入江泰吉記念奈良市写真美術館 の 新 た な 方向性

飯沢耕太郎の
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新たな切り口を提示できれば、マンネリを打ち破っていくことができる
その彼の最初の本格的な企画展とい
える﹁モノクロスナップ写真の魅力﹂展
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撮り続け、 写真集として形にしていく太田順
一の仕事は、 揺るぎのない風格と厚みを持ち
はじめている。本写真集には、 故郷の大和郡
山市と奈良県内を2013∼14年に撮影した写
真群を挟み込むように、95年の阪神淡路大
震災後の火災で焼失した、 神戸市長田区の
菅原商店街の焼け跡の写真がおさめられてい
る。どこかよそよそしく感じてしまう大和の風
景と、 瓦礫が無惨に散らばる菅原商店街。そ
れでも「時代をこえて、 足下には同じ地面が
広がっている」。写真で切りとられたのは短い
期間の眺めだが、 土地に根ざした人間の営み
を遥か彼方まで見通していく視線を感じる。
◉﹁モノクロスナップ写真の魅
力﹂展の圧倒的なボリューム
太田順一『無常の菅原商店街』
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入江泰吉記念奈良市写真美術館の
新たな方向性
も、開館から 年以上経過すると、い
ろいろ支障が出てくるようになる。当
初は潤沢だった予算も、地方財政の逼
迫によって減らされ、新たな収蔵品の
購 入 や、 企 画 展 の 開 催、 学 芸 員 の 補
充、展示室の改修などがむずかしくな
っているという声をあちこちで聞く。
個人美術館の場合は、それに加えて企
画のマンネリ化というのも大きな問題
だろう。たとえば奈良市写真美術館な
ら、入江泰吉の作品展示となると、人
気のある仏像や大和路の風景が中心に
なりがちだ。そうすると、どうしても
毎回同じような写真が並ぶということ
になってしまう。
各美術館も知恵を絞って、乏しい予
算をやりくりし、新味のある企画を打
ち出そうとしている。それでもなかな
かうまくいかないことが多かった。と
ころが、今回奈良市写真美術館で開催
された﹁モノクロスナップ写真の魅力﹂
︵7月4日∼8月 日︶にあわせて開催
されたトークセッション﹁写真の魅力
(ブレーンセンター・税込 3,024 円)
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を語る﹂
︵7月 日︶に参加して、写真
美術館運営の新たな方向性が見えてき
たように感じた。それは、この⒋月か
ら同美術館の館長に就任した百々俊二
さんの力が大きかったと思う。
百々さんはいうまでもなく、昨年ま
でビジュアルアーツ専門学校・大阪の
校長を務めながら、﹃楽土紀伊半島﹄︵1
995年︶
、
﹃大阪﹄︵2010年︶
、
﹃日
本海﹄
︵2014年︶など、重量級の写
真集を次々に刊行し続けてきた写真家
である。その彼が、どちらかといえば
伝統と格式を重んじる奈良市写真美術
館の館長になったと聞いて最初はびっ
くりした。同時に、彼がどんな展覧会
をやるのだろうかという期待も大きく
ふくらんだ。
1980年代から 年代にかけて、
写真美術館設立のブームがあった。東
京都写真美術館︵第一次開館、199
0年︶はもちろんだが、山形県酒田市
の土門拳記念館︵1983年︶
、長野県
安曇野市の田淵行男記念館︵1990
年︶
、鳥取県伯耆町の植田正治写真美術
館︵1995年︶などの個人美術館が
次々にできて、大きな話題を集めた。
入江泰吉記念奈良市写真美術館もそ
の一つである。名前が示すように奈良・
大和路の仏像や寺院、風景、行事など
を撮り続け、多くの展覧会を開催し、
写真集を刊行した入江泰吉︵1905
∼92︶の業績を記念して、1992
年に奈良市高畑地区に設立された。入
江のフィルム・プリントなど約8万点
を収蔵し、企画展を中心に活動を続け
てきた。
ところがそれらの写真美術館の活動
この企画が示しているのは、館蔵品
を中心に組み立てても、新たな切り口
