Mount Polley鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響

はじめに
2014年8月4日早朝、ブリティッシュ・コロンビア
州(BC 州)の Mount Polley 銅・ 金 鉱 山 の 鉱 滓 ダ ム
(Tailings Storage Facility:TSF)が決壊し、大量の
鉱滓スラリー等が隣接する湖や小川に流れ込む事態が
発生した。現地報道機関により撮影された鉱滓ダムか
ら大量の廃さいが流出する映像は、カナダ国内、特に
BC 州において、鉱業関係者のみならず多くの住民に
衝撃を与え、鉱業における環境問題が改めてクローズ
アップされることとなった。
カナダでは、2014年6月に連邦最高裁判所が BC 州
の先住民に対して先住権原を認める歴史的な判決を下
したことから、同州における鉱山開発において先住民
との更なる協働がより重要になったとの見方もある中
で、今回の決壊に伴う環境汚染により、地域住民の開
発反対運動や先住民による先住権原要求の動き、政府
による環境許認可の一層の遅れが生じる等の懸念が広
がっている。
本稿では、2015年1月末に発表された専門家パネル
による報告書を基にした鉱滓ダム決壊の概要及び原因
と、これまでに取られた対策、今後の計画について概
説すると共に、先住民等地域社会や鉱業関係者等の反
応を整理した上で、今後の鉱業、特に探鉱開発プロ
ジェクトへの影響について考察する。
図1.Mount Polley 鉱山位置図
(出典)Imperial Metals 社 HP
2015.7 金属資源レポート
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(128)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
山路 法宏
資源探査部企画課
前 調査部金属資源調査課 山本万里奈
バンクーバー事務所 副所長
レポート
Mount Polley 鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
図2.Mount Polley 鉱山施設
1.Mount Polley 銅・金鉱山の概要
Mount Polley 鉱山は、カナダの中堅鉱山会社である
Imperial Metals Corporation(以下、
「Imperial Metals
社」
)が100%権益を保有している銅・金鉱山で、BC
州中央部の Cariboo 地方行政区の東部、行政府のある
Williams Lake の北東約56㎞に位置しており、100%子
会社である Mount Polley Mining Corporation(以下、
「MPMC 社」
)により操業されている。
同鉱山は1997年8月に開山し、金属価格の低迷の中
で低品位部は分離して貯鉱し、当時の価格でも経済性
が保てる比較的経済性の高い鉱石を使用して精鉱を生
産していたが、結局2001年9月に長引く金属価格の低
迷の影響で操業休止を余儀なくされた。その後、周辺
探鉱を続けた結果、2003年に北東ゾーンで新たに平
(出典)Imperial Metals 社 HP
均銅品位の高い鉱床を発見し、2004年の FS 調査で良
好な結果が得られたことから、修正した鉱山計画にて
改めて許認可を取得し、2005年3月より操業を再開し
ている。
同鉱山は、閃緑岩〜モンゾニ岩に分類される貫入
花崗岩によって形成されたアルカリ斑岩銅鉱床で、
1997年の操業開始以降、露天掘り採掘法により銅、
金、銀を生産し、精鉱をバンクーバーの港までトラッ
クで輸送している。2014年1月時点で、鉱量約86百万
t、平均品位が銅0.295%、金0.303g/t、銀0.615g/t の
推定埋蔵量が確認されている。20,000t/日の鉱石処
理能力を持つ選鉱設備を有し、マインライフ(Mine
Life)は2025年までとなっている。
図3は、操業を再開した2005年以降の生産量の推移
を 表 し て い る。2009年 に は 銅 及 び 銀 の 品 位 が 高 い
図3.Mount Polley 鉱山の生産量推移
(出典)Imperial Metals 社の Annual Report に基づき筆者作成
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(129)
2015.7 金属資源レポート
2.鉱滓ダム決壊の概要と環境への影響
鉱滓ダムの決壊は2014年8月4日早朝に発生した。
ダムの北東部分、Polley Lake に隣接する部分で堤防
が決壊し、そこから Polley Lake へと鉱滓が流れ込む
と同時に、Hazeltine Creek を通じて Quesnel Lake ま
で流れ、河口付近に堆積した(図4参照)
。堆積場か
らは鉱滓スラリーだけでなく、流出の過程で決壊した
堆積場の建設資材や浸食した陸地・木々等も下流に流
されており、総流出量は、鉱滓スラリー13.8百万 m 3
(うち鉱滓固形物が7.3百万 m 3、間隙水が6.5百万 m 3 )、
上澄水10.6百万 m 3、ダム建設資材が0.6百万 m 3 の合計
約25百万 m 3 であり、東京ドーム約20杯分にも相当す
る量が流出したことになる。
Polley Lakeか らQuesnel Lakeま で の 約10kmの
Hazeltine Creekの水質は、適度なアルカリ性と硬度を
持っている。Hazeltine Creekの上流部分におけるベー
スラインモニタリングでは、溶解したアルミニウムや
銅、有機炭素、リンの天然の平均濃度がBC州水質ガイ
図4.鉱山周辺の鉱滓等流出地域
(出典)Imperial Metals 社 HP
2015.7 金属資源レポート
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(130)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
る約5.2km の堤防は、Main、Perimeter、South の3つ
の堤防から構成されており、それぞれ高さが55m、
37m、29m あり、鉱滓はミルから高密度ポリエチレ
ンパイプラインによって7km の区間を輸送されて鉱
滓ダムに運ばれる。鉱滓ダムの固形物が沈殿した後の
上澄み液は選鉱過程で再利用している。
同鉱山は、7月9日に制限付きの操業再開に対する
州政府の許可を取得したため、操業が再開されること
となった(後述)。
レポート
Wight Pit が終掘して品位が低い Springer Pit からの鉱
石の割合が増えたために大幅に生産量が減少し、2011
年には品位と回収率の低下により更に生産量が減少し
た。しかし、その後は平均品位の上昇と酸化鉱の減少
に伴う回収率の改善等により、年々生産量が増加し、
2013年には銅38.5百万 lb(約17,464t)
、金45,823oz(約
1.4t)
、銀123,999oz(約3.9t)が生産された。
2014年は、5月に Boundary Zone における高品位鉱
床(平均品位:銅1.538%、金0.946g/t、銀6.772g/t)
の坑内採掘を開始したことに加えて、経年劣化した掘
削機の最新の機器への入れ替えやフリートマネジメン
トシステムの導入による生産性向上も見込まれ、鉱山
全体の生産量の順調な増加が期待されていた。そのた
め、2014年 の 当 初 計 画 生 産 量 は、 銅44百 万 lb(約
19,958t)、 金47,000oz(約1.5t)、 銀120,000oz(約
3.7t)と、特に銅生産量は前年比で約12%増を見込ん
でいたが、鉱滓ダム決壊に伴い全ての採掘及び開発を
中 断 し た た め、2014年 の 生 産 実 績 は24.5百 万 lb(約
11,108t)
、 金25,901oz(約0.8t)
、 銀74,770oz(約2.3t)
にとどまった。なお、2014年には、Springer Pit の第
3フェーズの採掘が年内に終了するのに合わせて、第
4四半期には Cariboo Pit の採掘を開始するべく剝土作
業を進めていたが、これも今回の事故により作業が中
断されている。
同鉱山には、採掘場は6つの露天掘りと1つの坑内
掘りのほか、クラッシャー、ミル、ずり堆積場、鉱滓
ダム、浸透水貯水池、地表水収集システム、沈澱池及
びアクセス道路等の設備がある。鉱滓ダムを囲ってい
表1. 事故後の堆積場土壌サンプル分析結果
(単位:mg/kg)
レポート
パラメーター
銅
バナジウム
CSR PL 基準
90〜150
200
基準超過試料数(全試料数)
71(71)
24(71)
分析値
185〜1,560
106〜289
平均値
868.7
187.1
(出典)MPMC 社土質環境評価の報告に基づき筆者作成
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
ドライン(British Columbia Water Quality Guidelines:
BCWQG)の基準を上回っており、鉱山開発に伴って全
ての数値が上昇を続けていた。Polley Lakeにはニジマ
ス と ロ ン グ ノーズ サッカーが 生 息 し て い る ほ か、
Hazeltine CreekやQuesnel Lakeでもサーモンやニジマ
スをはじめとしてそれぞれ13種類、15種類の魚の生息
が確認されている。こうした魚や底生生物 1 等の水生環
境に加えて、土壌や植物等の陸生環境、先住民による
伝統的な土地の利用、野生生物等に対する鉱滓等流出
の影響に対する評価が現在も行われている。
MPMC 社が2014年11月に公表した土質影響評価結
果では、堆積場で採取した全てのサンプルで銅の濃度
