日米防衛協力ガイドライン(2015・4・27)を読む

日米防衛協力ガイドライン(2015・4・27)を読む
若原弘道(
「宮前九条の会」事務局長)
1.
はじめに
今、国会で審議されている安保法制(僕はその本質から「戦争法案」と呼んでいるが)
が国会に上程される前に、そして国民にその内容が知らされる前に、アメリカにおい
て外務・防衛の日米代表(いわゆる「2 プラス 2」
)が防衛ガイドラインなるものを 17
年ぶりに改定した。ケリ―米国務長官が「これで米日が地球上どこでも協力し合うこ
とができる、米日新時代の幕開けだ」と満面の笑みでテレビに出ていた。
「戦争法案」
の先取りと言われる内容なので目を通しておこうとインターネットで原文(A4 版 24
ページ)を引き出した。
こうした文書は中学英語レベルで英語としてはやさしいのだが、外交文書特有の厳密
さ(?)で繰り返しも多く、正直、面白いものではない。それを頭から順に解説して
も、
(それなりに意味があるかもしれないが)とてもじゃないが読む気にならないとわ
かっている。そこで、僕がオヤッと思った点を書いてみる。
2.
オヤッと思った点
(1)「後方支援」の英語訳?
「後方支援」が日本的造語で国際的には「兵站(logistics)」と訳されて武力行使と一
体のものだというのは、国会でも追及され、今ではよく知られている。確かに、この
文書でも「logistic support(兵站支援)
」という言葉が何回か出て来て、それ以外に「後
方支援」に該当する言葉はない。
ところが 1997 年 9 月 23 日付日米防衛ガイドラインには「rear area support」なる言
葉が出ているのだ。これは明らかに「後方支援」の英語訳だ。では、この 1997 年文書
に「logistic support」が出てこないかと調べてみると出てくる。それは日本が武力攻
撃を受けた時の日米の対応を書いた文脈の中に出てくるもので「US forces and the
Self-Defense Forces will conduct logistic support activities efficiently and
properly・・・」
(日米は効率的かつ適切に兵站支援活動を行う)となっている。ここ
で注意したいのは「米軍と自衛隊」が主語で、それが共に兵站支援活動に当たるとな
っている点だ。因みに「後方支援(rear area support)
」はどこに出てくるかというと、
「周辺事態」での自衛隊の米軍支援の一部で、それも「日本の領土」に限定されてい
る。つまり「logistic support(兵站支援)
」は「武力行使」そのものなので「武力攻撃
事態」でしか使えず、
「周辺事態」は「rear area support(後方支援)
」だ、という使
い分けをしているわけだ。
一方、今回のガイドラインでは、自衛隊の役割として「logistic support」しか出てこ
1
ない。しかもそれには地域的限定を外して地球上どこでも兵站支援をするというのだ。
十数年の間のこの差をどう考えたらいいだろう。かつては、交渉に当たった外務・防
衛官僚は「後方支援」を「rear area support」などと、どう見ても英語らしくない英
語に訳して相手に認めさせ、兵站支援も「logistic support activities」と activities を
わざわざ加えて主語に米軍と自衛隊を並べて持ってくるなど、「武力行使と一体にな
る」という憲法上の批判を少しでも緩和しようと涙ぐましい努力(?)をしているの
がうかがえる。
それに対し今回のガイドラインでは①平時(peacetime)、②危機の発生(emerging
threat)
、③日本への武力攻撃(an armed attack against Japan)、④日本以外への武
力攻撃(an armed attack against a country other than Japan)、⑤地域的、地球規模
的平和と安全協力(cooperation for regional and global peace and security)の 5 つの
「事態」で「logistic support」
(兵站支援)が明記されている。これはもうすべて「武
力行使」だ。
「憲法 9 条なんか糞喰らえ」と言わんばかりの姿勢には驚かされる。
(2)日本が武力攻撃を受けた時、米軍が守ってくれる?
