合理的選択理論と合理性の一般理論

別冊表紙2015̲PDF用̲別冊表紙2009 平成 27/03/04 10:59 ページ 6
合理的選択理論と合理性の一般理論
レイモン・ブードン
著
久慈利武 訳
Rational-Choice-Theorie und allgemeine Theorie der Rationalität
Raymond BOUDON(Author)
Toshitake KUJI(Translator)
人間情報学研究 第20巻 2015年3月
Reprinted from Journal of Human Informatics
vol.20, March 2015
pp.61−85
(東北学院大学 人間情報学研究所)
別冊表紙2015̲PDF用̲別冊表紙2009 平成 27/03/04 11:00 ページ 8
7̲久慈2015̲基本体裁 平成 27/02/19 15:34 ページ 61
人間情報学研究,第20巻
2015年,61~85頁
61
− 翻 訳 −
合理的選択理論と合理性の一般理論
レイモン・ブードン
著*
久慈利武 訳**
Rational-Choice-Theorie und allgemeine Theorie der Rationalität
Raymond BOUDON(Author)*
Toshitake KUJI(Translator)**
訳者まえがき
ブードンを取り上げるのは、本研究18号に「ドイツ語圏の合理的選択理論家群像 ―― リンデンバー
グ、エサー、オプ」を掲載したが、本来は「ヨーロッパの合理的選択理論家群像」と題して、ヘドス
トロームと並んでブードンも加えるつもりであったが、リンデンバーグ、エサー、オプほどにはブー
ドンに精通していなかったことがあって、次回に持ち越しにしたという事情が働いている。18号の焦
点は、社会学の合理的選択理論が行為理論を経済学とおなじ期待効用最大化行為におく(代表はガリ
ー・ベッカー、ジェームズ・コールマン)ことに向けられた批判に、行為理論の合理性を広く捉える
ことで応戦する代表的人物をとりあげることにあった。合理的選択理論の念頭に置く合理性を用具的
合理性(目的合理性)として捉え、それを一部として含む広い合理的選択理論を構想するのがオプを
除くリンデンバーグ、エサー、ブードンである。
オプは主観的合理性(効用計算も確率計算も主観的に合理的)を想定する。効用計算も確率計算も
第三者からみたら(客観的にみたら)合理的でない行為を、主観的には合理的と判断して行為者が行
動したと想定するものである。リンデンバーグ、エサーとブードンは狭義の合理的選択理論をその一
部に包摂する広義の合理性に依拠した行為の一般理論を構想する。リンデンバーグは、ホモ・エコノ
ミクスに社会学的要素を追加したRREEMM人間モデルがそれであり、効用最大化視点の弱点の補強
を図った弁別モデル、フレーミングモデルがそれであり、物質的ウェル・ビーイングだけでなく社会
的ウェル・ビーイングも追求する社会的生産関数論もそれである。エサーはフレーム選択モデル
(AS自動反射モード+RC熟慮計算モード)
、ブードンは合理性の一般理論(GTR)
、認知的合理性理論
(TCR)
、価値合理性論(TAR)
、ついでにいえばヘドストロームのDBO理論もその系統に数えること
ができる。本稿はブードンの合理性の一般理論の最新版である。
*
**
パリ・ソルボンヌ大学社会学教授(1978‑2002)
東北学院大学人間情報学研究所客員研究員
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序論 なぜ合理的選択理論か
RCTの基底にある基礎原理は3つの言明に
よって要約されうる。
らブラック・ボックスを含まない。対照的に非
合理的説明は必然的にその性質、実在に関して
更なる質問を喚起する様々のタイプの諸力を導
(1)社会現象を説明することはすべてが容易に
入する。Beckerはさらに効用最大化アプロー
承認されうるはずである言明の集合の帰結にそ
チ、RCTの別名は内生的選好を含むまで拡張
れをすることを意味する。
されうることを指摘する。かくしてギャンブル
(2)グドな社会学理論とはいかなる社会現象も
をしたり、喫煙をすることから引き出される快
個人行為の帰結として解釈する理論である。
感はギャンブルをしたり、喫煙をしたいという
(3)行為は「合理的」なものとして分析される
欲求を高める。Beckerの著作が未知を切り開
べきである。
いたと見なされるひとつの理由は、RCTに向
Hollis(1977)が述べるように、
「合理的行為
けられる批判── RCTは所与の手段を個人が
はそれ自身の説明である」。Colemanにとって
選択した理由を説明できるが、別のタイプの活
は、さらに進めて、「行為は「合理的」なもの
動でなくあるタイプの活動を選好したのはなぜ
として扱われるときに限って、説明されたもの
かを説明することができない── に少なくと
と見なされうる」と述べる。かくして「諸個人
も一部は答えることに成功しているからである。
の合理的行為は社会理論の基礎として独特の魅
Beckerが正しくも指摘するように、認知心
力を持っている。もしある制度ないし社会過程
理学者が、何らかの「認知的バイアス」の存在
が諸個人の合理的行為の観点から考察されうる
故に人々が統計問題に間違った回答を与える傾
ならば、そのときに限って、我々はそれが説明
向があることを説明する場合に心理学的諸力を
されたということができる。合理的行為の概念
召喚するやいなや、Michael Ruse(1993)のよ
そのものは我々がそれについてこれ以上何も尋
うな社会生物学者が、道徳的感情は生物学進化
ねる必要のない理解しうる行為概念である
の帰結であると主張する場合に生物学的諸力を
(1986:1)」。Beckerは、「社会科学は合理的と非
召喚するやいなや、社会学者が所与の集合的信
合理的の二つの基本的な次元に沿って分析する
念が社会化の産物であると主張する場合に文化
ことができる。後者は非人格的な力の結果とし
的諸力を召喚するやいなや、理論は説得力のな
て行動を説明することである」という重要な言
いものに思える。合理的説明と対照的に、上記
明を導入する。つまり「効用最大化アプローチ
の説明はすべてさらなる問いを引き起こす。つ
は、広い種類の行動を統一するのに有用である。
まりそれらはブラック・ボックスを含んでい
── 「文化的」、「生物学的」、「心理学的」諸
る。その上、これらの説明はそれらと両立し得
力の上に築かれる── いかなる代替アプロー
ないデータを持ち出すことが容易であるとか、
チも(RCTに)匹敵する洞察と説明力を提供
それらが引き起こすさらなる疑問は答えられる
するようになるとは私には思えない(1996:4)
」
。
チャンスがほとんどないという感覚を残す。か
簡単にいうと、社会現象が合理的個人行為の帰
くして「ローマ帝国初期に大半のローマ人が従
結として説明されるやいなや、その説明はそれ
来のローマ多神教を信仰したのはそのように社
以上の質問を招かない。要するにその説明は何
会化されていたからだ」といったん説明すると、
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旧来の多神教に社会化されていながら、ローマ
第4公準(P4)は、上記の理由は行為者が自分
市の役人と兵隊長がペルシアのミトラ・カルト
の行為の影響(帰結)と見なすものに由来する。
Mithra cult、キリスト教のような一神教に惹き
つけられたのはなぜという質問に出会う
(コンシクエンシャリズムないしインストルー
メンタリズムの公準)
(Weber 1922)。その上、社会化という考えは
第5公準(P5)は、行為者は自分の行為の自分
開くことが難しいブラック・ボックスを生成す
自身に対する影響に関心を払う。(エゴイズム
る。つまり社会化の背後にあるメカニズムを発
の公準)
見した者はこれまで誰もいない。私は、社会化
第6公準(P6)は、行為者は行為ラインの選択
が無価値な考えであるとか、社会化効果といっ
肢のコストとベネフィットを区別でき、もっと
たものは一切存在しないといっているのではな
も有利なバランスを持った行為ラインを選択す
く、社会化の考えは説明的というよりは記述的
る。
(最大化ないし最適化の公準)
だといっているだけである。社会化の考えは、
人々が生育し教育されてきた仕方と彼らの信念
と行動の間に観察される相関を同定するが、説
明していない。
2.RCTの成功
RCTが多くの謎の社会現象に成功裡の納得の
いく説明を与えてきていることは無論である。
その科学的強みはそれが愛好される以前に発見
1.RCTの公準
RCTは公準の集合として描くことができる。
されていた。アレックス・トクヴィルの作品は
この指摘を例証する。彼の分析のいくつかは後
RCTは多くのバージョンを持つ理論群である
世でRCTと呼ばれるものを使用している。18
ので、理論の変種(分枝)を超越するために一
世紀末のフランス農業の停滞についてのトクヴ
般的仕方でそれらを提示することにする。
ィルの説明(Tocqueville 1986(1856))を考察
第1公準(P1)は、いかなる社会現象も個人の
す る 。 18世 紀 フ ラ ン ス の 中 央 集 権 的 特 徴
決定、行為、態度の結果である。(方法論的個
(administrative centralization)は手に入る役
人主義の原理)
人のポジションが多く存在する事実(言明a1)
第2公準(P2)は、原則として少なくとも行為
と彼らが英国よりも(フランスにおいて)威信
は理解しうる。
(理解の原理*)
が高い事実(言明a2)の原因である。言明a1, a2
* いかなる行為も理解しうる動機づけないし理由の結果
によって表現された原因は英国よりも(フラン