が BC 州 環 境 管 理 法 に 基 づ く 汚 染 場 所 規 制
(Contaminated Sites Regulation:CSR)の都市公園
土地利用基準(Urban Park Land Use standard:PL)
を超過し、一部のサンプルではバナジウムの濃度も同
基準を超過していた。
一方、同年12月には、周辺環境への影響評価のた
め Hazeltine Creek 沿いに野晒しになっていた流出鉱
滓の地化学特性分析を行った結果を公表し、それらの
鉱滓が酸性廃水(Acid Rock Drainage:ARD)を生成
する可能性は低いこと、鉱滓中の銅やセレンの濃度は
地殻の土壌よりも高いものの、セレンは水中堆積物品
質ガイドラインの基準を下回っていること、鉱滓から
の銅やセレンの放出の可能性は低いと見込まれること
等を明らかにしている。更に2015年1月には、鉱滓流
出の影響を受けた水及び堆積物の毒性検査で金属の濃
集に起因する毒性は見つからなかったことや、ELS 試
験 2(魚類初期生活段階毒性試験)でも Quesnel River
の水はニジマスの卵の生存ないし通常の成長にもなん
ら影響がないとの結論に至ったことを発表している。
1
2
3
4
3.規制当局(州政府等)の対応
鉱滓ダムの決壊及び鉱滓等の流出を受け、BC 州の
環境省、エネルギー鉱山省、森林・土地・天然資源事
業 省 等 が、 そ れ ぞ れ が 管 轄 す る 州 法 に 基 づ き、
Imperial Metals 社及び MPMC 社に対する行政指導等
を行っている。2009年、この3省の間で鉱山における
貯留池(impoundment)及び排水路(diversion)の規
制に関する役割と責任を明確にした MOU 3 が締結され
て お り、 こ れ に は 鉱 滓 ダ ム も 含 ま れ て い る。 当 該
MOU では、それらの鉱山設備に対する工学的側面に
おける責任をエネルギー鉱山省に求める一方で、排出
水の水質に関しては環境省が責任を持つとしている。
以下に州政府及び地元行政区政府の役割及び対応につ
いて概説する。
3-1.環境省
環境省(Ministry of Environment)は、3省 MOU に
おいて鉱山の廃さいや貯留地に起因する有害な影響か
らの人の健康や環境の保護、危険物の使用、及び汚染
場所の管理について責任があるとされている。同省
は、所管する環境管理法(Environmental Management
Act)の下で、環境影響評価をはじめ環境面において同
法に基づく許認可権を持ち、鉱滓ダム及び関連施設に
対しても許可証を発行している。
(1)汚染対策命令の発令
鉱滓流出の事態を受け、環境省は発生翌日の8月5
日、同法第83条 4 に基づき、MPMC 社に対して汚染対
策命令(Pollution Abatement Order)を発令し、以下
に示す指示を行った。
底層及び底層から突出する岩礫等に固着生活又は這って生活する生物でベントス(benthos)とも言う。
汚染による魚類への急性毒性や毒性の環境残留性が懸念される場合に、初期生活段階(Early Life Stage)での毒
性を評価することで魚類への長期影響を調べる試験。
http://www.empr.gov.bc.ca/Mining/Permitting-Reclamation/Geotech/Documents/MOU_Impoundments_
Diversions.pdf
環境管理法第83条では、環境へ流出した物質を所有・管理する者や、当該物質が存在している(いた)土地の所
有者又は占有者、汚染を引き起こした者に対して、当該者自身の費用負担による、汚染に関する情報の提供、汚
染の範囲や影響を決定するために必要な調査等の実施、汚染低減のためのあらゆる対策の実施等を命令すること
ができると規定されている。
48
(131)
2015.7 金属資源レポート
表2. 汚染対策命令の段階的アプローチ
事故発生から2016年8月まで、鉱滓ダム決壊による考古学、水文学、水質、土壌、沈
殿物の性質、地上資源及び水産資源等への影響に対する情報を収集し、環境への影響の
総合的な把握を行う。収集した情報は、長期にわたるモニタリング計画や最終的な復旧
計画の改善・更新のために活用する。
第1段階(Phase 1)
2014年10月から2015年6月にかけて、鉱滓ダム決壊の影響の軽減に注力すると共に、
雪解けによる増水の影響も含めて、更なる環境や人の健康・安全への悪影響を生じない
よう対策を行う。
第2段階(Phase 2)
2015年7月から2016年8月にかけて、ダム決壊による影響の復旧を行う。
Polley Lake、Quesnel Lake、Hazeltine Creek 等
に流れた鉱山由来の原材料や堆積物を除去するた
めに適格な有資格者の指示に基づく措置と活動要
旨の提出
予備的な環境影響評価(Environmental Impact
Assessment:EIA)を実施する適格な有資格者
の雇用、有資格者名報告と承認取得
包 括的 EIA を実施する適格な有資格者の雇用と
有資格者名報告と承認取得
予 備的 EIA 完了後、予備的 EIA に基づく早急な
汚染の浄化、軽減対策、管理の実施
包 括的 EIA 完了後、包括的 EIA に基づく早急な
汚染の浄化、軽減対策、サイト復旧、管理の実施
予 備的 EIA における方策を詳述した行動計画の
作成・提出
包 括的 EIA における方策を詳述した行動計画の
作成・提出
最新情報を記載した公式文書の提出
<環境省の役割・責任>
✓ 規制監督と浄化・復旧作業の監督
✓ 企業による長期的な環境モニタリングプログラム
実施の保証
✓ 環境影響の評価、モニタリング、低減、復旧に関
する MPMC 社の計画や活動の検査、指導、承認
✓ 規制措置やモニタリングの実施に伴う関連する他
省庁や地域行政との調整
✓ モニタリングフレームワークに基づく MPMC 社、
環境省その他省庁からのモニタリング結果の審
査、評価、監査、情報の解釈とフィードバックの
実施
✓ 州政府と地元先住民の間の基本合意書(Letter of
Understanding)に基づく、環境に関する技術的
議論を促進する環境ワーキンググループの設立・
運営及び高級事務レベル会合への出席
✓ 情報提供の場の設置や一般からの問い合わせ対応
等を含む地域への働きかけと支援
これに対して MPMC 社は、8月6日に各要求事項に
対する一次回答を行い、その後も包括的 EIA の行動
計画や作業計画、進捗レポート等を提出し、それらに
沿って作業を進めている。環境省は、それらの対策・
計画に対して細かな指示を加えながら、現地視察等に
より MPMC 社による活動を指導・監督している。9
月8日には、環境省職員が実施した検査で鉱滓ダムか
らの流出が依然として続いていることが判明し、早急
な流出低減策を講じるよう勧告した。
<段階的アプローチ>
環境省が発令した汚染対策命令の要求事項を完遂
するためには適切な管理手法と作業期間が必要である
ため、表2に示す段階に分けて進めている。
(2)進捗レポートの公表
環境省は、11月24日に環境負荷の軽減や復旧に関
する進捗レポートを発表した。レポートでは、本件に
係る長期的目標を MPMS 社の最終回復計画や当該地
域の受容可能な水準までの浄化ないし回復に対する確
信を得ることとしており、このための環境の役割や取
り組みの手法、活動実績等について、それぞれ以下の
ように報告している。
5
<活動実績>
安全性、貯蔵設備、モニタリング、考古学的資源
の保護、魚柵(fish fence)の導入、崩壊の緩和、沈殿
物の管理、水を利用する居住者へのフィルター提供、
定期報告等について、事故発生後から進捗レポート作
成までの間に完了又は適切に開始した活動の実績を報
告している。
<更なる企業への指示>
相当な進捗が見られるものの、2015年の春の増水
に至るまでの短期間において、鉱滓貯蔵設備、Polley
5
Lake Plug の安定化、Polley Lake の底生生物環境の
評価、Hazeltine Creek の河道や川岸の整備と沈殿物
除去のレビュー、Hazeltine Creek から Quesnel Lake
鉱滓ダム決壊に伴い、流出した鉱滓やがれき等が Polley Lake の南端部分の河口にたまって栓(plug)をした状態
となり、それによって Polley Lake の湖水面が上昇した。
2015.7 金属資源レポート
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鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
(出典)環境省進捗レポートに基づき筆者作成
レポート
影響評価段階
(Impact Assessment Phase)
レポート
への地中流出に対する評価と考慮等の活動を引き続き
企業に求めていく。また、事故発生前後の水文学及び
水質に関する基本データや環境リスク評価、人の健康
リスク評価、今後の活動の展開に関連する鉱山法及び
環境マネジメント法に基づく認可申請についても企業
に情報を求めている。
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
(3)修正汚染対策命令の発令
2015年5月27日、環境省は Mount Polley 鉱山の決
壊事故の結果として環境汚染が引き起こされている確
たる証拠があるとして、MPMC 社に対して修正汚染
対策命令を発令し、以下の追加指示を行った。
事故後影響評価を実施し、毎年進捗報告を行うこ
と(第1回目の報告期限は2015年12月31日)。ま
た、当該報告書には鉱山の影響を受けた物質や堆
積物の範囲に関する記載も含めること。
水の試料分析や流量測定、水分平衡、モニタリン
グプランに基づく水質保証データ及び現場計測
