パテントトロール対策のために特許訴訟手続きを根本的に変える上院案S

米国特許ニュース
2015 年 6 月
服部 健一
米国弁護士
パテントトロール対策のために特許訴訟手続きを根本的に変える上院
案 S.1137、上院司法委員会は 6 月 4 日に可決、当事者系及び登録
後レヴュー手続きを大幅に改正する案が入る
下院案 H.R.9 は訂正無しで下院司法委員会は 6 月 11 日に可決
両院案の骨子はほぼ共通しているが、内容はかなり異なる
1. 概略
a. 上院案 S.1137
パテントトロール対策を盛り込んだ上院案の S.1137 は 2015 年 4 月 29 日の原案を 6 月 4 日に
若干修正、追加して司法委員会が了承した。主な修正点は、①285 条の弁護士費用は、敗訴
当事者が個人発明家や大学の場合には認め難くする、②当事者系そして登録後レヴューの
審査基準を連邦裁判所で特許の無効を争う手続きと同じレベルに上げ、且つ手続きそのもの
を詳細に規定する、という 2 点である。
これは、個人発明家や、学会はより強く保護されるべきであるということと、2 つのレヴュー手続
きで特許が無効にされ易くなっていることに不満のあるバイオ・薬品・学会が、改正を求めたこと
から追加された修正案である。パテント・トロール対策案で特許訴訟が提起し難くなることから、
逆に特許を強化する修正規定を上院が妥協で追加したといえる。
上記の 2 つの修正点をより具体的に示すと以下の通りである。
①285 条の弁護士費用は訴訟対応がアンリーズナブルな場合には認めなければならないもの
の、発明家や高等教育機関に不当な経済的打撃を与える場合は認めない。
②2 つのレヴュー制度を以下の点で修正する。
• クレーム解釈は、①特許クレームは、裁判所で用いられる有効の推定を適用して通常
の意味に解釈し、②補正クレームは最も広いリーズナブルな解釈(これは従来通りの基
準)で行う。
• 裁判所が既に先行技術とクレーム解釈を行っていた場合は、特許庁はそれらを参酌し
なければならない。
1
•
•
あるクレームに対して特許侵害訴訟を提起されていた場合は、それから 1 年以内にそ
のクレームについてレヴューを要求しなければならない(他のクレームにはその制限は
ない)
レヴュー手続きのあり方そのものを詳細に規定
以上の修正規定の一部は、下院のイノベーション法にもないプロ特許的新しい修正規定である。
これは特許訴訟を提起し難くするパテント・トロール法案に反対するプロ特許派(バイオ・薬品・
個人・学会)主張を取り入れて盛り込まれた改正点であり、それだけ上院案はプロ特許派も、特
許適切化派(情報・その他)も賛成し易い法案になったといえる。
http://judiciary.house.gov/_cache/files/4723a430-8a79-4569-b3c8-68e7d828e2a3/goodla-028-xml--managers-substitute---june-9-2015.pdf
b. 下院案 H.R.9
一方、下院 H.R.9 は訂正無しで司法委員会は 6 月 11 日に可決した。この H.R.9 は 2015 年 5
月に発表した内容とはかなり異なっており、最初の提案以来相当修正された案が、そのまま可
決されている。
http://www.judiciary.senate.gov/imo/media/doc/S.%201137%20Redline.pdf
2. 両院案の共通点
ともあれ、両案は下記の点を改良する点で共通している。
①訴状に訴訟請求原因、イ号、侵害分析等を詳細に記載する(ITC 訴状のように詳しく
記載しなければならないため、闇雲なトロール訴訟は激減しよう)。
②敗訴者の訴訟行為がリーズナブルでない場合は、弁護士費用を支払わなければな
らない(shall award なので現行法の may award とは根本的に変わる)。
③いい加減な要求レターに対する制裁的措置(故意侵害とのバランス)。
④特許移転・譲渡を米国特許商標庁に登録させる(真の特許権者を常に明確にさせる)
⑤弱小顧客を特許訴訟から守る(弱小顧客をトロール訴訟から守る)
⑥当事者系レビューと登録レヴューでの立証基準を訴訟の基準に高め、その分特許を
無効にし難くする。(上院案は更にレヴュー手続きのあり方を変える案を示している)。