として扱われるべきという原理。Emile Durkheim(1897)
がいうように、国内国際の過酷な時期には個人は個人的
スにおいて)地主不在率を引き起こした(言明
問題から後退するので、そのような状況での自殺率の低
b)。地主不在率は技術革新低率の原因である
下を説明するのは納得できる。この事例は理由によって
(言明c)。技術革新低率は景気低迷の原因であ
喚起されることなく、ある行為が理解できることを示し
ている。
る(言明d)
。
この説明からすべてのブラック・ボックスを
第3公準(P3)は、いかなる行為も諸個人の心
省くために、ひとはさらにa1、a2がbの原因な
の中の理由によって引き起こされる。(合理性
のはなぜか、bがcの原因なのはなぜか、cがdの
の公準)
原因なのはなぜか説明しなければならない。そ
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の回答は個人主義的言明の形を取る。つまり当
20世紀で最も印象的出来事のひとつを扱う二
該のカテゴリーに属する理念型の諸個人が彼ら
番目のマクロスコピックな謎の問いは、RCT
が振る舞った仕方で振る舞ったのはなぜか説明
の強さの二番目の事例を与える。冷戦が何十年
する言明である。a1、a2がbの原因なのはなぜ
にも続いたのはなぜか、冷戦が突然終結したの
か。なぜなら地主は役人の地位を容易に買うこ
はなぜか。ソ連が消滅したのはなぜか。ソ連帝
とができることを知っていた(α1)し、そう
国が1990年代初めに突然崩壊したのはなぜか。
することによって彼らは権力、威信、所得を増
それより20年前ないし20年後でなかったのはど
やすことを知っていた(α2)。英国では(フラ
うしてか。低い経済効率、人権の侵害のような
ンスに比べて)役人が少なく、その地位も手に
一般的原因が、ソ連がそのときに崩壊したのは
入れることは容易でなく、報酬も高くない。そ
なぜか、なぜかくも突然に崩壊したのか説明す
の一方で郷紳(gentleman‑ farmer)は地域での
ることはできない。RCTは上記の質問に答え
政治生活を通じて興味深い社会的報酬を手に入
るのを助けることができる。西側世界とソ連は
れる多くの機会を手にした。そのうえ国会議員
第二次世界大戦後まもなく軍備競争に関わるよ
に選ばれる野心を持つ郷紳の良き戦略は地域で
うになった。今では軍備競争は囚人のジレンマ
活躍し、刷新的に見せることであった。かくし
構造の形を取る。相手が軍備増強をするのに、
てフランスの地主は(英国のカウンターパート
わたしがしなければ、わたしは死を招くリスク
が同程度は持たない)土地を離れて王に仕える
を被る。かくして私は軍備に費やすお金を減ら
(α1、α2に述べた)理由をもった。そのような
して学校、病院、福祉に費やすお金を増やした
言明は当該のカテゴリーの地主が彼らが振る舞
くても、政府としては軍備を増強しなければな
った仕方で振る舞ったのはなぜかの疑問を扱
らない。この状況でそのアウトカムは最適でな
う。bがcの原因なのはなぜか。地主の不在が技
くとも、軍備の増強は支配戦略である。合衆国
術革新に敵対的なのはなぜか。地主が土地を農
とソ連は数十年にわたってこのゲームを演じて
民に貸すからである(β)。cがdの原因なのは
き、それぞれが地球を何倍も破壊することがで
なぜか。農民が技術革新にとりかからないのは
きる沢山の核兵器を蓄積してきた。この馬鹿げ
なぜか。彼らが技術革新にとり組む能力を持た
たアウトカムは合理的戦略の所産であった。二
ないからである。彼らは非技術革新的やり方で
つの超大国は彼らの支配戦略を演じ、交渉を通
土地を耕作する理由(γ)をもつ。この理論は
じて彼らの軍備を少しずつ減じる戦略をとるこ
当該の社会的カテゴリー(地主と農民)が彼ら
とができなかった。両列強の数十年にわたるイ
が振る舞った仕方で振る舞ったのはなぜかの疑
ンタラクションを特徴づける囚人のジレンマ構
問を説明する。このトクヴィルの理論は最終的
造が突然壊れたとき、ゲームは終わった。SDI
で自足的である印象を与える。まず、その経験
プロジェクト(スター・ウォーズ)の開発によ
的言明が観察データと一致するから。第二に、
って軍備競争の新しい閾に到達する当時の合衆
農民、地主が各振る舞った理由を説明する言明
国大統領リーガンによって開発された脅威によ
が論理的意味でなく心理的意味で明白であるか
ってゲームは壊された。イニシャティブはある
ら。
はったり方策を含んでいた。技術的にはそのプ
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ロジェクトはどこまで行っても飽和に近づけな
論(1965)』、Anthony Oberschall『社会的紛争
かった。今日でさえ、SDIによって守られるテ
と社会運動(1973)』、Sam Popkin『合理的百
リトリーに対して発射されたミサイルを打ち落
姓(1979)』、James Coleman『社会理論の基礎
とす抑撃ミサイルを考案するという目的はどん
(1990)』、Timur Kuran『私的な真理と公的な
なにひいき目に見ても問題を孕んでいるように
、
嘘(1995)
』
、Russel Hardin『一人対全員(1995)
』
思われる。経済的にはそのプロジェクトは非常
歴 史 学 の 著 作 だ が Hilton Root『 特 権 の 泉
に出費が嵩むので、ソ連は深刻な国内経済問題
(1994)』、政治学の著作だがBo Rothstein「社
を生むことなしには決して追随できないことを
会的ジレンマとしての普遍的福祉国家(2001)
」
知った。かくしてソ連政府は追随しなかった。
がある。それゆえRCTが過去にも最近も沢山
それによって軍事力に特に根拠を持つ列強の地
の重要な科学的貢献をもたらしたことは疑問の
位を失った。もちろん、ソ連の崩壊には他の原
余地がない。コールマンによって創刊された
因もあったが、基本的原因は、二つの列強のこ
「合理性と社会」誌への読者が証明するように、
れまでの関係を特徴づけてきた囚人のジレンマ
社会学者の広汎な異議にも拘わらず、RCTが
ゲームがリーガンの突然の指し手によって壊さ
十分に定着したのはなぜかを説明する。
れたことであった。ここではRCTアプローチ
私は簡単にポプキンから借用した事例を引き
は大きなマクロな歴史現象の主要原因のひとつ
合いに出す(Popkin 1979)。それはホーリステ
を同定するのを助ける。ゴルバチョフがソ連に
ックな説明を個人主義タイプの合理的選択によ
とって致命的となるであろう新しい方向に指し
って置き換えるときに、不可思議な社会現象に
手をしたのはなぜか、ソ連がまさにその時点に
納得のいく説明が提示されうることを明らかに
崩壊したのはなぜかに関してひとつの説明を与
する。合理的選択理論あるいは方法論的個人主
えている。この場合、我々は馬鹿げた軍備競争
義の敵対者はこの概念に対する重大な異議が存
が行われたのはなぜか、軍備競争が所与の時点
在するときにも、従来のホーリステックな説明
で突然ストップし、主役の一方を敗者にしたの
を擁護する。
はなぜかに関するブラック・ボックスを持たな
1920年代のベトナムに関する研究の中で、ポ
い説明を手に入れる。RCTのゲーム理論アプ
プキンは、なぜそれから土地が集められた伝統
ローチは行為者の非常にシンプルな表示を使用
的な村の集まりが全員、村落住民の全員が賛成
するものの、納得のいく説明を与える。RCT
するときにのみある規範が力を持つことを謳う
公理は還元主義的ではあるもののここでは非現
全会一致の憲法原理に賛成したのかを尋ねてい
実的ではない。いかなる政府もエゴイストであ
る。東南アジア、アフリカその他における大半
る、つまり自分の国益を考慮しなければならな
の伝統的村落社会によって全会一致規則がなぜ
いのは真実である。
引き継がれているかという問いに関する文献
科学的価値をRCTモデルを使用する事実に
は、大抵伝統社会の個人はその個人アイデンテ
負う数多くのもっと新しい著作が容易に挙げら
ィティの弱く形成された意識を持ち、一枚岩の
れる。社会学の著作、経済学の著作で思い浮か
集団が唯一の権利集団であることを前提として
ぶだけでも、Mancer Olson『集合的行為の理
いる。その集団だけが集合決定を正当化するこ
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とができる。この全体的説明は広く普及してい
きたであろう。今では国民の極貧層だけが稲田
る。それは超個人的文化の影響下で全会一致の
の残り物のおかげで生き延びている。したがっ
憲法ルールを受け入れてきたと想定する。
て、全会一致以外のすべては国民のある一部に
この説明に対する最初の反対(異議)として、
とって死の危険をもたらす。そのような可能性
それは非常に思弁的で直接にアドホックに見え
を引き起こす憲法が正当と見なされることは受
る心理学的仮説に基づいたものである、が持ち
け入れられない。貧者にも(社会のまとまりに
出される。それになお二つの反対(異議)が追
価値をおく)それほど貧しくない者にとっても。
加される。ひとつは論理的反対で、全会一致は
拒否権の別称である。従って全会一致原理が支
3.RCTは一般理論とみなすことができるか
配している社会の個人は多数決原理が支配して
RCTはパワフルな理論であるものの、少な
いる社会の個人より少ない権力を手にするので
からざる現象に直面するとパワーレスであるよ
はなく、反対に多くの権力を手にしているので
うに思われる。印象的なリストはRCTが説明
ある。もう一つは経験的反対で、全会一致原理
できないすべての馴染みの現象から構成されう
の下で駆動している伝統的な村落社会では、一
る。社会科学共同体が二つの陣営に分割されう
般的に長談義概念が意味するように、集合決定
るように思われる限り、成功と失敗(拒絶)の