データの収集を継続し、それらのデータを3か月
に一度提出すること(第1回目の提出期限は2015
年8月15日)。
上記に加え、追加対策として、上記に加えて人間
の健康や環境を保護するために必要と判断すれば
追加の対策を要求する可能性がある。
事故後環境影響評価(Post-Event Environmental
Impact Assessment)報告書を2015年6月5日ま
でに提出すること。
植物のサンプリングと汚染物質の暴露や取り込み
の調査、底生群集のサンプリング、生息環境への
影響、動物性プランクトン群集、植物性プランク
トンのサンプリングのフォローアップとクロロ
フィル a 分析、底生生物への影響等を含む追加の
なお、モニタリングに関しては、図5に示すとお
り、流出発生当日から Polley Lake 及び Quesnel Lake
において湖水のサンプリング・分析・公開も継続して
行っている。環境省では HP 内に今回の事故に関する
6
専用ウェブサイトを開設 し、事故の概要、許認可及
びそれに伴うレポート、原状回復作業の進捗、サンプ
リング及びモニタリングの情報、事故に伴う規制や
MPMC 社に対する指令等の情報を提供している。
6
Mount Polley 鉱山の決壊事故に関する専用ウェブサイト:http://www.env.gov.bc.ca/eemp/incidents/2014/
mount-polley/
50
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2015.7 金属資源レポート
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図5. Quesnel Lake 及び Polley Lake の湖水サンプリング位置図(2014年8月4日〜2015年6月2日)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
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(出典)BC 州環境省 HP
レポート
2015.7 金属資源レポート
3-2.エネルギー鉱山省
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
エネルギー鉱山省(Ministry of Energy and Mines)
は、3省 MOU において水ライセンス(water license)
や廃棄物認可(water permit)を必要としない貯留池
や排水路を含む鉱山のいかなる部分も鉱山内外の人の
健康と安全や公共の安全に害を与えないように努める
ことが求められている。また、鉱山跡地の保護と再生
についても責任を負っている。同省は、所管する鉱山
法(Mines Act)の下で、鉱滓ダム及び関連施設を含
む鉱山開発・操業に関連した許認可を行っている。
同 省 は8月18日、 地 元 先 住 民 の Williams Lake
Indian Band 及び Soda Creek Indian Band の支援を受
けて、鉱滓ダム決壊に関する独自のエンジニアリング
調査と、州内全ての鉱山の鉱滓ダムに対して毎年実施
している検査「Dam Safety Inspections」における独
立した第三者によるレビューの実施を発表した。独自
のエンジニアリング調査を実施するため、同省はエネ
ルギー鉱山省法(Ministry of Energy and Mines Act)
の第8条に基づき、Mount Polley Investigation and
Inquiry Regulation 7 を公布すると共に、3名の外部専
門家で構成されるパネル(以下、
「専門家パネル」
)を
設立した。同パネルは、地質工学的基準やダム設計、
メンテナンス、規則、検査体制その他のパネルが必要
と判断する事項に関して調査を行い、2015年1月30日
にエネルギー鉱山省に提出した最終報告書において原
因の特定と提言を行った(後述)
。それに対して、同
省は主な提案を即座に実行するとして、鉱滓ダムを保
有する全ての操業鉱山に対して、2015年6月30日まで
に同様の問題がないかの報告を求めると共に、全鉱山
に対して独立した第三者による鉱滓ダム評価委員会
(Independent Tailings Dam Review Boards)の設立
を要求することを明らかにしている。
毎年実施している Dam Safety Inspections について
も、2014年度の実施を前倒しして12月1日までに実施
するよう各企業に命令し(本来は2015年3月31日まで
の実施)
、併せてその結果に対して通常は必要として
いない独立した第三者によるレビューの実施を要求し
た。対象となったのは州内の60の金属及び石炭の鉱
山(開発中:1、操業中:16、ケア&メンテナンス:
7
8
12、閉山:31)にある認可された廃さい貯蔵施設だ
が、Mount Polley 鉱山が免除されたほか、4鉱山が調
査の延期が認められ、他の4鉱山は鉱滓堆積場がダム
ではなかったことから調査は行われなかった。残りの
51鉱山においてレビューが行われた結果、個別の鉱
山に対しては運用方法の改訂、更なる分析の実施、証
拠書類の更新、機器の使用又は検査、保守等の点にお
いて指摘はあったものの、いずれも良好な状態であり
差し迫った安全性に対する懸念は確認されなかった。
3-3.森林・土地・天然資源事業省
3省 MOU によれば、森林・土地・天然資源事業省
(Ministry of Forests, Lands and Natural Resources
Operations)の役割は、鉱山の貯留池、及び貯留池や
排水路を含む天然の水路内又はそこから派生する地表
水の使用及び貯留に関して、所管する水利法(Water
Act)の下で水ライセンスの発行又は承認を行うこと
8
にある。同省は、8月20日付けで同法第88条 に基づ
くエンジニアリング指示書(Engineer's Order)を
Imperial Metals 社に対して発行し、10月31日を期限
として Polley Lake、Quesnel Lake、Hazeltine Creek
からの堆積物の収集・除去や湖水位の維持等を求め
た。更に10月29日付けの指示書では、Edney Creek、
Hazeltine Creek、Quesnel Lake、Polley Lake におけ
る生息環境の復旧作業を追加した上で、実施期限を
2015年8月31日まで延長している。
3-4.内陸部保健機関
内陸部保健機関(Interior Health Authority)は、
事故発生直後より環境省が実施する水のサンプル採取
や分析に対して、水の専門家の派遣、水質分析結果に
ついて州及び連邦政府の飲料水ガイドラインに適合し
ているかどうかの評価等を行い、水の使用制限に関す
る勧告や部分解除等を行っている。
3-5.Cariboo 地方行政区
Cariboo 地方行政区(Cariboo Regional District)
は、事故発生直後の水の使用制限のほか、8月5日に
は指定地域へのアクセス制限令を発令している。
http://bclaws.ca/civix/document/id/complete/statreg/158_2014
水利法第88条では、エンジニアの権限が規定されており、第1項にエンジニアに権限を与える具体的な活動が列
挙されている。
52
(135)
2015.7 金属資源レポート
4.Imperial Metals 社(MPMC 社)の対応
本申請では短期的な水管理計画については記載さ
れているが、長期水管理戦略は本申請とは別に並行し
て作成していくとしている。そのため、MPMC 社は
当該申請と同時に、長期水管理計画の開発手法につい
て の レ ポート(Approach for Long-Term Water
Management Plan Development)を発表した。現在、
鉱廃水(contact water)は全て Springer Pit に溜めて
いるが、同 Pit は通常の鉱廃水量で約2年分の容積が
あるため、操業を再開して再建した鉱滓ダムが稼働す
図6.堤防造成
(出典)Imperial Metals 社 HP
2015.7 金属資源レポート
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鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
再開する露天掘り採掘は Cariboo Pit のみ
坑 内掘り採掘は概ね既に認可を受けている内容
(1,000t/ 日)で再開
ミル処理量は最大で年間処理能力の半分となる4
百万 t
選鉱処理量もミルの稼働率に伴って必然的に処理
能力の半分となる10,000〜12,000t/ 日
鉱滓は Springer Pit に堆積
レポート
州政府等による指導や勧告を受けながら、MPMC
社は鉱滓等の更なる流出を防ぐための堤防(dyke)の
造 成 を 急 ぎ、9月9日 に は 廃 さ い 堆 積 場 内 の 水 が 集
まっている2つのエリアへのアクセスを可能とし、そ
の後設置するポンプによりその水を Springer Pit へ運
び出すために造成した Satellite Dyke を完成させた。
また、9月22日には Upstream(Main)Dyke も完成さ
せたことで鉱滓等の流出が止まり、検査官や調査員に
よ る 決 壊 エ リ ア へ の ア ク セ ス も 可 能 と なった。
MPMC 社は、堤防造成による堆積場の安定化と並行
して、堆積した流出物や屑木材等のがれきの除去や早
期に発芽する植物の種まき等の原状回復・修復作業、
Polley Lake の水位低下の取り組み、環境モニタリン
