綿密な速度コントロールによる 高速道路交通の安全管理

論 説
綿密な速度コントロールによる
高速道路交通の安全管理
㈱トラフィックプラス 代表取締役社長
南 部 繁 樹
り,料金所で発生していた渋滞についての大幅な
はじめに
改善が計られているが,サグと呼ばれる勾配変化
昭和 62 年に決定された 14,000 ㎞ の高規格幹線
区間での渋滞や IC・JCT などの分合流部での渋滞
道路網計画に基づき,高速道路(高速自動車国道
など,交通集中により走行速度の低下が起こりや
および指定自動車専用道路)は,年々,整備が進み,
すい個所での発生頻度は,集中工事に伴う車線規
平成 24 年末時点では,総延長は 10,000 ㎞ を越え,
制による渋滞とともに増加する傾向にある。
路線数は 173 路線となっている。これら高規格道
今後さらに,高速道路の整備による都市間ネッ
路ネットワークの整備に伴い,都市間を連絡する
トワークの充実と,それに伴う利用車の増加が予
高速交通サービスの充実が図られているが,同時
想される中,より安全に高速走行が可能な道路交
に,交通安全や交通渋滞など,高速道路の機能を
通サービスの水準を目指すとするならば,自動車
発揮するために改善すべき課題も,依然残されて
の交通流を綿密にコントロールするなどの,高度
いる。
な道路交通管理が必要ではないかと考えている。
平成 24 年中の高速道路における死者数は,225
人であり,平成 22 年から3年連続の増加となって
1.革新的な道路交通マネジメントへの取組み
いる。高速道路の安全性は,一般道に比べて,道
昨年6月初旬に,米国の道路施設を視察する機
路の規格・構造や走行環境において高い水準にあ
会を得た。その折りに,ワシントン州シアトル等
る。しかしながら,高速走行ゆえに,小さな要因
数都市で,高速道路を走行し道路交通マネジメン
が事故発生を引き起こし,事故が発生した場合そ
トの実態を体験した。体験した施策は,リアルタ
の被害は甚大である。高速道路の死亡事故率は,
イムの速度データによるレーンごとの速度コント
その他道路の 2.7 倍となっている。また,高速道路
ロールや,HOV・HOT レーン,流入出路のリバー
での事故は,大型貨物自動車による重大事故が多
シブルレーンなどである。
く発生しており,死亡事故のうち,22.8%は大型貨
レーンごとの速度コントロールは,渋滞区間や,
物自動車が第1当事者である。
分合流部に設定されている速度減速区間の入口部
一方の高速道路の交通渋滞は,ETC の導入によ
に,門型の可変速度表示板が設置され,各レーン
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別に,リアルタイムの交通状況(実勢速度)に応
可変速度表示板を使った速度規制による安全走
じた規制速度が表示されている(写真―1)
。施策
行の管理や,通行車両への課金を原資にした道路
は,走行車両にとっての,前方の交通状況,つま
管理と新規路線の整備といった施策については,
り交通混雑や事故発生などによる速度低下が起き
わが国の高速道路の道路交通管理においても既に
ている状況などを,リアルタイムでドライバーに
実施されており,特段に新しい方法だとは思わな
知らせることにより,事象へ遭遇する手前で,減
い。しかしながら,これらのマネジメントを,交
速や円滑走行可能な車線への移動を促し,後続車
通状況に応じてリアルタイムで実施されているこ
群の交通流をコントロールすることを目的として
と,さらには,レーン別の交通管理が志向されて
いる。
いることなどに,これからの,安全な高速走行に
HOV レーンは,既に広く知られているとおり,
向けた道路交通管理の方向性を感じたところであ
バスおよび,2人ないしは3人以上が乗車してい
る。
る車の優先走行レーンである。これらの HOV レー
欧米においては,新たな道路交通マネジメント
ンで,料金を支払えば1人乗りでも優先走行レー
として,交通需要を管理する動的交通需要管理
ンを使用できる,HOT レーンに運用転換している
(Active Traffic Demand Management)や,提
区間がある。料金は,ETC の仕組みを活用し,
供可能な交通容量を能動的に管理する,動的交通
HOT レーンの最低乗員数の要件を満たさない車両
制御(Active Traffic Management)が,活発に
が,HOT レーンを走行した時に収集される。特に
本格導入がされているようである。IT 技術の組み
興味深いのは,レーンの速度を維持するための運
合わせを活用した,場所,時間,交通状況,さら
用目標(車線当たりの時間交通量)を定め,リア
にはユーザーの特性に応じた,リアルタイム,お