は最終的に際限なく続く議論に突き当たる。一
この組み合わせは強調する価値がある。RCT
般的に言うと、ホーリステックな説明はヒロイ
を新しい福音として扱うグループと弾劾すべき
ックである。なぜならそれは個人の身体の中に、
功利主義の末裔と思うグループ。さらに成功と
その存在論の威厳が確かに各々の集団の下で格
失敗のこの混合はあるケースでのそれが失敗し
づけられるという観念が植え付けられる能力を
た理由を尋ねるのを活気づける。
持つ文化力の存在を仮定しているから。 それ
は「全会一致原理は他の原理よりも個人に少な
3.1 投票の逆説
い権力を与える」と正しくない主張をしている
選挙の行方への一票の効果は実際にはゼロで
ため、そしてそれは伝統的村落社会の決定であ
ある。ひとがRCTの公準に従うと合理的な市
れ、EUの決定であれ、アメリカの陪審員裁判
民は投票に行かないはずである。投票の費用は
の決定であれ、全会一致規則が支配している長
ゼロではない。人は投票所に行くと別な活動を
談義現象を無視しているため擁護できない。
放棄しなければならない。投票の効果は無意味
ポプキンは、合理的選択理論がその現象にも
である。それでもなお多くの市民は投票に行く。
う一つ満足のいく説明を与えていることを明ら
この逆説への多くの回答が提案され、そのう
かにしている。ベトナム村落共同体の当時の経
ちのいくつかは素晴らしいものだが、実際には
済秩序は自給自足経済であった。そのような社
納得いかせるのに失敗している。ある理論がい
会は経済的余剰を手にしていなかった。生産は
うには、人々は投票することが好きなのだ。別
ローカルな使用だけを賄っていた。全会一致ル
の理論がいうには、それが起こる確率は無限に
ールの代わりに多数決ルールが通用していたな
小さいことを知っていても、自分の棄権が意味
ら、集合決定は例えば残り物への権利を廃棄で
をなす場合に強い後悔をするので、投票するの
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だ(Ferejohn/ Fiorina 1974)。投票しないと評
の特定の事態に自分がさらされる費用と何ら関
判を失う危険を冒すから、投票するのだ
係なかった。他方で、社会的行為者は彼らの行
(Overbye 1995)。時折RCTは認知フレームの
為から何らの効用も獲得しないか、専ら損害だ
発想によってもっと柔軟なものになる。
けを被ることが観察された。
『ホワイト・カラー
Quattrone/ Tversky(1987)は、カルヴィニス
(1951)』のなかでミルズは「過剰反応の逆説」
トがこの態度が彼らが選民の側に属するしるし
を描写している。彼はあるサーヴィス企業で全
と信じるので成功を思考するのと全く同様、投
員が同じ課題に取り組んでいる女性事務員を活
票する動機付けは彼らの政党が勝利に向かうし
写している。全員は大きな部屋で同じ机に座っ
るしとみなしている。そのようなフレームはア
ている。全員は同じ労働環境のなかにいる。些
ドホックなものとして登場するだけでなく、ブ
細なことをめぐって激しい対立がしばしば生じ
ラック・ボックスを導入する者としても登場す
た。従業員達は彼らが窓側に、あるいは熱源近
る。Schussler(2000)は投票者を投票行為に
くに座っていることで互いをうらやんでいた。
用具的関心を持つよりもむしろ表出的関心を持
外部の観察者はそのような対立を当然非合理的
つという観念から出発している。
と見なすことだろう。なぜそのような激しい反
上記の回答のうちで広く受け入れられている
応が起こったのか。女性達の行動はそれゆえ
ものはひとつもない。Ferejohn/ Fiorinaのよう
RCTモデルからは奇妙にうつるので、子供じ
に、一部の者は高度に知的な名人芸を示してい
みた行動のような非合理的解釈に頼るだろう。
る。しかしながら、逆説を排除していない。
社会学者はRCTはミルズによって観察された
過剰反応の問題の逆説を説明することができな
3.2 他の逆説
いと述べるだろう。
投票行為と並んで、さらにもう一つの古典的
心理学者は古典的な最後通牒ゲーム(Hoffman
な逆説が持ち出されうる。アレ(Allais)の逆
/Spitzer 1985; Wilson 1993)を含む多くの心理
説は「賭けに向かい合う被験者は多くの場合、
学的実験を産出してきている。このゲームでは、
期待効用最大化原理に従わない」ことを指す
プレイヤーAは所与の金額が自分とBの間でど
(Allais/ Hagen 1979; Hagen 1995)
。金銭的損害
のように分けられるべきかを提案する。BはA
が及ぶときよりも自分に何ら金銭的損害が及ば
の提案を受け入れるか拒否することだけができ
ないときには、個人は筆舌に表しがたいことを
る。彼が拒否すればAもBも一銭も手に入らな
容易に受け入れることができることをBrno
い。Bが受け入れるなら、Aによって提案され
Frey(1997)は証明した。共同体がそれを賠
た金額が手にはいる。RCTは、AはBより圧倒
償することが意図されていなかったときに、フ
的に多い金額を提案するだろうと予想する(例
ライが実施した研究の被質問者は、彼らの共同
80/20)。だが、多くの場合、Aは50/50に近い
体の一角に放射性廃棄物の貯蔵を受け入れた。
分け前を提案する。
社会学者はRCTにとって挑戦とみなされう
チューリッヒの興味深い実験は被験者Bは通
る無数の観察を挙げてきた。多くの事例で所与
常はRCTの予想に反して、Aに80%、自分に
の状況に逆らう社会的被験者の否定的反応はこ
20%の分け前を拒否する。ただし彼の脳の特定
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箇所が磁力の刺激によって不活性化していると
行動はすべて信念を伴う。RCTによれば、
きに受け入れるが(Henderson 2006)
。上記のケ
生き残りのチャンスを最大化するために、私は
ースはRCTにとっては苦痛なニュースである。
通りを横断する前に右左をみるであろう。この
というのは、人びとは脳の正常な働きが変えら
行動はある信念によって指令されている。もし
れるときに、最後通牒ゲームの予測に従って行
われわれが右左をみないなら、私はシリアスな
動するから。
機会に見舞われるであろうと信じている。ここ
多くの観察は同様の結論に導くだろう。それ
では含まれる信念は平凡(ごくありふれたもの)
らは非合理的にも合理的にも満足に解釈できな
で、分析家にとってもっと詳しく眺める価値の
い。若干の例 ── 大半の西洋諸国で流布して
ないものである。しかしながら、行動の他のア
いる条件(通常の条件)での腐敗 ── は普通
イテムを考察するためには、それらの行動が依
の人には見えない。その影響にもきづかない。
拠している信念を説明することが大事である。
にもかかわらず、腐敗は容認できないものと見
いまやRCTは信念について我々に知らせるも
なしている。盗作は大半の場合影響をもたらさ
のは何も持たない。第一のタイプは「行為者が
ない。ある事例では、盗作が一般の注目を惹き
平凡でない信念」に自分の選択を基づかせてい
つけたので盗作された人物の利益に奉仕したこ
ない事実によって特徴づけられる。
とがある。死刑のような若干の争点に関して、
信念は支持する理論の結果であるが故に行為
人々は個人的には見舞われる確率はゼロであっ
者が所与の信念を抱いているものと我々は想定
ても、強い意見を持つことができる。換言すれ
することができる。さらに我々はその理論の支
ば、多くの場合、人々は彼ら自身の利害に関係
持は合理的行為であると想定することができ
ない、彼らの行為、反応の帰結に関係ない考慮
る。しかしここでは合理性は用具的なものでは
によって導かれている。
なく、認知的なものである。ある基準に照らし
おおむね、心理学者、社会学者、経済学者は
てできるだけ満足のいく仕方で所与の現象を説
RCTフレーム内で容易に説明できない膨大な
明することを可能にする理論が優先される。行
観察を生み出してきている。この状況は二つの
為者はその理論が真理であると信じるので、あ
疑問を引き起こす。RCTがそんなに頻繁に失
る理論を信じる。逆に広汎なパラドックスに直
敗するのはなぜなのか。ブラック・ボックスを
面するとき、厄介に巻き込まれるのは、RCT
持たず、その欠陥を取り除いた説明を与えるモ
が合理性を用具的合理性に還元しているからで
デルは存在するのか。
ある。
一部の社会学者は認知的合理性を用具的実在
4.RCTの弱点の源泉
に還元しようとしてきている。Radnitzky(1987)
RCTの歯が立たない理由を確定することは
はある科学理論の支持はコスト・ベネフィット
大して難しいことではない。RCTが説明でき
分析から生じると述べている。Radnitzkyがい
ない社会現象は多くの特徴を共有している。
うには、ある科学理論に対する反対がその擁護
RCTの統治を免れる現象3タイプが同定され
をコストの嵩むものにするやいなや、科学者は
うる。
ある理論を信じることを止める。それはマスト
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合理的選択理論と合理性の一般理論
69
の前の水平線から船体が消えるのはなぜか、月
己利益に反する行動をする。有権者(投票者)
が三日月の形をするのはなぜか、一定の方向を
は、その票が選挙結果に実質的にほとんど影響
維持する航海士が地球が平べったいという理論
を及ぼさないのに投票する。市民は個人的に何
を認めるなら出発点に戻るのはなぜかを説明す
の影響も被らないのに腐敗を雄弁に非難する。
ることは厄介である。しかし「厄介」という語
盗用は誰一人傷付いた者がいないのに、盗用さ
を「コストが嵩む」という語に置き換えること
れた作家の評判が高まったのに、軽蔑の感情を