日本国民の多くは日本が武力攻撃を受けた時、米軍が日本を守ってくれると信じてい
る。だから米軍基地があってもしょうがないかなと思っているのだ。
ところが今回のガイドラインを素直に読むと、そこのところはどうも雲行きが怪しい。
「日本への武力攻撃が起こった時」
(When an Armed attack against Japan Occurs)
という章を見てみよう。
重要なところなので、少し長いが「原則」
(Principle for Coordinated Action)を抜き
書きする。
Japan will maintain primary responsibility for defending the citizens and territory
of Japan and will take actions immediately to repel an armed attack against Japan
as expeditiously possible. (日本は国民と領土を守るために第一義的な責任を負う、
そして日本は出来る限り迅速に武力攻撃に反撃するためのアクションを直ちに起こ
す。
)
The Self-Defense Forces will have primary responsibility to conduct defensive
operations in Japan and its surrounding waters and airspace, as well as its air and
maritime approaches. (自衛隊は本土、周辺海域、空域
および空からの、海上か
らの侵攻を防衛する第一義的な責任を有する。
)
The United States will coordinate closely with Japan and provide appropriate
support. (米国は日本と緊密に調整し、適切な支援をする。
)
The United States Armed Forces will support and supplement the Self-Defense
Forces to defend Japan.(米軍は日本を防衛するために自衛隊を支援し supplement
する。)
2
4つのフレーズが並んでいるが、上段の2フレーズは最初が日本の「国として防衛の
責任」、2 つ目は「自衛隊の防衛的軍事行動の責任」を書いている。その二つの責任に
は primary(第一義的)というのは非常に重い形容詞がついているのに注目したい。
後段は米国と米軍の役割を書いているが、米国は「緊密に調整して、適切な支援をす
る」だけだ。さらに米軍は自衛隊を「支援し、supplement する」だけだ。Supplement
をわざと英語のままにしたが、巷間流行っている「サプリメント」(効くか効かないか
わからない「栄養補助食品」)と同じ言葉だ。
まあ、ありていに言うと「日本が武力攻撃を受けた時は自衛隊が最前線に立っておや
りなさい、米軍もお手伝いはしますよ」ということを言っているのだ。
率直に言ってこれには少し驚いた。そこで過去のガイドラインでこの問題がどう扱わ
れているか調べてみた。この問題は要の問題なので過去のガイドラインにも当然書か
れている。すぐ前のガイドラインは 17 年前の 1998 年 11 月 27 日のものだが、そこで
はこうなっている。
In principle, Japan by itself will repel limited, small-scale aggression. When it is
difficult to repel aggression alone due to the scale, type and other factors of
aggression, Japan will repel it with the cooperation of the United States.(原則とし
て、日本は、限定的な小規模侵略には独自で反撃する。その侵略の規模、タイプその
他の要因で日本が手に負えない場合は米国と共同でそれに反撃する。
)
これが国の原則だ。相手の攻撃の規模などで対応を分けているが、米国との共同を明
記している。今回の中身とは明らかに違う。
では、その時、自衛隊の軍事的役割はどう書かれていたか?
The Self-Defense Forces will primarily conduct defensive operations in Japanese
territory and its surrounding waters and airspace.(自衛隊は、第一義的に、日本の
領土、領空、領海の 防衛に当たる。)
これは言わば基本定義で、ここまでは今回のガイドラインと大きな差はない。しかし、
それが各論(①地上作戦(Ground Operation)、②海上作戦(Maritime Operation)、
③航空作戦(Air Operation))になると、それぞれの作戦の冒頭はこうなっている。
The Self-Defense Forces and US Ground Forces will jointly conduct ground
operations for the defense of Japan.(自衛隊と米軍は共同して作戦に当たる。
)
作戦によって陸軍、空軍、海軍と異なるが、いずれも「共同作戦」となっている。
一方、今回のガイドラインにも各論がある。その構成が少し変わっている。①航空防
衛作戦(Operation to Defend Airspace)②ミサイル反撃作戦(Operations to Counter
Ballistic Missile Attack)、③海上防衛作戦(Operations to Defend Maritime Areas)
④陸上反撃作戦(Operations to
Counter Ground Attacks)となっていて、②ミサイ
ル反撃作戦が加わって全体で4作戦となり、順番は逆に空→海→陸となっている。こ
れはこれで一つの注目点だが、ここではこれ以上踏み込まない。問題は米軍と自衛隊
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の軍事的な関係がどう書かれているかにある。①の航空防衛作戦はこうだ。
The Self-Defense Forces will have primary responsibility for conducting air defense
operations while ensuring air superiority. (自衛隊は航空防衛の第一義的責任を持
つ)
The United States Armed Forces will conduct operations to support and
supplement the Self-Defense Forces’ operations.(米軍は自衛隊を支援し、supplement
する。)
それぞれの各論の軍事作戦においても「原則」と全く同じ文言、例の「自衛隊の第一
義的責任、米軍の支援とサプリメント」が出てくる。 これは、「雲行きが怪しい」ど
ころではなく、もう間違いなく日本としては意識的に「日本防衛は自衛隊がやります」
と約束したのだ。
(3)切れ目がない(seamless)?
過去のガイドラインには「seamless(切れ目のない)」という言葉は一切出てこない。
これに対し今回は数か所で使われ、第 4 章の表題にも出てくる。
Ⅳ.Seamlessly Ensuring Japan’s Peace and Security(第 4 章、日本の平和と安全の
切れ目のない確保)
言うまでもなく、これは安倍首相が好んで使う表現だ。今回のガイドライン交渉では
間違いなく日本側から提案した表現だろう。安倍首相のしてやったり、という顔が見
えるような気がする。
この章で「平時」から「戦時」まで日米が「同盟調整メカニズム(Alliance Coordination
Mechanism)
」
(これも今回導入されたもの、平時からの日米軍事一体化のメカニズム)
を通して緊密に協力していくことが書かれている。
「兵站支援」の際の記述とダブるが
参考までにガイドラインの「切れ目のなさ」を見ておこう。
① 平和時(Peacetime)、②危機の表れ(Emerging Threat)(これは地理的な定義ではな
いとわざわざ書いている)
、③武力攻撃(an Armed attack)、④日本以外の国への武力
攻撃(an Armed Attack against a Country other than Japan)
(ここが今回の目玉!)