⑦AIA 特許法のその他の部分を改正(誤記の訂正程度が多い)。
つまり、上院下院ともにいい加減なパテント・トロール訴訟を阻止し、糾弾するための法案である
が、プロ特許派(バイオ・薬品・学会・個人発明家)の反対を考慮して、2 つのレヴュー制度での
特許無効化を困難にさせることでバランスを図っている。
ともあれ、上記の規定の文脈については、両院の提案の内容はかなり微妙に異なっている。
3. 両院案が特に異なる点
異なる点の概略は以下の通りである。
①訴状に訴訟請求原因、イ号、侵害分析等を詳細に記載する:281 条 A
2
•
下院案にはトロール原告の特許に関する権限の有無に関する§3(a)の 281 条
A(a)(7)、そしてビジネス状態(生産活動を行っているか否か)等を訴状に記載さ
せ、トロール原告の実態を明らかにさせる§4 の 290 条(b)(1)があるが、上院案に
その規定はない。
•
下院案には真の利害関係者を強制参加させる§3(c)にあり、またクレーム解釈の
ために早期ディスカバリーを行う§3(d)規定があるが、上院案にはない。
•
上院案には訴状の記載が不充分なカウントは却下になると§3(b)の 281 条 A(b)
に規定しているが、下院案にはない。
②弁護士費用の強制
• 上院案§7:裁判所は敗訴者の訴訟行為が客観的にリーズナブルであるかをまず
決定し、次に客観的にリーズナブルでない場合は正義公正に反しない限り弁護
士費用を認めなければならない、と規定
•
下院案§3(b):裁判所は、敗訴者の訴訟行為がリーズナブルに正当化できないか、
あるいは正義公正に反する特殊事情がない場合は弁護士費用支払いを認めな
ければならない、と規定
③いい加減な要求レターに対する制裁的措置
• 上院案§8、§9:要求レターについて、§8 は要求レターに記載すべき情報(特許番号、
クレーム、イ号等)の規定、§9 は悪意の要求レターは民事責任となると規定
•
下院案§3(e)、(f):いい加減な要求レターは、(e)は例外的に悪質と考え、また(f)後に
故意侵害の証拠にならないと 284 条(c)に追加して規定
④特許譲渡を米国特許商標庁に登録させる
• 上院案:§10(a)で 261 条 A を追加し、特許の移転登録を米国特許庁へ登録し、登録
しなかった場合は損害賠償や弁護士費用を得られず、勝訴者に弁護士費用を支払
わなければならないと規定
•
下院案:§4(d)で 290 条(d)として類似の規定
⑤弱小顧客を特許訴訟から守る
上院案、下院案伴にイ号技術を提供している製造業者の同意があれば、製造業者が訴訟
を行い、被告である弱小顧客の訴訟は中断する規定であるが、規定の内容は微妙に異な
っている
⑥当事者系レビューと登録後レビューの改正
• 上院案は§11 で両レヴューの手続きのあり方を大幅に改正しているが、下院案では
以下の点のみの改正である。
3
•
両院案、下院案はともに、登録後レヴューでのエストッペル事項から、「リーズナブル
に提起できた事項」を除外する規定を有している
•
下院案では 2 つのレヴューの請願は、投機目的ではない時に許可されるという 313
条と 323 条の改正点があるが、上院案にはない
4. 今後の見通し
両院案ともに司法委員会を通過したので、後は両院がそれぞれ認めるか否かである。下院
のイノベーション法の前会期の原案は 2013 年暮に圧倒的多数で可決されていたので、今
会期の法案も早急に可決される可能性が強い。上院案もそのような下院案の様子を見て今
年初めて提案されたので、可決される可能性は十分あろう。しかし、学会は自身の特許を
登録後レビューから外すように議会に働きかけているので、両院案はたとえパスしたとしても
更に修正される可能性はある。
もし、両院案がこの秋頃までにともにパスすると、両院案を互いに修正して統一するか、い
ずれかの院が他院案を認めるかして統一され、大統領がサインすれば成立することになる。
両法案はトロール訴訟に悩む情報産業がプッシュしている法案であるが(下院案はグーグ
ル法案とも呼ばれている)、情報産業は共和党を支持しており、2014 年の選挙で両院ともに
共和党が多数党になったため成立の可能性は高いとみられている。
また、実際の施行は、大統領がサインして発効した後に、米国特許庁は 1 年以内に施行規