は我々に何を得させるのか。所与の理論を擁護
生じさせる。陰謀が自身以外の誰にも問題を作
することはもっと厄介なのでもっと費用が嵩む
り出さなくても、詐欺師に非難の指さしをする。
であろう。我々はそれが擁護にコストがかから
RCTがその前で無力になる第三のタイプは、
ないという理由で、アリストテレスよりも
自己利益によって指令されているといかなる意
Torricelli‑Pascal の気圧計理論を選ぶ。しかし
味でも仮定できない個人行動を含む現象であ
それがコストがかからないのは、まず自然が真
る。ソフォクレスの「アンチゴーネ」がパリ、
空を好まないだろうという疑わしい擬人的考え
北京、アルジェのどこで演じられるかに関係な
を導入していないこと、第二に山の頂上でより
く、悲劇の観衆は躊躇なくクレオンを非難し、
も山の麓で気圧計の水銀が上昇するのはなぜか
アンチゴーネを支持する。RCTがこの普遍的
を正しく予測するからである。この違いを同定
反応を説明できない理由は単純である。観衆の
してこなかった限りで、我々は後者の理論を擁
利害が彼らの前の事柄によって決して影響され
護することの方がコストが嵩む理由を説明でき
ないからである。それゆえ、我々は彼らに個人
ない。
的に降りかかる影響によってその反応を説明で
第二タイプの現象の前でもRCTは無力であ
きない。少しも影響がないから。観衆はテーベ
る。行為者がノンコンシクエンシャリストタイ
の運命に直接に関わらないから。テーベの運命
プの指令信念に従う事実によって特徴づけられ
は過去に所属し、誰一人その運命をコントロー
る。RCTは指令信念がコンシクエンシャリス
できないから。かくしてコンシクエンシャリズ
トである限り、指令的信念に安心している。た
ムと自己利害公準は事実上失効している。
とえば、大半の人々が交通信号がいいことだと
社会的行為者は定常的に、彼らが少しも個人
信じているのはなぜかを説明することはRCT
的に巻き込まれない状況を評価することが求め
には何の困難もない。それらが私に表示する不
られる限り、社会学者はしばしばこの種の現象
便さにも拘わらず、それらは私が便利と判定す
に直面している自分に気づく。大半の人々は個
る帰結を持っているので、私はそれらを受け入
人的には死にあたいする罰に巻き込まれない。
れる。ここではRCTは信念と信念によって引
それは彼らにも、彼らの家族にも、友人にもタ
き起こされる態度、行動を有効に説明する。し
ッチしない。これは彼らがこの問題に強い意見
かしコンシクエンスの観点から容易に説明でき
を持つことができないことを意味する。彼らが
ない規範的信念に横着するときには、RCTは
自己利害的であると想定する公準群が彼らの利
無言である(Boudon 2001, 2004)。古典的な社
害が何も関わらない状況での彼らの反応をどの
会心理学実験「最後通牒ゲーム」の被験者は自
ように説明するのか。上記の意見は全体として
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久慈利武
70
の社会科学にとって重要な結論に導く。すなわ
認知的合理性を無視するところにある。逆に、
ち、RCTは主要な社会的勢力である、従って
学問としての社会学は、多くの古典的および現
社会学者にとって重要な主題である世論現象に
代の社会学研究がその説明効力を用具的バージ
関して我々に教えるものはほとんどない。
ョンと正反対の認知的バージョンの使用に負っ
一般的にいって、RCTはまず、非些末的信念
ていることに気づくことが重要である。
に関わる現象、次に非コンシクエンシャル、指
合理性の一般理論(GTR)はRCTの主要な
令的ないし規範的信念を含む現象、第三に、も
利点(つまりブラック・ボックスのない説明を
のの性質に基づいて個人による自己利害によっ
与える)を持ち、欠点を持たないのは広義の合
て支配されえない反応を引き起こす現象に関わ
理性概念のおかげである。これはそれが哲学者
るときには歯が立たない。
によってでなく、傑出した古典的社会科学者と
5.RCTを超えて:広義の合理性理論を使用
いる理由である。
現代の社会科学者によって広く受け入れられて
する
上記の考察は、公理P4, P5, P6はすべてのケー
用具的合理性を補完するが本質的に異なる価
値合理性概念を作り出すことによって、マック
スではなく、一部のケースで歓迎されることを
ス・ウェーバーは、合理性は非用具的である、
物語る。逆に公理P1, P2, P3の集合はP1~P6の集
つまり合理性は用具的合理性より広い、RCT
合より一般的であるように思われる。P1は通常
によって想定された用具的合理性の特殊形態
方法論的個人主義(MI)と呼ばれるものを定
(P1~P6)より広いというテーゼを明確に支持
義するのに対して、P 1 と P 2 からなる集合は
している。
(ウェーバー的意味での)解釈社会学を定義す
理論家は用具的合理性が唯一の形態の合理性
る。P1~P3の集合に関しては、それは行為が行
でないことに気づいている。多くの古典社会学
為者の心にある理由に根ざしているという意味
者、現代の社会学者の分析は陰に陽に、GTR
で行為が合理的と想定される解釈社会学のバー
モデルを特徴とする広義の合理性概念を使用し
ジョンを定義する。私はP1~P3の集合によって
ている。若干の事例はこの見解を支持する。
定義されるパラダイムを合理性の一般理論
(GTR)と呼ぶ。それは任意の集合現象が個々
の人間行為の結果であるものと想定する。それ
6.認知的合理性
6.1 フランスにおける建設への信念
は原則として観察者が十分な情報を持つと仮定
トクヴィルのひとつの事例(Tocqueville
すれば、観察された行為者の行為は常に理解し
1896)では、行為者の行動の説明に認知的合理
うることを想定する。その行為者の行為の原因
性が利用されている。彼は革命直前にフランス
は彼がその行為に着手する理由であることを想
の知識人が理性(Vernunft)の観念に捉えられ
定する。
たのはなぜか、その抽象的観念が瞬く間に民衆
RCTの失敗はすべての合理性を用具的合理
に広まったのはなぜか、かようなことが当時の
性に還元し、記述的問題にだけでなく指令的問
ドイツにも、英国にも、まして合衆国でも見た
題(価値合理性)にも当てはまる(適用される)
ことのなかったのはなぜか自問した。それは巨
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合理的選択理論と合理性の一般理論
大な巨視的影響をもたらした現象であった。
71
の観念に根ざしており、それゆえ合理的と考え
トクヴィルの説明は18世紀末のフランス人は
ることはできないということが持ち出される。
理性(Vernuft)を信じる強い理由(Grunde)
しかしこの思いこまれた観念に対抗するため
を持っていたことを明らかにすることにある。
に、虚偽の信念はその各々に妥当するようにみ
当時のフランスでは、多くの伝統的制度は不当
え、強い理由に根ざすことができ、その意味で
なものに思われていた。ひとつは貴族が第三階
合理的である、と主張したい。
級より優れているという思想であった。貴族は
パレートは「科学史は科学者への信頼のもと
ローカルな政治的事柄にも経済的生活にも参加
で信じたすべての虚偽観念の墓場である」と根
しなかった。むしろ彼らはベルサイユで時間を
拠を持って述べてきた。換言すれば、科学は真
過ごした。田舎に留まった人々は自分たちが貧
の観念の他に虚偽の観念を生み出している。今
者であるという彼らの特権に益々執着した。こ
では上記の虚偽観念が非合理的原因の影響下で
れは彼らが醜い小さな餌食になる鳥の名(the
科学者によって支持されるという考えを受け入
hobereau)をつけられた理由を説明する。その
れる者は誰一人いないだろう。なぜなら科学者
メタファーは非常に合致していると知覚された
の脳は不適切な仕方で接続されてきたであろう
ので瞬く間に広がった。次の等式が多くの個人
から、科学者の精神が不適切な「認知的バイア
の心の中に設定された。伝統=逆機能=不当性、
ス」、「フレーム」、「ハヴィトウス」によって、
逆に理性=進歩=正当性。理性に基づく社会を
階級利害によって、感情的原因によって曖昧化
建設するという哲学者の呼びかけがそのような
されてきたであろうから。科学者は認知コンテ
即座の成功を享受したのは、この議論の流れが
キストを所与とすれば、それらを信じる強い理
民衆の心の中に潜在していたためであった。
由を持つので、しばしばのちに虚偽であること
反対に、英国人は伝統と理性が対立する十分
が判明する言明を信じる。
な理由を持たなかった。英国では、貴族が重要
自然が真空を嫌うという考えをもはや我々は
な役割を果たしていた。彼らはローカルで社会
信じていない。ギリシア人が信じていたのはそ
生活、政治生活、経済生活を送っていた。慣習
れらが非合理的であったためでなく、彼らがそ
的思考で、英国の制度によって彼らに帰せしめ
れ以外に多くの現象を説明する仕方を知らなか
られる優位性は機能的で、それゆえ正当とみな
ったためである。気圧計のアリストテレス理論
された。総じて伝統的な英国制度は逆機能的と
フロギストン*、エーテル**、その他今は我々に
みなされなかった。トクヴィルはここではフラ
とって純粋に架空のものに見える実在物、メカ
ンスと英国の奇妙な謎に納得のいく説明を与え
ニズムを信じる者は認知的コンテキストを所与
ている。フランス人はそのように反応する理由
とすれば、当時はそれらを信じる強い理由を持
を持っていたが、その理由は用具的種類のもの
っていた。水銀の酸化の一片が真空のベルジャ
ではない(Boudon 2006)
。
ーの下で加熱されたとき、ベルの壁上に現れた
水滴が考察されるべきことがすぐには気づかれ
6.2 虚偽の信念が合理的なものになりうるか?
