医療事故における 事業者の法的責任と対応セミナー 湊総合法律事務所 弁護士 湊信明 弁護士 太田善大 1 1 医療事故に係る調査の仕組み等の あり方に関する検討部会の概要 2 1 医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に 関する検討部会の概要 ・厚労省内部の組織。 ・平成26年6月18日に成立した、医療法の改正に 「医療事故調査制度」が盛り込まれた。制度施行は 平成27年10月1日。 ・医療事故が発生した場合の医療機関の対応を取 りまとめており、法制化される見込み ・対象は、診療行為に関連した死亡事例(発生を予 期しなかったもの) ・死亡事例以外についても順次対象を拡大予定 3 図表挿入 4 ・院内事故調査は、原則として、支援団体の 支援を受けて実施する。 ・支援団体は各都道府県に設置予定。 ・小規模な医療機関(診療所や助産所)も対 象。 ・運用に関しては、今後、ガイドラインを定め る予定。 5 2 医療事故と法的責任 6 (1) 3つの法的責任がある 民事上の責任 刑事上の責任 行政上の責任 7 民事上の責任① 過失によって傷害・死亡の結果が発生 ↓ 損害賠償責任 ・治療契約を締結している法人 →債務不履行に基づく損害賠償責任 ・担当医師・看護師 →不法行為に基づく損害賠償責任 →法人は使用者責任 8 民事上の責任② 治療費 休業損害 入通院期間に応じた慰謝料 後遺症が残った場合の慰謝料、逸失利益 死亡した場合の慰謝料、逸失利益 9 刑事上の責任 過失により傷害・死亡(刑法211条) ↓ 業務上過失致死傷罪 ↓ 5年以下の懲役・禁固 又は 100万円以下の罰金 カルテの改ざんした場合には、証拠隠滅罪が成立しうる 10 行政上の責任 医師が医師法4条各号該当行為 又は医師としての品位を損ねる行為 ↓ ・ 戒告 ・ 3年以内の医業の停止 ・ 免許取消 (注) 4条3号=罰金以上の刑に処せられたとき 11 (2)民事責任追及の流れ 3つの責任類型 ・間違ったことをやったな! → 手技上のミス・誤った投薬 ・やるべきことをやってないじゃないか! → 新しい治療方法を知らず行わなかった等(医 療水準) ・そんなこと聞いてない! → 説明を受けていれば治療は受けなかった! 他の治療を受けていた!(説明義務違反) 12 通常はこういう経過をたどる・・・ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 患者からクレーム カルテ・レセプト開示請求 証拠保全 示談交渉 訴訟提起 和解→判決 控訴 13 医療事故時の初期対応 すぐに弁護士に相談して方向性を決める ↓ 患者と家族に対して誠実に対応する ↓ ・ 適時に適切な謝罪をする ・ 医療機関側の態度を明確に示す 14 カルテ開示請求が来たら 2005年4月から個人情報保護法施行 ↓ ・ カルテ 看護記録 ・ レセプト(診療報酬明細書) その他医療情報を原則開示義務 ↓ 誠実な対応が重要 15 証拠保全が来たら 対応は法的義務ではない ↓ しかし ・ 証拠保全後に訴訟で新たにカルテ等を 提出すると訴訟上不利となる ・ 裁判所の調書への記載も要注意 ↓ とにかく誠実・正直対応が第一 16 証拠保全が来たら インシデントレポート、アクシデントレポートは 証拠保全の対象となるか? 17 (3)医師賠償責任保険 ・日本医師会医師賠償責任保険 日医A会員であれば自動的に被保険者となる 補償限度額は1事故1億円、年間1億円、100万円は免責 (自己負担) ・民間の保険会社による病院賠償責任保険、勤務医賠償責 任保険 補償内容は保険商品により様々 医療事故が発生した場合には、必ず保険会社に報告してか ら示談交渉を行う。保険会社の了承なく示談した場合、保険 金が支払われないリスクあり。 