グ(水・堆積物・魚のサンプリング等)
、濁度を含む
Quesnel Lake の水質検査等を実施している。また、
発生翌日の8月5日より、2015年4月までに計18回の
地元説明会を開催し、事故の状況や修復作業の進捗、
環境モニタリング結果等について説明を行っている。
2014年12月には、2015年春の雪解け等による増水
の時期を迎えることから、鉱滓ダムの堤防の補修のた
めの建設及び稼働、増水時期をまたいだ鉱滓ダムの利
用、鉱滓ダムに対する独立したエンジニアリング審査
委員会の設立、短期又は長期の採掘作業の再開、適応
管理計画の継続、鉱区内の水の管理・モニタリング・
処理、鉱区内の原状回復及び閉山計画の立案等に対す
る認可の変更が承認されている。ただし、これにはミ
ルの運転再開は認められておらず、かつ水管理のため
の鉱滓ダムの稼働も認可日より1年間に限定されてい
る。また、認可条件として、設計・建設・操業・モニ
タリング・報告に関して、地球化学、土地及び水路の
保護、跡地回復及び閉山プログラム等の面から細かく
指示が明示されているほか、2015年9月30日までに、
鉱滓ダムの修繕や閉鎖に関する最新計画、鉱山計画及
び跡地回復計画の5カ年計画、閉山計画又は休山計画
を提出することが求められている。
そして、2015年3月20日、MPMC 社は地域コミュ
ニティにおける経済活動の増加や熟練労働者の保持、
鉱滓ダム周辺の大きな押さえ盛土(buttress)の建設
支援等を目的として、限定的に操業を再開させるため
の認可変更申請(Permit Amendment Application)
を提出した。
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
るまでは引き続き同 Pit に溜める予定としている。ま
た、同鉱山の水収支は基本的に流入量の方が多く、長
期的な水の管理の観点から、鉱滓ダム稼働後は水収支
余剰分を水処理した上で Quesnel Lake へ放出する計
画が、今回の許認可変更申請にも含まれている。本レ
ポートでは、段階別の技術的なアプローチや、水質及
び水量のモデリング手法の開発・実行、潜在的懸念事
項の特定、水処理手法に関する適用可能なオプション
の評価、流出する鉱廃水(contact water)の水質及び
水量の定量化手法及び水処理オプションの評価方法、
オプション分析、モニタリングプラン等を詳細に説明
している。
5.専門家パネルによる調査結果及び提言
前述のとおり、8月18日に設立された3名の専門家
で構成されるパネルにより、鉱滓ダム決壊に関する調
査が行われ、2015年1月30日にその調査結果の最終報
告書がエネルギー鉱山省に提出されると共に一般に公
開された 9。当該報告書には、調査の目的、調査手法、
調査結果の分析・解析、事故発生の要因及びメカニズ
ム、管理業務や規制監督の役割と責任に対する評価、
同様の事故発生を抑制するための提言等の詳細が報告
されているが、ここではその要点のみ概説する。
5-1.パネルの目的と活動内容
パネルは、鉱滓ダム決壊の原因に関する調査及び報
告を行うこと、BC州政府に対して州内の他の鉱山にお
いて同様の事故を発生させないために取るべき対策を
提言すること、調査・報告する内容の一部として、ど
のような取り組みによって今回の事故を防ぐことがで
きたかという点に関する論評とBC州での導入が考えら
れる他の鉱業国・州の取り組みや成功事例の特定を行
うことを目的として設立され、以下の活動を行った。
鉱滓ダム決壊メカニズムの解明
鉱滓ダム決壊メカニズムの発生に寄与した可能性
がある技術面、管理面その他業務の特定
将来における同様の事故発生を抑えるために考え
られる修正点の割り出し
5-2.決壊の要因とメカニズム
パネルでは、可能性のある事故要因として、
「人の
介在」
「 越流」
「 パイピング・クラッキング」
「 基礎地盤
の崩壊」の4つの仮説を立て、それぞれについて検証
を行った。その結果、「人の介在」
「 越流」
「 パイピン
グ・クラッキング」の3つに関しては、それが要因と
なったことを示す痕跡は見つけられなかったとして、
「基礎地盤の崩壊」に焦点が絞られた。パネルによる
調査の結果、最終的に導かれた決壊のメカニズムは、
ダムにより加えられた荷重がダムを支持する基礎地盤
の限界能力を上回ったことで、基礎地盤がせん断破壊
したことにより決壊が生じたものであると結論付けら
れた。そして、詳細な地質工学的解析等による調査・
解析・分析により、決壊に大きく寄与したと考えられ
る主要な2つの要因が浮かび上がってきた。
(1)基礎地盤中の氷河湖底堆積層の見落とし
〜何も知らずに上部 GLU 層の上に建設したことで
「銃に弾丸を込めた」〜
パネルによる地質工学的解析の結果、決壊エリアの
10
基礎地盤中の土壌は図7に示すように氷河湖底堆積物
(glaciolacustrine soil:GLU)
、融氷流水堆積物
(glaciofluvial deposit)又は河氷堆積物(streamchannel
deposit)11、漂礫土(till)12 の主に3つに分類された。
図7.決壊エリアの地質工学的解析による層序区分の解釈
(出典:専門家パネル最終報告書)
9
10
11
12
専門家パネル最終報告書:https://www.mountpolleyreviewpanel.ca/final-report
氷河の前面に発達する氷河湖において堆積・形成されたもの。氷河作用により湖外から持ち込まれた主に無機物
質が堆積してできるものと、湖内のプランクトン遺骸や沿岸植物等の有機物質から形成されるものがある。
融氷流水堆積物は氷河の底部に主として形成される融氷水によって運搬・堆積したもので、河氷堆積物も同義。
氷河末端から流れ出した網状の流路で堆積したもの。
氷河が流動時に削り取った岩屑を取り込んで運搬・堆積したもの。
54
(137)
2015.7 金属資源レポート
レポート
図8-2.決壊イメージ図(決壊後)
(出典)専門家パネル最終報告書に基づき筆者作成
表3. 決壊エリアの上部 GLU 層と下部 GLU 層に関するダム建設前の特性
含水比
CPT の先端抵抗
先行圧密応力
過圧密比
上部 GLU 層
32%
(19〜53%)
3.4MPa
433kPa
(2.1〜4.2MPa) (312〜535kPa)
6.0
(4.1〜7.7)
下部 GLU 層
24%
(19〜29%)
11.4MPa
748kPa
(5.6〜16MPa) (701〜794kPa)
6.9
(6.7〜7.2)
(出典:専門家パネル最終報告書)
結論から言えば、この中の上部 GLU 層のせん断強さ
(せん断破壊を生ずる抵抗力の限界値)が小さかったこ
とが最大かつ最初の要因である。堤防の建設が進むに
つれて積み重なる盛土により基礎地盤への荷重が増加
する中で、せん断強さが十分ではなかった当該層にお
いてせん断破壊が起きたのが決壊の始まりである。
表3は、GLU 層における建設前の初期の地盤特性の
算定結果を示しており、それぞれの指標が示す特性を
以下に示す。これにより、上部 GLU 層が下部 GLU 層
に比べてせん断強さが小さかったことが分かる。つま
り基礎地盤の中にもろい層が存在していたということ
である。
■ 含水比・・・粘土内の間隙水比で、水分が多いほ
どせん断強さは小さくなる。
■ 先端抵抗・・・コーン貫入試験(cone penetration
test:CPT)13 で測定される地盤の抵抗力。
■ 先行圧密応力・・・過去に受けたことのある圧縮
応力の最大値で、圧密降伏応力 14 に等しい。大き
いほど粘土内の間隙水が排出されるため含水比は
小さくなり、逆にせん断強さは大きくなる。
■ 過圧密比(overconsolidation ration:OCR)
・・・
圧密降伏応力/垂直応力で計算される値で、一般
的に ODR が大きければせん断強さも大きくなる。
13
14
垂直応力が圧密降伏応力よりも小さい状態
(OCR>1)の粘土を過圧密粘土、圧密降伏応力と
等しい状態(OCR=1)の粘土を正規圧密粘土と
言い、過圧密粘土の方が高いせん断強度を持つが
圧縮性は低い。
上記に加えて、上部 GLU 層は正規圧密状態に至っ
た後にせん断が加わると体積を収縮させる特性があっ
た。これは正規圧密粘土が緩い締まりの土であるため
で、密な締まりの土である過圧密粘土の場合は逆にせ
ん断時の体積を膨張させる。これはダイレイタンシー
(dilatancy)と呼ばれる土の粒子の配列変化によるも
ので、模式図を図9に示す。
ただし、これは間隙水の出入りが自由な排水状態で
の挙動を示しており、
(a)では排水によって体積を収
縮させ、
(b)は外部からの水の取り込みによって体積
を膨張させるため、いずれも間隙水圧は常に一定とな
る。土の全応力は、土の構造骨格に直接作用する有効
応力と間隙水圧の和に等しいため、排水条件下では有
効応力が増加する。一方で、間隙水の出入りが許され
ない非排水状態ではこうした体積変化ができないため、
土粒子がそうした体積変化をしようとすると、閉じ込
められている間隙水の水圧が変化する。この場合、
(a)
では間隙水圧が増加するだけで有効応力は変わらず、
静的貫入試験の一種で、原位置における地層の相対的強度を求めるため、ロッドにつけたコーン(円錐)を地中
に押し入れて貫入抵抗を測定する。先端抵抗値のほか、周面摩擦力や間隙水圧を測定する。
粘土は圧密降伏応力まで弾性変形を行うが、それを超えると塑性変形を起こす。
2015.7 金属資源レポート
55
(138)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
図8-1.決壊イメージ図(決壊前)
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