GTRへの異議として、行為がしばしば虚偽
Journal of Human Informatics Vol. 20
なかった。この水滴が現れたことは規則的に即
座の注目を免れ、この結果がフロギストン理論
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に抵触することがはっきり気づかれることはな
的説明が日常的知識ordinary knowledgeにも当
かった。この水滴がプリーストリによりラボア
てはまることを証明するいくつかの事例を提示
ジェに勝利を与えるだろうと予想することは困
した。私は呪術を信じる事例*、認知心理学者
難であった。
によって観察された虚偽の信念**を集中的に追
* ** フロギストンは燃焼の原因と考えられた架空の元素。
求した。
エーテルは光、熱、電磁気を伝える媒体質と考えられた
架空の物質。
通常の知識によって生み出された虚偽の信念
*(訳注2003復元) ひとつの事例は、呪術を信じる事例
である。呪術を信じることは定義するのが容易くないが、
単純化のために虚偽の因果関係にある信念と定義する。
この主題に関する文献は膨大である。しかし呪術信仰に
が虚偽の科学的言明と同じ流儀で説明されるべ
ついての少数の典型的説明が挙げられうる(Boudon
きでないのはなぜか、つまり彼らが指し手をし
1994)
。
た認知的コンテキストを所与として、彼らが強
いものと知覚する理由に基づいて、説明される
べきでないのはなぜか。
私がここで強調したいのは、虚偽観念を信じ
ることが行為者の心の中の理由によって引き起
こされることがあるということ、虚偽観念を信
じることが社会学者に興味ある状況の中で理性
によってしばしば引き起こされることである。
これらの理由が我々にとってたとえ虚偽に見え
ようと、それらは正しいもの、強いものと行為
第一のものは、レヴィ・ブリュールのもので、因果的
非合理的説明である。未開人は彼らの脳が我々の脳と異
なっているので虚偽の因果関係を信じる。その結果彼ら
は因果性と類似性を混同する。このため彼らはある人物
の代理である人形を傷つけるとき、現実の人間を傷つけ
ていると思うだろう。
第二のものは、ヴィットゲンシュタインのもので、呪
術の儀式は未開人の心では、用具的機能より表出的機能
を持つものと解釈されるべきである。
第三のものは、認知的コンテキストを所与として、
人々は虚偽の因果関係を信じる強い理性を持っていると
いうものである。このタイプの理論は強い仮定を導入し
ない利点を持つ。そのうえ時空を通じて呪術信仰の複雑
者自身によって知覚される。彼らが正しいと知
な分布図を再生産することが容易である。概して科学理
覚するものが間違っていることを説明するため
論を評価するために通常用いられる見地から見てはるか
に、我々は彼らの心が何らかの架空のメカニズ
に受け入れやすい。
ム*によって、RCTによって喚起されたもっと
平凡なフレームによって曖昧化されていると仮
** 認知心理学者によってプロデュースされた実験は社会
学者にとっても非常に興味深い。感情的要因が虚偽の信
念の説明から排除されるように、実験者が彼らを直面さ
定する必要はない。たいてい、彼らが存在する
せる問題に関して被験者が感情的に中立的状況と、汚染
認知的コンテキストを所与とすれば、行為者が
と模倣の影響がアプリオリに排除されるように、被験者
虚偽の観念を信じる強い理由を持つという仮定
を立てることによって、説明は益々受け入れや
が互いに孤立させられている状況において人為的に虚偽
の集合的信念を産出しているから。
但し心理学者自身は彼らの知見をレヴィ・ブリュール
すい。
流の仮定の助けを借りてしばしば説明しているが、わた
* マルクスの虚偽意識、フロイトの無意識、レヴィ・ブ
しは虚偽信念の大半は強い理性によって説明されうるこ
リュールの原始心性、ブルデューのハヴィトウス、認知
とを述べたい。
心理学(認知の歪み、メンタルフレーム)
ここでは第2カテゴリに属するひとつの事例
私は他の箇所(Boudon 1994)で虚偽の科学
(Kahneman/Tversky 1973)に絞る。心理療法
的信念の場合に我々が正常と見なす信念の合理
家がうつは自殺着手の一因かどうか尋ねられた
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合理的選択理論と合理性の一般理論
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表1aがeg/iよりはるかに大きい場合、ひとつの情報断片aから因果的憶測が引き出しうる。
自殺試みた
自殺試みなかった
うつ症状
a
b
e = a+b
うつ症状なし
c
d
f = c+d
g = a+c
h = b+d
計
計
i = a+b+c+d
時、彼らは同意した。なぜかと尋ねられたとき、
高い数字は現実的でないであろう。上記の仮定
彼らは二つの特徴を持つ患者をよく観察すると
で、二つの性質を持つ人々のパーセンテージa
答えた。患者の多くはうつに罹っていたように
が4以上である場合、2変数は相関し、かくし
見えたし、彼らは自殺を試みたことがあった。
て因果性はあり得るものと想定される。100人
もちろんその返答は心理療法家が分割表の一片
中10人が二つの性質を持つことを知る心理療法
の情報を使用していることを物語る。彼らの議
家が二つの特徴に因果関連の存在を信じる十分
論は、aは高い、かくしてうつは自殺を試みる
な理由を持つだろう。
原因である。
いま統計学の1年生がそのような議論は間違
この事例では、心理療法家の信念は実は間違
っていない。他の事例では、認知心理学によっ
いであることを知っている。うつと自殺を試み
て生み出された信念は紛れもなく間違っている
ることのあいだに相関が存在すると結論するた
ように見えた。しかしながら、大抵の場合、こ
めには、一片の情報(a)だけでなく、4片の
れらの信念は被験者によって強いと知覚されて
情報a/e‑c/f (差)を考察しなければならない。
いる理由に根ざしているものとして説明されう
心理療法家の返答は「統計学の直感は統計的
推論の妥当するルールに何の関係もないルール
ることを私は知っている。
明らかに、上記の理由は便益マイナス費用タ
に従っているように見える」ことを示している。
イプのものではない。むしろそれらは認知的タ
しかしそれはレヴィ・ブリュール流に心理療法
イプである。行為者によって追求されている目
家の脳が間違った接続がされていると我々が仮
的は効用の最大化ではなく、むしろ何かがあり
定すべきことにはならない。心理療法家は自分
得そう、真実であるかどうか確定する信憑性で
が何をしているか信じる強い理由を持ってい
ある。合理性は用具的次元の他に、認知的次元
る。彼らの返事は統計的直感は予想されるほど
を持つ。正にこの理由で、GTRはRCTよりも
に欠陥のあるものではない、ことを示唆してい
沢山の社会現象により十分な説明を与える。
る。たとえば表1のeは20%以下、換言すればそ
GTRは折衷的解決*よりもさらに受け入れられ
の心理療法家の患者の20%はうつの兆候を持
る説明をもたらす。精神的フレームのこの折衷
ち、gもまた20%に等しい(患者の20%が自殺
理論は、自分の手段を非合理的に選択するとき
を試みたことがある)と仮定する。確かにより
にも、目標を自分で設定したり、価値に左右さ
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れるときにも個人が合理的であると仮定する。
で、ヒエラルキー的に組織された社会のそれで
選択は合理的だが、行動は非合理的である
あり、ヒエラルキーは公式化された手続きに従
(Elster 1989)
。それと対照的に、マックス・ウ
って確定された能力とスキルに基づかねばなら
ェーバー、彼以前のトクヴィルはウェーバーの
ない。これはローマにもプロシアにも当てはま
理解社会学の構想を受け入れる現代の社会学者
るものであった。一緒になって官僚制国家の政
同様、信念、選好、価値は個人主義の思考の中
治組織のための上記の原理は彼らの目には、妥
で理由に遡ることができるということから出発
当な政治哲学の反映であった。彼らはローマの
する。だがここに関して合理性理論は、合理性
役人の場合にはミトラ教の入会儀礼、プロシア
の用具的次元と並んで、合理性の認知的次元な
の場合にはフリーメーソン教の入会儀礼を形而
らびに認知的次元の価値的分枝も含まれること
上学・宗教モードにおいて同じ原理を表現する
を認める。
ものと知覚した。
* その特徴は、行為者が思弁的議論によって彼の虜にな
* 各々は優れた法則に従う脱身体化した超越のビジョン
った精神フレームを経験的データと調和させようとする
と入会儀礼を通じてヒエラルキー的に組織された集団とし
ところにある。例えば、地勢中心的世界像は周転円理論
て忠実な者のコミュニティ概念によって特徴づけられる。
epicycletheoryに依拠することによって語られる。
別の例を引用するなら、ウェーバーは農民は
認知的合理性概念は難なく定式化されうる。
一神教を受け入れるのが困難であった。なぜな
ある現象Pを説明する議論システム{S}→Pは
ら彼らは自然現象の不確定性が物事の秩序が単
次の時にPの妥当な説明とみなすことは認知的
一の意志に従うことができるという観念と少し
に合理的である。
も両立しうるように彼らには思えなかったか
1){S}のすべての文章が受け入れられるとき、
ら。多神教は自然現象の不確定性とはるかにう
2)手に入る代替説明{S}' が一切存在せず、{S}が
まく調和した。農民が一神教に抵抗したことは、
優先されるとき、
農民にあたるラテン語はのちに異教徒、無神論
者を意味したことを説明する。
6.3
宗教信念は合理的なものとして分析され
うるか?
