労働者派遣法の本質的考察(PDF)

2013 年 9 月
労働者派遣法の本質的考察
Ⅰ
序論
Ⅱ
労働者派遣法の制定
1 第二次世界大戦後
2 労働者派遣法制定過程
3
Ⅲ
1985 年労働者派遣法概要
労働者派遣法と社会の動向
1 労働者派遣法の変遷
2 派遣労働の実態
3 現行労働者派遣法の概要
Ⅳ
労働者派遣法の理念
1 労働者派遣法の基本的意義の検討
2 労働者派遣法の根本的理念
Ⅴ
結語
1
Ⅰ
序論
労働者派遣法(以下、派遣法)は 1985 年に制定されて以来、数度の改正を経て現在に至
っている法律である。派遣法の改正問題は現在でも政策上の重要争点であるために1、改正
がなされるのか否か、されるとしていかなる内容に落ち着くのかきわめて不透明2な法律で
あるといえる。
労働者派遣制度のあり方をめぐっての中心的な議論は、今後労働者派遣をどうするかと
いう法政策(立法論)である3。法政策の議論にあたっては、労働者派遣の将来像について
は直接雇用が労働法上の原則論であるとして労働者派遣をあくまで例外とする考え4と、直
接雇用を原則と位置付けることなく派遣労働も自由な就労形態のひとつとする考え5の、根
本的に相反する二つの立場があるとされる6。こうした考えの相違に基づく議論は直ちに決
着をつけられるものでなく、現在も改正の動きが見られることを踏まえると、今後とも労
働者派遣法をめぐる議論は立法論が中心となろう。
しかし本稿ではそうした立法論の議論から離れて、派遣法とは何であるかについて検討
することが目的である。その基本的な視座としては、派遣法が制定者の意思を離れて独立
した存在を持っていると考えることである7。このように考えるのは、派遣法は前述の通り
改正が多く、立法論の中で扱われることがほとんどである。そのため改正の少ない法律に
くらべると、立法による規範である「法律」と社会そのものに存在する規範である「法」
との区別が意識されにくく8、
「法律」そのものと、その実際の機能としての「法」が同一視
派遣法は 2012 年に改正されたものの、本改正で見送られた論点について議論するため、2012 年 10 月
より「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」において議論が開始されている。
2 本庄淳志「派遣先での直用化をめぐる諸問題―派遣労働者の保護をいかにして図るべきか」季刊労働法
231 号(2010)26 頁。
3 本庄淳志「労働者派遣をめぐる法理論」季刊労働法 233 号(2011)202 頁。
4 直接雇用の原則を正面から認める文献として、
矢部恒夫「労働者派遣法」日本労働法学会誌 103 号(2004)
117 頁、沼田雅之「労務供給の多様化と直接雇用の原則」日本労働法学会誌 112 号(2008)35 頁、浜村彰
「労働者派遣の今後の法的規制のあり方」日本労働法学会誌 112 号(2008)44 頁、毛塚勝利「偽装請負・
違法派遣と受入企業の雇用責任―松下プラズマディスプレイ(パスコ)事件高裁判決にみる『黙示の労働
契約』論の意義と課題」労働判例 966 号(2008)5 頁、西谷敏「派遣法改正の基本的視点」労働法律旬報
1694 号(2009)6 頁、萬井隆令「労務提供に関わる三者間関係の概念について―労働者供給・派遣・出向
の概念と相互の関連」日本労働法学会誌 114 号(2009)70 頁、鄒庭雲「派遣先事業主の責任の再構成に向
けて」季刊労働法 231 号(2010)14 頁。直接雇用の原則を疑問視する文献として本庄・前掲注(1)が挙
げられるが、当該原則を擁護する立場からの反論がある。
(和田肇「標準的労働関係との訣別か」菅野和夫
先生古稀記念論集『労働法学の展望』有斐閣(2013)17 頁。)
5 直接雇用の原則に批判的な文献として、馬渡淳一郎『三者間労務供給契約の研究―労働者派遣法時代の
労働契約論』総合労働研究所(1992)36 頁以下。直接雇用を労働法の原則と位置付けていない代表的な文
献として、菅野和夫『労働法』
〔第 10 版〕弘文堂(2012)、荒木尚志『労働法』
〔第 2 版〕有斐閣(2013)。
6 本庄・前掲注(1)14 頁。
7 ホセ・ヨンパルト『法の世界と人間』三報社(2000)307 頁。
8 「法」と「法律」に厳密な定義を与えるのは難しく、またその必要もないと考える。ただ区別すること
には重要な意義がある。民法学者の星野英一博士は「法律」と「法」の一応の定義として「法律」とは「正
統な立法権・立法機関、現在では国会と地方議会が制定した規範」、法は「法律より広い意味の社会の規範」
であると述べる。
(星野英一『人間・社会・法―長崎純心レクチャーズ 11』創文社刊(2009)23 頁。)
「法」
は「社会のあるところ、そこに法がある」という法格言にもある通り、制定法のみを検討しても当該法の
1
2
されているのではないかとの疑問があるからである。
そこで本稿では、派遣法の制定背景、制定過程、裁判での用いられ方、社会への影響等、
派遣法を法社会学的な見地から考察する方法をとる。この方法をとることで、変化に注目
されがちな派遣法にも、制定時から変わらない機能を果たしている部分があることを明ら
かにする。そして、その機能こそが派遣法そのものが持つ法理念9であると考えるのである。
注意されたいのは、本稿の分析方法が派遣法の本質すべてを明らかにすると主張するも
のではないということである。本稿は派遣法の機能的、制度的アプローチの重要性を見過
ごしてはならないとの趣旨からこうした方法をとるのであって、決して法の目的的アプロ
ーチに意味がないと主張するのではない。ホセ・ヨンパルト博士が指摘するように、「機能
的アプローチのみからでは、法の恣意的内容についての判断基準が得られない」10のである。
したがって派遣法のあるべき法理念についてはまた違ったアプローチからの考察が必要で
あろう。そしてそうしたアプローチは、現に盛んに論じられている立法論や法哲学的な考
察がふさわしいと考えるのである。これらのアプローチが重要なことはいうまでもないが、
本稿の問題関心とは異なると述べるにとどまる。
本稿ではこうした意識から、「派遣法とはどうあるべきか」という問題ではなく、「派遣
法とは何か、派遣法とはどうあるか」について考察するものである。
Ⅱ
労働者派遣法の制定
1 第二次世界大戦後11
派遣法が制定されるまで、雇用のあり方に大きな影響を与えていたのが職業安定法(以
下、職安法)である。職安法は、1947 年 11 月 3 日に公布された日本国憲法の精神に則り、
1947 年 11 月 30 日公布、同年 12 月 1 日から施行された。敗戦後の日本は、GHQ の指揮の
下で労働の民主化が図られた。職安法も GHQ の強い影響力の下で作られたものであり、特
に労働者供給事業12を原則禁止としたことに特徴があるとされる13。
職安法制定以前の日本は、人夫供給業や親分子分等の親方制度といった封建的社会制度
が存在していた。ある労働者が請負先で働いて得た賃金であっても、実質的には親方に支
給されるようになっていた。親方は住居・衣服・食物すべてを労働者に支給していたため、
意義の一側面しか捉えられないと考えるのである。
9 「法理念」においても厳密な定義は非常に難しい。派遣法を法社会学的に分析する本稿においては、派
遣法が実際にどう機能しているのかということを、派遣法そのものがはじめからある一定の理念を持って
いたとみなして議論を進めることとする。
10 ホセ・ヨンパルト・前掲注(7)313 頁。
11 この項の参照として、濱口桂一郎『労働法政策』ミネルヴァ書房(2004)57 頁以下。
12
労働者供給とは、
「供給契約に基づいて労働者を他人に使用させること」
(旧 5 条 6 項)と定義されてい
た。
13
濱口桂一郎「労務サービスの法政策」季刊労働法 216 号(2007)119 頁。
3
その恩や義理で労働者は親方から離れられないようになっていたという。GHQ はこれらの
制度を大いに問題視した。そこで職安法 44 条において、許可を受けた労働組合を除いて全
面的に労働者供給事業が禁止された。
労働者供給事業は禁止されたものの、請負契約に基づき労働力を使用して作業を完成す
る場合との区別に困難が生じた14。1948 年 2 月、請負契約に基づく事業が労働者供給事業
に該当するか否かの判断基準として、職安法施行規則第 4 条15が追加された。その後、1950
年 10 月には、同施行規則 4 条の四要件すべてに該当する場合であっても、それが職安法 44
条の規定に違反することを故意に偽装し、事業の真の目的が労働者の受給にあるときは労
働者供給事業とする規定が追加された。これらの制度整備によって、親方等の労働ボス排
除は多大な成果を上げることとなった。
