永久磁石同期電動機のオープンループ制御を用いた

永久磁石同期電動機のオープンループ制御を用いた
方形波電圧駆動とその安定化制御
学生員
佐藤
大介
正 員
伊東
淳一
(長岡技術科学大学)
Square Voltage Drive of Permanent Magnet Synchronous Motor
Based on Open-loop Control and Stabilization Control
Daisuke Sato, Student Member, Jun-ichi Itoh, Member (Nagaoka University of Technology)
In this paper, the square voltage drive of the permanent magnet synchronous motor based on the open-loop control
is discussed. The proposed control is able to transit from the PWM voltage region to the square voltage region
seamlessly. However, the lower order harmonic torque occurs by the transition to the square voltage region.
Therefore, the reduction method of the lower order harmonic torque is considered and evaluated in the simulation.
As a result, the proposed method reduces the lower order harmonic torque by approximately 70%.
キーワード:永久磁石同期電動機,方形波電圧駆動,オープンループ制御,低周波トルク
Keywords:Permanent magnet synchronous motor, Square voltage drive, Open-loop control, Lower order harmonic torque
1.
はじめに
本論文では,はじめにオープンループ制御系の特徴を述
べた後,方形波電圧駆動の動作検証をシミュレーションに
近年,高効率化を目的として,永久磁石同期電動機
て行う。次に,トルクが脈動する原因の考察と脈動低減手
(PMSM)を使用した駆動システムが盛んに研究されている。
法の検討を行う。最後にシミュレーションにより提案制御
システムには電圧形インバータが広く用いられ,PWM 電
およびトルク脈動低減手法の効果を明らかにし,有用性を
圧,過変調電圧および方形波電圧により駆動される。また,
示す。
電動機の制御はベクトル制御が一般的である。しかし,過
変調電圧,方形波電圧では低次高調波電流により制御系が
不安定になることから,通常のベクトル制御は適用できな
PMSM のオープンループ制御
2.
〈2・1〉 オープンループ制御による方形波電圧駆動
い。そこで,これらの電圧における制御法がそれぞれ提案
図 1 に PMSM のオープンループ制御に基づく速度制御ブ
されているが(1)(2),制御系の切り替えが必要になるため,実
ロック図を示す(5)(6)。オープンループ制御ではインバータ出
装の複雑化およびシステムの安定性に影響を与える。一方,
力電圧ベクトルの方向をd軸と定義し,d軸より 90 度遅れた
過変調電圧でも動作可能なベクトル制御が提案されている
vg*
が(3)(4),こちらは方形波電圧での駆動が考慮されていない。
そこで,本論文では PWM 電圧から過変調電圧を経て,方
形波電圧までシームレスに移行可能な PMSM のオープンル
0
w*
f/V
conv.
ープ制御を提案する。本制御では PWM 電圧および過変調電
駆動時,原理的に発生する 6 の倍数次成分とは異なる,低
次高調波成分によるトルク脈動が増加するという問題があ
ることが明らかになった。そこで,この脈動を低減する安
定化手法について検討を行う。
HPF
K1
Stabilization
control
gd
uvw
w1
+
圧領域は V/f 制御により駆動し,方形波電圧時には周波数制
御となる。しかし,オープンループ制御による方形波電圧
vd
Transition
control
*
1
s
vu*
vv*
vw*
q*
ig
uvw
id
gd
Fig. 1. Control block diagram of open-loop control with
stabilization control for PMSM(5)(6).
iu
iv
iw
軸をg軸とする,gd座標を用いる。PMSM は PWM 電圧およ
Table 1.
Parameters of PMSM.
び過変調電圧領域においては V/f 制御にて駆動する。なお,
Rated power
3 kW
過変調電圧領域では電圧基本波振幅とインバータ変調率が
Rated torque
8 Nm
比例せず非線形の関係になる。したがって,変調率の補正
Maximum speed
12000 r/min
関数が必要になる(6)。また,PMSM を単なるオープンループ
Rated current
17.3 Arms
制御にて駆動した場合,負荷角の振動により,制御系が不
安定になる。そこで,有効電流 idを電気角周波数指令にフィ
ードバックすることで近似的に負荷角のフィードバックを
Pole number
4
d-axis inductance
2.04 mH
q-axis inductance
2.24 mH
Winding resistance
133 m
実現し,制御系の安定化を図る(5)。続いて,オープンループ
Linked flux
0.1066 Vs/rad
制御による PMSM の動作シミュレーションを行う。表 1 に
Moment of inertia
0.0013 kgm2
制御対象の PMSM のパラメータを示す。
図 2 にオープンループ制御による PMSM 駆動のシミュレ
Over modulation voltage region
ーション結果を示す。PWM 電圧から過変調電圧を経て,方
PWM voltage region
形波電圧に移行しながらも速度を指令値通りに制御できて
Square voltage region
いる。しかし,方形波電圧駆動時,トルク脈動が増加する
速度が存在している。なお,PWM 電圧領域でも速度の上昇
とともにトルク脈動が増加しているが,これはキャリア高
w = 0.85 p.u.
調波による影響である。
図 3 に方形波駆動領域の速度におけるトルクの高調波解
w = 0.96 p.u.
w = 0.74 p.u.
析結果を示す。方形波電圧による駆動であるため,原理的
にインバータ出力周波数の 6 の倍数次成分を含んでいる。
一方で,トルク脈動が増大した速度 0.74 p.u.および 0.96 p.u.
では 6 の倍数次成分以外の低い高調波成分も含まれている。
したがって,トルク脈動はこの低次の高調波成分により増
大していることがわかる。過大なトルク脈動は速度の指令
値への追従性に影響を与えるため,低周波トルクを低減す
る必要がある。
〈2・2〉 制御系の解析
Fig. 2
Simulation results of PMSM drive by open-loop
本節では,低周波トルクが増加する原因を検証するため,
control.
制御系のゲイン特性を導出する。なお,本論文での制御系
の解析は簡単のため d,
q 軸インダクタンスが等しい SPM 型
0.15
を対象とする。はじめに,制御系の状態方程式と出力方程
式を導出する。gd座標における PMSM の電圧電流方程式は
d