図9.せん断時の土粒子の配列変化による体積変化の模式図
(出典)筆者作成
(b)には間隙水圧が減少するため、圧密圧力に間隙水
圧の減少分を加えた新たな有効応力が発生する。正規
圧密粘土は(a)
、過圧密粘土は(b)の挙動を示す。
パネルの調査では、堤防建設期間中の上部 GLU 層
は基本的に排水状態にありながら単発的に非排水状態
が生じ、最終的なせん断破壊は非排水状態で起きたと
結論付けている。非排水条件下では排水条件下よりも
せん断強さは小さくなる。堤防建設前は過圧密状態に
あった上部 GLU 層は、堤防建設による荷重の増加に
伴って増加するせん断力を受けて(b)の挙動(負の
ダイレイタンシー)を示した。この場合、排水状態で
は間隙水圧は一定のまま有効応力が増加し、非排水状
態では間隙水圧の減少に伴い有効応力は一層増加する
ことになる。つまり、上部 GLU 層の過圧密粘土は排
水状態と非排水状態のいずれにおいても有効応力を増
加させていったということであり、最終的には正規圧
密状態(有効応力中の垂直応力=圧密降伏応力)に達
することになる。下部 GLU 層よりも圧密降伏応力が
小さい上部 GLU 層が先に正規圧密状態に至り、そこ
に一時的な非排水状態が重なった。正規圧密粘土が非
排水状態に中で更なるせん断力を受けて(a)の挙動
(正のダイレイタンシー)を示した結果、今度は有効
応力が変わらないまま間隙水圧が上昇を始めた。
有効応力は土の抵抗力に直結する(有効応力が増加
すればせん断強さも大きくなる)
。そのため、正規圧
密状態に推移して以降はせん断強さが変わらないとい
う状況の中で、更なる盛土の積み重ねによりせん断力
の増加が続いた結果、最終的に上部 GLU 層において
せん断力がせん断強さを凌駕して非排水せん断破壊を
生じさせた。そして、非排水せん断破壊による上部
GLU 層のひずみの拡大が当該層の抵抗力を減少させ、
最終的に堤防の決壊に至ることとなった。図10の写
真からも、決壊エリアの上部 GLU 層が大きなひずみ
を生じていたことが分かる。
また、事前の地盤調査において、この GLU 層の存在
を把握できなかったことも、今回の決壊を引き起こし
た1つの重要な要素である。鉱滓ダムの設計において
外周堤防の基礎地盤におけるこうした氷河下及び氷河
期前の地質環境が考慮されなかった結果、堤防建設に
よる荷重を受けて非排水せん断破壊が生ずる可能性を
認識することができなかった。地盤調査でこの GLU 層
が把握できなかった理由はいくつか挙げられている。
図10.決壊エリア外の上部 GLU 層(左)と決壊エリア内の上部 GLU 層(右)
(出典:専門家パネル最終報告書)
56
(139)
2015.7 金属資源レポート
(2)段階的堤防建設における不適格な法面勾配
〜1.3H:1V の安息角法面を施行したことで「銃の引
き金を引いた」〜
決壊を引き起こしたもう1つの要因として、段階的
に建設された盛土における法面の勾配が適切でなかっ
たことが挙げられている。適切な安息角を持たせな
かったことで崩壊を防げなかったとの指摘である。ダ
ム の 総 合 安 全 性 に関する設計は、カナダダム 協 会
(Canadian Dam Association:CDA)が2007年に策定
したダム安全性ガイドラインに準拠することが BC 州
エネルギー鉱山省の要件となっており、建設中で注入
前のダムに対するガイドラインでは下記の安全率
(Factor of Safety:FS)を1.3とするよう求めている。
つまり、滑らせようとする力に対して、地盤に1.3倍
以上の抵抗力を持たせるような設計をしなければなら
ないということである。なお、この1.3という基準は
ステージ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
標高
年
1997
1998
2000
2005
2006
2007
2011
2012
2013
-
主堤防
1998
2000
2001
2006
2007
2011
2012
2013
2014
934.0
941.0
944.0
648.0
951.0
958.5
961.0
963.5
966.0
m
m
m
m
m
m
m
m
m
外周堤防
934.0
941.0
944.0
948.0
951.0
957.3
960.0
964.0
967.0
m
m
m
m
m
m
m
m
m
(出典)専門家パネル最終報告書に基づき筆者作成
あくまで建設中の鉱滓ダムとして容認されていたもの
であり、注入後に長期にわたり運用するためにはより
高い FS が要求される。
FS = 抵抗力(Available Strength)/
15
滑動力(Strength Required for Equilibrium)
Mount Polley 鉱山の鉱滓ダムは、表4のとおりこれ
までステージ1からステージ9まで段階的に堤防の建
設が進められてきた。ステージ1におけるダム法面の
勾配は2H:1V 16 で、有効応力分析(effective-stress
analysis)では FS が1.43と算出されていたため、運用
条件を満たしていた。しかし、2014年以前から1.3H:
1V を法面の安息角とする盛土の施行が始まった。こ
れは、ステージ5の建設を容易にするための一時的な
急場しのぎの措置として始まったとみられ、それが後
続のステージにおいて事実上恒久的なものとなった
が、決壊が発生する前にも懸念の声は上がっていた。
図11は、ステージ6から決壊に至るまでの各ステー
図11.ステージ6から決壊に至るまでの FS の変化
(出典:専門家パネル最終報告書)
15
16
地層内のある面において滑り動こうとする力。
水平方向(horizontal:H)
:垂直方向(vertical:V)。
2015.7 金属資源レポート
57
(140)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
報告書では、こうした基礎地盤の特性化に対する
不備は、
「弾丸が込められた銃を放置するようなも
の」だと指摘している。
表4. 堤防の段階的建設
レポート
✓ 当 該 層 が 決 壊 し た 外 周 堤 防(perimeter
embankment)全体に広く分布していたわけでは
なかった
✓ 地盤調査がこのような複雑な地層にまで対応でき
るものではなかった
✓ 当該層の強度に対する挙動の性質が理解されてお
らず、一度も調査の対象とならなかった
✓ 設計調査の期間中は基礎地盤の固く密度が高い性
質が注目されその強度特性が安定性解析に用いら
れたが、荷重増加に伴いその強度特性も変化する
ことは認識されなかった
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
図12-1.当初法面勾配(2H:1V)によるすべり面のイメージ図
図12-2.決壊時の法面勾配(1.3H:1V)によるすべり面のイメージ図
(出典)専門家パネル最終報告書及び関係者ヒアリングに基づき筆者作成
ジで算定した FS の変化を示しており、2013年頃より
FS が減少を続け、2014年6月には堤防が崩壊(FS =
1)に近い状態にあったことが分かる。パネルが実施
した安定解析によれば、頂部を拡幅して法面勾配をな
だらかな2H:1V とした場合の FS は1.28と試算され、
要求値である1.3に近い値となった。そのため、法面
勾配を2H:1V とすることで堤防の破壊は生じなかっ
たと見られている。また、事故直前の2014年7月25日
に公表されたステージ10についての設計報告で示さ
れていた押さえ盛土(buttress)17 が整備されれば、
FS は1.2と増加し、やはり決壊を防止することができ
ただろうと指摘している。法面が急になったことで滑
動力が上昇していき、その結果 FS の値は小さくなっ
ていったが、その事態を更に悪化させたのが前述の上
部 GLU 層の存在である。法面の勾配によってすべり
面の軌道も変化することになるが、法面勾配が当初予
定の2H:1V から1.3H:1V にしたことで、図12のイ
メージ図に示すように、決壊時には変化した軌道が上
部 GLU 層を通過していたのである。そのため、この
上部 GLU 層の脆弱なせん断強さがバナナの皮のよう
な役目を果たし、強まる滑動力に対して抵抗力を更に
失わせたことで、最終的に滑動力が上回り、決壊に
至ったと考えられる。
ま た、 こ れ は ダ ム 建 設 の 計 画 に 先 見 性 が 足 り な
かったことも要因の一つである。ダムの建設計画の実
施を成功させるためには、貯水池の水位予測、建設に
向けた鉱山廃棄物の生産と輸送、そして建設に対する
季節的な制約等の念入りな調整が必要とされるため、
鉱滓ダムは水収支や鉱山計画、天候にも左右された。
しかしながら、ある年に一度で評価され、これらの相
互作用が将来予測に投影されなかった結果、2014年5
17
18
月の越流前の破壊と建設用の鉱山廃棄物の不足という
二重の影響が生じ、それが急すぎる勾配と押さえ盛土
の拡張延期をもたらした。
5-3.予見可能性と責任
今回の事故は、鉱滓ダムの設計ミス(地盤調査にお
ける上部 GLU 層の見落とし及び堤防建設における不
適切な法面勾配の採用)という技術的側面が主要因で
あったことから、規制当局に対してはエネルギー鉱山
省による管理監督が適切であったかどうかという点が
問題となった。エネルギー鉱山省では、主席鉱山検査
官、認可担当次席鉱山検査官、地盤工学管理者3名
(地質技術者2名、環境再生専門家1名)、並びに環境
管理者3名(地球科学者3名)の8名により、BC 州内
の操業鉱山の検査と新規開発鉱山の認可を行ってい
る。彼らは、鉱滓ダム関連の活動以外にも露天掘りや
坑内掘りでの作業、及びずり堆積場の検査についても
規制当局としての責任を負っており、その中で地盤工
学スタッフは以下に挙げる活動を実施している。