労働ボスの排除には成功したが、1960 年代の高度成長期の頃から重化学工業を中心に社
外工16、下請労働者が増大しつつあった。さらに 1970 年代の低成長期に入ると、減量経営、
人減らしの合理化が進められ、常用労働者が削減される一方で臨時雇(有期雇用労働者)、
パートタイマー、下請労働者の導入が目立つようになった。1966 年に設立されたアメリカ
企業の子会社であるマンパワー・ジャパン社が、企業側のニーズと派遣される労働者のニ
ーズに応える事業を始めて以来、国内で同様の事業を行う独立の企業体も現れるようにな
っていた。
下請労働者を元請企業に派遣する業務は、職安法 44 条の禁止する労働者供給事業に該当
するおそれが高いものであった。それでも同法施行規則 4 条の四要件を満たす独立の事業
体であれば、合法的な請負と判断されうるため慎重な判断が必要となる17。しかし学説から
は、下請業者が確固たる独立の事業体であったり、使用者として指揮監督の実権をもった
14
濱口氏はこの部分を問題とし、次のように述べる。「別の観点から見ると、戦後の法政策は、労働者供
給事業を(請負を偽装するものを含めて)徹底的に禁止する一方で、労働者供給事業ではないと認められ
た請負を、労働法規制から完全に免責するものであったとも言えます。工場法時代には、
『職工供給請負者、
事業請負者等ノ介在スル場合トヲ問ハス』工場主の職工と取り扱っていたのですから、労働者供給事業で
ない事業請負による労働者は対象からこぼれ落ちてしまったのです。」
なぜ労働者供給事業であるか、事業請負であるかの二者択一的になったのか。濱口氏は、
「労務供給請負
を含む商法上の広い概念であった『請負』が、それを含まない民法上の狭い概念である『請負』と混同さ
れ」たからではないかと述べる。このことが「後に労働者派遣法制定時に露呈するように、禁止されたは
ずの労働者供給事業における供給先責任をも不明確にしてしまった」とする。濱口前掲注(13)120 頁。
15
職安法施行規則第 4 条が定める要件は以下の四つである。
1 作業の完成について事業主としての財政上並びに法律上のすべての責任を負うものであること。
2 作業に従事する労働者を指揮監督するものであること。
3 作業に従事する労働者に対し、使用者として法律に規定されたすべての義務を負うものであること。
4 自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡単な工具を除く)若しくはその作業に必要な材料、
資材を使用し、又は専門的な企画、技術を必要とする作業を行なうものであって、単に肉体的な労働力を
提供するものではないこと。
16
社外工の概念は労働法上の用語ではなく、わが国産業社会で用いられていたといわれる。ここでは「親
会社から特定の仕事を請負った下請け業者の被用者として、親会社の構内で労務を提供している者」と定
義する。(川口実『特殊雇用関係―労働法実務大系 15』総合労働研究所(1974)146 頁。)
17 労働者供給の概念を整理しつつ問題点を挙げた文献として、萬井隆令・山崎友香「
『労働者供給』の概
念」労働法律旬報 1557 号(2003)6 頁。
4
りということは「一般にありえない」ことであるとの批判が見られた18。
自らの使用者があいまいとなって不安定な地位に立たされた労働者が、職安法 44 条違反
の有無を争うようになる中、社外工(下請労働者)と元請企業との間に(黙示の)労働契
約関係の存在を認容する訴訟も見られるようになる19。代表的な裁判例としては、新甲南鋼
材鉱業事件20、近畿放送事件21、青森放送事件22、サガテレビ事件一審判決23である。一方労
働契約の存在を認めなかったものとして、日本データ・ビジネス解雇事件24、ブリティッシ
18
本多淳亮「事業場内下請労働者の法的地位をめぐる最近動向」労働法律旬報 1011 号(1980)5 頁。
19
労働判例 332 号(1980)28 頁。
20
下請企業の実体が使用者としての役割を果たしておらず、親会社との間に従属関係があるという事実か
ら黙示の雇用(労働)契約関係を認めた事案。(神戸地判昭 47 年 8 月 1 日労働判例 161 号 30 頁。)
21
京都地決昭 51 年 5 月 10 日労働判例 252 号 16 頁。
22
建物及びその付属品の総合委託管理業務、建物の衛生、清掃用機械器具用品等の販売を主な業務とする
派遣元が、フィルム編集作業員を雇って放送局に派遣していた。派遣元の本来の業務がフィルム編集作業
を含まないことを重視し、その実体は派遣先の「労働者募集及び賃金支払の代行機関と同視し得るような
立場」にあったとして、労働者と派遣先との間に黙示の労働契約の成立を認めた。(青森地判昭 53 年 2 月
14 日労働判例 292 号 24 頁。)
23
派遣元と労働者における従属関係が派遣先と当該労働者における従属関係に較べて微々たるものであ
ると述べて、労働者がどちらかの労働契約を選択する権限があるのは当然として、派遣先と労働者の間に
労働契約があることを認定した事案。(佐賀地判昭 55 年 9 月 5 日労働判例 352 号 62 頁。)
24
この判決では派遣元の企業が独立の事業体であるかを詳細に検討した上で、黙示の労働契約が成立し得
る場合を次のように解している。
「黙示的にその成立が認めらるべき契約関係は労働契約であるから、単に
事実上の使用従属関係が存在するというだけでなく、経験則ないし一般社会通念上、一方労働者の側では
注文者をみずからの使用者と認め、その指揮・命令に従つて労務を供給する意思を有し、他方注文者の側
ではその労務に対する報酬として直接当該労働者に対し賃金を支払う意思を有するものと推認するに足る
だけの事情が存在するのでなければ、黙示的契約の成立を認めることができないことはいうまでもないと
ころであつて、したがつて、たとえば請負人の存在が職業安定法 44 条を故意に潜脱するための偽装的なも
ので、全く名目的なものにすぎないとか、請負人が独立の企業としての性格を失つて注文者の企業組織に
組み入れられてしまい、実質上注文者の労務担当の職制の一人にすぎなくなつているとかの事情がなけれ
ば、右のごとき黙示の労働契約の成立を認定することは困難といわなければならない。」
また職安法の解釈についても一般論を述べている。すなわち、派遣元の「事業が職業安定法施行規則 4 条
1 項各号の要件を完全に充たすものといいうるかどうかの点について若干の疑問がなくはないけれども、
職業安定法 44 条の規定が、従来の労働者供給事業において封建的な身分関係にも比すべき前近代的な人的
支配関係に基づいて労働者が供給使用せられ、中間搾取や強制労働の弊を伴い勝ちであつたため、これを
排除することによつて右のごとき弊を除去しようとする趣旨に出たものであるところからすると」、労働者
との労働契約締結の動機である派遣元の事業目的の遂行が、
「同契約をただちに無効ならしめるほどの強度
の反公序良俗性を帯有するものとは認めがた」い。また、契約意思の表意者である労働者や派遣元が、
「そ
の反公序良俗性を知りながらなおこれに協力することを意欲して右労働契約を締結したものであるとも認
めえないことは前認定の事実関係から明らかというべきであるから」、派遣元と労働者との間の労働契約が、
「契約としてなんらの法律効果も生ぜず、法律上の保護も与えられない無効のものであるとはとうてい認
5
ュ・エアウェイズ・ボード事件25、サガテレビ事件控訴審判決26がある27。このように、社
外工と元請企業との間に黙示の労働契約を認めるか一時期裁判例は動揺した。
しかしサガテレビ事件控訴審判決以降、判例は本判決と同様の判断枠組みを採用して、
結論としては黙示の労働契約成立を否定することとなる28。本判決は「当事者間の意思の合
致を全く問題とすることなしに、単に使用従属関係が形成されているという一事をもつて
直ちに労働契約が成立したとすることはできない」と、「当事者間の意思の合致」を重視し
て、使用従属関係があっても黙示の労働契約の成立の一要素にすぎないことを認めた。ま
た、労働者は職安法 44 条違反を争った上で派遣先との間に労働契約関係を求めたものの29、
本判決では前者から後者が当然導かれるのではないことを明らかにした30。その上で黙示の
労働契約が認められる場合は、「事業場内下請労働者(派遣労働者)の如く、外形上親企業
(派遣先企業)の正規の従業員と殆んど差異のない形で労務を提供し、したがつて、派遣
先企業との間に事実上の使用従属関係が存在し、しかも、派遣元企業がそもそも企業とし
ての独自性を有しないとか、企業としての独立性を欠いていて派遣先企業の労務担当の代
行機関と同一視しうるものである等その存在が形式的名目的なものに過ぎず、かつ、派遣