則を作成しなければならず、施行規則施行日後に提起された訴訟やレヴューの請願に適
用されると規定しているので、2016 年秋頃以降の 2 つのレヴュー請願や訴訟に適用される
ことになる。
新しいレビュー制度では特許を無効にし難くなるので、もし大統領が今年の秋頃にサイン
すると、その後から 2016 年秋頃の実施の前の間に大量のレヴュー請願が駆け込みで行わ
れる可能性がある。
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添付資料 1. 下院「イノベーション法」と上院「米国能力と起業精神を守る法」の比較一覧表
H.R.9 イノベーション法
§1:「Innovation Act (改革法)」
§2:Director と Office の定義
§3:特許侵害訴訟:281 条 A の追加
§6(c):地裁訴状の新しい FORM を作成
§3 (a):訴状の記載の詳細化:281 条 A の追加
§3 (b):訴訟費用支払いの強制化:285 条
§3 (c):真の利害関係者を強制参加:299 条(d)の追加
§3 (d):ディスカバリーの中断:299 条 A
§3 (e):例外的悪質の議会の認識
§3 (f):いい加減な要求レターは、故意侵害の証拠になら
ず:284 条
§3 (g):裁判地
§4:特許権者の実体の透明性:290 条
(b)イニシャル・ディスクロージャー
(c)開示条件(株式会社、非株式会社の場合等)
(d)特許譲渡を 90 日以内に米国特許庁へ登録する
(e)定義
§5:弱小顧客の訴訟中断の例外:296 条
(a)定義
(b)中断の適用の仕方
(c)中断の撤回
(d)271 条(e)の訴訟にはこの例外規定を適用しない
(e)製造業者の同意判決の例外
§6(a):ディスカバリー適正化のルール作り
なし(但し、下記§9(a)、(b)がある)
S.1137 米国能力と起業精神を守る法
§1:Protecting American Talent and Entrepreneurship Act
§2:Director と Office の定義(同一)
§3:特許侵害訴訟:281 条 A の追加
(a)地裁訴状の Form18 の撤廃(ほぼ同一)
(b)訴状の記載の詳細化:281 条 A の追加(ほぼ同一)
§7:費用とその他の経費:285 条: (若干異なる)
なし
§5、ディスカバリーの制限:299 条 A(類似)
なし
§9 要求レターの濫用:299 条 D(異なる)
§6(e):破産時の知的財産の保護
§7:中小企業の特許教育援助
§8:特許取引き、政府特許、要求レター等の調査と報告
§9:AIA 特許法の改正
(a)登録後レビューのエストッペルから「リーズナブルに提
起できた事項」を削除
(b)両レビューでは訴訟のクレーム解釈を用いる
(c)106 条:AIA 特許のダブルパテントはターミナル・ディス
クレーマで回避できる
(d)ビジネス方法特許登録後レビューの先行技術は従来法
102 条(a)及び(e)
(e)特許期間調整の 154 条(b)(1)(B)の改正
(f)特許効力に統一性を求める議会の認識
(g)特許訴訟には特定の地裁判事を宛がう期間を 20 年間
(h)AIA 特許法中の誤記の訂正(非常に多数あり)
注:原案を修正して委員会がそのまま可決
なし
§3(b)、28 条(B)
§3(b)、28 条(B)初期段階の開示(類似)
§3(b)、281 条 B、(c)金銭的利害関係者の開示(類似)
§10、261 条 A、(b)(類似)
§10、261 条 A、(a)(異なる)
§4:弱小顧客訴訟の中断:299 条 A
§4(a):(同一)
(b)中断のモーション(類似)
§4(d)(類似)
なし(§3、(f)にあり)
なし
§6(a):ディスカバリーの適正化ルール作り
§11:当事者系と登録後レヴューの大幅修正(下院案にな
し)
§12:破産時の知的財産の保護(同一)
§13:中小企業の特許教育(ほぼ同一)
§14:特許取引、質、審査の研究(異なる)
§15: AIA 特許法の改正
§15(a): (同一)
§11(a)、(b): (同一)
なし
§15(b): (同一)
なし
なし
なし
(ほぼ同一)
注:影部分は委員会が可決時に修正
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