7.価値合理性
信念の合理的説明の観念はひとつの事例で例
ウェーバーの「価値合理性」はしばしば「価
証されうる。古代ローマと近代プロシアの役人、
値同調」と同義とみなされている。私はむしろ、
軍人、政治家はミトラ教、フリーメーソン教*
記述的信念と全く同じように、規律的信念が彼
のようなカルトに惹きつけられたのはなぜか。
らによって強いものと知覚された理由システム
そのような宗教における忠実の規約は上記の社
に基づき社会的行為者の心に根ざしている場合
会的カテゴリーの社会、政治哲学と一致する。
をその表現は指しているといいたい(Boudon
そのメンバーは社会システムは正当な集権的権
2001a)
。
威の支配下でのみ機能することができ、その権
価値合理性は公式には次のように定義されうる。
威は非人格的なルールによって動かされねばな
{Q}→Nの議論システムにおいて少なくともひ
らないと信じていた。彼らのビジョンは機能的
とつの価値言明が含まれ、引き出されることを
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所与とすれば、規範Nは妥当し、その中ですべ
可能である。兵士をつくったり、坑夫をつ
てのQの文章は受け入れられ、相互に矛盾しな
くるのに多くの時間と努力を要する。
い。{Q}' の代替議論システムが一切手に入らず、
規範Nと両立できない規範N'に導くQが優先さ
れるとき、Nを受け入れることは合理的である。
5.にもかかわらず、二つのタイプのジョブ
には重要な違いがある。
6.兵士は社会である中心的な役割に奉仕し
ウェーバーの発想に含まれるこの重要な直感
ている。国のアイデンティティと存立そ
はアダム・スミスのこころにすでに明白に存在
のものを保つ。坑夫はとりわけ経済活動を
していた。
果たしている。彼は織物工とおなじくらい
社会に中心的でない。
7.1 アダム・スミスの例
7.したがって、ふたりの男性の職務中の死
スミスの『道徳感情論』はRCTに依拠して
は異なった社会的意味を持つ。坑夫の死は
いないということは認識されているものの、も
事故死とみなされ、戦場での兵士は死は犠
っと有名な『国富論』はRCTに依拠している
牲死とみなされる。
ものと時々思われている。しかしながら、いく
8.それぞれの活動の社会的意味の違いの故
つかの事例がこれが正しくないことを明らかに
に、兵士は戦場で死んだ場合、シンボリッ
する。経済理論に多大な影響を及ぼしてきたこ
クな報酬、威信、シンボリックな区別、弔
の書においてさえ、スミスはRCTを使用せず、
いの栄誉を授けられる。
むしろMIの認知バージョン、GTRを使用して
いる。
9.坑夫は同じシンボリックな報酬は授けら
れない。
我々(18世紀の英国人)は兵士が坑夫より給
10. 特にリスクと投資の点で二つのカテゴ
与が少ないのを正常とみなすのはどうしてかス
リーの貢献は同じであるが故に、坑夫の給
ミスは尋ねている。返答のスミスの方法論は今
与をもっと高くすることによってのみ、貢
日多くの類似の質問に適用されうるだろう。な
献と報酬の均衡は回復されうる。
ぜ我々はかくかくの職業が別なある職業より給
11. この理由システムは「坑夫が兵士より
与が多くあるいは少なく支払われるのが公平と
も給与が高く支払われるべき」という我々
感じるのか(Smith 1976[1776], book 1, chp.10)
。
感情に責任がある。
彼の返答は次の通りであった。
1.給与は貢献への報いである。
2.等しい貢献は等しい報酬で対応すべきで
ある。
まず第一に、スミスの分析はRCMを使用し
ていない。人々はベネフィットとコストの差を
極大化するために彼らが信じる物を信じていな
3.貢献の価値の中にはいくつかの要素が入
い。彼らは自分が信じる物を信じる強い理由を
っている。たとえば、所与のタイプの能
持っているが、この理由はコスト・ベネフィッ
力を産出するのに要求される投資、貢献の
トタイプのものではない。この理由はコンシク
実現に伴うリスク等。
エンシャルタイプのものでもない。議論のどこ
4.兵士と坑夫の場合、投下した時間が比較
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にも、坑夫が兵士よりも多く給与が支払われな
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いことから生じる帰結が触れられていない。ス
人との協力が目下の経済活動に肝心である社会
ミスの議論はむしろ原則からの演繹の形式を取
の方が、隣人との協力が流布している社会より
っている。人々は坑夫が兵士よりも給与が高く
50/50の提案が頻度が高いことが明らかにされ
支払われるのが公平」という感情を持っている。
ている(Henrich et al. 2001)。そのような知見
この感情は強い原理に由来する強い理由に根ざ
は道徳的信念の合理的解釈とは両立し得なくは
している。これらの理性はみんなの頭の中にあ
ない。それらはむしろ理由システムが別のコン
るといっていないが、直感で彼らの信念に責任
テキストよりあるコンテキストにおいてより容
があると明確に仮定している。坑夫が兵士より
易に引き起こされうることを証明している。要
給与が多く支払われないなら、これはおそらく
するに、道徳的信念のコンテキストによるばら
(坑夫によるスト)という帰結を生むだろう。
つきは、道徳的感情の文化・非合理的見解の証
しかしこの帰結は坑夫が兵士より給与が多く支
拠として解釈されるのに対して、先の事例によ
払われるべきと人々が考える理由ではない。
って例証されるコンテキスト的・合理的パラタ
人々は帰結を恐れるからこの言明を信じている
イムはもっと満足なものであるように思える、
のではなく、それが事実によって裏付けられて
ブラック・ボックスのない説明を与えているよ
いるから信じているのである。
うに思われる。
今日の倫理学のある理論家(Walzer 1983)
はスミスの事例に似た我々の道徳的言明のいく
8.理由の妥当性
つかを分析している。たとえば、徴兵が坑夫に
行為者が理由のシステムをグドとみなすのは
とってでなく、兵士にとって正当な補充方法と
どうしてか。カントは真理の一般原理を探すの
みなすのはなぜか、と彼は尋ねている。その返
は雄やぎにミルクを求めるのに等しいといって
答はまたも、後者の役割が重要でなく、前者の
いる。我々は「真理の一般基準なるものが一切
役割が重要だからというものである。徴兵が坑
存在しない」というポパーに同意すべきだが、
夫に適用可能なら、すべての職業に適用可能と
「反証の一般基準が存在しない」というポパー
なり、それは民主主義原理と両立し得ない体制
の科学理論には反対すべきである。理論ははっ
に導くであろう。同じ流儀で、正常な状況でそ
きりとベターである代替理論が見つかって初め
のような任務のために彼らを使用することは不
て虚偽とみなされる。プリーストリーはフロギ
当と見なされるであろうが、災害時に兵士が瓦
ストン理論が真理であると信じる強い理由を持
礫を収集するものとして使われることは容易に
っていた。プリーストリーが彼のフロギストン
受け入れられる。上記のいずれの事例でも、ス
理論に従って説明したすべての現象がフロギス
ミスの事例と同様、集合的道徳感情はRCTで
トン理論なしで自身の理論で説明されうること
考慮されるタイプの理由でなく、堅固な理由に
をラボアジェが証明した後で初めてフロギスト
根ざしている。
ン理論に従うことが難しくなった。他の状況で
もちろん私は公平のような考えがコンテキス
は、理由の代替システムの相対的な強さが他の
トパラメータによって影響を受けないといって
タイプの基準に対応するであろう。換言すれば、
いるのではない。最後通牒ゲームにおいて、隣
我々はそのようなものと見なす強い理由を持っ
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77
ているから、ある理論が真であるとか偽である
いる。私はこの点をBoudon(2004)の中でも
とみなすのであるが、理由のシステムの強さの
っと詳しく述べた。指令的(規定的)信念と記
一般的基準は存在しない。もっと一般的には、
述的信念のギャップは多くの人々が考えるほど
我々は真理ないし合理性の一般的基準を同定で
広くはないことを明らかにしているから、それ
きたと一瞬だけ仮定したとすれば、次の質問は、
は重要な指摘である。価値合理性と用具的合理
どちらの原理に基づいてあなたはその基準を敷
性はまったく別のものであるが、社会的行為に
いたのか、それがいつまでも続く*。
おいては組み合わされている(結合している)
* (訳注 2003復元) 要するに、ある理由システムは別
というウェーバーの主張にそれはあるはっきり
の理由システムより強いないし弱いものであり得る。
我々はそれがなぜかを説明できる。しかしある理由シス
テムが絶対的意味で強いないし弱いということはできな
した意味を与えている。GTRモデルによって
意図されているように、諸個人の心の中で認知
い。すべての評価的概念と同様、真理と合理性は絶対的
的種類の理由は指令的(規定的)信念と記述的
概念でなく、比較概念である。ある理論は決して真であ
信念の双方に根ざしている。
るとか偽であるのではなく、別の理論より真である、偽
であるのである。それよりベターな理論を想像するのが
困難なときに、一瞬だけそれが真理であると見なす。あ
9.結論:合理性の限界再論
る理由システムが別の理由システムより強いことを決め
私はいくつかの重要な指摘を行ってきた。
るために用いる基準は巨大な貯蔵庫から引き出され、問
(1)社会的行為は一般的に信念に依存している。
い毎に異なる。
(2)可能な限り、信念、行為、態度は合理的な
もの、より正確には社会的行為者によって強いも
科学史からの事例を借りることは合理性の基
のと見なされた理由の結果として扱われるべき。
準に関する議論を明確にする利点を持つ。しか
(3)コストとベネフィットを扱う理由はそれが
し合理性についての一般的基準が一切存在しな
値する動員に注目が払われるべきではない。合
いという上記の事例から引き出された結論は科
理性と期待効用は別である。
学的信念にだけでなく、日常的信念にも当ては
なぜ我々はこの合理性公準(3)を導入すべ
まる。そしてその結論は記述的信念にだけでな
きか。それは社会的行為者が強い理由)に従っ
く指令的(規定的)信念、そして価値的信念一
て行為しようとするからだ。これは彼ら自身の
般にもあてはまる。
行動が通常彼らにとって意味があることを説明
この後者の指摘は、「記述的タイプの言明の
している。ある場合には、コンテキストが理由
集合から指令的(規定的)タイプの結論は引き
がコスト・ベネフィットタイプであることを要
出すことはできない」というヒュームの争う余
求するから。他の場合には、理由はそれを要求
地のない定理の間違った解釈の故に、しばしば
しない。たとえ我々がコスト・ベネフィット概
いくつかの抵抗に遭う。しかしひとつを除いて
念がもっと広い流儀で解釈されることを受け入
すべてが記述的である言明の集合から指令的
れたとしても、わたしが兵士か坑夫のいずれか
(規定的)タイプの結論は引き出すことはでき
になるチャンスを一切持たないならば、兵士よ
る。ヒュームの定理の本来の定式がa set of
り坑夫に支払われる給与が高いことの私にとっ
statements all of the descriptive typeとなって
てのコスト・ベネフィットはどうなのか。
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久慈利武