環境評価プロセス内での提案された鉱山プロジェ
クトに対する地質工学的側面の審査
許認可条件策定プロセス内での鉱業法に基づく認
可申請に対する地盤工学的側面の審査
ダムの建造や鉱山拡張に対する認可変更申請の審
査
操業鉱山及び休廃止鉱山の現地地盤調査
B C 州の鉱山健康・安全・環境再生条例(Health,
18
Safety and Reclamation Code for Mines in BC)
に基づき提出された地質工学的報告書の審査
堤防の末端部に盛土を行うことで滑動力に抵抗する力を増加させるもの。
鉱業法に付随する条例で、労働者や公共の健康・安全を保護するために鉱業活動に関連する健康、安全及び環境
リスクを最小化するために講ずるべき対策が規定されている。file:///C:/Users/Yamaji/Desktop/health_safety_
and_reclamation_code_2008.pdf
58
(141)
2015.7 金属資源レポート
過去の記録から BC 州で稼働した鉱滓ダムについて
追跡調査を実施した結果、1969年以降の46年間にお
ける延べ4,095年の稼働年数で、鉱滓や水の放出に至
るダムの決壊と考えられる破壊が合計7回あったこと
が確認された。これは1.7×10 -3 回/ダム・年の破壊
頻度に相当し、統計的には年間およそ1/600の確率で
起こる計算となる。複数の鉱滓ダムが同時に稼働して
いることを考えれば、この数値は平均して10年ごと
に2回、30年ごとに6回の破壊が生じることを意味す
る。このような見通しに直面し、パネルはこれまで通
りのビジネスが継続できるという考えを強く否定した
上で、今後同様の事故発生を防止するため、以下の7
つの改善策を提言した。以下にそれぞれの提案内容を
概説する。
(1)利用可能な最善の技術の段階的導入
州内にある全ての鉱滓ダムについて将来の破壊を防
ぐためには、現在の破壊頻度を1/100以下に減らす必
要があり、そのためには、業務や手続き、政策等の改
善は必須としても、それらの手段だけでそこまでの破
壊頻度の低減を達成することは期待できない。そのた
め、破壊ゼロへの道に向けた別次元での取り組みとし
て利用可能な最善技術(Best Available Technology:
BAT)の導入を勧告する。具体的な鉱滓ダムにおける
BAT は、鉱滓堆積物の物理的安定性確保が目的で、
以下の3つの要素を有する。
19
20
BAT の重要な目的は「破壊されうる鉱滓ダムの数
を減らすこと」であり、最も直接的な解決方法は鉱滓
そのものを危険な場所から取り除くこと、つまり露天
掘りピット又は坑内に埋め戻すことであるが、それに
よりがたい場合の最も有力な BAT は、鉱滓からの脱
水技術である。脱水処理された鉱滓(ドライスタック
とも言う)に関する実証技術は業界でも良く知られて
おり、その採用と設計の実地事例も多く報告されてい
る。これまで業界において脱水鉱滓があまり採用され
てこなかったのは経済的理由によるものであるが、従
来のコスト計算ではダムの決壊による直接的及び間接
的な損失は含まれていない。経済的要素を無視するこ
とはできないが、最善の技術を回避し続けることもで
きない。
(2)コーポレートガバナンスの改善
カナダ鉱業協会(Mining Association of Canada:
MAC)は、1996年に鉱滓と鉱山廃棄物の安全かつ環
境に配慮した管理を推進するタスクフォースを設立
し、鉱滓管理の向上に重点を置くべきであるとの判断
から、MAC 鉱滓ワーキンググループを発足させた。
この取り組みの結果、運営・保守・査察マニュアルの
策定や鉱滓管理施設の監査・評価等、鉱滓施設の管理
に関するいくつかの指針が策定されている。現在、こ
れ ら は2004年 に MAC が 開 始 し た「Towards
Sustainable Mining(TSM)20 」イニシアティブに取り
入 れ ら れ、 加 盟 企 業 に 厳 格 な 遵 守 を 求 め て い る。
MAC に加盟し TSM イニシアティブを受け入れさせ
ることで、最高の企業水準の責任を自覚させることが
で き る た め、 鉱 滓 ダ ム の 運 用 を 申 請 す る 企 業 は、
MAC の会員になるか、あるいは監査機能を含めた同
等の鉱滓管理向けプログラムへの参加を求める。ただ
し、Imperial Metals 社は加盟企業として当該プログ
ラムにも取り組んでいた中で今回の事故が発生したこ
とから、このプログラムが過信を植え付けるもので
あってはならない。
(3)企業の設計責任の拡大
今回の事故で得た教訓は、将来における鉱滓ダムの
報告書では“Achieve dilatant conditions”となっており、直訳すると「膨張性の状態の実現」となるが、これは
図8(b)で示した体積膨張(負のダイレイタンシー)の挙動を示す状態にすること=密な締まりの土にすることと
理解できる。
環境・社会分野のパフォーマンスを高めることによって鉱業業界の評判を高めようという試みで、加盟企業は参
加 が 義 務 付 け ら れ て い る。 加 盟 各 社 は TSM 原 則(http://mining.ca/sites/default/files/documents/
TSMGuidingPrinciples_0.pdf)に沿って活動した実績を報告し、MAC は各社を各指標別に評価するほか、同プロ
グラムの実績を毎年進捗レポートで公表している。
2015.7 金属資源レポート
59
(142)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
5-4.提言
① 貯留地からの表面水の除去
② 排水による鉱滓中の不飽和状態の促進
③ 締固めによる鉱滓堆積物全体の密度向上の実現 19
レポート
Mount Polley 鉱山では、1995年から2014年にかけ
て合計20回の地盤調査が実施されたが、そのほとん
どの検査において鉱滓ダムに対する懸念は示されるこ
とはなかった。パネルでは、外部から雇用した契約検
査官を含むエネルギー鉱山省の地盤技術チームは良く
組織化されており、年次検査について明確な目標とス
ケジュールを持ちながら適正に任務を遂行していると
評価している。規制当局者はダムの設計者ではないた
め、構造物の性能全体と敷地条件の解釈については
MPMC 社の担当技術者の知見、経験、プロ意識に頼
らざるを得ない。そのためパネルは、今回の決壊が前
触れもなく発生したこともあり、例えエネルギー鉱山
省が追加的な鉱滓ダムに対する検査を実施していたと
しても、決壊を防ぐことはできなかったであろうと結
論付けた。
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
許可申請では選定した敷地に関する潜在的な地盤の問
題についてより総合的な評価を示さなければならない
ということである。また、鉱滓の保管や閉鎖に対する
BAT の検討もこうした提案に組み入れる必要がある。
そ れ ら の 検 討 に 加 え て、 定 量 的 性 能 目 標
(Quantitative Performance Objectives:QPOs)を公
表することをバンカブル F/S レベルの段階におけるプ
ロジェクトへのコミットメントの中へ早期に組み込む
ことが最善である。QPOs は、Mount Polley 鉱山で特
徴的であったその場しのぎの設計を実行するような行
為を抑制し、規制能力を強化することを目的としてい
る。上記を踏まえると、バンカブル F/S の文書には以
下の内容を含めることが求められる。
① 以下に関連する全ての潜在的破壊モードの詳細な
評価
✓ 敷地の地質条件
✓ その評価に対する不確実性
✓ 残存リスクを管理するための観察方法の役割
✓ 想定以上に悪い状況に直面した場合の緩和手段
② B AT による鉱滓管理及び閉鎖に関するオプショ
ンのコスト分析
③ 規制遵守及び一般設計基準よりも詳細な QPOs の
公表(以下、QPOs の例)
✓ 水みちとなる亀裂の幅
✓ 貯留池の充填計画の較正
✓ 水収支の監査及び較正
✓ 建設材料の入手可能性及び最終的な高さに至る
までのスケジューリング
✓ 機器装備の妥当性と信頼性
✓ 機器装備に対する反応のトリガーレベル
✓ 性能データの収集、解釈及び報告の間隔
(4)鉱滓ダムの全段階における安全性の検証と規制の
強化
設計、施工、操業及び閉鎖に関する第三者的なア
ドバイスを求めて独立鉱滓審査委員会(Independent
Tailings Review Board:ITRB)の設立が普及してお
り、世界銀行やその他金融機関からも設立を求められ
るようになっている。ITRB は貯水ダムの設計と安全
性評価に長い歴史を有しており、ITRB の設立が BAP
の一要素であるのは明らかであるとして、パネルは
ITRB が現在の業務を改善する上で一つの役割を担う
と考えている。したがって、ITRB の活用を増やすこ
とが求められる。ただし、いかなる ITRB も最高の企
業水準の全面的な支援とコミットメントがなければう
まく機能しないため、ITRB の報告が企業の経営幹部
や規制当局にも伝わることが不可欠であり、更には信
頼を獲得し、更に高めていくために他の利害関係者に
も公表するべきである。
60
(143)
2015.7 金属資源レポート
(5)現行規制業務の強化
エネルギー鉱山省の地盤技術スタッフは責任を遂
行する技術を保有し、献身的に活動していると評価し
たが、それでも今後規制業務を改善するためにどのよ
うな方策が取れるかについての検討も行った。BC 州
内にある鉱滓ダムを検査した結果、短期的なニーズと
しては、重要度の順に以下に示す潜在的破壊モードに
関するエネルギー鉱山省の機能を評価することが挙げ
られる。
① シルトや粘土の基礎地盤を有するダムの非排水せ
