都市部のアラスカ原住民の成人における鉄貯蔵と 鉄欠乏に及ぼす Helicobacter pylori 感染の影響 抄 訳 今野 武津子(JA 北海道厚生連 札幌厚生病院小児科) The Effect of Helicobacter pylori Infection on Iron Stores and Iron Deficiency in Urban Alaska Native Adults Karen Miernyk,*,† Dana Bruden,† Carolyn Zanis,† Brian McMahon,*,† Frank Sacco,* Thomas Hennessy,† lan Parkinson† and Michael Bruce† *Alaska Native Tribal Health Consortium, Anchorage, AK, USA, Investigations Program, Division of Preparedness and Emerging Infections, National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases, Centers for Disease Control and Prevention, Anchorage, AK, USA †Arctic 要 約 背景:Helicobacter pylori(H. pylori )感染は血清フェリチン低値そして鉄欠乏に関連している。H. pylori の再感染の研究の 2 回目の解析として H. pylori 感染と血清フェリチン値ならびに鉄欠乏に及ぼす H. pylori 除菌の影響を検討した。 対象と方法:アラスカ原住民の成人に食道胃十二指腸内視鏡検査、血清保存、13C 尿素呼気試験(UBT) を施行した。その後、H. pylori 陽性者は除菌療法を受けた。治療 2 カ月後に陰性であった除菌成功者は、4 カ月後、6カ月後、12 カ月後、24 カ月後に UBT と血清フェリチン値の測定をした。鉄剤を投与されてい る者は除外された。 結果:登録時 241 例に血清フェリチン値を測定し、その 241 例中 121 例が H. pylori 陽性であった。 H. pylori 陽性者と陰性者の幾何学的平均フェリチン値はそれぞれ、37 μg/L、50 μg/L であった(p = 0.04)。 登録時には H. pylori 陽性者の 121 例中 19 例が鉄欠乏であったが、H. pylori 陰性者では 120 例中 8 例が鉄 欠乏であった(p = 0.02)。除菌後 24 カ月で検査を施行した 66 例では、血清フェリチン値は 49.6 μg/L で あり、登録時の 36.5 μg/L より有意に高かった(p = 0.02)。登録時に鉄欠乏を認めた 11 例中 6 例は 24 カ 月後に鉄欠乏は認められず、血清フェリチン値は有意に高くなっていた(p = 0.02)。 結論:H. pylori 感染は血清フェリチン低値ならびに鉄欠乏に関連していた。H. pylori 除菌後には血清フェ リチン値は増加し、約半数が鉄欠乏の改善をみた。原因不明の鉄欠乏の患者には H. pylori 感染の検査が、 引き続き陽性者に対しては除菌治療が考慮されるべきである。 キーワード:鉄欠乏、血清フェリチン、アラスカ原住民 対象と方法 登録と 24 カ月間のフォローアップ 2000 年 12 月にアンカレッジのアラスカ原住民医療 センターで内視鏡検査と 13C 尿素呼気試験(UBT) 本研究は都市部に住む アラスカ成人原住民の による H. pylori 感染診断の対象となっていた成人 Helicobacter pylori(H. pylori )再感染調査( Aliment を 登 録 し た。UBT と 内 視 鏡 検 査 に よ る CLO Pharmacol Ther 2006; 23: 1215-23)を使用した2 (Campylobacter -like organism)テスト、病理学的 回目の分析である。要約すると、1998 年 9 月から 検査あるいは培養検査の3種類のうちの少なくと © 2013 John Wiley & Sons Ltd, Helicobacter 18: 222-228 13 true for men (p = .70). Women in the two age classes corresponding with likely premenopausal status (<45, 45–<55) had a lower GMF if they were infected with H. pylori compared with those not infected (p = .03, for both). This was not true for women in the postmenopausal age class ( 55; p = .47). After adjusting for age も 1 つで H. pylori 陽性と診断された患者は除菌治 療された。