ルタイムの混雑状況に基づき通行料を変動させる
よび予測情報による道路交通マネジメントの潮流
ことで,交通需要をコントロールしている点であ
のようである。
る(写真―2)
。HOT レーンなどの管理レーンに
よる渋滞緩和効果については既に報告がされてい
2.リアルタイムの車線別可変速度規制
る。視察時の現地説明では,それにも増して,課
シアトルで実施されている可変速度規制による
金による収入を基に,渋滞緩和に繋がる新たな路
走行速度管理の方法は,同様の施策として,国内
線の整備をすすめることも重要な目的であるとの
では降雨時などに可変式の速度規制が既に実施さ
話であった。
れている。この速度規制がドライバーに減速を促
写真―1 車線別の可変速度規制表示
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写真―2 HOT レーンと通行料の可変表示
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しているかについては知見を有していないが,渋
ろう。これは,大型貨物車のプロドライバーとし
滞発生が恒常化している区間で,渋滞やそれに伴
ての,走行マナーだけの問題ではなく,両国の取
う事故などの事象発生時に,直近において前方の
り締まりや罰則などの環境の違いも背景にあるよ
速度低下状況を反映したリアルタイムの速度規制
うではあるが,わが国の大型貨物車の法定速度は
を行うことが,ドライバーの行動に及ぼすだろう
80 ㎞/h であり,他車種の法定速度と 20 ㎞/h も
効果については,シアトルにおいて実際に体験し
異なる車両が,第1走行車線以外を日常的に走行
てきたところである。前もって減速行動を促し,
している状況は,高速道路に期待される円滑な高
後続の車群の交通流をコントロールすることによ
速走行を阻害しているだけではなく,交通事故発
り,渋滞末尾での追突事故の防止など,事故防止
生への危険性を孕んでいると考える。いくつかの
への効果が期待できそうである。
高速道路の区間において,第1走行車線がトレー
分合流部付近においても同様に,車線別の可変
ラーや大型貨物自動車等の通行帯指定されている
速度規制が交通安全に有効に働く可能性がありそ
ことは,その証左ではなかろうか。
うである。ネットワーク間を連絡する JCT・IC の
特に,大型貨物車の交通量が占める割合が高い
流出入部で,交通集中による混雑が恒常的に発生
区間,時間帯で,第1走行車線を 80 ㎞/h,その他
する頻度が増加しており,流出交通の集中により
車線を 100 ㎞/h で車線ごとに規制区分を明示,運
混雑が本線部まで延伸する流出部では,第2走行
用することで,第1走行車線以外を一般車と同様
車線からの強引な流出行動などが発生し,本線の
に走行する大型貨物自動車に,第1走行車線を走
混雑により流入が困難なランプ部からは,加速車
行する認識やマナーへの働きかけとなることを期
線の開始部付近からの急な本線流入などが発生し
待したい。速度抑制装置の義務化や,通行帯指定
ている。これらの危険な走行挙動は,分合流部付近
と併せ,大型貨物車のキープレフトのルール遵守
で,第1走行車車線を走行する車の急激な減速や,
に繋がれば,車線別に一定速度の車群形成への機
車線変更などの危険回避行動を誘発し,ひいては
会は高まり,安全走行環境へと繋がる可能性も高
事故発生へと繋がっている。
まる。さらには,高齢者ドライバーや,法定速度
交通混雑が著しい流入出部での分合流交通の集
が普通車と同じ扱いとなった軽自動車においても,
中度合いに応じて,事前に本線交通を車線ごとに
積載状況などによっては,後方から追い立てられ
速度規制することで,前もって走行車の減速を促
る心配のない第1走行車線の活用頻度が増加する
し,分合流部を通行する車群の交通流をコントロー
ことも期待される。
ルすることは,ドライバーの安全な分合流行動へ
高速道路の渋滞の6割を占めると言われるサグ
の支援となりえると考える。さらには,60 ~ 80 ㎞/h
部での渋滞は,交通量が多い時に,希望速度の高
程度の速度帯で,車線当たりの交通流率が最も高く
い車が追い越し車線への集中し,車線利用が偏っ
なることを根拠とすると,速度規制による効果が,
た状況で追い越し車線から発生するようである。
混雑発生頻度の減少として現れる可能性もある。
仮に,車線別速度規制によって,車線ごとに等速
大型貨物車ドライバーの走行マナーの向上に,
度の車群形成が促されることになれば,追い越し
車線別の可変速度規制を活用することも,交通安
車線での低速走行車が減少し,交通流率の低下傾
全に有効な方策かもしれない。米国の高速道路で
向が減少する可能性もある。サグ部での渋滞緩和
