JARI Research Journal 20150906 【研究活動紹介】 SIP 自動走行システム「走行映像データベース」の 構築技術の開発及び実証の研究開発概要 Development and verification of construction technology of driving video recognition database in SIP-adas 黒瀬 明光 *1 野本 和則 *1 Akimitsu KUROSE Kazunori NOMOTO 要である.認知機能の向上には,車両に設置した 1.はじめに 2014 年の全国の交通事故死者数は 4113 人で カメラやレーダー等を通じて走路環境を認識する 14 年連続で減少となった.政府は「2018 年度を 技術と,車両外部から通信を利用して走路環境を 目処に交通事故死者数を 2500 人以下とし,2020 認識する技術があるが,本研究開発では前者の走 年までには,世界で最も安全な道路交通社会を実 路環境の認識を画像認識技術を高める研究開発で 現する」ことを掲げている. ある. 既に研究開発や実用化が進められているカメラ 図 1 に示す SIP 自動走行システム研究開発計画 やレーダー等による周辺環境認識技術を用いた安 のテーマ分類のうち, 「自動走行システムの開発・ 全運転支援システムから自動走行システムの実用 検証」の各企業の協調領域の 1 つである「センシ 研究開発に向けては,更なる性能向上や信頼性向 ング能力の向上」に資するものである. 上等が望まれており,カメラやレーダー等による 周辺環境認識技術の発展が欠かせない.その開発 には,カメラやレーダー等による様々な走行シー ンデータを整備した「走行映像データベース」の 構築が求められている. 一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では,戦 略 的 イ ノ ベ ー シ ョ ン 創 造 プ ロ グ ラ ム ( SIP : Cross-ministerial Program)1) Strategic Innovation Promotion 自動走行システム研究開発計画 2) にあ げられたセンシング能力の向上技術開発と実証実 験テーマ(企画競争募集)を受託した.走行映像 データベースの構築技術の確立を目標に 2014 年 図1 SIP 自動走行システム研究開発テーマ分類 1) 度から研究開発を開始し,本稿ではその概要を紹 図2に2014年度から4年間の本研究開発の実施 介する. 内容と主な成果目標を示す. 2. 本研究開発の位置づけ 自動車の走行機能はドライバーの認知・判断・ 2. 1 技術開発にあたって基本的な考え方 操作の 3 要素で構成されており,自動走行システ 自動走行システムの周辺環境認識技術の対象と ムの実現にはこの 3 要素が高度化されることが必 して,走行する車両のような比較的大きな物体で *1 一般財団法人日本自動車研究所 JARI Research Journal ITS 研究部 - 1 - (2015.9) はなく,歩行者や自転車等,より小さく複雑な動 以上の走行映像データを収集するために,高解像 きをする物体を対象とし,それらが存在するシー 度カメラや測距用レーザレーダーなどを搭載した ンを中心とした走行映像データの収集を行うこと 専用データ収集車両を開発する. した. 後者は収集した映像データへのフィルタリング やタグ付け ※ の作業の自動化技術を開発するとと もに,超大規模な映像データを効率よく運用する ためにリアルタイム可逆圧縮技術や検索データベ ースの技術を開発する. 図 4 は走行映像データベースの技術開発の概要 を示したものである. ※撮影された走行映像データの中で歩行者,自転車などに定めら れた特殊な記法により映像に埋め込む形で記述される付加情報 図 2 研究開発と成果目標(4 年間) 従来技術の歩行者の存在を検知する認識用映像 辞書に対して,図3に示すように歩行者の向き(正 面,横,後) ,周辺環境(時刻,照度,天候,路面 状態) ,歩行者状態(停止,移動)などを,様々な 沿道環境(市街地,オフィス街,歓楽街,高速道 サービスエリア)で走行映像シーンを収集する. 図 4 走行映像データベースの研究開発イメージ 2. 3 技術開発計画 2 つの研究開発テーマをもとに,それぞれの技 術分野について必要となる詳細技術やシステム信 頼性を向上するための技術として表 1 に示す 6 つ の項目を設定した. 表 1 技術開発項目 ①国内外の走行映像データを収集する「走行計画技術開発」 ②高解像度カメラ等を搭載した専用車両を製作「データ収集 車両の開発」 図 3 走行映像データの収集イメージ ③収集した走行映像データにタグ付けを行う「タグ付け技術 開発」 ④大容量な走行映像データを処理するための「走行映像デー タベース開発」「リアルタイム可逆圧縮技術」 2. 