78
社会学者にとって興味深いケースでは、人々
を見る。ヒュームが言ったように、理性
の行為は理由によって動かされるが故に理解可
(Vernunft)は情熱の僕である。しかし情熱は
能である。しかしこれらの理由にはいくつかの
理性を必要とする。雨乞踊りその他の呪術儀礼
タイプがある。行為は些細な信念に依拠するこ
は、生き延びたいという信者の情熱、穀物が生
ともあればしないこともある。規範的信念はコ
長するのを見たいという情熱によって動機づけ
ンシクエンシャリストの理由に基づくこともあ
られている。この情熱そのものが自分たちの奇
ればそうでないこともある。いずれのケースで
術を信じる行為の十分な説明であると見なすも
も、GTRモデルは、行為が行為者にとっての
のは一人もいない。
意味によって説明されねばならないと仮定す
私が素描してきた合理性理論はいくつかの重
る。かくしてそれは行為が行為者にとっての意
要な疑問を引き起こす。ここではそれを挙げる
味があると仮定する。換言すれば、行為は行為
だけで満足する。その理性がたとえ虚偽であっ
者の目には、行為者が強い(妥当する)と知覚
たとしても行動と信念が強い理性によって通常
する理由システムに根ざしていると仮定する。
喚起されるという事実は、任意の行動ないし信
GTRモデルはVanberg(2002)によって提唱
念が承認されうることを意味するのか。きっと
された進化的認識論のプログラム・ベースト・
そうではない。プリーストリーはフロギストン
行動モデル(PBBM)*より有望である。という
を信じていた。ラボアジェは信じていなかった。
のは後者は不可避的にブラック・ボックスを生
二人は自分たちが信じるものを信じる強い理由
成するから。行為者がフレームによって先導さ
を持っていた、彼らの理由が妥当するものとみ
れると仮定することによって得られるRCTの
なした。しかしながら、後者が正しく、前者は
拡大版は自足的説明を与えるRCTそのものの
間違っていた。かくして理性の強さはコンテキ
持つ長所を失う。なぜなら、PBBMは、そのプ
ストの関数である*。
ログラムはどこから来たのかというタイプの更
*(訳注 2003復元)今日、我々の認知的コンテキスト
なる質問を生成するから。どうして他の行為者
は支持しないのに、ある行為者はそれを支持す
は、我々は、ラボアジェの理性の方が強かったことを知
っているのでプリーストリーの理由は今では我々にとっ
て弱い、というものである。しかしラボアジェの理由は
るのか。GTRモデルはそのような問いに回答
ラボアジェが正しいという結論が引き出される以前に、
をもつので、自足的説明を与えることができる。
思いつかれ公言されねばならなかった。ラボアジェはプ
* 2007(2013)ではRCTの折衷バージョンとなっている。
リーストリーと正反対に紛れもなく正しい。理由のコン
テキスト性からは相対主義は帰結しない。
GTRがRCTより一般的であるとしても、そ
認知的理由と同様、axiological reason(価値
れはすべての社会現象に適用することはできな
的理由)は時間の経過につれて益々強くなるか
いことを私は再び強調しなければならない。非
益々弱くなる。なぜなら新しい理由が説明され
合理性はその然るべき位置を与えられねばなら
るからである。死刑の廃止が犯罪率の有意な増
ない。伝統的行為、感情的行為も存在する。そ
加に責任がないことが証明されるとき、犯罪に
のうえすべての行為は本能に依拠している。私
対する有効な脅しが弱くなっているが故に、死
が死にたくなければ通りを横断するときに左右
刑の議論は好例である。これは死刑に対する
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我々の道徳的感受性に変化を引き起こす。指令
ケースでも、人々は目的論的行動を示している。
的信念ないし記述的信念が根ざしている理性の
彼らはゴールに到達したがっている。しかし特
強さの機械的に適用できる一般的基準というも
定のケースでのみ、目標は自分の利益を最大化
のは一切存在しない。さらに指令的信念ないし
する、自分の選好を満たすものである。その目
記述的信念における後戻りできない変化は頻繁
標は、またある質問への正しい解答、フェアな
に観察される。ラボアジェとプリーストリーの
解答を見つけるものであろう。上記の多様な目
記述的ケース、モンテスキュー*とボーデン**の
標を所与とすれば、彼らの解答を根拠づけるこ
指令的ケースにおいて、物事の通常の進行にお
とのできる最善のあるいは十分な理由システム
いて、理由づけシステムRより理由づけシステ
を探しているという意味で合理的である。
ムR'の方がベターに思えることがあるから。何
締めくくるにあたって、私はひとつの思想史
が良き政治組織なはずかに関するモンテスキュ
的推測を持ち出す。RCT
ーとボーデンの信念は、それらの両者が強い物
折衷バージョン ── の成功は一部は1960年代−
であるという理性に根ざしていた。明らかにモ
1990年代に集中して現れた大量現象から説明で
ンテスキューが正しかった。
きるように思われる。重要な社会学の古典学者、
* モンテスキューは政治権力は集中されない場合により
トクヴィル、ウェーバー、デュルケムと反対に、
効率的であろうという考えを擁護した。
** ボーデンは、集中されないで効率的な政治権力を想起
できなかった。
その原型ならびに
マルクス、ニーチェの絶対の典拠に基づいた社
会科学は彼らの環境の所産としてホモ・ソシオ
ロジクスを描き出した。それは彼らの固有の行
最後に、前記の「逆説」は容易に解決されう
為、信念、態度、価値、目標、世界を一般に単
る 。 逆 説 は RCT的 解 決 は 一 切 持 た な い が 、
なる幻想として葬り去った。このモデルの反動
GTR的解決は持つ。盗作と汚職が否定的反応
として、RCTは人間の合理性を絶え間なくそ
を引き起こすのは、その帰結(影響)の故でな
の用具的次元でのみ再発見した。
く、それらが大半の人々が妥当と見なしている
理由のシステムに両立し得ないからである。同
文献一覧
じことは他の逆説にも当てはまる。人々は彼ら
Allais, Mauris/Ole Hagen (eds.)1979 Expected
がそれを信じるのに強い信念を感じる多少とも
Utility Hypotheses and the Allais Paradox:
自覚的な議論のおかげで意思決定をする。「最
Contemporary Discussions of Decisions under
後通牒ゲーム」で、彼らがどちらの解答がフェ
Uncertainty with Allais' Rejoinder. Dorrecht:
アであるか迷っていて、このケースのフェアネ
Reidel.
スを定義することがベストであるので、50/50
Becker, Gary 1996 Accounting for Tastes.
の回答を選んだ。彼らは自分たちにとって何が
Cambridge: MA: Havard Univ. Press.
グドであるかを尋ねない。人々が自分達への影
Boudon, Raymond 1994 The Art of Self‑
響が中立的であるのに汚職を嫌うのは、それが
Persuation. Cambridge: Polity Press.
容認できないという結論をそれから引き出す理
────1996“The Cognitivist Model. A Generalized
論を支持しているからである。上記のいずれの
Rational Choice Model.” Rationality and Society
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March, 2015
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politique nouvelle.” Revue Tocqueville 27(2):
Ruse, Michael 1993“Une défense de l'éthique
13‑34.(2006)
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Chap.4:La rationalité des croyances religieuses
Fondements naturels de l'éthique. pp. 35‑64.
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Paris:Odile Jacob.
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Schussler, Alexander A. 2000 “Expressive
Weber” L'Année sociologique 51(1):9‑50.(2001)
Voting.” Rationality and Society 12(1):87‑119.
Chap.5:La rationalité del'irrationnel selon
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Durkheim.
Nature and Causes of the Wealth of Nations.
“Les formes élémentaires de vie religieuse:
Oxford: Clarendeon Press.
une théorie toujours viviante.” L'Année
Tocqueville, Aleix de 1986[1856] L'Ancien
sociologique 49(1):149‑198.(1999)
Regime et la Révolution. Paris: Lauffont.
Chap.6:La rationalité de l'evolution des valeurs
Weber. Max 1922 Aufsätze zur Wissenschaftlehre.
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March, 2015
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久慈利武
82
presented at conference held by Canada
いことと、英訳が未刊のためである。
Royal Society 15.November 2001
Chap.7:La
rationalité
des
l'évolution
institutionalle des démokraties.
経歴
レイモン・ブードン(1934年生まれ)はフラ
“Renouveler la démocratie:mode d'emploi.”
ンス知識人の古典的道を歩んだフランスの戦後
Paris:Fondation pour l'Innovation politique.
社会学の代表の一人である。バリの高校、パリ
(2007)
高等師範学校(1954)、パリ・ソルボンヌ大学
哲学科(1958)卒業。1964年にボルドー大学に
訳者あとがき
訳出したのは、Raymond Boudon 2013 Beiträge
就任し、1967年にパリ・ソルボンヌ大学デュル
ケム講座に就任した。
zur allgemeinen Theorie der Rationalität.
