九州沿岸におけるフェオダリア類・放散虫類の生態・系統関係調査 2015 年 6 月 2 日 北海道大学水産科学院 プランクトン教室 仲村 康秀 本調査の概略は以下の通りである。 研究背景 著者らは、2014 年 7–8 月に九州の天草灘でフェオダリア類の一種 (Auloscena sp.) が大量に生息して いる事を発見した。フェオダリア類 (Phaeodaria) とは、海洋に広く分布する従属栄養性の単細胞動物プ ランクトンである。この生物はいわゆる放散虫類 (Radiolaria) と形態が類似しているが、分子系統解析の 結果から、放散虫類ではなくリザリアに含まれるケルコゾア類 (Cercozoa) に属する事が判明している (Polet et al. 2004,Sierra et al. 2013)。フェオダリア類は海域によっては高いバイオマスを示すため、近年 その生態学的な重要性が認識され始めている。日本海の水深 250 m 以深では、直径 1 mm 前後の大型フェ オダリア類が全動物プランクトンバイオマス中に占める割合は平均 22%であり、この生物が同海域の生 態系・物質循環において重要な役割を果たしている事が示唆されている (Nakamura et al. 2013)。著者らが 天草灘で発見した種は同海域に生息するスナモグリ類幼生の胃内容物からも発見されており、現場食物 網の低次生産を支えている重要な種であると考えられる。またフェオダリア類に関する研究の多くは大 西洋周辺海域で行われてきたため、東シナ海における彼らの種組成および分布に関しては、情報が非常 に限られている。以上の背景を踏まえ、今回の調査は九州沿岸における彼らの分布範囲、生態および系 統関係の解明を目的として行われた。 材料と方法 各定点では、ガマグチネット (目合い 60 µm) とハンドネット (目合い 100 µm) を用いてプランクトン 試料の採集を 3 キャスト行った (Sta. 7.5 を除く) (表 1)。また、Sta. 1 では CTD ロゼットサンプラーを用 いて、水深 10 m より飼育実験用の海水を採取した。採集後のプランクトン試料は、以下①–③の目的に 合わせてキャストごとに処理を行った (図 1): ①バイオマス・種組成解析、②DNA 分析、③行動観察・ DNA 分析。 Station Haul Net type Mesh size (um) Depth (m) Sta. 2 vertical Gamaguchi 60 0-95, 0-30, 0-30 Sta. 4 vertical hand net 100 0-50, 0-30, 0-30 Sta. 4' vertical hand net 100 0-50, 0-30, 0-30 Sta. 7 vertical hand net 100 0-50, 0-30, 0-30 Sta. 7.5 horizontal hand net 100 surface 表 1: プ ラ ン ク トン ネ ッ ト 採 集に 関する情報。 Specimen no. (ind.) Station Phaeodaria Radiolaria Sta. 2 22 1 Sta. 4 28 4 Sta. 4' 8 6 Sta. 7 10 4 Sta. 7.5 5 2 表 2: 各定点にて得られた フェオダリア類・放散虫類の個体数。 図 1: 船上実験の手順。 結果 各定点より得られたプランクトン試料に対する拾い出し (3 キャスト目) の結果、表 2 に示した数のフ ェオダリア類・放散虫類が得られた。これらの個体は 24–48 時間の飼育・行動観察の後、DNA 分析用と して 99%エタノールで固定した。これらの標本は北海道大学で現在保管しており、今後分析に供す予定 である。 拾い出し後の標本に対する形態観察の結果、得られた大型フェオダリア類の大部分は Aulosphaeridae 科の一種 Auloscena sp.1 (図 2A) であった。この種は、研究背景で述べた天草灘に生息するフェオダリア 類と形態的特徴が一致する為、 これらは同種であると思われる。また、 Sagosphaeridae 科に属する Sagoscena sp.1 (図 2B) も 4 個体のみ得られた。以上の 2 種は形態的特徴が既報の種と一致しないため未記載種であ る可能性があり、今後 SEM による詳細な骨格観察と DNA 分析によってその系統分類学的位置を確認す る必要が示された。また、Castanellidae 科に属する中型のフェオダリア類 Castanidium sp.1 (図 2E) も 4 個 体ほど得られた。放散虫類としては、主に群体性のコロダリア類が得られ、Collodaria sp.1 の群体 (図 3A) が 8 個、Collodaria sp.2 の群体 (図 3B) が 2 個得られた。この他にスプメラリア類も少数採集された。 拾い出し後の 48 時間フェオダリア類の行動を観察した結果、Auloscena sp.1 (図 2A) では赤い中嚢 (核 を内包しているカプセル) の分裂が見られ (図 2C)、続いて新たな骨格の形成が確認された (図 2D)。 Aulosphaeridae 科に関して、生きている細胞の分裂様式が確認されたのは今回が初めてである。また、 Castanidium sp.1 では 3 個体が共有のゼラチン質外膜をまとっている様子が観察された (図 2F)。これは細 胞分裂直後の細胞であると思われる。 A B 図 2: 本調査で得られた 大型フェオダリア類。 A: Auloscena sp.1 B: Sagoscena sp.1 C: Auloscena sp.1 中嚢分裂後。 D: Auloscena sp.1 新たな骨格を形成中。 E: Castanidium sp.1 F: Castanidium sp.1 3 個体がゼラチン質 外膜を共有。 C E D A B F 図 3: 本調査で得られた コロダリア類。 A: Collodaria sp.1 B: Collodaria sp.2 謝辞 フェオダリア類に関する筆者らの研究は、科学技術振興機構戦略的国際科学的技術協力推進事業(日 本―フランス(CNRS)研究交流) 「環境・進化・地質学的に重要な海洋プランクトン(放散虫)の形態 -分子の多様性モニタリング」 (代表:鈴木紀毅。平成 23–26 年度)の一環として始まった。本調査を進 めるにあたり、多大なる協力をして下さった大塚攻教授、中口和光船長、山口修平主席一等航海士、加 藤幹雄一等航海士、船員の方々そして参加者一同に厚くお礼申し上げたい。本調査は JSPS 科研費 (No. 26-2889) の助成を受けたものである。 参考文献 Nakamura, Y., I. Imai, A. Yamaguchi, A. Tuji & N. Suzuki 2013. Aulographis japonica sp. nov. (Phaeodaria, Aulacanthida, Aulacanthidae), an abundant zooplankton in the deep sea of the Sea of Japan. Plankton Benthos Res. 8: 107–115. Polet, S., C. Berney, J. Fahrni & J. Pawlowski 2004. Small-subunit ribosomal RNA gene sequences of Phaeodarea challenge the monophyly of Haeckel's Radiolaria. Protist 155: 53–63. Sierra, R., M. V. Matz, G. Aglyamova, L. Pillet, J. Decelle, F. Not, C. de Vargas & J. Pawlowski 2013. Deep relationships of Rhizaria revealed by phylogenomics: A farewell to Haeckel’s Radiolaria. Mol. Phyl. Evol. 67: 53–59.
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