2 研究開発の内容 本研究開発は, 「走行映像データの収集」と「走 行映像データベースへのタグ付け技術の開発及び 実証」の 2 つに分けられる. ⑤走行映像データベースの利活用を有効にするための「検索 用データベース技術開発」 ⑥走行映像データベースの性能評価を行う「評価手法の開発」 前者は国内外の沿道環境で走行距離 10 万 km JARI Research Journal - 2 - (2015.9) 3. 走行映像データベース技術開発の概要 表 3 データ収集車両諸元 2014 年度に実施した研究開発の概要および主 スペック な成果を示す. ベース車両 トヨタ アルファード 240S 周辺監視 4 台 レンズ画角:180 度 前遠方監視 1 台 レンズ画角:90 度 画素数:1920×1200 分解能:12bit フレームレート:60fps カメラ 3. 1 走行計画技術開発 走行距離 10 万 km 以上による延べ歩行者数 400 万事例および,4 万シーン以上の連続撮像された 搭載 センサ 動画シーンの走行映像データベースの構築を目指 し,国内 4380 時間,海外 548 時間,合計 4928 レーザ レーダー 時間の走行計画を策定した. 2014 年度のトライアル走行の結果から歩行者 および自転車に遭遇した実績は,1 時間あたり約 200 シーンで歩行者割合は約 50%,また歩行者映 像時間は平均 11 秒となり,検討した国内の走行 計画の妥当性を検証した(表 2) . 周辺監視:4 台 スキャンレイヤ数:1 スキャン角度:180 度 周波数:50Hz 角度分解能:0.333 度 設置高さ 86cm 程度 前方監視:1 台 スキャンレイヤ数:4 スキャン角度:85 度 周波数:50Hz 角度分解能:0.5 度 設置高さ 53cm 程度 記録時間 最大 8 時間 カメラ毎に 6TB の SSD を搭載 GPS GPS 時計 位置データ(緯度・経度)を取得 表 2 走行計画の妥当性の検証内訳 歩行者, 自転車シーン数 100 シーン 走行映像データ 収集時間 5.5h/台日 市街地1時間当たり収集 200 シーン × 歩行者割合 50% 歩行者シーン 割合 12.5% (複数車線の他車線側 50%)× (歩道上など対象が離れて いる ケース 50%)×(隠れなど 50%) 走行計画 3750h 682 日(3 ヵ年)×5.5h 歩行者シーン (3ヵ年) 約4万シーン 3750h×12.5%×100シーン≒ 46,875 シーン 3. 2 データ収集車両の開発 フルハイビション形式の高解像度カメラを搭載 し車両周辺 360 度を撮像するとともに,ブレーキ やステアリング等の車両情報や障害物との距離情 報を取得するデータ収集システムを開発した. また,対象物との距離情報を取得するために測 距レーザレーダーを 5 台搭載し,これら大容量の 図 5 データ収集車両 走行映像データを撮像記録する映像記録システム, 制御ソフトウェア開発を行い,公道走行が可能な データ収集車両を 6 台製作(表 3,図 5)した. 3. 3 タグ付け技術開発 走行映像データから,歩行者,自転車等が撮影 されているシーンを抽出し,これらを自動的に判 別する「タグ付け技術開発」として,表 4 に示す 4 つの機能(シーン抽出機能,自動タグ付け機能, 手動タグ付け GUI 機能,フレーム間補間機能)の 開発を技術項目として定めた. JARI Research Journal - 3 - (2015.9) (3) 手動タグ付け GUI 機能 表 4 タグ付け技術開発の概要 項目 シーン 抽出機能 自動タグ付 機能 手動タグ付 GUI 機能 フレーム間 補間機能 手動タグ付け GUI 機能は,自動タグ付け機能で 内容 目標 障害物が撮影されているシ ーンを抽出.また,タグ付 けを行う必要のあるフレー ムを抽出する機能 総走行映像から 1/20 のシ ーンの自動抽出する.リア ルタイム自動有効シーン抽 出の実現する. 付与されたタグ情報を GUI を用いて人手で検証 必要要件にもとづいた対象 物に対する自動タグ付けを 行う機能. 効率的なタグ付け作業を行 える自動タグ付けツールの 実現する. ァイルとして出力する. 自動タグ付け機能で付加 されたタグ情報を GUI を用 い て 検 証 し ,修 正 す る 機 能. 