18 (4)無過失補償制度 医療行為によって患者に被害発生 ↓ 医療行為に過失があれば損害賠償を受けら れる ↓ 医療行為に過失がない場合でも一定の場面 で被害者を救済する制度 19 (4)無過失補償制度 ・医薬品副作用被害救済制度 医薬品を適正に使用したにもかかわらず副作用が発生した 場合に補償を行う制度 ・予防接種健康被害救済制度 予防接種により健康被害が生じた場合に補償を行う制度 ・産科医療保障制度 分娩により発症した重度脳性麻痺児に対し補償を行う制度 医療機関から患者に上記制度の利用を促す! 紛争予防にもなる 20 示談交渉における留意点 (事案) A病院にて手術中に医療ミスが発生し、患者は植物状態に。 引き続きA病院にて入院治療を継続する。患者家族の感情 に配慮し、健康保険組合には診療報酬(7割分)を請求せず、 ペンディングとした。 保険会社と相談しながら、患者と示談交渉を行った結果、 患者への賠償額は5000万円、引き続き治療を継する(自 己負担分は請求しない。)、ペンディングとしていた診療報 酬の7割分(将来分を含む。)については健康保険組合に請 求可という内容で患者と合意し、示談書を締結した。 (設問) 上記示談交渉経過に何か問題点はあるか? 21 3 医療事故ケーススタディ (1)診療科別ケーススタディ 救急(応召義務との関係) 脳神経科(造影、くも膜下、脳動脈奇形) 呼吸器科(肺がん見落とし) 消化器科(胃ガン見落とし) 腎泌尿器科(腎不全見落とし) 皮膚科(ステロイド副作用) 22 救急医療ケーススタディ (事例) 喘息である1歳の女児Xが自宅付近の小児科を受 診し、気管支炎又は肺炎(重症)の診断を受け、Y 病院(300床を有する)を受診するよう紹介状を受 け、救急車で搬送。 しかしY病院は満床を理由に受け入れ拒否し、女 児は別病院に搬送され、処置を受けるも死亡。 Y病院に責任はあるか? 23 脳神経科ケーススタディ 1 脳血管造影 現在主流であるセルジンガー法では手技上 の過失が争われることは少なく、危険性につ いての説明義務違反という形で争われること が多い。 脳梗塞、TIA等の合併症、後遺症を残す可 能性、死亡の可能性等、リスクの説明を行っ た上で同意書を取得することが必要! 24 脳神経科ケーススタディ 2 くも膜下出血 軽度な頭痛の場合、見逃され、死亡等にいたり、紛争化することが多い。 ・突然の激しい頭痛、立ちくらみ、嘔吐で受診した脳動脈瘤患者が開業 医を受診し、開業医は胃腸炎と判断した。3週間後に再発が起きて手術 機会なく死亡した事案。「発症の経緯に関する十分な問診を尽くしてい ればくも膜下出血を疑い、早期に専門医を受診されることが可能」として 責任肯定。 ・昏睡状態で救急搬送された患者に対して、脳血栓又はくも膜下出血を 疑い治療にあたったが、項部検査を怠り、髄液検査が不成功で、時間 経過し、他院で死亡した事案。「髄液検査と項部硬直の確認をしていれ ば容易にくも膜下出血と診断できた」として責任肯定。 25 脳神経科ケーススタディ 3 脳動静脈奇形(AVM) 治療方法として、摘出術、塞栓術が存在するが、治療によるリスクが大きいため、 説明義務が問題になることが多い。 ・①保存的療法によるか手術によるか優劣に議論があり、手術が必ずしもよい とは言えない、②手術によって重篤な合併症が発生する可能性があることを理 由に、「医師において、患者の病状、手術の内容と危険性、保存的療法と手術 の得失」について説明義務があるとした。 ・(事例) 主婦Xは、Yで診察を受け、脳動静脈奇形と診断され、その摘出を勧められたの で、摘出手術を受けたが完全な摘出に至らず、2回目の手術中に著しい脳腫脹 を引き起こして死亡した。手術を受けない場合の危険性について「手術をしなけ れば、明日出血するかもしれないし、一生しないかもしれないが、30歳を超える と出血の確率は高くなり、出血すれば死ぬ危険性も大きくなるし、後遺症も重く なる」、手術の危険性について「生命の危険性は飛行機事故並の確率である」と 説明していた。説明義務違反はあるか? 