先企業が派遣労働者の賃金額その他の労働条件を決定していると認めるべき事情のあると
き」と解した。
2 労働者派遣法制定過程313233
められないといわなければならない。」(大阪地決昭 51 年 6 月 17 日労働判例 256 号 48 頁。)
25
労働者への賃金の支払いが派遣元によって行われていたこと、派遣元が独立した企業体であることを認
め、労働者供給事業に該当する行為があっても、そのことが当然労働者と派遣先との間に契約を認めるこ
とにはならないことを明らかにした。(東京地判昭 54 年 11 月 29 日労働判例 332 号 28 頁。)
26
派遣元企業は独立した事業体であったことを認め、賃金を派遣元が支払っていたこと、採用も派遣元が
行っていたことなどから派遣先との間に黙示の労働契約を認めなかった事案。(福岡高判昭 58 年 6 月 7 日
労働判例 410 号 29 頁。)
27
28
これらの裁判例に対する評釈は多数なされているが、ここでは具体的に踏み込まない。
脇田滋・労働法判例百選第 6 版(1995)7 頁。
29
労働者側の視点から職安法 44 条違反等をめぐる裁判過程を表したものとして、辰巳政男「民間放送・
東京 12 チャンネルにおける下請社外工の差別雇用撤廃・社員化闘争」労働法律旬報 1011 号(1980)18 頁。
30 学説には裁判例の解釈とは別に、職安法 44 条の立法趣旨を再検討する動きもあった。松林和夫「労働
者派遣事業制度化問題の検討―職業安定法との関係を中心にして」日本労働法学会誌 59 号(1982)24 頁、
鎌田耕一「労働者供給事業禁止規定の立法趣旨と意義」労働法律旬報 1108 号(1984)62 頁。
31
この項の参照として、高梨昌編著『詳解労働者派遣法』〔第 2 版〕日本労働研究機構(2001)。
32
労働者派遣法制定の是非をめぐる論文は枚挙にいとまがない。ここでは、労働者派遣問題をめぐって立
法者側と労働者側が出席したシンポジウムの様子を記したものとして、労働者派遣事業問題シンポジウム
「派遣労働者の実態と法制化を考える」労働法律旬報 1114 号(1985)4 頁を挙げる。両者の対立構造が良
く伝わるシンポジウムであったことが窺える。
33
労働者派遣法立法の発案者として制定に携わった高梨教授は、その必要性として三点挙げている。ひと
つは労働市場の変貌である。1973 年のオイルショック以降の不況の影響で正社員の労働需要が停滞過程に
入ったことに対して、パートタイム市場が急速に拡大した。さらには ME(マイクロ・エレクトロニクス)
革命の進展によって専門職市場も成長している。専門技術職は企業閉鎖的な労働市場よりも企業横断的な
職業別労働市場のほうが望ましい、との理由から派遣事業に見合うとする。二つめは、企業の減量経営指
6
1978 年、行政管理庁は労働者を企業等に派遣して請負業務を処理させる事業(ここでは
業務処理請負事業)に対する職業安定機関の指導監督状況等についての監察を実施した。
その結果に基づいて、労働省に対して「民間職業紹介事業等の指導監督に関する行政監察
結果に基づく勧告」34を行った。ここから政府部内で法政策問題としての検討が始まること
となる。同年労働省は労働力需給システム研究会35を設置し、1980 年には「今後の労働力
需給システムの在り方についての提言」を取りまとめた。この提言では、まず職安法の定
める労働者供給事業の禁止規定が強制労働や中間搾取の防止に貢献してきたことを評価す
る。しかし、現在(1980 年)では労働基準法やその他の労働者保護立法がなされている上、
労働者派遣事業が直ちに中間搾取等の弊害を発生させると断言することは適当ではないと
する。そして、経済社会活動の一環として広く活用されている現状を直視するならば、む
しろ労働者派遣事業に対して行政上どのような方針でのぞむかを明らかにすることの方が
必要として、具体的には労働者派遣事業を制度として確立することを提言した3637。
同年労働省はこの提言を受けて、さらに労使の関係者を含めて当該問題にあたるため、
労働者派遣事業問題調査会38を発足させた。同調査会では、労働者派遣事業に関する諸外国
の制度・実情の調査と共に国内での現地調査を実施するなど、業態を法的に認知するにと
どまらない広範囲な観点からの検討が進められた。しかしながら、合意形成が容易に進ま
ず、1981 年 6 月から約二年半にわたって検討が中断されることとなった。ところがこの間
においても派遣形態の事業は増加し、この問題はいつまでも放置できないことから、1983
年 12 月に検討が再開され、労働者派遣事業問題に関する対応のあり方について完全には意
見の一致をみないまま 1984 年 2 月に報告書がまとめられた39。
向の強まりに伴い、事務管理部門のうちの間接部門の外注下請化が急速に進んだ点であるとする。事務管
理における間接部門とは、例えばビルメンテナンス、警備・保安、清掃といった業務のことである。これ
らの業務が派遣形態となっている現状を高梨教授は「経済学でいえば産業構造の変化にともなう社会的分
業の進化・発展」と評価する。三つめは、特定の企業に永年勤続して終身的に雇用されるよりも、パート
形態や短期勤続を希望する女性労働者が増加してきたことを挙げる。女性労働者は正社員として勤めてい
ても結婚を機に退職してしまい、ふたたび就職しようとしても終身雇用・年功賃金型の労働市場の下では
それは困難であった。そこで、パートタイム市場と共に雇用機会の提供の役回りを果たすものとして派遣
事業の必要性を説く。さらにこの中途採用市場の機能は、高齢労働者に対しても有効であるとしている。
(労働者派遣事業問題シンポジウム・前掲注(32)5 頁)。
34
この勧告では、業務処理請負事業の内容がタイプ・秘書等の事務処理、キーパンチ等の情報処理、清掃・
電話交換等のビル管理等多様なものとなっていることを指摘する。その上で、一方で業務処理請負事業は
労働者の労働条件の確保の面で問題が発生する危険があり、労働者供給事業に該当する場合もある。しか
し他方で、労働基準監督行政が整備された現在(1978 年)において職安法 44 条・同施行規則を一律に適
用して規制することは実際的ではないとする懸念も示された。
35
学識者五名(座長・高梨昌)
36
この提言では、労働者派遣事業は原則として禁止し労働大臣の許可を受けた者についてのみ認めること
や、派遣労働者を「雇用期間の定めのない労働者」
(常用型派遣)として雇用契約を締結すべきことを内容
としていることに特徴がある。
37
同提言の批判として、松林和夫「職安法の抜本『改正』問題の検討」労働法律旬報 1011 号(1980)8 頁。
38
公労使各七名(座長・石川吉右衛門)
39
この報告書では、労働者派遣事業の対象分野を専門的な知識・技術・経験を必要とする分野に限るとい
7
報告書の提出を受けた労働省は、直ちに中央職業安定審議会40に検討を依頼し、同審議会
に労働者派遣事業等小委員会41が設置された。そして 1984 年 11 月、小委員会は労働者派
遣事業を制度化し、そのために必要なルールを早急に確立することが適当である旨の結論
に達した。そこで、検討の成果である「労働者派遣事業問題についての立法化の構想」と
題する報告書を取りまとめた。ここでは労働者派遣事業の制度化のために、①制度化の必
要性42、②概念の明確化43、③対象分野44、④適正な運営を確保するための措置、⑤労働者
の保護のためのルール45、⑥労働基準法等の適用の明確化のための措置、を具体的にまとめ
ている。
その後、労働省は労働者派遣事業を制度化するための立法作業に着手した。そして、「労
働者派遣事業の制度化に関する法的措置についての考え方」を取りまとめ、中央職業安定
審議会に提示した。審議会での議論を踏まえて法律案が作成され、1985 年 3 月に法律案が
国会に提出された。参議院において常用雇用労働者の代替を防止するため、業務に応じて
派遣期間について制限を置く修正案が可決されたことが注目に値する。こうして、1985 年
6 月、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法
律」が可決・成立することとなった。
3
1985 年労働者派遣法の概要46
①派遣法の意義
立法者として派遣法制定に深く関わった高梨教授は次のように述べている。
「労働者派遣
うポジティブリスト方式が打ち出された。
40
公労使各七名(会長・大内力)
41
公労使各三名(座長・高梨昌)
42
ここでは専門的な知識、経験等を活かして就業する労働者の増加を指摘し、そうした労働者の多くが現
行法上請負事業の形態をとらざるを得ないことを問題視する。こうした労働者の保護と雇用の安定を図る
ために、労働者派遣事業を制度化する必要があるとする。なお、我が国における雇用慣行との調和に留意