 w1L  i 
vg   R  dt L
 sind 
g

    w m 
  
 ........... (1)
d
v
i
cosd 
 d   w1L
R  L  d 

dt 
vgはg軸電圧,vdはd軸電圧,igはg軸電流,idはd軸電流,R は
Lower order harmonics
Torque [p.u.]
(1)式で表される。
0.1
6th order harmonics
0.05
12th order harmonics
0
電機子巻線抵抗,L は電機子インダクタンス,m は電機子
鎖交磁束の最大値,wは PMSM の電気角周波数,w1 はイン
0.74 p.u.
0.85 p.u.
0.96 p.u.
Fig. 3
1000
2000
3000
Frequency [Hz]
4000
5000
Torque harmonics in square voltage region.
バータの出力電気角周波数,dは負荷角(wとw1 の位相差)で
ある。また,トルク T は(2)式で表される。


T  Pf m ig sind  id cosd .......................................... (2)
おいて導出する。また,各動作点の値にはシミュレーショ
ンにて求めた値を使用する。
図 4 にオープンループ制御系のゲイン特性を示す。本来,
(1),(2)式は非線形であるため,定常状態近傍で線形近似を
入力変数が 3 つあるため,ゲイン特性も 3 通り導出される
行うと状態方程式は(3)式,出力方程式は(4)式となる。添字
が,入力変数w*は定常時は 0 であるため,vgおよびvdの
の“0”は各変数における動作点の値を示す。次に(3),(4)
ゲイン特性のみ示す。図 4 より,制御系は共振角周波数を
式より,制御系のゲイン特性を求める。なお,ゲイン特性
持ち,なおかつ各速度における電気角周波数と一致してい
は PMSM の速度によって変化するため,いくつかの速度に
R