2カ月後に UBT 陰性で除菌が成功した 患者は 24 カ月間のフォローアップに登録され、治療 Table ferritin and 表 1.1アSerum ラスカ 原 住 levels 民の成 人 iron に おdeficiency け る 研 究at登study 録 時 enrollment における in Alaska Native adults with and without a Helicobacter pylori H. pylori 感染者と非感染者の血清フェリチン値と鉄欠乏 infection; Anchorage, Alaska; September 1998 – December 2000 の割合 後から 4、6、12、24 カ月後に UBT を行った。その 間に UBT が陽性化したもの、鉄剤投与をされたも のは除外された。 血清フェリチン値の測定 UBT の際に採血し、血清を -30℃に保存し、後 に 血 清 フェリチン 値 を immunoradiometric assay (Quantimune Ferritin IRMA; Bio-Rad、Hercules CA)で測定した。血清フェリチン値< 12 μg/L を 鉄欠乏と定義した。 Study cohort (n = 241) Women (n = 158) <45 years (n = 70) 45–<55 years (n = 47) 55 years (n = 41) Men (n = 83) <45 years (n = 37) 45–<55 years (n = 22) 55 years (n = 24) H. pylori negativeb (n = 120) H. pylori positiveb (n = 121) cagA positivee (n = 95) cagA negative (n = 10) Geometric mean ferritin (lg/L) Iron deficiencya (%) 42 36 27 35 60 61 51 79 63 50c 37c 35f 60f 27 21 10 8 3 6 3 2 1 8 19 15 1 (11) (13) (14) (17) (7) (7) (8) (9) (4) (7)d (16)d (16) (10) a serum ferritin level of <12.0 lg/L. urea breath test. c p = .04 H. pylori negative versus H. pylori positive. d p = .02 H. pylori negative versus H. pylori positive. e includes persons with both cagA-positive and colonies. f p = .14 cagA. positive versus cagA negative. b H. pylori 培養と cag A 遺伝子型 内視鏡検査の際に胃前庭部と胃底部から生検を 施行し、生検組織の培養を既報のごとく行った。 結 果 ことを示す)の存在を既報の primer を用いて解析 224 した。 登録時の血清フェリチン値 原著の研究では 317 例が登録された。フェリチン 統計解析 値は 254 例( 80%)で測定された。鉄剤を投与され 平均血清フェリチン値は t 検定(独立もしくは対 た 13 例を除き 241 例に H. pylori 検査が行われた 応あり)で比較された。鉄欠乏の割合は c2 検定で ( 表 1)。血清フェリチン値は男性よりも女性で低 比較された。初回の血清フェリチン値を H. pylori かった(p < 0.01)。女性の幾何学的平均フェリチン の感染の有無によって比較する際に、年齢層と性 値(GMF)は年齢とともに増加した(p < 0.01)が、 別を調整するために一般化線形モデルが使用され 男性では増加しなかった。H. pylori 感染は UBT に た。同一人物の2点における血清フェリチン値の計 よる検査で 241 例中 121 例( 50%)が陽性であった。 測 に よっ て 引 き 起 こ さ れ る 観 察 値 の 信 頼 性 H. pylori 陽性女性は陰性女性よりも GMF が有意 (dependence)の検討に t 検定(対応あり)が使われ に低かったが(p = 0.003)男性では有意差は認めら た。すべての p 値はサンプルサイズが満たされてい れなかった。閉経前の女性(< 45 歳、45 〜< 55 歳) る際には両側検定で行った。すべての統計解析は では、H. pylori 感染者の方が非感染者よりも GMF SAS version 9.2(Cary、NC)と StatXact 9(Cytel が有意に低かった(p = 0.03)。閉経後の女性では Corporation Cambridge、MA)で行った。 有 意 差 を 認 めなかった。 年 齢、性 別 で 調 整 後、 H. pylori 感染者は非感染者に比べて GMF が低値 であった( 37 vs 50 μg/L; p = 0.04)。cagA 陽性者 と cagA 陰性者では GMF は変わらなかった。 