とは,Table 3 で行ったような解析を指すものであり,丸茂鑑定が正しけ
れば,「青色紙コップ」付着亜ヒ酸のルーツは,確定審が総合判断した「M 緑色ドラム缶」
ではなく,似てはいるが,別物であり,おそらく別のドラム缶由来のものである.
浅見健次郎裁判長裁判官,溝田泰之裁判官,森優介裁判官は,現代化学誌中井・寺田論
文に易々と騙されたと言わざるを得ない.
意見書 (3)へつづく.2015 年 4 月 25 日(土)に提出予定.
訂正:意見書(1)p.1 「表 1」(2 か所)を「Table 1」に訂正する.本意見書の図・表を Fig.・
Table と統一的に英字表記するための訂正である.
23