w0  K1ig 0  2 K1id 0

L
 ig  
R
 
K1ig 0 
d  id   w0  K1ig 0  K1id 0

L
2
dt w   P 2
Pf  m
f
m
  
sind 0
cosd 0
 d 
J
J

0
 K1


T  Pf m sind 0
Pf m cosd 0

m

m
L
L
sind 0
cosd 0
Pf  m
2
0
J
1
m

1
 i
 g 

L
m
  id  
w0 sind 0


0
L

 w  


ig 0 cosd 0  id 0 sind 0   d   0
    0
0


L
w0 cosd 0


1
L
0
0

id 0 
  vg 
 ig 0   vd  ....................... (3)
 * 
0  w 

1 
 ig 
 
i
0 Pf m ig 0 cosd 0  id 0 sind 0  d  ......................................................................................................... (4)
w 
 
 d 


0.06
0
Fluctuation frequency: 394 Hz (2474 rad/s)
0.04
Torque T [p.u.]
Gain [dB]
0
-20
0.67 p.u.
0.79 p.u.
0.85 p.u.
0.90 p.u.
1.00 p.u.
-40
-60
10
100
1000
Angular frequency [rad/s]
(a)
0.02
0
-0.02
-0.04
-0.06
-0.08
10000
Input variable is vg
Fig. 5
0
0.01
0.02
0.03
Time [s]
0.04
0.05
Step response of torque T when vdis changed at
0.01 s (Speed is 0.67 p.u.).
角周波数付近であることが確認できる。このトルク脈動に
0
Gain [dB]
よって,安定化制御にフィードバックする有効電流 idが共振
角周波数付近で振動することになる。有効電流 idの振動はイ
-20
ンバータ出力電圧すなわちg軸電圧とd軸電圧の振動を招き,
-40
0.67 p.u.
0.79 p.u.
0.85 p.u.
0.90 p.u.
1.00 p.u.
-60
10
100
1000
Angular frequency [rad/s]
(b)
Fig. 4
10000
Input variable is vd
Gain characteristics of open-loop control for PMSM.
る。したがって,vgおよびvdが共振角周波数付近の成分
で振動すると低周波トルクが増加する。
〈2・3〉g軸電圧とd軸電圧の振動励起
低周波トルクが増加する要因はg軸電圧とd軸電圧の振動
である。これらの振動を励起する原因として,方形波電圧
領域への移行が挙げられる。PWM 電圧および過変調電圧領
域において電圧指令 vd*は速度指令に比例する。一方で,方
形波電圧領域では vd*は一定になる。よって,方形波電圧に
移行する際に,vdの微小変化量vdはステップ変化する。図
4(b)より,vdを入力とするオープンループ制御系のゲイン
特性は共振点を持つため,vdがステップ変化すると,トル
クは脈動する。
図 5 に方形波電圧に移行する速度 0.67 p.u.においてvdが
ステップ変化した際のトルクT の応答を示す。トルクが低
次周波数成分で脈動しており,その周波数は制御系の共振
さらなるトルク脈動を引き起こす。
3.
低周波トルク脈動の低減制御
前節までの検証をもとに,方形波駆動時における低周波
トルク脈動の安定化手法を検討する。低周波トルクの増加
は方形波電圧領域への移行による有効電流 idの振動が原因
であることから,制御系に対する idの振動の影響を抑制する
必要がある。そこで,インバータ出力角周波数指令値に対
して,制御系の共振角周波数成分を補償することでトルク
脈動の安定化を図る。
図 6 に低周波トルク脈動の低減制御を追加した PMSM の
オープンループ制御のブロック図を示す。提案制御はバン
ドパスフィルタにより構成する。有効電流 idに含まれる共振
角周波数成分を取り出し,インバータ出力角周波数指令に
対してフィードバックする。また,図より制御系の共振角
周波数は速度によって変化しているため,適応バンドパス
フィルタとしている。ここで,共振角周波数は電気角周波
数と一致することから,フィルタの中心角周波数は出力角
周波数指令とする。また,PWM 電圧および過変調電圧領域
では,脈動低減制御は不要であるため,フィルタのゲイン
K2 は 0 とする。
図 7 に提案制御系により PMSM を駆動した際のシミュレ
vg*
0
f/V
conv.
w*
-
gd
uvw
+ w1 1
+
HPF
vd
Transition
control
*
+
v u*
vv*
vw*
Over modulation voltage region
PWM voltage region
Square voltage region
q*
s
w = 0.85 p.u.
K1
w = 0.96 p.u.
w = 0.74 p.u.
Adaptive
BPF
K2
ig
uvw