を提示できれば、マンネリを打ち破っ
ていくことができるということだ。別
に有名写真家の作品に頼る必要もな
い。近藤斉や阿部淳のように、全国区
で名前が知られているわけではないが、
地域に根をおろしてしっかりとした仕
事を積み上げている写真家は他にもた
くさんいるはずだ。さらに、より若い
世代の写真家たちにも目配りして、大
胆に取り上げていってほしいと思う。
奈良市写真美術館では、まだ本決ま
りではないが、今年第一回目が開催さ
れた﹁入江泰吉記念写真賞﹂の展示も、
次回から写真集出版をめざすものに変
えていこうとしている。写真美術館の
可能性はまだまだ汲み尽くされている
わけではない。ぜひ未来志向の活動を
期待したいものだ。
真集
を、彼らを取り巻く環境に目を配りな
がら、くっきりと浮かび上がらせるよ
うに撮影している。どちらかといえば、
ゲイリー・ウィノグランドやリー・フ
リードランダーの﹁社会的風景﹂の探求
に近いアプローチである。
一 方、 阿 部 淳 の ス ナ ッ プ 写 真 は、
﹁現実の現実感と夢の現実感が重なった
ところで写真を撮る﹂と自ら記してい
るように、夢遊病者が街を彷徨ってい
るような奇妙な浮遊感を感じさせる。
入江や近藤の写真には、特定の時代や
場所に結びつく雰囲気が色濃く漂って
いるが、阿部の写真ではそのあたりも
あやふやだ。つまり、文字通り三者三
様。同じ﹁モノクロスナップ写真﹂で
も、これほどの違いがあるのかと、あ
らためて驚かされた。3作品あわせて
919点という展示点数も、圧倒的な
ボリューム感だった。
今月の注目写
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丸亀市猪熊源一郎美術館から東京に巡回して
きた鈴木理策の「意識の流れ」展には、 近作
の「海と山のあいだ」の連作を中心に、「水
鏡/ Water Mirror」
「White」
「SAKURA」
「Étude」の5作品、 約150点が並ぶ。生ま
れ故郷である熊野の自然に対峙し続けてきた
鈴木の作品世界が、より深まり、スケール感
を増していることを示す好企画だった。注目す
べきなのは、「The Other Side of the
Mirror」(2014年)など動画作品にも積極
的に取り組みはじめていること。フレーミング
を固定し、フォーカスだけを微妙にずらしなが
ら水面を撮影していく手法に、 新鮮な可能性
を感じた。
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NIPPON CAMERA 2015-09
NIPPON CAMERA 2015-09
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◉新館長を迎え、写真美術館運営
に新たな兆しが見えてきた
鈴木理策「意識の流れ」
は、とても意欲的な展覧会だった。出
品されたのは入江泰吉﹁昭和大和のこ
ども﹂
、近藤斉﹁民の町﹂
、阿部淳﹁市
民﹂の3作品である。入江泰吉は19
50∼ 年代に、よくライカM3で街
のスナップ写真を撮影していた。今回
はそこから子供が写っているカットを
選んで、 枚を展示している。その中
には百々館長が自らプリントしたとい
う未発表作 点も含まれていた。いか
にも入江らしい端正な構図のスナップ
だが、彼の仏像や寺社の写真にはあま
り見られない、いきいきとした躍動感
を感じる写真も多い。
近藤斉と阿部淳はどちらもビジュア
ルアーツ専門学校・大阪の前身である
大阪写真専門学校の出身で、在学中か
らずっと路上スナップにこだわり続け
てきた。といっても作風はかなり違っ
ていて、近藤は路上の群衆の一人一人
東京オペラシティアートギャラリー
2015年7月18日∼9月23日
7月4日∼8月 30日、 入江泰吉記念奈良市写真美術館(奈良市)で開催中の
「モノクロスナップ写真の魅力」展、 会場風景。
覧会
7/12 のトークセッションには120 人以上
の来場があった。 左から作者の近藤斉 「モノクロスナップ写真の魅力」展
氏、 阿部淳氏、 百々俊二館長。
ポスター
今月の注目展
飯沢耕太郎の
歩
く
アンテ
ナ
写真評論家