GCC 諸国の安全保障政策の軍事化 ――脅威の多様化と

2015 年 7 月中東研究フォーラム・パネルディスカッション
「変容する中東の安全保障環境と新しい地域秩序の模索」
2015 年 7 月 18 日
於:東洋英和女学院大学
GCC 諸国の安全保障政策の軍事化
――脅威の多様化と機能的協力の進展――
公益財団法人 中東調査会
研究員 村上拓哉
はじめに
◆問題意識: 近年の湾岸地域における安全保障環境の変容
――①「アラブの春」の発生 ②「イスラーム国」の台頭 ③米・イラン関係の改善
⇒ バハレーンへの GCC1合同軍派遣、リビア空爆への参加、シリア空爆への参加、
イエメン空爆の主導と、GCC 諸国の安全保障政策が軍事化 ⇔ 従来の外交政策
◆問い: なぜ GCC 諸国は積極的に武力行使をするようになったのか
◆報告の目的:
2011 年以降、GCC 諸国が湾岸地域で新たに形成しようとしている安全保障秩序が何かを、
GCC 諸国の安全保障政策の変化を通じて明らかにする。その際、湾岸地域における安全保
障環境の変容が、GCC 諸国の脅威認識をどのように変化させたかに注目する。
1.安全保障環境の変化と脅威の多様化
◆従来の湾岸地域における安全保障環境
国際関係:イラン、イラク、湾岸諸国の三者による力の配分2
国内秩序:各国内における反体制派、テロ組織の活動
湾岸諸国は国際関係の面では米との同盟、国内秩序の面では GCC を通じて対処してきた3
GCC(Gulf Cooperation Council)は、サウジアラビア、クウェイト、バハレーン、カタル、アラブ首
長国連邦(United Arab Emirates:以下 UAE)
、オマーンの 6 か国からなる地域機構である。組織の正式
名称は「湾岸アラブ諸国協力理事会(Cooperation Council for the Arab States of the Gulf」であるが、本
報告では一般的な呼称として用いられている GCC という略称を用いる。
2 Gregory Gause III, The International Relations of the Persian Gulf, Cambridge University Press,
2010, pp.4-8.
3 村上拓哉「湾岸諸国による新たな積極行動主義:体制転換の脅威と対テロ政策の拡大」川上高司編『新
しい時代の戦争方法』ミネルヴァ書房、2015 年(10 月刊行予定)
、242-245 頁。
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◆湾岸地域の安全保障環境の変容
①「アラブの春」の発生
:周辺国の不安定化、GCC 諸国でのデモの発生
②「イスラーム国」の台頭:新たなイスラーム過激派勢力によるテロ活動の活性化
③米・イラン関係の改善 :P5+1 との核交渉、イラクでの「イスラーム国」掃討
GCC 諸国にとってそれぞれ複数の要因に基づく安全保障上の危機が同時多発的に発生
国際関係
・周辺国(シリア、イラク、イエメン)におけるイランの影響力の拡大(サ
ウジ、バハレーン、クウェイト)
・米国との同盟の信頼性が低下(GCC)
国内秩序
・民衆運動による体制転換の脅威(バハレーン、サウジ、オマーン、UAE)
・
「イスラーム国」による国内治安の不安定化(サウジ、クウェイト)
2. GCC 諸国の安全保障政策の軍事化
◆従来の GCC 諸国による安全保障政策
・援助外交が中心で紛争への直接介入や武力行使には慎重な対応
・90 年代以降は米軍への基地の提供など後方支援が GCC 諸国の主な役割
・治安協力、司法協力が GCC 諸国間で進展4
◆2011 年以降の GCC 諸国による武力行使
バハレーン
リビア空爆
シリア空爆
イエメン空爆
2011 年 3 月 14 日-
2011 年 3 月 19 日-
2014 年 9 月 22 日-
2015 年 3 月 26 日-
2011 年 6 月末?
2011 年 10 月 31 日
現在
現在
主導
GCC 合同軍
NATO
米国
サウジアラビア
目的
治安維持
飛行禁止空域
「イスラーム国」等
の設定
テロ組織の掃討
根拠
政府の要請
国連安保理決議
集団的自衛権(イラク)
政府の要請
GCC から
サウジ、UAE、
サウジ、UAE、
UAE、クウェイト、
の参加国
クウェイト
バハレーン、カタル
バハレーン、カタル
軍事介入
期間
GCC 以外
の参加国
なし
UAE、カタル
正統政府の保護
モロッコ、ヨルダン、
ヨルダン、
ヨルダン
スウェーデン
スーダン、エジプト、
パキスタン、(米国)
(報告者作成)
Matteo Legrenzi, The GCC and the International Relations on the Gulf: Diplomacy, Security and
Economic Coordination in a Changing Middle East, IB Tauris, 2011, pp.73-85.
