『永遠に美しく』思い出して、素敵な私 ~ひとりからチーム全体への

『永遠に美しく』思い出して、素敵な私
~ひとりからチーム全体への取り組みへ~
横浜市青葉区 グランクレール藤が丘
介護士 荻原 英美
1.はじめに
5 年ごとに行っている内閣府による 60 歳以上の男女 5,000 人を対象とした『高
齢者の日常生活に関する意識調査』によると、高齢者のおしゃれへの関心度が
年々高まってきているという(平成 21 年度結果)。おしゃれへの関心度につい
て「おしゃれをしたい」と回答した人の割合は 60.2%で、過去の調査と比較す
ると増加傾向にあり、特に女性は 7 割が「おしゃれをしたい」と考えているよ
うである。
現在施設に入居している人々も例外ではなく、たとえ認知症になったとして
も美への欲求を満たして心地よく過ごしてもらいたい。そこで今回は美しくな
る契機となった取り組みを発表したいと思う。
2.取り組みの契機
契機は化粧品会社でコンサルタント経験のある介護士による、たった一人で
の取り組みだった。当時の入居者の肌は乾燥してハリがなく、日常的な手入れ
がほとんど行われていない状況がとても気になっていた。施設の特性上認知症
の人が多く、自力での手入れは行えなくなっていた。自分が輝いていた頃の社
会性や習慣を少しでも取り戻して欲しいという一心で手入れの援助介入の取り
組みを始めた。
3.取り組みの拡大
効果はすぐに現れ始め、入居者の肌に潤いとハリが出て来た。
その変化に気付いた他の介護士が興味を持ち、マッサージの勉強会を実施し、
フロアー全体の取り組みへと拡大していった。徐々に入居者の心の変化も現れ
始め、さらにメークへと発展していった。
4.取り組み内容
①目的:かつて行っていた日常的な習慣を取り入れた社会性の復活
②期間:平成 26 年 6 月~継続中
③対象人数:8 名
④方法:毎日の起床介助時と就床介助時の 2 回(及び適時)、約 3 分間のフェ
イスマッサージを下図のように実施
①
②
③
※①保湿クリームを使用して、矢印に沿って顔全体の血行を促進、②矢印に
沿って血流マッサージ、③矢印の耳~首~鎖骨のリンパ腺に沿って流す
5.経過
ケース①『生活のハリの復活』:S さん、女性、90 歳、要介護 2
S さんは元々身だしなみにはこだわりがあり、その日に着る服は必ず自分で選
んでいた。以前はスキンケアや化粧も自分で行っていたが、最近は自力で行う
ことが困難になっていた。フェイスマッサージを行うととても気持ちが良いと
感激し、「今日はまだなの?」と楽しみに待つようになった。その他にも
「ここに来てマッサージをしてもらったことは、一生の思い出です」
「(鏡を見て)これが本来の私ですね。これでもう一度お嫁に行けるわね」
「次は赤い口紅を買ってきてくださる?」
などと“もっときれいになりたい”という気持ちが言葉となって現れてきた。
ケース②『自立心、自尊心の回復』:O さん、女性、91 歳、要介護 3
O さんはアクセサリーなどのきらびやかな物を身につけておしゃれをするこ
とが大好きである。認知症状があり、身の周りのことが行えなくなってくると、
自身の排泄物を自分のものとして捉えることができず不穏になる傾向があった。
しかしマッサージ開始後の排泄介助では、自身の排泄物を認識し「こんな汚いこ
とをさせてごめんなさいね」と介護士に労いの言葉をかけ、介助に協力的な姿勢
が見られるようになった。現在では自発的に口紅を引いたり、整髪を行なった
りもしている。
ケース③『家族の満足度の向上、発語の復活』
:W さん、女性、84 歳、要介護 5
W さんは時々「はい…」と言う以外はほとんど発語がなく、自発的に動くこと
もない。しかし若い頃は茶道の先生で、毎日きちんとした身なりで過ごしてい
たという。ある日、家族の面会時にマッサージと化粧を施すと家族が大変に喜
んだ。その後もマッサージやメークを継続していくと徐々に発語が増え、自分
の食べたい物などを伝えることができるようになった。また以前は完全にペー
スト食であったが、今では好物の鰻もしっかりと咀嚼して食べるようになり、
週末には少量のワインも楽しめるようになった。
6.考察
フェイスマッサージから得られる効果は心理的効果と身体的効果の大きく二
つの側面が考えられる。
S さんの場合は元々スキンケアを自分で行っていたが、高齢になってきたこと
でセルフケア能力が低下していた。そこを介護士が補ったことで過去の習慣を
取り戻すことができ、
“もっときれいになりたい”という欲求が毎日楽しみにマ
ッサージを待つ姿勢につながっていったのではないだろうか。
O さんの場合はマッサージすることでリラックス効果を得られ、心理的効果
を促す結果になった。
W さんの場合はマッサージで五感を刺激することで覚醒を促すことにつなが
り、覚醒時間が増えたことで発語する機会が増えていったのではないかと考え
られる。
これまでは清潔保持として捉えられていた起床介助や就床介助に 3 分程度の
マッサージを加えたことで多くの効果を実感できたため、チームのモチベーシ
ョンもどんどん高まっている。今後は入居者の性を問わず、フロアー内の取り
組みから施設全体の取り組みへと発展させたい。施設でのイベント時に “おし
ゃれ”の援助を積極的に組み入れ、本人だけではなく家族も一緒に楽しんで欲
しい。そして終末期を迎える時は最期の癒しとしてのアロマテラピーやマッサ
ージを、死去後はエンゼルメイクを施し、
『永遠に美しく』生涯を送るための援
助を目指していきたい。これは当施設の行動指針のひとつである“ひとりひと
りの生き方を尊重し、自分らしく生活できる支援”にも合致している。
7.おわりに
イギリスの女性社会活動家のマリー・ストープスの名言で「16 歳で美しいの
は自慢にならない。でも 60 歳で美しければ、それは魂の美しさだ」というもの
がある。
まだまだ始まったばかりの取り組みであるが、我々グランクレール藤が丘では、
入居者に対し心身共に美しくハリのある生活と自分らしさを大切にしたチーム
ケアをこれからも追求していきたい。そしてやがて迎える死の瞬間まで、五感
への心地よい刺激を通じて安楽に過ごし、入居者本人だけにとどまらず家族へ
も満足感を提供できるような総合的な援助を目指していきたいと考えている。