日本海における底生渦鞭毛藻 Gambierdiscus 属の出現生態に関する研究

日本海における底生渦鞭毛藻 Gambierdiscus 属の出現生態に関する研究
畑山
裕城
京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻海洋環境微生物学分野
【目的】熱帯~亜熱帯地域で多発するシガテラは、渦鞭毛藻 Gambierdiscus 属に由来する毒が食物
連鎖を通じて魚介類に生物濃縮され、毒化個体を喫食することで発生する食中毒である。日本では
近年本州の太平洋沿岸各地で釣穫、捕獲されたイシガキダイによるシガテラが数件発生しており、
Gambierdiscus 属の生息も確認されている。日本海ではシガテラの被害は未報告であるが、2009
年に若狭湾にて Gambierdiscus 属の分布を初めて確認した (畑山ら 2010)。本研究では日本海にお
けるシガテラ発生のリスク評価を目的とし、丹後半島新井崎を定点とした底生藻類のモニタリング
と新井崎産本属渦鞭毛藻の系統解析、さらに日本海における広域的な分布調査を行った。
【方法】2010 年 3 月~2011 年 3 月及び 7 月~10 月の期間中、原則として月 1 回、京都府丹後半
島新井崎において海藻試料を採取した。濾過海水を加えたポリ瓶内で激しく震盪して海藻から付着
物を剥離し、20 ~200 μm のサイズ画分の懸濁物を固定後、細胞数計数用の試料とした。検鏡時は
有殻渦鞭毛藻の鎧板を蛍光染色後、UV 励起光下で観察と計数を行い、Gambierdiscus 属渦鞭毛藻
の付着密度(cells / g wet weight:付着基質の湿重量 1 g 当たりの細胞数)を求めた。同時に、底
生付着性珪藻の付着密度も計数した。また、未固定試料中の本属種の D8-D10 領域を対象に単細胞
PCR を行い、系統解析した。2010 年 10 月に石川県能登半島の 3 地点、北海道松前半島 2 地点に
おいても海藻及び海草試料を採取し、上記の方法により Gambierdiscus 属の付着密度を求めた。
【結果及び考察】新井崎で採取した紅藻ウスカワカニノテにおける Gambierdiscus 属の付着密度は、
2010 年 7 月に初検出後、8 月から 12 月に上昇し、最高密度 253 cells/g ww を記録した。その後、
2011 年 1 月以降急減し、3 月には検出されなくなった。2011 年の調査では 8 月に最高密度を記録
したが、7、9、10 月は低密度であった。Gambierdiscus 属付着密度と環境要因、底生付着性珪藻
付着密度の推移から、本藻類の増殖には比較的高い水温が必要である一方、至適水温期間において
は付着性珪藻 Amphora spp. との競合の影響が大きいことが示唆された。系統解析の結果からは、
新井崎産 Gambierdiscus 属は遺伝的に既報の系統とは異なることが判明した。また、若狭湾以北の
海域からは Gambierdiscus 属は検出されなかったため、日本海では若狭湾が北限となっている可能
性がある。温暖化に伴い日本海の水温上昇が続くと、沿岸部におけるシガテラ発生の危険性はさら
に高まると考えられる。従って、継続したモニタリング及び、より包括的な調査が今後も必要であ
ろう。