14 Of 116 pers mentation a sured before 80/116 (70% by a negativ 2 months af centage of those with and p = 1.00 eradication ( Table 2 Ferritin before and aft those who faile December 2000 Characteristic Geometric mean Pretreatment Post-treatment p-valuec Iron deficiencyd Pretreatment Post-treatment p-valuec a cagA-negative H. pylori DNA はポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法 にて cagA gene と cagA empty site(cag PAI がない Antimicrob persons succes two months af c pre versus pos d serum ferritin b Additionally, eradication of the H. pylori infection withtheir medical record indicated an iron supplement was out known iron supplementation was associated with prescribed. These two differences make it more difficult an increase in serum ferritin levels and a 50% decrease for our study to demonstrate a positive relationship in the number of persons with iron deficiency. between H. pylori eradication and improved iron stores Our results are consistent with previous data from when compared with these meta-analyses. However, in four large studies evaluating the effect of H. pylori infec都市部のアラスカ原住民の成人における鉄貯蔵と鉄欠乏に及ぼす Helicobacter pylori 感染の影響 Table 3 Ferritin levels and iron deficiency in Alaska Native persons successfully treated for a Helicobacter pylori infection and followed for 表 2. アラスカ原住民の成人における H. pylori 除菌治療成功例における 24 カ月間の血清フェリチン値と鉄欠乏の割合(1998 年 24 months; Anchorage, Alaska; September 1998 – December 2002 9 月〜 2000 年 12 月) All participants Participants with iron deficiency at enrollment Visit Geometric mean ferritina Enrollment 2 month 4 month 6 month 12 month 24 month 36.5 34.3 43.2 34.0 43.7 49.6 lg/L lg/L lg/L lg/L lg/L lg/L (n (n (n (n (n (n = = = = = = 87) 83) 69) 62) 63) 66) Iron deficiencyb Geometric mean ferritin 17% 17% 13% 21% 17% 15% 4.8 6.8 7.5 7.9 9.4 10.8 (15/87) (14/83) (9/69) (13/62) (11/63) (10/66) lg/L lg/L lg/L lg/L lg/L lg/L (n (n (n (n (n (n = = = = = = 15) 14) 10) 10) 11) 11) Iron deficiency 100% 71% 60% 73% 45% 55% (15/15) (10/14) (6/10) (8/11) (5/11) (6/11) a The number of observations vary because (1) each participant did not have a serum ferritin measured at every time point and (2) participants were removed from further analysis at the time point they were reinfected with H. pylori or had an iron supplement prescription documented in their medical record. b serum ferritin level of <12.0 lg/L. © 2013 John Wiley & Sons Ltd, Helicobacter 18: 222–228 鉄欠乏は 241 例中 27 例( 11%)であった( 表 1)。 225 して鉄欠乏性貧血と関連があり、除菌治療が貧血 女性は男性に比べて鉄欠乏の頻度が多いわけでは そして鉄貯蔵の改善に有効であると結論が得られ なかった。年齢別では女性あるいは男性で、鉄欠乏 ている。