ん断破壊
② 長期にわたる降雨に対する備えや不測の事態への
対応を含めた水収支の妥当性
③ フィルターの妥当性(特に幅広い粒度の土壌又は
鉱山廃棄物を含むダム)
加えて、今回の評価の過程で特定された問題とし
て、施設が安全で目的に合った運営が行われているこ
とに対する規制当局の確認が最終的には操業会社の技
術担当者に依存しているという点がある。規制者は設
計者ではなく、管理可能な調査の範囲には限界がある
中で、より多くの情報が規制者に提供されるべきであ
ることから、エネルギー鉱山省は調査中の施設に関す
る QPOs の決定方法を評価し、業務の中にこれらの
QPOs を適用していくことが求められる。
(6)専門職的実務の改善
パネルは、Mount Polley 鉱山の鉱滓ダムにかかわ
る数多くの経験豊かな地質技術者がいたにも関わら
ず、実地調査や外周堤防下の地盤条件の特性化の適切
性が疑問視されなかったことに当惑した。そのため、
この分野の専門的な実務を改善するための協力が求め
られる。基本的なニーズとして、BC 州内の鉱滓ダム
に提案された敷地の地質学的、地形学的、水文地質学
的、そして地震構造学的な理解を深めることが挙げら
れ、専門技術者・地球科学者協会(Association of
Professional Engineers and Geoscientists of BC:
APEGBC)はその目的達成のためには非常に適した
組織である。
(7)ダム安全指針の改善
Mount Polley 鉱山の鉱滓ダムは、1995年の操業開
始以来、操業期間を通じて1.3、閉山時に1.5の最小 FS
の値として採用していた。CDA ダム安全性ガイドラ
インは元々貯水ダム向けに策定されていたものであ
り、今回の事故後の2014年10月、CDA は表5に示す
目標安全率を鉱滓ダムに採用した新たなガイドライン
として、
「鉱滓ダムに対するダム安全性ガイドライン
の適用(Application of Dam Safety Guidelines to
Mining Dams)」を発表した。
表5. 施工、運営及び移行段階における斜面安定性に対する目標安全率-静的評価
最小安全率(FS)
適用斜面
施工時及び竣工時
>1.3
(施工時のリスク評価による)
主として下流面
長期
(定常状態浸出、通常貯留レベル)
1.5
下流面
レポート
荷重条件
(出典:専門家パネル最終報告書)
6.事故発生に伴う影響
今回の事故により、直接的には鉱山の操業や周辺
住民の生活に影響が生じており、今後も直接的・間接
的に様々な影響が考えられる。ここではそうした様々
な影響について考察する。
6-1.環境や周辺住民生活への影響
廃さい等が Polley Lake や Quesnel Lake へ流出・堆
積した直後に、Cariboo 地方行政区が水を使用しない
よ う 勧 告 を 行 い、 翌 日 に は BC 州 内 陸 部 保 健 機 関
(Interior Health)もそれを支持したことで、周辺住
民は飲料用だけでなく、遊泳や釣り等の娯楽用として
の水の使用も禁止されることとなった。環境省による
サンプリング水の分析結果が徐々に明らかになるにつ
れて、安全と判断された地域の水の使用制限は解除さ
れたものの、Impact Zone に指定されている地域(廃
さい堆積場、Polley Lake、Hazeltine Creek、それら
湖・川から200m の範囲、Quesnel Lake に流れ込んだ
目視できる沈殿物から100m の範囲内)では、依然と
して制限が続いている。
21
また、住民の安全を目的として、事故発生翌日の8
月9日には、Cariboo 地方行政区により鉱山や Polley
Lake、Hazeltine Creek、Quesnel Lake の一部を含む
広範囲の地域への立ち入りが制限された。これは同年
12月4日に解除されたが、依然として州政府により公
共利用が制限されている。
6-2.Imperial Metals 社事業への影響
(1)Mount Polley 鉱山の操業再開
前述のとおり、MPMC 社は2015年3月20日に制限
付き操業再開のための認可変更申請を行っている。当
該申請は州政府(エネルギー鉱山省及び環境省)によ
21
り受領され、Cariboo の地方鉱山開発評価委員会 に
かけられると共に、5月2日まで公聴期間が設けられ
たほかコミュニティ向けの公聴会も開催された結果、
7月9日に州政府による許可証が発行され、鉱山の操
業が再開されることとなった。同鉱山ではダム決壊に
伴う鉱滓ダムの修復作業や Polley Lake、Hazeltine
Creek、Quesnel Lake の環境影響評価及びモニタリン
グ等に多大な資金を必要としており、操業再開による
収益確保が急務となっていた。また、地域コミュニ
ティは環境影響に対する懸念は強いものの、一方で同
鉱山が雇用及び地域の経済に多大な貢献をしてきたこ
とから操業再開を求める声も多く、Williams Lake の
市議会はこれまでも州政府に対して操業再開を認める
よう要望していた。
(2)Red Chris 銅・金プロジェクトへの影響
今回の鉱滓ダム決壊が発生した頃、Imperial Metals
社は、BC 州北西部に位置する Red Chris 銅・金鉱山の
開発が最終段階にあった。しかし、今回の事故が発生
したことで同様の事態の発生を懸念した地元先住民の
Tahltan First Nation の人々が、Red Chris 鉱山の鉱滓
ダムの設計に対する第三者による再調査の実施を求め
て、事故発生直後から2週間にわたり Red Chris 鉱山
において道路封鎖を行った。その後、Imperial Metals
社は当該先住民の自治組織である Tahltan Central
Council( TCC)と の 間 で 再 調 査 の 実 施 に 合 意 し、
Imperial Metals 社が費用を負担する形で TCC が選定
地方鉱山開発評価委員会(Region Mine Development Review Committee:RMDRC)は、エネルギー鉱山省の代
表者が議長を務め、委員は地方政府や先住民の代表者のほか、州政府機関、連邦政府機関からの代表者から構成
され、申請されたプロジェクトに対する環境影響や社会経済への影響等について評価を行う。
2015.7 金属資源レポート
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(144)
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
この新たなガイドラインは、設計者にのみ適切な
FS 基準を作成する責任を与えているが、これでは破
壊の影響、荷重条件及び使用した強度パラメーターに
関する設計者の検討結果に左右されることになる。
CDA ガイドラインはこれらの要素に対する適切な評
価が前提となっているが、残念ながら Mount Polley
鉱山の場合ではこの前提に欠点があった。破壊の影響
は過小評価され、荷重条件は基礎地盤において正規圧
密条件への進展を引き起こす原因とはならなかった上
に、強度パラメーターも非排水せん断を考慮したもの
ではなかった。更に、有効な破壊モードであった上部
GLU 層の存在が認識されなかったため、表4に示すよ
うなリスク分析を用いた FS 基準の選択もうまくいか
なかったであろう。したがって、法廷要件として組み
入れられた現行のガイドラインの限界を認識し、BC
州内の鉱滓ダムが直面する状況に合わせ、公共の安全
の保護を重視して改善したガイドラインを作成するこ
とを勧告する。
レポート
鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
したエンジニアリング会社による再調査が行われた。
その結果、当該エンジニアリング会社は、堆積場の設
計は正しく建設されるならば適切なものであるとした
上で、設計上の最大の問題点として、2つの主要なダ
ムが建設される地盤の高い透水性から生じる構造の安
定性と廃水の漏出に対する懸念を指摘した。この透水
性の問題は当初のダム設計時より考慮され、最終的に
鉱滓そのものに含まれる微細物質がより透水性の高い
天然の物質を閉じ込めて漏出を防ぐと断定した上での
最終設計となっており、当該エンジニアリング会社は
その概念については理解しつつ、注意深く水収支のモ
ニタリングを行うことを提言している。その他複数の
指摘事項がなされており、Imperial Metals 社と TCC
の間で協議の上で取り組みが進められた。
Mount Polley 鉱山の事故により、鉱業界では Red
Chris 鉱山が予定どおり開発されるのかどうかが注目さ
れていたが、2015年2月初旬にミルの試験操業を目的
とした鉱滓の放出を認める暫定的な許認可が発行さ
れ、2月17日に銅精鉱の試験生産、3月2日に出荷を開
始した。その後、4月には Tahltan Nation との間で共同
管理協定 22 を締結。6月15日に環境省より環境基本法に
基づく変更許可証が、6月19日にエネルギー鉱山省よ
り鉱山法に基づく変更許可証が発行されたことで、今
後本格操業への移行が可能となった。
6-3.鉱業全体への影響
(1)BC 州の鉱業への影響
2015年1月30日に専門家パネルの調査報告書が公表
された後、その結果も踏まえて BC 州政府、鉱業界、
技術コンサルタント及び先住民関係者に今回の事故や
今後の鉱業への影響等に対する見解を聞く機会を得た
ので、簡単にそれぞれの見解を表6に示す。いずれも
面談した担当者の見解ではあるが、それぞれの組織の
見解をある程度代表していると見做せるであろう。こ
れから分かることは、それぞれの立場によって考え
方、捉え方は大きく異なるということである。
今後の影響に対しては、先住民の先住権原を認め
