千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2004) 修士論文 聴覚誘発電位を用いた可聴域を超える音の知覚に関する研究 キーワード:可聴域、超音波、聴覚誘発電位 人間生活工学教育研究分野 03UM4118 福田修平 ■背景 近年、音楽メディアの方面などで 20kHz 以上の周波数帯 域の音への関心が高まってきている。しかしその一方でヒ トの可聴域は 20Hz 20kHz であることが一般的に認められ ており、そのような高い周波数成分の意味が疑問視されて もいる。可聴域を超える音がヒトに影響があるか否かにつ いて聴覚閾値や音質等の主観的な研究が行われている。 ■目的 音としての認識の原点として、耳及び脳における聴覚器 官の反応がある。本研究では可聴域の上限周辺の純音に対 する聴覚誘発電位を観測、その反応を調査した。またそれ を可能とするための音響システムと生理計測の方法を検討、 確立し、これによって生理的な観点から高周波数の音の知 覚について研究した。 図2.実験プロトコル ■方法 図 1 は刺激音の提示によって測定される聴覚誘発電位の 示のプロトコルを示す。 模式図である。本研究ではおもに基点から 10ms 後付近の 刺激音はファンクションジェネレータで生成、アンプで 聴性脳幹反応、中間潜時反応を指標とし聴覚の反応を調査 増幅しヘッドフォンから提示された。実験機器は高周波に する。 対応したものである。 発生させた音に関して事前に分析を行い、スピーカーに 対する急激な電気入力にともなうノイズや可聴域内の高調 波歪が発生しておらず、計画した音のみが確実に被験者の 耳に届いていることを確認し、またこれにもとづいて機器 の選択を行った。図 3 に再生されたトーンバーストを録音 し、ノイズ成分を減らして刺激音の形を分かりやすくする 図1.聴覚誘発電位の模式図 誘発電位を測定するためのトリガーとなる刺激音は、検 査する周波数の正弦波を振幅変調した、サインカーブ状の 包絡線を有するトーンバーストである。音圧の最大値は 50dB、80dB の 2 条件であった。これの間隔を 100msec と 図3.音響分析|出力波形 した断続音として 1 条件につき 6 分間被験者に提示し、そ ために加算平均したものを示す。もし包絡線による音の急 の間の脳波を記録、刺激音の発生時点を基点として各々 激な立ち上がり、もしくは減衰のためにスピーカーからク 2000 回程度の加算平均を行った。図 2 に実験の刺激音提 リック音が発生している場合、これはトーンバーストに起 千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2004) 図4.音響分析|スペクトル 因するものであるので加算すればその形がより明確に現れ るはずである。しかしここではそのようなものは認められ ない。また、主観的にもクリック音が聴き取られることは なかった。図 4 は各種条件で再生された 20kHz の音の音響 スペクトルである。実験で用いたシステムで 20kHz に起因 する可聴域のひずみ成分は認められない。 実験は防音室内で行われた。年齢 21 23 歳の最大 9 名 の被験者が実験に参加した。実験前にオージオメータを用 いて可聴域での聴覚を測定した。 図6.実験結果 2 18kHz 以上の周波数では反応は認められない。 これをふまえ、刺激音の種類によって反応を比較する実 験を行い、これにより用いる刺激音の包絡線の形によって 反応が観測しにくい場合があることが分かった。 この結果からより反応の検出力が高いと思われる刺激音 を用い、主観による可聴域が高い被験者において同様の実 験を行った。この結果を図 6 に示す。ここでは 15kHz およ び主観の得られた 18kHz の条件でも反応を観測することに 成功し、また 20kHz 以上では反応が得られないことを確認 した。したがって検出力の高い条件においても、前半の実 ■結果 まず最初の実験では 15kHz、20kHz、25kHz、30kHz、の 験で得られた、高周波数では反応が得られないという結果 が支持された。 周波数 4 条件で測定が行われたが、 どの条件でも明確な ABR を検出することはできなかった。 続く実験ではハイパスフィルタの導入などよりシステム の精度を向上させ、クリック音で誘発電位が確実に得られ ることを踏まえつつ、5kHz、15kHz、18kHz、20kHz の条件 で高周波域での ABR 反応の有無をより細かく調査した。こ の結果を図 5 に示す。 ■まとめ 本研究では計画した音が被験者に提示されるという音響 システムの妥当性を検討し方法を確立、実験群によってヒ トの可聴域上限周辺での誘発電位を観測、生理計測方法を 推考した。これによってヒトの可聴域上限周辺の周波数で トーンバースト状の刺激音を生成し、誘発電位を観測した。 主な実験の結果から、18kHz 以上の周波数では反応は観 測されなかった。またそれに続く後半の実験でより厳しい 検出力をもつ波形の刺激音で同様に実験を行ったところ、 主観的知覚のある周波数条件で反応が得られ、ここでもそ れ以上の帯域では反応は得られなかった。 実験結果より、可聴域上限でも聴覚誘発電位はほぼ主観 閾値に従い、主観知覚の得られない周波数、あるいは低い 音圧で誘発電位は観測されず、したがってそのような状況 では聴覚において生理的な反応は生じていないものと推測 された。 周波数の観点では、主観的な知覚のない可聴域を超える 図5.実験結果 1 帯域では生理的にも聴覚での反応は起きておらず、20kHz 以上に対する聴覚知覚はないといえる。 コントロールとしたクリック音の条件では明確な反応が 万が一そのような周波数に効果があるのであれば、高周 認められ、誘発電位は確実に測定されていると考えられる。 波に対する聴覚反応以外の伝達、知覚経路が存在すること これを参照すると 5kHz80dB の条件ではクリックと同様 ABR になる。音響の方面であれば、それは可聴域における高調 が見受けられるが、15kHz における反応は明確ではなく、 波歪や技術的な要因によるものであろう。
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