Lower order harmonic
torque reduction control
Fig. 6
id
gd
iu
iv
iw
Control block diagram of open-loop control with
Without reduction control
With reduction control
lower order harmonic torque reduction control in square
voltage region.
ーション結果を示す。シミュレーション条件は図 2 と同様
Fig. 7
である。提案制御を使用しない場合と比較して,方形波電
Simulation results of PMSM drive by open-loop
control with lower order harmonic torque reduction control.
圧領域のある速度にて増大していたトルク脈動が提案制御
の適用により,低減していることが確認できる。
図 8 に低周波トルク脈動の低減制御を適用したオープン
0.14
ループ制御系により PMSM を駆動したときのトルクの高調
0.12
Torque [p.u.]
波解析結果を示す。図 3 と比較して,6 次,12 次の高調波
成分は全く変わらないが,低次の高調波成分のみを低減し
ていることが確認でき,トルクの安定化を実現している。
図 9 に低周波トルク脈動の低減制御の有無による低周波
0.74 p.u.
0.85 p.u.
0.96 p.u.
0.1
0.08
Lower order harmonics
6th order harmonics
0.06
0.04
トルクの比較結果を示す。脈動の大きい速度 0.74 p.u.および
12th order harmonics
0.02
0.96 p.u.でともに 70%程度低減していることが確認できる。
0
なお,低周波トルクを完全に除去できていないのは,電圧
1000
2000
3000
Frequency [Hz]
4000
5000
波形が方形波であることによる制御応答の遅れが原因であ
Fig. 8
る。
Torque harmonics with lower order harmonic torque
reduction control.
4.
まとめ
0.12
スに移行可能な PMSM のオープンループ制御法を提案し
0.1
た。また,オープンループ制御により,低次の高調波トル
クが増加する原因は方形波電圧への移行によるg軸電圧とd
軸電圧の振動であることが判明した。さらに,低周波トル
Torque [p.u.]
本論文では,PWM 電圧から方形波電圧にかけてシームレ
0.08
-71.3%
0.04
クの低減手法として,適応バンドパスフィルタによる脈動
低減制御を提案した。その結果,低周波トルクを方形波電
0.02
圧領域において,およそ 70%低減でき,トルクの安定化が
0
-63.1%
0.74 p.u.
0.74 p.u.
without
reduction with reduction
control
control
可能であることを確認した。今後は実機実験において提案
手法の有用性を検証する予定である。
Fig. 9
文
(1)
(2)
(3)
献
中井英雄・大谷裕樹・稲熊幸雄:
「IPM モータの高効率・高出力トル
ク制御」
,豊田中央研究所 R&D レビュー,Vol.40,
No.2,pp.44-49 (2005)
H. Nakai, H. Ohtani, E.Satoh, and Y. Inaguma: “Development and Testing
of the Torque Control for the Permanent-Magnet Synchronous Motor”,
IEEE Trans. on Industrial Electronics, Vol.52, No.3, pp.800-806 (2005)
S. Lerdudomsak・道木慎二・大熊繁:「インバータの過変調領域で動
-67.8%
0.06
(4)
(5)
(6)
0.85 p.u.
0.85 p.u.
without
reduction with reduction
control
control
0.96 p.u.
0.96 p.u.
without
reduction with reduction
control
control
Comparison of lower order harmonic torque.
作可能な PMSM の電流制御系」,電学論 D,Vol.130,No.5,(2010)
近藤孔亮・道木慎二:
「インバータ過変調領域での駆動まで考慮しつ
つ定常・過渡特性の両立を図る PMSM 電流制御系の実機検討」
,平
成 27 年電気学会全国大会,4-031,(2015)
伊東淳一・豊崎次郎・大沢博:
「永久磁石同期電動機の V/f 制御の高
性能化」,電学論 D,Vol.122,No.3,pp.253-259 (2002)
J. Itoh and N. Ohtani: “Square-Wave Operation for a Single-Phase-PFC
Three-Phase Motor Drive System Without a Reactor”, IEEE Trans. on
Industry Applications, Vol.47, No.2, pp.805-811 (2011)