入力は映像データと自動タ グ付け機能のタグファイルと し,タグの属性と座標を出力 する. じて矩形や線分で選択確認しながら設定ファイル 手動タグ付け機能のタグフ ァイル出力のタグ情報と座 標を用いて,前後のフレー ムに対して自動でタグ情報 を補間する機能 従来の人手対応のタグ付け 作業に対し,確認作業時間 を含ずに 1/6,作業時間を 含めて 1/4 に削減する. し修正するためのソフトウェア開発であり,タグ 情報を XML(Extensible Markup Language)フ タグ付け作業者がビューア画面にて対象物に応 にタグ情報,クラス,属性,座標等を変更し付与 する. (4) フレーム間補間機能 フレーム間補間機能は自動タグ付け技術として, タグ情報が付与された複数のフレームを元に,そ の中間,その前後のフレ-ムに対して自動的にタ グ情報の補間を行う. (1) シーン抽出機能 シーン抽出機能は,走行映像に含まれる歩行者 や車両などの障害物が撮影されているシーンだけ の画像とアクセル,ブレーキ,ステアリング等の 車両情報を用いて,走行映像から約 20 分の 1 シ ーンを間引く(自動抽出)技術を開発した.また, 抽出機能だけでなく撮影された RAW ベイヤ画像 3. 4 走行映像データベースプラットフォーム開発 (1) 走行映像データベースプラットフォーム 走行映像データのデータ取得計画(表 5)に基 づき走行映像プラットフォームの要件検討を実施 した. 表 5 データ取得計画(基本要件) を RGB JPEG(Joint Photographic Experts 項目 Group)画像に変換して確認する機能をもたせた. 走行映像撮像 (2) 自動タグ付け機能 カメラ数 仕様内容 延べ14時間/日,5日間/週 (車両運用計画より) 撮像カメラ5台⇒タグ付け対象カメラ2台 自動タグ付け機能は,シーン抽出した走行映像 品質・フレームレート 1920×1200×12bit,60fps データ中の対象物(歩行者,自転車,自動車,二 タグ付シーン割合 10% 自動タグ付間隔 6フレーム毎 輪車,その他移動体,路側物)の種類を自動的に 認識,検知して,対象物毎にユニーク ID を付与 するなど効率的なタグ付け作業を実現するもので ある(図 6) . 定常のオペレーションでは各地から輸送される 走行映像データの「サーバーへのアップロード」 「RAW ベイヤ画像の画像圧縮」 「シーン抽出の自 動タグ付け」など複数の作業と「処理結果のテー プ書込み」作業が同時に実施される. 図 7 はこの関係を示すものである.ワークステ ーション・サーバー,データ処理や一時格納を行 う大容量 NAS(Network Attached Storage) ,走 行映像データや処理結果を蓄積する超大容量スト レージおよびルータ等で構築される. 図 6 自動タグ付け機能 JARI Research Journal - 4 - (2015.9) 間に対して可逆圧縮技術を活用して容量を 50% に抑制する.1 週間で取得する走行映像データを 遅滞なくテープストレージに記録することができ る書込み速度を設定した. (5) リアルタイム可逆圧縮の技術開発 高解像カメラで撮像された画像データを効率的 に蓄積・転送するためのリアルタイム可逆圧縮技 術として,StarPixel 方式を採用し高い圧縮率と 高速の圧縮速度・展開速度が可能なソフトウェア を開発した. 走行映像データのベイヤ RAW(BGGR)データ 図 7 走行映像データベースプラットフォーム を,開発したソフトウェアで処理し,表 7 に示す ように元の画像の 50%圧縮および転送同時圧縮 (2) データアップロード処理仕様 基本要件から走行映像データの撮像データや測 距レーザレーダーおよび車両情報などの走行映像 による数%のオーバーヘット転送ができることを 確認した. データは,1 週間毎のデータ容量=260TB/週, および走行映像データの物流を考慮し 1 週間の稼 動時間を表 6 のように 100 時間と算定した. 表 6 データアップロード処理性能の設計 総データ量 5000時間×3600×(1920×1200×12bit×60fps) ×5台×50%=9.3PB≒10PB 1週間での データ量 14h×3600×5日×(1920×1200×12bit×60fps) ×5台×50%≒260TB/週 1週間の 稼働時間 24時間×4日+数時間≒100時間 表 7 リアルタイム可逆圧縮性能検証の結果 RGBベイヤ画像での 可逆高速圧縮技術を開発し, 元画像の50%圧縮を実現 汎用ワークステーション レベルによる リアルタイム圧縮の実現 約131GBの走行映像データで圧 縮後43GB(約33%) アップロードWS(Xeon/2.6G) 約31GB走行映像データを176秒 (データ転送のみ) ⇒81秒(転送同時圧縮)3%弱の オーバーヘッド転送完了 (6) ワークステーション・サーバー サーバーと接続して使用するワークステーショ (3) 大容量 NAS ンとして,多数の演算コアを備え処理を分散させ 3 種類(データアップロード,テープ書込み, タグ付け)のオペレーションを並列処理するため ることで大量の走行映像データに対する処理能力 を備える. に,データアップロード処理やテープ書込み処理 表 8 の検討結果から,タグ付け対象物の増加を および海外データ処理や寒冷地データ処理等を考 考慮し,処理必要コア数の 33 コアの 50%余裕を 慮し, ワークエリアとしては 600TB を用意する. 