26 呼吸器科ケーススタディ 1 肺がんの見落とし 正常陰影との重なり合いがある事例で、見落とされ やすい。 腫瘤から離れた部位に認識可能な所見が存在す るケースではこれを見落とさないことが大事。 裁判例では、読影可能としながら責任を認めな かったケースもあり、読影が容易か否かも判断要 素となる。 27 呼吸器科ケーススタディ 2 健康診断と個別検診 裁判例では、定期健康診断は撮影された大量のX 線写真を短時間に読影するため、医師に課せられ る注意義務の程度には限界があるとして、陰影が 異常所見であることが明らかでない限り再検査の 判断は医師と裁量とした。 定期健康診断における読影の注意義務 <個別診断(人間ドック)における読影の注意義務 28 消化器科ケーススタディ スキルス胃ガンの見落とし (裁判例から考える診療方針) 胃の不調を訴える場合、上部消化器造影と胃内視 鏡検査を実施すべき。 造影検査によって少しでもスキルス胃ガンの疑い があり胃炎所見がある場合、内視鏡による検体が 陰性でも、間隔を開けず内視鏡生検を行うべき。 29 腎泌尿器科ケーススタディ 腎不全の見落とし ・腎疾患を疑うべき症状がないケースで、急性腎炎について の問診義務検査義務を否定した事例。 ・問診が困難で尿量が正常であった重症肺炎高齢者のケー スで、腎不全を看過してもやむを得ないとされた事例 ・ANN(原因不明の自律神経疾患)の女児が急性腎不全で 死亡した事案で、嘔吐電解質異常の所見から腎不全が予 見されたことを理由に検査義務を認め、責任を認めた事例 →腎不全を疑うべき事情がない場合には、責任が否定され ているが、腎不全を疑う事情がある場合には、問診義務、 検査義務が発生すると考えられる。 30 皮膚科ケーススタディ 副腎皮質ステロイド外用薬による副作用 ・アトピー性皮膚炎の治療に副腎皮質ステロイド外用薬(デ キサンクリーム、ヴェリタームメドロール軟膏)を2年半投与 した結果、顔面にステロイド性皮膚炎が発症した事案につ いて、作用の弱い薬剤を使用したこと、アトピー性皮膚炎に 対する効果と副作用のないことを確認しながら経過観察し ていたとして責任を否定。 慎重な経過観察により、副作用の早期発見に努める必要あ り。 31 (2)コ・メディカル別法的責任と 対応策 1 看護師 採血注射事故、転倒転落事故、誤嚥、褥瘡 2 理学療法士、作業療法士 転倒転落事故、誤嚥 3 薬剤師 調剤監査 32 採血・注射・点滴事故の責任対策 1 そもそも看護師が注射できるのか? 医師でなければ医業を行ってはならず(医師法17条)、注 射の医師の指示があった場合にのみ「診療の補助」として 許される(保健師助産師看護師法5条、37条) 2 注射、点滴針による神経損傷 患者にしびれ等が発生した場合、直ちに注射を中止し、再 び同部位への注射は避ける必要あり 3 注射部位からの感染 裁判例では、注射部位からの感染については、なんらの過 失があったものとして(注射器の消毒、注射部位の消毒が 不十分)、責任が肯定されている。 33 採血・注射・点滴事故の責任対策 4 点滴の立ち会い (事例) 14歳男子が流行性感冒に罹患し、開業医Y の診察を経て自宅で点滴を開始し、Y及び看 護婦は点滴完了を待たずに帰宅したが、の ちXの容態が急変し、心不全により死亡する に至った。Yに責任はあるか? 34 転倒転落事故の責任 ①東京地判平成10・2・24 高齢の入院患者がローレーターを使用しての歩行訓練中に転倒骨折し、歩行 機能を喪失した事例。病院の過失を否定。 ②東京地判平成14・6・28 患者がリハビリしている際に付添い看護師が離れ、その間にイスから転倒し、 頭部打撲により死亡した事例。患者の見当識障害から転倒を予見できたとして、 転倒防止義務違反を認めた。転倒防止義務の具体例(重量のあるテーブルを 設置して前方への転倒を防止する、椅子の後ろに壁を近接させるなどとして後 方への転倒を防止する、付添いを中断するときは椅子から立ち上がれないよう 身体を固定する、常時付き添う等)挙げている。 ③東京高判平成15・9・29 多発性脳梗塞の高齢患者がトイレを済ませた後、病室内で転倒死亡した事例。 患者が「ひとりで大丈夫」と言っていたものの、判決は、トイレ時の付添い義務を 看護師が怠ったとして過失を認めた。ただし8割の過失相殺。 35 転倒転落事故の対策 1 転倒事故 転倒の危険性が高い患者に対する歩行時の付添介助 見当識障害のある患者の場合、高度の見守り・立ち上がり防止義務 2 ベッドからの転落事故 ベッド柵の設置 見当識障害のある患者の場合、巡回監視、抑制帯の使用、離床セン サー・体動センサーの使用 3 その他の原因 トイレや浴室で足下が濡れて滑りやすくなっていた 通路に障害物がありつまづいた →清掃整頓の徹底 4 理学療法士、作業療法士 患者の適合しないリハビリの計画 36 抑制帯の使用について ベッド、車イスからの転落防止、チューブ類の抜管防止のた めに、抑制帯の使用が必要となることがある反面、患者側 から抑制帯の使用が違法であると主張されることがある。 老健施設については省令で「緊急やむを得ない場合」に限 るとされているが、その他医療施設での身体拘束の公的な 基準は存在しない。 判例上、①切迫性(拘束しないと転倒転落の危険性が高い 場合)、②非代替性(看護師の見守り、薬の服用等他の適 切な代替方法がないこと)、③拘束の方法が必要最小限度 であることが適法性の要件とされている。 37 誤嚥事故の責任 ①福岡地判平成19・6・26 80歳の患者がおにぎり誤嚥で死亡。嚥下障害が継続して いた患者について、少なくとも5分置きの見回りをすべきで あるのに、約30分間見守りを怠ったとして責任を肯定。 ②新潟地判平成20・5・29 脳出血後入院中患者が流動食の誤嚥で死亡。嚥下障害の おそれが指摘されている患者について、約30分間一人にし たとして責任肯定。 ③水戸地判平成23・6・16 老健入所中の86歳パーキンソン病患者が、本人の希望で 常食希望し、刺身の誤嚥で死亡。常食を提供した過失を認 定し責任肯定。 38 誤嚥事故の対策 1 誤嚥が予測される患者 高齢者、幼児、認知症、パーキンソン病等の患者+実際に嚥下障害 が発生していたか、嚥下障害の診断ある場合 2 注意義務 ① 食事提供自体の過失 本人の希望があっても常食を提供してはいけない。 ② 監視介助義務 最も多い類型。食事中の監視介助を怠った。5分ごとの巡回が必要。 ③ 救命義務 誤嚥が生じた後の救命義務。気道確保、気管内の異物除去、心肺 蘇生等。 39 褥瘡事故の責任 ①東京地判平成9・4・28 脳出血で寝たきりの患者について、入院後数日で褥瘡を発 症し、7ヶ月で増悪し、腎不全で死亡した事案。少なくとも3 時間ごとの体位変換を実施すべきであるのにこれを怠った 過失を認定し、さらに死亡との因果関係も肯定。 ②東京地八王子支判平成17・1・31 心不全・肺炎で入院中の患者が褥瘡発症後に死亡した事 案。褥瘡発症後の栄養管理・感染症対策の必要性を指摘し、 栄養管理及び感染症対策を行った過失を認定。 40 褥瘡事故の対策 1 褥瘡が予測される患者 寝たきり、自発的な体位変換が困難な患者。 2 注意義務 ① 褥瘡発生防止義務 少なくとも2~3時間ごとの体位変換が必要。看護師不 足は責任を否定する理由にならない(転院させるべき)。 ② 褥瘡発生後の管理義務 栄養管理義務、褥瘡の壊死部分の切除義務、褥瘡ポ ケットの切開義務、感染症対策義務。 41 調剤監査 ステージⅣの肺がん、脳転移、肺炎を合併して入院中の患 者に対して、医師が誤って、ベナンバックス(抗真菌薬。劇 薬指定されている。)を通常5倍量投与するようカルテに記 入し、実際に投与され死亡に至った事案。 裁判所は、薬剤師の責任について、医薬品集や添付文書 などで用法用量を確認し、通常の5倍量を投与することにつ いて医師に疑義を照会する義務があったとして、責任を肯 定。 