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2
◆GCC 諸国による武力行使の直接的要因
体制転換の阻止(バハレーン)
、国内治安対策(シリア)
、イランの影響力拡大の防止 (シ
リア、イエメン)、米国との同盟の再構築(シリア、イエメン)、外交的立場の向上(リ
ビア)5
⇒ それぞれ異なる要因により武力行使が決断される
⇒ 米国の中東への関与の低下の結果、GCC は地域紛争においてより前面に出ることに6
◆GCC 諸国による武力行使の特徴
・小規模、空軍主体、限定的な関与 ⇒ GCC 諸国の戦力投射能力の限界7
・欧米諸国、アラブ諸国との連携(バハレーンの事例を除く) ⇔ 孤立化
3.GCC 諸国による新たな安全保障秩序の模索
複数の異なる種類の脅威に対応するため、GCC が築こうとしている安全保障秩序とは?
――①GCC の機能強化、②米国との機能的連携、③協力相手の多様化
◆GCC の安全保障機能の強化
・体制転換の阻止で協力。軍事力の行使も辞さないという新たな方針。安全保障協定の締
結、統一軍事司令部、合同警察、合同海軍の設置で合意。
・外部脅威に対しては脅威認識が一致せず、足並みに乱れ(対シリア、イラン等)。
・しかし、各国政府にとって最優先課題である体制転換の阻止で一致しているため、GCC
の枠組み自体は維持。問題ごとに機能的に連携する。
◆米国との機能的連携
・対テロ政策で協力。さらに、対イランでも一定程度引き込みに成功8。象徴的な軍事参加
から、実質的な軍事協力へ。リビア、シリア、イエメンでの合同軍事作戦。
・体制転換の脅威については認識が一致せず、バハレーンへの対応を巡っては関係が冷却
化。しかし、武器禁輸の解除などバハレーンとの関係も改善の方向へ。
カタルと UAE によるリビア介入の理由については、以下を参照。Kristian Coates Ulrichsen, “Libya and
the Gulf: Revolution and Counter-revolution,” HURST, December 16, 2011.
http://www.hurstpublishers.com/libya-and-the-gulf-revolution-and-counter-revolution/
6 村上拓哉「サウジアラビアとイランの「冷戦」――「権力闘争」か「宗派対立」か」
『中東研究』第 523
号、2015 年 5 月、46-47 頁。
7 Anthony H. Cordesman, “The Arab-U.S. Strategic Partnership and the Changing Security Balance
in the Gulf,” Center for Strategic and International Studies, July 23, 2015, pp. 122-125.
8 2015 年 5 月 14 日に発出された米・GCC 共同声明及びその附属書の内容は以下のとおり。
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/05/14/us-gulf-cooperation-council-camp-david-joint-s
tatement, https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/05/14/annex-us-gulf-cooperation-councilcamp-david-joint-statement
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◆協力相手の多様化
・欧米・アラブ諸国との関係強化
・協力相手を多様化し、問題に応じた連携を模索。米国との同盟を代替するものではない。
・ヨルダン・モロッコ:拡大 GCC 案 ⇒ 体制転換の脅威
・エジプト:アラブ合同軍の設置、MB 対策、イエメン空爆への参加 ⇒対テロ、対イラン
・英国:バハレーンに恒久基地を設置(2014 年 12 月)
・仏国:武器の売買、GCC 首脳会談への参加(欧米諸国の首脳として初)
、政治的支援
おわりに
◆まとめ
・安全保障環境の変容により脅威は多様化(体制転換、国内治安、地域大国との権力闘争)
・米国との同盟も機能せず、GCC の安全保障政策は軍事化
・脅威の種類によって、対処する枠組みは異なる。新たな安全保障秩序では、体制転換の
脅威⇒GCC の機能強化、対テロ⇒米国との連携、対イラン⇒米国との連携+協力相手の
多様化
◆GCC の思惑とのずれ
・上記は GCC が模索する新たな安全保障秩序の形であるが、実現を阻む材料も多い。
・GCC 諸国内での内部分裂の可能性は常に存在する。
「アラブの春」のような危機の際には
団結するが、平時になると利害の相違から足並みが乱れていき、域内協力の進展を阻む。
GCC 合同軍の名義を用いた武力行使はバハレーンの事例のみ。
・イラン核交渉が妥結した場合、米国・イラン関係が大きく変容する可能性は高い。米国
がイラン・GCC 間でより中立的な立場をとるようになった場合、湾岸地域のパワー・バ
ランスが構造的に変化することになる。
・欧米・アラブ諸国は信頼できるパートナーになりうるか。英仏やアラブ合同軍が将来バ
ハレーンに駐留する米第 5 艦隊など米中央軍の役割を肩代わりする見通しはほとんどな
い。
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