見て 50 コアと設定した. また,収集した自動タグ付け作業やデータ検索 表 8 ワークステーション・サーバー性能の設計 作業,車両情報や測距レーザレーダー等およびタ フレーム数 グ情報管理等のワークエリアを配置する事で総計 1P(Peta)B のデータ容量と算定した. (4) 超大容量データストレージ 走行映像データの本体を格納するストレージと して自動テープ搬送機付きの総データ量 10PB 大 容量テープストレージを採用した. 表 6 に示すように総走行時間である約 5000 時 JARI Research Journal 14時間×3600×5日×2台×600fps×10%÷6≒500,000 処理時間 12μS(HOG+SVM)×100,000回×20辞書=24秒 必要コア数 500,000×24秒/(100時間×3600秒) コア ≒33 (7) 走行映像データベースプラットフォームの実証 データ取得計画(基本要件)に基づき走行映像 データベースのプラットフォームを構築し,デー タ収集車両で収集した走行映像データを用いて, - 5 - (2015.9) データのアップロード,テープへの格納,取り出 つかの走行映像シミュレーションを効率的に実現 し,遠隔地からのアクセス性能,設備の消費電力 するため走行映像データベース評価方式の技術を を一連の作業を通じて設備性能の性能検証を実施 開発する. 運転支援システム等に用いている周辺認識アル した. 表 9 に示す開発目標である大容量を実現,アッ ゴリズムの方式調査を行い,周辺認識アルゴリズ プロードやテープ記録性能および維持コストの低 ムを PC 等で動作可能な評価ツールとするための 減に関して仕様を達成した. 検討を行う.また,高解像度カメラで収集した走 行映像データベースのタグ情報(正解値)の認識 表 9 走行映像データベースの実証結果 目標 率と従来方式の認識率との比較を定量的に評価す 成果 大容量実現 ・1PB NAS ・10PB テープアーカイブ EMC 社 Isilon NL400×10 台 IBM 社 TS3500 にて, 目標容量を満足 処理性能 ・アップロード 260TB/週 ・テープ記録 260TB/週 100 時間/週の稼働換算で ・アップロード 328TB/週 ・テープ記録 216TB/週 従来型サーバに比べ ・消費電力 1/5 ・コスト 1/2 試行時の実測からの換算で ・消費電力 約 1/8.4 ・コスト 約 1/2.6 るための走行映像シミュレーションの要件を整理 する(図 9). 3.5 検索用データベースの技術開発 検索用データベースは, 収集された撮像データ, 図 9 評価手法の開発 イメージ図 走行データやタグ情報を用いて, 走行シーン別 (沿 道環境別,時間別,季節別等)に効率的な走行映 4. まとめと今後の課題 像シミュレーションを実施する際の環境を提供す るものである. 本稿では「走行映像データの収集」 ,「走行映像 データへのタグ付け技術の開発および実証」につ 周辺認識環境走行データとして収集された映像 いて,2014 年度の開発目標であった車両開発と 以外の情報から効率的な検索を実現する技術を開 走行映像データベースプラットフォームの構築を 発するため,データ量から物理データモデルに変 達成した. 換するプログラムの開発およびサンプルデータに 2015 年度以降,立案した国内外の走行計画に従 よる検索性能検証による物理データモデルの妥当 い走行映像データの収集,自動タグ付けツールの 性を検証した(図 8) . 開発を行い,これらを使った運用を開始する. 同時に走行映像データベースの評価手法の開発 を行い,研究成果の一部を周辺環境認識技術に知 見を有した研究開発機関等や本研究開発の協力者 を対象に提供できるよう推進する. 参考文献 1) 内閣府:戦略的イノベーション創造プログラムHP http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/(2015.8.28) 2) SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)自動走行 図 8 検索用データベース機能イメージ システム研究開発計画 2014年11月13日, 内閣府HP, http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/keikaku/6_jidous 3.6 評価手法の開発 oukou.pdf(2015.8.28) 走行映像データ収集結果の一部を用いて,いく JARI Research Journal - 6 - (2015.9)
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