特に、劇薬指定されている薬剤については、薬剤師の確認 義務、照会義務が認められることがあるため、注意が必要 。 42 (3)再発防止策 ・病院内で医療事故又はヒヤリハット事例が生じた 場合、院内で調査・検討会を開催することが大事 ・その際、WHO?(誰が)を検討して責任追求を行 うという視点ではなく、WHY?(なぜ起きたか)を検 討して再発防止を行うという視点で検討すべき! ・ヒヤリハット事例及び調査検討会の結果(再発防 止策の策定等)については書面化しておく(いわゆ るインシデントレポート、アクシデントレポート)。 ・レポート作成で終了してはいけない。勉強会等で 事例、再発防止策を院内に周知することが一番大 事! 43 インフォームドコンセントの 重要性について 44 (1)インフォームド・コンセントの 目的、定義 ①患者が医療機関において治療を受ける=診療契約 の成立 診療契約=民法上の準委任契約→説明義務が発生 ②患者の自己決定権(憲法13条) →これらを実現するインフォームドコンセントが必要 informed consent を直訳すると「正しい情報を伝えられた 上での同意」 患者が医師から十分な説明を受け理解した上で、提案 された治療行為を受けるかどうかを選択すること 45 (3)インフォームド・コンセントの 態度・姿勢 説明義務の対象 ① 病名と病状 ② 採用予定の診療方法の内容と期待される改善程 度 ③ その診療方法の危険性 ④ 代替できる他の診療方法の内容、有効性、危険性 青字部分を特に意識して診療に当たる。 46 説明義務に違反すると・・・ 手術・副作用ある投薬 = 患者への侵襲を伴う →患者の承諾によりはじめて適法 →患者の承諾がなければ・・・ 刑事的-傷害罪 業務上過失致死傷罪 民事的-損害賠償義務 治療が適正でも患者の承諾がなければ違法行為 →有効な承諾を得る前提 → 適切な説明が必要 47 説明義務違反の損害賠償 ・ 慰謝料支払義務が発生する。 →数十万円~多くて数百万円 ・ 十分な説明が行われれば、患者が他の選択 を行うことにより別の結果が発生する場合 → 逸失利益等が発生する。 → 後遺症が残った場合、逸失利益が莫大。 数千万円~1億円超も。 48 説明義務違反に関する裁判例 新潟地裁平成6年2月10日判決 《脳動静脈奇形(AVM)の治療法が問題》 ・摘出術や放射線療法は採用せず ・当時、新治療法-人工的塞栓術を実施 ← 形式的には同意取得 ↓ しかし結果は → 脳梗塞=身体障害1級の後遺症 49 判 決 人工的塞栓術の有効性や危険性については検討 の余地が大きいにもかかわらず医師の説明が不十 分で、手術に対する有効な承諾が得られていない、 説明義務が果たされていれば人工的塞栓術を受け なかった可能性が高い → 慰謝料+逸失利益=8500万円の賠償を認めた ∴ 形式的に承諾を得てもダメ 手術の危険性、他の選択できる治療法について 説明しなければ承諾がないことになる。 50 説明義務の相手 原則として患者本人に行う 未成年者の場合には、親権者に説明を行う。 →患者が15歳以上の場合には、患者にも説明 を行うべき 51 説明義務の相手(裁判例) ・帝王切開による分娩の際に,子宮筋腫等があったため,夫の代 諾により子宮摘出を行った事案→特段の事情がない限り承諾 は本人から得るべき(東京地裁平13・3・21判決) →患者の夫から承諾得てもダメ ・患者が末期癌であり,治療・延命可能性がなく余命1年以内とい う場合,医師が患者本人に告知すべきでないと判断 →患者家族に対し告知の適否を速やかに検討すべき義務違反 を認定した。慰謝料120万円。(最高裁平14・9・24判決) →患者本人に癌告知の適否をしない場合には,その家族に対し て、患者本人に癌告知すべきか否か検討を求めるべき 52 説明したことの証拠を残す! ① 同意書(承諾書)の徴収 同意書の中に当該診療(検査、手術)の内容、リスクを 記載する。 ② 説明書の交付 手術や検査以外の場面で承諾書を得るのは煩雑。典型 的な病気の説明等については説明書を作成しておき交 付するのが有用。説明書を交付したときはカルテに説明 書を綴り説明した日時・場所を記載しておく。 ③ カルテへの記載 口頭でのみ説明した場合でも、説明内容、日時・場所、 患者の反応等をカルテに記載しておくよう心がける。 53 (4)インフォームド・コンセントの ガイドラインの作成・見直し ・医療機関ごとにインフォームド・コンセントのガイド ラインを作成・公表することが望ましい。 →医師、その他医療従事者(患者に対して説明を 行う者)に周知徹底する目的。患者へのアピールと しても有用。 ・見直し 「実施予定の治療によって期待される改善程 度」「リスク」「選択しうる他の治療方法」を対象とし ているか。セカンドオピニオンを得る機会への言及。 54 (5)円滑なコミュニケーションのために ・患者の訴えに対する傾聴、受容、共感。 ・患者は質問しにくい。診察時に、患者に心 配なこと、分からないことなど聞く運用を。 ・説明不足等を感じたら、再診察時ではなく、 気付いた時点でフォローする。 ・つい楽観的な説明をしがち。リスクの説明 を忘れずに。 55 不当要求・ハードクレイマー への対応のポイント 56 1 具体的事例 57 具体的事例① (名古屋高裁平成20年12月2日判決) 心臓手術に過誤があったと主張して治療費 を払わず、入院を続け、損害賠償を請求し続 ける患者に対し、医療機関が、損害賠償義 務の不存在確認、病院からの退去、未払診 療費の支払いを求めた訴えが認められた事 例 58 具体的事例② (名古屋高裁平成14年6月5日判決) 入院患者に対し、外来治療で十分であるとし て退院を求めたが応じず、院内で女性につ きまとう等の迷惑行為を続け、退院勧告に対 する抗議行為がエスカレートし、警備会社へ の警備委託、病室への鍵設置を行った上、 病室明け渡しの仮処分が認められた事例 59 具体的事例③ (広島地裁平成21年3月4日判決) 医師が透析室に常駐していないことに不満 を持った透析患者が病院職員らに脅迫を行 い、看護師の配置転換を要求したことについ て、脅迫罪と強要罪の成立を認め、懲役1年 8ヶ月とした事例 60 具体的事例④ (神戸地裁平成16年2月19日判決) 業飲食の盛りつけが粗雑であったことに腹を 立てた入院患者が知人と共に病院職員に対 して暴行脅迫して恐喝しようとしたことについ て、恐喝未遂罪、傷害罪の成立を認めて、知 人に懲役1年8ヶ月、患者に懲役1年4ヶ月と した事例 61 裁判にまでは至らない事例 裁判にまで至らない事例は、 当初言っていた金額より請求が高すぎる 治ると言ったのに治らない 看護師の対応が悪い 事務の対応が遅すぎる 検査の際に説明が不十分過ぎる などなど様々・・・ 62 2 不当要求を生む背景 63 患者側の誤解 ● ● ● ● 病院に行けば病気は必ず治る 診察と検査で原因は必ずわかる 病院は病気を必ず治す義務がある 治療や薬は誰に対しても同じ結果となる ↓ 現実はそうならなかった ↓ 不当要求・ハードクレーマーへ 64 医療機関側の対応のまずさ ● 医療機関はクレーム処理には素人 ● 初動から現場に任せきり ● クレームを放置 ↓ 発生した結果が重大(と思っている)のに、病 院側の対応が、不誠実 ↓ 要求やクレームがエスカレート 65 応召義務との関係 医師法19条1項-応召義務あり ↓ 極めて厳格な義務であるが、正当事由ある 場合には、診察や治療を拒むことができる ↓ 不当要求であれば免れられる 弁護士に相談しながら対応することが大事 66 3 不当要求等の防止法 67 医師・看護師・職員の教育 病院側の対応のまずさから不満が生まれ、 対応のまずさの連鎖から、不当要求やハー ドクレーマーへと発展する ↓ 患者や家族に対する日ごろの接遇につい て徹底した教育を施すことが重要 ↓ 特に、医師! 68 対応マニュアルを作成する クレーム当初に、病院側がマゴマゴした対 応をするとそこにつけ込んでくる ↓ 予め対応マニュアルを作成しておくことは 必須 69 オウム返し対応を心がける クレーマーは、自分の不満を病院側が理解せず、 弁解ばかりしていることに腹を立てる ↓ まずは、クレーム内容を把握することに努める ↓ その際、相手の言ったクレームについて「●●さ んは、当院が●●のような対応をされたとして、 ●●に感じておられるのですね。」