T 細胞疲弊の解除による慢性型感染症の制圧戦略 The strategy to control chronic infections by the release of T cells from exhaustion 愛媛大学大学院医学系研究科・感染防御学講座 准教授 山田武司 研究の背景と目的 感染者が未だ減少傾向にない HIV をはじめとする慢性型感染症に対する防御対策は、 緊急を要する研究課題の1つである。薬剤のみでは病原体を完全に駆逐できない感染症 に対しては、感染細胞の排除に有効な免疫療法の開発に大きな期待が寄せられている。 しかしながら、 慢性型感染症では、 持続的な抗原刺激等による T 細胞の疲弊が誘導され、 宿主免疫による病原体排除を困難にしていることが明らかとなっている。また、従来型 の免疫療法は、主として T 細胞活性化を目的とした免疫賦活療法であり、疲弊による機 能不全は十分考慮されていない。疲弊による T 細胞機能不全は、これまでに、PD-1 や LAG-3 といった抑制性受容体の過剰発現によって誘導される増殖能の低下や、感染細胞 傷害活性の低下、および細胞死が報告されているが、T 細胞疲弊メカニズムの全容解明 には至っていないのが現状である。従って、慢性型感染症に対する免疫療法を確立する ためには、まずこの T 細胞疲弊メカニズムを正しく理解し、その制御法を見出すことが必 須であると考え、T 細胞疲弊の解除を目的とした本研究の着想に至った。 申請研究では、疲弊誘導メカニズムの全容を明らかにするため、抑制性受容体の発現 だけでなく、T 細胞疲弊プログラムに関与すると予想される細胞内エネルギー代謝異常 にも焦点を当てた解析を行う。最終的には、T 細胞疲弊を解除する低分子化合物等を見 出し、慢性型感染症を標的とした実用可能な免疫療法の開発を目指す(図1)。 図1.慢性型感染症にみられる T 細胞の疲弊と、低分子化合物などによる疲弊解除モデル 研究実施計画 最近、我々は、腫瘍抑制因子の1つである Menin 遺伝子の欠損 T 細胞において、活性化後 の早い時期に、抑制性受容体の高い発現と共に、細胞増殖能の低下や細胞死が誘導されるこ とを見出した。そこで、この Menin 欠損 T 細胞が、慢性型感染症で見られる T 細胞疲弊研 究の非常に良いモデルになるとの考えに至った(図2) 。従って、本研究では、T 細胞特異的 に Menin を欠損させたマウスモデルを中心に、感染時における T 細胞疲弊に関して、以下の 3つの解析を行う。 1.感染免疫における Menin の役割解析 T 細胞の免疫反応における Menin の役割について 明らかにするため、T 細胞特異的 Menin 欠損マウスを用いて、リステリア感染に対する免疫 反応を、T 細胞の分化マーカーや機能マーカー、抑制性受容体の発現について解析する。 2.T 細胞内エネルギー代謝制御機構の解明 疲弊との関連が疑われる細胞内エネルギー代 謝機構を明らかにするため、Menin 欠損 T 細胞を用いたメタボローム解析等を行い、疲弊に 関与する代謝産物の同定と、その代謝系を調節する酵素群について解析する。 3.T 細胞疲弊制御法の確立 明らかとなった疲弊に関与する標的遺伝子やエネルギー代謝 が、低分子化合物の投与や代謝酵素の発現調節等により、疲弊の抑制および解除が可能か、 Menin 欠損マウスを T 細胞の疲弊モデルとして検討し、T 細胞疲弊制御法の確立を目指す。 図2.活性化後の Menin 欠損 T 細胞にみられるキラーT 細胞疲弊 研究成果の意義 疲弊本態からの解除の試みはこれまで例がなく、本研究は新規性が高い。この疲弊を解除 する手法が開発できれば、多くの慢性型ウイルス感染症において疲弊 T 細胞の機能回復が図 れるほか、同じく T 細胞の疲弊が問題となっている抗腫瘍免疫にも応用でき、大変意義のあ る研究である。
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