は,大型貨物車のキープライト走行(日本ではキー
策となるかもしれない。
プレフト)の原則が厳格に守られている。一方の
わが国では,中央の第2走行車線や追い越し車線
はら
3.速度コントロールによる高速道路の安全管理
を走行する大型車が多いことは,高速道路を走行
前述したとおり,高速道路での交通事故の特徴
したドライバーのほとんどが感じていることであ
として,大型貨物自動車による死亡事故の割合が
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高いことがある。大型貨物車の事故については,
境の提供が促進される可能性は高まる。
速度抑制が 80 ㎞/h に義務化されている車両が,
高速道路の建設時点で設定される距離-料金の
20 ㎞/h も高い法定速度の他の車種と同一車線を走
関係とは別の視点として,道路交通管理において,
行していること,つまり,走行速度の異なる車群が,
速度-料金の関係を活用することも,重要な安全
同一車線で同一時刻に交通流を構成していること
対策なのかもしれない。
が頻繁である交通環境により,連続した定速走行
が難しいことも事故の要因であるのかもしれない。
5.これからの展望
また,渋滞区間,分合流部,トンネル出入り口
これまで論述してきた,車線別の速度規制によ
部などで事故発生確率が高くなる傾向にあること
る速度コントロールや,規制速度に応じた可変料
も,各種の事故統計資料が示しているところであ
金設定などのマネジメントでは,リアルタイムで
る。これらの場所での事故の予防は,同個所での
の交通状況の把握や自動化された料金収受などの
交通混雑時の渋滞対策と併せて,高速走行時にお
仕組みが必須で,そのための情報通信技術の組合
いて,速度変化が起こりやすい道路・交通環境で
せと活用により実現化が可能である。シアトルの
の交通安全面からの課題である。
事例では,トラフィックカウンタ-(以下,
「トラカ
等量等速の交通流が,最も事故が起こりにくい
ン」
)によるリアルタイムの交通状況の把握と,ETC
環境だとすれば,走行レーンごとに,同一程度の
を活用した料金収受が行われているが,トラカン
速度の車群により,交通流がコントロールされて
による速度計測には次の課題がある。第1は,設
いる状態の具現化が,事故防止に繋がるのではな
置個所でしか計測できないこと。第2は,トラカ
いかと考える。次に示す個所,区間などにおいて,
ンの間で算出される一定区間の平均速度は,実勢
その時々の交通状況に応じたリアルタイムの速度
の速度と必ずしも一致しないことである。よって,
規制により,車線別の交通流を適正な速度にコン
前述のマネジメントのためには,対象とする区間
トロールすることができれば,事故防止,さらに
の車線ごとに,密にトラカンを設置しなければな
は渋滞緩和へ思わぬ効果を発揮するかもしれない。
らない。
◦渋滞区間,トンネル出入り口など
一方わが国では,既に ITS スポットや ETC2.0 な
◦分合流部の前後区間
どの進化した ITS 技術の運用が始まっている。こ
◦大型車混入率が高い区間,時間帯
れらの ITS 技術を活用し,プローブカーデータを
用いたリアルタイムの交通状況把握による道路交
4.車線別の速度規制と料金
通マネジメントと,料金収受を同時に具現化して
シアトルの HOT レーンの事例では,レーンの実
はどうだろうか。プローブカーは設置場所が限定
勢速度の維持を目的とし,料金変動により交通需
されないため,ITS スポット対応車載器を搭載し
要のコントロールが実施されている。この実勢速
たプローブカーが走行している場所であれば,ど
度と料金の関係に従い,前述した車線別の可変速
こでも信頼性のある実勢の速度データが得られ
度規制のマネジメント方策において,規制速度と
る。車線別に速度をマネジメントするためには車
それに応じた可変料金の設定を行えば,割安な第
線別の速度把握が前提だが,通信装置を車線別に
1走行車線へと交通需要を誘導することも可能と
設置することで,プローブカーが走行した車線を
なるのではないだろうか。この速度に連動した料
特定することも可能となる。
金が,大型貨物車の第1走行車線の走行を遵守す
これからのプローブカーを活用したリアルタイ
るモチベーションとして働けば,キープレフトの
ムの交通状況の把握と,その情報をもとにした交
原則はさらに強化される。結果的に,車線ごとに
通流を綿密にコントロールするなどの道路交通の
等速度の車群形成が実現し,安全,円滑な交通環
安全管理の進化を期待しているところである。
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高速道路と自動車 第 58 巻 第2号 2015 年2月