し、常用雇用の代替を促すこととならないよう配慮する必要があるとしている。
43
労働者派遣事業は「労働者派遣契約に基づき、自己の雇用する労働者を派遣し、他人に使用させること
を業として行うもの」としている。労働者派遣事業と労働者供給事業との関係は、供給元と労働者との間
に雇用関係があるものは労働者派遣事業となり、供給元と労働者との間に雇用関係がないものが労働者供
給事業となる。また、労働者派遣事業と請負との関係は、請負契約と称していても派遣先が派遣労働者を
使用する関係にある場合は労働者派遣事業となり、使用する関係にない場合は請負となる。
44
本構想案では、新規学卒者を常用雇用として雇い入れ、企業内でキャリア形成を図りつつ、昇進、昇格
させるという日本型雇用慣行との調和を図るとしている。したがって対象業務については、業務の専門性、
雇用管理の特殊性等を考慮して限定する必要があるとしている。なお、思案として十四の業務が例示され
ている。
45
本構想案においては 1980 年の提言と違い、常用型派遣だけでなく登録型派遣(派遣先が決まったとき
のみ派遣元が登録されている労働者を雇入れ、派遣労働契約が存続する限りにおいて労働契約を締結する
形態)も認めることとなっている。その理由として、
「労働者の一時的な就労のニーズを考えると、その履
行を強制することは、かえって、労働者のニーズに合致しないこととなるばかりか、常時雇用する労働者
のみによる労働者派遣事業に限ることとすれば、受給の迅速かつ的確な結合を図るという労働力需給シス
テムとしての機能が制約されることにもなりかねない」とする。
46
本項の参照として、高梨編・前掲注(31)
8
法は、企業内における専門的な知識・技術・経験を必要とする業務や『臨時的・一時的』
な業務の増加、自己の希望する日時、場所で、自己の専門的知識を活かして就業すること
を希望する労働者層の増加といった労働力の需要及び供給の両面における多様かつ著しい
変化に対応して、労働者派遣事業を労働力需給調整システムの一つとして制度化し、職業
安定法に基づく関係制度と相まって労働力の多様なニーズに対応した需給の迅速かつ的確
な結合を促進するとともに、派遣労働者の保護と雇用の安定を図るため、労働者派遣事業
の適正な運営の確保に関する措置及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する措置を講ず
るものである」47。本稿では、この立法趣旨が現在においても派遣法の法理念となっている
ものと仮定する。
②派遣法の目的
派遣法 1 条で「職業安定法と相まって労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣
事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずる」ことと、
「派遣労働者の就業に関する条件
の整備等を図り、もつて派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資すること」を規定
している。
③派遣法における定義規定
派遣法 2 条は本法で使用される基本的な概念を定めている。特に「労働者派遣」の定義
は重要である48。
④派遣業務の範囲
業務の特殊性から、始めから派遣事業を認められない分野が存在するとして派遣法 4 条
に列挙されている49。派遣対象業務は派遣法施行令 4 条に定められている50。
⑤派遣法対象事業
派遣法は一般労働者派遣事業(特定労働者派遣事業以外の労働者派遣事業)と特定労働
者派遣事業(その事業の派遣労働者が常時雇用される労働者51のみである労働者派遣事業)
47
高梨編・前掲注(31)230 頁。
48
労働者派遣は「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該
他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約
してするものを含まないとする。」(派遣法 2 条 1 号)と定義する。すなわち、派遣労働者は派遣元とのみ
雇用(労働)契約関係にあり、派遣先との間には指揮命令関係しかないこととなる。労働者供給は「供給
契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、労働者派遣法第 2 条 1 号
に規定する労働者派遣に該当する者を含まないとする。」(職安法 4 条 6 項)と定義されることとなった。
職安法は従来から親方制度にみられる、供給元と労働者間の事実上の支配従属関係を規制してきた。した
がって、派遣法によって派遣元が明確な雇用(労働)契約関係を認める場合のみ派遣事業を許可するので
あれば、労働者が不安定な地位に立たされることはないことが期待されたのである。
49
港湾運送業務(1 項 1 号)、建設業務(1 項 2 号)、警備業務(1 項 3 号)。
50
ソフトウェア開発、事務用機器操作、通訳・翻訳・速記、秘書、ファイリング、調査、財務処理、取引
文書作成、デモンストレーション、添乗、建築物清掃、建築設備運転・点検・整備、受付・案内・駐車場
管理の十三業務。
51 ちなみに、
「常時雇用される労働者」について、政府の解釈通達によると、
「雇用期間が反復継続されて
事実上期間の定めなく雇用されている者と同等と認められる者」を含むとする。
(厚生労働省「労動者派遣
事業関係業務取扱要領」(2013)17 頁。)しかし、「同等と認められる」か否かは反復継続状態が続いて初
めて判断しうるものであり、これから届出をもって派遣事業を開始し雇用契約を締結するという以前の段
階で判断しうるはずがないだろう。
(同旨、濱口桂一郎「特定労働者派遣事業において登録型雇用契約は可
9
を定める(派遣法 2 条)。
一般労働者派遣事業は許可制のもとに行われる(派遣法 5 条 1 項)。
特定労働者派遣事業は届出制のもとに行われる(派遣法 16 条 1 項)。
⑥労働者派遣契約
派遣労働者の適正な就業を確保するためには、労働契約だけでなく労働者派遣契約(当
事者の一方が相手方に対し労働者派遣をすることを約する契約)の規制も必要との観点52か
ら規定されている(派遣法 26 条~29 条)。常用雇用労働者との代替防止のため、派遣期間
については労働大臣による期間の制限がある(派遣法 26 条 2 項)。
⑦派遣元事業主の講ずべき措置
派遣元である事業主は、派遣される労働者と直接労働契約を締結することとなる。した
がって、派遣労働者として雇うことを明示すること(派遣法 32 条)や、就業(労働)条件
の明示は派遣元の義務である(派遣法 34 条)。
⑧派遣先事業主の講ずべき措置
労働者の就業に関して責任を有するのは、基本的に当該労働者を雇用する事業主(派遣
元)である。しかしながら、派遣先が指揮命令権を持つことから、休憩時間の管理や安全
衛生の管理など労働者派遣契約に定める一定の条件については責任を負う(派遣法 39 条、
45 条)。
Ⅲ
労働者派遣法と社会の動向
1 労働者派遣法の変遷
1985 年に誕生した労働者派遣制度であったが、早くも翌年には三業務53が適用対象業務
に追加された。その後 1996 年にはさらに十業務54が追加され、合わせて二十六業務となる。
1990 年代に入ると、バブル経済の崩壊に伴って経済の停滞がみられるようになった。それ
に伴って「雇用流動化」の議論がさかんとなる55。1995 年には日本経営者団体連盟(日経
連)が『新時代の「日本的経営」』を発表し、長期蓄積能力活用型、高度専門能力活用型、
雇用柔軟型の三タイプの従業員を効果的に組み合わせる「自社型雇用ポートフォリオ」の
導入を提唱した56。ここでは、従来の日本型雇用慣行(長期継続雇用)を維持しつつも、専
門性を活かした働き方や女性・高齢者の就労も考慮して、企業を超えた人材の育成と雇用
能か?―伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件」ジュリスト 1337 号(2007)117 頁。)
52
高梨編・前掲注(31)372 頁。
53
機器設計、放送機器操作、放送番組演出の三業務。
54
研究開発、事業実施体制等の企画・立案、書籍等の製作・編集、広告デザイン、インテリアコーディネ
ーター、アナウンサー、OA インストラクション、テレマーケティング、セールスエンジニア、放送番組等
の大道具・小道具の作成・設置等の十業務。
55
岡村美保子「労働者派遣法改正問題」レファレンス 59 巻 10 号(2009)124 頁。
56
新・日本的経営システム等研究プロジェクト編著『新時代の「日本的経営」』日本経営者団体連盟(1995)
33 頁。
10
