高論卓説伊藤彰社長

日本サブウェイ
高論卓説
伊藤 彰社長
〇三年・九三店
〇四年・九五店
〇五年・一〇七店
〇六年・一二五店
〇七年・一四三店
伊藤彰社長が就任して
以来、日本サブウェイの
店舗数は拡大の一途を辿
っている。その勢いは今
年も衰えず、半期終了時
点 で 一 五 六 店 に 達 し た。
九二年の国内FC展開以
来、最高の成績を叩き出
しているにも関わらず、伊藤社長
は満足していない。
﹁満足度?八〇点です。半期での
目標は一六〇店でしたからね。年
見事なV字回復を果たした企業がある。世界最大のサンドイッチチェーン「SUB
WAY」の国内展開を手掛ける日本サブウェイ(東京都港区)だ。96年の150店を
ピークに店舗数は減少を続け93店まで落ち込んでいた。この悪い流れを断ち切
ったのが、03年から社長を務めている伊藤彰氏だ。代表就任以来、5年連続で
店舗数は増加。現在156店までを拡大に成功しており、その勢いは増すばかりだ。
内に一八〇店という目標が
リーの信用力も手伝い、九五年に
ありますから、今は目標達
は 一 五 〇 店 に 達 し た。 し か し 翌
成に向けて全力投球ですよ﹂
九六年以降は退会が相次ぐことに
伊藤社長が行った改革の
なった。理由は明白で﹁本部が掲
中身を見ていく前に、その
げたモデル店ほとんど儲からな
背景を理解せねばなるまい。
い﹂ためだった。一人また一人と
加盟オーナーが去っていった。
米国に本社を構えるサン
ドイッチチェーン﹁SUB
伊藤社長は、苦境の始まりであ
WAY﹂は、世界八六カ国
る九八年に日本サブウェイに入社
で約三万店を展開。一日平
した。そもそも伊藤氏は明治大学
均五店舗が世界のどこかで
を卒業後サントリーに入社。営業
出店している成長著しい企
職を経験後、八六年から海外事業
業だ。創業者フレッド・デ
部・レストランサントリーへ出向
ルーカ氏は一九六五年、大
していた。メキシコやスペインな
学進学の費用を稼ごうと小
ど一二年間の海外勤務生活を送っ
さなサンドイッチ屋をスタ
てきた。世界の外食事情に精通す
ート。十分な資金も無かっ
るとして、サブウェイ建て直しの
たため、限られたスペース
スタッフとして白羽の矢を立てら
れたのであった。
と人でサンドイッチを作る
方法として、対面式の生産・
販 売 ス タ イ ル を 確 立 さ せ ﹁日本は地代・人件費高い﹂
店舗小型化で利益確保狙う
た。それが原点となり、全
米各地でFC店を成功させ
ていったのである。そ の 後
﹁サブウェイの国内展開に関する
は瞬く間に世界へ広がって
第一印象は﹃ビジネスモデルの完
いった。
成度は高いがローカライズに問題
日本ではサントリーがマ
が あ る だ ろ う ﹄ と い う 感 想 で す。
スターフランチャイズ契約
しかし何より商品力が良いのが魅
力でしたね﹂
を取り付け、一〇〇%出資の子会
入社したばかりの伊藤氏は、早
社 で あ る 日 本 サ ブ ウ ェ イ を 設 立。
速加盟店の現場を回り始めた。本
九二年からFCを開始。世界での
部が掲げていた収益モデルと実情
実績とバックについているサント
5年連続で店舗増加中!