アラスカ原住民のこの研究でも、H. pylori の差はなかった。H. pylori 感染女性は非感染女性 は貯蔵鉄の低下および鉄欠乏と関連していること よりも鉄欠乏をもつ頻度が高かった。男性ではその が示された。さらに、H. pylori 除菌治療は血清フェ ような傾向はなかった。年齢層と性別で調整した後、 リチン値の増加をもたらし、鉄欠乏症の頻度を約 H. pylori 感染者は非感染者よりも鉄欠乏を有する 50%減少させたとする著者らの結果はこれまで報 率が高かった(p = 0.03)。鉄欠乏の頻度は cagA 告された鉄代謝に関する H. pylori 感染の 4 つの大 (+)菌株と cagA(−)菌株の感染者間で有意差を認 規模な研究の成績と一致している。 2 つの研究ではそれぞれ 7,000 人、1,800 人を超 めなかった。 える参加者を対象にしたもので、感染者のそれぞれ H. pylori 除菌治療後2カ月の血清フェリチン値 13.9%、17% が血清フェリチン低値を示していた。 除菌治療の 2 カ月後に UBT を行い 116 例中 80 3 番目の研究ではほぼ 3,000 人を対象に、男性と閉 例( 70%)に除菌成功を確認した。GMF あるいは 経後の女性の H. pylori 感染者が非感染者より有意 鉄欠乏の頻度は 2 カ月後で除菌群、除菌失敗群の に血清フェリチン値が低値であったと報告している。 間で有意差を認めなかった。 4 番目はアラスカ原住民 2,000 人以上を対象にした 調査で、H. pylori 陽性と血清フェリチン低値との H. pylori 除菌治療 24 カ月後の血清フェリチン値 関連を示したものである。さらにこの 2 年間に 4 本 87 例が除菌後 24 カ月間フォローされた。GMF は のメタ解析が発表され、H. pylori 除菌が鉄欠乏あ 登録時と 12 カ月後では有意差を認めなかったが、 るいは鉄欠乏性貧血を改善させるのに有効であった 24 カ月後では登録時に比べて有意に高値であった と報告されている。 ( 36.5 vs 49.6 μg/L;p = 0.02、表 2)。 考 察 最近のメタ解析では、H. pylori 感染は鉄欠乏そ しかし、これらのメタ解析は今回の研究と 2 つの 重要な点において異なっている。第一にこれらのメ タ解析は鉄欠乏あるいは鉄欠乏性貧血の患者のみ の検討である。今回の研究は内視鏡や UBT で確認 15 された H. pylori 感染者を対象にしたものである。 今回の研究では H. pylori 除菌と鉄貯蔵の改善との 第二に、これらのメタ解析では H. pylori 除菌のみ 関連を示すことがより困難であったにもかかわらず、 でなく鉄剤服用者も含まれていたが、今回の研究で H. pylori 除菌後に血清フェリチン値の有意な増加 は鉄剤服用者は除外された。この2点の違いにより、 と鉄欠乏の改善を証明したといえる。 アラスカ原住民では鉄摂取は十分であるにもかかわ 側から IDA 発症の原因を研究し、2 本の論文を発表 らず鉄欠乏症が多く、便中ヘモグロビン値が高い群で した。まず、IDA 患児由来 H. pylori 菌株は non-IDA は 血 清 学 的 Helicobacter pylori(H. pylori )抗 体 陽 患児 H. pylori 菌株に比較して鉄イオン(Fe2+, Fe3+) 性率が 98% であったとの報告が 1997 年になされた の 取 り 込 み 能 が 有 意 に 高 い こ と を 確 認 し た(Clin (Yip R, et al. JAMA 1997; 277: 1135-39)。 。さらに、鉄イオ Infec Dis 2008; 46: e31-e33) それ以来この原住民集団を対象にした鉄欠乏の原因 ンの取り込みに関わる nap A, fur, feo B の DNA 塩 に関する検討が行われており、今回もその一環である。 基 配 列 解 析 を 行 い、IDA 患 児 由 来 H. pylori 菌 株 は H. pylori 感染者を対象に除菌成功後の血清フェリチン non-IDA 患児由来 H. pylori 菌株に比較して、Nap A 値のフォローを行い、登録時の 24 カ月後に、血清フェ 蛋白のアミノ酸残基(Thr70 -type)を有する頻度が リチン値の有意な増加を確認し、登録時に鉄欠乏で 高 く、またそれらの Thr70 -type の 菌株 は 標準株 の あった例のうち約半数が改善したという結果であった。 Ser70 -type の菌株よりも Fe イオンの取り込み能が H. pylori 感染 が 血清フェリチン低値 ならびに 鉄欠 有 意 に 高 かった と い う 結 果 を 得 た(Helicobacter 乏(ID)そして鉄欠乏性貧血(IDA)に関連しているこ 2012; 18: 112-116) 。 著 者 ら の 研 究 結 果 よ り、 とは 症 例 研 究 や 疫 学 研 究 から 明 らかになっている。 IDA 由来菌株は遺伝子多型により、宿主から鉄を収奪 H. pylori 感染における ID あるいは IDA の発症機序に する能力が特に高いことが示され、それが IDA 発症 ついては十分には解明されていない。最近我々は菌株 の原因となっている可能性が示唆された。 16
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