の流動化が図られることが期待されている。同年、行政改革推進本部に規制緩和委員会設
置された57。
1997 年には ILO が第 181 号条約58を採択したこともあって、国際情勢もこの流れを後押
しした。そして 1999 年の改正5960により、派遣法の適用対象業務は大幅に拡大されること
となる。この改正によって、禁止業務はそのまま残存させ(ネガティブリスト)
、それまで
のポジティブリストに該当する業務(前述の二十六業務)については期間の制限を設けず、
その他の業務については一年間の期間制限を設けて認めるという複雑なものとなった(派
遣法 40 条の 2 第 1 項第 1 号参照)。この改正により派遣法の適用対象業務は原則自由化さ
れた。1999 年の改正時には派遣法附則 4 項において当分の間禁止するとされていた「物の
製造」業務であったが、2003 年の改正61では、
「物の製造」業務についても派遣労働者の使
用が一部可能となった62。さらに、一般的な業務における派遣可能期間の上限が一年から三
年に延長されたことも本改正の特徴である。
派遣法の規制が徐々に緩和される中、依然として派遣労働者が派遣先との間に黙示の労
働契約の成立を求める訴訟も見られる63。しかし裁判所は派遣法制定以前と同様に、原則と
して派遣元と労働者の間に労働契約が存在する以上、「特段の事情」がない限り派遣先との
間に黙示の労働契約の成立は認められないとする見解を維持していた64。2008 年に出され
57
政府による規制緩和の取組みについて整理した文献として、総務庁編『規制緩和推進の状況―より自由
に、より豊かに』(1995)29 頁以下。
58
これまで ILO は民間による労働力需給システムを認めてこなかった。しかし本条約によって、民間によ
る職業紹介事業や労働者派遣事業の運営を認め、その上で関連する労働者の保護を各国に求めることとな
った。ILO 条約が派遣法に与えた影響を分析した文献として、澁谷喜三郎「新人材派遣法と ILO 条約―自
由化への経緯と今後」季刊労働法 190・191 合併号(1999)109 頁。
59
1999 年改正法についての批評は、季刊労働法 190・191 合併号の各論文参照。
60 同年改正法では禁止業務に医療関連業務が加えられた。医療は専門職で構成されたチームによって提供
され、チーム間で十分な意思疎通が遂行されることが必要なため禁止業務とされているという。高梨編・
前掲注(31)273 頁。禁止業務の根拠や基準が不明確であるとの批判もある。
(脇田滋「労働者派遣法改定
の意義と法見直しに向けた検討課題」日本労働法学会誌 96 号(2000)81 頁。)
61
2003 年改正法についての論文として例えば、浜村彰「改正労働派遣法の検討」労働法律旬報 1554 号(2003)
20 頁以下。
62
製造業務で派遣労働が禁止されていた理由については、請負形式を用いた労働者派遣が特に製造業務に
見られていたからだとされる。
(衆議院労働委員会議録第 13 号(1999)http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm、
鎌田耕一「改正労働者派遣法の意義と検討課題」日本労働研究雑誌 475 号(2000)52 頁。)
63
例えば、いよぎんスタッフサービス事件・高松高裁平 18 年 5 月 18 日労働判例 921 号 33 頁など。
64
いよぎんスタッフサービス事件・控訴審判決では次のように述べられている。「労働者派遣の法律関係
は、派遣元が派遣労働者と結んだ雇用契約に基づく雇用関係を維持したままで、派遣労働者の同意・承諾
の下に派遣先の指揮命令下で労務給付をさせるものであり,派遣労働者は派遣先とは雇用関係を持たない
ものである(派遣法 2 条 1 号)。したがって、派遣元と派遣労働者との間で雇用契約が存在する以上は、派
遣労働者と派遣先との間で雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在する場合や、
派遣元と派遣先との間に法人格否認の法理が適用ないしは準用される場合を除いては、派遣労働者と派遣
先との間には,黙示的にも労働契約が成立する余地はないのである。」「派遣労働者と派遣先との間に黙示
の雇用契約が成立したといえるためには、単に両者の間に事実上の使用従属関係があるというだけではな
く、諸般の事情に照らして,派遣労働者が派遣先の指揮命令のもとに派遣先に労務を供給する意思を有し、
これに関し、派遣先がその対価として派遣労働者に賃金を支払う意思が推認され、社会通念上、両者間で
雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる特段の事情が存在することが必要であ
11
たパナソニック(松下)プラズマディスプレイ〔パスコ〕事件・控訴審判決65ではこれまで
の判例とは違った解釈がなされたので注目を集めたが66、その後の上告審67で従来通りの解
釈6869に戻された。
2008 年のリーマンショック後には、いわゆる「年越し派遣村」70、「派遣切り」71といっ
た用語と共に労働者派遣が社会問題化した。2012 年の改正にあたっては雇用の安定や保護
を図ることを目的として、登録型派遣・製造業における派遣の原則禁止が検討された72。結
局これらの改正は実現しなかったが、派遣法の正式名称が「労働者派遣事業の適正な運営
の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」から「労働者派遣事業の適正な
運営の確保及び労働者の保護等に関する法律」と変更されたことは注目に値する。合わせ
て、目的規定である 1 条や三章のタイトルも「派遣労働者の保護等」となり、労働者保護
る。」
65 大阪高裁平 20 年 4 月 25 日労働判例 960 号 5 頁。
66 労働者派遣契約を装った労働者供給契約と判事して無効、派遣元・派遣先間は労働者供給契約、派遣労
働者・派遣先間の契約は同目的達成のための契約としてこれも無効とし、派遣労働者と派遣先との間に継
続した実態関係を法的に根拠づけるために黙示の労働契約を認めた事案。
67 最二小判平 21 年 12 月 18 日労働判例 993 号 5 頁。本判決は「物の製造」業務における、いわゆる偽装
請負(実態は労働者派遣または労働者供給であるが、派遣法や労基法等によって課せられる使用者として
の法的責任を回避するため、請負を偽装して行われるもの)の事案として知られる。
(有田謙司「下請従業
員と元請会社間の労働契約の成否」ジュリスト 1376 号(2009)260 頁。)
68
本判決では次のように述べられている。「請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務
を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられて
いる。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接
具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負
契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の
場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記三者間の関係は、
労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。そして、このような労働者派遣も、
それが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものという
べきである。」「労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要
性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情の
ない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解す
べきである。」そして、派遣労働者と派遣元との間の「雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれ
ないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。」
同様の判断基準を用いた最近の裁判例として、日本精工〔外国人派遣労働者〕事件・東京地判平 24 年
8 月 31 日労働判例 1059 号 5 頁など。
70 2008 年 12 月 31 日から年始にかけて、日比谷公園にて派遣労働者等を支援する活動が行われた。派遣