「日本サブウェイ」V字回復の秘密とは
Business Chance 2008. 9 6
の乖離 。その原因の一つは急拡
コラボレーションを実現してい
しかし、再建のためにやっている
―
家電量販店、大学、コンビニ⋮ 大の秘策としてFC開始初期から
く た め に、
﹁お呼びが掛かる﹂ブ
ことなので、理解を得ようと何度
異業種とのジョイント出店加速
導入されていた﹃地域代理店﹄の
ランドでなくてはならない、と伊
も米国本社に足を運びました﹂
存在があった。日本サブウェイの
藤氏は力説する。
それだけでは不十分だとばかり
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン も 密 に し、 下に地域ごとに代理店があり、そ
﹁現在は﹃野菜のサブウェイ﹄を前
に、伊藤氏はこれまでまったく関
情報交換のスピードと量を上げ本
れぞれの組織が地域の加盟店を管
面に出しています。我々の強みは
わりの無かった異業種分野との連
社との意見調整を行ってきた。
理していく方式を採用していた。
女性客を中心にリピート率も高い
携も深めていった。携帯電話ショ
カウンター越しに、来店客のオー
こと。野菜をふんだんに用いてい
ップ、自動車販売店、大学キャン
﹁第一号が上手くいっていたため、 ダーを受け付けながら商品を作っ
る点が人気要因でもあります。健
パス、病院、サービスエリアなど
結果的に地域代理店に管理を任せ
ていくのがサブウェイ独自の調理
康志向も追い風ですし、環境事業
だ。最近では、家電量販店やスポ
っきりになっていたのですが、そ
工程。対応人数が採算を大きく左
などにも注力していきたいですね﹂
ーツ量販店の一角にも出店を計画
の管理基準が統一されずにいたの
右する。まず伊藤氏は一人当たり
サブウェイは店舗こそ小さなビ
している。
です﹂
の生産個数を一定にする作戦を打
ジネスだが、その内容充実へのこ
ち出し、一時間で二〇個を生産で
﹁路面店ではない立地を﹃ノン・
これでは不採算店の原因究明す
だわりは人一倍強い。最近、伊藤
らできない。早速、取り組んだの
きるようにスタッフをトレーニン
トラディショナル﹄と我々は言っ
社長は関東近郊の農村を駆け回っ
は店舗パッケージの見直しだった。
グした。
ています。元々、海外のサブウェ
ているという。契約農業法人から
全店共通の業務運営マニュアルが
イでは実績のある出店形式ですか
﹁一人当たりの生産個数を定めれ
あれば、成功モデルの普及も図り
の直接仕入れを開始したい思惑が
ら、国内での可能性は十分にある
ば、時間帯での需要予測から適正
あるからだ。店舗小型化とブラン
やすいからだ。いかに利益を生み
と見ています。コンビニに関して
人数が割り出せます。これで店舗
ドコンセプトの明確化でV字回復
出せるオペレーションにしていく
は、実は三年前からアプローチを
ごとのコストコントロールが容易
を果たした今、同氏は次なる目標
か、それが課題だった。そこで役
かけてきました。現在、ファミリ
になりました﹂
を見据えている。
立ったのが、一二年の海外勤務経
ーマートとジョイントして実験店
結果として、店舗は小型化してい
をスタートさせて
験だ。
った。売り上げは小さくなること
います﹂
もあったが、利益確保が容易。こ
﹁例えば国が変われば、食材原価
コンビニは通常
れが退店を出さない原動力である。
も 人 件 費 も 変 わ り ま す。 日 本 は、
四〇∼六〇坪だ
この改革が奏功し、既存加盟店
地代家賃と人件費が世界と比較し
が、七〇∼八〇坪
ても高い。それに見合うオペレー
オーナーたちの複数店出店が増え
の物件が出てきた
始めたのである。V字回復への基
ションを考えた場合、小規模店舗
時に共同出店する
礎はこれで固まった。一旦は中止
での効率性を追求するのが、ひと
ことで機会損失も
していたFC募集も再開し新規オ
つの解決策ではないかと考えまし
減らせる上、利用
ーナーも集まってきたのであった。
た。アメリカ本社との約束上、業
客の回遊効果も期
務オペレーションには手を加えら
待できるという。
れ な い こ と に な っ て い た の で す。
高 論 卓 説
企業データ
会社名
日本サブウェイ
所在地
東京都港区
資本金
1億円
設 立
1991年
いとうあきら
1982年、明治大学卒業後サントリーに入社。営業職経
験後、八六年から海外事業部に転籍。レストランサントリ
ーでメキシコやスペインなどで12年間に渡り飲食事業の
最 前 線を経 験。98年4月から日本 サブウェイに出 向。
2003年10月に社長就任。健康法は早朝のランニング。
現在はトライアスロンにも挑戦中。
7 Business Chance 2008. 9