とオウム返しす ると効果的 70 絶対に放置しない 患者・家族は、病院から放置されていると感ずる と、一気にハードクレーマー化することがある ↓ 患者・家族も、その場で回答すべきとは必ずしも 思っていない ↓ 病院側がいつまでにどのような対応をするか明確 にして一つ一つ履行していく姿勢を示すことが大事 71 謝罪の言葉を上手く使う 「申し訳ありません」を言うと責任を認めたと思わ れがちだが、そうではない ↓ 「当院で、●●様が仰っているようなことがあった とすれば、それは本当に申し訳ないことだと思いま す。早速、調査委員会を設けて慎重に調査し、誠 実に御回答しますので、10日間ほどお時間を頂け ないでしょうか。●月●日までに必ず御電話差し上 げて、ご面会の日時を設定させて頂きます。」 72 「一筆」を上手く使う クレーマーは、「一筆」を取りたがる ↓ まずは、クレーム内容をよく聞いて、その要旨をまとめた 文書を交付する 責任の有無には触れては不可 署名を求められたら署名も可 今後、当該クレーム内容について、調査委員会にて、調査 の上回答する旨を誓約することも可 ↓ これで一旦は収まることが多い 73 4 具体的対応方法 74 弁護士に相談しながら進める 不当要求に発展したら、民事刑事対応が必要に なる ↓ そのときになってから弁護士に依頼しても証拠等 が足りなくてすぐに動けない ↓ 必ず当初の段階から弁護士と相談しつつ進める。 弁護士は黒子になり、事態が急変したら動ける体 制を執る 75 当初の段階から証拠を残す いつ不当要求に転化するかわからない ↓ 面会記録は必ず残す 受付等には防犯カメラを設置する 対応時にはICレコーダーで録音する 電話は常時録音体制にする 76 複数人で対応する 現場の一人だけの対応だと攻撃が集中して しまう 疲弊してしまってこちらがヒートアップしてし まい解決困難になることも ↓ 複数対応して、威厳を保ち、冷静に対応する 記録係は別に置き、3人体制がベスト 77 リミットセッティングをする① 約束事なく面談に応ずると際限もないこと になる ↓ 面談時間・場所・人について限界(リミット) を設定することが重要 78 リミットセッティング② 面談時間 面談時間は、事案毎に異なるが、合理的と思わ れる時間を設定し、予め相手から承諾をとっておく ↓ 時間がきたら、約束の時間が来たことを告げる。 多少は延長してあげる。 ↓ 病院側にも予定があることを告げ、次の面会予定 を入れるか、改めて連絡を入れる旨の約束をして 帰ってもらう 79 リミットセッティング③ 場所 「●●に来い」と言われることがあるが原則 拒否する ↓ 「当院は決して●●さんとの面会をしないと 申し上げているわけではありません。プライ バシーの問題もありますので、病院側で個室 を用意しておりますから、そちらにいらして下 さい。」と言う。 80 リミットセッティング④ 人 患者とその家族以外とは会わない ↓ ネゴシエーターのような人物の介入は混乱 を招く。当初から患者と家族以外は明確に拒 否する姿勢を貫く 弁護士以外の代理人は、コンプライアンス の立場から認められない方針を堅持する 弁護士が代理人として入ることは認める 81 5 不当要求に発展したら 82 不当要求の対応ポイント 不当要求化したら・・・ ● こちら側のペースで進め、絶対に相手のペース には乗らない ● 病院は交渉窓口から離脱する ● 対応当事者を弁護士、警察、裁判所と多数化 していく ● 要求に応じて硬軟を使い分ける ● 交渉には必ず応ずるが、応ずる場面を限られ た正当な方法に限定する態度を貫く 83 ● 相手はアウトロー。