村に支援を求めて集まった人は 300 人を超え、予定していた数を大幅に上回り、用意していたテントが不
足したという。
(日本経済新聞 2009 年 1 月 1 日朝刊 47 頁、厚生労働省『厚生労働白書平成 21 年』91 頁。)
71 景気の悪化に伴い、製造業を中心に派遣労働者を含む非正規労働者の大幅な削減が行われた。この現象
が「派遣切り」と呼ばれるようになり、社会問題となった。例えば、朝日新聞 2008 年 12 月 4 日朝刊 19
頁参照。
72 沼田雅之「改正労働者派遣法の概要と問題点」労働法律旬報 1780 号(2012)35 頁。
69
12
法としての性質があることを明確にした73。
2 派遣労働の実態
労働者派遣事業は、厚生労働大臣に対して事業報告書等の提出が義務付けられている(派
遣法 23 条)。その集計結果である厚生労働省「労働者派遣事業報告書」74によると、平成
23 年度の派遣事業所数は、常用雇用労働者のみで構成される特定労働者派遣事業所が
53,039 所、登録型派遣労働者を含む一般労働者派遣事業所が 19,832 所であった。派遣労働
者数は約 137 万人、うち常時雇用される労働者は約 86 万人であった。
総務省の『労働力調査』は、我が国の就業・不就業の状況を把握するため一定の統計上
の抽出方法に基づいて全国約四万世帯を対象に毎月行われる標本調査だが、この調査によ
る「労働者派遣事業所の派遣社員」数7576は平成 23 年平均約 96 万人77、平成 24 年平均約
90 万人と、平成 20 年平均が約 140 万人だったことに比べて減少傾向にある。
同じく総務省の『就業構造基本調査』78は、就業・不就業の実態を種々の観点から捉え、
全国及び地域別に調査することで国や都道府県における雇用政策の利用に資すること等を
目的に、現在は 5 年ごと全国約 45 万世帯の 15 歳以上の世帯員を対象としている。この調
査での「労働者派遣事業所の派遣社員」数は平成 24 年に約 119 万人であった。こちらでも
平成 19 年に約 161 万人だったことに比べて減少していることがわかる。
「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」の資料79によると、派遣労働者の 26%
が男性、74%が女性である。男性の 84%、女性の 55%が自らの収入によって生計を立てて
いると回答している。派遣先の業種で一番多いのは「製造業」で全体の 25%を占めている。
次いで「情報サービス業」9%、
「金融・保険業」9%と続く。派遣先での業務では、男性は
「物の製造」26%が一番多く、女性は「一般事務」35%が一番多い。派遣の形態としては
「常用雇用型派遣」は 53%、「登録型派遣」は 41%となっている。賃金形態は「時給制」
が一番多く 85%、派遣年収は「200 万円~300 万円未満」が一番多くて 38%、次いで「100
万円~200 万円未満」が 25%、「300 万円~400 万円未満」が 14%と続いている。
シンポジウム「派遣労働者の待遇改善を目指して」労働法律旬報 1780 号(2012)7 頁。派遣法は従来
から「事業の開始と運営に対する罰則付きの行政的取締法規(いわゆる業法)」とされてきた。(菅野・前
掲注(5)255 頁。)
74 厚生労働省「労働者派遣事業報告書」
(平成 23 年 6 月 1 日報告)
<http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/haken-shoukai16/>
75 総務省統計局『労働力調査』
「平成 24 年労働力調査年報 職業別就業者及び雇用者数」
<http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2012/index.htm>
76 就業状態は 15 歳以上の世帯員を対象とし、調査対象者が勤め先で「正規の職員・従業員」
「パート」
「ア
ルバイト」
「労働者派遣事業所の派遣社員」
「契約社員・嘱託」
「その他」のどれで呼称されているのかの回
答を基に集計。
77 平成 23 年は東日本大震災の影響で補完推計値である。
78 総務省統計局『平成 24 年就業構造基本調査』<http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/>
79 楽天リサーチ株式会社『第十一回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 資料』
「派遣労働者
実態調査―結果報告書」(2013)<http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ym9b.html>
73
13
さらに、派遣を選んだ理由についての質問(三つまで回答可能)に対しては、「正社員と
して働きたいが、職が見つからなかった」と答える者が全体で一番多く 39%であった。中
でも男性においては 50%を占め、女性においても 35%と高かった。次に多いのが「好きな
勤務地、勤務期間・勤務時間を選べる」が全体の 34%で、女性においては 40%と一番高か
った。
厚生労働省による「労働者派遣の実態に関するアンケート調査」80によると、派遣という
働き方を選んだ際の理由(三つまで回答可能)として「正社員の職が見つからなかった」
が一番多く 22.7%であり、「仕事内容を選べる」が 18.2%、「勤務地・勤務期間・勤務時間
が選べる」が 16.8%と順に続いている。また派遣先に対する調査では、正社員ではなく派
遣社員を受け入れる理由(三つまで回答可能)として、「必要な人員を迅速に確保できるた
め」が一番多く 64%、「一時的・季節的な業務量の増大に対応するため」がその次で 55%
であった。パート、アルバイト、契約社員ではなく派遣労働者を受け入れる理由(三つま
で回答可能)としては、同じく「必要な人員を迅速に確保できるため」が一番多く 65%、
「一時的・季節的な業務量の増大に対応するため」がその次で 49%であった。
3 現行労働者派遣法の概要
第Ⅱ章 3 項でまとめた順序にしたがって、改めて現行労働者派遣法の内容を立法時と比
較しつつ整理する。
①派遣法の意義
第Ⅲ章 1 項で概観した通り、派遣法は規制緩和の影響で多くの改正がなされている。し
かし本稿では、第Ⅱ章 3 項で述べた派遣法の基本的意義は現在でも制定当時と変わってい
ないと仮定して議論を進める。このことについては第Ⅳ章で詳しく検討する。
②派遣法の目的
前述の通り派遣法の目的規定である 1 条は、2012 年の改正によって「派遣労働者の就業
に関する条件の整備等を図り」から「派遣労働者の保護等を図り」との表現に変更された。
③派遣法における定義規定
派遣法における概念に変更はない。なお、現在の派遣法 2 条 6 項には「紹介予定派遣」
の規定がある。派遣労働者が派遣先に直接雇用されることを促進するものとして 2003 年の
改正時に加えられたものである。
④派遣業務の範囲
派遣法 4 条 1 項に禁止業務が掲げられているが、原則として対象業務に制限はない(ネ
ガティブリスト方式)81。
厚生労働省『第十一回今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 資料』「労働者派遣の実態に関
するアンケート調査」(2013)<http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ym9b.html>
81 禁止業務の全体像については、佐野嘉秀「なぜ労働者派遣が禁止されている業務があるのか」日本労働
研究雑誌 585 号(2009)70 頁が詳しい。
80
14
⑤派遣法対象事業
派遣法は現在も一般労働者派遣事業(5 条以下)と特定労働者派遣事業(16 条以下)の
二種類を規定している。
⑥労働者派遣契約
2012 年改正において派遣法第三章が「派遣労働者の保護等に関する措置」と変更された
ことに合わせて、労働者派遣契約の当事者(派遣元・派遣先)派遣労働者の雇用の安定を
図るために必要な措置に関する事項について定めなければならない(26 条 1 項 8 号)とさ
れるなど、より保護法としての性格が見られる。
⑦派遣元事業主の講ずべき措置
2012 年改正において、派遣元事業主は派遣労働者の賃金の決定に際して、派遣先に雇用
される労働者の賃金水準との均衡を確保するよう配慮しなければならないとの規定が設け
られた(30 条の 2)。また、派遣労働者の労働条件低下を防止するため、日雇労働者につい
ての派遣が原則として禁止された(35 条の 3)。