た2014年6月の連邦最高裁による歴史的判決 23 の影響
もあり、先住民との協議がより一層重要となるという
点ではいずれも一致している。当該判決を踏まえて自
分たちの伝統的土地でも先住権原を主張することを考
えている先住民も少なくないと思われ、これまでも探
鉱段階から先住民やコミュニティとの良好な関係構築
を行ってきたことをもって今後も大きな影響はないと
考えるのは楽観的と考えるべきであろう。
BC州先住民エネルギー鉱業協議会(BC First Nations
Energy and Mining Council)は、2015年6月に同州北部
(Mount Polley鉱山以北)に位置する26の鉱山が保有す
る35の鉱滓ダムに対して、近隣の水系等における生態
表6. Mount Polley 鉱山の鉱滓ダム決壊事故の発生と鉱業への影響に対する関係者の見解
事故発生に対する見解
鉱業への影響に対する見解
BC 州政府
今回事故に対する予兆はなく事前の調査でも気
付くことは不可能であった。今回のような脆弱
な地質構造を把握するためにはより多くのかつ
深部へのボーリングが必要となるが、どこまで
やるかはコストとの兼ね合いになる。
BC 州鉱業への大きな影響はないだろう。州政府と
しても審査の強化はあり得るがプロジェクトを止め
ることはない。ただし、探鉱活動の段階から先住民
協議が一層重要となる。今回の事故により得られた
教訓から Best Practice を得ることができるだろう。
BC 州鉱業界
今回の事故は発生する確率が非常に低いもので Red Chris 鉱山が操業を開始したことから見ても政
あり、BC 州の鉱業がストップすることはない。 府が鉱業に規制をかけることはないだろう。
報道機関はセンセーショナルに報道するため、
業界としては先住民やコミュニティ等地元との
関係を密にして理解を得ていく必要がある。
技術系コンサルタント 今 回 の 事 故 は 運 が 悪 かった 面 も あ る。Dam
Safety Inspections では各鉱山の現場視察は年1
回かつ1日のみのため詳細まで調査を行うこと
は困難。
地形学を用いた表層土に対する総合的評価が求めら
れる可能性がある。今回の事故で水の管理に対する
とらえ方が大きく変わってしまった。水の取り扱い
と排水に対してより厳しい目が向けられることにな
り、経済性と技術的問題でドライスタックが導入困
難なベースメタル等では開発が難しくなる。
今回の事故は防げるはずのもので、規制プロセ
スが機能しなかった政府の責任。一方で、事故
発生を踏まえて先住民と州政府及び連邦政府と
の結束が強まり、今後の事故防止策の策定や責
任の所在の明確化が進んだことや環境や安全の
ための関係者間の協力体制が形成されたことは
評価できる。
鉱業自体に反対している訳ではないが、先住民の権
利や Quality of Life の享受、環境管理の重要性への
理解が必要であり、事業者がそれらへの理解や責任
を持って安全な対策を示さないようであれば自分た
ちの伝統的土地においてこれ以上の鉱山開発は認め
ないだろう。
先住民関係者
22
23
鉱山周辺の環境問題に対する Tahltan Nation の監視、管理を確保すると共に、Tahltan の住民に対する訓練、雇
用機会の提供や鉱山が得る収益の配分についても保証している。
カレント・トピックス「カナダにおける先住権原に関する歴史的判決とその影響」を参照。http://mric.jogmec.
go.jp/public/current/14_42.html
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25
26
おわりに
Mount Polley 鉱山の鉱滓ダム決壊から1年近くが経
過した。その間に同鉱山のダム等の修復や周辺の水系
を中心とした環境の汚染状況の評価、流出物の除去や
浄化等が進められる中、専門家パネルによる調査に
よって原因が究明され、同様の事故を発生させないた
めの体制強化や他鉱山のダムの調査等州政府による対
策の実施も進んでいる。また、今回の事故が、州政府
と先住民及び地元コミュニティとの連携が強まり、事
故防止策や責任の明確化が進むきっかけともなった。
事故発生そのものは不幸な出来事であるが、同様の事
態を二度と起こさないよう持続可能な鉱業を目指した
取り組みが進むことは歓迎すべきことである。
鉱業への影響については、事故発生後、Red Chris
鉱山が操業を開始し、Mount Polley 鉱山も操業が再
開される等、一見すると BC 州の鉱業は順調に信頼を
取り戻しつつあるように見える。しかし、事故発生当
時、Red Chris 鉱山は既に操業開始間近であり、先住
民や地元コミュニティも開発に合意しかけていたた
め、雇用や経済貢献等の思惑からも大きな開発反対運
動に結びつかなかった可能性もあり、現時点で影響を
評価するのは時期尚早であると思われる。むしろこれ
から開発が進むプロジェクトやまだ探鉱段階にあるプ
ロジェクトにおいて大きな影響が出てくる可能性があ
り、Mount Polley 鉱山の操業再開後の動向や今後開
発が見込まれる複数のプロジェクトの動向、先住民に
よる反対運動や先住権原申請等の動きについて、引き
続き注視していく必要がある。
(2015.7.9)
調査レポート”Uncertainty Upstreem – Potential Threats from Tailings Facility Failures in Northern British
Columbia”
: http://www.fnemc.ca/wp-content/uploads/2015/06/BCFNEMC-UncertaintyUpstream-June2015.pdf
カレント・トピックス「BC 州の2014年鉱業活動と州政府の鉱業促進策〜Roundup 2015参加報告〜」を参照。
http://mric.jogmec.go.jp/public/current/15_21.html
モンタナ州改正金属鉱山再生法:https://legiscan.com/MT/text/SB409/id/1186192/Montana-2015-SB409Amended.pdf
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鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響
Mount Polley
(2)北米鉱業への影響
2015年1月 に 開 催 さ れ た BC 州 鉱 物 探 鉱 協 会
(AMEBC)主催の Roundup 2015において、BC 州の
首相は2015年の鉱物資源関連予算の強化や許認可及
び検査体制の強化等の鉱業促進策を発表 25 しており、
州政府としては環境影響の面で審査を強化し、先住民
や地元コミュニティとの協議に一層配慮を求めるもの
の、企業に対する規制強化を行うことはなく、同州の
経済や雇用等に貢献している鉱業を引き続き支援、促
進していく姿勢を示している。したがって、BC 州の
鉱業においては、鉱滓ダムの設計や鉱廃水の処理・取
り扱いに対してより慎重な技術的検討が必要になるこ
とと、地元先住民やコミュニティの理解を得るために
より一層の情報提供・協議が必要となることが主な影
響として考えられるだろう。
また、今回の事故は BC 州のみならず他州・他国の
鉱業関係者にも大きな衝撃・影響を与えることとなっ
た。BC 州 に 隣 接 す る ア ラ ス カ 州(AK 州)で は、
Pebble 銅プロジェクトに代表されるように、以前か
ら環境問題による開発の難しさがクローズアップされ
てきたが、BC 州より国境を越えて流れてくる河川が
多く存在するため、BC 州北西部の探鉱開発プロジェ
クトに対しても以前から環境影響への懸念が示されて
きた。そうした中での今回の事故発生は更なる懸念を
呼ぶこととなった。そうした懸念を払しょくするた
め、BC 州のエネルギー鉱山大臣は2014年11月に AK
州で開催されたアラスカ鉱業協会の年次総会に出席
し、参加者に対して自ら事故の現状や今後の見通し等
を説明し、情報の透明性と積極的な提供を強調してい
る。2015年5月には AK 州の州副知事が BC 州を訪問
し、BC 州のエネルギー鉱山大臣をはじめとした州政
府閣僚や BC 州鉱業界のメンバー、同州先住民等と面
談を行ったほか、Mount Polley 鉱山にも訪問してい
る。AK 州にあるサーモンが生息する重要な3つの河
川(Taku、Stikine、Unuk)がカナダの鉱山によって
影響を受ける可能性があり、AK 州へ流れる BC 州北
西部の河川の近隣に位置する Red Chris 鉱山も環境影
響への懸念をもたらす鉱山の1つとなっている。
また、州の北西部の一部をBC州と接する米国モンタ
ナ州では、Mount Polley鉱山の事故を受け、2015年5月
に金属鉱山再生法(Metal Mine Reclamation Act)が改
26
正され 、鉱滓ダムを設計、操業、監視、閉鎖する上
で、既に取り入れられているエンジニアリング設計基
準への適合や最新の適切かつ適用可能な技術の導入、
ヒトの健康や環境の保護が求められることとなった。
レポート
系への影響についての調査結果を発表した 24。その結
果、仮にそれらのダムにおいて環境汚染を発生させる
事態が発生した場合には、合計8,678kmにも及ぶ湖や
川、支流等が即座に汚染されるか最終的に汚染物質が
流れ着く可能性があることが明らかになった。この調
査により環境や生活への影響が具体化されたことで、
先住民等による懸念の増殖や反対運動又は先住権原の
申請の動きが活発化する可能性もある。経済性や技術
的観点から開発が難しくなるとの指摘もあり、今回の
事故が及ぼす影響は決して小さくない。