、
⑤日本での大規模災害(a large-Scale Disaster in Japan)の 5 つだ。
⑤を除き、今問題になっている「戦争法案」の「○○事態」というのと、きれいに対
応している。日米で偉そうに各種事態を連ねて「切れ目のない安全保障」と言うが、
そんなものはテロの標的の前には何の力もないとあらためて思う。
(4)imminent と anticipated の違いは?
上の「切れ目のない」事態の③日本に対する武力攻撃は、さらに二つの段階を用意し
て一層「切れ目なく」している。「攻撃されそうな時」と「攻撃された時」だ。それは
過去のガイドラインでも同じだが「攻撃されそうな時」の表現が微妙に違う。こうな
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るとそれも気になってくる。
過去のガイドラインの表現はこうだ。
When an Armed Attack against Japan is imminent(日本への武力攻撃が切迫した時)
一方、今回のガイドラインの表現は次のようになっている。
When an Armed Attack against Japan is anticipated(日本への武力攻撃が予測され
る時)
この二つの表現は内容的には同じことだが、imminent は「すぐにも来そうだ」という
緊迫感を表現している。一方 anticipate とは「将来起こることを見越して、それに対
応する」意味合いで、ニュアンスはかなり異なる。今までずっと imminent を使って
来て何故ここにきて変えたか?日米の外務・防衛官僚の意図は知る由もないが、外交
文書の言葉は思い付きでころころ変えることはしない。
「日本への武力攻撃」は「緊迫
した脅威(imminent threat)」ではないと判断したのだろうか?それはわからない。
しかし、今回のガイドラインの目玉は「日本への武力攻撃」ではなく、なによりも「集
団的自衛権の行使」で地球上のどこでも日米が一体化して軍事行動するところにある。
この「目玉」との関係で表現を変えたと見るのは穿ちすぎだろうか。
(5)日本国憲法はどこへ?
重要な外交文書である日米防衛ガイドラインには冒頭に必ず「基本前提と原則(Basic
Premises and Principle)」が書いてある。実は、この基本中の基本の所も今回変更さ
れているのだ。
1997・9・23 ガイドラインの「基本前提と原則」の 2 項目にはこうある。
(注:1998・11・27 ガイドラインは 1997・9・23 ガイドラインの改定の形をとって
いるため「基本前提と原則」がない。)
2. Japan will conduct all its actions within the limitation of the Constitution(2.
日本のあらゆる行為は憲法の制約の範囲内であること)
ところが今回のガイドラインでは、そこがすっぽりと抜けて、代わりに「米日双方が
取るあらゆる行為はそれぞれの国の憲法をはじめとする法規に合致していること(All
actions and activities undertaken by the United States and Japan will be in
accordance with their respective constitutions, laws and regulations)
」という一般論
に解消されている。憲法 9 条を持つ日本国憲法の「制約」は今回完全に放棄されたの
だ。
3.読み終わっての感想
過去のガイドラインを参照しながら読み進んだが、今回のガイドラインには特別の色
と臭いがある。それは「安倍色」と「安倍臭」だ。これまでのガイドライン交渉には、
「基本前提と原則」にまず「日本国憲法の制約」を書き込み、日本の立ち位置をはっ
5
きりさせ、内容に関しても憲法 9 条を意識したやりとりがあったことを多少なりとも
窺うことができた。それが今回はそんな「制約」はすっきり捨て去って、憲法からも 9
条からも完全に解放されて交渉に臨んでいる姿がはっきりと見て取れる。そして、遂
には「日本が武力攻撃された時は自衛隊が防衛します」とまで言い切るところに来て
いる。全体を通じて、僕は今度のガイドライン交渉は日本がかなりリードしたのでは
ないかという印象を持つ。外交文書というものの継続性の尊重という原則から見て、
上に指摘した「憲法の制約の削除」や、
「日本防衛の自衛隊の第一義的な役割の提案」
などは日本側から言わなければ、なかなかこうはならない。集団的自衛権行使で米国
と肩を並べて国際社会で「軍事貢献」できることに有頂天になっている安倍首相と日
本の外務・防衛官僚の姿が透けて見えてくる。
米国が安倍首相の戦前回帰の歴史観は困ったものだと思っているのはまちがいない。
しかし、今、米国にとって安倍晋三ほど利用価値の高い政治家は日本にいない。米国
は、ここで安倍の好戦的な姿勢を利用しない手はないと一気にこんなガイドラインを
ものにし、日米同盟新時代だと喜んでいるのだ。
憲法と 9 条を放棄してしまったらここまで行ってしまう。
「戦争法案」を何としても葬
りさって、このガイドラインを反故にし、夏までと約束した安倍首相を辞めさせなく
てはならない。
(完)
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