⑧派遣先事業主の講ずべき措置
2003 年の法改正では、派遣元から派遣可能期間を超えて労働者派遣契約を継続しない通
知を受けているにもかかわらず、引き続き当該派遣労働者を使用する派遣先は、同期間満
了日までに当該派遣労働者が当該派遣先に雇用されることを希望する場合、同人に対して
雇用契約の申込みをしなければならないとの規定を設けた(40 条の 4)。さらに、派遣可能
期間に制限のない業務について、派遣先が三年を超える期間継続して同一業務に同一派遣
労働者を受け入れている場合、当該同一業務に労働者を雇入れようとするときは、当該派
遣労働者に対して雇用契約の申込みをしなければならない(40 条の 5)。しかしこれらの規
定はあくまで公法上の義務であって、私法上契約の申込みが擬制されて労働契約関係が創
設されるものではない82。
現行法で注目すべきなのは、2012 年改正で加えられた労働契約申込みなし制度(40 条の
6)である。この制度ではある一定の違法状態(いわゆる偽装請負等)があった場合、派遣
先が派遣労働者に対して労働契約の申込みをしたとみなす制度であり、私法上の権利義務
創設規定として重要な意義を持つ。
Ⅳ
労働者派遣法の理念
菅野前掲注(5)269 頁。松下プラズマディスプレイ〔パスコ〕事件(大阪地裁平 19 年 4 月 26 日労働
判例 941 号 5 頁。)も同様に解し、次のように述べられている。派遣法 40 条の 4 の規定趣旨は「派遣受入
可能期間の制限に抵触する前に、派遣先に雇用契約の申込をすることを義務づけることにより期間制限に
違反した労働者派遣が行われることを防止し、労働者派遣から派遣先の直接雇用へと移行させることにあ
るから、派遣先が派遣受入可能期間を超えてなお同条に基づく申込をしないまま、派遣労働者の労務提供
を受け続けている場合には、同条の趣旨及び信義則により、直接雇用契約の締結義務が生じると解しうる
としても、契約期間の定め方を含む労働条件は当事者間の交渉、合意によって決せられるべき事柄であっ
て、派遣先において同条に基づき当然に期間の定めのない契約の締結義務が生じるとまでは解されない。」
82
15
1 労働者派遣法の基本的意義の検討
本稿では第Ⅱ章、第Ⅲ章で検討した労働者派遣法の内容やその改正・運用のあり方の中
にも、ある一定の法理念が存在することを主張する。本章においては一度仮定した派遣法
の基本的意義に対して、派遣法制度のあり方、派遣法の運用・解釈のあり方、労働者派遣
の実態との整合を総合的に検討する。そこで第Ⅱ章で掲げた基本的意義に従って、①「専
門的な知識・技術・経験を必要とする業務」、②「『臨時的・一時的』な業務」、③「自己の
希望する日時、場所で、自己の専門的知識を活かして就業することを希望する労働者層」、
④「労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置及び派遣労働者の就業条件の整備等
に関する措置」についてそれぞれ検討する。
①「専門的な知識・技術・経験を必要とする業務」を対象とする派遣法
派遣法の対象業務は立法時、十三業務のみに認められていた。これは専門的知識を必要
とする業務であれば、派遣法制定時に懸念されていた日本型雇用慣行への悪影響が少なく、
常用雇用労働者との代替の心配もないと考えられたからである83。しかし派遣法の業務が本
来専門職であるならば、なぜ一番専門的な業務であるはずの、医療における医師等の業務
が外されているのか説明することができない84。
さらに当初の専門十三業務自体、本当に専門業務であるか疑問である。例えば建築物清
掃(ビルメンテナンス)業務だが、その名の通り建築物の内部、外部の清掃を受け持つ業
務であって専門的知識を必要とする業務か疑問である。さらに十三業務にはファイリング
業務が含まれているが、派遣業界はこれを一般事務と解釈して運用した85。すなわち実務上
では専門業務とは考えられない働き方であったにもかかわらず、法律上は専門業務として
扱われているのである。
理念においては専門的業務が対象とされていながら、立法時から論理的に矛盾を孕んで
いたといわざるを得ないだろう86。その後の規制緩和によって対象業務がネガティブリスト
方式となったことも、この理念と整合するものではない。
高梨編・前掲注(31)447 頁。
座談会「労働者派遣法改正法をめぐって」ジュリスト 1446 号(2012)12 頁、濱口桂一郎氏の発言。
85 派遣法制定に尽力した高梨教授は、後に次のように振り返る。
(高梨昌「派遣法立法時の原点からの乖
離―現行法でも活用の余地はある」都市問題 100 号第 3 巻(2009)28 頁。)
「のちに派遣法の立法化の原点が破られる根拠になったと考えているのは、一つはビルメンテナンスなん
です。当時のビルメンテナンスの清掃作業員は、まだ空調設備や機械設備を管理していませんから、単純
労働だったんですね。だから、そこのところで、派遣法に特別の応用管理を必要とする業務として不熟練
労働を一つ入れてしまったんです。」「もう一つの不熟練労働は、ファイリング業務なんです。例えばプラ
ント・エンジニアリングの会社に行くと、設計図面が何千種類もある。そうすると、派遣会社から製図設
計のドロワーが来て、最初は一緒に製図するわけですが、あとの展開図面は自分のところに持って帰って
やる。そうすると、それをファイリングする業務が生まれる。」「これは大変なんです。全部順序立ててフ
ァイリングしなければ使い物にならない。これは明らかに専門業務なんです。ですからファイリング業務
を入れた。」「ところが派遣業界は、ファイリングを突破口にして、一般事務に派遣を開いてしまった。こ
れが、ポジティブリストからネガティブに変わっていく一つの道筋になってしまったんですね。」
86 座談会・前掲注(84)17 頁、濱口桂一郎氏発言同旨。
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②「『臨時的・一時的』な業務」を対象とする派遣法
派遣法は常用代替の防止という観点から派遣期間に制限を設けている。これは第Ⅱ章 2
項で述べた通り、国会における審議によって初めて加えられたものである。しかし、先に
派遣法は専門的業務のために立法されたと述べた。専門的業務であれば常用雇用代替防止
のおそれはないと考えられたためであり、この時点で派遣期間に制限を加える理由はなか
「『臨時的・一時的』な業務」と専門的業務を同時に追求すること
ったのである87。さらに、
の整合性も問題となろう。すなわち専門的業務が常に「『臨時的・一時的』な業務」である、
「『臨時的・一時的』な業務」が常に専門的業務であるとは限らない。すなわち理念の段階
で整理されていないと考えられる。
現在においては、派遣法制度が臨時的・一時的な需給調整システムとして認識されるこ
とについて疑問の声がある88。したがって、ここでも立法時における理念から乖離したとい
うことができるだろう89。
③「自己の希望する日時、場所で、自己の専門的知識を活かして就業することを希望する
労働者層」を対象とする派遣法
高梨教授は、派遣法の立法当時、結婚・出産で退社した女性が子育て後に復帰する労働
市場が存在しなかった中で、女性の中途採用市場を開くことが目的であったと述べている90。
そしてそうした女性を専門職と結びつけることで、年功賃金で年功昇進していく一般的な
終身雇用の労働市場と棲み分けを図ろうとしたのである91。
「自己の希望する日時、場所で、
自己の専門的知識を活かして就業することを希望する労働者層」とは、こうした女性専門
職を想定したものであったといえる。第Ⅲ章 2 項で労働者派遣の実態を概観したが、現在
でも派遣労働者は女性のほうが多い。しかし男性派遣労働者が四分の一を占めていること
や、男性派遣労働者の半数がやむを得ず派遣就労をしている実態は看過しうるものではな
いだろう92。
高梨・前掲注(85)28 頁。
2012 年 10 月から開かれている「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」における委員の発言
に次のようなものがある。
(2012 年に改正された派遣法は)
「労働者保護ということですが、もともと労働
者派遣は臨時的・一時的な労働力需要の変動に対する、いわゆる需給調整機能を持たせたということで、
理解はしております。しかし、これが良いか悪いかの判断はまだ控えさせていただきますが、改正派遣法
の一連の流れからいくと、臨時的・一時的というよりは、雇用の安定化、長期雇用化を促進する流れにな
ってきていると思います。ですから、派遣先での直接雇用を進めるという意味での個々人の雇用の安定化
と、労働市場全体での需給調整機能の両立がまず可能かどうかということ。可能に越したことはありませ