フランスでは、レイモン・ブードンはピエー
(Tübingen:Mohr Siebeck出版)所収第2章
ル・ブルデュー、アラン・トレーヌ、ミシェ
Rational‑Choice‑Theorie und allgemeine
ル・クロジェと並んでフランスで最も影響力の
Theorie der Rationalität.である。訳出した論文
ある現代の社会学者である。彼は国内の哲学に
のほぼ同一内容の論文に、Bryan Turner 編
よって影響を受けたポスト構造主義、脱構築主
2009 The New Blackwell Companion to Social
義の方向と一線を画した経験志向の社会学者で
Theory所収 Rational Choice Theoryがある。じ
ある。2013年4月に80歳でなくなった。
つはこの論文は Annual Review of Sociology
日本では、訳書の出ている『機会の不平等
2003vol.29:1‑21“ Beyond Rational Choice
』と『社会学のロジック(原題 数学と
(1973)
Theory”と序論を差し替え、標題を書き換えた
社会学(1973)』で数理社会学者と教育社会学
だけのものと言っても過言でない。さらに2003
者の間で知られている。また理論社会学者の間
年の論文はPeter Hedström/Richard Swedberg
では、高坂健次「レイモン・ブードン」(現代
編 1998 Socia Mechanism: An Analytical
社会学13‑2号 1987年)で、『社会変動の理論
Approach to Social Theory . 所収“Social
(
[1984]1986』と『社会的なものの論理(
[1978]
Mechanism without Black Box”を増補したも
1981)
』,『社会的行為の意図せざる結果(
[1977]
のである。従って訳出した論文の原論文は1998
1982)の社会学認識論が知られている。だが日
年にすでにできていたのである。
本では、90年以降今日までの彼の仕事はほとん
ブードンの2013年の論文集の原著は、2007年
ど取り上げられることはなかった。
刊 行 Essais sur la théorie générale de la
ブードンは、今日、マイケル・ヘクター、ジ
rationalité. Action sociale et sens commun.
ェームズ・コールマン(以上合衆国)、ジーグ
(Paris:Presses Universitaires de France)であ
バルト・リンデンバーグ、ラインハルト・ウィ
る。Oxford:Bardwell出版から英訳 Defence of
プラー(以上オランダ)、ハルトムート・エサ
Common Sense:Towards a General Theory of
ー、カール‑デター・オプ(以上ドイツ)、ジョ
Rationality. が予告されているが未刊である。独
ン・ゴルドソープ、ピーター・エーベル(以上
訳から訳出したのは訳者がフランス語を読めな
英国)、ピーター・ヘドストローム(スウェー
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83
彼独特のもので、これまでの通説とは大きくか
け離れるものである。
彼はチェルカウイとハミルトンの編集したブ
ードンに捧げる論文集『レイモン・ブードン:
社会学の一生(2007)』に寄稿した「自分はど
うして社会学者になったか」の末尾に、「自分
の処女論文を除いて、論文のどれひとつとして
ブードンの研究室にて '88. 11. 18
自発的に書かれたものはない。すべては様々な
誘いの所産である。私の本に関していえば、そ
れらは私の基本的な怠惰を証明することになる
デン)とならんで、マクロ─ミクロ─マクロモデ
だが、著作の大半は、論文を寄せ集めて本にし
ル*の紛れもない共同定立者である。社会現象
たものばかりである」と述べている。
が多数の個人の個々の意図的行為の意図せざる
また彼は「自分の書き物ができるだけ明快で
結果、あるいは逆説的結果として説明されねば
論争の余地のないように欲したので一生懸命仕
ならない時には、このスキームは必ずといって
事をしてきたし、このために実在しない完璧さ
良いくらい引用される。従ってブードンは今日
を達成するために、私の論文の多くを何度も書
まで、個人行為から生じる社会過程、社会構造
き直してきた」と述べている。この訳出した論
を描写し、説明する実在科学としての社会学を
文も何度も書き直されているのはこの事情によ
定義するには欠かされない人物である。
る。
* Bunge(1996:77)はこのモデルの呼称をブードン‑ コー
ルマン図式と呼んでいる。
コールマンが呼びかけて創刊された『合理性
と社会』に寄稿した「主観的合理性と社会行動
著作
1973 L'inequalite des chances. La mobilite
sociale dans les societe industrirlles. Paris
の説明(1989)」以来、彼は、この目的のため
1974 Education, Opportunity and Social
に社会学における理論構築問題の国際的に周知
Ineuality: Changing Prospects in Western
の展開 ── 社会学の一般的行為理論の展開と
Society.
行為水準と構造水準の連結── にエネルギー
1977 Effets pervers et order social. Paris
を傾注した。沢山の論文(1996, 1998)関連す
1982 The Unintended Consequences of Social
るモノグラフ(
[1990]1994a,[1999]2001, 2003)
Action. London: Macmillan.
で、彼は合理的選択理論の批判的再検討、合理
1978 La logique du social. Paris
性概念を拡張した理論の開発に取り組んでき
1981 The Logic of Social Action.
た。その過程で、みずからの源流としてアレッ
Routledge
クス・ド・トクヴィル、アダム・スミス、エミ
London:
1984 La Place du Desorder. Paris
ール・デュルケム、マックス・ウェーバーを再
1986 Theories of Social Change. A Critical
発見する。これら古典学者の彼による再構成は
Appraisal. Oxford
Journal of Human Informatics Vol. 20
March, 2015
7̲久慈2015̲基本体裁 平成 27/02/19 15:34 ページ 84
久慈利武
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2003 Raison, bonnes raisons. Paris
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2004 The Poverty of Relativism. The Bard
S.87‑105.:
Press.
2007 Essais sur la theorie generale de la
読者のためのブードン合理性論に出てくる用
rationalite. Action sociale et sens commun.
語解説
Paris.
・ブードンが合理的選択理論に取り組んだ最初
2013 Beiträge zur allgemeinen Theorie der
の論文は1989年の「主観的合理性と社会行動の
Rationalität. Mohr.Siebeck
説明」である。ハーバート・サイモンの制約さ
れた合理性Bounded Rationality、マックス・ウ
ェーバーの価値合理性Wertrationalitatの再検討
合理的選択
1989“ Subjective Rationality and the
をきっかけに、経済学の合理的選択理論の適用
Explanation of Social Behavior.” Rationality
範囲の狭さに覚醒したのであった。
and Society 1(2):173‑196. 1990再録
・ブードンの合理的選択理論の射程範囲は、ウ
1993
“Toward a Synthetic Theory of Rationality.”
International Studies in the Philosophy of
Science. 7:5‑19.
1996 “The Cognitivist Model: A Generalized
ェーバーの用具的(目的)合理性(instrumental
rationality) + ウ ェ ー バ ー の 価 値 合 理 性
(axiological rationality)+サイモンの主観的合
理性(主観的に十分な理由(good reason))を
Rational Choice Model” Rationality and Society.
包摂する広義の合理性である*。
8(2);123‑150.
*『イデオロギーの分析(1981)
』では、もっとも内包が
2001再録
1998“Social Mechanism without Black
Boxes.”in:Peter Hedström/ Richard Swedberg
用具的合理性、それを取り巻く内包が価値合理性、さら
にそれを取り巻く内包が十分な理由、その外延が非合理
性という同心円で描かれている。
(eds.) Social Mechanisms: An Analytical
Approach to Social Theory. Cambridge. pp.172‑
人間情報学研究 第20巻
・そのモデル名、アプローチ名、理論名は主観
2015年3月
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合理的選択理論と合理性の一般理論
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的合理性論(1989)→ 十分な理由論(good
theory of rationality 2007)→ ごくありふれた
reasons)、広義の合理性論(rational model in
合理性理論*(theory of ordinary rationality
broad sense)、合理性の総合理論(synthetic
2010)と変遷している。
theory of rationality 1993)→ 規範的・価値的
* 合理性の一般理論(general theory of rationality )は理
合理性論(axiological rationality 1998)、認知
的合理性論(cognitive rationality 1996)→ 合
理性モデルの一般化(generalized rational
論の論理的特徴に力点を置く場合に使用、普通の(日常
の)合理性理論(theory of ordinary rationalty)は日常思考
と系統だった思考の連続性に力点を置く場合に使用する
(2010:88 n1)
model 2001)→ 合理性の一般理論(general
・cognitive rationalityとaxiological rationalityを使用する場面の区別は、
axiological rationality
cognitive rationality
morality
cognitivity
norm and value (normative = prescriptive) ←→ descriptive (predictive= positive)
good, just(fair), legitimate
・good reasons
true, probable
moral conviction based on …
self conviction = se‑persuader
validity of reasons
not objectivly valid but subjectivly good reasons
・axiological rationalityを ordinary cognitive
・個人水準での健全な人間理解、つまりすべて
rationalityの特殊形態として扱っている。
の個人の持つ理性 good sense(le bon sens)と
cognitivist approach(cognitive approach)
マクロ水準でのcommon sense(sens commun)
はdescriptive(predictive)statements の領域、
全員の健全な人間理解(不偏不党の見物人の良
cognitiveな領域が本来であるが、normative =
識)の集計、すなわち一種の集合的な理性の区
prescriptiveの領域の axiological sentiment,
分を行っている。少数の健全な理性が多数の健
axiological senseつまり道徳心、正義感、善悪
全な理性に成長していく事例として、均等と公
判断を包摂する総称としても用いられている*。
平の観念の浸透、所得の累進課税の定着、三権
二通りの用法があることに注意。
分立の定着、死刑の廃止、同性愛、同性婚の許
* cognitive approach to morality(2010), cognitivist
容が合理化(十分な理由、根拠の浸透過程)と
theory of axiological feelings(2001)
Journal of Human Informatics Vol. 20
して捉えている(2007:ch7)
。
March, 2015
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