こちらは適法を貫く。 弁護士対応に切り替える 不当要求化したら、経験のある弁護士事務 所の対応にする(複数弁護士所属が良い) 一気に弁護士対応にし、病院で一緒に面 会するようなことはしない 以後は、弁護士のみが交渉窓口となる 弁護士以外に依頼することは弁護士法違 反となる。クレーマーも第三者介入をさせる 84 口実になるので、不可 弁護士対応の効果 弁護士から「今後は弁護士だけが窓口に なる。今後は文書のやり取りで交渉する。」と いう書面を送る ↓ クレーマーの気勢が削がれ、不当要求が 収まるか、程度が低くなることが多い 85 積極的に警察を利用する 民事不介入であるが、現場には来てくれる 事前に生活安全課に相談しておく 緊急のときは110番が一番早い ↓ 警察沙汰になることで、相手の気勢が削が れることがある 警察も、双方から事情を聞いて、不当要求 者に勧告してくれることも 86 法的手続の利用 とにかく、こちら側のペースで進めることが 大事 ↓ 不当要求に対しては、法的手続を利用して 淡々と進めることが必須 ↓ 法的手続内において交渉に応ずる方針を 徹底することが大事。例外は設けない。 87 調停 裁判所を利用した話し合い ↓ 調停委員2名と、裁判官1人体制 ↓ 調停委員が、不当性についてよく諭してく れる 第三者の意見に従って、調停成立により解 決できることがある 88 仮処分 民事保全手続の一つ 裁判所が本裁判前の緊急時の処分として 行う命令 ↓ 接近禁止の仮処分など ↓ 双方審尋が原則でありそこで和解で解決 することもある 89 民事訴訟 不当要求者が、不当な金員請求を行ってき た場合には、裁判所に対し、債務不存在確 認の訴えを提起する 90 仮処分・訴訟の効用 仮処分の発令や、債務不存在確認の訴え の勝訴判決を得る ↓ それにも関わらず不当要求を行った場合に は警察が動きやすくなり、刑事にもっていき やすくなる 91 6 職員の安全・安心のために 92 事情聴取室の工夫 置き時計や、傘立ての傘、灰皿、置物など はすべて凶器になるので、部屋には置かず、 事前にかたづけておく 警報ブザーを設置する 外部との連絡がとれるように 交渉デスクは幅1.3メートル以上を設ける できれば出入口2カ所ある部屋 交渉者が出入口側を確保 93 必ず複数人で対応する 現場任せは非常に危険 不当要求者がエスカレートすることも ↓ 必ず複数人で対応する 94 事前教育が必須 ここまで述べてきたことを病院側で実践す る。特に弁護士、警察、裁判所の力を借りる ことの抵抗感をなくし、その利用方法を知っ ておくことが大事。 医師、看護師、職員らが理解していないこ とは安全は確保できない。マニュアルの存在 と内容を熟知させ、それを実行できるまでに 訓練することが安全確保に直結する。 95 湊総合法律事務所のご紹介 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 所在地 電 話 F A X 湊 廣 野 野 沖 水 木 村 坂 口 信 明 康 隆 奈津子 真理子 陽 介 瑛 介 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 弁護士 鈴 太 服 鈴 井 倉 木 田 部 木 上 崎 大 輔 善 大 毅 章 浩 沙 織 伸一郎 東京都千代田区有楽町1-7-1 有楽町電気ビルヂング北館12階1213区 03-3216-8021 03-3216-8022 アドレス 事務所HP 企業法務ONLINE [email protected] http://www.minatolaw.com http://www.kigyou-houmu.com 96
© Copyright 2025 ExpyDoc