んので、いかに可能にしていくかを考えなければなりません。」(厚生労働省「第一回今後の労働者派遣制
度の在り方に関する研究会」2012 年 10 月 17 日、木村委員の発言。)
89 2012 年法改正の出発点となった、2008 年 7 月の研究会報告書までは「常用雇用代替防止を前提とし、
一時的・臨時的な労働力需給調整システムとしての位置付けは維持」とされていた。
(厚生労働省「今後の
労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」2008 年 7 月 28 日。)
90 高梨前掲注(85)25 頁。
91 高梨前掲注(85)26 頁。
92 同旨として岡村前掲注(55)129 頁。一方で、現在でも女性が働くにあたって労働者派遣の果たす役割
は大きいとして、派遣制度の重要性を説く見解も見られる。座談会「派遣労働をめぐって」日本労働研究
雑誌 573 号(2008)63 頁、株式会社パソナグループ代表取締役グループ社長、南部靖之氏の発言。
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また、「自己の希望する日時、場所で、自己の専門的知識を活かして就業することを希望
する」ために派遣労働者を選んだ者がどれだけいるのかについて、ここでも第Ⅲ章 2 項の
実態調査を参考にすると、正社員として働きたいが、職が見つからなかったと答える者が
一番多いことがわかる。次に多い回答は自己の希望に見合うとの内容であるため、ある一
定の者に対しては当初の期待通りの機能を果たしていると評価できる。しかし、自ら派遣
労働者を望む労働者よりも、やむを得ず派遣労働者となる者が多い現状には問題があるだ
ろう。
④「労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置及び派遣労働者の就業条件の整備等
に関する措置」を講ずる派遣法
派遣法は立法時から「労働者派遣事業の適正な運営の確保」として事業法の側面を持つ
と共に、「派遣労働者の就業条件の整備等」を目的とする保護法的な性格を持っていた93。
しかし、前述の通りリーマンショック以後製造業を中心に非正規労働者の雇止め(いわゆ
る「派遣切り」)が発生し社会問題化した94ことでより保護法的な性格を明確にするために、
2012 年改正法によって名称が「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び労働者の保護等に
関する法律」になったのである。したがって事業法としての性格と保護法としての性格二
つを併せ持つという意味において、この表現の変更は従来の派遣法の基本的性格や趣旨を
変えるものではないと考えられる95。
しかし、労働者派遣事業の適正な運営の確保と派遣労働者の保護を派遣法の理念と見る
ことには問題がある。なぜなら労働者派遣法は労働者派遣事業の適正な運営の確保と派遣
労働者の保護を目的とする法律であって、これらを派遣法の理念であるということはトー
トロジーであるためにふさわしくないだろう。
2 労働者派遣法の根本的理念
①~③で検討した仮の法理念は、いずれも派遣法の法理念であると考えることはできな
い。そして、④では派遣法の理念を解き明かしたことにはならない。それでももう一度仮
の法理念を振り返って、仮定したそれぞれの理念から共通した真の法理念を導くことがで
きるのではないか。本稿では、派遣法とはある一貫した理念のもとに変容・運用されてき
たものと考えるのである。結論から述べると、それは常用代替の防止である。
沼田前掲注(72)36 頁。
老月梓「『労働者派遣法改正法』の概要」ジュリスト 1446 号(2012)34 頁。
95 このことは、名称改定後に出された裁判例でも確認されている。
(マツダ防府工場事件・山口地裁平 25
年 3 月 13 日労働判例 1070 号 6 頁。)当該判決では「労働者派遣法は、平成 24 年に改正されその名称が『労
働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律』とされる(改正前の名称は『労
働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律』であった。)以前から、
『派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進』がその目的として規定されていたこと、同改正により『派
遣労働者の保護』がその目的として正面から規定されるに至った経緯を踏まえると、同改正前の労働者派
遣法の立法趣旨が専ら恒常的労働の代替防止にあったとしても、同法が派遣労働者の保護にも配慮する労
働法としての側面を併有していたことは否定できないというべき」と述べられている。
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派遣法は繰り返す改正の歴史の中で常に常用代替防止に「配慮」してきた。①~④が手
段・目的であれば、常用代替防止はその結果・効果にあたるものであった。上述した①~
④の基本的意義は第Ⅱ章で確認した通り立法趣旨・目的と設定されていた上、常用代替防
止は「目的」ではなかった。
しかし派遣法は立法時から日本型雇用への悪影響に配慮して、常用代替の防止の理念が
潜在していた。そして派遣法の対象業務が「専門的な知識・技術・経験を必要とする業務」
や「『臨時的・一時的』な業務」に開かれていたのは、常用代替防止のためであった。「自
己の希望する日時、場所で、自己の専門的知識を活かして就業することを希望する労働者
層」が対象とされていたのは、当時の常用労働者である男性労働者には影響しない女性専
門職が想定されていたためであって、常用代替の防止の理念はここにも当てはまる。つま
り法の趣旨・目的とされていたのは①~④であったにもかかわらず、常用代替の防止が真
の法の趣旨・目的となっていた。そしていつしか、常用代替の防止そのものが法の趣旨・
目的のひとつとして扱われるようになったのではないだろうか96。
本稿が派遣法の根本的問題であると考えるのはこの点である。派遣法立法時、上記①~
④が法の目的として設定されていた。そして常用代替の防止は目的ではなかった。しかし
実際には、法文上には現れていない常用代替の防止が、法の目的として機能してきたとい
うべきであったのである。また表現を変えると、「法律」上の趣旨・目的は確かに①~④で
あった。しかし、立法者の意思からは独立した「法」としての趣旨・目的は常用代替防止
であった。これら両者の区別が十分でなかったために、「法律」としての趣旨・目的にも常
用代替の防止が加えられたのだと考えられよう97。
Ⅴ
結語
本稿においては、労働者派遣法を法社会学的、もしくは機能的アプローチによって考察
した。その結果、派遣法の理念は立法時から現在まで一貫して常用代替の防止であること
がわかった。そしてそれは同時に「法」の目的でもあり、
「法律」の改正にかかわらず維持
されてきたものということができよう。そして本稿が最も派遣法の問題であるとしたのは、
派遣法の目的と機能の混同であった。常用代替の防止は派遣法の機能ではなく、派遣法の
目的とされているのである。
96 例えばいよぎんスタッフサービス事件・松山地裁平 15 年 5 月 22 日労働判例 856 号 45 頁では次のよ
うに述べられている。
「派遣法は、派遣労働者の雇用の安定だけでなく、常用代替防止、すなわち派遣先の
常用労働者の雇用の安定をも立法目的とし、派遣期間の制限規定をおくなどして両目的の調和を図ってい
るところ、同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することによって派遣労働者の雇用の安定を図
ることは、常用代替防止の観点から同法の予定するところではないといわなければならない」。この判決は
高裁でも維持され、上告も棄却された。
97 現在の改正議論の場においても、現在の派遣制度は常用代替防止を基本的考え方のひとつとして作られ
ていると述べられている。厚生労働省「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会 報告書」(2013)
6 頁。
19
本稿では、常用代替の防止が目的として機能している法として派遣法を位置付けた。序
論でも述べた通り、本稿で明らかにした理念の是非やこれからの展望については立法論を
待つ他にない。しかし、現在までの派遣法がどのようなものであったかを明らかにしたこ
とで、今後の派遣法のあり方に向けて何らかの示唆となっていることを期待する。
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